Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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23ー1話 : 正気 ~ Insanity ~ (1)

 

 

轟音が去っていく。その場に残っているのは漆黒の機体が持つ高出力の跳躍ユニットの轟音に揺される、破壊された建物群だった。まるで空爆が起きたかのように徹底的に壊されつくされた建物は、物言わぬ屍となって夜空の下に晒されている。

 

見ていたのは周囲の平原にある草達と、そこにすむ動物。あるいは、建物の周辺にある木々達か、草むらか。

 

――――その中に潜んでいた一人の男は深く溜息をつくと、人ではあり得ない速度で走りだした。

 

狂ってやがる、という言葉だけを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令部ビルの中央司令室。その中への突入を成功させた部隊の一人。ゼレノフ軍曹は途中で合流した二人を呼び寄せた。

 

「こっちだ、来てくれ――――死体の確認を頼む」

 

「…………彼女だ、間違いない」

 

イブラヒム・ドーゥルは額に穴を開けた女性の死体を見て、彼女がメリエム・ザーナーだと告げた。外部に向けて演説をしていた、難民解放戦線の首領格であると。その隣には軍人らしき身体つきをした男が、撃たれた胸を押さえながら倒れていた。

 

何が起きたのか。イブラヒムはゼレノフを見たが、その表情は苦虫を噛み潰したかのような顔になっていた。

 

「なにかあったか?」

 

「………ダメだ。電子欺瞞の解除はできない。サンダーク中尉とも連絡が取れなくなった」

「っ、何故だ!? 何か………通信センターに展開していたデルタが手こずっているのか」

 

「いや、指導者らしき者は既に脱出したらしいが、制圧には成功したと連絡があった。解除できないのは、別の要因だ」

 

それも原因が特定できないという。突入までにこの場所で何が起きたのか。メリエムが、男が、どのような事を行おうとして同士討ちらしきものをしたのか、その原因は永遠にわからなくなったが、制圧に失敗したという事実だけは周知の事実として認識されていた

 

「肝心な所で、何もできない………間に合わない」

 

イブラヒムは部下を殺してしまった時を思い出した。経緯はどうであれ、結果的には自分で手を下したと同じだ。二度と繰り返さないためにとやってきたのに、届かない。

 

いよいよもって終わりかと、突入部隊の全員が諦観に傾こうと思った時に、その声は発せられた。

 

「――――終わってないぜ。まだやれることがあるはずだ」

 

どこの誰が仕掛けたかも分からないゲームだが、コールが済んだ訳でも、有り金を全て失った訳でもない。何でもないように告げたのは、脱出できず、結果的にゼレノフ達と合流することになった。フランツ・シャルヴェだった。

 

「………楽観論、とも違うようだが」

 

確証はあるのか。そう問いかけたイブラヒムの言葉に、フランツは苦笑しながら答えた。

「ただの負けず嫌いだ。それに………今も諦めずに戦っている馬鹿共が居るのに、自分だけ諦めるのは格好が悪いからな」

 

メリエムでさえ、撃ち合いになってまで何かを成し遂げようとしたのだろう。正誤や善悪はあれど、命を懸けてまでこの場にやってきた女が居る。なのにその意思の齟齬を指摘した自分が、生きている内に諦めるのは勝手が過ぎるだろうと。

 

 

「プロテクトの解除を試みる。不可能かもしれんがな………やってみるさ」

 

 

万が一にでも成功すれば、勝利に限りなく近づける。そう主張するフランツに、ゼレノフは苦笑を混じえながらも妨害電波らしきものを出しているパソコンの前に立ち、キーボードを触りはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イェジー・サンダークは招かれざる客が床に倒れ伏すのを見届けると、手に残った感触を確かめていた。侵入した不審者の背後から忍び寄り、頚椎をへし折ったのだ。衛士用の強化装備を身につけた巨躯の男に胴体への攻撃は効果が薄いとして、過去にKGBで身につけた無音暗殺術のイロハ通りにやってのけたのだ。サンダークは息も絶え絶えな哀れな敵を見下ろしながら、淡々と告げた。

 

「保ってあと数分………何処の誰かは知らないが、無礼な客に時間をかけて応対している暇はない」

 

サンダークは冷静に観察しながら、下した相手のことを評価していた。衛士にしても戦闘力が高そうな威圧感を身に纏っている男は、歩兵としても相応の力量を持つ手練だった。野獣のような眼は、ただ修羅場を潜り抜けたというだけでは持てないものだ。

 

(………可能であれば何処の手の者かを確認したかったが)

 

男が侵入してきたのは計画の中枢部とも言える場所で、男はここの研究資料を目的として基地に入り込んでいるようだった。米国かソ連国内の敵対勢力か、あるいは全く別の組織か。確認できれば最良であったが、そのための“手段”が居ない今は無いものねだりとなる。サンダークは余裕の無い状況に若干の不満を覚えつつも、最悪の事態を回避できたことに安堵し、状況を整理し始めた。

