Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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短編集3本立てで、文字数にして29000文字ぐらい。

つまり一週間に二話分を更新ですよ!

しかし、腕の骨ぽきり 
    → 回復するまで断酒を決意
    → 執筆時間増加(酔い時間によるロス減少)
    → 更新速度アップ 

に連鎖するとは読めなかった、このリハクの目をもってしても!



短編集4:横浜基地にて

●第19独立警備小隊

 

 

「こうと決めたらすぐに動く、っていうのは分かってたつもりだけどな……」

 

これは早すぎだろ、と武は呟くとため息をついた。悩みの原因である、ハンガーに搬入された機体を遠い目で眺めながら。

 

―――型式番号『TSF-TYPE00』、その中でも“R”の末尾記号を持ち、禁色である濃紫の塗装が施された武御雷は、世界に一つしか存在しない帝国斯衛軍の象徴だ。

 

煌武院以外の五摂家専用である青の“R”とは異なり完全にワンオフでチューニングされているその機体は、武御雷でも随一の性能を誇る。そして、武御雷の中でも唯一生体認証システムによるセキュリティが組まれているため、将軍である煌武院悠陽本人か、双子の妹である御剣冥夜以外は操縦することができない代物だ。

 

武はそんな高級かつ高性能の極みにある機体を前にしながら、送り主であろう煌武院悠陽の意図を推測しようとした。

 

(バカみたいに金がかかってる……じゃなくて、途轍もなく優秀な機体を遊ばせておく手はないだろうってか? あるいは12年来の姉バカが発動したのか……どの道、今この機体は使えない、って結論は変わらないけどな)

 

運用するまでにクリアしなければならない問題が多すぎる、と武はため息をついた。やや落ち込んだ背中。その背後から、声がかけられた。

 

「……すまぬ、と謝るべきか。あるいは、其方が何かしたのか?」

 

「してねーって、冥夜。やらかした所で、アレをどうこうするなんて無理だし」

 

誰かの目がない状態ならば、敬語は要らない。武の懇願に沿う形で言葉を紡いだ冥夜だが、今は別の申し訳なさが胸に溢れていた。

 

「間違いなく、私に送られてきたものだろう。あるいは、其方が関係しているのかもしれないが」

 

「いやいや、違うって。ていうかどうして俺が関わってるって思ったんだ?」

 

「紫藤少佐から“騒動ある所に白銀あり”と教えられたばかりだからてっきり、な」

 

視線を向けられた武は、わずかに視線を逸した。元凶とまではいかないが、一因に足るであろうと問われれば、頭から否定できない部分があったからだ。

 

話題を逸らそうと更に視線を明後日の方向に向けた武だが、そこに見覚えのある背中を発見すると、思わず呟いていた。

 

「あれは……やべえな」

 

「どうしたのだ、武?」

 

「ちょっとした緊急事態だ。走るぞ、冥夜」

 

横浜の公園に現れた鬼婆がここにも再臨しちまう、という冗談は言葉に出さずに。武は視線の先に見えた、武御雷に近づいている人物の背中。それが誰かを察した途端、急いで駆け出した。硬い床が靴の底で叩かれた音が小刻みに響き渡った。その足音に気づいた、人物―――珠瀬壬姫は振り返り、その反動で桃色の髪が一瞬だけ宙を舞った。

 

「白銀中佐に、冥夜さん……二人も武御雷を見に来たの?」

 

「まあ、そんな所だ」

 

武は頷きながら、壬姫に悟られないように機体の前に出た。壬姫の進路を塞ぐ位置で機体を見上げながら、言う。

 

「冠位十二階大徳たる濃紫……禁色の衣を纏った、政威大将軍専用機。特別中の特別で、帝国軍最強の機体でもあるからな。衛士なら興味を持つのは当然だろ……背景は置いといて、だけど」

 

どれだけ特別な機体であるかを語る武の言葉に、壬姫が息を呑んだ。その様子に武はよしと内心で頷くと、説明を続けた。

 

「武家にとっての武御雷は先祖代々の愛刀……とまでは行かなくても、戦場を共にする鎧である上に馬らしい。だから機体には無闇に触らない方がいいぞ、怒られそうだ」

 

「あ……そうだね。ありがとう、白銀さん」

 

基地には持ってきていないが、壬姫も自分専用の弓具は持っていた。由緒正しいものとして、父から譲られた弦もある。それを他人に無遠慮に触られるのは、良い気分がしない。壬姫は自分の身に置き換えて考えた後、納得したように頷いた。

 

「いいって。それより、名前で呼んでくれると嬉しいんだが……いや」

 

まだ硬いか、と武は少し落ち込んだ。壬姫は知ってか知らずか、首を傾げていた。

 

冥夜は少し離れた場所で、自分に深く関連しているであろう機体をじっと見上げていた。先程の武の言葉に思う所があったのか、複雑な表情をしていた。武は無言で悩んでいるように見えた冥夜に何かを言おうとしたが、それが言葉になる前に近づいてくる足音の方に反応した。

 

武が振り返った先。そこには帝国斯衛軍第19独立警備小隊の4人の姿があった。月詠真那を隊長に、部下である神代巽と巴雪乃、戎美凪。煌武院の警護を担当する部隊というだけではなく、全員が武御雷を下賜された優秀な衛士だ。

 

冥夜も僅かに遅れて気づくと、視線を向けてきた4人に話しかけた。

 

「月詠……中尉ですか」

 

「冥夜様! 私どもに敬語など、お止め下さい!」

 

「はい、いいえ。任官もしていない訓練兵が、中尉殿にそのような言葉を使っては他の者に示しがつきませぬゆえ」

 

上意下達の命令遵守が軍における絶対のルールだ。そう学んだ、と主張する冥夜に対して、真那達はそれでも食い下がった。

 

どちらも悪意があって意見をぶつけあっている訳ではない。だが口論の圧を持った場に、壬姫はおろおろと慌て始めた。誰か止められる人は居ないのかと、その仕草で言葉を発しているかのようで。それを見かねた武が、冥夜と月詠の間に割って入った。

 

「両者、そこまでにしといて下さい。これ以上騒ぐと、ね」

 

ただでさえ目立つ機体の傍なのに、との武の主張に対して真那は鋭い視線を返した。真那はこの場所で自分たちが目立つことの影響を、特に冥夜にかかる迷惑を考え、開きかけていた口を閉ざした。

 

だが、「冥夜も落ち着け」と武が告げた直後に、その視線の圧を先程の倍以上まで膨らませて、一歩前に踏み出した。

 

「呼び捨てにするとは……まさか、冥夜様にまでその毒牙を!?」

 

「人聞きが激しく悪いっっ!? っていうかまで、ってどういう事ですか!」

 

「まさか、そのために冥夜様に近づいて……!」

 

「月詠中尉、篁の次期当主に関するアレコレの話は本当だったのでは……!」

 

「く、訓練のときのあれはやはり事故ではなかったのですね?!」

 

怒りを顕にする巽、真那に危険人物の危険性を訴えかける雪乃、先日にXM3の使い方をレクチャーされた時に起きた事故を思い出し、胸を押さえる美凪。

 

いきなり弾劾の場、というか自分に圧倒的不利な空間に追い込まれた武は焦った。大陸での経験から、こうした女性達が集まっている状況における男の立場の弱さを知り尽くしていたからだ。ここで無闇に反論するのは逆効果でしかないと判断した武は、助けとなる背後の二人に視線を向けた。だが、そこにあったのは2対の責めるような瞳。だけではなく、言葉も追加された。

 

「……篁の次期当主、というと篁唯依殿ですか。将来有望な、女性衛士だと耳にした事があります。あと、戎少尉になにをされたのでしょうか」

 

「あれこれって、毒牙って……はうあう~」

 

言い訳は許さないとばかりに真っ直ぐに見つめてくる冥夜と、自分の呟きに妄想が捗ってしまったのか頬を赤くする壬姫。武は、誤解なんだと繰り返した。

 

さりとて状況の不利は否めず。何か打開策は、と周囲を見回した武は、そこで救世主を発見した。

 

「ひ、久しぶりだな神代曹長!」

 

「え?」

 

武は真那達に何事かを報告しに来たであろう、斯衛の整備兵の顔見知りに声をかけた。呼ばれた名前に、少女の方の神代が慌てて振り返った。

 

SOSのシグナルを受けた整備兵―――神代乾三は、揃っている面々のそれぞれの様子を1秒で観察し終えた後、武の顔を見た。

 

それは、輝かんばかりの笑顔。武はそこに後光を見た。

 

「―――京都では、斯衛の少女達とよろしくやっていたようですよ。具体的には篁家の次期当主とか、山城家の次女とか」

 

「うっ、裏切ったな曹長ぉぉぉ―――!?」

 

そういえばこの人腹黒だったと武が後悔するも、時既に遅し。更なる追加情報を得た女性陣の視線が一層鋭いものになった。

 

やっぱりとか相変わらずとか誘蛾灯とか真耶の言った通りだとか純夏の苦労が偲ばれるとか色々と呟かれる様に。そこにため息が一つ、飛び込んだ。

 

「月詠中尉、報告よろしいでしょうか。皆様の機体のチェックも完了しましたので」

 

「……分かった。すぐに向かう」

 

できれば機体の下で説明を、と告げる乾三の言葉を聞いた真那達は冥夜に一礼した後、去っていった。武はその背中を見送りながらも、フォローを入れてくれた乾三に心の中で敬礼をした。もう片方の手では、中指を立てていたが。

 

さりとて、危機を脱出できたのは確かである。武は額の汗を拭いながらごく自然な動作で立ち去ろうとした、が。

 

「お待ちを」

 

話はまだ終わっておりませんが、と肩を掴んでくる冥夜。

 

「私も……い、一応です。後学のために」

 

