Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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33話 : ともだち

―――始まりは、一人の歩兵が撃った砲撃だった。

 

研究会に与する部隊と、帝都城を防衛する部隊の睨み合いが続く中で放たれたそれは、開戦の号砲となったという。窓の外から見える数キロ先の帝都では、既に交戦の火花と黒雲が立ち上っていた。何人死んだのか、何人が巻き添えになったのか。悠陽は否応なくつきつけられる現実を前に、掌を少しだけ強く握った。

 

どうして止められなかったのか。否、どうしてこのような事態になったのか。

 

悠陽は、防衛軍に対して帝都内での戦闘は避けるように厳命していた。それを無視されるどころか、命じた者の一人は正当防衛であるため仕方がないと答えてきた。

 

眼鏡をかけたその男は仙台に急遽設立された臨時政府とやらと親交が厚いという者だった。どのような目的を持って、今現在の帝都城に居るのか。悠陽はその者の振る舞い、視線や物言いから察することが出来ていた。

 

彼らは首脳陣の強制排除と、象徴たる政威大将軍の発言力または威光の低下を手土産に、この国を米国に売り渡そうというのだ。不満が蔓延する帝国軍に見切りをつけ、アメリカの傘下に入れば、保護を受け入れれば状況は改善すると信じているのだろう。

 

「……何をしてでも生き延びたい。その想いを持つことは、人として決して間違いではないのでしょうが」

 

問題は、重きをどこに置くか。保身か、矜持か、信念か、あるいは。

 

―――米国に迎合した者達は、自己の保身を優先した。

 

―――クーデターを起こした者達は、自国の矜持を望み、信念と共に立った。

 

いずれも眼の前まで迫りくる危機を前にしてからの行動だ。自らの望みを壊されないように、権力を、武力を両手に持って立ち上がった。

 

「しかし、その者達には任せてはおけませんな……先を見据えていない、その場限りの手を打たれる者ばかりだと、我々は失業してしまいますので」

 

「鎧衣……このような時でも、其方は変わりませんね」

 

悠陽が持つ鎧衣左近という男の印象は、曲者だ。何時いかなる時でも、淡々と真実を突いてくる事もあるし、的確に話題を逸してくる。混乱させた上で相手の歩調を乱し、そこから多くの情報を得ているのだという。

 

そうして何かを見出したのだろう左近は、右手に持つモアイ像を見せながら告げた。

 

「お迎えに上がりました。既に、準備は出来ています」

 

「―――外の者達は?」

 

「殿下と同じで寝不足のせいでしょうな。ぐっすりと仮眠を取っているようです」

 

左近の言葉に、悠陽は椅子から立ち上がり小さく頷きを返した。そのまま廊下を出て、気絶している者達を避けつつ歩を進めながら、情報を交換し始めた。

 

「鎧衣、先に命じていた件は?」

 

「既に。月詠中尉も、あちらと合流できているでしょう……しかし、大胆な手を打ちますな。戦力を無駄にしないためとはいえ、護衛の傍役を御身から離すとは」

 

「戦力の無意味な分散は愚の骨頂と、そう教わったもので」

 

「……皮肉ですな。足元にお気をつけください」

 

地下へ続く階段を降りながら、二人は情報を交換し続けた。そうして降り立った先には、侍従長が待っていた。長年の間煌武院に仕えている、月詠とは性質が異なる世話役の女性は頭を下げながら、震える声で口を開いた。

 

「殿下……どうか、お考え直しを」

 

「くどい。時間との勝負です。其方はここに残りなさい。苦労をかけますが、後は頼みますよ―――鎧衣」

 

向かうは鉄火場、これより赴く場所に足手まといは不要。悠陽の言葉と共に発せられた裂帛の気合を前に、侍従長は口を噤まざるを得なくなった。

 

先に進んでいた左近は、眼前にあった列車に飛び乗ると入り口の扉を開け、列車の背面にある光源を横に携えながら、悠陽に告げた。

 

「―――では参りましょう、殿下」

 

「ええ―――この争いを止めるために」

 

 

不安要素は仰ぐ程に積まれている。深く考えれば、目眩がしてしまうぐらいに。だがここで立ち止まる訳にはいかないと、煌武院悠陽は頷きと共に憂いを捨てると、迷いなく帝都城を脱出する一歩を踏み出した。

 

彼との約束を果たすためにと、胸の中だけで呟いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それより少し前、横浜より外れた高速道路の跡。雲に覆われた暗い空の下を、4色の戦術機が駆けていた。

 

青は、国連軍所属の不知火。白、山吹、赤は帝国斯衛軍所属の武御雷。奇妙な編成で組まれた部隊は、一直線に箱根町の芦ノ湖南東にある塔ヶ島城を目指して、東名高速自動車道跡をなぞるように機体を走らせていた。

 

(名目は後方警備だが……誰も、納得しちゃいないよな)

 

B分隊の6名は見違えるように強く、逞しくなった。武はそれを知っている。

 

だが、良い事ばかりではない。戦術を見極められるようになったとは、視野の広がりを意味する。即ち、戦場の外にも目をむけられるようになったのだ。純夏以外の5人は、特に複雑な背景を持っている者ばかり。そんな立場に置かれて、何も考えないという事は有り得ないだろうと、武は考えていた。

 

