Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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31話 : 熱

室内の気温は20℃、照らす灯りは少ないため仄暗く。中央に置かれた大きなテーブル、その端に座らされている橘操緒は腕を組んだまま、前だけを見ていた。

 

部屋を響かせる声は、10数人の男女が発している小さなざわめきのみ。だが、その視線は操緒と対面の位置に座っている男が集めていた。

 

渋面のまま、男は―――宇田喜一帝国本土防衛軍の中尉は、表情そのままの声色で、もう一度聞くが、と前置いて操緒を強く睨みつけた。

 

「昨日の件だ、まさか忘れた訳がなかろう? ―――天元山で起きた事、避難民の件について詳しく報告しろと言っている」

 

虚偽報告をすれば許さん、という声色には怒気がふんだんに織り込まれていた。可視化できれば白い絵を塗りつぶすようなぐらいに、喜一は怒っていた。

 

事の発端は、難民キャンプに居た老人たちが中部地方にある、今は危険地帯とされている故郷へ無断で帰ってしまった事件。立ち入り禁止区域の中にあるその村は、横浜で爆発したG弾の影響で活性化した火山活動の麓にあった。その火山の噴火の予兆が認められ、危険だと軍が動いてから三日後、テレビはその難民たちが無事に保護された事を報じたが、実状は異なっていた。

 

その隠された情報を得た戦略研究会のほとんどが、避難の作戦に参加したという橘操緒と霧島祐悟に向けて怒りを抱いていた。

 

「……まずは貴様達が小型機のテストを任せられ、それを受けた件だ」

 

斯衛の篁祐唯を通じて、帝国陸軍の技術廠・第壱開発局副部長である巌谷中佐が推し進めている新機軸の補給機の開発。避難民の保護に伴っての人員の移動の際に、開発の要となっている小型機の補給テストが行われたのだが、その命じた先というのが橘操緒と霧島祐悟が所属している中隊だった。

 

「そして―――こちらの方が問題だ。貴様達は天元山に避難した老人達に向けて、上層部の命令通りに麻酔銃を撃ったそうだな?」

 

難民に避難を訴えかけたのは一度で、要した時間はたったの10数分のみ。その時間が過ぎた後、指揮官であった操緒は間もなくして一緒に動いていた陸軍歩兵に麻酔銃の使用を命令し、強引な方法での避難を完了させた。その情報を同道していた会の一員より得た喜一は、即座に研究会の人員を集め、今に至る。

 

操緒達の対面の中央に居る、会の指導者であり中心人物である沙霧尚哉は目を閉じたまま沈黙していた。左隣に居る駒木咲代子は、左隣に居る喜一と同じように怒りを顕にして操緒と祐悟の二人を睨みつけていた。

 

周囲に居る会の衛士達も同様の視線を詰問されている二人に向け。注目されている二人は、ゆっくりとため息をついた。

 

「……順序立てて説明するが、よろしいか」

 

「論理的に納得してもらえる話なんだがなぁ?」

 

「っ、霧島っ、貴様ァ! 今の立場を理解しているのか! 貴様のような上官殺しなど、この場に―――」

 

「よせ、宇田。話を聞いてからでも遅くはない」

 

「何を言うか駒木! 悠長なことをしているつもりか、こいつらは会の思想そのものを踏みにじったのだぞ!」

 

テーブルを叩く激しい音と、勢い良く引かれた椅子が倒れそうになる音が部屋の中に駆け巡った。それを至近で聞いていた尚哉は動じず、その隣に居た咲代子は渋面のまま、視線を喜一の方に向けた。

 

「宇田中尉……それが事実であれば、迷う必要はないだろう。だが、何も知ろうとせず一方的に断罪するのは間違っている」

 

咲代子は奴らと同じ愚物になるつもりか、と暗に告げた。喜一は舌打ちをしながらもその意図に気づいたが、何を言うでもなく舌打ちを放った後、乱暴に腰を落とした。

 

それを見た後、咲代子は視線を操緒と祐悟の方に戻した。操緒はその視線を受けてから、徐に語り始めた。

 

「まず、テストを受けた件について。こちらは尾花大佐から話が来た。巌谷中佐から仲介を頼まれたそうだ」

 