短い言葉で背中の服を掴む壬姫。それぞれの特色が出た行動だったが、逃さないという意志だけは共通していた。

 

武は空を仰ぎ、存在していない筈の神に呪いを捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その夜。武は疲労の色が濃い面持ちで、基地の地下にある部屋に居た。主にA-01が使用している部屋で、夕呼の執務室に比べればセキュリティレベルは低いが、地上付近にあるものよりはセキュリティが高い場所にある。

 

間もなくして、ノックの音が響き渡った。どうぞ、と武は相手が誰かを確認しないまま答えた。入ってきた人物―――月詠真那は、部屋の中を確認した後、武の前方に用意されている椅子に座った。

 

「そう警戒しなくても、大丈夫ですって」

 

「……」

 

真那は無言のまま気づかれたか、と内心で舌打ちをした。ノックをする前から椅子に座るまで、全身全霊で警戒していたのだ。そうとは気づかせない技術を持っては居るものの、眼の前の人物はそれを看破する能力がある。真那は更に警戒を重ねながら、問いかけた。

「それで、私に何の用だ?」

 

「はい。その、色々と確認しておきたい事がありまして。月詠さんも、こっちに聞きたい事があるようでしたし」

 

主に冥夜の周辺環境とか。武の言葉に、真那は片眉を上げた。

 

「……任官が認められた、とは聞いている。余計な事をしてくれたものだ」

 

「余計なことって……いや、経歴に傷が付く扱いになるんですか」

 

斯衛として、武家の者として衛士になるのではなく、怨敵に近い国連軍の衛士として任官する。字面だけを追えば、恥とも言える経歴になるかもしれない。武は失念していたな、と思いながらもそうはならないと主張した。

 

「XM3、見たでしょう? アレを訓練兵の段階から扱うことができる。そのアドバンテージが分からない筈がない」

 

今この時期においてそれが可能なのは、この横浜基地を置いて他にはない。開発者がその概念を分かりやすいように教えてくれるという点を加えれば、世界で唯一となる。

 

「……そのOSの扱いについても、腑に落ちない。アレは第四計画にとっての虎の子にもなるものだと見たが?」

 

「それを中尉達に配布した事も含めて、ですか」

 

「開発者自身が……“白銀中佐殿”が教導を引き受けた所もだ。厚遇も、過ぎれば異様となる」

 

謂れのない特別扱いは恩義よりも疑念の方が先に来る。真那の言葉に、武は笑顔で答えた。

 

「厚遇じゃありませんよ。余裕からの行動、と取られても困ります。どうしても必要な処置であったと、副司令から許可を得た上でのものです」

 

「あくまで外部の者である私達を強くすることが、必要だったと?」

 

「矛を向け合うのではなく、矛を向ける先が同じなら」

 

(ともがら)であるなら、ということか……斯衛に背を向けるどころか国連軍に身を起きながら、よくもそんな言葉を口にできるものだな」

 

「必要に駆られての結果論ですよ。その答えの一つが、あのOSです」

 

損耗率を半分に減じることができるもの。それがどれほど大きなものであるのか、真那も理解できない筈がなかった。既存の機体を流用する事も可能とあれば、その影響は正に劇的と表しても過言ではない。

 

必要だったか、と問われれば真那は迷わず頷くだろう。だが疑念を晴らすには、白銀武の斯衛に対する行動が問題となった。数は力だ。今のように斯衛の一部にだけ配布せず前線の衛士の隅々まで行き届くようになれば、佐渡島を取り戻すのも夢物語ではなくなるかもしれない。

 

その理由は、と口を開こうとした真那は思いとどまった。黙り込むと同時に眼を閉じて、小さく息を吐いた。

 

「―――帝都付近は、そこまで末期的だと?」

 

「……これは独り言なんですけどね。矛を向けあった者どうし、その性能が同じなら血みどろの殺し合いになっちまうんですよ。俺が鍛えた矛で、俺の仲間が死ぬ―――ねえよ、って話です」

 

リスク管理を考えれば、という武の言葉に真那は二の句を繋げなかった。将軍の傍役を務める家であることから、月詠家の情報収集能力は武家の中でも一段上にある。その情報網が嗅ぎつけた、帝国本土防衛軍――特に帝都を防衛する部隊から漂う“臭い”は噂の域を逸脱しつつあった。

 

「いざという時のために使える戦力は多い方が良い、か……ある程度は納得できる理屈だが」

 

「月詠中尉だから、ってのはあります。裏切れないものがあって、人並み以上の向上心を持ち合わせているだけではなく、才能がある衛士じゃなければ教導したりはしません」

 

「……分かったような口を。内心を理解されるほど、言葉を交わした覚えはないが?」

 

「いや、まあ、そこはそれですよ。きっと従姉妹に負けたくないとか、そういう対抗心があるんじゃないかなぁって―――そんなに睨まなくても」

 

「睨んではいない。少し、眼を細めたくなっただけだ」

 

真那はため息を一つ置いて、平素に戻ったように見せた。内心は、眼の前の男に寒気を覚えていたが。

 

どれほど先を見据え、それを叶えるべく行動しているのか。致命的な裏切りを受けていないのは、あるいは受けても救助されたのは、それだけ協力者に対して良好な関係を築けている証拠か。

 

一方で、自分は。そう思った真那は、確認しておかなければならないな、と武に対して真正面から問いかけた。

 

「日本を追われた一連のこと。その過去と此度の冥夜様の任官の件は、関連があってのことだろう」

 

「……へ?」

 

予想外、という表情をする武に、真那は苦虫を噛み潰したような顔で続けた。

 

「人は、殴られれば痛みを覚える。痛みは怨みの燃料にもなろう―――大陸に渡った後の経験。そこで受けた痛苦が並ならぬものだという事は、想像に難くない」

 

老いも若きも関係なく、男と女の区別なく、強くなければ生き残れない。亜大陸の末期や東南アジアに続く撤退続きの防衛戦に、同じくして中国から朝鮮半島にかけての撤退しながらの防衛戦。今の日本と比較する意味はないが、それでも大陸の惨状が地獄のようなものだったとは真那も話には聞いていた。

 

怨恨あるならば、せめて私だけに。真那は視線だけで告げ、武はそれに頷きながら答えた。

 

「えっと、そのあたりはどうでも良いんですが」

 

「……なに?」

 

「今回の件とは関係ありません。冥夜が衛士になったのは冥夜自身が望んだからです。俺は止めようとしたけど、負けました。それが真実です」

 

冥夜の誇りに負けました、と武は答えた後に真那を真っ直ぐに見据えた。

 

「正直に答えますけど、全く恨んでませんよ。むしろ当然の事だったと思いますし」

 

それとは別に、と武は腕を組んで考え込むような格好で説明を続けた。

 

「もしも俺があの時、インドに行かなかったら……親父は死んでいたでしょうね。クラッカー中隊のみんなも、どれほど死んでいた事か」

 

当時の状況を考えれば、亜大陸撤退戦の時点で隊長と副隊長の二人は死んでいただろう。クラッカー中隊はそこで解散になり、マンダレーハイヴも健在なままだ。ベトナム義勇軍も、白銀武の存在あってこそ。義勇軍が居なければ光州作戦も、京都防衛戦も、もっと酷いものになっていた可能性が高い。

 

「つまり、月詠さんのお陰なんですよ。マンダレーハイヴが攻略されたのも、光州作戦の被害も抑えることができたのも、BETAの電撃侵攻の際に四国が蹂躙される事がなかったのも」

 

誇大妄想にも程がある言葉の数々に、真那にしては珍しくその表情が呆けたものになった。武は、笑う。

 

「そりゃ、辛いことは多かったです。でも、それ以上に助けられる命があったんです。家族のように思える、大切な仲間と出会うこともできた」

 

波乱万丈そのものであり、傍から見れば不幸に思われるものかもしれない。だが、武は断言した。同情される謂れだけはないと。

 

「それに、まだ終わってません。これからですよ、最終の円幕は」

 

「……今までは、前座だったと?」

 

「違います。今までも、いつだって俺の戦いは最高潮(クライマックス)でしたよ。命の危険的な意味で」

 

それが報われる時が来る。否、こさせるために仲間を集めていると武は言った。

 

「同志と言っても良いです。目的はただ一つ、地球上に居る全BETAを打倒すること……入会条件は緩いですよ?」

 

他の目的との併用でも構いません、と武は冗談を混じえながら告げた。

 

「……冥夜様も、その仲間だと?」

 

「信じてもらえるかは、分かりません。でも、冥夜は帝国の民を守りたいと言った。なら、俺の方で仲間認定します。手助けの押し売りも……いえ、逆の事をしてしまいそうになったのは内緒ですが」

 

「そう、か……勝手な話だな」

 

「はい、勝手な話です」

 

相手の都合に関係なく巻き込んでいく様子は、嵐そのものだ。飛び出てくる言葉は突拍子も無いものばかりで、全く予想がつかない。これほど傍迷惑な存在が他にあるだろうか。真那は内心で否と答えつつも、従姉妹の真耶から聞いた白銀武という男を語る上で外せないという話を思い出していた。

 

(いつの間にか傍に、気がつけば巻き込まれている……だが、それも悪くないと思える自分がいるのは何故だろうな)

 

真那は考えようとした所で、止めた。すぐに答えが出たからだ。

 

(―――物語。例えるならば、それ以外にない)

 

憧れる程に真っ直ぐで、それでいて予想がつかなく、なのに爽快な気分にさせてくれる。もっと、この先を見たいと思わせられる人柄。それでいて飾り気の少ない様子を見れば、物語よりはおとぎ話と評した方が正しいように思えた。

 

白銀、という名前のおとぎ話。ただ空に向けて真っ直ぐに、絶望を貫く銀の()を打ち立てる少年の。

 

