Muv-Luv Alternative ~take back the sky~ 作:◯岳◯
緊張の面持ちで、二人。白銀武とサーシャ・クズネツォワは横浜基地の部屋の中で、じっと待っていた。ちらちらと、時計を気にしながらそわそわとして。
途端、勢い良く扉が開かれ。飛び込んできた金髪の女性が、勢い良くサーシャに抱き付いた。
「サーシャ!」
「久しぶり、でも、ちょっ、リーサ、胸が顔に……!」
サーシャは抱き付いてきたリーサの背中に腕を回しながらも、息ができないとギブアップをするように叩く。見かねたアルフレードが、リーサの頭に拳骨を落とした。思わずと手を離したサーシャに、今度は玉玲が抱き付いた。先程とは違い鼻も口も塞がれたサーシャがもがもがと命の危険を訴え、見かねたグエンが困った顔で玉玲の肩を叩いた。
気づいた玉玲は、慌ててサーシャを離し。涙目になったサーシャは、仕返しとばかりに自分の呼吸器を塞いた大きな胸を揉んだ。ひゃっ、という可愛い声が溢れる。それを聞いていた樹が視線を逸し、アルフレードがサムズアップをした。
「玉玲、胸がまた大きくなって……まあ、こっちも負けてないけど」
「負け惜しみ……って訳じゃねえな。確かに胸も尻も大きくなったな、うん」
「見ての通りにね。もうガキだなんて言わせないから」
笑って答えたサーシャの頭を、リーサと玉玲が代わる代わるに撫で始めた。髪が盛大に乱れたが、サーシャは笑いながらそれを受け入れた。
一方で、武は別の意味で絡まれていた。
「ひっさしぶりだなあ、おい。で、分かってるよな……どうなんだよ、コラ」
「ゆ、ユーコンで会ったばっかじゃないか。どこにでも居るいたいけな青少年にいけないなあ、バドルさん」
「ふつーのガキなら人のことを糞みたいな嘘で嵌めはせんだろ。元帥の名前を騙ってまで、なぁ……何とか言えよ、おっ?」
「な、なんのことだか僕には分からないなあ………あっ、そういえばだけどガネーシャさんは元気かな?」
「元気過ぎて困るぐらいだけどそうじゃねえだろ?」
チンピラのように、マハディオは武を至近距離から睨みつけた。その隙をついて、事情を聞かされていたアルフレードが背中から回り込み、武を羽交い締めにした。
「ちょっ!? まっ、待てよマハディオ!」
「誰が待つか。言っておくけど元帥からも依頼されてるんでなぁ、手加減はなしだぜ? ……まあ顔は止めてやるから心配するな」
「何を心配するなって――リーサも!?」
「アタシ参上! まあ、アーサーとフランツから色々頼まれてるしな!」
「なんでっっ?! いや、心当たりはちょっとあるけど!」
「うん、くっっっっっっそしんどい思いをしたF-22の件とかな。いきなり無茶ぶりしてくれた礼だ、ありがたくセットで受け取りな」
告げるなり、マハディオがボディーを、リーサがローキックを繰り出し始めた。殴り蹴られた武が「いたっ、いたっ」と悲鳴を上げるも、執拗な攻撃は続けられた。筋肉のせいで怪我をする程ではないが、殴られれば普通に痛いのだ。流れ弾がアルフレードに当たっていたが、構わずに報復と照れ隠しの攻撃が続けられた。
サーシャはと言えば、今度はクリスティーネに頭を撫でられていた。リーサと玉玲ほど親交が厚かった訳でもないが、MIAの報に心を酷く痛めていたのはクリスティーネも同じだ。良かったね、と呟く声に、サーシャも「うん」と素直に頷き、口元を緩めていた。その顔を見た玉玲は過去の事を思い出し、信じてた、良かったね、と告げながら泣き始め、目の当たりにしたサーシャが慌てながら俯いた黒髪を撫で始めた。
先に再会を果たしていた樹は1人、遠い所からその光景を一言で表していた。
「……これが日頃の行いの差、か」
片や感動の舞台に、片や私刑の会場に。合掌と共に呟かれた因果応報という単語が、この場の全てを包括していた。
そうした混沌の場は、やがて落ち着き始め。全員からケジメの1発を受けてボロボロになった武が、ビルマ作戦後に何が起きたのかを説明し始めた。それらを聞いたリーサ達はうんうんと頷いた後、地獄の鬼のような声で呟いた。
「やっぱソ連って糞だな」
「ああ……スワラージの時と言い、クソみてえに祟りやがる」
「うん、イワンは撲滅すべきだということが心の底から理解できた。戦術機の嗜好というかデザインも好みじゃないし」
欧州組は口々にソ連の事を罵り始めた。グエンも同様に怒りを覚えていたが、冷静にならざるを得なかった。自分の横に底冷えのする怒りを全身から漂わせている葉玉玲の姿を見てしまったからだ。
