Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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エピローグ : そら

2003年10月22日。横浜基地の近くにある、G弾が投下される前は柊町と呼ばれていた地域の一角から炭火による煙が空に向けて立ち昇っていた。

 

その発生源である、崩れた家々の間にある比較的無事な道路の上では、この日のために準備された様々な国の食材や酒、バーベキューの台が大きなタープの下で所狭しと並んでいた。

 

「くーっ、この1杯のために生きてるよな!」

 

「お前酒飲む時は毎回それ言ってるよな……って少しは手伝えよリーサ」

 

「はいはい。しかし、多いな……飲みきれんのか? って、まさか……このニホンシュの銘柄は……!」

 

「ヤエの差し入れらしいぞ、って飲むなよ!? まだ集まりきってない段階で泥酔態勢に入るんじゃねえ!」

 

ぎゃーぎゃー言い合う二人の横では、準備を全て手配した男女が苦笑しあっていた。その片割れである、背の低い女性は―――白銀光は隣に居る夫に向け、笑顔で尋ねた。

 

「影行さん、集合時間は予定通りに13時とお伝えしたんですよね?」

 

「あ、ああ。そのまま伝えたが、いきなりどうした?」

 

「……いえ、良いんです。良いんですよ、私は」

 

何故かその4時間前に来るどころか影行の準備作業を甲斐甲斐しく手伝っていた金髪のドイツ女が居たとしても、と。光は笑顔のまま、視線をその張本人へと移した。

 

「オー……ニホンゴムーツカシイネ、ワーカラナイ」

 

「ほう―――でしたら、影行さんの日本での活動をお手伝いする仕事も」

 

「尊敬する日本人を見習って謙遜をしたつもりですが、通じなかったようですね。それどころかまるで小姑のような事をおっしゃいましたが、どういった意図があってのことですか、風守少佐?」

 

クリスティーネは腕を組んだまま、光に笑顔を向けた。旧姓を呼ばれるどころか、見せつけるように押し上げられた巨乳を見た光の笑みが更に深まっていった。遠くに避難していた到着組が、ビールを片手に椅子に座りながらその光景を眺めていた。

 

「またバチバチとやり合ってるな……良い酒の肴になる」

 

「フランツが割とロクでなしな事を言ってる………」

 

「お前が言えた台詞か。それよりあっち見ろよファン。グエンの旦那が食材を切ろうとしてるから寝そべってこいよ」

 

「そうね取り回しと表面積で私に勝る逸品はないからね、って誰がまな板だ!」

 

インファンがノリツッコミで、フランツの後頭部をパチンと掌で(はた)いた。それを見たアーサーが、やっぱりなと笑った。

 

「ずいぶんと軽い音がしたな、おい。流石はウドの大木、中身はスッカスカってか?」

 

「うるさい、チビはチビでも負け犬のチビミジンコは黙ってろ」

 

フランツの鼻で笑いながらの言葉に、アーサーが笑顔で拳を握りしめた。その言葉を聞いていたマハディオが、準備に走り回っていたアルフレードにどういう意味かを尋ねた。

 

「あん? ああ、例の作戦の時にな。あいつ、危うい所をフランスの秘蔵っ子に助けられたんだよ。たしかリヴィエールとか言ったか」

 

「年下に助けられたかー。そりゃあ引きずるわ。でも、死にそうになってたのは俺だけじゃ無かったんだな……こう言うのも何だけど、少し安心した」

 

「ああ、こっちもあの時は滅茶苦茶危なかったぜ。あと数分ばかし戦闘時間が伸びてたら、一人か二人は死んでただろうな」

 

アルフレードは遠い目をしながら呟くと、そういえばと自分達よりも危険な場所で戦っていた、カシュガルの入り口を守っていた部隊の話をした。

 

「ユーコンでも会った、ヴァレリオって奴? アイツの姉貴に聞いたんだが、間一髪だったってよ。隣の金髪巨乳美人を庇ったのはいいものの、追い詰められて戦車級に押し倒されたらしい」

 

「ああ、あたしも聞いたな。機体の中で反応炉消失の情報を聞いてからしばらく後、大気圏を抜けていく装甲連絡艇を見上げてたとか」

 

「仰向けで寝っ転がるとか、捕食一歩手前じゃねえか。日本に曰くまな板の上の鯉状態だな―――って、お前の事言ったんじゃねえよ?!」

 

マハディオは防御態勢を取るも一歩遅く、インファンの脛蹴りが直撃した。片足を押さえて飛び回る姿を見たターラーが、深い溜息を吐いた。

 

「立場あるいい歳をした大人だというのに、まるで変わっていないな……少しは成長しておいて欲しかったぞ」

 

「そう言うな、ターラー………変わらないのも、また成長だ」

 

むしろ嬉しいんじゃないか、というラーマの言葉の前に、ターラーは図星を突かれたかのように言葉に詰まった後、小さく頷きを返した。

 

「約一名、力量が落ちたというのに無茶をし続ける人も居ますし」

 

「……そこら辺は、男の意地ということで片付けてはくれないか?」

 

「知りません。……というのは冗談で、気持ちは分かりますから責めませんよ」

 

