Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

153 / 275
挿入歌はタイトルの通り。

TEが誇る、鉄板の名曲ですね!(今章二度目ですが)


31話 : 愚直 ~ Insanity ~

白い雪が縦横無尽に舞い踊る吹雪の中。息を潜めていた機体の中で、操縦者である衛士はレーダーが捉えた反応を見て、舌打ちをしていた。ただの哨戒機ならばやり過ごしていただろう。だがその反応が不知火・弐型の1番機へ一直線に向かっているからには、無視することはできなかった。

 

「しかも、この速度は………唯依が弐型の予備機を引っ張り出してきたか」

 

「………それは」

 

「ああ、かなりヤバい。ユウヤ達が戦っている最中に突っ込まれたら……混戦になる。何が起きるか分からなくなるな」

 

弐型はともかく、ソ連所属のSu-47との交戦記録が残るだけで各所方面への影響が出てしまう。今後の対米ソにおける外交戦略を考えると、非常によろしくない事態になりかねないのだ。

 

「仕方ない――唯依を足止めする。事と次第によってはぶん回しちまうかもしれないけど」

 

「大丈夫です、訓練しましたから。ですがアルゴス小隊の方は………」

 

「問題ない。サーシャの友人殿が気張ってくれてるからな」

 

武は霞の頭をぽんと叩くと、操縦桿を握りしめた。

 

 

「この機体でやり合う最初の相手が唯依だってのは………皮肉だけどな」

 

 

苦笑しつつも、戯けずに。秘められた意志に呼応するかのように、銀色の機体の後背部から進む力となる炎が吹き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ、この!」

 

間近に通り過ぎる直径120mmの破壊の塊。ユウヤはそれをやり過ごしつつ、舌打ちをしていた。

 

同時に相手が攻撃した後ならば、と弐型に突撃砲を構えさせる動作を入力するが、構え終わったその時にはSu-47は既に弐型の射撃範囲外へと退避していた。

 

(さっきから、この繰り返しだ………!)

 

アクティヴ・ステルスの効果は万全ではないが、影響が無い訳ではない。生身で生体を探知できるイーニァ達の能力があるため姿を晦ます事はできないが、機体の照準をぶらすことは可能な筈だとユウヤは考えていた。

 

なのに出来の悪い悪夢のように、砲弾は自機の至近に集まってくる。反撃さえままならない状況に、ユウヤは焦っていた。銃を構える予備の動作を終える時点で安全圏に逃げられてしまっているのでは、勝負にならないからだ。

 

(くそっ、相手の未来予知のせいか!? どうしてもワンテンポ遅れちまう!)

 

直撃と敗北が同意義となる装甲の薄い第三世代機どうしの戦闘においては、先手を取る事ができる者の方が圧倒的に有利になる。第三世代戦術機の理想とも言える戦術を展開してくる相手に対し、ユウヤは機体に回避行動を取らせながら、対抗策を考え続けていた。

 

時折わざと背後を取らせ、背中から迫ってくる相手に向けて銃撃を仕掛けるも、冗談のような動きであっさりと回避されてしまう。アクロバティックに過ぎる機動に、ユウヤは思わず呟いていた。

 

「どっかのバカみたいな動きしやがって………!」

 

真紅の機体は無差別に飛び散る火花か何かのように、無規則にあちこちに動きまわっていた。ユウヤはその常識外の戦術機動を前に、まるで当たる気がしないと舌打ちを重ねた。

 

「打開策は………くそっ、ここで決めなきゃなんねえってのに!」

 

横槍が入りにくいこの状況を逃せば、救出の手間は際限なく膨れ上がってしまう。その一方で、それを許すほどサンダークが甘い筈がないという考えも浮かんでくる。

 

(つまり、こうしてイーニァ達に出撃を許可したのは、絶対的な自信が裏にあるということ……!)