(実際、委員長は事件の裏に仕組まれた何かを察してるっぽいんだよな……出発前は、徹底的に避けられてたし)

 

武は父の訃報を聞かされて気落ちしていた千鶴に何か声をかけようとしたが、見つからなかった。まるで、話をしたくないとばかりに。それだけではなく、顔色もやや健全なものに戻っていたのだ。何かを察したのかは分からないが、何らかの希望を見出したことを察することができるぐらいに。

 

(ある意味で“あたり”だけどな……どうなったのかは、俺もまだ分からないし)

 

全てが判明するのは、この件が終わってからだ。武は収集した情報から既にイレギュラーが多数発生していることを知っているため、安易な楽観論を信じる気にはなれなかった。特に、米国の動き次第ではB分隊が全滅する可能性もあるからだ。

 

悲観的ではない、B分隊の背景を考えれば十二分にあり得る未来だった。クーデターが起きた時点で、純夏を除く5人の立場は一転したのだ。情報の漏洩の度合いや伝わり方次第で、即座に命を狙われる立場になるぐらいに。

 

彩峰慧と榊千鶴は言うに及ばず、珠瀬壬姫は米軍を国内に引き入れようとした者として、鎧衣左近は今回の件を仕組んだ者の一人であるとして恨まれる可能性が高い。そして日本に傀儡の政権を打ち立てようとしている米国からすれば、冥夜も殿下と同じく排除すべき人物と見られてもおかしくはなかった。

 

武はその可能性を示唆して、冥夜を説得した。その上で真那と真耶が殿下の命令でここに来た、と言われた冥夜は、渋々と反論を折り畳んだようだった。

 

(実際、委員長の推測は間違ってはいないんだよな……帝国軍がどう動くのかも不透明だし)

 

武を指揮官とするこの部隊は、米軍の動向に協力した国連軍として動いている。それに反感を抱く帝国軍が居ることは分かっていた。問題は、侵略者と捉えた一部の兵が銃砲を向けてくる可能性があることだ。帝国軍に理性があれば、米国のゴリ押しが背景にあるとはいえ、正式な作戦の元に動く国連軍の部隊を襲うような真似はしないだろうが、それも確率の問題だった。

 

(相手に無能さを求める指揮官もまた無能、って言うけど……相手の冷静さや有能さを無闇に求めるのも、どうなんだろうな)

 

理屈だけで人が動くなら、苦労はない。ましてや、クーデターなど起きてはいない。帝国軍の鬱屈した想いを一部とはいえ共感できる武としては、この世界でも帝国軍が最後まで冷静さを保つだろうという楽観はできなかった。

 

仕掛けてくるとすれば、移動途中にある海老名パーキングエリアで、帝国軍の厚木基地から派遣された補給部隊と合流する時か。その後、小田原の補給中継基地に入る時も油断はできない。

 

BETAとは異なり、相手は状況に応じた的確な戦術を取ってくる人間だ。砲撃による攻撃も、地形や陣形次第では光線級のレーザーよりも厄介なものになる。

 

(……B分隊も、そのあたりは分かってるんだろうな。操縦から、緊張が見える)

 

シミュレーターによる演習では、錯乱した味方部隊を躱しながらBETAを殲滅すべし、というステージがあった。そのため、対人戦における要点をB分隊は最低限だが抑えていると言えた。とはいえ、比率でいえば対BETAの戦術を鍛えるのに8割の時間を費やしたため、ユーコンで同道したアルゴス小隊や、元クラッカー中隊レベルには到底届かなかった。

 

随伴している第19独立警備小隊プラスアルファ―――月詠の2名に上総、唯依は戦力として期待できるが、神代、巴、戎の少女3名はその年令から、戦術機での対人戦のスキルは熟達しているとは言えない。

 

―――戦闘になったら、命がけになる。その緊張を元に悟られない警戒を保っていた武は、何のアクシデントもなく塔ヶ島周辺に来れてようやく、安堵の息を吐いた。

 

『って、これからが本番だよな……00より01、02。先行した威力偵察部隊の報告を待て』

 

武は焦りを含んだ動きを見せる千鶴と冥夜に、注意を促した。便宜上は後方であるこの区域だが、その実は事態の中心、極まったど真ん中だ。何が起きても不思議ではないという心構えを持っているにこしたことはない。

 

それを受けた二人は暗い声で了解、と答えた後、表向きは立ち直ったような動きに戻った。武はそれを察するも、今は言葉だけでは無理か、と報告を待った。

 

その数分後、部隊から作戦区域に敵影無しとの報告が入った。武はそれを半分信じつつ、半分は警戒をしつつ部隊を引き連れての移動を始めた。木々が生い茂る暗い森の中、観光客用に用意された大きな道をかきわけるようにして機体を前進させていく。

 

そして目的地にたどり着く前に、状況の変化を報せる情報が入った。武は重苦しい息を吐いた後、部隊の全員にその内容を伝えた。

 

―――帝都で、決起軍が砲撃。それに防衛軍が応戦し、帝都が戦場になったことを。

 

『斯衛第二連隊が応戦……白兵に努めているそうだけど、時間の問題だろうな。沙霧も戦闘停止を命じているそうだが、事態は悪化しているとのことだ』

 

クーデターからの一連の流れを考えると、最悪の一歩手前と言っても過言ではない。武はその内容を聞いた通信越しの全員が驚愕と悲痛の息を漏らしたのを聞きながら、続きを話した。