子供達に地獄を強いて、なんの隠居かと考えるのは当然のことだとターラーは微笑んでいた。優しく、誇らしげなその表情を見た元クラッカー中隊の全員が、Aは当然としてBを越えてCか、はたまたDまで行っちまったかとヒソヒソ話し始めた。ターラーは気づかなかったがラーマは野次馬になった者達の気配を感じ取り、誤魔化すように大きな咳をした。

 

「そういえば、作戦成功の立役者達が遅れているようだが、何か急用でも?」

 

「………基地の正門の桜に寄ってから来ると聞いています。記念すべき日だからこそ、不義理は出来ないと」

 

「そう、か………そうだな」

 

ラーマがしんみりとした表情で頷くと、“会場”に新たな人物がやってきた。見知ったその顔を見るなり、日本酒の蓋を開けようとしていたリーサが快活に叫んだ。

 

「おいおいおい、遅いぞヤエ!」

 

「うっさいわ、一応は時間通りやろ―――ってお前、早速かい!」

 

「そりゃあまあ、さ。いい天気、いい酒、旨い料理が揃ってる。なら、旨い酒から飲むのが礼儀ってもんだろ?」

 

「ふっ、分かっとるやないかリーサ」

 

八重は親指を立てながら笑い、その直後に拳骨が落ちた。それを行った上役―――尾花晴臣は、ため息を吐きながら頭を抱える八重を他所に、主催者に挨拶を交わした。

 

「この度はお招き頂き、ありがとうございます―――という必要も無さそうですな」

 

苦笑する晴臣に、影行は頷きながら苦笑を返した。

 

「ええ。この場限定で、公的な階級は置いて頂けると嬉しいです」

 

「………その条件も彼が望んだもの、ですか」

 

「ええ―――約束、と言った方がいいかもしれませんが」

 

苦笑する光に、晴臣は小さく頷いた。その横に居た真田は、じっと光と影行の二人の間で視線を移動させていた。

 

「ん? ……真田、どうしたそんな顔をして」

 

「………いや。何でも無いから気にしないでくれ、尾花よ」

 

ついでに俺は置物になるから放置を頼むとだけ告げ、真田晃蔵は空の向こうの雲が流れる様を眺め始めた。少しだが交友があった光がフォローに走るも、逆効果とばかりに晃蔵の背中が徐々に煤けていった。

 

「―――ふむ。介六郎、これはまた楽しい時に来れたとは思わぬか?」

 

「取り敢えずといった様子で事件を起こそうとするのは止めて下さい、崇継様」

 

「おっ、本当に肉料理だけじゃなくて魚料理も用意してあるな!」

 

「あ、あの、落ち着いて下さい陸奥少佐。陸軍の眼もあるんですから」

 

「細かいことを気にしないの、雄一郎。郷に入っては郷に従えよ」

 

「そう、だな………うん、そうだ」

 

「ええ……誠、そうですね」

 

いきなり現れた声とその存在感に、誰もが振り返った。そこには日本帝国に名高き、今や光にとっては古巣となった第16大隊の、中核を担っている衛士が揃っていた、そして。

 

「う……や、やはり私達は場違いなのではないかな、上総」

 

「五摂家の一角としての自覚を持ちなさい。というかいい加減に覚悟決めなさいよ」

 

「到着したようです、大丈夫ですか、でん」

 

「“ゆうな”と、“めいな”です。それがここでの私達姉妹の名前ですので、お間違えのなきように、月詠さま」

 

「そ、それは………いえ、努力しますゆえ」

 

「ええ、頼みましたよ……それにしても―――お久しぶりですね、皆様がた」

 

唯依と上総の後ろに隠れるようにして、おまけですという雰囲気を精一杯出しているサングラスをかけた双子らしき女性の内の一人が、笑顔で皆に語りかけた。後光が差しているような威風堂々を纏った女性の佇まいを前に、正面に居た全員が「誰がどう見てもあのひとだよなぁ」と軽く現実逃避をするも、非常識に慣れた面子は5秒で気持ちを切り替え、細かいことは空に放りなげた気持ちで晴れ晴れとしていた。

 

真那と真耶だけは、頭痛を堪える様子で盛大に呼気を吐いていたが。

 

「ため息をつくと幸せが逃げる、というよりは老けが早まるぞ、月詠」

 

「……相も変わらず口が悪いな、真壁」

 

真那は毒づきながら、集まっている人物の顔ぶれに目眩を覚えていた。万が一、ここに爆撃が堕ちれば日本は再び大混乱に陥るだろうと断言できるほどに、重要な人物が揃っていたからだった。

 

しかし、と主賓と言うべき祝福されるべき中隊が誰も居ないことに気付き、視線を白銀夫妻に向けた、その時だった。轟音と共に、不知火・弐型が会場の上空を通り過ぎたのは。

 

「って、危ねえよ! 日本酒が落ちたらどうしてくれんだよアイツら!」

 

「急いで来たんでしょうよ、それより―――ああ、降りて来ましたね」

 

 

弥勒の声に、全員がその方向に視線をやった。コックピットから地面に降りるための、電動のワイヤーロープが動く音がする。間もなくして瓦礫を越えて会場に現れたのは、今や世界でも上から数えた方が早い有名な中隊の隊員達だった。

 

既に会場に集まっていた者達の中で、近くに居たリーサは大きな声でその先頭に立っている男を大声で迎え入れた。

 

 

「よお、英雄中隊と――――死に損ないの女泣かせ!」

 