 

ユウヤは得体の知れない威圧感を覚えるも、強引にそれを振り切った。人間が仕組んだものならばどこかに穴がある筈だと、ユウヤは考える事だけは止めなかった。

 

(だが………搦め手は、思考が読まれるから通じない。長期戦も、推進剤の問題があるからできない。退避してからの奇襲も、クリスカが探知されるから不可能だ)

 

その上で、こちらにはタイムリミットがある。グズグズしていたら哨戒機に発見されてしまうのだ。複数で包囲されれば、弐型の性能であっても抵抗は困難である。

 

改めて現状を整理したユウヤの胸の底で、焦燥の火種がちりちりと音を立てた。このままでは拙い―――ならば、とユウヤは自らの勘に身を任せた。装備を突撃砲から長刀に変えたのだ。

 

予知と読心がある以上、四方八方からどのタイミングで仕掛けても奇襲にはなり得ない。そう結論付けたユウヤは、ならばと跳躍ユニットの出力を全開にした。

 

コックピット内に加速のGが作用する中、同乗しているクリスカが叫んだ。

 

「ユウヤ、なにを?!」

 

「撃ち合いじゃ勝ち目が無い―――なら、打ち合うしかない!」

 

「それは危険すぎ………いや。近寄れば、イーニァ達に声が届くかもしれない!」

 

「っ、ああ! そっちは頼んだぜ、クリスカ!」

 

銃弾は一直線にしか飛ばないのだから、その軌道を予め把握さえできれば回避も容易となる。ならば、近距離して刹那の瞬間をやり取りする格闘であればどうか。点では捉えられなくても線で捉える長刀での斬撃ならば、予知した上でも対処は難しいかもしれない。

 

そう判断したユウヤは、速度も全開にした。相手に照準を絞らせないように、ランダムに機体を左右にブレさせながら、距離を詰めていく。

 

Su-47は迫りくる敵機を前に、まるで予想していたとばかりに斜め後方に機体を進ませながらユウヤを迎え撃った。

 

「おおおおおっっっっ!」

 

純白の機体がまるで生き物のように、左右に揺れた。だが中に居るユウヤは急激な制動によるGを全身に受けながらも操縦桿を離さない。

 

徐々に距離が詰まっていく2機。間もなくしてSu-47が、両手に装備されたモーターブレードを取り出して構えた。

 

(狙いは両腕部、あるいは両脚を!)

 

いずれかの部位を斬り落とせた時点で、圧倒的な有利を得られる。だが、コックピットと跳躍ユニットは狙えない。前者はいわずもがな、後者は爆発の危険性があるからだ。

 

一方で、相手はこちらを落とせばいいだけ。それでも守勢に回ったら勝ち目がなくなると、ユウヤは攻撃を8、防御を2に意識を振り分けた。

 

完全に前傾姿勢になった不知火・弐型から、長刀の連撃が繰り出される。まともに受ければ第一世代機でさえ無事には済まない鋭い斬撃の軌道が、蜘蛛の巣のようにSu-47に絡みつく。だが、その脅威にさらされている最新鋭の悪鬼は全ての攻撃をモーターブレードで受け止め、弾き返していった。

 

それでも、回避されている訳ではない。そう思ったユウヤだが、突然、機体に振らせた長刀から手応えが無くなったことを感じた。

 

直後に全身に奔ったのは、極低温の氷を入れられたかのような悪寒。ユウヤは無意識の内に機体の速度を上げた。直後、それまで弐型が居た空間を36mm劣化ウラン弾が通り過ぎた。

 

「こっちの意図に付き合う義理はないってか………!」

 

近接ではあくまで防御に徹し、機を見てから突撃砲に構えなおして封殺するつもりだ。ユウヤは相手の戦術を看破するも、対策が思いつかず、追いすがるように再度Su-47へと向かっていった。近寄ればクリスカの声が届くかもしれない、という思いもあった。

 

――――それでも。

 

「だめだユウヤ、届かない………これは……見たことがない色と輝きで………!?」

 

「くそ、マーティカがやってんのか!?」

 

「そう、かもしれない………!」

 

イーニァを離して、とマーティカに叫ぶ。だがクリスカの必死の訴えに対して、返ってきたのは120mmの死神だけ。それでも諦めるかと、叫びは続いた。

 

「イーニァ! このままじゃ、ユウヤが死んでしまうの! あなたの手でユウヤを殺してしまう事になるのよ?!」

 

「クリスカ………」

 

「あの時も約束したよね? でも、このままじゃ全てが………!」

 

半身を取り戻したいと必死に能力を使っているクリスカを嘲笑ように、Su-47は戦闘の意志を、力を全く変えなかった。クリスカの叫びも届かない。ユウヤは手応えが全くない現状に、歯痒さと自らの不甲斐なさを覚えていた。

 