(だが、無垢な少年が抱く理想だけを描いたものではない。人の表と裏を知った上で足掻き続けている……謂わば血まみれのおとぎ話、か)

 

夢だけを語る者ならば、鼻で笑って済ませた。現実味があろうと、遠い所から見下ろすように指示する者ならば、怒りと共にその言葉を振り払っただろう。だが、この少年は血と泥に塗れながらも、己が望む者を捨てようとはしていない。ならば、どうして否定する事ができようか。

 

(……立場を忘れるな。どちらの為にもならんぞ、真那)

 

呑まれるな、と真那は自分を律した。武の言葉に対して、振り絞るように皮肉で答えた。

「色々と、良い話が聞けた……判断材料にもなった。こちらも利用できる所で利用させてもらうとしよう」

 

「はい、喜んで。月詠さんが強くなってくれると、俺も嬉しいですし」

 

「……本当に、率直な言葉しか使わないな。恥ずかしいとは思わないのか」

 

迂遠な言い回しをしない、というのは政治的駆け引きにおける戦い方の幅を狭くする。分かっていない筈がないだろう、との真那の質問に武は頭をかきながら答えた。

 

「ちょっと恥ずかしいですね。でも嘘ついてないですから、恥じゃありません。協力を望むのなら、筋を通す……誠意で対応する、ってのが俺のやり方です」

 

それに、と呟いた武の脳裏に過ぎったのは戦友の影だった。もう二度と会うことはできないが、忘れられそうにない人達の顔を思い出しながら、武は笑った。

 

「また今度、なんて格好つけても会えない時は会えないんです。なら、誤解とか後悔とかないように……つまりは、一期一会ってやつですよ」

 

生憎とお茶は用意していませんが、という武の冗談に真那もつられ、唇の端だけを持ち上げた。ならば、と冗談に対して誠意で答えた。

 

「機会があれば、だが……謝罪の代わりに私が招こうか。これでもそれなりに茶道を嗜んで―――どうした、その顔は」

 

真那は言葉を途中で止めた。武がぽかんとした顔で硬直したからだ。その後、泣きそうになるのを耐える表情に変わっていくのを見て、真那は少し焦り始めた。

 

武はそんな真那の事に気づいてはいたが、声は出せなかった。何か話そうとすれば泣いてしまいそうだったからだ。フラッシュバックした、今よりも少し大人になった女性の笑顔が、涙腺を痛い程に刺激してきたがために。

 

それを、眼前の女性に伝えても何の意味もないだろう。武は慎重に、小さく息を吐きながら自分の表情を整えると、告げた。

 

「すみません――機会があったら、是非お願いします」

 

これで死ねない理由が増えました、と笑う武に真那は引っかかりを感じたものの、出てきた言葉の気安さに呆れた表情を見せた。

 

「大げさ過ぎる……と言いたい所だが、見当違いでもないか。ただし、冥夜様が生き残っている限りの話だが」

 

「誰よりも俺が死なせませんよ。仲間ですからね……だから、月詠さんも」

 

「生憎と、命の使い所は弁えている……犬死は御免被るがな」

 

煌武院のためならば命は惜しくはないが、無意味に屍を晒す趣味はない。そう告げた真那に、武はそれでこそですと頷いた。

 

「あと、あの武御雷ですが……今の所は運用できません。A-01の指揮官の胃が死んでしまうので。というか、どんな罰ゲームですか」

 

特に樹は冗談抜きに死活問題となる。冥夜はまだ訓練兵の立場であり、任官した所で指揮能力がすぐに生える訳でもない。つまりは、平の隊員として戦うことになる。紫の武御雷に乗った者以外の指揮下においてだ。

 

そうなれば、指揮官が槍玉に挙げられる。傍目から見れば政威大将軍を指揮下において好き勝手やらかしている調子にのった者、と見られる危険性が非常に高いからだ。武の説明に、もっともだと真那は頷いた。

 

部隊に混乱を生じさせるという意味でも、武御雷の実戦投入はよろしくなかった。一部に突出した機体性能は、隊内での連携を疎かにしてしまう。そうして孤立した者から死んでいくのが戦場だ。武御雷は最新鋭の強力な機体ではあるが、装甲は撃震にも劣る。実際の戦場において敵の攻撃を全て回避するには卓越した能力はもちろんのこと、周辺を観察できる余裕も必要になる。こればかりは、実戦をこなして慣れる以外に身につけることができない技能といえた。

 

真那としては、冥夜に国連軍の部隊で戦わせるつもりはない。だが、今の国内にハイヴがある状況では、いくつものパターンを予想しておくべきだとも考えていた。

 

どのような時代にあっても、状況が一個人にとって都合のいいように動いてくれた試しはない。極論を言えば、任官直後に佐渡島のBETAが侵攻を開始してもおかしくはないのだ。そのような場において、冥夜が何もせずに逃げる事をよしとする筈がない。

 

「……承知した。しかし、そのための私達でもあるか」

 

「ええ。また時間があれば声をかけますので、その時には訓練でも一緒に」

 

「分かった……それでは、失礼させてもらう」

 

立ち上がり、扉まで歩いて行く真那。赤の斯衛の服を纏った背中は、武家らしく一本筋が通っているように真っ直ぐで。それでいて丸みを帯びているのは、年頃の女性だからか。そうして、緑色の髪が揺れる様を見ていた武は、思わずと話しかけていた。

 

「約束の事ですが……茶菓子は山ほど用意しておいて下さいね。ほら、俺って育ち盛りなんで」

 

「……どうやら茶道というものを根本から叩き込む必要がありそうだな」

 

覚悟しておくことだ、と告げる真那の呆れた顔に、武は笑顔でよろしくお願いしますと頭を下げた。

 

 

――顔を見せなかったのは、複雑な心境が理由だった。果たせなかった約束とその時のやり取りを繰り返している事に、一抹の寂しさと一摘み程の嬉しさを覚えている事を、気づかれたくなかったから。

 

 

武は真那が部屋から去っていった後も、秒針が一周する間、じっとそのまま俯き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●決戦、食堂にて

 

 

「う~遅刻遅刻。ってか本気でやべえ」

 

武は焦っていた。慧と約束していた焼きそばパンの、今日における手配を忘れていたのだ。気づいたのはXM3運用における関節部の疲労度について議論すべく、XM3で動かした後の機体を見ていた時だった。

 

「一ヶ月も経たん内に約束破るとか、絶対にできねえよな」

 

具体的には焼きそばパン欠乏症を発症した時の慧の怒りが怖かった。ハンガーの外に出るなら周囲の兵に誤解を与えないように、与えられた階級入りの制服に着替えるべきだが、間に合わせるには手だけを洗って走って食堂に向かうより他に手はないと、武は約束を優先することを選択した。

 

「ちょっと不衛生だけど、カウンター越しに一言話すだけだしな……着いた、っと?」

 

武は食堂に入るなり、そこに群がっている人だかりを見て首を傾げた。食堂と言えば割りと喧嘩が起きる場所ではあるが、それにしては雰囲気が少し異なる。気になった武は誰が騒動を起こしているのか、軽く飛び上がって確認した後、呟いた。

 

「あ~……そういや、こんな事件もあったなぁ」

 

そうだったそうだった、と武は人ごみをかき分けて中心へと近づいていった。207B分隊の6人と、見た目ひょろそうに見える男衛士と、髪を内に外にハネさせている女衛士の元へ。その途中、強引に割ってくる武の姿に気づいた衛士の二人が、片眉を上げながら視線を冥夜達から逸した。

 

「お前……整備兵ごときが、何の用がある」

 

「え? ああ、この服ならちょっと借りてるだけですよ、っと。大丈夫か、冥夜」

 

武は衛士の二人を無視して、先頭に居た冥夜に話しかけた。冥夜は大丈夫だが、と言いながらもそれきり黙り込んだ。

 

(……なんか、余裕ありそうだな。無理に入る必要もなかったか)

 

過酷な訓練を乗り越えた成果か、仮にも任官している少尉を二人を前にして全く動揺していない。その様子に、武は満足げに頷いた。

 

「で、なんすか。冥夜に絡んでる、って事は……予想はつきますが」

 

武は直接会話を聞いていた訳でもなかったが、平行世界の記憶と、今の状況から察することができていた。恐らくはハンガーに搬入された紫の武御雷について調べているのだろう、と。内実はそう大したものではなく、暇を持て余している所に野次馬根性が刺激されたことによるものである事も推測できていた。

 

(しかし――この糞忙しい時期に、暇だって?)