 

「そっちこそな! ―――みんなも、久しぶり!」

 

 

退院早々の戦友からの盛大な歓迎の挨拶に、白銀武は笑いながら答え。その表情のまま片手を上げて再会の場を喜びながら、一層賑やかになった会場へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、横浜から速報を聞いた時は焦ったぜ。もうお前さ、血まみれどころか血みどろで、手遅れ間違いなし!って状況だったんだろ?」

 

「そんな出血大サービスみたいに言うなよアルフ……間違ってはないんだけどな」

 

欧州(こっち)じゃ既に噂になってんぞ。東洋には不死の宇宙人か、不滅の大変態が居るとか」

 

「字面が酷えっ!? そこは否定っつーか噂を消してくれても……なんで顔を隠すんだよ、アーサー。いや、あながち間違いでもないからじゃねーよ」

 

「ああ、一部じゃあ、聖人もかくやっていうぐらいに尊敬してる奴も居るぞ。復活早すぎるぜ、という訳がわからん苦情もあるが」

 

別の一部では見た目は普通だが、見たこともないぐらい落ち込んだ後に生存の情報が入った後、不機嫌極まりない表情になったおっかない奴も居るが、とフランツは虎のような雰囲気を持っている少女のことを思い出していた。

 

「……ともあれ、改めてだ―――よくやってくれたな、タケル。お疲れ様だ」

 

「そっちこそ、お疲れ様」

 

武は手に持っていたグラスを、近くに居た仲間たちと交わした。チン、という音が青空の下に広がっていった。

 

そこから、来場者は徐々に増え始め、人が入り乱れた状態で話題が変わっていった。誰もが、作戦が終わった時の状況を、喜びを分かちあいたがっていた。

 

帝国陸軍(こちら)の基地も凄かったぞ。カシュガル攻略の情報が入った後は絶叫で建物がビリビリと揺れてたからな。いや、誇張抜きでだ」

 

俗説には、こう言われている。カシュガルのオリジナル・ハイヴ、その中核の反応が消失―――蒼穹作戦が成功したという報が入った時、世界中に震度2の揺れが走り、気温が3度は上がったという。

 

「おまけにそれを成した中隊の誰もが美人揃いと来たもんだ。歌でも歌えば、広報とかになるんじゃねえか?」

 

「え……ま、まあそういう方法もありっちゃありか? 確かに歌が上手い人は何人か居るな……速瀬大尉とか、涼宮中尉とか、鳴海中尉とか」

 

「……良かったぜ。自分で名乗り出ない程度の節操はあったか」

 

「やめろよ、アルフ。読経のようなブラックバードを思い出しちまったじゃねえか」

 

目出度い日に不吉過ぎるだろ、と聞いていた者達も笑い合った。アルフレードとインファンのコンビネーションを聞いた武が言葉に詰まるも、仕返しとばかりに歌い始め。横で聞いていた唯依と上総、ターラーが飲んでいたビールを少しだけ吹き出した。

 

そして―――

 

「え、た、タケルちゃん人前で歌ったの? ……あれほど聞くに堪えないから止めておけ、って影行さんに言われてたのに」

 

「わ、悪いかよ! くそ、俺だって上手いとまでは思っていなかったけどよ………!」

 

「ふむ、興味がありますね」

 

「ええ、あねう………見知らぬ武家の人」

 

「……其方、何やら言動に棘がありませんか?」

 

とある一角では、さあ歌いなさいと言われ追い詰められる武が、酒取ってくるわと誤魔化すいつもの姿があったり。

 

「おいおい樹、まだ例のおっぱい美人相手にキめてねーのかよ。男ならアレだぜ、これでコレでこれもんだって教えただろ?」

 

「お前のような無責任男と一緒にするな……それに、神宮司中佐も俺のような者よりも」

「出たぜ童貞の訳わからん遠慮節! おい囲め囲め、それと酒だ! なーに大丈夫だ、不幸になる奴は誰もいねえ!」

 

「……大丈夫です、分かっていますピアティフさん。いざという時は、この命に代えても神宮司中佐を止めますので」

 

―――後に伝説となる告白劇の準備が淡々と進んでいたり。

 

 

「……そう、か」

 

「名前は、決まっているのか?」

 

「ま、まだ。だから、その……お、おとうさんとおかあさんに決めて欲しくて」

 

顔を赤くしながら名付け親になって欲しいと言う、サーシャの姿があったり。

 

「かなり変則的になるが……女の子ならアーシャ、男の子ならアカシャでどうだ?」

 

「うむ、ぴったりだな……」

 

―――女性の方は満面の笑みで子供の名前をつけつつも、男の方は複雑な笑みを浮かべながら、何かを決心していたり。

 

 

「で、あいつのあっちのテクはどうよユーリン」

 

「え? ………えっ?」

 

「隠すな隠すな、っていうか隠す気ないだろこのエロ魔人が」

 

「っべーよ、っべーわ。同性やっちゅーのに柄にもなくトキめいてもうたわ。話変わるけどちょっとその見事な双丘を丸ごと揉んでもええか?」

 

「おっさん化進みすぎだろ、リーサもヤエも……そこの兄さんも、お疲れ様だな」

 

―――猥談にウキウキドキドキワクワクしてるヨゴレと、その横で心の底から疲れている幼馴染が半焼けの玉ねぎを齧っていたり。

 