対するSu-47は次々に行動パターンを変えていった。時折は自分から近接し、モーターブレードを繰り出して弐型に回避行動を取らせ。すれ違い、距離が離れた所で突撃砲を斉射する。

 

ユウヤの奮戦とクリスカの叫びなど意味がないとばかりに、真紅の機体は戦場の支配度を徐々に高めていった。

 

―――そうして、限界が訪れた。

 

交錯、震動。ユウヤはその感触とOSの報告から、何をされたかを知った。

 

「くそ………一撃、もらっちまった!」

 

モーターブレードの斬撃により、センサーの一部が損傷。同時に機体のバランスが若干崩れたことから、機体の制御性が落ちたことを実感する。

 

同時に、一つの問いが脳裏に浮かんだ。万全の状態で劣勢、ならば損傷を受けた後ならばどうなのだ、と。

 

「ちくしょう………今更になって!」

 

ユウヤは弱音を零しそうになる自分を殴り飛ばし、操縦桿を更に強く握りしめた。

 

「ユウヤ………!」

 

「大丈夫だ! こんな所で、諦められねえ!」

 

「………っ!」

 

ユウヤの声は力強いもの。普通ならば、その言葉を信じただろう。だが、クリスカには視えてしまっていた。人間ならば当たり前に持っている弱い部分。それがほんの少しだけ漏れでてしまった事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

零れ出た弱音。それを見たクリスカは、胸中を襲う葛藤に迷っていた。

 

(ダメだ………このままでは、ユウヤが死んでしまう)

 

そしてユウヤを殺すのはイーニァだ。クリスカはその絶望の光景を前に、認められないと拳を握りしめた。ゆっくりと振りかぶる。叩きつける先は、自分の側頭部に髪飾りのように付けられた制御装置。

 

(………戻れなくなる、でも)

 

それを壊すことで何が起きるのかクリスカは知っていた。制限なく思考が流れこんでくるということだけではない。実験体の機密保持には特に念を入れているとサンダークは言った。

 

(ならば制御装置が壊れた時の対処として、何らかのギミックが仕組まれている可能性が………いや、そうしない筈がない。そうでなくても、今の自分は細胞が崩壊している最中だ)

 

クリスカはユウヤに告げていなかった。全身を襲う痛みは徐々に酷くなっていることを。壊せば間違いなく、その痛みは強まるだろう。あるいは、助からない所まで崩壊が進むかもしれない。

 

(でも、それでも………ユウヤが死ぬよりは!)

 

元はと言えば、巻き込んだのは自分なのだ。約束した以上、無駄に死ぬつもりはないが、こうして守られているだけでは理屈にあわない。自分にも何か出来ることがあればするべきだと考えたクリスカは、息を吸った。

 

躊躇う気持ちは一瞬だけ。そうなればユウヤは死に、イーニァもどうなるか分からない。

意を決したクリスカは、更に拳を固く握りしめて、腕の筋肉に力をこめて―――

 

 

「やめろ、クリスカ!」

 

 

―――耳と脳の奥に、ユウヤの叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――やめろ」

 

二度、繰り返す。

 

「お願いだ。頼むから、やめてくれよ………!」

 

三度。ユウヤは感じたことのない頭痛と戦いながら、それでも訴えることを止めなかった。途切れそうになる意識の中で、回避行動を取りながら、歯を食いしばる。

 

胸中に抱いているのは途方もない怒り。矛先は脳裏に過るみたことのない風景の中に。

――――白衣を着た見たこともない女性から、何らかの説明を受けている自分に向けられていた。

 

『………そうね。カムチャツカに到着した日時を考えれば、クリスカ・ビャーチェノワのリカバリーは可能だったかもしれない。制御装置が壊されていなかった、という条件が前提になるけどね』

 

『何故って? 上官に対してのポーズかしらね。あるいは機密保持を考えての事かしら。………仕掛けない筈がないでしょう。むしろ、そうしない理由がないわ』

 

言葉を受けて、血が出るほどに強く拳を握りしめる自分。固めたそれで、不甲斐ない自分を殴り殺したくなる。灼熱のような念は、行き場を失って胸中を暴れまわっていた。

 

――――憤怒と悲嘆に、後悔と自責の念。重さにしてどれほどなのか、検討もつかない。その全てに自らの血肉が取って代わられたかのようで。絞りだすように、ユウヤは言った。

 

「だから………頼む。やめてくれよ」

 