 

先発した第一戦術機甲大隊と、品川埠頭に強襲上陸した米国第117戦術機甲大隊は決起軍と交戦中。そして埼玉の県境から、決起軍を討伐すべく帝国陸軍が移動を開始したという。

 

『いずれも、帝都付近に各所の戦力が集中する訳だ……たった一人の兵士が誤射したせいでな』

 

戦闘を始めた兵士は、簡単にその行為を停止することはない。状況も分からずに銃を下ろせば、待っているのは死のみだからだ。それを収めるべき上層部の声も届いてはいない。恐れていた、泥沼の内乱になってしまう危険性が一気に高まってしまった。

 

武の言葉にB分隊は息をのみ、月詠の2名は怒りの呼吸を発したが、一人だけは別の点が気にかかっていた。その一人―――唯依が、武に向けて質問を発した。

 

『展開が早すぎます。まるで、誰かに誘導されたみたいに……それに、違和感が酷い』

 

『同感だが、抽象的だな。あと、一人だけじゃなく連鎖的に攻撃が始まった、っていう情報もある……それで、具体的には何処がおかしいと思う?』

 

『決起部隊が重んじているのは殿下のお心です。なのに、その殿下のお膝元である帝都内で殿下の部隊に向けて発砲するのは……それも、この短時間で』

 

どちらも帝都内での戦闘を望んでいる筈がない。だというのに、この流れは不自然なものを感じる。そう発言した唯依は、ため息と共に言葉を零した。

 

『偶然近海に展開していた艦隊、何時になく早かった米軍受け入れの承認、戦闘開始直後の強襲上陸……全てを偶然で済ますつもりでしょうか、()()()()()()()()()()()()

 

唯依の言葉に、月詠の二人以外は息を呑んだ。全員がユーコンで起きたテロ事件のあらましを知らされていたからだ。悪ければ世界中にまで及んでいた、大きなテロ。それと同じ臭いを感じるという意見は、無視できないものだった。ある者は、まさかと呟き。そして千鶴だけは、やはりという面持ちで唇を噛んでいた。

 

武は、周囲を警戒しながらその声に応えた。

 

『とはいえ、火の無い所に煙は立たないんだ……帝国軍内部に蓄積された不満を考えれば、説明はついちまうんだろうな。そして、言うんだ。煽っただけで大火になるそちらが悪いんじゃないか、って』

 

それは事実だった。武力を以て政治を動かそうとしているのは他ならぬ日本人だ。火種を多く用意されようが、点火したのは戦略研究会に他ならない。そこに嘘はないのだ。問題は、火事場泥棒をしようとしている者達が居るだけで。

 

『―――中佐は、決起が間違いだったと言われるのですか?』

 

突然の言葉は、冥夜によるものだった。武は予想していたため焦らず、周囲の警戒を怠らないまま答えた。

 

『立場を考えれば、間違いだったと言わざるをえないだろ。国連軍の軍人として、武力を用いての決起を、極東の防衛戦に綻びを産んだ元凶を認める訳にはいかない』

 

『……では、一人の日本人としては?』

 

質問は、月詠真那からのものだった。武は意外だな、と思いながらも答えた。

 

『日本人、というよりは個人的にはよく分からない、ってのが最初に来るな。海外暮らしが長かったせいかな……理解できない事が多い』

 

『……例えば、どのような点においてですか?』

 

『効率を優先する事を責めた部分だ。最低限の衣食住が用意されているのに、心まで救えって無茶ぶり過ぎるだろ。政府や軍もバカじゃないんだから、やれることはやってるだろうし』

 

『そう言われれば……確かに、ユーコンで聞いた海外の難民キャンプを思えば……最低限、生きてはいける環境だと言えますね』

 

唯依の言葉に、B分隊の6人が驚いた。座学の一環として、国内の難民キャンプの状況は教えられているし、軍に入る前の国民の苦しい生活は見聞きしたことがあった。それと海外ではかなりの差があることを、6人は初めて知った。

 

『東南アジアの方じゃあ、酷い所はとことん酷かったからな……あの光景を思い出すと、日本の政府はよくやってた、としか思えない。だから、あの声明を聞いて同調はできなかった』

 

『明星作戦の後、国連との関連強化を進めた事に対しても反発を覚えなかったんですか? 日本国民の感情を、無視してでも米国の協力を受け入れるのは……』

 

壬姫の声に、武はおかしくないと即答した。

 

『政府、軍の上層部は……ああいった立場の人達は最悪を考えるのが仕事だからな。帝国軍の戦力が著しく損耗しちまった後だ。民間人を兵士にするにも、兵器を量産するのも時間がかかる。その上での二択だったんだろうな』

 

天井に穴が開いているとしよう。いつ来るか分からない雨が降れば、部屋の中に水が充満して溺死する。その上で、敵対する会社の製品である既製品で穴を埋めるか。あるいは材料から何から自社で一から作り上げて、それが完成するまで悠長に待つか。賭けられるのは部屋の中に居る、数千万の国民の命だ。

 

『今の状況も同じだ。どっちに賭けるかで、どちらが正しいなんて言えない。定石通りに行く保証もない。イレギュラーなんて、どこにだって転がってる……その全てを、万人が納得する方法で乗り越えろ、なんて言われたらキレる自信があるぞ』