「そう、ですか………良かったです、お兄様が幸せそうで」

 

「そうだな。なんていうか、ムズ痒いし気恥ずかしいけど、退屈はしてねえよ」

 

「ユウヤの言う通りだ。初めてのことだらけで戸惑うことの方が多いけど、私もイーニァも、それが楽しいと思えている」

 

「うん、みんななかよし!」

 

「………なんていうか、アレですわ。このぽやぽやとした空気を見てると、強引に突っ込んだ上でドロドロと引っ掻き回したくなるというか」

 

「ユウヤも唯依も、どう見ても似た者同士なんだよなぁ………ユーコンであれだけ一緒に居て、よくバレなかったよ。それにしてもVGがステラを庇って、ね」

 

―――独特の人間関係と、再会した時にからかう話題が増えたことに笑っている者がワイルドに串の肉を齧り取っていたり。

 

「本当に、シンガポールに居た頃は苦労したものです……一部では、あいつの貞操を狩るとかなんだとかで、賭けが横行していたり」

 

「でも、本人は無自覚だったとか? あ、誰かを思い出してまた怒りが」

 

「ふふふ……こちらの小学校の時は、逆に女の子達には嫌われていたのが嘘みたいですね。でも、確かに増えすぎるというのもね………究極の女あまりの時代とは言われていますが」

 

―――産みの母親と、母親役だった二人が談笑と苦労話と本人が聞いたら羞恥に身悶えること間違いなしの暴露話を肴に度数の弱いビールを飲んでいたり、その横では、3人の夫達が何かを悟った顔で無言のまま度数の強い酒が入ったグラスを傾けあっていたり。

 

 

「そういえば、落ち着いた状況で面と向かって言ったことは無かったよな……おめでとうサン、グエンの旦那」

 

「ああ、おめでとう……苦労すると思うけどな」

 

「その優しい顔はどういう意味だ?! ってか、ガネーシャとマハディオの方もだろ」

 

「あっ、そういえばてめえマハディオ! てめえのフォローに走り回った俺達の酒代を返しやがれこの野郎!」

 

「みみっちいぞ、アルフ……そこは別の店で奢れというべきだ。という訳で今度、作戦が終わったら帝都にあるっていう旨い店に連れてけよ」

 

「うん、私からもお願いする」

 

「ガネーシャに言われては、嫌とはいえんな? ということで頼んだぞ、マハディオ」

 

「グエンの旦那までぇっ?!」

 

「………イツキのこともな。作戦を練る機会が欲しいらしい」

 

―――なんだかんだと酒の勢いのまま、お節介を焼く者が居たり。

 

 

「冥夜も、斯衛には慣れた?」

 

「ああ。皆、良くしてくれている故な。………皆と会えないことを、寂しく思う時があるが」

 

「……素直ね。でも、私もよ。まあ、寂しさに切なくなるよりも、勉強をしなくちゃと思わされているのだけど」

 

「素直じゃない眼鏡がなにか言ってる……一部は同意するけど」

 

「慧さんも、尾花大佐の下で大変なんだよね。僕は楽な道を選んじゃったかなぁ」

 

「そ、そんなことはないよ美琴ちゃん! 来週にはまた訓練の量を増やそうって、オルランディさんが呟いてたという噂が」

 

「あー、あははは……また、宗像大尉の機嫌が悪くなりそうだねー」

 

―――207Bの面々が、久しぶりの再会を喜んでいたり。

 

 

「う、うわ………茜ちゃん、全部天然素材だよコレ!」

 

「うん、凄いよね。まあ、でん―――ごほん。かなりすごい賓客呼ぶぐらいだから予想はしてたけど」

 

「私、来て良かったのかなぁ。結局、私だけ怪我しちゃって……最後の戦いには不参加だったんだけど」

 

「……萌香がそう言うと思ったんでしょうね。主催者から伝言があるわ、“そんなん気にすんな俺達は全員でA-01だろ”って」

 

「あはは、流石だね。でも、本当に美味しいなあ………太一達が聞いたら、二重の意味で羨ましいって怒られそう」

 

「そういえば、太一くんって“横浜の鬼神”のファンだったね……本人見てたらそういうの忘れそうになるけど」

 

「変態だもんね。一時期、同じ小隊で新兵扱いで訓練受けてたって言っても信じてもらえるかなぁ」

 

「「「無理でしょ」」」

 

仲良く穏やかに談笑をする207Aの面々と、その様子を眺めて癒やされているターラーが居たり。

 

 

「だーから、いい加減はっきりしろよ孝之。そんなんだから銀河一のヘタレとか言われるんだよ」

 

「う、うるせえな! でも、この気持ちは……いや、だって……」

 

「んー、でも孝之が迷う気持ちは分かるのよね。この距離感が心地いいっていうか」

 

「……じゃあ、間違いなんだよね? 酔った勢いで孝之くんの部屋に飛び込もうとしたのは、水月の本意じゃないんだよね?」

 

「ど、どうしたの? お姉ちゃんと先輩がまた怖くなって………あ、お兄ちゃんが逃げようとしてる」

 

「ばっ?! おま、これはそういうことじゃなくてだな、みんなのためにジューシーな肉とビールを持って来ようとだな!」

 