要領を得ない、抽象的過ぎる言葉。だが声に含まれた悲しみの念を聞いたクリスカは、硬直したまま動けなくなった。

 

狂っていると思われるかもしれない。正気を失ったと思われるかもしれない。それでもクリスカは、はっきりと“それ”を感じ取っていた。どこにあるのかも分からない、黒い穴のような何かが。それが蠢く度に、得体の知れない情報が流れこんでくる感触を。

 

戦闘は続いている。最新鋭の機体に、優れた能力を持つ衛士。戦闘能力の塊である白い機体と赤い機体は炎のように、互いに攻撃を繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺を信じてくれよ、クリスカ………約束、忘れた訳じゃないよな? だから、安心して任せてくれ」

 

操縦しながらの呟き。ユウヤはその応えを聞かないまま、続けた。

 

「こうして追い込まれる事を………戦うことを………後悔している訳じゃない。愚行だって言われようが、関係ねえ。俺が選んだ道なんだから」

 

自らの胸中に生じた弱音を読まれた。それを悟ったユウヤは、言葉ではっきりと否定した。クリスカの心を読むことはできない。だけどこの状況を呼び込んだ要因である自分が足手まといになっている事と、巻き込んだ事に対して後ろめたい気持ちは持っているだろう。

 

ユウヤはそう推測し、クリスカの中にある不安を払拭するように語りかけた。

 

「遠慮するなよ。お願いだから死んでくれるなよ………俺は、お前に出会えて本当に良かったと思ってるんだぜ?」

 

各国の陰謀を火種に燃え盛る、どす黒い炎が踊り狂う“汚い”場所。それでも、ユウヤはそこに飛び込んだ自分を肯定していた。なにより、こうして焦がされる立場にならなければ、クリスカの真実を知ることさえなかった。

 

「思えば、俺たちは似てるんだよな。いつも、背中には目に見えないナイフが突きつけられてた。前に進むことだけを強制され続けた。何処に向かうのかなんて、自分で選べないままに、ずっと」

 

追われるがままに、前へ。足を止めれば死ぬのだと思い込んで、足元も見ずに走り続けていた。強迫観念に心は囚われ続けていた。

 

ユーコンに来てからは、幾分か緩まった。アルゴス小隊だけではない、多種多様な人々との出会いの中で得たものは多く。世界の広さと、過酷さも知ったが、それだけでは決してなく。必死に生きる人々はあまりに鮮烈で。交流し、実感することで世界が広がった――黒と白だけじゃない、鮮やかな色がついたかのようで。

 

その中でユウヤは思い知った。誰もが“大切”を持っているのは当たり前で。重要なのはその上で自らを投げ出す覚悟を定め、欲する方向を見つめながら一歩づつ進むこと。

 

様々な思惑がねじれ絡まったこの場所で、一瞬の光明を見出すには、自らの目と耳による判断が必要で。走り抜けるのには両足だけではない、全身を振り絞らなければならない。

 

だから、ユウヤは今の自分の状況に後悔していなかった。決めて、走り出したのは誰でもない自分の意志であり、心がそれを欲しているからだと。

 

何より、その道中で出会った。蓋が閉じられた釜の底。暗闇の中で、自分と同じように何かを求めて叫ぶ声を聞いていたが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………?』

 

Su-47の中に居る“一人”。衛士は、この戦闘において初めて銃撃を大きく外した。相手が予知したルートから外れたからだ。

 

「………」

 

困惑しない機械は、定められた通りに動く。同じように“彼女”は先の光景を疑問に思いつつも、有用な戦術を選択し、最優先の行動を選択し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスカは、流れこんでくる光景を共に見ていた。いくつか年を重ねただろうか。似合わない髭を生やして疲れた顔の男。それは、目の前に居るユウヤ・ブリッジスと似ていた。

男は、言う。

 

『俺がクリスカを愛した、その理由ですか………実の所は、分からないんですよ』

 

男の回答に、白衣の女はへえ、と言う。だが、更なる説明を求めているようだ。

男は僅かに視線を逸しながら、問いに答えた。

 

「………クリスカに、言われた事はありましたけどね。私がユウヤを好きになったのはイーニァの影響があるかもしれない、なんて。イーニァの思念が流れ込んだからかもしれないって。でも、実際の所はどうだっんでしょうね――――なんて。まあ、今になって思いますが、そんなことはどうでも良いんですよ」