他の皆も気づき、かつてない姿と威圧感を前に、冷や汗を流した。慌てて宥めの言葉をかけてようやく、玉玲は小康状態にまで戻った。それを見た一同は、玉玲だけは怒らせないでおこう、とアイコンタクトで確認しあった。
その後は情報交換が始まった。後ろ盾が無いに等しい欧州組の3人と玉玲は、現地または疎開地で流れている雰囲気や、一般兵士の状態を。アルシンハが居る大東亜連合組は、更に深い所までの情報を。それらを聞いた武とサーシャ、樹は悪くない、といった感想と共に今後起こるであろうことを軽く話し始めた。
一つ、オルタネイティヴ4について。
二つ、オルタネイティヴ5が主流になってしまった場合に起こること。
三つ、その先に待ち構えている世界や、BETAの総数について。
一通りの説明が終わった後、説明を受けた5人は天を仰いだ。
「やっぱアメリカって糞だなぁ」
「ああ……ユーコンの時といい、やり口が強引ってか自己中心的過ぎるだろ」
「うん、開拓したいなら手前の脳味噌を開拓しろって話だよね。F-22なんてヘタレ仕様の機体を作ってる場合じゃないっていうか」
「……アジア方面は全滅で、欧州も一部以外は壊滅するだなんて」
「やはり論外の極み、阻止一択だな……シェーカル元帥の白髪が増える訳だ」
思い思いの感想を聞いた樹は、苦笑した。見事に人柄が出ているな、と呟きながらグエンにも初耳となる情報を説明し始めた。先日に起きたHSST墜落未遂事件と、これから起きる予定の事件を。
「耳にはしていたけど、そんな事が……ていうかその距離で二機撃墜? 珠瀬壬姫だっけ。18歳ってのはともかくとして、本当に任官前の訓練兵?」
戦術機や兵器のスペックから砲撃の難しさを他の者より理解できるクリスティーネは、訝しげに尋ねた。対して、サーシャは胸を張って答えた。
「自慢の教え子です……狙撃は本人の才能に寄る所が大きいけど」
「二機撃墜は本人の努力と覚悟の結晶だろう。そうさせるのが教官の仕事だ、と言われればそれまでだが」
「覚悟は出来ていたようだし、ね。まあ、最後の仕上げっていうか試験は理不尽の極みだったけど、それも乗り越えてくれたし」
凄い、凄いと褒めるサーシャと樹。一方で武はバツの悪い顔をしていた。当然、それを見逃す旧友達ではなかった。
「つまり、お前ら3人がかりで鍛えたのか……才能もあるって話だし、明日の模擬戦は期待できるな」
アルフレードの言葉に、選出された6人をよく知るユーリンとマハディオが答えた。
「でも、亦菲は強いよ。小規模の対人戦なら、この中でも真っ向から勝てるのは一握りだと思う。実戦未経験の訓練期間一年未満の新兵が勝てるか、って聞くと首を傾げるけど……」
「タリサも同じだな。サシで小細工なしに真正面から、っていう条件なら俺でも五分に持ち込めるかどうかだ。前情報ナシなら、あいつらの勝ちに全財産賭けるぞ俺は」
「ユイも、手練だって聞いた。残るは欧州の二人と、斯衛の赤の少年だけど」
サーシャの言葉と視線を受けたリーサは、欧州の方は分かると答えた。
「ヴィッツレーベン……胸でけえ緑髪の戦術機マニアの方な。才能だけならピカイチだぜ。同期に二人が居るんだけど、こいつら揃って任官して一年やそこらとは思えねえ」
リーサが肩を竦めながら、呆れた声を出し。武が、ぽつりと呟きを返した。
「あっちじゃ、3人揃って“メグスラシルの娘達”って呼ばれてたからな……イルフリーデ・フォイルナーとヘルガローゼ・ファルケンマイヤーと一緒に」
「……将来的にそう呼ばれてもおかしくはないけどな」
「女性っぽい名前だけど、どんな人達?」
「フォイルナー公爵家と、ファルケンマイヤー侯爵家のどっちも長女だ。最初はフォイルナーの方も来たがってたんだが」
「上官が止めた、とか? ……なんか国際問題に発展しそうだし」
武の言葉に、アルフレード、クリスティーネとリーサがビンゴと声を揃えて武を指差した。サーシャとユーリンは、武の女版かと自分なりの解釈を以て深く頷いた。
「情報だけ見て、じゃないみたいだが……あっち、って言ったよな? お前が欧州来たこととか、聞いたことないんだが」
どうであれ、武のような年齢の者が来れば少しは噂になる。実戦に出ればもっとだ。アルフレードが持つ欧州での情報網からすれば、その噂を欠片でも入手できなかった、というのは有り得ない。
だからこそのアルフレードのもっともな疑問に、武は明星作戦からの事を説明した。一通りを聞いた全員が、遠い眼をした。
「お前の人外機動に磨きがかかった理由が分かったぜ。へーこーせかいだったか? 別のお前の記憶ってのも大概だけど、その実戦密度は更に反則だろ……絶対に真似したくないけどな」