―――唐突に始まった修羅場を、いつものことかと流す隊員達が居たり。

 

 

「いいから、はっきりしてよお姉ちゃん、那智兄も……!」

 

「いや、だって、ほら、なあ」

 

「違うんだ風花、私とこいつはそんなものでは」

 

「嘘ですよね、碓氷少佐。だって先月、酔った時に会いたいって泣きながら」

 

「う、裏切ったわね伊隅!」

 

「火事と喧嘩は江戸の華、修羅場と痴話喧嘩は宴会の華と申しまして」

 

「……まだ素直になれていないんだな、伊隅少佐は」

 

「純夏ちゃんが提唱した一緒にお風呂大作戦が、その」

 

「ああ、姉に先んじられていた件か。噂のバスト100越えの」

 

「なにか言ったか宗像、風間」

 

「―――って、速瀬大尉が言っていました。これは本当です」

 

「宗像ぁぁぁっ!?」

 

―――恋愛劇から一転、修羅場の横で反省会が始まり、愁嘆場になった所もあり。

 

 

「掃除しても掃除しても湧いて出るよなぁ……絶対、アレだろ。スパイを惹き付けるフェロモンとか出てるだろ、あの基地」

 

「腐るなよ、レンツォ。未だあの基地は世界の台風の目なんだ、覗きが趣味じゃない奴でも出来心を起こしたくなるのはおかしく無いんじゃないか?」

 

「……含蓄があるな。アクシデントを装って祷子と社の着替えを覗いた者の言葉だけはある―――大した説得力だ」

 

「……許しません」

 

「お、落ち着いて下さい美冴さん。霞ちゃんも、そんな怖い顔をしないの、ね?」

 

「いや、だからあれは何者かの陰謀っていうか――なんで目を逸らすんだレンツォ、まさかっ!?」

 

お前かぁ!と叫ぶシルヴィオの口に、冷たい視線と焼けた牛串が突っ込まれたり。

 

 

「そういや、タケルよ。お前、ヴィッツレーベン中尉になんかしたか? ほら、あのえっっっっっらい巨乳の戦術機キチ」

 

「その言葉の選択には悪意を感じるんだが……なにもしてねえよ? せいぜいが、戦術機勝負でボコボコにしたぐらいか」

 

「やってんじゃねえか! くそっ、やっぱり原因お前かよ。いつか目に物見せるって息巻いててよ。日本でのことを怪しんでるのか、フォイルナーとファルケンマイヤーが何があったのかってしつこく聞いてくるし……!」

 

「……今度の作戦の準備で、一ヶ月ぐらい欧州(こっち)の基地に滞在するんだろ? ちょうどいいから、色々と弁明というか説明を………あれ、事態が悪化するような気しかしないのは、俺の気のせいか?」

 

「……俺にはララーシュタインのダンナと一緒になって、あれこれポーズ決めてる未来が見えたぜ」

 

「ははっ、やめろよ……いや、冗談抜きでやめろ下さい」

 

「た、タケルよ……いいから白狼殿を刺激するなよ、ってまたまたご冗談をじゃねえよ、あの人が怒ったらマジで怖いから!」

 

「そう言われてもなぁ……でも、アルフがそこまで怖がるとか、興味湧いてきたな。具体的にはどのぐらい?」

 

「ターラー大佐の1.5倍」

 

身体の芯から震え、あ号標的や飛行級とは比べもんになんねえと戦慄した後、大人しくする事を誓った嘘つきが居たり。

 

 

「貴殿の妻には、本当に助けられた。ふ、息子の方は助けられるというより、色々と楽しませてもらったが」

 

「ど、どういたしまして……というべきでしょうか。というか、あいつがまた何か無礼を………!?」

 

「……怖がる必要はない、影行殿。無礼こそが良い、という変わり者の五摂家が一人は居てもいいとのことらしい故な」

 

「それじゃ脅してるようにしか聞こえんぞ、真壁よ。心配する必要はない、含む所は本当に無いんだ、父上殿―――と、かざ、いや、光殿もどうしてそのような引きつった顔になるんだ?」

 

「む、陸奥大尉! 白銀中佐の父上様と母上様はお疲れのようす、ここは是非とも私が看病を―――」

 

「いえ、ここは光様の親類でもあり、影行殿とも気心が知れた仲でもある私の役目でしょう………ど、どうしてそのように怒るのですか、朱莉さん」

 

「落ち着きましょうね、朱莉。雨音殿は素のようですが。というか……ええ、それは疲れますわよね、お二人とも」

 

「……俺、浮気だけは絶対にしませんから。ええ、決めましたよ藍乃さん」

 

―――16大隊の面々と、隊から離れ斯衛も退役した光と影行が一人の人物というか渦中の問題児について話をしたり。

 

 

「……噂じゃ、お忍びで来ようとした九條大佐を、斉御司大佐が必死に止めたとか」

 

「そうなると収拾がつかなくなっていただろうからな……しかし、改めて見回すと凄まじい人脈だな」

 

「錚々たる、という言葉はこのような時に使うのでしょうね~。でも、分かりますわ。遠田の一部有志が、十束の後継機を作ろうという程ですものね~」

 

「あれのバージョンアップ、か………どっちも正気とは思えないな」

 

「真那様と真耶様でも無理でしたからね、って怖いっ?!」

 