2年以上の実戦経験を持つ衛士、というのが前提。できれば大陸での長期戦闘経験がある者か、京都防衛戦に参加した経験がある者が好ましい。そのような条件を榮二から告げられた尾花晴臣が、最前線に配置されていない衛士で、前回の間引き作戦にも参加していない、比較的手が空いている者を探した結果だろうな、と操緒は淡々と説明した。

 

「知っての通り、私達は前回の間引き作戦に参加できなかった。戦術機の整備中に事故があったせいで、間に合わなかった………()()()()()()()()()()()()()

 

嘆かわしいことだ、と操緒は首を横に振った。祐悟は背もたれに体重を預けたまま、ちらりと部屋の隅で立っていた男を見たが、興味ないとばかりに、すぐに視線を戻すと、操緒の説明を補足した。

 

「大陸での実戦を経験した、数少ない貴重なベテラン衛士は重要となるポジションを任せられている……俺以外はな。それでいて、機体の損耗は少ない、作戦で部下を失った後の事後処理にも手を取られていないってんだ……うってつけだったんだろ」

 

「……いかにもな理由だな。だが、左遷された貴様に回ってくるほど、軽い“もの”ではあるまいに」

 

喜一はそこで操緒に視線を向けた。

 

「時に、先日の話だが……橘大尉は、陸軍のお父上に手紙を送ったそうだな?」

 

「そうだが、それがどうした? 軍だけではない、会の検閲は済んでいる。咎められる内容ではなかった筈だが」

 

「普通ならそうだろう。だが、協力者が居たのならば話は別だ」

 

「……何が言いたい?」

 

操緒は片眉を上げながら、喜一に視線を集中させた。言われた事は分かっていた。親のコネを使って―――といった内容だろうと。

 

「帝都内部にも影響を持つ橘中将の事だ。度々、そこの男と密会のようなものを繰り返していた事は分かっている」

 

「ああ、そうだな……それで?」

 

「とぼけるな! この大切な時期に怪しい行動を繰り返しているなど……貴様達が何かを企んでいるのは明白だろうが!」

 

また、怒声がびりびりと部屋の大気を震わせた。それを真正面から受けた二人は、同じようなため息を吐いた後、呆れた声で答えた。

 

「こそこそと付け回されている事は知っていたが……貴様の手の者か」

 

「やってる事と言ってる事は、浮気調査の探偵と同じだがな。ああ、本命は橘か? ならさっさと告白して一発決めちまえよ」

 

怒気を欠片も受け止めず、流して捨てるだけ。そんな風に対処した二人を見た喜一は、顔まで真っ赤にしながら立ち上がった。厳しい冬場ならば頭頂から立ち上る湯気でも見えたかもしれない、それ程の怒りを全身から立ち上らせた喜一の目には殺意さえこめられていた。

 

だが、対する二人は動揺する素振りを見せることはなく。互いに無言になってから数秒後、隣から制止の声が入った。

 

「よせ、宇田中尉……本題からズレている。聞くべき所が違うだろう」

 

重要なのは、次の質問に対する答えだ。視線で訴える咲代子だが、喜一は頷かず、睨みと辛辣な言葉を返した。

 

「ズレた事を吐かすな。時期が時期だと言っているだろうが。万が一があったらどうする? 露見した時点で終わりなのだぞ!」

 

戦略研究会の戦力は充実しているが、それは決起が済んだ後の話である。事前に情報が流れれば、その時点で戦術機は取り上げられ、歩兵の技術に習熟していない半端な衛士だけが残ってしまうのだ。その危険性を説く喜一に、咲代子は真っ向から反論した。

 

「それで怪しいからと二人を処分するのか? その時点で橘中将や尾花大佐は強引でも調査を始めるだろう」

 

両名ともに国内では名が売れている衛士である。不審死が起きた時点で、関係者が迅速に動くだろう。それだけは防ぐべきだと、咲代子は主張した。裏切り者だと判明すれば、否やはなし。だが、無駄なリスクを背負うべきではないとも咲代子は考えていたからだ。

 

「それに……我々は選べる余裕など無いんだ。その事を忘れたとは言わせないぞ」

 

腕が良い衛士であるという事に間違いはなく、予想外の出来事が起きた時の札にもなる。無駄に破り捨てるのは論外だという咲代子の言葉に、喜一は黙り込んだ。

 

(……明確な証拠が無いのが痛いな。何かを隠しているのは間違いないと思うが)

 

宇田喜一は両名の動向を見てきた中で、その態度や発言から何かを隠していると踏んでいた。そうして告発するための調査を行ったが、外部と通じていると弾劾できるような証拠は得られなかったのだ。

 

それでも二人は会のためにはならないと考えていた喜一は、協力者であり会でも有数の衛士でもある那賀野美輝と一緒に裏で色々と動いていた。先の間引き作戦が行われる前に、二人の機体に細工をしたのも美輝の発案で、喜一が人を動かして実行したことだった。

 

(さりとて、強引過ぎるのも拙い……くそ、沙霧に心酔するだけの小娘が……!)