 

それは八つ当たりだったが、武は苛立ちを止める事ができなかった。特に男の衛士の方は、見るからに筋肉が足りていない。身体全体のバランスと、重心を見ればそれなりに分かるぐらいには、武も心得をつけていた。

 

それでも、騒ぎを助長させるのも面倒くさい。そう思った武は、穏便に解決しようと口を開いた、が。

 

「―――」

 

観察していたため、男衛士が動いた“起こり”を武は完全に把握できていた。一歩踏みだし、肩の筋肉。その拳の機動を見極めた武は、自然に身体を動かしていた。

 

直後、食堂にゴツ、という鈍い音が響いた。繰り出したのは、武の前に居た男衛士だ。その顔はにやけていて。間もなくして、痛苦に歪んでいった。

 

「っ、つ~~~!」

 

「あ、すんません。つい……」

 

武は自分の額を擦った。そこで拳を受けたためだ。それも、拳が加速して威力が最大になる前に、自分から当たりにいったのだ。

 

男の衛士と言えば、自分の拳を押さえながら痛みに呻いていた。人間の拳の骨は折れやすく、全力で硬いものを殴れば容易く痛めてしまう。額は十分に硬いもので、当たりどころも悪かったため、かなり痛めてしまったのだ。それに加えて、拳を変な位置で受け止められた反動で、腕の筋も少し痛めていた。

 

「あー……それ、操縦に影響出そうですね」

 

「お前、よくも……っ!」

 

「いや、殴られた上に文句言われる筋合いはありませんよ」

 

武はしれっと答えた。あくまで偶然を主張したのだ。男の衛士は頭に血が登っていたものの、周囲のギャラリーからの視線に咎める色から、自分の旗色の悪さを感じ取った。

 

傍目には喧嘩の仕方を知らず、間抜けにも自分の拳を痛めたバカにしか見えない。女衛士もそのあたりは分かっているのか、これみよがしに舌打ちをしている。

 

その後だった。武は少し額が痛むものの、ターラーに比べれば蚊に刺された程も感じないから、と別に怒ってはおらず。無駄に騒ぎを広げる必要もないからと、男衛士に医務室へ行くことを薦めようとした所で、動きを止めた。

 

(あれ……純奈母さん)

 

男衛士の後方に、厨房の中から出てきたのか、鑑純奈の姿があったのだ。

 

そして、何を――と止める間もなかった。

 

「あの、大丈夫ですか? 手を痛めたようですから、医務室へ―――」

 

言葉は武と同じもの。意図した所も同じだろうと、武は察していた。だが、拙いと思った時にはもう遅かった。

 

「うるせえ、しゃしゃり出てくんな!」

 

「きゃっ……!?」

 

階級は圧倒的に下で、民間人であり身体能力も低い。みっともない所に追い打ちをかけられた、と感じた男衛士は純奈を突き飛ばしたのだ。男の衛士は一流所までは鍛えられてはいないものの、それでも正規訓練を受けた軍人である。男女の力の差もあり、自分の醜態に手加減を少し忘れていたのか、純奈はそのまま壁に叩きつけられた。

 

「~~~っ!」

 

痛みに呼吸が一瞬だけ止まったのか、言葉に詰まった後に地面へ座り込む純奈。お母さん、と純夏の悲鳴が食堂に響き渡った。

 

武も、いきなりの事態に硬直し。その様子を見た男衛士が―――自分の暴力の結果に満足したのか―――口を歪ませながら、挑発するように武に向けて指を曲げた。

 

「まだ終わってねえぞ、整備兵モドキ。階級は関係ねえ、いいからかかって―――」

 

緩やかに、重心を前に。それだけで武の戦闘準備は完成した。タリサ程ではないといえ、グルカの教えは身に刻まれている。舐めた相手を手早く叩きのめす手法もまた、熟知していた。問題は、武が怒りに我を忘れている所だった。

 

「ま、待て!」

 

「っ、危険が危ない」

 

最初に、反射速度に優れる冥夜と慧が武の前に出て。

 

「ま、待って下さい!」

 

「お、おおお落ち着いて!」

 

「殺しちゃ駄目だって!」

 

遅れて、千鶴と壬姫と美琴が少し硬直した武を羽交い締めにした。武は力づくで振りほどこうとしたが、身体を掴んでくる面々の思い、何とか踏みとどまる。

 

その様子を見た男衛士が、嘲笑を浴びせた。

 

「へっ……女の手も振りほどけ無いのかよ、ヘタレが」

 

見下すような視線。それでも、男の足はカクカクと震えていた。身体が、襲いかかってこようとした者の脅威を感じ取ったが故に。

 

「てめえ……絶っ対にぶん殴るからそこ動くなよ!」

 

振りほどけ無いのなら、と武は5人を引きずったまま歩き始めた。千鶴達はどれだけ鍛えてるのかと驚愕するも、必死に止めた。激怒した武が発する得体の知れない威圧感は、模擬戦での決戦を想起させたが、止めなければ大変な事になりかねないと察していたからだ。

 

純夏は咳き込む純奈の元へ駆け寄り、涙目で「大丈夫?」と言葉をかけていた。ギャラリーの反応は様々だ。野次馬に徹するもの、乱闘にならずに不満を抱く者、武が持つ威圧感に気づき冷や汗を流す者、食堂で働く民間人を傷つけた事に憤る者。

 

それらの言葉が混じり、食堂の中にガヤの声が飛び交っている中、入り口の方から質の異なる声が飛び込んだ。

 

「―――騒々しいな」

 

叫ぶまでは品性を貶さず、雑然とした音に混じるには芯が通っている声。その発生源を見た男の衛士が、驚きながら口を開いた。

 

「帝国、斯衛軍……!?」

 

軍人の職にあってその特徴的な制服を知らない者はいない。そして、燃えるような赤の色が持つ意味を知った男衛士と女衛士が、顔を引きつらせた。

 

それが、()()も居たからだ。

 

その乱入者の片割れが―――風守光は、痛みに耐えている純奈の方を見ながら、男衛士に向けて言葉を叩きつけた。

 

「衆人環視の中で戦時特例法で特例として階級を与えられている民間人に暴力を振るい、暴れまわる……それが許されるものだと教育されているのか、国連軍は」

 

それは呆れと怒りと侮蔑が混ぜられてはいたものの、正論だった。そんな光の言葉と、視線の鋭さに男の衛士が黙り込んだ。具体的かつ尤もな意見に、ギャラリーの男衛士を咎める視線が強まっていった。

 

特に日本人の方が、光の意見に頷きを見せていた。横浜は軍事基地であり、BETAの侵攻目的にもなりかねない場所だ。民間人なのに安全な場所へ疎開せず、食堂での調理という生活において必須となる労働力を提供してくれている京塚志津江や鑑純奈といった者たちは貴重な存在なのだ。特別扱いする事もないが、無碍に扱っていい筈がない。

 

中でも鑑純奈は京塚志津江と同じく、食堂を利用する軍人からはさりげない人気があった。他の食堂員とは異なり、料理を手渡す際にも気遣いを見せてくれるからだ。名前を覚え、体調が悪そうならば指摘し、こちらの料理はどうですか、と助言をしてくれる。

 

軍人という存在を頭から恐れるのではなく、一個人として気を使ってくれ、言葉を向けてくれる。それは軍に籍を置く人間にとっては、久しく覚えのない感覚を思い出させてくれる立場になる。厳しい軍務における、一服の清涼剤とも言える存在。

 

武の威圧感に圧されて出てはこなかったものの、居なければ殴りかかってもおかしくない人間が数人ほど居る程に尊重されていた。

 

そんな下地があるため、光の一言で場は一気に変わった。トドメとばかりに、光の横に居た真那が片眉を上げながら鋭い言葉を刺した。

 

「この基地は国連軍のものであり、治外法権下ではあるが……あの武御雷に我々斯衛軍が抱く思い。日本人たる貴様が知らないとは言わせぬぞ……国連軍の衛士よ」

 

武御雷は日本政府と国連軍の司令部との話し合いの結果、搬入されたものだ。そのような事情はあるが、真那はあえて口にせず、言外に告げたのだ。

 

それを横で聞いていた武は、堂々とした言葉に顔を引きつらせていた。

 

(意訳すると……“殿下専用の武御雷と知った上で、酷いちょっかいをかけてくる日本人衛士が居る。つまり我ら斯衛は真正面から国連に喧嘩売られてんだよな、おい”。って所か)

 

暗に告げている言葉を、元凶である衛士も少しは気づいたのだろう。途端に冷や汗を流し、呼吸困難になったような声で、うっ、と言葉を漏らしていた。

 

武はその様子を見て、溜飲を下げた。強引に自分を納得させ、意識を純奈の方に切り替えた。駆け寄り、座り込む純奈の近くにしゃがみこんだ。

 

「大丈夫ですか、鑑軍曹」

 

「え、ええ……少し背中が痛むけれど」

 

「……良かった。この中に衛生兵は」

 

武が声を出すが、ギャラリーの反応は渋かった。顔に困惑が混じったのだ。整備兵というには鍛えられ過ぎている上に、修羅場に慣れ過ぎているようにも見える、恐らくは訓練兵達と同年代の青年。何者か、と疑問を抱く者が現れ、即座に回答が出された。

 

「……白銀中佐。取り敢えずは、医務室に」

 

「分かった。ありがとう、月詠中尉……風守少佐も」

 

武の言葉に、斯衛の二人は頷いたが、衆人のどよめきが更に酷いものになった。言葉は、主に二種類に分けられた。

 

あの年齢で中佐かよ、というもっともな疑問の声。

 

そして、殴りかかった男衛士とちょっかいをかけた女衛士に対する「終わったなあいつら」という類のもの。

 

純奈への暴力とは異なり、上官への暴行、罵倒は問題どころの騒ぎではない。連帯責任で、女衛士も無事には済まないだろう。

 

「そんな……だって、あいつらと同い年に見えたのに」

 

「年と階級は別だし、整備兵の服借りてるって言ってただろ。というか、階級が下なら問答無用で殴っていいのかよ」

 

武は男衛士が純奈にした仕打ちを、まだ許した訳ではなかった。だが処分が決まったであろう相手をこれ以上追い詰める行為は、自分が持つ欲求の解消という色の方が強くなってしまう。武はそうして二人に対する一切の興味を遮断すると、純奈へのアフターフォローに努めようと判断した。

 

「立てますか?」

 

「……はい、問題ありません」

 

「良かった……では、行きましょう」

 

「あの、白銀中佐、敬語は……」

 

「年上に対する礼儀です」

 

むしろ命令口調は無理ですから、と―――武は自分に対する言い訳だなと自覚しつつも―――周囲への微妙な納得を勝ち取った後、立ち上がった純奈に肩を差し出した。

 

「いえ、自分で歩けます」

 

「分かりました……鑑訓練兵、ついてきてくれ」

 

武の言葉に、純夏が頷いた。近くに居た冥夜が「私も」と言ったが、武は純奈の方を見た後、「悪いが委員長達と場の収拾を」という命令を下した。

 