 

「鍵はオルタネイティヴ計画にあるか………もしくは、そうと見せかけたい別の組織によるものか」

 

いずれにせよ、頭を垂れる相手ではないことだけは確かだ。そのためには、この馬鹿げた騒動を終わらせる必要がある。そのための作戦は、レッド・シフトを止めるべく動き始めた各部隊の成果はどうなったのだろうか。

 

「通信が完全に途絶した状況を思えば………陸戦部隊の突入が失敗に終わったことは確定的か」

 

これでレッド・シフトの阻止は困難になった。基地ごと、研究成果諸共に吹き飛ばされてしまうという認められない結末も十分にありえることとなった。そうなっては終わりだ。最悪は、生き延びるためにここでフェアバンクスへ脱出することも考えなければならない。米国へ亡命することも選択肢として取り入れるべきか。

 

「――――いや」

 

サンダークは思いついただけで、その案の頭から消し去った。その先に待っているのは研究の成果だけを奪われて途方にくれるという、煮えきれない終幕のみ。

 

「それでは、望みを果たせない………生き残る意味さえも無くなる」

 

ロシア人でもないのに、亡命せずソ連の中であがき続けてきたのは何のためか。

一歩間違えれば即死亡という逆風の中で、紙一重の選択を勝ち取ってきたのは何を果たすためか。

 

「取り違えはしない………まずは研究資料を確かめるべきか」

 

資料を奪われた時点で挽回はできなくなる。そう思ったサンダークは、資料が破棄されているかを確認することを優先した。計画の主任であるベリャーエフがここに残っていないということは、既に避難済みだということだ。だがサンダークは、ベリャーエフという男がこの状況下で機密保持に頭が回るような、気が利く男ではなかったことを知っていた。

(使える駒はあまりにも少ない………私にも有能な部下が居ればな)

 

ゼレノフ軍曹は有能だが、局地的な場面でしか役に立たない。現場の叩き上げであるからだろう、意固地になる部分もある。

 

(各所で気を利かせてくれる部下が居れば、もっとスムーズに事を運べたものを)

 

例えば、魔女の遣わした一手であろう白銀武という衛士のような。サンダークはままならない思考を抱えながら、資料がある場所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァレリオとステラはユーコン基地に戻る途中にその光景を目にすることになった。

 

『………凄い数ね』

 

『ああ。ちょっと、これは………シャレにならねえな』

 

二人はただでさえ多かったBETAの更に後ろに新手が居ることを知り、愕然としていた。ユウヤ達はどうしているのか不明だが、戦闘中であることは確かだ。テロリストが持つ警備部隊か、先遣のBETA群か。どちらにせよ激戦の最中で、余力も余裕も無い状況に追い詰められているということは想像に難くなかった。

 

『ここで気張る、って手もあるけどな。どうする、ステラ』

 

『………合流することを優先しましょう。ここを死守するという手もあるけど、非効率的。一匹でも多くのBETAを倒すには、連携を駆使する必要が――――?』

 

ステラは言葉の途中で、目を見開いた。その原因は、BETAの動向にあった。今まで南南西方向に向かっていたBETAが、突如として北西方向へと進路を変えたのだ。

 

『いったい、何が………?』

 

少なくない実戦経験の中でも見たことがない動向を前に、ステラとヴァレリオは驚き。

 

 

――――直後に感知した“ある反応”を前に、完全に言葉を失うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーコン基地より北西の地点にある平原で、唯依はタリサと一緒にBETAを迎え撃っていた。総勢10人という準中隊規模で行うのは、単純かつ簡単な作戦だ。後方に放置した誘導要因であるものを目指して殺到してくるBETAを、可能な限り殺し続けること。同時にこちらを狙ってくる難民解放戦線のテロリスト部隊を撃破することだ。

 

出来なければ全ては終わる。唯依はそう思いながらも、この戦いにはまだ芽があることと、起死回生の一手をもたらした人物に対して感謝を捧げていた。

 

(そう、思って。単純に喜んでいた、が――――)

 

唯依は戦術機というものを考えていた。戦術とは敵手の能力を基として構築されるべきものだ。自らの特性と相手の特性を認識し、その上で有利な条件で戦えるように。殴りたいように殴ることができる殴り方を選択し続けることができれば、それが最善と言える。

 

言葉では簡単で、実行することは困難。それを理解しつつも、戦術研究家は、多くのベテラン衛士は、更なる高みに行くための試行錯誤を繰り返してきた。全てはBETAを倒すために。憎き異星種をこの星から駆逐するために。長く遠い道ではあるが、進まなければたどり着けない。

 

創意工夫されて編み出された剣術と、流派と同じように。篁唯依は怠け者ではない。いずれは戦場に出たいという思いを持っていた。研究の最中でもBETAを相手にしたイメージトレーニングを欠かしたことはない。どのように動けば素早く、多くのBETAを屠ることができるのか。それを思案し、模索し続けてきた。