リーサの感想に、全員が深く頷いた。一つ間を置いて、武に視線が集中した。
「いや、“こいつなんで生きてんだろ”って目は止めて欲しいんだけど」
「以心伝心が出来て何よりだ。というかリヨンハイヴ攻略戦に参加と来たか……フランツが聞いたら、なんて思うだろうな」
欧州組の3人にとっては他人事ではない。だが、希望が見えてきたのは確かだ。そうして話題が変わりそうになった所を、樹が引き締めた。
「本題に戻そう。それで、ルナテレジア・ヴィッツレーベンの力量と背景は分かった。問題は最後の1人……ベルナデット・リヴィエールだったか? 彼女とも会った事は無い事になるが、あの視線はどういった理由からだ、武」
樹の言葉に、武は微妙な表情をしたまま黙り込んだ。それを見たアルフレードが、聞いちゃ拙い類のものか、と横から言葉を滑り込ませ。それを聞いた武は驚いた表情で顔を上げ、アルフレードはやっぱりなと頷いた。
「あの場で話を広げるのはよろしくない、って感じだったからな。そう思って強引に話題を変えたが……その反応を見ると、正しかったようだな」
アルフは苦笑した後、フランツからの伝言があると言った。
「今回の件について、ベルナデット・リヴィエールに横浜出向参加を促したのはフランツでな。あいつも詳しく聞く事はなかったらしいが……様子がおかしい、とは言っていた。後は冗談交じりにこう言われたそうだ。“変な夢を見たことがあるか”、ってな」
「え、フランツ? なんで………って、同じフランス人だからか」
「それだけじゃない。あのお嬢ちゃんは今じゃその実力で以て各所に知られちゃいるが、それでも新人の頃があったって話だ」
ベルナデットは今の欧州でも
だからこそ、とアルフレードは欧州に帰還して間もなくの頃にやって来た新人衛士の事を語った。
「フランツの奴の戦い方を人づてに聞いたか、あの本を見たか……“使える”と思ったんだろうな。残弾管理とか、補給のタイミングとか、細かい技術の方をさっくり盗んでやがったぜ」
「射撃技術じゃなくて、そっちの方を……他人に撃ち方を教わるつもりはない、って言葉が聞こえてきそうだね」
衛士としてのプライドがあるから、骨幹となる射撃術や砲兵術は自己流で高め、それ以外の細かな技術は使えるなら使わせてもらうというベルナデットの意図を察したサーシャは、背はちっさいけど骨太だね、と感想を述べた。
「フランツもそのあたりが気にいったようだ。あと、あいつも切羽詰まった時はリヴィエール少尉の戦い方を自分なりに取り込んでいたこともあってな」
「あったあった。それを偶然見たリヴィエールが“なに盗んでんのよ”と戦闘中に罵倒してな。フランツは“声が小さくて聞こえないな”としれっと言い返してたが」
「………ひょっとして“小さい”って所を強調してた?」
「玉玲、鋭い。で、僚機のアーサーもそれを聞いちまってな。戦闘中に勘違いから罵倒合戦で、国連軍は国連軍でやらかすし……色々と大変だった」
アルフレードは遠い目でぼやいた。苦労話を聞いた他の皆は、笑った。樹だけは階級差はどうなんだと思いつつも、我が身を省みて黙り込んだ。
「で、話は二転三転するけど……欧州連合としては、XM3の有用性は認めたのか?」
「だからこそのツェルベルスが2名だろ。ま、あの映像を見ても無視を決め込むような無能じゃなくて良かったぜ」
「映像、って……ああ、カムチャツカでジャール大隊の光線級吶喊を援護した時の。ストレスが溜まってて、やや派手めに動いたんだけど、甲斐があったな」
「……要塞級の衝角を利用して同士討ち誘発したのは驚いたよ。咄嗟の偶然かと思ったら、連発するし」
酷いものを見た、と全員が頷いた。だが、とアルフレードはツェルベルスにもアレに似た事をやっていた衛士が居ると言い、皆が驚きをみせた。
「貴族サマにもアホが居たんだな。勿論、良い意味だけど」
「アホ言うな、ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐だぞ。前に戦場で実行してる現場を見たんだ。ほら、後詰めの国連軍が瓦解した時の」
国連軍の軟さが予想外過ぎた結果、やらざるを得なくなったと言う感じだった。アルフレードはそう告げると、推論を付け足した。
「実際は問題なくやれるんだろうけど、失敗した時のリスクが高すぎるから自重してるんだろうな。あのおっかない嫁さんなら、“少佐、ご自分の立場をご理解下さい”とか言って怒りそうだし」
「あー、わりと天然っぽいからなアイヒベルガー少佐は。一方で嫁さん……ファーレンホルスト中尉は計算も出来るけど心配性だから怒る、と」