 

武は過去を思い出す。大陸での戦闘を思い出す。日本に帰ってから、平行世界でもずっと。時間も物資も装備も仲間も足りない状況で、そんな不安要素が満載している苦境を乗り越えるしかなかった。任されたからには、やるしかないと。

 

『……現実はどこも穴だらけ。それを必死に埋めようと思ってる人達なら間違ってるなんて思えない』

 

珠瀬玄丞斎もまた、自分の考え、信念を元にして米軍の受け入れを打診した。極東の防衛戦が崩れた後、日本国民に訪れる危機や、横浜基地が危険に晒される事を知っているからだ。

 

内閣の首脳陣も同じだ。手札が圧倒的に足りない状況で、あらゆるものを利用してでも国民の安全を守ろうとしていた。強硬な手を取ったのは、余裕がなかったからだ。外聞の悪い手を取った事もあったが、武は個人的には気にしていなかった。

 

今でも腹黒と罵る事ができるアルシンハ・シェーカルも同様だ。

 

武は知っていた。最善の方法が白く清いものではない事や、綺麗なだけでは解決できない問題の方が多いことを。兵は詭道なりという言葉の通り、敵が居る状況で正道に固執するものは良いカモにしかならないのだ。

 

『なら、間違ってる……ううん、気に入らないって思ってる人達が』

 

『ああ、居るな……正しく、あいつら研究会のことだ』

 

武は目的地まであと2分、と内心で呟きながら純夏の言葉に頷き、答えた。

 

『気に入らないから賊扱いした上で暴力で意見押し通すだけじゃなく、その手でぶっ殺してでも―――って考えるだけじゃなくて、実際に強行する奴らは大っ嫌いだ。一方的な主観だけで自分の正義を主張する奴らなんか、認めたくねえ』

 

前者は、戦略研究会。沙霧は怪しいが、それに同調して気取って動く者達。後者は、米国。否、自国の国益を優先する一方で、効率だけを重視するだけでなく、他国を踏みにじる暗闘を仕掛けてくる諜報機関。それを受け入れた仙台の臨時政府も同様だ。

武はそこで、天元山の近くで会った男の言葉を思い出していた。

 

(“生きたいのなら生きればいい。だが関係のない他人を殺してまで生きようとするのならば殺す”か)

 

それは、矛盾に満ちた主張。誰に向けられた言葉なのか。武には分からなかったが、同意できる部分があったことも確かだった。

 

『―――と、言っている内に目的地だ。各人、散開を。所定の位置で周辺を警戒しろ』

 

作戦前に説明した通りに、という言葉に従い、随伴する斯衛達も任せられたポジションに移動を始めた。

 

漂うように舞っていた雪がどんどんと多くなっていく中、武も目的の位置にまで到着すると、機体のチェックをしながら時計を確認した。

 

帝都で行われている戦闘の音は届かなく、銃火による灯りも見えない。この光景だけを見れば、ただの観光地にしか見えない土地で、武はぼんやりとその時が来るのを待っていた。

 

『とうとう、降ってきましたね』

 

『……ああ』

 

武は珍しいと思いつつも、冥夜からの通信に答えた。そこで、何かいいたげな表情になっているのを見ると、少し悩んだ後に秘匿回線を開いた。

 

冥夜の表情が驚きに変わる。だが一転、決意を定めたような表情に変わったのを見た武は、推測だけど、と前置いて話し始めた。

 

『理屈は分かったけど、納得はできない―――そんな顔だな。天元山のことも含めてか』

 

天元山での情報が入った後、冥夜はB分隊の中で色々を話したらしい。強制退去を思わせる内容を元に、軍が取った手法が正しいか、千鶴と慧が軸になって意見を交換した、と武は純夏から聞かされていた。

 

政府や軍は、国連軍に協力せざるを得なくなった時点で、本来のあるべき姿を見失っていると。武は時計を見た後、まだ時間はあるか、と思い話を進めることにした。不安を抱えたままでは、この先の戦闘に影響が出ると思ったからだ。敬語はいいから本音を言ってくれ、という武の言葉に、冥夜は頷きながら答えた。

 

『目的を軽んじる事は許されないと思う。そこは私も同意見だ。だが、目的を達成すれば良いという訳ではないだろう』

 

『……そうだな。何をしても許される、なんて思う輩が出て来るのは避けるべきだ』

 

目的、結果だけに拘るあまり視野が狭くなると、最終的にはその目的さえ見えなくなってしまう。だからブレなくそれを保つためには、1本の芯が必要となるのだ。それは国であり、国が誇る象徴と呼ばれる存在に集約される。

 

それがあるからこそ、兵士は戦える。危険極まる戦場へと赴くことが出来る。武は、それを大陸で幾度か聞かされた事があり、その度に日本における将軍家の威光を思い知った。京都や関東での防衛戦でも、殿下が、将軍様が背後に居るからというだけで士気が高まった。守るべき最後の一線を共有できたから、帝国陸軍から斯衛軍まで、共同でBETAに抵抗する事ができた。

 

武はそう答えつつ、冥夜の目を見返した。

 

『過てば、日本人の心の礎まで汚すことになる。それを助けるために、研究会は決起した……という部分までは、分からんでもない』

 

『……では、何故あの者達が気に入らないのだ? むしろ、嫌悪しているように思える』

 