 

――――その到達点の一つが、目の前に在る。

 

篁唯依は、バラバラになっていくBETA達と、その間隙を縫うようにして戦場を駆ける青の不知火を前にそのような感想を抱いていた。

 

手に持っているのは短刀と突撃砲。通常の突撃前衛が持つ装備となんら変わりなく、特別な武装もしていない。

 

だが、肉が飛び散っていく。青の不知火が動くたびに、紫色をした汚い肉塊が気持ち悪い音を立てて大気と大地を汚していった。

 

それはまるで雨のように。嵐の中心に、その衛士は存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タリサ・マナンダルは衛士として成長するための努力を惜しんだことはない。同期の面々から揃って「衛士としての才能がある」と言われても、それに甘んじたりはしなかった。

本当の高みを知っていたからだ。これだけで満足などしてはいられない、本当の天才を知っていたから。負けるのが嫌なタリサは、追いつこうと必死になった。グルカとして姉弟子である自分が劣っているのは気に食わないと、訓練も任務も出来る限りの力でこなし続けた。結果的に成長し、連合でも有数の技量を持つに至った。

 

それなりの自負を持つようにもなった。連合最高戦力の一人であるターラー・ホワイトからも、一対一では油断できないなと、そう評されたこともあった。だからこそ、多少なりとも追いついたと思っていた。再会を約束した少年にも、やりようによっては勝てると。

 

――――それが錯覚であると。有無をいわさず思い知らされる光景が、目の前で展開されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲にBETAしかいない敵陣の真っ只中で、空色の不知火は血飛沫を花吹雪に見立てて舞っていた。操縦している衛士は、白銀武はいつも通りというような表情で高重力がかかるGに耐えながら操縦桿を動かしている。

 

――――BETAは多くて、時間制限は条件は違うといえ存在し、弾と燃料は無限ではない。当たり前のことだった。どの国であれ、戦闘において強いられる制限は似たようなものだ。その中で求められるのは、いかに早くBETAを“倒す”か。

 

白銀武は常なる戦場で考えた。そしてたどり着いた結論とは、細かいあれこれをいちいち考えないということだった。

 

(余計なものは全て削ぎ落とせ――――ただ、倒すべき敵と他ならぬ自分を認識し続けろ。できるだけ早く攻撃を。回避も怠るな。でも考えるな、遅くなる)

 

戦闘とは情報の処理である。勝利とは距離と武器と攻撃力を最適の組み合わせで選択し続けることで得られる。武はその工程を一秒にも満たない時間で終わらせ続けた。

 

相手が一であれば、瞬く間さえ不要。

相手が五であっても、それは同様で。

相手が十ともなれば、ようやくコンマ数秒が必要となる。

 

敵BETAの群れはいくつかに分かれ、接敵しているのは前半の1000あまり。単機が良いと告げて突進した武は、その理由を機動で語っていた。

 

苦情は止んでいた。光線級が居る戦場で、機動は制限されている。それでも大過なく白銀武は範囲内に居るBETAを最速で片付ける道を駆け抜け続けているがゆえに。

 

要撃級が相手では、振り上げる腕の角度と攻撃範囲を完全に見切った上ですれ違いざまに致命の刀傷を刻みつける。戦車級であれば、打倒に必要と言われている36mm数発を最低限叩き込んだ。稀に居る要塞級は、その衝角による一撃を利用し続けた挙句に、移動の駄賃で刻み続けた傷を刳り倒して行動不能としていく。

 

小型種は地面の塵と一緒だ。気にかける時間ももったないないと、要撃級が、要塞級が倒れる位置を計算し尽くした上で、“ついでに”巻き込む形で轢殺していった。

 

攻撃をしていない時間はない。いずれも次の攻撃のための予備動作か、攻撃中である。絶えず殴り続ければ最速で敵を打倒できるという、幼稚な子供が考えたとも言える理論。本来であれば実現不可で夢想に過ぎない理想論だが、卓越した慣性制御技術がそれを現実のものとした。

 

武は斬りつけた刀より腕部に伝わる反作用を、踏み込むときに地面から伝わる反作用を、高速移動した時に機体全体にかかる風圧力を、突撃砲を撃った時にかかる反発力を、全て次段の行動に移る動きに組み入れ続けていた。考えることはなく、ただ機体が求める自然な方向に直感で思い浮かぶ最善の行動のまま動き続けた。

 

機体の関節部や電磁伸縮炭素帯は人体のように、各種に伝搬する媒介となっている。それらに作用する各種応力が、移動や攻撃を行う際にどうすれば活かせるのか。考え続けた果てに、実戦経験を基礎にして組み立てた最速の機動。

 