「前情報から想像できるイメージとは全く違うが……夫婦漫才だな。そう言えば、こちらの夫婦漫才家の、その後の進展は?」
樹の言葉に、グエンが首を横に振った。
「一応進展はあったが、まだ踏ん切りがついてないみたいだな……舌打ちをするな、財布を出そうとするな」
「へいへい。でも、奥手にも程がある……というよりは、ケジメの問題か。がばっと押し倒しゃいいのに」
「お前のような海女と一緒にするな、と言いたい所だが8割同意するな。そろそろ年齢が……と、そう言えば武。お袋さんと会えたと言っていたが、どんな人だった?」
「どんなって……背格好はタリサと同じぐらいだった。あと童顔で、どう見ても20代にしか見えねえ。再会もいきなりだったし、母親っつーよりは年の離れた姉っぽい」
「母ではなく姉、か………いい案が浮かんだけど!」
「却下だ」
「却下ね」
「却下するに決まってるだろう」
クリスティーネの明るい口調に、全員が厳しく反対した。だが諦めていないのか、世界の男女比が、と呟き始めた。その言動は無視されたが、アルフレードは見逃さなかった。それとなく言葉を拾おうとしているサーシャと玉玲の姿を。
そうして、この場に居ない“家族”のことも混じえた雑談と、今後の展望を一通りを話し終わったのは3時間も後のことだった。
「……EF-2000にラファール、E-04に殲撃10型、武御雷が2機、ですか」
「壮観、とも言えるでしょうねヴィッツレーベン少尉……ですが、あまりはしゃぎ回ると周囲の迷惑になるかと」
「そこのバカは放って置いて、さっさと方針を決めましょ。機体性能がバラバラ過ぎて、即興の連携も取れないと思うけどね」
「何勝手に仕切ってんのよチビ二号。そこを何とかするのが衛士って奴でしょうに、ねぇ一号?」
「うるっせーよアホケルプ。相手舐めた挙句に、間抜けにもバッサリやられた奴に言われたくないね」
女5人寄ればかしましいと言うが、これはその表現に適合しているのだろうか。肩身の狭い場所で、清十郎は記憶の中の兄に打開策を求めていたが、諦めろ、と言われたような気がしていた。
(しかし、篁中尉以外の誰もが癖というか気が強い……いや、相応の自負を持っているという証拠か)
故国より外で、下に見られることがどういう意味になるのか。それらを知っている風な様子に、清十郎は感心していた。安易に迎合はせず、無意味にへりくだりもしない。看板を背負う意味を知っているのだな、と。
それでも、このままでは話が進まない。そう思っていると、そういえばとタリサ・マナンダルが唯依の方を見ながら階級章に目をやった。
「篁中尉、か。てっきり大尉に昇進したもんだと思っていたけどな」
「……色々と事情があってな。あまり口外したくない類の」
「ふーん。ま、どうでもいいけど。なんかいきなり中佐になってるバカが居たしね」
肩を竦めた亦菲の横で、清十郎はある噂話を思い出していた。崇宰内での、派閥争いについてだ。同期であり、研修ではリヴィエール少尉から薫陶を受けた友人からも、崇宰内で暗闘じみた真似が。特に篁家周りがややこしいと、ぼやいているのを聞いたことがあった。
(……そういえば、寺内の奴は元気にしているだろうか)
寺内家の長男で、名を翔哉という。清十郎は欧州での研修を終えた後、充実したものだった、という同じ意見を持っていた同士として、仲を深めた友の事を思い出していた。
そこで思いついたように清十郎はベルナデットに話しかけた。その節は同期がお世話になりました、という言葉に、青色の双眸が一瞬訝しげに、直後に丸くなった。
「ああ、あのど変態ね。世話をした、と言われればその通りだけれど……」
「覚えていらっしゃ……えっ、変態?」
「しごかれてるのに笑いながら喜んでる奴を他にどう呼べっていうのよ」
変に息を荒くしていたし、という呟きを清十郎は聞かなかったことにした。そして友との距離が500km程離れたような気がした。少しだけ、少年は大人になった。遠い目をした清十郎に訝しみながら、そういえば、とベルナデットが面白そうに笑った。
「あんたの方は
「……それは、どういった意味で?」
「わざわざ語るまでもないでしょ? 視野が狭い猪突猛進女に、どんな目に遭わされたのかっていうのは」
ベルナデットの言葉に、清十郎は思うより先に頷きそうになった。思いあたりがありすぎた、という背景もある。具体的な例としては、起床一時間前に部屋に侵入された挙句起こされたこととか。ちなみにルナテレジアはハンガーにある機体の観察に夢中になっていた。
(しかし、二人とも同じような事を言っているな……やはり仲良しか―――っ?!)