 

理屈で考えるから理解できなくなる。答える男に、白衣の女は苦笑しながら言った。

 

――――狂ってしまったのね、と。

 

年経た男は苦笑し、隣に居る少女を―――イーニァの頭を撫でながら、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ光景を見ていたユウヤは、求めていた。映像の根拠は知らない。だが、それは今の自分としては認められないものだった。

 

バカでも分かる。記憶の中で悲しんでいるのは自分だ。失われたのはクリスカだ。死んだのはクリスカだ。守れなかったのは自分のせいだ。

 

この先に訪れるかもしれない、未来の光景だ。

ユウヤはそれを理解し、拒絶した。

 

クリスカは生きている。イーニァも、マーティカも。なのに、無事に生き延びることさえ困難だ。風前の灯火に近い存在。

 

だが、まだ生きている。自分も生きている。そして、己は衛士なのだ。

ならば、抗わずに諦めることはできない。何もしないなど言語道断だ。

 

故に、貪るように求めた。ユーコンに来る前、来てから、来た後まで。過去から現在、未来に至るまで生きた自分の知識を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『………!?』』

 

“彼女”は驚愕していた。一本筋のようにはっきりと見えていた、未来の敵機の姿。それが徐々に増えていったのだ。

 

実機が増えた訳ではない。だが、未来の姿が一つではなくなったのだ。まるでいくつもの未来が同時に存在するかのように、相手の姿がブレていく。

 

この短時間で何が起きたというのか。相手が何を得たというのか。“彼女”は理屈に外れた現象を前に困惑し、銃口さえ定められないまま呆然として。

 

――――それでも、退避するという行動は取らなかった。

 

残弾が無くなった突撃砲を捨て、惹きつけられるかのように、純白の機体に向けて距離を詰めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユウヤは、映像の中の男を見ていた。恐らくは何年後かの未来の自分であろう、男の声を聞いていた。その悲しみの実感を。

 

『忘れた訳じゃない………ただ、二度と戻らないって事を認めただけだ』

 

笑っちまうだろ、とユウヤは唇を歪めた。

 

『この横浜で何かを上手くやり遂げれば、とんでもない科学者が何かすげえ発明をしてくれたら、クリスカが生き返るかもしれない。どこかでそういった都合の良いことを考えていたんだと思う』

 

だけど、と苦笑する。

 

『クリスカは死んだんだ。俺の腕の中で、あいつは永遠の眠りについた………ようやくだよ。あの時の失った感触を、現実の重みとして受け止められるようになった』

 

悲しくないのか、という言葉に返せたのは苦笑だけだった。

 

同じように、何処かから流れ込んで来る記憶の欠片達。種類はあれど、どれも守れなかったクリスカを。死んだ彼女を語る自分の姿だった。

 

力の限り戦ったのだろう。それは疑ってはいない。知恵を振り絞って抵抗したのだろう。負けず嫌いで頑固だという自覚があるから、否定できる筈がない。

 

だが、クリスカの命には届かなかった。

 

(―――侮辱はしない)

 

結局は失ってしまったどこかのユウヤ・ブリッジスの戦いを、ユウヤは認め。

 

「だけど、肯定もしねえ………」

 

声に出すことでユウヤは自分の意志が定まる音を聞いた。かちり、と何かがハマり。胸中の思いそのものが、言葉になって声となった。

 

「そうだ………未来がどんな事になってようが………そうなるって可能性が高かろうが………こうして見せられようが………っ!」

 

吸い付くように手に馴染む操縦桿。ユウヤはその中で、はっきりと見えていた。今の自分より格段に技能が高まった未来の自分の姿を。その自分が持つ、理想の戦術機動を。熟達したベテランだけが到れる境地。半ばに達したユウヤに操られた機体は、正面からSu-47を圧倒していった。

 

「いいぜ。先を読まれてようが、知らねえ………絶望を見せられても、関係ねえ! クソッタレの未来が俺を阻むなら―――」

 

鋭さを増していく斬撃。その動きはあくまで四肢を狙うもの。記憶に翻弄されているものの、最後の一線だけは譲らない。貪り集め尽くした何もかもをただの刀として持つ、衛士の姿がそこにあった。

 

襲い来る暗闇を見つめて受け止める。その中で足掻こうとする、多くの絶望を知る衛士と同じように。

 