冥夜は渋った顔をしたが、光の存在を思い出した後、分かったと頷いた。

 

 

 

10数分後、武達は医務室に居た。純奈は軽い打撲と診断された結果、ベッドの上で横になり。それを囲うようにして立っていた3人が、心配という表情を前面に出して純奈を見ていた。

 

そうして診断を終えた医者が外から呼び出されて退室した後だ。武は医者と入れ替わりで入ってきた光を横目で見ながら、尋ねた。

 

「取り敢えず、だけど……なんで此処に居るんだよ、母さん」

 

「……居たらいけない、っていう風に聞こえるのだけど」

 

しょぼくれながら責める光に、武はうっと言葉に詰まった。その様子を見た純夏が、恐る恐る尋ねた。

 

「武ちゃん。らしくないけど、まだ怒ってるの?」

 

「……ああ、そうだな。正直、今からでもぶん殴りにいってやりてえ」

 

武にとっての純奈は、もっとも幼い時分に色々と面倒を見てもらった、大切な事を教えてくれた少年時代における母そのものであり、守るべき日常の風景の象徴である。理不尽な理由で傷つけられて、我慢できる筈がない。そう憤る武に光は黙り込み、純夏は同意を示したが、純奈は苦笑と共に窘めるように言った。

 

「駄目よ、武くん。そんな事しても、私は嬉しくないわ」

 

「……おばさん」

 

武の声は、弱々しかった。その様子と言葉に、純奈は笑っていた。

 

「懐かしいわね。私としては、純奈母さんっていう呼び方が好きなのだけれど……光さんが居るんだから、我慢するわ」

 

そう告げた純奈は視線の向きを武から光の方に変えると、安堵の息を吐いた。

 

「ようやく……再会できたのね。話には聞いていたけど、こうして目にするとまた違った感動を覚えるわ」

 

「……純奈さんのお陰よ」

 

預かってくれた事だけではない、正しく育ててくれたこと。胸中には途方もない感謝と、謝罪の念が同居して、光はどう言葉にすればいいのか分からなくなった。そうして俯きながら悩む光に、純奈が苦笑と共に話しかけた。

 

「真面目なのはあの頃のままね。本当に変わっていないわ……身長も、肌年齢も」

 

純奈のいきなりの話題転換に、光が顔を上げた。制止する間もなく、言葉が続いた。

 

「あの事件は、今でも思い出せるわ……“弟の子守りかい、お姉さん。偉いわねえ”だったかしら」

 

それは赤ん坊だった武を抱いていた光に、横浜で近所だったおばちゃんが放った言葉による一撃だった。対する光は顔をひきつらせつつも、何とか笑顔を保持したという。

 

「そ、それは……た、武には言わない約束だったじゃない!」

 

「あら、ごめんなさい……つい言っちゃったわ。その後に影行さんと喧嘩した事は、言わない方がいいかしらね?」

 

光は一転して、黙り込んだ。あまり思い出したくない出来事だった。その話を聞いた影行が思わず笑ってしまったことから、喧嘩になった事もあったから。純奈はごめんなさい、と告げながら小さく息を吐いた。

 

「本当に懐かしくてつい、ね。でも、冗談抜きに若く見えるわ……成長した武くんや純夏が横に居なければ、17年も経ったなんて思えないぐらいに」

 

四半世紀には遠く、一昔というには長い年月だ。長く感じられたのか、あっという間だったのか。純奈は呟いた後、気にしないでと光に告げた。

 

「私も、ね。ちょっとズルしたみたいだけど、息子が出来たようで楽しかったから……ちょーっとだけやんちゃだったから、少し困ったけどね」

 

「うっ……い、いやあそんな事は」

 

武は笑って誤魔化そうとするも、純奈の視線の圧と、純夏の「何いってるの」と言わんばかりの表情を見て、すぐに降参した。

 

「いや、母親居ないからって俺をバカにするのはまだ我慢できたんだ。でも、純夏にまで手え出しやがったから」

 

「ちょっと落ち着いたと思ったら外国に行くなんて言うし。影行さんに会いに行くのは口実で、本当の所は私の事が嫌いになったんじゃないか、って思って落ち込んだのよ?」

 

「そ、そんな事思ってないって! でも、心配かけたのはすみません、はい」

 

「あら、冗談よ……でも、女性関係まで影行さんに似る必要はないのよ? 光さん、そのあたりどうなのかしら」

 

「ちょっ、おばさん!?」

 

「……健康に対して著しい悪影響しか与えないから」

 

「母さんまで?!」

 

笑って言葉を濁す光に、純夏がジト目で武を見た。

 

「うん。この点に関しては、後で話し合いの場が必要だと思うんだ」

 

「純夏、裏切ったな!?」

 

悲痛に叫ぶ武と、遠い目をする光と、ジト目の純夏。3人を眺めていた純奈は、ふふ、と笑い声を零しながら武と光に視線を向けた。

 

(……再会した後のこと。心配していたけど必要ない、か……本当に、感無量だわ)

 

幼少の頃に別れた親子が、再会した時にどのような言葉と感情を交わすのか。最悪の事態を想定していた純奈だが、そうならなくて良かった、と心の底から思っていた。

 

二人の事を知っているのだ。

 

風守光がまだ白銀光だった頃を知っている。小さくて可愛い隣人は、お嬢様のようでお嬢様じゃなかった。真面目で―――ちょっと猪突猛進気味な所もあるが―――気立てが良く、優しかった。涙目になりながら、「料理を教えて欲しい」と家を訪ねてきた時の様子は、純奈にとっては永久保存に値する記憶だった。影行とのやり取りは見ているだけで楽しかった。赤ん坊だった武を腕に抱いている様子、その表情は今でも忘れられない。武をお願いします、と言われて迷わず頷いたのは、その顔を見ていたからだ。

 

武は実の息子であると、純奈は今でも思い続けていた。光と自分、二人ともが白銀武の母であると。異議を唱える者があれば、誰であろうと真っ向から反論してやるという覚悟があった。純夏と二人、同い年の赤ん坊を育てる苦労は並ではなかったが、嫌な思いになる事は一度だってなかった。やんちゃに走り回っていた様子も、学校でいじめられたのか落ち込んでいる姿も、奮起して文武両道を体現すべく頑張った時も、全てが大切な思い出だ。

 

だから、二人が離れ離れになると知った時には、その運命を呪った。大切な二人が幸せになるようにと、祈った。そして、知らない内に再会と和解を果たしていた。根掘り葉掘りを聞いた訳ではないが、純奈には分かった。

 

(今こうしている場も、何の打ち合わせもなかった……こういうものなのかしら)

 

感動の再会と題が振られた訳でもない、偶然と予期せぬ出来事が重なっての今だ。純奈は、二人が見えたのもこうした状況ではなかったのか、と勝手に考えていた。その後の事は、聞かされてはいない。それでも、今が良ければそれで問題はないとも考えていた。ちょっと言い合うことや、過去の話題を冗談で流せて笑いあっている様子を見ることができたから。

 

今もそうだった。純奈はその様子にかつての光景を重ねた。少しでも強く抱けば壊れてしまうのではないか、と恐る恐るも大切に我が子を胸に抱いていた光と、そんな苦労を知らずにすやすやと眠っている武の姿を。

 

「って……純奈母さん、なんで泣いて!? まさか、どこか痛むとか」

 

「え? ああ、違うから大丈夫よ。ちょっとあくびを噛み殺しただけ」

 

気を使わせないように、と純奈は誤魔化しながら急いで話題を最初の頃に戻した。

 

「あのお二人の事だけど……殴るなんて言わないで。それよりもやる事があるんでしょう、白銀中佐殿?」

 

「……それは。確かに、忙しいけど」

 

「階級が下の分際で何を、と思うかもしれないけど……権力っていうのは相応しい場所に振るわれるものだと思うから」

 

用途が外れるのならば、暴力に転じる。関連する人物も、従うのではなく従わされるという思いを抱く。純奈は食堂での経験から軍と兵の事を少しだが学び、階級という文字に含まれたものを考えるようになっていた。

 

「それに、その階級に至るまでには……もちろん武くんの努力があったというのは疑っていないけど、1人で取れたものじゃないでしょ?」

 

「……はい。それは、間違いなく」

 

最初にターラー、次にラーマ。中隊の仲間に、出会った目上の人達。多くを学び、教えられ、支えられたからこそ今の自分がある。武は迷うことなく断言し、純奈は嬉しそうに頷いた。

 

「素晴らしい出会いがあったのね……後は、しゃしゃり出るつもりはないけど」

 

「分かってる……恥をかかす訳にはいかないから」

 

世話になった人全て、無言で親指を立てられるようなやり方を。武はそう考えた後に、ふと思い出し笑いをした。

 

「純奈母さんの教えの通り……女の子は泣かしちゃいけないから。まあ、女の子って年齢じゃない人も……ってなんでしょうかお三方、その顔は……?」

 

呆れと呆れと呆れが重なった顔。純奈はあらあらと頬に手を当てて、光はきりきりと痛む胃に手を当てて、純夏はぎりぎりと軋む程に強く拳を握った。

 

武はその様子に腰が引けながらも、純奈に改めての礼を言った。意識せず、体現していたことを。

 

「“曲げるな、曲がるな。好きは好きでいい。嫌いは嫌いでいい。誤魔化すのは不実だ。でも、好きや嫌いを理由に理不尽な行為をして良い理由にはならない”」

 

いざ省みた時に、恥ずかしいと思うような事はやる前に止めなさい。武は一言一句を復唱できるぐらいに覚えていた訳ではないが、不思議と何かをする時に、そうした考えが前提に来ていた。だからこそ生き残れたのかもしれないと純奈に告げた後、光の方を見た。

 

「“苦境を愛せ。されば世界は輝いて見える”、か……本当に、その通りだった」

 