 

喜一は内心で盛大に舌打ちをすると、納得したとばかりに椅子に座った。それを見た咲代子が安堵の息を吐いた後、先程と同じ流れで操緒が口を開いた。

 

「次に、天元山の件だが……報告の通り、最初は対話を試みた」

 

戦術機甲中隊から6人を残し、あとの6人と随伴していた歩兵と共同で避難を訴えかけた。噴火の兆候は明らかであり、悪ければ明日にでも致命的な事態になりかねない状況だったからだ。手分けをして家々を周ってそこに戻っていた老人達に避難を訴えかけた。

 

「返事は否だ。ご老人方は言った。あの場所で、徴兵された息子や娘達を待つつもりだと。だが、すぐに違うと分かった」

 

あの場所で死ぬつもりだった。避難をしないのはそのせいだったと操緒が断言し、その発言に喜一が噛み付いた。

 

「何を見てそう断じた? 直接問いただした訳でもあるまいに」

 

「状況と、目だ。ご老人方は諦めた目をしていた……」

 

そうして、操緒は横目で祐悟を見た。ため息と共に、間違っちゃいないぜ、と軽い口調で祐悟がその時の様子を語った。

 

「大陸でよく見た手合だ。疲れ果てたか、大切なものを全て無くした奴がするような……死人の目だった。カマをかけたら、ビンゴだ」

 

祐悟はその方法は省略した。戦死の通知は間違いだったぜ、という嘘を混ぜ込んだのだ。その後の難民の反応を見た祐悟は、老人達が死に場所を定めた背景を察した。

 

「その報告を受けた私は、どうすべきか迷った。方法は二つしか見いだせなかった。連れ出すか、残すか……強引に生を選ばせるか、放置して死なせるか」

 

戻りたいという意志だけであれば、火山の噴火が無ければ、他の方法があったかもしれない。その葛藤に対し、喜一は何を軟弱な、と嘲りを返した。

 

「立ち入り禁止区域に指定したのは国だ。それを破ってまで戻ろうとしたのはご老人方だろう……各々の矜持に従い、死に場所を決めたのだ。それを命令だからと強引に連れ出す方が愚かだろうが!」

 

「ああ、あの険しい山中を踏破したんだ。その覚悟は一端だが理解できた。だが、ある事に気づいた―――失った息子や娘達は、あの方々を守るために戦ったのではないか、と」

 

守るために戦い死んだ。その大切なものを失わせるべきか。名も知らない、だが共にBETAに立ち向かって戦った者の遺志を無視するのは、正しいことなのか。その事に気づいた操緒は、愕然とした、と前置いて告げた。

 

「ご老人方か、戦い散った戦友か。どちらかの意志を踏みにじる必要があったんだ……この考え方は間違っているか?」

 

言葉と共に、操緒は部屋に居る全員に尋ねた。言い訳ではない、純粋に知りたかったのだ。推論は間違っているか、あるいは別の考え方があったのか、方法があったのだろうか。そんな想いからの質問に、返ってきたのは沈黙だけだった。

 

静まり返った部屋の停滞を打ち破ったのは、場違いなほど軽い声だった。

 

「で、後は報告の通りだ。一個だけ付け足す情報があるぜ。噴火はしたが、あの村は滅んでない」

 

「……それは概念的な意味でか、霧島中尉」

 

「物理的な意味でだ、眼鏡のお嬢さん。村のばあさん達がお岩様とか呼んでた、でかい岩塊があってな。戦術機でそれを一部切って、村を守る壁にした」

 

祐悟はジェスチャーを混ぜながら説明をして、それを聞いた咲代子は頷きながらも、名前を呼べと怒りを返した。

 

「……だが、決断までが速すぎる。噴火までには、まだ時間があった筈だ」

 

即座に実行を移した理由は何か、という言葉に、操緒は将来的な事を考えた結果だと答えた。

 