増した存在感、それはまるで虎のような。小さな体躯からは想像がつかない威圧感を発したベルナデットに、清十郎は息を呑んだ。その様子を見たベルナデットが、静かに忠告を発した。考えている事を表情に出しすぎよ、と。
「そんな所まで猪女に似せなくていいわ……それで、そろそろ情報を交換したいのだけれど」
ベルナデットの言葉に、興味津々とばかりに耳を傾けていた唯依達は、頷きを返すと雰囲気を戦闘前のそれに変えた。そして、唯依が各種の条件を改めて言葉にした。
「相手は6機で、こちらも6機で、戦闘時間は10分。相手を全滅させるか、時間経過後に生存機が多い方が勝利。ここまでは問題ないと思うが」
「そうね。加えて言えば、相手は任官前の訓練兵……全て女性だって聞いたけれど」
「全員が18歳、らしいぜ。徴兵か志願かは分からないけど、実戦未経験っていうのは間違いないだろうな」
唯依、亦菲、タリサの言葉にベルナデット、ルナテレジアと清十郎が頷いた。問題は、と今度はルナテレジアが言葉を発した。
「相手が新OSを搭載……慣熟、という言葉から通常の不知火とは違うということ。あの映像を見る限り、油断はできない相手ですわ」
「……映像、と言うとカムチャツカの?」
「ええ。全員が18歳、というのならあの衛士は出てこないとは思いますけれど……えっと、どうしてリヴィエール少尉まで渋面をしているのかしら」
唯依、亦菲、タリサが遠い目をして何かを思いだし。ベルナデットが忌々しそうな表情をするという予想外の反応に、ルナテレジアが首を傾げた。その中で一人、いち早く立ち直った唯依が言葉を紡いだ。
「ともあれ、客観的には新兵未満―――悪く言えば格下を相手にする訳だけど」
「こっちの力量を知らない筈がない。なのに自信満々に送り出してくる、という事は勝算があってのものだと考えた方がいいよ」
亦菲、タリサの言葉に唯依が頷いた。
「余程の才能があるのか、隠し玉を持っているのか……いずれにせよ、油断すれば喰われかねない相手だろう」
「逆に食い散らかしてやるわよ。アンタ達が足を引っ張らなければ……ってそこの牛女。この期に及んでよそ見を……」
ベルナデットの言葉につられ、唯依達もルナテレジアが見ている方を見て―――硬直した。ハンガーの奥、整備が終わったのだろう機体を目の当たりにして。
「………………………紫、の?」
「た……けみ、かづち?」
斯衛の二人が、掠れた声で呟いた。続いて、タリサが呆然と呟いた。
「だよな……冠位十二階の頂点、禁色を纏うTYPE-00は将軍専用機だって」
「見間違い、ではないと思いますわ。あの
「……そういえば、今代の政威大将軍の年齢は18歳だ、ってどこかで聞いたような気がするんだけど」
渋面で、ベルナデットが呟く。唯依と清十郎はいくらなんでも、と言いそうになった所で自分たちとは異なる、斯衛の軍服を身に纏った人物を遠目に発見してしまった。
「ええと……篁中尉。赤の服に、あの髪の色となれば……」
「殿下の傍役を務める、月詠家の……?」
清十郎と唯依が呆然と呟き、タリサと亦菲、ルナテレジアが驚きながら二人を見返し。
―――ベルナデットだけは一人、緑色の髪を見ながら、強く拳を握りしめた。
滅びの風を漂わせやってくる、黒き波濤を逸早く吹き飛ばすために。国連軍や欧州連合との共同開発、意見の相違から来る停滞という足枷を引きちぎり、自由になった
ベルナデット・リヴィエールはハンガーの隅、冷たい壁に背中を預けながら自分の愛機を―――ラファールを見上げていた。生み出した者達に敬意を抱かざるを得ない、自国の誇りそのものを前にしながら。
ベルナデットは、上層部の判断を間違っているとは思っていなかった。過剰性能要求仕様を優先せず、市民を護るという目的のために動いた事は、最上の答えであると信じていた。
そして、ベルナデットは忘れたことはなかった。先祖代々守り抜いてきた
故に半年前から複数回浮かんだ光景を、夢だと信じた。守るもの全てが
夢でなくても、夢とする。家訓に殉じ、障害すべてを切り飛ばしてねじ伏せてやる、と。思った所で、気づいた事もあった。何を斬るべきなのか、その対象は何処に存在するのかを知る必要があることを。
本心から疎ましいが、大津波を将来起きる可能性であるとナノミクロンほど認め、その原因はどこにあるのか。自問し、見出した“像”は大量のG弾―――即ちアメリカ。
その答えに行き着いた時、ベルナデットは怒りのあまり気を失いそうになった。
結論は早かった。一人では無理だとすぐに理解した。だが、協力者を募るにも無理が有りすぎた。明確な証拠もなしに世迷い言を吹聴する、というのも頭が悪すぎる行為だ。それで信じるのは、自分と同じような危機感を抱いている者だけとなる。
そこまで考えたベルナデットは、別の可能性に思い至った。この夢に何らかの原因があるとして、影響されているのは自分だけなのか。自分だけであれば、幻想で片付けられる。そうでなければ、同じように動く者が現れてもおかしくはない。
そこからは、断片的に見る夢から情報を集めた。分かった事は多くないが、一つの違和感に繋がっていった。マンダレー・ハイヴが攻略されているという事実に。クラッカー中隊という、全く覚えがない存在が浮いていることに気づいた。
冗談混じりにカマをかければ、見事に大当たりだ。当たってしまった、という言葉の方が正しいかと、ベルナデットは舌打ちをした。