純粋にそこが疑問だ、と冥夜は問いかけ。武は操縦桿を離し、背中のシートに体重を預けた後、10秒黙り込んだ後に、虚空を見上げながら答えた。

 

『―――方法の良し悪しは詭弁だ。見据えている部分も悪くないと思う。ただ、理解できない部分があるんだよな』

 

『それは……先程の話か?』

 

『それもあるけど、俺が理解できないのは妙な上から目線だ。沙霧が決起したのは、今ここで立たなければ日本人は救えない、と考えたからだと思うんだが……本当にそうか?』

 

武は、京都で見た光景を思う。大東亜連合で奮闘する疎開民を思う。帝都や、仙台で見かけた人達を、交わした言葉を思い出しながら、疑問を言葉にした。

 

『衣食住は、戦前のように充実しちゃいない。それは分かる。政治形態も変わったし、斯衛に対する意識も変わった。京都に居た頃から、変化しているとは思う。戦況と共に、人々の心は変わっていった……でもそれは、今に始まった話じゃない』

 

積み重ねてきた歴史がある。特に幕末以降、日本人の心は歴史の激流に翻弄され、大きく変化してきたという。近代化、という単語がそれを示している。

 

『だから、分からねえんだよな……沙霧の言う“救われるべき日本”って、なんだ? 殿下や陛下のために、っていうのは分かるけどな。でも、それは絶対に強制されるものか?』

 

敬う心は分かる。だが、それは誰かに正され、暴力を以てして正当性が主張されるものなのか。強制的に、植え付けられるものなのか。

 

武は、その大半が理解できない。日本人として自分は異質なのかもしれないと、自分でも考えたことがある。それは幼少時の体験から大陸に渡った経緯や教育、体験が原因となるものだ。故に、日本の全てを頭から素晴らしいと思っている訳ではない。それでも、確信できることがあった。

 

強制されずとも、殿下や陛下に対する敬意を忘れることはないだろう。そして、その心を忘れて欧米人と同じような気質に変化することはないだろうと。

 

『……変化するのは避けられないと思う。でも、国ってそういうもんだろ。時勢の変動、文化の発展なんかいくらでも起こってきた』

 

『確かに……時代の移り変わりと共に変化した部分はある。だが、根本的な変質はしなかった。戦国時代においても、皇室に対する敬意は消えなかったと聞くが』

 

『ああ。その度合に個人差はあると思うけどな……でも、それって悪いことか?』

 

正されるべき事なのか、という武の言葉に、冥夜は驚き固まった。

 

武はそれを見ながら、一人考え続けた。日本だけではない、大陸で見てきた光景を、クラッカー中隊で聞かされた色々な国の情勢を聞いてきた。BETAに侵攻され、変わらざるを得なくなった国々を。

 

だが、ターラーはインド人だし、アーサーはイギリス人だし、フランツはフランス人だし、アルフレードはどうしようもなくイタリア人だ。

 

サーシャ、ユーリン、グエンあたりはらしくない、と誰かに言われているのを聞いた事がある。だが、だからといってそれが間違っているとは武は思わなかった。

 

『人によっては重んじるものが違う、っていうけど、それって当たり前だろ。だから、分からない。何を考えて、救われるべきだとか主張してんのか』

 

武も、沙霧の裏の思惑を察することはできている。売国奴や、国内で動く米国の諜報員を一掃しようと言う狙いは、両手を上げて賛同できる。

 

だが、首脳陣まで暗殺しようというのは頷けなかった。演説の内容もそうだ。その言葉に本音が混じっているのは、推察できた。だから、分からないと武は言う。

 

『……間違っている、という事ではなくて?』

 

『そうだな……言いながら、整理できてきた。間違ってる、じゃなくて分からないし賛同もできない、っていうのが本音かな』

 

彩峰を巻き添えにしようとしたことは許せねえけど、と武は内心だけで呟き、ため息をついた。

 

『結局は、同じ穴のムジナだけどな』

 

『……どういう、意味だ?』

 

『神様は居ない。絶対の正しさを保証してくれる存在は居ない。なら……あとは、信念か、感情の問題だ』

 

気に入らないから、受け入れない。そして受け入れられない相手と対峙するなら、答えは一つだ。

 

『……互いの力によって正しさを証明する他に方法は無い、か』

 

『その通りだ。考えの正誤を強制するつもりはない。今更だからな……でも、戦場に出るなら、躊躇いは捨ててくれ』

 

敵を前に一秒迷えば、仲間が一人死んでしまう。音速を越える弾丸でやりあう対人戦においては、特にその危険度は高い。油断すれば瞬く間に食い散らかされる、と武は淡々と事実だけを告げた。

 

『……其方は、躊躇わぬのか?』

 

『ああ。敵を前に迷いはしないし、暴走した味方を前に躊躇うことはない―――そう、決めているから』

 

泣き言は捨ててきた。暗に告げる武の様子を見た後、冥夜は眼を閉じながら答えた。

 

『其方は、強いな……いや、強くなったのか』

 

『強くあろうと決めただけだ……俺自身は、まだまだヒヨッコですよ』

 

慧の口調を真似ながら、武は笑った。冥夜もそれにつられて、小さく笑った。

 

『ふふ……このような時にまで、平時と変わらぬ冗談を言える。それが、其方の強さかもしれぬな』

 