戦おうという意志。守りたいという思い。譲れないという信念。

 

全てが胸中で言葉に型どられ、呼吸と共にせり上がって声となり、感情が加えられた叫びとなった。

 

 

「――クリスカ達を泣かせる全部、俺のこの手で断ち切ってやらぁァァッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ば、バカなっ!? み、未来を………未来を読み取っているんだぞっ!」

 

ベリャーエフだけが叫んでいた。

 

他の者達はモニターに映る光景と、報告されるデータを前に言葉を奪われていた。

 

「ユウヤ・ブリッジス………貴様は………!」

 

驚愕に叫ぶサンダーク。

 

その眼には、担ぐように長刀を構えた弐型の姿が捉えられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――剣は、全身で振るもの)

 

ユウヤは曖昧になった意識の中で、唯依の教えを反芻していた。

 

剣の定石は、手や腕だけで振るものにあらず。腰や足で振るものにあらずという。

 

そして篁示現流においては、自らが持つ全てを剣へ。肉だけではない、自らの血を、心を、意識を、何もかもを“斬る”という結果に収束させることこそが。

 

それでようやく、同等の価値を持つ相手の命を断つことが可能なるといったもの。

 

ユウヤはその理の通り、自らの中に在る全てを刀に注ぎ込んでいた。物理的なものではない、理屈では説明できないが、自分が感じられる限りの全てを。

 

クリスカは、ユウヤの思考に様々な色が交じり合っていくことを感じた。

 

だが、絵の具を多く混ぜあわせば黒になるように。ユウヤの思考は漆黒に、ただ一つの機能に特化したものになっていく。

 

―――弐型が動き出したのは、直後。

 

偶然といえば、偶然かもしれない。だが事実として、その初動はSu-47の中に居る“彼女”の意識の間隙を突いたものになった。

 

認識がコンマ数秒だけ遅れる。そして予知が無理ならば思考を、と考えた所で硬直した。踏み出す前から感じていたものが、黒い思考が完全に漆黒になったのだ。

 

それでいて、動きは軽い。他人から見れば愚行であろうとも、ユウヤ自身の意志は定まりきっている。

 

それは思わないのではない、思い切ったからこその境地。無念成らぬ、無我の果て。求めた未来にたどり着くための最短の道を往く、剣理の究極である一つの形だった。

 

故に、剣は神速へ。

 

何を思うまでもなく、叫ぶ声すらも零さず、達成すべき目的だけに全てが注がれた一撃は戦術機において振られる長刀の理想的な機動を描き、やがて落ちた。

 

 

―――Su-47の戦闘能力を。

 

―――彼女達を呪縛する糸を。

 

―――自分の認められない未来へと続く糸を。

 

 

斬るべき全てを断ち切ったユウヤは罅の入った長刀を地面に突き立てると、誇るように宣言した。

 

 

 

「俺達の………勝ちだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後。機体の中からイーニァを助けだしたユウヤとクリスカはユーコン基地から離れた場所にある小屋の中に移動していた。暖炉に火をくべ、装備にあった防寒の毛布をくるまって、固まるように座っている。

 

その表情は奇跡ともいえる勝利を収めた後なのに、明るいものではなかった。

 

「………そんな顔をするな、ユウヤ。マーティカはもう………どうしようもなかったんだ」

 

「それは………分かってる。でも、やっぱりな………」

 

ユウヤはSu-47のコックピットの中で見た光景を思い出していた。倒れるイーニァ。その後ろにはマーティカの姿は見えなく、ただ無機質な計測機材が、金属の箱のようなものがあるだけ。

 

マーティカは何処なのか。連れ出せないのか。返ってきた答えは、到底認められないものだった。

 

(あの小さい箱の中に閉じ込められて………俺に見て欲しくないって、マーティカがそう言ってたって………つまりは)

 

想像したくもないが、分かってしまうのだ。今までに見た非道の数々を考えれば、マーティカがどのような状態に“されてしまった”のか、推測が出来てしまう。四肢がある状態で入れるサイズではなかったのなら尚更だ。

 

「なあ、クリスカ。マーティカは………」

 

「そうだ………ユウヤの動きが見えなくなった後、合理的に考え撤退しようとした動きを止めたのはマーティカだったらしい」

 