怒りと、焦燥を覚えていたからだ。どこの誰が動いているのかは不明だが、忌まわしい大国を相手にG弾の運用を諦めさせることが出来る立場に居るのかどうか。居るとして、どのような人物なのか。確かめざるを得なく―――その結果が、今の状況だ。
そうして、現れたのは黒の武御雷を操縦していた衛士。様相は変わっていたが、夢の中で忘れもしない、自国の機体を次々に落とした相手を見間違える筈もない。
カマをかければ、嬉しくもない二回目の大当たり。ベルナデットの機嫌は最低を更新したが、その後の模擬戦のメンバーとのやり取りで幾分か冷静さを取り戻していた。
最年少の真壁清十郎に至るまで、背骨が見えたから。家や立場、世論等から来る与えられた義務感だけではない、自分なりに戦うことの意味を見出している者ばかりだったからだ。
(……別の意味で来た価値はあったわね。新型OSも、説明通りの性能なら損耗率は確実に減少する……まともに受け取るかは、あの男次第になるけど)
いずれにしても、“鍵”となるはこちらに歩いてくる男なのだろう。ベルナデットは壁にもたれかかったまま、近づいてくる白銀武に視線を向けた。
「横、いいですかリヴィエール大尉?」
「……この場所は私のものじゃないし、私は少尉よ。場所に関しては……むしろ貴方のものなんじゃないかしら、白銀中佐?」
挨拶がわりの、牽制の言葉の応酬。既に階級差という要素は微塵も無くなっていたが、武は気にも留めなかった。大切なものはそこにはない、と。ただ不機嫌さを隠そうともしないベルナデットを前に、苦笑を返すだけ。
そして、「変わっていない」と呟きを入れた。
その言葉に、ベルナデットは少し言葉に詰まった後に、言い返した。
「こんな所まで来て、他国の衛士をナンパかしら……会ったことなんてない筈だけど」
「俺は二度ほどありますけどね、ロレーヌ1の時と……あっちはいいか。ともあれ、JFKハイヴ攻略作戦の先鋒、ご苦労様でした」
前を見たまま、視線を交わさぬままに応酬はジャブからストレートへ。やや強いとも取れる武の言葉を聞いたベルナデットは舌打ちをして、しばらく黙り込んだ後に小さく呟いた。
「ただの夢じゃないって訳ね……あの思い出したくもない、最っ低の世界は」
「悪夢が実現してしまった、と言えばそうですけど……何を以ってそう思った?」
口調を変えた武に、ベルナデットは武御雷の方を見ながら答えた。
「ついさっきよ……赤服の女の外見と、月詠? だったかしら。別に日本に興味があった訳じゃない。将軍家の傍役が誰か、なんて知らなかった」
夢ならば荒唐無稽の筈で、現実とこうまで符合するのはあまりにもおかしい。先の会話の事もあり、最早空想で終わらせる域を過ぎている。ベルナデットの回答に、武は成程と頷いた後、質問を返した。
「で、その夢はいつから見始めた?」
「それよりも先に答えなさい。アンタはあれを止めるために動いていると、そう解釈していいのよね」
ベルナデットは尋問口調で問いかけた。嘘は許さない、と言う念を全力で言葉にこめて。武は、隠すまでもないとその問いかけに頷いた。
「大切な人からもらった、本当に大切なものだったのに……これでもかってぐらい目の前で砕け散ってる。足元に転がってるんだ。何もかもがぐちゃぐちゃで、足の踏み場なんて、ない―――そんな世界を誰が望むんだ?」
塩の海、風のない大地。通信は死に、人どうしの争いの果て、核さえ降り注ぎ、それでもBETAは健在で。ただ眼の前の苦境に対処する以外に何も望むことを許されない、絶望の帳が降りた末期世界。武は諳んじるように繰り返し、鼻で嗤って吐き捨てた。
「バビロン作戦……具体的にはオルタネイティヴ第五計画だが、絶対に実行させない。そのために俺はここに居る」
「……だからこその、その腕章なのかしら?」
ベルナデットは武の軍服の二の腕にある腕章を―――第四計画所属を示すそれを横目で見ながら問いかけ、武は頷きを返した。
「元々、第四計画の責任者―――香月夕呼博士は知っていたんだよ。バビロン作戦で何が起きるかなんてことは。それを知っていたから、斯衛はああまでして生き残ることができた」
「はあっ!? そんなバカな話、在るわけないでしょ! 知ってたんなら、どうしてアメリカにその事を―――っ………そういう、事ね」
ベルナデットは憤りのまま、強く歯を噛み締めた。気が触れそうになる程の怒りを叫びに変換しないように何とか我慢した後、顔を俯かせた。
物理的作用を起こしそうな怒りを横に、武は少しだけ逃げたくなったが、その裏でベルナデットが記憶を取り戻した理由がここにあるかもしれない、と思っていた。
記憶の流動は感情に左右される。一方で、ベルナデット・リヴィエールは激情家だ。だけではなく、あの世界のフランスが置かれた状況は厳し過ぎるものだった。その衛士だったベルナデットは、理不尽な状況という状況に翻弄された。挙げ句の果てには人類同士で核まで使っての殺し合いという、望まない戦いばかりを強いられたのだ。その怒りがどれほどのものか、他人が推し量れるようなものではない、と武はため息を吐いた。
(崇継様や介さんなら、憤りはするものの起きた事より解決する方を優先する。切り捨てる事を良しとする……感情を殺す術も、持ってる)
武の推測だが、ベルナデットは違った。記憶にある中で一番わかり易いのが、JFKハイヴ攻略作戦前の顔見せの時の言動だ。表面上は笑顔で流して、というのが出来ないのは強い感情を持つ者か、未熟な精神を持つ者のどちらかだ。その後の実戦で立場が不利なフランスのため、先鋒を努めた点を考えると、未熟というのは考え難かった。