「……怒ってはいないぞ。少し訓練の量を倍にしようかと思っただけだ」

 

「まあまあ、落ち着いてください月詠さん。作る方も使う方も変態御用達なんです、逆に光栄に思うべきでしょう」

 

「そ、そうですよ~! それに真那様も白銀中佐と一緒に帝都でお茶に行ったりなんかして、満更でも―――」

 

「ほう―――詳しく聞かせてもらおうか、真那」

 

 

―――第19独立警備小隊から殿下直轄の戦術機甲中隊を任された者達と整備班長になった男が、内紛の危機を迎えていたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、少し離れた場所ではひっそりと会場に来ていた夕呼が椅子に座り。武も同じ場所で椅子に座りながら、騒いでいる人たちを眺めていた。

 

互いにグラスに入ったビールを持っては居るが、言葉も視線も交わすことなく。やがて会場の中心で一際大きな笑い声がした後、夕呼は前を向いたまま話しかけた。

 

「……それで、色々と聞く覚悟は貰えた?」

 

「ええ。覚悟と言うよりは、勇気ですね」

 

何を言われても飲み込めるだけの気持ちを。そうして笑う武は、尋ね始めた。どう考えても助かる見込みが無かった自分が、今こうして生きていられているのは、死ななかった理由は何なのかと。

 

夕呼は推測が入るけど、と前置いて話し始めた。

 

「……限りなく死に近い状況にあった。それだけは間違いないけど、助かる見込みがゼロだったという訳でもないわ。モトコ姉さんに確かめたけど、あの時の白銀の状況なら……そうね。10万人居れば一人は助かったかもしれない、という程度のものでしかない」

 

夕呼は姉のモトコから聞かされた話をした。未解明な部分もある人間の身体は、極稀にだが奇跡を起こすことがあると。武はその説明を聞いて、頷きはするも納得はしなかった。

 

「でも、その0.001%を俺が引き寄せたっていうのは………いくらなんでも、都合が良すぎでしょう?」

 

10万人に一人という、確率で言えば奇跡とも呼ばれるその強運を自分だけの力だけで引き寄せられたとは思えない。常識では考えられない可能性、あるとすれば世界を越えたという特異な体質によるものか―――あの時のカシュガルの最奥の広場に集まっていた大量のG元素か。自分の予想を告げる武に、夕呼は答えた。両方の要素に、もう一つの要因が重なった結果だと。

 

「それは……どういう、意味ですか?」

 

「その2つの要因は、材料でしかないのよ。放置すれば何が起こる訳でもない、燃えにくい薪のようなもの」

 

「火を起こすには火種と着火剤が必要になる、ですか……でも、そんなものがどこに」

 

「……虚数空間における記憶の流動は、付随する本人の感情に強く左右される。それは特定の条件では、因果にも干渉するの」

 

だから、と夕呼は会場で笑う者達を見ながら、告げた。

 

「みんなが、アンタのことを強く思ったのよ―――絶対に死んで欲しくない、とね」

 

言葉にすれば単純明快でしょ、と夕呼は苦笑した。その想いの強さが、十万分の1の確率を呼び寄せた。妄想ではない、現実として事象を捻じ曲げた結果であり、G元素を介して運の強さを引き寄せていたBETAと同じことをしたのだと、夕呼は一番適している可能性が高い推測を語った。

 

「元々、肉体の方にも干渉していた痕跡があったのだから、おかしくはないわよ。ただ、デメリットもあるわ」

 

「……以前より、不安定な存在になったということですか」

 

「ええ。アンタは今までよりもっと、自分ではない誰かとの繋がりを保持し続ける必要があるわ……問題は無いでしょうけどね」

 

「えっと、どうしてですか?」

 

「見れば分かるわよ」

 

夕呼は小さく笑い―――万が一にも武以外には聞こえないようにと、小さな声で話し始めた。

 

「―――ありがとう。あんたは、あんた達は……間違いなくこの世界を救ったのよ」

 

「いえ―――こちらこそです。俺が救世主なら、夕呼先生は聖母ですよ」

 

「………それは遠慮願いたい所ね。何より、あんたみたいな女泣かせのろくでなしを産んだ覚えはないわ」

 

「ひでえ」

 

軽口を交わしながら、二人は笑いあった。

 

武は、心の中で更に礼の言葉を反芻していた。表舞台や宴会といった催しは苦手だと公言する夕呼が、わざわざ足を運んでくれたことだけではない、こちらの内心で落ち着くまで説明を待ってくれたことを。そして宴会の最中に不安にならないように、気遣ってくれたことを察していたからだった。

 

「……アンタはそのままでいなさい。きっと大丈夫だから」

 

「分かってますよ。死にたいだなんて、無責任になっちまいますから」

 

「確かにね―――ほら、噂をすればよ」

 

夕呼は椅子から立ち上がり、こちらにやって来た人物に会釈をしながら会場の中に居るまりもの所へと去っていった。

 

入れ替わり武の前に現れた女性―――悠陽は、笑顔で武に話しかけた。

 

「失礼します……こちらに座っても?」

 

「拒む席は持ってないよ、悠陽」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

悠陽は嫋やかな仕草で椅子に座ると、武と同じように会場を眺めた。そこには陸軍や斯衛や国外の軍といった隔てもない、自由に言葉と感情を交わす人たちの姿があった。

 