どんなに足掻こうと、目を背けたくなるような苦境は襲い掛かってくる。そのまま逃げれば背中は裂かれて死に、お先は真っ暗。だが立ち向かうという正論を曲げず、逃げずに障害を凝視して怖れず立ち向かえば、意外に打開策は見えてくるものだ。

 

組み合わせた理屈を武は体現してきた。考えることを放棄せず、自らが望んだ好きなことを遠慮せずに見つめて、やりたい通りに意地を通す。結果が今この時だと、武は胸を張ることができた。

 

―――その成果の副作用とも言える女性関係の全容を影行や光が知れば、「おお、もう……」と嘆かんばかりのアレな事態にはなっていたが。

 

「だから、大丈夫……巻き込んじまった俺が言うのもなんですけど」

 

純奈と夏彦が疎開できなかったのは武の存在が影響していた。もしも人質に取られたら、と考えると警備状態が整っている上に対諜報員用のキラー的存在が居る横浜基地から出す訳にはいかなかった。

 

武はその事を、直接謝ったことはない。説明できない事が多すぎた、という理由もあるが、何よりも嫌われることを怖れていたからだ。そんな武の危惧を、杞憂だとばかりに純奈は笑い飛ばした。切っ掛けに関係なく、横浜基地に残れた事を感謝していると。

 

「京塚曹長の人柄に憧れた、というのもあるけど……私にも出来る事があるって思えるのよ。子どもたちを放り出さず、一緒に戦うことができるから」

 

「……そう、ですね」

 

武は頷いた。身体一つを維持するのも、どれだけの食料が必要になるのか。それを育てるのは、作るのは、調理するのは。機体だってそうだ。BETAとの戦いの中で誰が対策を考案し、形にしているのか。部品を作る、その部品を作る機械を作る、ならばその機械を組み立てるに足る部品は誰が考えて形にするのか。

 

人間は集まることで初めて、BETAをも圧倒する巨人を作ることができる。誰よりも実感している武は、そう考えれば階級や立場の差は些細な事のように見えた。例え将軍であっても、組織を構成する兵や生活の足場を紡いでいく民間人、もっと言えば古来よりその技術を培ってきた人々の上に立っている者なのだから。

 

「みんな頑張って、みんな戦ってる……だから、俺たちは今も滅びていない」

 

「ええ……きっと、そうね。だから厨房を任された私は、せめて私に出来ることを。調理場だって、忙しい時には戦場なのよ?」

 

「……でも、危険度が高い職場っていうのに変わりないですよ?」

 

俺のせいで、と言おうとした武に、純奈は笑って答えた。

 

「その点については、心配していないわ。だって―――守ってくれるんでしょう?」

 

視線は武に、次に光に。疑いのない視線に親子二人は揃って両手を上げ、一本取られましたと笑った。

 

「ですね。言われてみれば、安全なこの場所から逃げなきゃならない理由なんて欠片もない」

 

横浜が落ちれば世界も終わる。その覚悟で居る武からすれば、むしろ夕呼の権力のお膝元であるこの基地は、疎開先よりも断然に安全であるとも言えた。

 

武の笑顔に、純奈も笑う。光は笑みを携え、純夏は目を丸くするばかり。その後、4人は取り留めもない話をしてから解散した。ベッドに休んでいる純奈と、光を除いては。

 

二人は改めて視線を交わすと、小さく笑いあった。

 

「影行さんとは、会えた?」

 

「……いえ、まだ。あの人はあの人で忙しいから」

 

「斯衛の衛士に相応しい男になるように、ってね」

 

純奈が直接聞いた訳ではないが、夫である夏彦に心情を吐露している時に聞こえてしまったのだ。

 

「貴女と別れたあの直後は酷いものだったわ……ある人が訪ねてきてからは、別方向に酷くなったけど」

 

忙しさに殺されると書いて、忙殺と呼ぶ。その文字通りに、影行は自らの仕事に没頭した。その煽りを受けたのは武だ。それでも言葉と心を交わすように仕向け、何とか二人は親子の形を保つことができるようになった。

 

それを聞いた光は、申し訳なさで胸が一杯になっていた。言葉もない、と視線だけで謝辞を告げたものの、純奈は笑って済ませた。

 

「いいのよ。友達に頼まれたことだし……私も、楽しかったから。貴女の方こそ、大変だったんじゃない?」

 

「そう、ね。京都での日々が楽だったかと言われると、肯定し難いものがあるけど……自分で選んだ道だもの」

 

「私もよ。だから、変に気を使われる方が堪えるわ」

 

言外に謝られても困る、と答える純奈に、光は苦笑しながら正解を答えた。

 

「ありがとう……武を育ててくれて」

 

「どういたしまして。でも、私だけじゃないみたいだから」

 

純奈はサーシャから聞いた事があった。武がマザコン気味に接するのは、自分が知っている限り二人。1人は純奈で、もう一人は大陸で武の教官だったという女性だと。光は、知っているとその人物の名前を告げた。

 

“鉄拳”(ブレイカー)、ターラー・ホワイト大佐。マンダレー・ハイヴを攻略したあのクラッカー中隊の実質的リーダーで、今の大東亜連合におけるトップエースね」

 

「そうらしいわね。武が積極的に勝とうとはしない内の1人、とも言っていたわ」

 

「え? いや、その……成程ね」

 

光はその話を聞いて、腑に落ちたとばかりに頷いた。京都で引き分けに終わった、一対一での模擬戦の時のことだ。武が本気で勝とうとすれば、自分は勝てなかった。その辺りを不思議に思っていた光だが、今の言葉で理由が分かったような気がしていた。

 

真壁介六郎を称して「バカとデタラメと女たらしが総動員している冗談のような存在」な武だが、母親を感じさせる存在には積極的に勝とうとはしないという、可愛いくて甘い部分が残っている少年であると。

 

「でも、中佐にまでなっているなんて……驚いたわ」

 

「私も、ね。ただ今までの功績を考えると……そうね、准将ぐらいが妥当かしら」

 

亜大陸からここまで、戦闘に出るか大きな功績を上げる度に昇進すると仮定すれば、中佐でも足りないぐらいかもしれない。光は痛ましい顔で告げ、その表情から純奈も功績の裏にある苦労を察し、武が去っていった扉の方を見た。

 

「同じ目線で、支えてくれる人が居るといいんだけど……」

 

純夏だけでは、武が背負っているものの重さは支えきれないだろう。そう考えた純奈は、自分の元に料理を学びにくる銀髪の女性の顔を思い出していた。

 

「と、思ったけど1人じゃないみたいね。むしろ、どんどん増えていきそうな」

 

純奈は先程の件で、乱入してきた武を見た207B分隊の5人の反応を思い出し、苦笑した。一部のものは、明らかに安堵していたから。

 

「そう、ね……10人やそこらじゃないみたいだから」

 

無自覚に引っ掛けて、本人は気づかぬ内に飛び去ってしまう。戦死するより背中を刺される危険性の方が高いのではないか、と半ば本気で光は心配していた。

 

「でも、贅沢な話をしているわね。こんな時代なのに」

 

純奈は何の戦闘力も持たない、一般的な民間人そのものである。その視点から見た今の日本は末期的という三文字で表すことが出来るぐらいに、未来への展望が見えなかった。

 

米国、国連の助力があってなお京都を守りきれなかった。千年の都は見る影もなくなった。それだけではない、帝都より西にあった文化財は軒並み破壊された。多くの民間人が死に、生き残った人々の多くが国外へと疎開していった。

 

国内にハイヴが出来て、いつ侵攻してくるのか分からない恐怖がある。人類がハイヴを攻略できたのはマンダレー・ハイヴだけであり、それも建設された直後の奇襲が成功したからだ。3年が経過した今、真正面から大きくなったあのハイヴを攻略できるのか、と自問自答して首を縦に振れる軍人は驚くほどに少ない。

 

米国を嫌う声は多いが、その反面“米国の助力があっても守りきれなかったのに”という思いから、帝国軍への信望も小さくなっている。

 

明るい材料が一つも見当たらないのだ。それを熟知している軍人だからこそ、悲壮な雰囲気を纏うことになる。純奈はその空気から、国連軍だけではなく帝国軍もBETAに対して勝ち目を見込めていないのだと、薄々と察することができていた。

 

「でも……武くんの周りに居る人は、違うのよね。悲壮な決意とか全然なくて」

 

外から見れば、両者の差は一目瞭然だった。特に武に関してはやってやるぞ、という意気込みしか感じ取れない程で。それが理由かは不明だが、武が帰ってきたと思わしき時期には、頬に傷を持つ女性のような容貌をした男性の少佐の様子が一変したのを純奈は覚えていた。どこを見ても暗い未来しか目に入らないこの状況であっても。

 

「見てるだけで、元気が湧いてくる。やってくれるんじゃないか、って思えるのよ……ほんと、勝手だけどね」

 

その姿は頼もしく、誇らしく。辛いことを強いるだろうが、生きて帰ってきてくれると思わせられる何かがあった。

 

辛い役目を代われるのならば、という思いを純奈は持っていたが、それは身勝手と傲慢が過ぎた考えであるため、口には出さなかった。何より、死んでもおかしくない場所から、帰ってきてくれた実績があった。

 

ただいま、と言えなかったのは理由があるからだろう。うっすらと察していた純奈は、深くを尋ねなかった。その姿だけで十分だと思った。

 

行ってきますという言葉と共に旅立った愛おしい息子が、8年前は小さかったあの背中が、予想を越えて大きくなって帰ってきた。頼もしくて安心できると、何の疑いもなく言えるぐらいに。

 

隣に居た光も、心の底から同意した。年月と成長の実感を。自分の掌で包めるぐらいに小さかった、息子の手の感触を思い出しながら。

 