ベテランの衛士であれば似たような動きが出来る。トップクラスの衛士であれば、一部の実行は可能だ。だが武のそれは通常のベテラン衛士がたどり着く果てより、更に上へと先んずるものだった。

 

通常の歴戦の衛士は才能あふれる者とはいえ、人間である。先人に習い、人間の動きをモデルとして、生身で戦闘する時と同じように動くことを優先する。型となるのは、人間として、歩兵である時と同じような最適。その先にこそ人間が今まで培ってきた歩兵戦闘技術を活かせると、それが効率的であると信じて機動概念を構築する。

 

一方で白銀武は違った。その概念を初めから持っていなかったのだ。まず最初に、機械は機械であるが故に機械だからこそ出来る限界を見極めて動くべきだと考えた。故に推力に流されるまま、状況が求めれば倒立もするし、倒立からの反転の勢いを活かして刀も振るう。必要であれば曲芸師のまね事だってやってのける。アクロバティックなそれは、地に足をつけて腕を振るう剣術家とは隔絶する類のもので、それでも威力的には過不足ない一撃と移動を繰り返していた。

 

こうまで異なっている理由は、大元の機動概念を構築したのが別の世界の白銀武だったからである。ゲーマーがコントローラーでプラモデルを動かすような感覚。それは軍人としての訓練を受けた上で、コックピットを模した立派な筐体内で学ぶ衛士のそれとは著しく異なるものであることは言うまでもない。

 

戦術機という兵器が持つ概念を、余す所なく利用している。

どちらが優れているのかは、一目瞭然だった。

 

XM3が持つOSの処理速度と、キャンセルという概念も大きい。XM3を使わない武は、優秀ではあるが常識を外れるという程でもない。

 

だが、XM3である。通常の衛士であってもその恩恵は大きく、戦闘能力を何倍にも上昇させる効果を持っているが、無駄なく適切な戦術行動を機体に反映させることを可能とするそのOSは、白銀武が持てば強力な武器をも越える切り札(エース・イン・ザ・ホール)になってしまうのだ。

 

人の概念に囚われない、自由すぎる神速の機動戦術。当時より更に磨きぬかれているそれは、地球上のそれとは思えない。

 

成長したクラッカー中隊として宇宙人と言わしめる根本が、ここにあった。

 

(――――残り、100)

 

武は範囲内のノルマを認識すると、言葉を吐く瞬間さえも惜しみ、BETAを蹂躙し続け。ちりりと脳裏に走る雑音を認識すると同時に、意識の7分ほどをそちらの対処に割いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――崔亦菲は、鉄大和という少年に対し、戦場で再会しようと約束した。叶う可能性は低いが、あの時はどうしても言ってやらなければ駄目だと思った。それを守るために、自分を鍛え続けた。台湾と中国人のハーフだということを言い訳にすることはやめた。そんな事にこだわり続けていれば、戦場では生き残れない。

 

亦菲は自分から約束を破るつもりはなかった。結果的に再会はできなくても、それはアイツのせいだと言ってやるつもりだった。その結果がでるまでは死ねないという意地を持っていた。

 

知り合いの死は心に影を、背中に重荷を増やす要因となる。

亦菲は根暗な本性を持つあの男が、自分より年下でも必死に戦っていた少年に、情けない姿は見せられないと考えていた。重たいものを抱えているだろう誰かの荷を重くするつもりはなかった。

 

再会は突然で。彼であると認識した少年は、一端の衛士になっていた。雪崩れ込むように続いた戦闘の最中で、その技量を確認すると同時に悔しさを抱いた。控えめに見ても、自分より上であることは間違いない。それでも追いつける距離だと、時間をかけて努力を積み重ねればその背中を抓り上げることは可能だと、そう思っていた。

 

(切り上げ、回転し、反動で飛んで、倒立して、その回転を――――)

 

まるで玩具のように回っては、BETAの命を削いでいく。その様子は、何かの冗談のようだった。それでも、奇抜ではあるが対抗が。

 

直後に、その自信が喪失する音を聞いた。

 

先遣のBETAを倒し、直後に奇襲をしかけてこようとしたテロリストの機体が1機、狙撃兵を思わせるような120mmでの1射で爆散させられる音と同時に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アジーズ・ジナーという青年は、難民解放戦線の中でも特に筋が良いと言われていた。滅多に褒めない厳しい教官でもあったクリストファーに、唯一才能ありと断じられた男だ。短い訓練だったが、最終的にはクリストファーの部下を相手にした模擬戦でも五分にまで渡り合えるようになった程だ。

 

その彼は、復讐心に燃えていた。通信で、ウーズレム・ザーナーが召されたと聞かされたからだ。メリエムとウーズレムの姉妹は、キャンプに押し込まれた時からの知り合いで

共に地獄のような難民キャンプを生き抜いた戦友だった。ウーズレム達の母親が死んだ日、壊れたように泣き続けるウーズレムを抱きしめ続けた。それでも泣き止まず、事件が起きるまでは多少なりとも持っていた明るい部分を放り捨てるよう、恨みを募らせる彼女を見て、自分の無力を知った。