「明確な噴火の時間は不明。自然現象だ、メカニズムが分かっているとはいえ油断は禁物だと考えた。万が一の事態が起こると、住民や随伴していた兵士まで巻き添えになる可能性がある」

 

そして死人が出ると多方面へ波及する、という言葉を挟み、操緒は咲代子に揺るぎない視線を返した。

 

「兵士が死ねば、戦死で終わる……だが、民間人の死ともなれば話は違ってくる」

 

難民キャンプには人が溢れかえっている状況だ。東南アジア方面へ、大東亜連合の協力を得て疎開できた民間人の数は多いが、日本に残る事を選択した者達も居る。危険だからと生まれ故郷から避難せざるを得なかった疎開民が。

 

「そんな状況で、民間人が故郷へ強引に戻り、死んでしまったという情報が漏れればどうなると思う?」

 

「軍に対する責任追及の声が高まると思うが、それだけではなさそうな言葉だな」

 

「ああ、それだけじゃ終わらない。色々と考えられるが……上層部が追求の声を誤魔化すために美談に置き換えた場合が拙いな」

 

祐悟の言葉に、周囲の者達はどういった意味か、と考え込み。そこで、ようやくと口を開いた沙霧尚哉が目を開きながら答えを口にした。

 

「事故とはいえ、故郷で死ねたのだと。そう報じられれば取り返しがつかなくなるという事か」

 

「ご明察だ。キャンプで不満が溜まりに溜まっている状況なら余計に、な。難民キャンプに残っている避難民の多くが中部、近畿地方の出身者だろ?」

 

「そんな彼らが、故郷に拘り死んだ、という報道を見れば起爆剤にもなりかねない。そうなった場合、軍はキャンプから抜け出そうとする民間人への対処に追われるか……」

 

「あるいは、放置するか。そうなった場合が一番怖いと、そう思いました」

 

操緒は九州から中部、四国から近畿の防衛戦に参加した時の事を思い出しながら、語った。各所に守りきれない民間人が流出した場合の事だ。

 

大陸方面からのBETAの攻勢は一時的に収まっているが、もし再開されればどうなるのか。押し潰してくるかのように、大多数で迫りくる化け物どもを相手にしながら、各地に散らばっている避難民達を救出できるのか。守りきれずに死なせてしまった場合、どのような影響を及ぼすのか。

 

「悪い可能性ばかりが重なった場合の事ですが……そうなった場合の犠牲者の数を考えると、無視はできない。そのために、死者を出さない方針を優先しました」

 

ベストではないが、ベターを目指した。そう告げて報告を締めた操緒に、反論の声がかけられた。

 

「それで……臆病風に吹かれた結果ではない事を、どうやって証明する?」

 

部屋の隅で沈黙していた那賀野美輝は、嘲笑と共に告げた。

 

「それらの問題は、いちいち尤も。だが、それは我々軍人が対処すべき問題で、民間人に責任があるようなものではないだろう……解決は可能な筈だ。上層部がまともであれば、の話だが」

 

「……悪い可能性ばかりを考えている、と?」

 

「臆病過ぎると言いたかった……が、大尉は慎重な性格だったな。その点は謝罪する」

 

美輝は口調をがらりと変えながら、話題を転換した。

 

「問題は、現地の状況を考えずに強引な命令を下した上層部にある。最初は交渉もするな、と命令されていたのだろう?」

 

強引に避難させろというのが命令だったのか。その問いかけに対し、操緒は答えることに迷いながらも、肯定だ、と頷きを返した。

 

「それが問題だ。現場を見ずに、効率だけを考えて民間人さえ動かしている……将軍殿下がこのような真似を許す筈がない」

 

段々と口調を強いものに変えながら、美輝は周囲の者達に訴えかけた。

 

「殿下を蔑ろにし、民に苦境を強いる方策を取り続ける……米国には甘い対応を続けているのに、だ」

 

美輝の言葉を聞いた喜一は、怒りと共に叫んだ。

 

「ああ、そうだ。民も、米国に受けた仕打ちは知っている。なのに、今回の命令は………っ!」

 

「度し難いにも程がある。民の心を完全に無視し、自分たちの思うがままに民を振り回しているのだからな」

 

「っ―――奴ら、民をなんだと思っているのだ!」

 

「そうだ……殿下のご意志が介在している様子もない。これを専横と呼ばずして何というのか……っ!」

 

