紅葉が散り、豊穣神姉妹が「私らの任期おーわり! あとはよろよろ! あ、来年は葡萄が食べたいなー」とか言いながらもう秋も終わりかぁと思いに耽っている昼下がり。
今日も地底は平和です。
体内時計がないと本当に時間がわからないなぁ、ここ。 俺じゃなかったら発狂して死んでるんじゃないかと思うよ、うん。
さとり様に荷物運びを手伝わされ、もとい雑用として扱われたお仕事もそろそろ終わる。 この荷物をどかしてこの箱をさとり様の部屋に持っていけば終わりだ。
「さとり様ー、頼まれてたもの持ってきましたよ」
「ありがとうございます、そこ置いておいてください」
「? わかりました」
なんかさとり様元気ない?
「.....なんでそういうとこには敏感なんですか、貴方は」
「一緒に暮らして長いからじゃないですかね。 ここに置いときますよ」
片腕とはいえ、機械化した腕の俺は普通の人間よりも力は出る。 パワードスーツのような役割もあるからだ、多分大抵のものは片手で持つことはできるだろうけど、バランスが悪くなりそうなのであまりしない。
「そ、蒼蔦さん」
「はいー?」
「.....何がやっと俺のこと頼ってくれる気になったかですか、貴方のことは前から頼りにしてるでしょうに」
「.....わざわざ口にする必要もないでしょ、恥ずかしい」
「あら、なら心の中で思うだけでなく口にしてくださってもよろしいのでは?」
─やっぱり敵わないな、この人には。
「.....何故撫でられてるのですか?」
「さとり様には敵いませんよ、ホント」
「.....そうでしょう」
ない胸を張られるさとり様。 多分、そろそろパンチが飛んでくるだろうけど気にしない。
「それでなにかご用ですか?」
「えぇ、実は少し気になる本が書斎から出てきまして、人里の方へと行きたいのですが─」
「お供すればいいんですね、わかりました」
「えぇ、お願いします」
さとり様はデスクの上に置いてある一冊の本を手に取る。 先程まで読んでいたようで手の届く位置にあった。
「これが?」
「えぇ、いわゆる妖魔本と呼ばれるものです。 西洋の文字ですので私には読めなくて」
「なるほど、俺も読めませんわ」
アルファベット、であるのは間違いないが英語はあまり詳しくない。
そもそもアルファベット体系であるが、これが英語である確証もない。
フランス語、ドイツ語、オランダ語、その他考えられるものはいくつかある。
「書斎の書物は全て把握してるつもりでしたが、まさかこのようなものが今になって出てくるとは思いませんでしたよ」
「ということは、その妖魔本としての効力も内容もわからないんですか?」
「そうなります、あまり危険なものでなければいいのですが」
「危険なものならパチェリー嬢に引き取ってもらうのが最善でしょうな、さとり様以外に本を扱えるやつはうちにいなさそうなので」
「.....そうですね、この地霊殿にあっては危険かもですね」
想像してほしい。
こいし様が無意識のうちに本を失くして問題がこの幻想郷のどこかで発生する。
─大いにあり得る。
想像してほしい。
お空が危険なものならメガフレアで燃やしてしまえと地霊殿ごと崩壊させてしまう。
─大変あり得る。
想像してほしい。
お燐が─
「.....あれ、お燐は大丈夫そうだな」
「でも、あの子本に興味なんてあるんですかね?」
「ないですね」
どうやら地霊殿の面々に読書家は少ないようだ。 かくいう俺もそこまで好きなわけというわけでもないが。
「たまには読んでみるのもいいと思います、何か貸しますよ」
「それじゃ、また読書したい気分になったらお願いしますね」
地霊殿の留守をお燐に任せて俺とさとり様は地上に向かった。
最後に地上に顔を出したときと比べて随分寒くなった。 幻想郷の四季はハッキリしている。 それぞれ四季を象徴し司る者達がいるからだろう。
人里も変わることなく賑わいを見せている。 平和だ。
「それで、何故人里へ? パチェリー嬢に預けるなら直接紅魔館へ向かえばいいのでは?」
「ついでですので貸本屋に行こうかと、鈴奈庵をご存知ですか?」
「いえ、全く」
「ふふ、そんな気はしてました」
とても心外だ。
「鈴奈庵には外の世界からの書物も扱ってるんですよ、娘さんの趣味らしいですけど」
「へぇ、香霖堂以外にもそんなとこがあったのか」
「それに彼女は妖魔本コレクターを自称してるほどです。 この本についても何かわかるかもしれません」
少し興味が湧いてきた。
鈴奈庵は人里の中でも賑わうところにあるようで途中でおばちゃんからりんごを頂いたり、おにぎりを頂いたり、仙桃を頂いたり、文々。新聞なんかも頂いてしまった。
「暖かいところですね。 妖怪である私まで構ってくださるなんて」
「.....多分ですけど、どっかの巫女や魔女のせいで妖怪の脅威が薄れてるんだと思いますぜ、うん。 それか人里の結界が信用されてるか」
「そこは嘘でも私を励ますところなんじゃないですか?」
