護衛が道   作:豊秋津

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No.014 劣勢×覚醒

 猫型のキメラアントは銃撃は大した脅威にならないと判断したのか腕で防ぐだけで、避けもせずに吶喊してくるようになってきた。

 攻防力の移動も熟練の念能力者と大差ない程に速い。マシロとカイトを手本にしているのか、戦いの中でどんどん念の技術が磨かれてきている。

 眼前のキメラアントの顔面に右手のナイフを振るいながらそれを囮に左手の銃を腰溜めに腹を目掛けて撃つ。二ヶ所への攻撃を敵はナイフを左手で払い、右手で銃弾を受け止めて防いだ。

 マシロはそれを認める間も無く跳びあがって蹴りを打つ。キメラアントは身を屈めてそれを避け、体当たりでマシロを吹き飛ばす。

 

「く……っ」

 

 無理な体勢からのジャンプキックだったために、マシロは受身を取るので精一杯だった。追撃に対して後手になってしまい、キメラアントも当然それを見逃さなかったが、カイトが横槍を入れる事で追撃を防ぐ。

 カイトのワンドの能力は触れるだけでも発動するために、デバフを嫌うのなら避けなければならない。

 

「も~~、それ鬱陶しいニャ~~!」

 

 マシロはすぐに体勢を整えて、カイトと攻め手を交代する。

 敵のキメラアントは元の四足獣らしい手を地面に着けるような低い攻撃が多く、それがマシロにはやり辛かった。天狐の山で子供の頃は魔獣を相手に組み手のような事をしていたために獣染みた戦い方に戸惑いは無いのだが、敵のキメラアントは魔獣と比べるべくもない程に俊敏で柔軟で鋭かった。

 接近戦をしていると防ぎきれなかった攻撃でどんどんマシロの身体に傷が出来てくる。

 だが劣勢という状況の中でマシロは不思議な昂揚感に包まれていた。

 自分の全力の全力で挑んでも、それでもまだ高い壁として立ちはだかる敵を前にして徐々に戦い方が理想のものへと近づき始めていく。

 すなわち“硬”と“流”を用いた常時攻防力100の究極戦闘術。

 そこに到達しようとしていた。

 これまでも幻影旅団戦の時に近しい事はしていたが、しかしそれは敵の隙を突いたり隙を生み出すためで、それも数手に(とど)まっていた。またその際も人間を惨たらしく殺す事に抵抗があってか無意識のうちに手足などの直接命に関わりづらい部分を狙う事が多かった。

 だが目の前のキメラアントには遠慮する必要が無い。いや、遠慮する余裕が無かった。

 明確な完全なる格上を相手にマシロの感覚はどんどん研ぎ澄まされ、遂に飛躍を遂げようとしていた。

 

「!?」

 

 マシロのナイフがキメラアントの肌に入り始める。暴力的なオーラ量に物を言わせたキメラアントの防御力を“凝”で集中させたマシロのオーラが上回り始めたのだ。

 未だ攻防力90程度と“硬”にはなっていないが近づいて来ていた。

 そしてマシロの変化は異変としてキメラアントも感じ取っていた。何かおかしいと一旦距離を取ろうとするが、マシロはさせじと追い縋る。

 しかし素の肉体的能力に差があるために、その強靭な脚力で距離を離されてしまう。

 キメラアントは木を足場にマシロとカイトの周りを跳び回る事で攻撃のタイミングを掴ませず、迎撃の姿勢も崩そうとしていた。

 背後を取らせず、なるべく前方に敵を捉えようと動いていたマシロとカイトの僅かな隙を見出したキメラアントは突撃する。

 迎え撃つマシロ。

 キメラアントがマシロの手前の地面に着地する。と、地面が爆ぜる。

 爆発したかと錯覚させる程に地面を抉ってキメラアントは急激に方向を転換した。

 向かう先にはカイト。

 自分の右側からの激烈な突進に防御しようとするも右腕を失っているために間に合わず、胸から腹にかけて切り裂かれる。折れる身体。

 カイトは木々の向こうへ蹴り飛ばされた。

 キメラアントはゆっくりとマシロの方へ振り返った。笑っている。

 