 

難民解放戦線に参加するという彼女に、ついていかない理由はなかった。

 

(どうして、あの子が死ななければならなかった)

 

生きるべきだった。細かい理屈は関係なく、彼女はまだ子供とも呼べる年齢の、少女だった。だというのに今も米国で安眠を貪っている一般の少女とは圧倒的に異なる、筋肉痛と死と硝煙と吐瀉物が交じる世界に出るしかなく、果ては無残に殺された。

 

(――――理解している。敵は殺す。相手も同じように、ウーズレムを殺しただけだ)

 

どのような理由があれ、ウーズレムを殺そうという相手が居れば、自分は率先してその敵を殺すだろう。相手も同じだ。自分だけが特別だという思いあがりは、訓練の中でへし折られた。才能はあろうが、それを上回る相手が居る。その敵に勝つ術と効率的な方法を知る過程で、敵にもこうして戦術を学び、倒すべき敵が居ることを知った。

 

 

それでも、ウーズレムは友達だったのだ。少なからず想っていた、忘れた笑顔は可愛いと断言できる少女だった。無残に殺され、その怒りを押し殺せるはずがない。操縦桿が前に傾くのは必然だった。

 

取り敢えずは、距離が近い不知火・弐型を血祭りに上げてやる。

 

 

「全機、俺につづ…………っ!?」

 

 

刹那に見たのは、尖った砲弾。

 

認識したと同時に、アジーズは自分の肉体がひしゃげる音を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ばけ、もの…………それだけじゃねえ)

 

何を考えて動かしているのか全く分からず、それでもBETAは次々に倒されていく。その速度は、クリスカ達でさえ相手にならない。

一見にして派手な動きは計算されつくされたものだった。

 

そして、先ほどの狙撃だ。どうして、あの距離で当てられるのか。ユウヤは馬鹿げた狙撃に対し唯依達が内心で混乱している事を察しつつも、その理屈を完全ではないが把握していた。あれだけ離れている以上は撃ってから弾が届くまで相応の時間がかかる。偏差射撃にも程があるというのに、白銀武はそれを何気なくやってのけた。

 

(―――1機だけ前に出てた、難民解放戦線の衛士。恐らくだけど、こちらに恨みを抱いていたか?)

 

ユウヤも遠目だが、敵機の中の1機が編隊を飛び出すように速度を上げるのを見ていた。それも、こちらが視認できる距離になってからである。戦術的に意味がない、失敗だと言うしか無い行動は何らかの感情に引きずられた結果によるものだと思われた。

 

白銀武はそれを察したのだろう、不知火・弐型に向けて速度を上げた所で、こちらに対する注意力が散漫になっていたと判断し、即座に狙撃。敵の鼻っ柱を折る形で敵機の先鋒を撃墜させた。敵方も、あまりに予想外だったのだろう。陣形は乱れ、哀れみを覚えるほどに動揺している事を悟らされた。

 

(………対人戦の要所をきっちりと抑えてやがる)

 

また近場のBETAの掃討に戻った不知火を見て、ユウヤは確信したことがあった。間違いなく人間同士の戦闘を経験したことがあると。

 

ユウヤは対人戦のエキスパートだ。故に、対人戦において最も重要な要素の一つとして、敵の戦力を効率的に削ぐ方法を学んでいた。その中に、敵の士気を挫くというものがある。異形のBETAはともかく、人を相手に殺し合いをするのに、重要なのは自分達が優っているという思い込みだ。歴戦の衛士ならばともかく、それほど経験の多くない衛士が格上を相手に通常通りの戦闘力を発揮できるというケースは少ない。

 

錯覚であっても、有利であるという思い込みが自軍の戦力を上げる一因となるのだ。それを折ることで、直接的でなくても戦闘を有利に進めることができる。

 

(だが、必ずしも当てられるという確証は無かった筈だ。だが、賭ける価値はあると判断した)

 

成功率は低かったと思われる。それでも実行したのは、数秒のタイムロスと120mm砲弾が1発、それで敵の戦力を削げれば儲けものだと思ったのだ。当たれば言うことはなく、掠っただけでも敵に動揺させることができるし、外れた所で次の手を考えればいい。

 

即座に切り替えてBETA相手の戦闘に戻ったのも、効果的だった。敵の衛士も、間もなく見える筈だ。自らが立ち向かう敵の、馬鹿げた力量を。

 

(………違う、腕だけじゃねえ。通常の操縦だけじゃ説明がつかない)

 

ユウヤは武の機動を再現しようと想像し、すぐに無理だと気づいた。

 

戦術機は“ああ”ではない。“そんな”動きができるようには設計されていない。注意深く観察すれば、行動の途中で別の行動に切り替わるような、普通の機体ではあり得ない動きを見せていた。力量は確かに、隔絶した物がある。認めたくないが、自分より技量が上であることは認識せざるを得ない。