「変に嘘ついてもさとり様傷つくだけでしょ」
りんごを齧りながら他愛もない話をしながら、さとり様のペースに合わせて歩く。 やがて一軒の木造小屋の前でさとり様が足を止めた。
「ここですか?」
「えぇ、先客がいるようですがお邪魔しましょう」
※
「─カエレ!」
「なんでお前にそんなこと言われなきゃいけねぇんだ!」
「あだ!?」
先客、霧雨魔理沙の脳天にチョップを入れる。 もちろん右手で。
「お、お、なんだ、まるで鉄で殴られたみたいだ、ぜ」
「ったく、霖之助の教育は一体どうなってやがんだ。 こんな奴を野放しにしとくとか正気の沙汰じゃねぇ」
「散々な言われようだな、オイ!?」
パチェリー嬢の愚痴を聞く身にもなってほしい。
「あ、あのぉ、店内での大乱闘はごめんですよ?」
「これは失礼、俺としたことがマナーも守れない奴と同レベルになっちまうところだったぜ」
「おいおい、聞こえてるぜ? それは私に向かっていってんのか?」
「お前以外誰がいるんだ、自覚あんじゃねぇか」
やれやれ、これだから教育のなってない自称魔女さんには困ったものだぜ。
用が済んだのか、魔理沙は捨て台詞を吐いてどっかへ行ってしまった。 ガキじゃん。
それでさとり様と話してるこの子が例のコレクターさんか。
「そうでしたね、蒼蔦さんは初対面でしたね」
「さとり様に人里の知り合いがいたことにちょっと驚きです」
「まぁ、ある伝手からですがね。 少し興味があったものでして」
「もしかして、人間さん?」
「あぁ、至って普通の人間だよ」
さとり様がジト目で見てくる、何故だ。
「それで、わざわざ地底からどのようなご用件でしょうか?」
「そうでした。 実はうちの書斎から妖魔本が見つかったので、見ていただこうかと」
「─お二人共、その椅子にお座りください! 詳しくお伺いしましょう、あ、お茶淹れてきますね!」
「目の色が変わった.....」
促されるがまま座り、十秒もしないうちに戻ってきた。 あ、茶柱立ってる。
「あ、申し遅れました人間さん。 私はこの鈴奈庵の本居小鈴と申します」
「俺は銕蒼蔦、よろしく」
幻想郷で中々見ないまともそうな子だ、仲良くやれそうだ。
.....またもさとり様がジト目で睨んでくる、何故だ!?
「それで! かの地霊殿で! 見つかったという! 妖魔本は! い! ず! こ! に!?」
「近い近い近い近い!」
─前言撤回。 やっぱりこの子も幻想郷の住人だわ。
お茶が美味い。
「こちらに。 念のため、お札で妖力を抑えてあります。 危険はないと思いますがね」
「ほほう、これが─」
.....何の変哲もない本がギチギチと音を立てたり動いたりするはずもないんだけどなぁ。
小鈴ちゃんの簡易鑑定の結果、表紙に書かれたタイトルは『鳥獣戯画』というありきたりなタイトルだ。
「あれ、鳥獣戯画ってたしか巻物じゃなかったですか? しかも西洋文体じゃないですよね?」
「ええ、原典はそうだと私も聞いております。 しかし、ここは幻想郷。 外の世界の道理は通じないのです」
「.....説得力ありすぎですね」
地霊殿にあるにはらしいっちゃらしい書物だ。
「ところでさとりさん、この本はどちらで?」
「それが、あまり覚えてないんですよ。 何年も昔のことだったような気もしますし、最近譲ってもらったような気もして」
「少なくとも俺がお世話になる前ですね」
こんな怪しい本の受け渡しをしてるところを見たら、それこそ忘れられないし嫌でも記憶に残ってる。
「.....わかりました。 念のため霊夢さんの協力の元調べてみます」
「お願いします。 あと以前お借りしたものを返却しに来ました」
「ありがとうございます、返してくれるだけでありがたいです。 いや、ほんとに」
「苦労してんだな」
主な原因はさっきまでいた白黒魔女と見た。
それにしても、外の世界の本か。 たしかに見たことあるようなものもあるけど、いかんせん古すぎる。
俺が読んだことのあるものはなさそうだ。
「.....蒼蔦さん」
「気にしないでください、さとり様。 別に記憶もすぐに戻る必要もないんです、ゆっくり気長にお世話になりますよ」
お茶を飲み干し、小鈴ちゃんに挨拶をして鈴奈庵を後にした。
─鈴奈庵を取り巻く妖気のようなものが一層強まった気がしたが、さとり様の能力によってそれは杞憂に終わった。
興味本位で小鈴ちゃんが妖魔本の封を一つ剥がしただけだったのだから。
幸い、怪我も呪いもないとのことなので大丈夫だろう。
「.....あの子、いつか呪いに喰われるんじゃ」
「私もそんな気がします」
訂正、少しだけ不安だった。
※
「あの、男ォ、すずちゃんと仲良くキャッキャウフフしおってからにィィィィィィ!! 今に見てろ! この俺が貴様を呪ってやる! すずちゃんの隣に立つのは、この、俺、だ!!」
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