部屋に居る者達が口々に、上層部や政府に対する怒りの声を積み重ねていった。そんな中で、各所の同志の動きを統括していた者から声が上がった。

 

「帝都内の各施設に対する手筈は整えています……こちらの指示があれば、いつでも動ける状況ですが」

 

「っ、そこまで準備が出来ているのか。気取られればそこで終わり……」

 

「ああ、帝都の怪人も、今は国内で動いていると聞いたぞ」

 

「ユーコンで起きた事件に関してもだ。米国内で事後処理が終われば、露見する可能性は増えるだろう」

 

「斯衛の16大隊も、今は仙台に居るという。あの精鋭を相手にするよりは……」

 

「……先手、奇襲は気づかれていない状況だからこそ効果がある。寡兵の鉄則を考えれば、火を入れない理由は何も無い」

 

興奮した様子で、口々に言葉が重なっていく。操緒はそれを聞きながら、段々と室内の気温が上がっているような、と心の中で呟き。すぐに、錯覚ではない事に気づいた。

 

気炎が高まっているのだ。抑えていた不満を燃料に、準備が完了できた事で火が点いてしまった。操緒は導火線上を走る火花を幻視した後、部屋の中に居る者達を見回し、息を呑んだ。

 

(一種、異様な……熱狂か、これは)

 

どう見ても、冷静に判断された上での事ではない。そう感じた操緒は、横に居る祐悟に小声で訴えた。

 

『これは………止めるべきだと思うが、お前はどう考えている』

 

『………』

 

『おい、霧島……くそっ』

 

操緒は黙り込んだ祐悟に舌打ちをすると、どうすべきかを考えた。決起はあくまで最終の手段であり、対話で解決するのが当初の目的だった筈だ。その段取りを忘れたかのように、熱が入った者達を放置してしまえば、どうなるのか。

 

それを考えている内に、椅子から立ち上がる音が、部屋の中にある全てを支配した。熱はそのままに、静寂に包まれた部屋の中で。

 

「―――もはや、救い難し」

 

静かな声が、場を包んだ。

 

「考える時期は過ぎたのだ。最早、言葉で止める事は不可能であるが故に」

 

「……それでは、沙霧大尉」

 

「ああ」

 

尚哉は期待に満ちた声に応えるかのように、腰にかけていた日本刀を持ち上げると、刀の鯉口を斬る音と共に、忌々しげに語った。

 

「国を身体に例えようか……その身体を脅かす癌が居る。あるいは水のように思うか……その上澄みに成らぬ、汚物共が我が物顔で漂っているのであれば―――切り捨てるか、手で取り除く他に方法は無かろう」

 

その言葉の意味する事を察した全員が、立ち上がり。

 

中心に居た尚哉が、告げた。

 

 

「各員に通達だ―――火を入れろ。決行は明日の明朝。兼ねてよりの作戦を、ここに開始する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……おい、待て霧島!」

 

熱狂の声が響く部屋の外、少し離れた廊下の上で操緒は焦った声と共に、立ち去ろうとする祐悟の腕を掴んだ。

 

「何故、何も言わずに戻る? あれを止めなくていいのか?!」

 

操緒はクーデターにより発生する問題を羅列した。

 

防衛戦の戦力は薄くなるだろう。戦闘が発生して内乱が起これば、犠牲者が出る。時勢を考えれば、諸外国に対して恥を晒すことにもなる。BETAに接する防衛ラインを担う国なのに何をやっているのか、と。それは国威を落とすことにも繋がりかねない。

 

「戦力的に優勢だとして、政府や斯衛が一方的に要求を呑む筈がない。十中八九、戦闘が発生する! そうなれば佐渡島ハイヴの攻略が難しくなるというのに……!」

 

国外の戦力をアテにする以外の方法がなくなってしまう。米国につけこまれる隙にもなるだろう。故に決起は最終の手段であり、上層部との対話が不可能だと会の全員が判断してからの話だった。

 

「状況的にもおかしいだろう! どうしてこの時期に第16大隊が仙台から戻ってこないのだ!?」

 

斯衛の精鋭であり、帝都城の守りの要であるあの部隊がどうして。操緒はこれが誘いだと思っていた。決起は既に読まれているのだと。

 

沙霧尚哉は、それが分からない人物ではない。理想を優先するが、無駄な人死にが出ることを良しとする手合ではないという人物評を操緒は持っていた。

 