 

どこをどうすれば、あんな機動が出来るのか。大胆に過ぎるその機動は、万が一というものを考えない、命知らずにしかできない類のものだった。少しでも踏み外せばすぐに死んでしまう、綱渡りにも程がある超攻撃的機動は、まともな感性を持つ人間ができるものではない。

 

どんな思いを抱き続ければたどり着けるのか。10を超える戦場か、あるいは100か。鉄火場を毎日という頻度で潜り抜ければ、不利な戦況でも突破できる穴があると。戦い、幽鬼のように抗い続け、肉体を失する味方を横目に、戦場の先にいつか終わるべき果てがあると信じ続けられれば、こうなるのかもしれない。

 

果ての果てという表現が正しいように思えた。どんなに控えめに表しても、狂っている以外の表現ができない。それが有用であることも、そうしなければ敵の大群に呑まれて終わるこの状況も。

 

(いや………ここで怖気づいてる暇はねえ!)

 

相手が人間である以上は、戸惑って士気が落ちている内に叩かなければならない。ユウヤは唯依に通信を送ると、BETAは武とバオフェン小隊にまかせて、敵戦術機部隊を先に潰すため動き始めた。

 

先手を取られた形になった難民解放戦線の衛士達は、対処に数秒だけ遅れた。そしてユウヤ達にとっては、その数秒だけで十分だった。陣形を組み直そうとする編隊の3機の内、1機を集中して撃墜させると、その勢いで襲いかかったのだ。

 

誘導兵器を持っているとはいえ、扱うのは人間である。有人機であるが故に起きた動揺は、開発衛士達が集まる高レベルな戦場では致命的だった。

 

『撃たれる前に!』

 

ユウヤは弾をばらけさせる形で撃った。その中の一つが回避しようとする一機の背中にある誘導兵器に命中し、爆散して破片になっていく。

 

残りは1機のみ。唯依はコックピットらしきものから地面に自由落下していくナニかを横目に収めながらも、仲間をやられて動きが鈍った敵に接近戦を挑んだ。第三世代機でもトップクラスの性能を持つ武御雷の山吹である。加速力はF-16Cの比ではなく、中に居る衛士は訓練でも見たことがない速度に反応できなかった。

 

長刀での横払い一閃。綺麗に割断された純白のF-16Cは上下に分かたれた直後に、跳躍ユニットから漏れた燃料が引火し、爆発が起きた。

 

1分も経過しない内に、4機の撃墜である。

手応えを感じたユウヤが、この勢いならば――――と思った直後だった。

 

 

『まだだ、ブリッジス………』

 

『クリスカ? どうしたんだよ、そんな表情で』

 

『………敵も賭けに出たらしい。残存する戦術機の全てをこちらに向けるようだ』

 

『っ、何………!?』

 

相当な数を撃墜したが、それでも敵の総数は108機である。残りは少なくとも40機ほど残っているだろう。その全てが誘導兵器を持っているとなれば、BETAと一緒に相手をするのは難しい。

 

どうすべきか、相談している暇もない。先鋒らしき中隊が、既に警戒しなければならない距離まで近づいているのだ。

 

『っ、バオフェン1!』

 

『分かってる、ここでは不利。近くにある演習場に移動、そこで応戦する!』

 

誘導兵器を相手にするのに、平原では回避しきれない。そう判断したユウヤ達は、絶好の迎撃ポイントから離れて、警備部隊を叩くことにした。

 

『BETAだけが相手なら、平原の方が良いってのに!』

 

『言ってる場合か! くそっ、来るぜ!』

 

遠くから撃たれたミサイルが演習場にある廃墟に当たり、爆発を起こす。それを合図として、10機対40という大規模な対戦術機戦が始まった。

 

力量の差は歴然ではあるが、相手は対人兵器であるミサイルを多数持っている。撃墜するのにも機会が限定されるため、即座に一掃という訳にはいかなかった。誘導兵器の威力はBETAの一撃と同様で、一発でも直撃すれば終わりなのだ。

 

それでも、愚痴って何かが変わる筈がない。ユウヤ達は市街地の中で誘導兵器を捌きつつ、数が上回る相手を慎重に対処していった。相手の数は徐々に減少していく。だが、同時に減り続けるものがあった。

 

『くそっ、燃料が………っ!』

 

BETAの残数を思えば、これ以上は拙い。ユウヤは苛立ちを覚えつつ、危機感に冷や汗をかいていた。いくら高性能な戦術機とはいえ、跳躍ユニットの燃料が尽きれば案山子も同然だ。機動力を失えば、あとは数に押し潰され嬲り殺しになるのを待つだけ。

 

いっそ、賭けに出るべきか。その中で、ユウヤは通信の声を聞いた。

 