「これで鬱陶しい力は無しだニャ」

 

 劣勢の中でもどうにか均衡出来ていたのはカイトの能力と、何よりカイト自身の的確な援護があったためだ。それらが無くなれば天秤は大きく敵に傾く。

 だが、マシロも笑った。

 

「もう少し付き合って貰います」

 

 銃をホルダーに戻す。

 

 ―――もう少しで何かに手が届く。

 

  マシロの目は敵を通して自分を見ていた。最早死がどうとか(キメラアント)がどうとかは頭の中に無かった。

 あるのは見えなかった景色がもう少しで見えそうだという胸の高鳴りと今まで築き上げてきたものを振り返ってここまで来ることが出来たという歓び。

 マシロの精神はある種の超越状態にあった。

 そして、念は精神状態に大きく左右される。

 

「ぐ……ッ!!?」

 

 再開される戦い。キメラアントの前腕をマシロのナイフが深く抉る。

 生まれて初めて感じる激痛だったが、キメラアントは怯みも見せずに攻めかかる。

 振るわれる鉤爪。避けるマシロ。返す刀で振るわれた鉤爪を冷静に右腕で払って、がら空きの脇腹へと左腕で殴りつける。

 オーラの防御を貫いてきた攻撃にキメラアントは声が漏れそうになるが食いしばって耐える。

 カイトが掛けたバフ・デバフの効果が無くなり始めた状況でも、マシロの攻撃は確かなダメージをキメラアントに与えていた。

 敵の隙を逃さず行われる何度目かの近接格闘戦はマシロが初めて押していた。

 不思議な状態だった。考える前に“硬”で防御を行い、攻撃の瞬間には自然と“硬”を纏っている。

 マシロは遂に理想を体現した領域へと到達した。

 

 

 …………が、その状況も長くは続かなかった。何度か攻撃を受けるうちにキメラアントは攻略法を見出したのだ。

 マシロが右拳から繰り出した殴打をキメラアントは避けずに受ける。同時にマシロの右腕は肘から先を切り落とされた。

 

「つ……ぁあ゛あ゛ッ!!!」

 

 どうにかキメラアントを蹴り飛ばして間合いを離すが、最早大勢が決したのは明らかだった。

 “硬”を使っているときは他の部分が無防備になる。基本中の基本の注意事項だが、キメラアントが行った攻略法は人間には出来ない芸当だった。“硬”での攻撃を受ける、即、死だからだ。

 避けながらのカウンターという手もあるが、それよりもマシロが“硬”から“堅”の状態に戻る方が速い。

 人間が相手なら"堅”で足る防御も目の前のキメラアントには不足だったために"硬”を使ったが、しかしそれが仇となった。

 “硬”を受けるという行為は、オーラ量も肉体的強度も隔絶している直属護衛軍だからこそ出来た事だった。

 

「君はすごく強かったけど……もうお終いだね」

 

 寂しそうにキメラアントが呟く。もう楽しかった遊びも終わりだ。

 口からも血を流したキメラアントが重たげな足取りでマシロに近づいていく。

 継戦の構えを見せるマシロ。まだ闘志は萎えていない。最期の意地とばかりにマシロは全力でオーラを練った。

 “硬”での究極戦闘術は、もう出来ない。元々リスクの大きい戦い方だったが右腕を奪われた事で死線上を踊り続ける自信を持てなくなっていた。それでも隙があれば体外に顕在させた全オーラを一撃に叩き込むつもりだった。

 まだ抵抗するつもりのマシロにキメラアントは笑顔になった。

 マシロが機を窺っているとキメラアントの背後に体を引きずったカイトが現れた。手には不気味な大鎌を携えている。

 カイトがアイコンタクトを送ってきた。跳躍するマシロ。遅れてキメラアントがカイトに気づく。大鎌が振るわれる。

 キメラアントも跳んでかわそうとするが、上を取ったマシロに頭を押さえつけられる。

 

「な゛!?」

 