『馬鹿だからな。あとは、どこかの誰かが用意したピンチに、心の底から付き合ってやる義理はないって思ってる……状況に踊らされようと関係ねえ、俺は笑いたい時に笑うし、冗談を言いたい時に言う』

 

武は親指を立て、少しおどけながら言った。だが、冥夜の反応は武の予想外だった。きょとんと眼を丸くしたかと思うと、口元を押さえて笑い始めたのだ。

 

武はどうして笑われたのか分からない、と首を傾げていると、ようやく笑い終えた冥夜が子供のような声色で言った。

 

『“笑いたくないのに、笑う必要ないじゃん”、か………懐かしい言葉だ』

 

『おお、名言だな。誰の言葉だ?』

 

『そうだな……とある、途轍もない馬鹿者の言葉だ。しかし……真理を表している』

 

『え?』

 

『其方でさえ、心の中の迷いの全てを消すことはできぬ。だが、同居している、自らの心の想いのままに』

 

戦略研究会の全てに共感できた訳ではなく、許せないことがある。冥夜はそう告げながら、決意の眼差しで武を見た。

 

『虚飾、虚栄の一切を取り払った真意。考えるより前に信じ、尊いと思えるもののために戦えば、そこに嘘はない……そういう事なのだな』

 

『……多分? 分からないけど、嫌々戦ってても意味はないと思う。苦しくて辛いのは避けられないけど』

 

それでも、強い人はそれを隠して前に進む。ラーマ・クリシュナ、ターラー・ホワイト、アルシンハ・シェーカル、彩峰萩閣、榊是親、香月夕呼。それだけではない、尊敬できる大人は皆そうだったと、武は思う。

 

『……姉上も、そうなのだな』

 

『ああ。可愛い妹のために、って今も奮起してると思うぜ。妹が何処でも何時でも頑張ってることを、疑いもしないだろうし』

 

なにせ殿下だから、という何気ない言葉は、冥夜が悩んでいた、憂慮していた想いの中心ど真ん中を射抜いていて。突然の精神的衝撃を受けた冥夜は少し黙り込んだ後、呆れたように呟いた。

 

『其方は―――本当に、ズルい男だな』 

 

どこか、拗ねたようで。それでいてどこか晴れ晴れしい表情で語った冥夜は、武に笑顔を向けた後、礼を告げた。

 

『白銀武………其方に感謝を』

 

『お、おう? ど、どういたしまして』

 

色々と問答はしたが、結論は“何を考えて決起したのか分からないけど、取り敢えずは敵だから殴り合う”というもの。要約すると、気に入らないから戦い、戦うとなれば迷うな、といったものだが、どうしてか感謝された武は戸惑いながらも、礼を受け取った。

 

『……それでは、な。独り占めをするのも悪いゆえ』

 

『え?』

 

武が疑問を口にするより早く、通信が途切れ。その少し後、新たな通信が入った。武はその顔を見て、やっぱりか、と思いながらも何でもないように答えた。

 

『よっ、委員長―――って軽い冗談に付き合う余裕もなさそうだな』

 

『ええ……聞きたいこと、既に分かっているとは思うけれど』

 

一切の嘘は許さない、と視線で語る千鶴に、武は掌を開けて答えた。

 

『5割だ。ただ、委員長が死ねば0割になる』

 

再会できる確率は、と武は小さく呟き。千鶴は視線を逸らさないまま、問いを重ねた。

 

『……ちなみにだけど、白銀はあの世というものがあると信じているのかしら』

 

『信じてないけど、死後の世界がある事は知ってる』

 

『そう……』

 

千鶴は呟き、しばらく考えこんだ後に、武を見た。

 

『……結果を見るためには、死ぬことは許されない。そういう事ね』

 

『ああ。色々と各所に仕込んだ策がある。でも、現時点では話せないことも多い。全部説明できるのはクーデターが終わった後になるだろうな』

 

武は真実だけを告げ、千鶴はその表情を見た後、小さく頷いた。

 

『分かったわ……ありがとう』

 

『どういたしまして……って、礼!? 委員長が礼を!? こりゃあ雪でも降りそう……っていうか絶賛降ってる最中だな』

 

『この……っ、貴方とは一度色々と決着を付けなきゃならないようね……!』

 

『ああ、その通りだ。だから―――自棄にはならないでくれよ。辛いだろうが、仲間と一緒に気張ってくれ』

 

意味ありげに武が告げる。千鶴はそれを聞いて訝しげな表情をしたが、B分隊の背景を思い出すと、眼を閉じながら分かったわ、と答えた。

 

そうして、通信が切れ。入れ替わりに、今度は隊の外から通信が飛んできた。

 

最初に見えたのは、ジト目。同じ黒髪を持つ二人は、同種の視線を向けながら低く暗い声で尋ねた。

 

『……随分と、人気があるようですわね』

 

『え?』

 

『友人、と言うにはそれを越えた雰囲気を発しておられるようでしたが』

 

『は? って、いきなり何を』

 

上総と唯依の言葉に、武は覚えが無いとばかりに疑問符を浮かべた。

 

『というより、機体越しだから雰囲気とか分からないだろ』

 

『いえ、分かります―――女の勘で』

 

上総の断言に、武は二の句を継げなくなった。経験則と、機体越しに発せられる威圧感を前に、沈黙は金であると信じた。

 