『――――まだ生き残ってやがったか、しぶとさだけは一丁前だな』

 

『そんなに嬉しそうな声を出さないの、レオン』

 

直後に放たれた援護射撃に、F-16Cが爆散した。

 

『レーダーに光点無し………それに、この声は!』

 

ステルスを持つ機体など、一種類しか存在しない。ユウヤは思わぬ援軍に、歓喜の声を上げた。

 

『シャロン、レオン! 助かったぜ!』

 

『………素直に礼を言うなよ、気持ち悪いだろうが』

 

『なんだと!? じゃあどうしろってんだ!』

 

『うるせえ、てめえで考えやがれ! すぐに沸騰するその頭でよ!』

 

『はいはい、喧嘩しないッ!』

 

やるべき事があるでしょう、と。シャロン・エイムから、平時より数段と硬くなった声が唯依に向けられた。

 

『インフィニティ4よりタカムラ中尉、葉大尉。戦術機はこちらで抑えます。貴官達はBETA掃討を優先してください』

 

『………了解した。光線級が居ることは分かっているな?』

 

『承知しています。それでも、こちらは“専門”ですから』

 

熱で敵を感知していると思われるBETAを相手にステルスは通用しないが、戦術機には効果てきめんである。それも、インフィニティーズは対人戦のエキスパートである。

 

『それでも、たった2機では無謀と思われる。万が一にも後背を突かれる訳にはいかない』

 

平原でBETAの大群を相手している途中に、背後から誘導兵器を乱射されてはかなわない。ユーリンはそう主張すると、シャロンがそれではと唯依に向けて提案をした。

 

『不安はごもっとも。それでは、ブリッジス少尉をお借し頂けますか?』

 

『なに!? いや………そうか』

 

ユウヤは驚きながらも、良い提案であると思った。シャロンとレオンは腐るほど演習を繰り返した仲で、高度な連携も可能な上に、対人類戦において重要な戦術意識の共通もできる。互いに足を引っ張ることなく、迅速に敵を殲滅できるのだ。

 

『………良い手ではあるな』

 

『ああ、だが――――』

 

ユウヤは言葉に詰まった。問題は、それが採用されるかだ。葉玉玲がユウヤ・ブリッジスを、米軍を信用するかどうかに左右される。だが、その懸念事項はあっさりと解決された。

 

『話し合ってる暇はない。後ろは頼んだ。失敗すれば来世まで呪い殺す』

 

『そんなことにはなりませんよ。F-22EMDとF-16Cのキルレシオは144対1だ。下手くそが勘違いして足を引っ張らなけりゃ、万が一も………いや、俺が起こさせない』

 

『………その言葉、受け取った』

 

『私もだ。生きて帰ったら、酒でも奢らせてくれ』

 

後は任せた。唯依は3人に笑顔を向けると、残りの機体と共に迎撃ポイントへの移動を開始しはじめる。最後に残ったのは、Su-37に乗っているクリスカ・ビャーチェノワとイーニァ・シェスチナ。ユウヤが見送ろうとした時に、不知火・弐型に向けて秘匿回線での言葉が発信された。

 

『………ブリッジス』

 

『なんだ、クリスカか? イーニァも。どうしたんだ』

 

『ああ、その………大丈夫なのか?』

 

何が大丈夫なのか、イマイチ要領を得ない。

ユウヤは訝しげに思いつつも、クリスカの言葉に答えた。

 

『なんだよ、疑ってんのか? 心配されなくても問題はねえって。あの二人の戦闘能力の高さは例の模擬戦で分かってる。すぐに片付けて、援護に向かうさ』

 

『………了解した。一刻でも早く戻って来い』

 

『当たり前だ。そっちこそ、勝手に死んでくれるな、よ………?』

 

ユウヤは軽口を返そうとして、クリスカのその視線に気づいた。いつものような気丈なものではない、イーニァよりも年下に見えそうなほどにその眼の奥は揺らいでいた。

まるでどうしても認められない、悲しいものがあるような。ユウヤはその視線の色に、母・ミラに似たものを感じ取っていた。

 

『………大丈夫だ。オレは死なないし、お前も死なない』

 

ここは正念場だという、ユウヤの言葉。クリスカはそれに頷き、また視線が交錯する。そこに通信が入った。

 

『ユウヤ、そろそろ………ってお邪魔だったかしら』

 

『い、いや。クリスカ、そろそろ』

 

『………ああ』

 

クリスカは頷くと、先に行った唯依達を追いかける形でSu-37を飛びたたせた。ユウヤはその背中を見ながら言いようのない不安を覚えたが、気のせいにすることにした。どちらにせよ、できることからこなすしかない。

 

そうしてユウヤは、シャロンの指示どおりに移動することにした。

 

目的地は、15キロ北上した場所にある建造中の衛星都市だ。ユウヤはそれを聞いて、多数を相手にするのはうってつけの場所だと思った。引きつけて迎撃すれば迅速に終わらせることができるだろう。