 刃が迫る。キメラアントは上に逃げることは諦め、素早く地へと身を伏せた。ついでとばかりにマシロの手を取り引き込む。

 大鎌の軌道上へと身を晒してしまうマシロ。マシロも伏せようとするも数瞬遅く、左脛の中程より下辺りを斬り飛ばされる。

 

「はあ……はあ……くそ……っ」

 

 大鎌が霧消する。肩で息をするカイトは地面に膝を突いて座り込んだ。

 マシロは仰向けになって空を見ていた。

 ここまで必死になっても倒せもしない敵の強さに笑えてくる思いだった。

 キメラアントが立ち上がる。カイトとマシロの状態を確認している。

 

「人間がここまでしぶといとは想像してなかったよ。キメラアント(僕達)の脅威に成り得る人間がいる。それが知れて良かった。すごく楽しめたよ」

 

 マシロが銃を向ける。

 

「……なんのつもりかニャ? それは僕には効かないって分かったと思ってたけど」

 

 事実ハンドガンは一度も有効打に成り得ず、牽制の役目がこの戦いでは精々だった。このキメラアントにとっては鬱陶しい豆鉄砲でしかなかっただろう。“周”で強化した弾丸をキメラアントはその身で防御出来ていたのだ。

 マシロは構わずに引き金を引く。

 キメラアントは避けもせずに手の平で受け止めようとした。

 

「!!!?」

 

 たが、弾丸は手の平を貫通し、キメラアントの身体を食い破った。

 崩れ落ちるキメラアント。吐血。

 肺に穴を開けたのかカヒューカヒューと異音をさせながら苦しそうに呼吸している。

 

「はあ……はあ……これで、正真正銘死力を尽くし……切りました。……はあ……もう、ガス欠……」

 

 最後の銃弾には、マシロの残っている全オーラを籠めた。その威力は今まで撃っていた銃弾の比ではない。

 最後の一発の油断を誘うために、銃撃は脅威では無いと思い込ませる布石を散々に打っていたのだ。奥の手の保険だった。通用して良かったとマシロはほっと胸を撫で下ろした。

 

「動けるか?」

 

 カイトがのろのろと近づいてきた。

 

「……無理、ですね」

 

 何とか身体を起こすマシロ。

 キメラアントの巣の方を見れば、こっちに飛んでくる複数の影が見えた。

 

「行ってください。俺を抱えちゃ……逃げられません。それより、も、情報を討伐隊に持ち帰る方が重大、です」

 

「…………」

 

 帽子を目深に被って表情を隠すカイト。その口元は強く結ばれている。

 

「ここから北東350キロ辺りに……村が、あります。そこに知り合いがいるので助けに、なってくれると思います。

 …………それから、キルア君には気にしないでと伝えて、ください」

 

「……そうか、キルアの知り合いだったのか。

 俺の名前はカイトだ。良ければ恩人の名前を教えてくれ」

 

「マシロ=シロギヌです。後は、頼みました……」

 

「感謝するマシロ。君と共に戦えて光栄だった」

 

 背を向けてカイトは歩き出した。一度マシロの方を振り返ってから森の奥へと姿を消した。

 マシロは改めて自分の全身を見渡した。

 酷いものだった。浅傷から深傷まで全身至る所に何十箇所と傷をつくり、おまけに右手と左足を失った。

 銃を握り直す。

 

「あ……あ、れ……?」

 

 急に身体から力が抜け、起きていられずに倒れてしまう。体を動かそうとするが力が入らない。

 身体を起こそうという気力すら湧いてはこなかった。

 

「ネフェルピトー様! ご無事ですか!?」

 

 頭が回らない。

 

「あの人間、を、城へ運んで応急、処置を施せ」

 

「は! は!? いや、しかし。女王様へ献上なさらないので?」

 

 ボーっとキメラアント達のやり取りを見ていた。

 眠い。

 

「面白いことをね、考えたんだ」

 

 瞼がおりる。

 マシロは暗闇に身を委ねた。

 

 

 

 




拙作を待っていたという方には感謝しかありません。
しかし誠に申し訳ないのですが、次の投稿はまた期間が空くと思います。ごめんなさい。


佐藤東沙様、折部いゑ様、ュゥ様、名も無き一読者様、誤字報告ありがとうございました。
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