「……素晴らしい作戦でした。経緯から結果に至るまで、地球の史上に間違いなく残る、大勝利でした―――ですが、私はそうは思えなかった」

 

突入部隊の状況は、悠陽の耳にも入っていた。武が心肺停止のまま基地にたどり着き、処置を受けても心臓は動かず、蘇生に成功したのはしばらく経ってからという部分も。

 

「生命を賭して敵の大将を討ち取ったことを誇ればいいのか、悲しみに泣き叫べばいいのか。あれだけ自分の感情に戸惑った日は、二度と来ないでしょう。その後に、其方が無事だったという連絡が入った時に犯した失態も」

 

「……月詠さん達が、手を打ってくれたんだよな」

 

「ええ……初めての体験でした。歓喜のあまり、脇目も振らずに涙を流すのは」

 

盛大に眼を腫らした所まで、よくよくこちらの殻を破ってくれますね、と悠陽は優しい声で微笑みながら囁いた。

 

「本当に、其方には感謝を―――それ以上に其方に何を返せるのか。返すことができるのかと考えるも、考えが至らず……自分の未熟さを恥じる毎日を過ごしています」

 

「え、いや、そんな……必要ないって」

 

「……わたくしの想いは、迷惑だと?」

 

「違う。悠陽が笑ってくれてたら、それだけでいいから」

 

そのために、あの地獄でも最後まで戦い、意地を貫けた―――死の淵から戻ってこれたと、武は飾らない事実だけを告げた。

 

悠陽は、その言葉を聞いて眼を丸くして。本当に其方は、と声を震わせながら呟いた後に俯き、その両目から一滴の涙が溢れた。

 

「ちょっ………!? な、なんで泣いて」

 

「……も、申し訳ありません。す、すぐに笑いますゆえ」

 

「いや、無理に笑わなくても……というか、なんか酷いこと言ったか、俺?」

 

「ふふ……ある意味で酷いと言えばそうですね」

 

喪失への恐怖がまだ増えますので、と悠陽は声には出さずに。眼を拭ったあと、静かに椅子を立った。

 

「ありがとう、ございます」

 

「え、もう行くのか?」

 

「ええ。其方を独り占めするのも、悪いですから」

 

そして、と悠陽は武と同じく、眺めていたものを見つめながら呟いた。

 

「全員が生還できた……大敵に勝てたのは、其方達の想いが根底にあったからと、今でも、そう考える時があります。自分ではない、誰かのために限界を超えられる者だからこそ―――」

 

誰かが誰かを想う時、失いたくないと足掻く時、数秒前までは限界だった所をあっさりと超えることができる。あ号標的が見誤ったのは、その生命の本質を捉えられなかったからだと悠陽は確信していた。

 

失った時の痛み、失いたくないという激情。その情動に名前を付けるのならば、と。悠陽は想うも、これ以上は無粋になると微笑み、歩き出した。

 

「それでは、また………ゆっくりと二人で時間が取れる時を」

 

「あ、うん、そうだな。会いに行くよ、俺の方から」

 

「ええ、お待ちしております」

 

笑顔のまま悠陽は告げると、真那達が待っている場所へ戻っていった。

 

そして何を言おうとしていたのか、考え込む武の所へ、入れ替わるように。ターラーとラーマに背中を押されて、やってきたサーシャは、軽く手を上げながらぶつぶつ呟いている武に話しかけた。

 

「こんにちは。えっと、その………こ、この席だけど、空いてる?」

 

「見た通りだけど……え、なんだよサーシャ、今更どうした?」

 

「え、うん今更だよね……ち、違うの、なんにもないにょ」

 

「いや噛み過ぎだろ。つーかマジでどうした、もしかして体調が………?」

 

「ううん、それは大丈夫だから」

 

サーシャは答えるなり、武の横の席に座った。そして深呼吸をした後、いつもの調子に戻ると、武の横顔を見た。そこには、いつになく嬉しそうな笑顔があった。

 

「今にも立ち上がって大声で笑いだしそうだね……というよりも、ひょっとしてだけど―――我慢してる?」

 

「な、なにをだよ」

 

「今すぐに泣きながら転げ回りたそうにしてる。やったぜ嬉しいぜ、って叫びながら」

 

「……誰にも言うなよ」

 

「うん、言わない」

 

気づいている人はあちこちに居るけど、とはサーシャはあえて言わないまま。武は嬉しそうな笑顔を向けてくるサーシャに、照れくさそうに尋ね返した。

 

「良かったね。頑張ってきたことが、無駄にならなくて」

 

「……マジでな。でも、今でも夢なんじゃないかって思うよ。あれだけの状況だってのに、誰も死なずに済んだこととか」

 

突入部隊に戦死者が出なかったことは、横浜基地では語り草になっていた。一部からは誤魔化しただの、実は偽の部隊が突入してだの、真実を疑う声が上がっていた。当事者全員でさえ信じられないのだから、無理もない話なのだが。

 

「確かに、そうだね……運が良かった、と言われればそうなのかもしれない。でも、それ以上に必然だと思えるようになったんだ」

 

「そのこころは?」

 

「結局の所、奴らは最後まで死に物狂いにはならなかった―――こちらは本当に全部、全てを賭けていたから」

 