助けだした直後、気絶する前にイーニァが泣いて教えてくれたことだ。マーティカの最期の事も考えたユウヤは、やるせない気持ちのまま目を閉じることしかできなかった。

 

「それでも………置き去りにしたくはなかった。あの冷たい箱の中で、一人残されるよりは………」

 

「………悪い」

 

マーティカを送ったのはクリスカだ。これは私がするべきなのだと、マーティカが望んだ通りに―――螺旋を描く鉛の弾で、マーティカを楽にした。クリスカはクリスカ自身の責任を負ったのだ。

 

自分が感情を持って、研究施設から脱出したからこそ、マーティカがあのような事になった。クリスカからすれば、本来なら自分がああなっていたかもしれないのだ。

 

「それでも………前を向かなきゃな」

 

納得はできないし、気持ちの落とし所は見つからない。だが、ここで泣き叫んだって何もならないのだ。達観は難しくても、そう思うことで停滞は防ぐことができる。

 

この先の選択肢は限定されてはいる。だが生き延びて約束を果たすためにも、クリスカ達に行われた非道の研究を潰そうとするにも、日本にたどり着かなければ話にならないのだ。

 

(国防情報局が保証した弐型の性能であれば………いや、油断は禁物だ)

 

小隊規模の戦術機においては有用でも、大規模な正規軍が相手ではその限りではない。本来であれば十分な警戒と下準備が必要になる。アクティヴ・ステルスとはいっても、幽霊ではないのだ。目視の網からは逃れられないし、音や排熱といった問題もある。

 

(発見されればその時点で終わりだ………じっくりと時間をかけて突破していくのが最善、だけど)

 

クリスカには残された時間があまりない。サンダークの言葉を信じるなら、この時点でもリカバリーするのは難しいという。ならば、賭けに出るしかない。

 

(そして、賭けに勝った後は………誰からその指向性蛋白ってやつを入手するか)

 

第四計画が進められているのは日本の横浜基地。だが、辿り着いた所で、なにをどうすればクリスカの症状を改善できるのか。誰に接触すればいいのか、と考えた所でユウヤはある人物の姿を浮かべていた。

 

「なあ、クリスカ………あの時、俺に起こった事がわかるか?」

 

「あの時の事とは………戦闘中に見えたあの光景だな。私も見たが………理解ができない。ユウヤが未来予知をできるなんて知らなかった」

 

「いや、あれは俺の能力じゃなくてな。こう、無理やりに脳に注ぎ込まれたというか」

 

全てが残った訳ではない。今は、あの瞬間ほどに上手く戦術機を動かせる自信はない。残ったことからわかる事も少ない。それでも脳の片隅に残った僅かな記憶とその光景を分析したユウヤは、異様という他に感想が思いつかなかった。

 

「推測でも良い。わかることがあれば、聞きたかったんだけど………」

 

「………あの女性。彼女は、恐らくだが………第四計画の主要人物だろう。ベリャーエフ博士から聞いたことがある。ヨコハマには女狐の魔女が居る、と」

 

「ああ………言われてみれば、納得かも」

 

まるで底が掴めない、飄々とした態度でありながらも、その視線は冷え冷えとして鋭い。そんな印象を抱かせる相手に、女狐や魔女という呼称は的確なものだと思えた。それも推測が正しければ、ユーコンにおいての一連の事件の中で、米国国防情報局を上回った相手だ。

 

油断をすれば骨まで利用される。知らない筈の相手だが、そのような人物であると疑いなく思ったユウヤは、達成しなければいけない場所への遠さに目眩を覚えた。

 

「それでも、やらなきゃな………」

 

「うん………でも、良かったのか? ユウヤはもう、合衆国には………」

 

「未練はないよ。会いたい人は全部死んじまったから。祖父さんにはあの世でどやされるだろうけど………」

 

祖父は普段も怖いが、苛められて帰ってきた時はその100倍は怖かった。それがブリッジス家の人間として相応しい態度ではないと、そういった意味のものであれば、クリスカとイーニァを置いて自分だけぬくぬくとした世界に戻ることこそを怒るだろう。

 

細かい事を一切置いた言い訳のような理論だが、ユウヤにはどうしてかそれが正しいのだと思えていた。

 

「それに、風景を聞いただけでも楽しみで―――っ、クリスカ、どうした?!」

 

「な………んでも、ない」

 

ユウヤは急いで駆けつける。クリスカは笑顔で答えつつも、自分の体を抱き締めるようにして蹲った。ユウヤは屈みこんでクリスカの顔を覗きこむと、何が起きているのかを悟った。

 

(細胞の崩壊が進んでるんだ………くそっ!)