「それでも……母親だから、かしら。心配は心配なんだけどね」

 

「……そうね。それだけは、死ぬまで続くものだと思う」

 

どれだけ頼もしくなろうが、心配する心だけは止められない。想えることが大事で、想えるからこそ心労は嵩む。そうした家族の縁という喜びと悲しみが表裏一体となっているこの絆は、ずっと続くのだろう。だが、純奈はその絆の糸を必死に握りしめた。

 

そして、これから先も戦うであろう武や、光を含めた周囲に居る人々の無事を祈った。

 

 

―――どうか、健やかにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●酒と語りと男女と女

 

 

横浜基地の地下は大規模な建築物で構成されていた。元がハイヴであり、地面を掘削する手間が大幅に省けたからだ。その中に多くの部屋があり、中には軍事基地らしくない部屋もあった。

 

副司令の趣味がふんだんに使われた、リラクゼーションを目的として作られた一室。そこに用意された一枚板の木製テーブルを挟んで、紫藤樹と神宮司まりもは酒が入ったグラスを掲げていた。

 

「それじゃあ……何に乾杯しましょうか」

 

「A-01の未来と発展を願って。あとは、訓練兵達が無事任官できたことに」

 

「ですね―――乾杯」

 

薄いグラスの縁が重なり、甲高い音が二人の間に鳴り響いた。二人はイギリスより入荷された琥珀色ウイスキーを一口舐めるように含んだあと、小さく息を吐いた。

 

「……凄いわ。呼吸するだけで、口の中に広がっていく」

 

「日本酒派だったが、これは……後に飲むチェイサーまで旨く感じる」

 

いい酒はストレートで飲むものよ、という夕呼の意見に従った結果だが、確かにそうかもしれないと二人は頷きあっていた。

 

―――副司令直々に「意見交換をしなさい」と命令を受けて用意された場である。何かあったら、という反論も、問題があれば碓氷か伊隅が対処するわ、それとも任せられないの、という夕呼の詭弁に二人は轟沈させられていた。

 

「しかし、イギリスか……」

 

「陥落しなかったからこその味、ですね」

 

イギリスやスコットランドの酒蔵は、ほとんどが健在だ。日本では多くの蔵元が物理的に壊されてしまったというのに。特に京都は水が綺麗ということもあり、地酒の種類も多かったが、BETAによって全て台無しにされてしまった。

 

「そう考えると複雑だな……あと敬語は必要ないぞ、総隊長殿」

 

「分かりまし……いえ、分かったわ。つきましては、聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」

 

答えを聞かないけど、とまりもは樹をジト目で見た。

 

「どうして私を総隊長に推薦したの? 今までA-01を率いてきた貴方より相応しいとは、思えないのだけれど」

 

「……いくつか理由がある。一つは、隊内の意識を変えるためにだ」

 

樹はA-01を指揮してきた今までに、多くの部下を死なせてきた。あるいは衛士として復帰できないような、大きな怪我を負わせてきた。樹はグラスの中のウイスキーを僅かに揺らしながら、主張した。その過去を払拭するために代を変える必要があると。

 

「A-01は207の11人が入って、変わる。変わっていかなければならない。それを率いていくのに相応しいと思える人物は、1人しかいない」

 

風間より以前の代のA-01の生き残りは、全て神宮司まりもの教え子だ。背景を語るまでもなく信頼を得られるのは、まりもを措いて他にはいない。

 

「年上、かつての師であり、日本国内において現実的に優秀な実績を持っている。武では駄目な理由が、それだ」

 

富士教導隊に居た過去、大陸で戦ったという経歴。誰もが疑わず納得できるものを持っているからこそ、認められるものだと告げながら、樹は苦笑した。

 

「次に、副司令関係だな。神宮司少佐なら、あの無茶ぶりの風よけになってくれるだろうという期待が持てる」

 

「……ちょっと?」

 

「ああ、すまん。流石に冗談だ……半分ぐらいは」

 

目を背ける樹に、まりもは顔を引きつらせた。だがその姿を見た後、何だかおかしくなったまりもは小さく笑った。

 

「貴方でも冗談を言うことがあるのね……何だか安心した」

 

「人を堅物みたいに……いや、そうだったな。大陸での仲間と、副司令に影響されたせいだろう。後者は、未来永劫勝てる気がしないが」

 

冗談か本気か分からない、と樹は呟いた。特にこの席を設ける際のことだ。何故かハイヴへ単騎特攻する衛士を見るような目で憐れまれた事は、樹の記憶に新しかった。

 

「副司令が言っていたウォードッグは最強よ、とはどういう意味なのか……」

 

「……何か言った?」

 

「いや、何も」

 

このピーナッツ美味しいな、と樹は用意されたアテを食べながら、逃げるように視線を下に向けた。

 

話題も、酒の席の定石とも言える流れに沿っていった。酩酊感と共に、視線は未来や現在の事から、過去に戻っていく。そうしてベテラン衛士の二人は、共通する話題を――過去の失敗談を語る方へ流れていった。

 

最初は、まりもが。訓練兵時代のライバルであり、目標だった新井という男の事を話した。

 

「そう、か。初陣で庇われ、新井という男はそのまま……」

 

「ええ……最後までこっちの気も知らずに、ね」

 

その顔には憂いと悲しみと、誇らしいものが浮かび上がっていた。

 

「託されたものを、次代に繋げるために……死なせないために。教育こそが人類に与えられた最強の武器だと信じているから」

 

まりもの夢は、教師になること。それを叶えるべく大学に入った所で学ばされたのは、子供達を兵隊にする方法だった。時代がそれを求めていたからだ。

 

まりもはそれが嫌で、帝国陸軍の士官学校に入った。戦争を終わらせ、子供達が正しい教育を受けられるようにと望んだから。そこで出会った仲間や、新井という異性のライバルと衝突することで、色々な事を経験した。当時の教官のやり方から、自分が考えていたものとは異なるが、教え子のためになる教育の方法を学んだ。その変遷で、教育というものを多角的に捉えることも出来たと、まりもは呟いた。

 

「新井や、かつての部下達に報いるために……何より、前途ある子どもたちを死なせない、そのための方法を教えるのも教育の形の一つだった」

 

そう思ったまりもは、教導隊で兵を鍛えることこそが、自分が生き残った意味だと思った。夕呼に誘われ、A-01に入った後もその考えは変わらなかった。

 

「私が何とかしなくちゃ、って思っていた部分もあって……だから、貴方が教官になった、と聞いた時は驚いたのよ。そういう事をする人じゃないんだ、って勝手に思っていたから」

 

だが、その動きを見ている内に考えが変わっていったとまりもは言う。教え子に正面から向き合い、その心の内まで気を使っている姿を見て、仲間というか同志が出来たような感じがしたと、笑った。

 

教導隊に居た同僚とは異なる、風変わりながらも学校の先生のような振る舞いをしている樹を見たまりもは、かつて憧れていた未来を思い出していた。普通の学校の先生のように、教え子達の内面まで心配しながら話し合える光景を見ることが出来たからだ。

 

「そう、だな……確かに、軍においては異端な方法と言える」

 

樹は頷き、呟いた。反動だろうな、と。

 

「……それは?」

 

「まともな教育を受けられなかった。いや、部分的には違うんだけどな」

 

砕けた口調で、樹はまりもと同じように過去を語った。

 

「父親が最悪の人間だったからな。およそ見習える所などないし、教えられようとも素直に受け取れない」

 

母を悲しませる父親は自分の敵で、敵から教えを乞うなど有り得ない。そう考えた樹は、父に徹底的に反抗した。反面教師としながら、自分を鍛えた。父に表立って反抗しない兄も、敵では無くとも味方だとは思えなかった。

兄も、敵では無くとも味方だとは思えなかった。

 

「斯衛に入った後も、最悪だったな。教官が父と因縁のある相手だった……さんざん、バカにされたよ」

 

嫌味ならばまだ良い。成績の改竄や、無意味に身体を痛めるだけの訓練を受けさせられる日々が続いた。後になってだが、当時の紫藤家の評判が良くないことから、黙認されていた部分もあったと知った。

 

「で、人の尊厳まで否定するような侮辱に我慢できなくてな。こう、がつんと一発やっちゃった訳だ」

 

「……やっちゃったんですか」

 

「だが、後悔はなかった。何かが晴れるような気がした」

 

酔いが回っていた樹は、はっちゃけるように言った。そして、紆余曲折を経て大陸へ。

 

「そこで、逆にガツンと殴られた訳だ。大陸の惨状と、中隊の仲間達に……特に、10やそこらで突撃前衛になっていた奴に」

 

樹は笑いながら言った。教育も半ば、というか小学校も卒業していない年齢だろうに前線で一人前に戦う姿を見て、色々と折られたと。

 

「最初は、才能の差に嫉妬した。その後は、必死な顔で辛そうに戦う姿に打ちのめされた……思えば、昔の自分は傲慢であり、慢心を持っていたんだな」

 

もしも正しい教育を受けていればもっと、今のように弱くなかったかもしれない。兄のような優秀な衛士に、と。

 

「だが、違った。中隊の仲間と言葉を交わす内に気づいたんだ。そんなものは些細な違いでしかないと」

 

歪んだ教育を受けた過去があるだろうに、クラッカー中隊の誰もが真っ直ぐだった。過去如きが自分の本質を変えられる訳がないだろうに、と言わんばかりに自らを立てて居た。それよりももっと大事なものがあるとばかりに、輝いていた。才能の差もあって、中隊の上位陣にはとても敵わない事を自覚した。

 

「だというのに、戦術機における剣術の教師役に選ばれた」

 

陽炎が搬入された後の話だが、と言いながらも当時の焦燥感を思い出した樹は、声が震えていた。チェイサーを飲み、ため息と共に語った。

 