その後は、簡単な情報交換を。夢を見た時期についての質問に、ベルナデットは半年前と答えた。
「あとは……この基地に来てからは、余計にそう思えるようになったみたいね。原因は……こんな有り得ないもの、G弾以外は考えられないのだけれど」
「ご明察。BETA由来のエキゾチックマテリアルから作られた五次元効果爆弾、らしいからな。らしい、ってのは作った本人たちでも原理を解明できてない訳だが」
「……呆れて声も出ないわ」
答えつつも、怒りが更に大きくなったのを見て、武は思った。作成者が目の前に居たら、冗談ではなく殴り殺しかねないと。
(まあ、俺もなんだけど……アテられるなあ、ちょっと)
無理もないけど、と武はひとりごちた。あの世界を知っている者としては正しい怒りだとも考えていた。
だが、今は未確定な世界である。武は自分の記憶が戻った時期から、対処方法について簡単に説明した。
「ようは、オルタネイティヴ4が成功すれば良い。セオリーである“G弾は駄目”、って言うやり方じゃ、無駄だった訳だからな」
「言われなくても分かってるけど、その方法は? 今のアメリカを相手に、切り札を捨てろなんて通用しないでしょうに」
第五計画として仮にでも認可されているというのは、公として許可が出されているということ。公たる印の元に進められている国家的計画を突き崩すには、それ以上の絶対的な力か、明確な理由が必要になる。用意した所で、突っぱねられればそれで終わりだ。ならばどうするか、というベルナデットの言葉に武はため息で答えた。
「真っ当なやり方じゃ無理だろうな……頭を下げても無駄だし」
「当たり前よ。下から言っても踏み潰されるだけで終わり。いっそ上から見下ろすぐらいじゃないと、あの国は止まらない」
提案では梨の礫で終わるため、絶対の命令でなければ効果は望めないというベルナデットの言葉に、武は尤もだと頷いた。かといって、武力による物理的説得を―――人類同士の戦争に発展させるには、G弾が危険であるという事を示すための根拠が薄すぎた。発言力で押し通すにも、各国に貸しを作っているアメリカを相手には出来ないだろう。
武は夕呼から聞かされたことを改めて述べた。欧州各国や統一中華戦線、大東亜連合は故国の大半をBETAに奪われるか、脅かされている。日本も同様で、半壊していると言われれば否定はできない。国土が無事で資源や人材が豊富で、技術発展に余念がない米国を相手に、何をどうすればいいのか。
黙って耳を傾けるベルナデットの横で、武がぽつりと呟いた―――戦おうとするから、駄目なんだと。それを聞いたベルナデットがぴくりと反応したが、武はそれに構わず復唱するように言った。
「大きな力が必要だ。でもあんな大国相手に張り合おうってんならそれだけじゃ済まない、絶対に衝突する。衝突すれば傷つき、そこを他国かBETAにつけこまれる。そんな損を被るなんて、誰だって嫌に決まってる」
「……世迷い言を。争えば人は死ぬのは当たり前でしょうに」
だからこそ、戦う者が存在する。市民を守る者が必要なのだ。ベルナデットはそう告げながらも、戦っても期待が薄い相手をどうすれば良いのか、という否定の意見も抱いていた。真正面から出来ないのならば、という疑問を。
武は、笑いながら告げた。
―――勝てないのなら、勝つ必要はない。負けた、と相手に思わせられればそれでいいのだと。
「真面目くさって相手をしてやる必要はない。ようは結果さえ得られれば、後はどうでもいいんだよ」
「他で負けても、最後に……あくまで一点突破を狙う。今回の事も、その布石だと?」
「……マジで鋭いな。いや、その通りなんだけど」
よく分かったな、と心の底から驚く武に、ベルナデットは不機嫌そうに答えた。
「英雄、ナポレオン1世の言葉よ―――“戦術とは、一点に全ての力をふるうことである”っていうのはね。ただでさえ不利な状況なんだから、その発想に至るのは別に大したことでもないわ」
余計なことに力を割く余裕がないのなら、勝利に至る一点に全力を賭すことが正道。そう告げるベルナデットに、武は勉強になったと頷いた。
「さらっと出てくるあたり、流石は貴族様だな……まあ、正確には二撃なんだけど」
武はジャブ、ストレートの動作をした後に、真剣な表情で拳の先に視線を落とした。
「生半可な威力じゃ足りねえ。上手く誘い出し、正確な距離を測って、全身全霊をこめた一撃をお見舞いする必要があって……その種は既にばら撒いてある。あとは、時の運になるかな」
「運って……ちょっと! 狙ったけど外しました、じゃあ済まないのよ!?」
「分かってるけど、そんな簡単に言うなって……こっち有利なのは変わってないけど、カウンターで一発食らう可能性もあるんだぜ? 具体的にはこの前のHSSTとか」
あれ落ちたら終わってたわー、と軽く告げる武の横で、ベルナデットは頭を抱え始めた。人が知らない所で世界の命運を分ける事件が起こっていた、という事実を知ったからだった。
「さっき部屋で聞いた胃痛の意味が分かったわ……ということは、斯衛にも?」
「一応は。本命はこの基地だけど。あと、大東亜連合にもな……ちなみにシェーカル元帥は白髪が増えたそうだが」