 

速攻で終わらせて、唯依達の元に戻る。ユウヤは移動中ではあるが戦意を滾らせると、F-16Cの機動の癖から最適な戦術が何であるかを思索し始めた。

 

『………てめえ』

 

『? なんだ、レオン』

 

『切羽詰まってんな。何があったんだよ』

 

『喧嘩腰じゃなきゃ質問もできねえのか?』

 

ユウヤは舌打ちをしながらも、答えた。レッド・シフトによって予想される最悪の事態を。それを聞いたレオンとシャロンは、成る程なと頷きを返した。

 

『津波、か。俺も爺さんから聞かされたことがある。人間の力じゃどうしようもできない天災だってな。それよりも、てめえが日本の事を心配するなんて、どういった風の吹き回しだ?』

 

『………別に、日本人だから死んで欲しいって思ったことはねえよ』

 

ユウヤは答えながらも、思い浮かぶことがあった。この基地に来る前の自分ならば、水爆による津波で日本人が死ぬことに対して、どう思っていただろうかと。そこを突くように、レオンの声が響いた。

 

『嘘をつけよ。日系人だって言われただけで狂犬のように噛み付いてた癖してよ』

 

『へっ、そのオレに噛み付かれて顔腫らしてた奴が言うことか?』

 

『んだとぉ………!?』

 

ユウヤとレオンの間に敵意で出来た熱線が交差する。その横合いから、シャロンの声がまた飛び込んだ。

 

『レクリエーションは終わりよ。私も、これ以上無様を晒すつもりはないわ』

 

『シャロン………』

 

ユウヤはいつになく真剣なシャロンと、その言葉を聞いてハッとなった。このテロが始まる前に、シャロンは模擬戦とはいえどクラッカー中隊に落とされてしまったのだ。それも、キルレシオで言えば、F-16Cと同等かそれ以下の相手に。

 

(シャロンも、インフィニティーズにまで上り詰めた衛士だ)

 

ユウヤはその立場と役割の重さを知っているが故に、シャロンがいつになく強い気持ちで任務に当たっていると思った。

 

(それに、得意分野で先を行かれたらたまらねえからな)

 

圧倒的過ぎる技量。ユウヤは先ほどの光景を、忘れることができなかった。完全に負けたとは意地でも言わないが、劣等感が浮かび上がってくることは止められない。せめて長じている分野で相応の結果を出さなければ、情けなくて顔を見せられない。

 

負けるものか。ユウヤは開発衛士らしく、負けん気を発揮しながら気合を入れ直した。まずは初撃で主導権を握り、ステルスも何もかも使いこなして一網打尽にしてやる。そう提案しようとした所で、ユウヤはシャロンの顔色が変わった事に気づいた。

 

『どうした、シャロン………何かあったのか?』

 

『ユウヤ………悪い知らせよ』

 

 

ユウヤはシャロンから送られてきたデータを見て、自分の顔から血の気が引いていく音を聞いたような気がした。そこには、こう書かれていたのだ。

 

 

――――後方に居る500の群れの更に後方より、約200もの新手を確認。それも南西方向に進路を向けていると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迎撃ポイントへの移動の途中。クリスカは新手を計算に入れた上で、結論を下した。どのような計算をしても、二手に分かれ始めたBETAを殲滅するのは不可能だと。

 

「………いや、手はある」

 

不可能なのは、リスクが大きい手を使わなければの話だ。それでも、使えない理由がある。クリスカは理由そのものであり、何よりも守るべき対象である目の前の少女を見つめていると、声を聞いた。

 

「わからないことがあるの」

 

「………イーニァ?」

 

「たたかってる。みんな、たたかってる。たけるも、ユウヤも」

 

勝利し、生き残る。それはひとえに守りたいもののためにだ。イーニァが、このテロの中で学んだものの一つだった。敵意を持つ者は多く、自分のことしか頭に浮かんでいない人間もいる。だけど、一人として理由なく戦っている者は居ないのだ。

 

「クリスカは、なにをまもりたい?」

 

「………党と祖国。それに、イーニァよ」

 

「うん。それがほんとうだってしってる。わたしたちはひとつ」

 

だから、わかるよね。

 

 

「イーニァ………戻ってこれなくなっても………」

 

「うん。でも、すきだから。クリスカも、ユウヤも、すきだから。それに………おいていかれるのはいやなの」

 

「え………あなた、言葉で………?」

 

「できるよ。やらなくちゃいけないの。ほんとうのほんとうだっていうのなら」

 

「ん………じゃあ、ふたりで」

 

「うん!」

 

 

元気の良い返事の後、二人の言葉が寸分のズレなく重なりあった。

 

 

「「――――ふたりでひとつになって、ユウヤが、ユウヤ達が居る世界を護ろう」」

 

 

 

 

 

 


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