 

今のは発作的な何かか。そうでなくても、全身を激痛が襲っているのだろう。ユウヤは苦しい表情を何とか隠そうとするクリスカを抱きしめた。

 

「ゆう、や………大丈夫。私は、だいじょうぶだから」

 

「っ………いいから、我慢するな………辛いなら辛いって言ってくれよ」

 

「………ふふふ………そんな、言葉をかけられたのは………」

 

生まれて初めてだ、という答えさえも声にならない。ユウヤはしばらく抱きしめていると、クリスカが震えていることに気がついた。

 

「………こわ、い………こわい、ユウヤ」

 

泣きそうな声で、クリスカは呟いた。

 

「ユウヤを………イーニァを置いて………死ぬのが、こわい………」

 

「っ、クリスカ………!」

 

「やくそく………破りたく………な……のに………」

 

「っ………!」

 

「いや、だ………しに………ない…………たく、ない………」

 

弱々しくなっていく声。サンダークから聞かされたタイムリミットはまだの筈だが、その確証もない。ユウヤは今にも死にそうな声でうわ言のように繰り返すクリスカを前に、抱き締める力を強めることでしか応えられなかった。

 

何度目であろうか、自分の不甲斐なさに涙さえ溢れる。

 

だが、こうした時に差し伸べられる手など無いのだ。今のユーコンは国防を最優先にして人の命を駒にする人間か、目的を達成するためなら非合法の手段も問わない外道しか存在しない。アルゴス小隊やバオフェン小隊、ガルム小隊やハルトウィック大佐ならば異なるかもしれないが、この状況で動くほど愚かでもないだろう。

 

クソッタレな世界で生きていくには、自分で道を開かなければならない。ユウヤはずっとそうしてきたのだ。だがそのユウヤをして、今の状況に対する明確な打開策を思い浮かべることはできなかった。

 

頼れる手も、何もない。ユウヤは藁にもすがる思いで唱え続けた。

 

(信じてはいないが、神様でもなんでもいい………なにか、手段を、方法を………!)

 

だが当然のように、応える声などなかった。今のクリスカとイーニァの境遇こそが、神の不在を証明するものに他ならない。

 

あるとすれば、人間の手だけ。

 

そしてユウヤは、その“手”によって作られた音を聞いたような気がした。

 

「………?」

 

疑問符を浮かべ、黙りこむ。外は強まった風の音と、それによって軋む木造の小屋の音が支配している。その筈なのに、とユウヤは耳を済ませた。

 

その数秒後、また聞いた―――コン、コン、コン、と扉が三度ノックされる音を。

 

「………は?」

 

意味が分からないとユウヤは首を傾げた。その様子を察したのか、クリスカもユウヤを見上げた。

 

次に、見た。徐々に表情を変えていくユウヤの顔を。そうしている内に、ノックの音は激しいものになった。コンコンからドンドンと、音が大きくなっていく。その頃には、クリスカもユウヤが困惑する理由を理解していた。

 

「は………え?」

 

追跡してきた人物であれば、ノックなどしない。悟られない内に小屋へと踏み込み、こちらを拘束するだろう。一方で、地域的な事を考えると、地元の民間人とも考えづらい。

 

何処の誰が訪ねてきたのか、皆目分からないのだ。

そうして硬直している内にも時間は過ぎ。

 

ドンドンドン、という荒々しいノックの音は、遂にはドカンという音になった。

 

その発生源は、荒々しく蹴り開かれた入り口の扉。

 

そこから転がり込むようにして入り込んできたのは、大小あわせて二人の人間だった。

 

 

―――少しだが、見慣れた顔を持つ茶髪の男。

 

―――そして、イーニァに似た容姿を持つ少女。

 

 

そうして怒りのまま乱入してきた男は、肩で息をしながらユウヤに向けて怒鳴りつけ。

 

 

「早く開けてくれよ、マジで寒いんだよコンチクショぉぉォォッッ!」

 

 

隣に居るうさぎの耳のような装飾品を被った少女は、寒さにぶるぶると震えながらも、手に持ったものを差し出した。

 

 

 

「お待たせしました…………お届け物、です」

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。