「悩みに悩んだよ。だが、父親や斯衛の教官のように、無責任にはなりたくなかった。あいつらと同じになんて絶対になるものかと考え抜いた……つもりだ。教導の結果は、良かったのか悪かったのか」

 

今でも答えは出ないと、樹は呟いた。その後も、才能の差に悩んだ。だが生来の負けず嫌いである樹は、自分なりの工夫を続けた。届かないと、諦めることはしなかった。足掻くのを止めた時点で、父と斯衛の教官に自分の人生が曲げられたと、そう思わせられるような気がしたから。

 

「だが、そうだな……教育という物を考える時に、いつも出てくるのは過去の自分だ。自分を重ねた結果なんだな……同じような思いをさせたくないと思うのは」

 

後悔を抱かせたくなかった。才能が無いと、嘆かせたくなかった。物として扱われる惨めさを味あわせたくなかった。樹は言葉にすることによって、教育する際に自分が抱いているものの名前を初めて自覚した。

 

「だから、貴女のように立派な信念に寄ったものじゃない。独りよがりの代償行為を用いている訳だ」

 

良かれと思っても、迷惑になる時がある。サーシャにした忠告が同じものだ。結果は、強烈に反発された。それまでの振る舞いから、断ることを半ば以上に理解していたのに、自分の考えを強いようとした。

 

(……例え戦いの中で傷つき倒れようと構わない。そんなサーシャの輝きに憧れていたのに、台無しにしようとした)

 

マンダレー・ハイヴ攻略作戦の後に気づいた。自分はとんだ勘違い野郎だと、自嘲する。その姿を見たまりもは、肯定も否定もせず、質問を重ねた。

 

「でも、あの子達に対しては間違っていなかったと思うわ。何より、ちゃんと内面を見た上で接していたじゃない」

 

「……過去の失敗から何も学ばず愚行を繰り返す、というのは有り得ないからな」

 

才能が無くても一歩づつ、自分の弱さに言い訳を許さず、只管に鍛えてきた。故に失敗から何も学ばないでおくというのは、今までの自分の根幹を否定することになる。

 

樹の胸中を聞いたまりもは「それなら」と、樹の自己嫌悪を否定した。

 

「昔はともかくとして……B分隊のあの子達にとっての貴方は良い先生だった。それだけです。過去なんて関係ない、失敗から成長した今の貴方としか接していないんだもの」

 

「……しかし」

 

「誰だって間違うわ。私だってそうだもの……間違わない人間なんていない。でも失敗から学び、育つことができるからこそ人間は強くなれるんだと思う」

 

失敗しないように学ぶこと。失敗から立ち直れるように、正しい方向に導くこと。全ては一度の過ちで潰れず成長できる生き物だからこそ、成立する。

 

「だからこそ、教育は人間にとって最強の武器にも成り得るの。それを知っている貴方は、立派な教官だったのよ」

 

「いや、それでも……」

 

納得せず俯き始めた樹の様子に、まりもは苦笑した。どこまでも頑固で、自分に対する弱さを自覚すると同時に、それを許さない。傍目にはきちんとしているようで、常に胸中に悩みを抱え、今も気落ちしている。

 

まりもは、その様子を見て、可愛いと思った。

 

樹の顔が、跳ね上がった。

 

「聞き間違えであって欲しいのだが……今、なんと言った?」

 

「え? いやだ、聞こえてたのかしら」

 

酔いが周り、開き直ったまりもは大きな声で告げた。可愛い、と。

 

樹の顔が、更に暗さを増した。

 

「女顔だ、と愚にもつかない言葉を告げられた機会は多いが……あまつさえは可愛いなどと」

 

真剣に落ち込む樹の様子に、まりもは更なる可愛さと、苛立ちを同時に抱いた。ウイスキーの瓶をひっつかみ、樹と自分のグラスに琥珀色の芸術を注ぎ。ぐい、とグラスを傾けて先程より多い一口を味わった後に、告げた。

 

「とにかく! 暗いのは禁止! あと、回りくどい呼び方も!」

 

「……神宮司少佐? 其方、酔い過ぎて」

 

「そなたとか、そういうんじゃなくて! まりも! はい、復唱!」

 

「え……」

 

「復唱!」

 

「……まりも。いや、何やら恥ずかしいんだが」

 

「こっちも呼ぶから大丈夫! 樹、ほら飲みなさい!」

 

「いや、待て。流石にこの量は」

 

「なによ、私の酒が飲めないっていうの?」

 

まりもの据わった目を見た樹は、気づいた。目の前の女性は、リーサや八重に匹敵するか、凌駕するぐらいの酒癖を持っている事に。

 

「成程、狂犬(ウォードッグ)とはそういう……」

 

気づいた所で本人に噛みつかれて囚われている現状では、どうにもならない。樹は諦観と共に、グラスを傾けていった。

 

―――そこから先は、ただの愚痴大会になった。

 

まりもは過去の話を繰り返し、鈍感過ぎた新井に文句を重ねた。樹も逆らっては拙いと、「新井が悪いな、新井が」と同調する他に手はなく。

 

不公平だと初恋の相手を――サーシャだと吐かせられた樹は、自白してしまった事に気づいた途端に顔が真っ赤になり。それを見たまりもが顔を赤くするも、複雑な表情のままグラスに更なる酒を注いだ。

 

樹も酔いが回りすぎたのか、夕呼や武に対する愚痴をまりもに語った。まりもはそうよね、そうよね、と頷きながら酒を注ぎ続けた。

 

 

その後も飲み、話し、呑んで、語り、煽って、吐き出し。

 

 

悩める大人二人の酒宴は、地上に太陽が昇る時間まで続けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、二人とも寝たわね。白銀、準備はいい?」

 

「あの……俺も眠いんですけど。ていうか、なんですかこの混沌は」

 

「まりもが居るんだから当たり前でしょ。ていうか、いくらなんでも飲み過ぎでしょうに……まあ、経費として落とすからいいか」

 

「ちなみに、何の名目ですか?」

 

「交際費に決まってるじゃない。っていうのは冗談よ。祝儀代わりに私が払っておくから」

 

「そうまでして……ストレス発散にも方法を選びましょうよ、夕呼先生」

 

「あら、これはまりもへの親切心も含まれているのよ? 訓練兵時代はともかく、教導隊に所属した後は妙に男運が悪かった、って前に愚痴ってたしね。だったら、この機会を逃したら後はないかもしれないじゃない」

 

「酷い言われようだな、まりもちゃん……ちなみに樹の思いとかは、どうなるんですかね」

 

「大丈夫よ。あっちもまりもみたいな面倒見が良い、母性の強いタイプが好みだと見たわ。だからこれは二人のためなのよ」

 

「相変わらず、詭弁にも妙な説得力を持たせますね……それで、二人をどこに運ぶんですか?」

 

「隣の部屋にベッドを用意しているわ。ちなみにダブルサイズで、枕は2つだけど」

 

「ちょっ!? い、イタズラにしても洒落になってない気がするかなーって」

 

「冗談で済む範疇だからいいのよ。ほら、看板も持ちなさい……何よその顔は。食堂で揉めた衛士のこと、取りなして欲しかったら」

 

「分かってますよ……はあ、後で二人には謝っとこ」

 

 

 

 

―――その翌日。頭痛と共に目覚めた二人は、直後に隣で眠る互いの顔を見合わせ、人類の限界まで顔を赤くしながら、慌てふためき。

 

1分の後に「ドッキリ」の看板を持って入ってきた武の姿を視認するなり事情を察し、芸術的な速度で襲いかかった。

 

それを別の部屋からモニターで見ていた夕呼は腹を抱えて笑い、その後ろに居た霞はオロオロと慌てながら、事態を収束してくれる誰かを探して、周囲を見回していたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがき



以下、NGシーンです。



●第19独立警備小隊

「では、覚悟しておくことだ」

「よろしくお願いします」

「ああ…………と、ちょっと待て。貴様、何故私の臀部に熱い視線を向ける」

「えっ?! い、いやあそんな事は。やっぱり美麗かつ魅力的な尻(漫画版06巻参照)だなあ、なんて思って―――ハッ、はめられた!?」

「……やはり、貴様に冥夜様を任せるのは危険のようだな」

「ちょっ、それは誤解! ―――いや、もうこうなったら最後の手段を!」


―――翌日、顔を真っ赤にしながら真那と、満足げな表情を浮かべた武の姿が発見され。その翌週には、基地どころか帝都まで巻き込んだ修羅場という名前の極秘戦争が勃発したとか、しないとか。





●決戦、食堂にて

「ちなみに武くんが本気を出して、あの5人の子達が止めなかった場合、あの男の人はどうなっていたのかしら」

「死んでいたわね」

「えっ」

「死んでいたわ、4回ぐらい……そう考えると、あの子達は英雄的役割を果たしたと言えるわね。冗談抜きで」





●酒と語りと女と男女

「よし、まりもは寝たわね………っ!?」

「……ゆーこ?」

「なっ、まっ、まりも!? これだけ呑んで、まだ!?」

「いーいところにきたわね~……あいてもいなくなってたし、ちょうどいいわ」

「し、死んでる……じゃなくて、ちょっ!? た、たすけなさいしろがね―――アイツ逃げたわねぇ!?」

「ふ、ふふふ~。まあ、駆けつけ三杯で許しておくわ」

「ま、待ってまりも……ってそれチェイサー入れる方の大きいグラスじゃない?!」


―――その後、横浜基地で香月夕呼と紫藤樹の姿を見た者は居なかった。


★ MAD END ★




余談ですが、原作(エクストラ)のゆーこせんせーがマジ焦りしたのは、まりもが箱根の旅行先でかっぱかっぱと酒を飲み始めた時だけだという。声的にかなり切羽詰まってました。(冗談抜きで

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