『……沈黙は肯定であると取りますが、彼女達との関係は長いのですか?』

 

『回答を間違った!?』

 

でも袋小路っぽいな畜生と、武は嘆きながらも友人というより教官と部下っぽい関係である事を主張した。

 

『……』

 

『……』

 

『……ちょ、ちょっと視線が雄弁すぎると思うんだけど』

 

睨まれた武は降参、と両手を上げた。その様子を見た唯依と上総は、深くて長い溜息をついた。その後、唯依は平素の調子に戻すと、周囲を警戒しながら話しかけた。

 

『個人的な関係はともかくとして……榊、彩峰に珠瀬に鎧衣ですか。この情勢に』

 

そして、言わずもがなの御剣冥夜だ。その顔と傍役の二人が派遣されている現状を思うと、答えなど問いかけるまでもなかった。武はその意図を察すると、すみませんと謝りながら告げた。

 

『苦労をかけるけど、頼む。16大隊に所属していない斯衛の衛士で、手練かつ背中の心配をしなくて済むような知り合いは少ないから』

 

『……そう言われれば、まあ。悪い気はしないけど』

 

『早っ!? ちょ、ちょっと唯依、いくらなんでも早すぎるんじゃなくて!?』

 

説得されるのが、あと敬語はどこに、とツッコミを入れる上総に、唯依はハッとなって答えた。

 

『あ、危なかった………ともあれ、状況は先日から変わらずに?』

 

『大きくは変わってない。敵は戦略研究会で、警戒すべきは合流する米国の戦術機甲部隊。ご丁寧にF-22が派遣されたようだしな』

 

『……移動中に奇襲される可能性は?』

 

『零じゃない。つまり、100%に限りなく近いということだ』

 

少しでも襲われる可能性があるなら、万全の態勢で警戒する。裏でそう答えた武に対し、唯依と上総は盛大にため息をついた。

 

『インフィニティーズよりかは、練度が落ちるとはいえ……油断は禁物ということね』

 

『ああ、出来る限りはこちらで対処する。月詠さんにも伝えてあるから、全員で頑張ってくれ』

 

『……望む所だけど、複雑極まりないですわ』

 

色々と、と上総が遠い目をした。その様子を見た唯依が大丈夫、と心底心配そうな顔をした所で、上総は笑顔に戻ったが。

 

『それと、任官前の6人はどの程度の力量なのかしら……何か、以前に模擬戦をした相手と動きが似ているのだけれど』

 

『さっすが鋭いな。その通りで、207B分隊は模擬戦に参加した面子そのままだ』

 

『……つまりは正真正銘の訓練兵でありながらも、あれだけの力量を持っているという事ですわね』

 

上総は疲れを思わせるため息を吐いた。それを見た唯依は、事情は知らないけれど良いことよね、とややぽんこつ気味な呟きを返した。

 

それを聞いた山城上総は、顔を引きつらせていた。佐渡島ハイヴの間引き作戦に何度も参加している。その中で、任官してすぐの衛士を見たことがあった。死の八分を乗り越えられず、死んでいく後輩達の姿も目の当たりにしてきた。

 

任官当時、15歳の自分たちを思えば、その技量には明確な差がある事が分かる。もしもあの時に、今のB分隊の時のような力を持っていれば、この場においても5人全てが揃っていたのではないか。上総はそう思いつつも、言葉にはせず胸の内だけに留め、笑顔で任せて、と答えてみせた。

 

『命に代えても守ってみせますわ……助けられた恩を返すには、全然足りないでしょうけど』

 

『まさか。こっちもあの時は色々と助けられたし、お互い様だって』

 

『……いえ、命の恩は命で、と家訓で決まっておりますの。どうしても、とあればこの身をもって返す他にありませんのよ』

 

『そう、ね……私も、ユーコンでは色々と世話になったし』

 

さりげなく誘うように、見る者が見れば色っぽいことこの上なく。それを当然のように音速でスルーした男は、笑顔と共に答えた。

 

『いやいや、それは将来の旦那さんに取っておいた方が良いって。京都でも言ったと思うけど、二人とも可愛いんだから』

 

『……………』

 

『……………』

 

『いやあの、二人とも眼が超怖いんだけど。言葉は沈黙だけど視線が雄弁っていうか叫びが聞こえるような』

 

常識的なことしか言ってないのにどうして、と武は顔をひきつらせつつも、助けを求めた。そこで、現時刻に気づくと、慌てて周囲の警戒を強めた。武のいきなりの様子を見た二人は瞬時に同調しながら、何が起きるのかを問いかけた。斯衛の頂点である五摂家から急遽命じられた二人が、聞かされた内容は二つだけ。横浜の第19独立警備小隊に合流する事と、移動に随伴し護衛をする事だけだった。

 

一体誰が、と。上総と唯依は考えたが、そこで武の表情の変化に気づいた。

 

悲しそうな、気まずそうな―――それでいて、嬉しそうな。複雑な感情が入り乱れる様子を見た二人は、思わずと問いかけた。

 

一体、何を目的にこの地にやってきたのか。その質問に、武は少し言葉を濁しながら答えた。

 

『……ここを、斯衛第16大隊(おれたち)が死守したのは知ってるよな? 攻勢が止んだ後も、別の大隊が防衛し続けたことも』

 

『ええ、有名だったから…………いや、まさか』

 