「それに、会は首相をも殺すつもりだ。殿下に後を託そうにも、手順がある! 何の引き継ぎもなく榊是親が死ぬのは拙すぎるだろう……!」

 

BETAが日本に侵攻する前よりずっと、日本の政治を任せられてきた現首相が突如暗殺されればどうなるのか。秘書や関係者までまとめて暗殺してしまえば、知識や背景、密約に関して見逃せない空白が出来てしまうのは明らかだった。

 

排除すべき売国奴が居るのは、操緒も知っていた。だが、どこまでを排除すべきかという問題は片付いていないのが会の現状だ。そこまで深く調べられるような協力者が居ないのが原因だった。

 

解決していない問題は山積みであり、暴走したまま決起するだけでなく、怪しきは罰すると国に必要な人物まで排除すれば、取り返しのつかない事態にまで落ち込む可能性がある。それを止めるために、操緒は戦術研究会と名乗っていた頃から、会の中で動いてきた。

 

「防衛線が手薄になった所を突かれれば終わりだ……間引き作戦が成功したとはいえ、ハイヴ内部の全てのBETAの数を把握できている訳ではない!」

 

防衛線は2本。会が掌握している部隊数を考えれば、到底安心できるようなものではない。万が一にも防衛線が抜かれて横浜基地が落とされれば、日本という国はそこで終わる。考え過ぎかもしれないが、操緒は多くの不安要素があることを知っていた。

 

「会の、本土防衛軍への浸透が早すぎた原因も掴めていない!彼の国の諜報員が入り込んでいる可能性が高いんだ。それを割り出せていない状況で動き始めるのは……もし介入されれば、取り返しがつかない………?」

 

操緒は、そこで前から歩いてくる人物に気づいた。天元山にも随伴した衛士であり、操緒の部下の一人だ。

 

「藤木……?」

 

どうしてこの場所に、と考える暇もなく、ようやく見つけたとばかりに藤木信介は祐悟に駆け寄った。

 

それまで黙り込んでいた祐悟は、ようやく来たか、と呟いた後に手を前に出した。藤木は操緒を横目にしながら霧島に近づくと、黒い物体をその手に乗せた。

 

 

「藤木、何を手渡し……………拳銃?」

 

「そういう事だ、橘大尉……今まで助かったぜ、ありがとうな」

 

「なにを――ー」

 

 

言っているのか、という声に返ってくる言葉はなく。

 

祐悟の掌の中で、かちり、という音が鳴ったのはその直後だった。

 

「―――悪いな、お嬢さん」

 

申し訳無さそうな表情を浮かべた祐悟の手元で、消音装置に減衰された発砲音が鳴り響き。同時に放たれた鉛の弾丸は操緒の腹を貫くだけに留まらず、背後の壁を抉った。

 

 

「ここで、さよならだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横浜基地の地下、A-01が専用で使っている極秘のブリーフィングルームの中。そこに集められた衛士達は、緊張の面持ちで状況の説明をしている部隊長であるまりもの声に耳を傾けていた。

 

本日、12月5日の明朝に帝都内で起きた事件が原因だった。超党派勉強会として知られていた戦略研究会と名乗る集団が憂国の烈士を自称し、軍事クーデターを起こしたという連絡が入ってから一時間後、横浜基地にも詳細な情報が入ってきたのだ。

 

「―――先程、最後まで抵抗していた国防省が陥落したという連絡が入った」

 

「……順々に帝都内の浄水場と発電所も抑えられている。一方で首相官邸、国会議事堂は最速で制圧されたそうだ」

 

樹の補足の後、それだけではなく、というまりもの声を聞いてB分隊の全員が身を硬くした。事情を知っているA分隊の5人も反応を示した。A-01の先任達は軍人の表情を崩さないまま、新たに加わった一人の衛士を気にかけながらも、説明を待った。

 

数秒の沈黙の後、そして、という声と共にまりもは顔を上げた。

 

「先程、仙台の臨時政府から連絡が入った」

 

まりもは一拍を置いた後、書類に書かれていた内容を読み上げた。

 

―――榊首相を始めとした閣僚の数名が、今回の軍事クーデターの首謀者である沙霧尚哉に国賊とみなされて殺害された、と。

 

 

その言葉を聞いた後、千鶴と慧の顔が絶望に染まった。

 

 

 


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