「他人事じゃないわよ……冗談抜きで質が悪過ぎるわ、その情報。何気なく教えるあたりが特に……ラプラスの悪魔みたいね、アンタ」
認めたくない未来の証拠とも言える存在で、だからこそ無視できない。ベルナデットは疫病神に伸し掛かられた元帥に、僅かばかりの安らぎを祈った。武はぽんと手を叩いて理解した、と頷いた。
「悪夢の体現者的な意味でか……上手い例えだな。まあ、最後の希望を自負してる奴らをどうにかできるなら、悪魔でも構わないけど」
「……そうね。世界の正義を自負するアメリカをペテンにかけようってんだから、悪魔以外に相応しい呼称もないか」
ため息の後、ベルナデットは壁から背中を離した。横目で武を見ながら、最後に、と質問をした。
「念のため確認するけど、シャルヴェ大尉達も知ってるのね?」
「だからこそ横浜に行け、って言ったんだろ。俺はイレギュラーの存在を確認できた。そっちはモヤモヤを解決できたんでwin―winの関係に……とは言えないか」
武は何でもないように、質問をした―――何割信じた、と努めて冷静に。
ベルナデットは、明日の結果次第ね、と動揺もなく答えた。
「一応、話のつじつまは合うかもしれない。でも、アンタも全てを語った訳じゃないでしょう? それで信じて欲しい、なんて言われてもね……先に話した通り、明確な根拠もない」
「証拠って言われてもなぁ……物証もないし。こっちとしては周囲に吹聴されなければそれで良いんだけど」
「別に……世迷い言をばら撒いて周囲を混乱させるような趣味は持ってないわ。もっと別のことよ。無視はできない。私としても他人事じゃないから―――だけどね」
協力するのもやぶさかでないけど、と言いながらもベルナデットは武を睨みつけた。
「言葉だけじゃ足りないって言ってんのよ。アンタは説得力を付け足す材料を持ってるでしょうが」
ベルナデットの言葉に、武は困惑しながらも答えた。
「えっと、話が読めないんだけど。物証が無い以上、何をしても説得は……いや、ひょっとしてだけど」
「そうよ。アンタも衛士なんでしょう? なら、もっとわかりやすい方法があるでしょうが」
「それは……機動で語れってことか? いや、でも……こっちの力量を分かって言っててるのか?」
「――思い上がるのも大概にしときなさいよ」
ぴしゃりと告げて、ベルナデットは武を指差しながら叱るように言った。
「似合わない黒幕気取ってないで、自前の剣で納得させなさい……仮にでも私を感心させた人間が―――シャルヴェ大尉が何度も語った、
敗戦多く、現実の刃に切り刻まれながらも上を見る事を諦めないベテラン衛士こと、
ベルナデットは、小さい身体のどこに、と思わせる威圧感と共に告げた。
「信じるに足る、先を見せてちょうだい。それが出来ないようなら―――って、アンタ何笑ってんのよ、気持ちわるいわね」
「ひでえ言われようだな……でもまあ、そうだな。確かに、そうだった」
焼き直しは大切だよな、と呟いた武はインドに旅立った頃を思った。
そして、帰ってきた今を。その間に得られた、信頼と友情を―――絆を。
「大切なものぜんぶ、戦って見せたからこそ勝ち取ることができた……別に忘れてた訳じゃないけど」
それでも、縮こまっているだけでは不可能だった。武は確かに、と頷いた。命を賭けて戦場に出なければ、今の全てを得られなかっただろう。ここ横浜基地に、これほどまでの衛士達を集めることはできなかった。自分一人の力ではないが、自分が関与していないか、と問われれば胸を張ってそれは違うと答えられるから。
ありがとうと、武は礼を言いながら笑った。その中には、ベルナデットが戦えと告げた理由が、少し理由になってないような、という苦笑も含まれていた。
だが、何となく考えていることは理解できていた。ようは、ムシャクシャしているのだ。理不尽な未来を聞かされ、納得できないから暴れたい、という気持ちならば武は心の底から同意することができた。
故に望む所だ、と呟き。仁王立ちするベルナデットの前に立ち、敬礼と共に告げた。
「了解した。俺も明日の模擬戦に参加する。ただしそっちも増員してもらうぜ……ああ、ハンデは必要ないよな?」
「要る訳ないでしょう。そっちが12人でも構わないわ。言っておくけど、手加減した上で勝てるとは思わないことね」
ベルナデットは小さな笑いの後、一息をつき。
貴族と衛士を混ぜ合わされたような、厳しくも壮麗な笑顔で告げた。
「全力でかかってきなさいよ、白銀武―――ただの一振りの剣として」
仮にでもこの身の意志を左右したいというのなら、柄を握りたいというのなら、繰り言ではなく鍛え上げた自らの手で。
暗に示されたベルナデットの意図を察した武は、斯衛で学んだ通り慇懃無礼に。されど敬意と共に、満面の笑顔で告げた。
「委細承知した―――力づくで口説かせてもらうぜ、ベルナデット・ル・ティグレ・ド・ラ・リヴィエール」
武は、彼女が内に秘めているものを。
フランス革命で市民側についた貴族を示す、ベルナデットの誇りの根幹である名前に向けて宣戦を布告した。
●あとがき
そういう事になった。
ていうか武参戦のつもりは無かったのに、書いている内に流れでこうなった。
全くの想定外。
これも、ベルちゃんが動きすぎるのが悪い。
でもベルさんすげーっす、動きまくるっす。
違和感ないようにー……って書いてても、勝手に動くこと動くこと。
こんなに動くのサーシャ以来かも。
ということで次回「大乱闘スマッシュクラッカーズ」です、乞うご期待!(嘘