京都の撤退戦で殿を務めた、斯衛の最精鋭たる16大隊。聞く所によると、ここでの死守戦は補給も不十分な状況であったという。鬼札を、そんな危うい状況にしてまで派遣するその必要性は何なのか。斯衛として、それだけの危険性を呑み込んででも戦力を投下せざるを得なかった理由は。

 

『あの………一つお聞きしたいのですけれど、ここに来た目的などは』

 

その言葉の途中で、探知の音が鳴った。唯依と上総だけではない、周囲に居る全員が即座に警戒の態勢を整えた。

 

そんな中でただ一人、武だけは即座にコックピットの前面を開けた。

 

『えっ、ちょっと、武ちゃん!?』

 

『……大丈夫だって』

 

武は純夏に答えながら、機体を膝立ちにした。そうして、高度が下がった所で飛び降りる。滑らか過ぎる動作で着地した武は、そこから徐に歩き始めた。

 

一直線に、機体が捉えた反応がある方向に。

 

戸惑っているのは、上総、唯依とB分隊の6人だけ。その8名は月詠の二人が突撃砲も構えず、周囲を警戒しているだけの様子を見ると、更に困惑しながらも黙り込んだ。

 

その中で、一人。先程の問いかけをした上総に対し、武は一言だけを呟いた。

 

 

―――やくそくだから、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

進む道は暗く、空まで雲に覆われ、漂う空気は肌を刺す程に冷たい。

 

そんな中を一人、白く庶民的な服を身にまといながら歩く女性は、ざくりざくりと足元で雪が踏みしめられる音と共に前へと進んでいた。そして、自らの口から溢れる白い吐息を視界に収めながら、昔の事を思い出していた。

 

淡く、儚くて遠く。それでいて、ずっと忘れないと誓った過去があった。小指に絡まった体温が、自分だけではない誰かの生を想わせてくれた時のこと。

 

思わずと、女性は―――煌武院悠陽は空を見上げた。

 

その先には暗く、先が見えない夜があり。その空から、何かを祝福するかのように、大粒で白く、妖精のように美しい冷たい綿が舞い踊っていた。

 

「―――まるで、あの日の夜のようですね」

 

場所も、置かれた状況も、気分さえ何もかもが違う。だがどうしてか、彼が其処に居ると確信しながら放たれた言葉であり。

 

そんな虚空に放たれた問いかけに、答える声があった。

 

 

「―――俺も、思い出してたよ。あれから色々と変わったっていうのに」

 

 

だけど、ずっと消えないと。負けたくない、必ず戻ってくるからと交わした時と同じように、同じように空を向いたままの男は、優しい声で答えた。

 

 

「困っているようだから、愚痴を聞きに来たぜ―――ともだち」

 

 

手を貸させてくれよ、という声は悪戯混じりで。それでも、聞いているだけで確信できるほど、一等に優しく。思わず視線を前に戻した悠陽は、祈るような気持ちで前を見て―――考えるより先に理解した。

 

目の前に現れた男が、明星作戦でKIAを断言された想い人であるということを。

 

直後、思い浮かんだままの言葉を悠陽は声にし始めた。

 

 

「………遅刻ですよ、遅すぎます」

 

「それは……ごめん」

 

「謝っても駄目です。困ってたんですよ、本当に………其方が死んだと聞かされた日からずっと」

 

「う……あ、でも、こうして戻ってきただろ?」

 

「……ええ。逢瀬に遅れても開き直っている所や、戻ったというのにすぐに会いにこなかった所が心の底から気に入りませんが」

 

「それは、そうだけど……えっと、許してくれないかな、悠陽」

 

バツの悪そうな声。それでも何気なく発せられた呼びかけを、悠陽は噛み締めた。

 

そして、許さない筈がないでしょうと内心だけで呟くと、掌を強く握りしめながら、どうして責めることができようか、と泣きそうになっていた顔を引き締めた。

 

こんな状況に陥って。味方は数えるほどしか居なくて。決起軍や帝国軍を止める方法は思いつくものの、そこに辿り着くまでの距離が途方もなく遠かった。徒歩で近づこうにも無理が過ぎて、ただの戦術機でも難しかった。

 

そんなどうしようもない状況に在って、それでも諦めないと険しい道を一歩踏み出してすぐに、駆けつけてくれた。まるで夢のように―――おとぎ話のように。

 

だというのに、どうして自分は怒っているのか。それ以上に、喜んでいるのか。

 

極まった想い、情感と共に。発せられた言葉を示しているかのように、美しい双眸から零れた涙の雫が、二人を包む雪と共に地面を潤した。

 

 

 

「ええ、間に合いましたから許します――――ともだち、ですから」

 

 

 

 

 




ちょっと勘違い要素が追加されたかな、と思いきや
わりと昔っからそうだったような気がする。

武の主観
「必死で目の前の敵とか障害と脇目もふらずに戦って、眼の前に居る助けられる人達を助けて、解決できる事は解決してきただけ。会話も、考えに考えた上でも、頭悪いから率直に思ったことを言ってるだけ。他意はない」

ヒロイン主観
「来て欲しい時に来てくれる。助けて欲しい時に助け手くれた。言って欲しい事を率直に分かり易く=借り物じゃない自分の言葉で飾らずに言ってくれる」


……他意はない、っていう思いも時には罪になると気づいた今日この頃でした。

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