手に持つ物全て、胸に抱えているもの全部、足りなければ持っていけとその身まで差し出す覚悟で勝利を掴み取りにいった。力の差を埋めたのはそれだと、サーシャは断言する。

武はその言葉を聞いて、苦笑と共に出会った時のことを思い出していた。

 

「蛮勇でも勇気には違いないだろ、か。あの時もカシュガルでも、死ぬつもりは毛頭無かったんだけど」

 

「だけど、一歩を踏み出そうと思えた―――その想いが無かったら、今頃この星はきっと……」

 

サーシャは呟く。少し、恨めしそうな顔をしながら。

 

「だから……あの時の特攻のことは………もう責めたりはしない。出来る限りは責めない。またあんな事をやって死にかけたら泣くけど。それはもう泣いて泣いて死ぬまで泣いて泣き叫んだ後にまた泣くけど」

 

「……責めてるようにしか聞こえないのは、俺の気のせいか? いや、泣きそうになるなって頼むから」

 

胸のあたりが締め付けられるんだよ、と武は眼を逸した。

 

誤魔化した、とも言う。サーシャは少し怒りながらも、影行からの伝言を武に伝えた。

 

「全員が来場したから、挨拶の言葉を頼むって。中締めというか、ケジメ?」

 

「……え。お、俺がするのか?」

 

用意してないぞ、と武は焦り始めた。サーシャはその様子を見てそれまでとは別のベクトルでのイイ笑顔を浮かべると、こちらを見ていた戦友たちと目配せをした。

 

「よーう色男。お立ち台の準備は出来てるぞ」

 

「名演説、期待してるぜ?」

 

「ほら、急いで立って立って。あ、マイクは準備済みだから心配は要らないぜ?」

 

「ちょっ、お前ら!? さ、サーシャ、助け………!」

 

武はサーシャに手を伸ばすも、良い笑顔で親指を立てられた。武をひっつかんだアルフレードとフランツ、アーサーもサーシャに親指を立ててイイ笑みを浮かべると、武を引きずるようにして会場の中央まで連れて行った。

 

途中からグエンに陸奥、マハディオにラーマとユウヤまで加わって荷物のように担ぎ上げられた武はそのまま壇上へ。

 

その立派な場所を見た武は呆然とした。恐らくは下手人の一人であろう父親に向かっていつの間に用意したんだよ、と恨みと共に復讐を誓った後、覚悟を決めて立ち上がった。

 

 

『あー、えーと………(えん)(たけなわ)ではありますが、ってうるせえ! 誰だ引きずり出しといて帰れコールしてんのは!』

 

武は親指を下に向けながらブーイングをするアルフレードとアーサー、マハディオに同じようなジェスチャーを返しながら、怒鳴った。

 

「あー聞こえんなー」

 

「ふん、声が小さ過ぎるな」

 

「なんだ、泣かせた女の数でも発表するのか?」

 

「発表されても、それはそれで主催者の胃腸が死にますね」

 

「あ、この焼き魚美味しいわ……日本酒ともよく合いそうね」

 

「まりも、いいからそのあたりで、ね? ……早く、アンタも手伝いなさい、国際問題になるわよ」

 

「……祐悟がおったら、どんな顔してたんやろうな」

 

「巨乳に特攻した後に死んでただろ」

 

「す、純夏さん、くすぐったいです」

 

「あーはははは、くすぐり返しー!」

 

「ひゃんっ!? ちょ、ちょっと、イーニァ?」

 

「ここで一曲、歌います!」

 

「乗った! 孝之、伴奏お願いね」

 

「腹太鼓なら任せろ」

 

「た、孝之くん、水月も酔ってる?」

 

「お姉ちゃんは全く酔わないね……」

 

「あーもう、美人ばっかりなのになー、俺には春がなー」

 

「元気を出せよ、青少年。女は星の数だけ居るっていうぜ」

 

「ま、待てレンツォ、星に手が届くならってハラキリしそうになってるぞ」

 

「……ここはもう、アレをちょん切るしかなさそうな」

 

「ウインナーを噛みちぎりながら言う言葉じゃないと思いますわ、美冴さん」

 

「ひえっ」

 

 

武は、壇上で泣きそうになっていた。こちらを見てない者ばかりだったからだ。やってられねえと遠い目になった武は、ふと視線を上げて、見た。会場の背景を―――子供の頃を過ごした我が家と、その周囲を。

 

(復興は、まだ時間がかかるよなぁ………何も終わっていないし)

 

戦術機に潰された純夏の家のように、昔のようなまともな形を留めているものは皆無だった。それだけに、G弾の爪痕は深かったのだ。

 

それだけではない、BETAという狂風による傷跡はそこかしこに見られる。目に見えないものを含めれば、それこそ途方もない量になるだろう。復興にどれだけの力と心と時間がかかるのか、その果てを見ようとすれば目眩が起きる程に。

 

それでも、いつかのように落ち込む気持ちは無かった。どうしてだろうか、と考えた武は馬鹿騒ぎをしている人たちに視線を落とした。

 

同時に、会場に来る前に立ち寄った基地と、桜並木の風景を思い出した。

 

 

(―――ああ、そうだな)

 

 

フラッシュバックをしたのは、どこかの世界の最後の光景。夕呼と霞と自分しか居なかった、あまりにも寂しく、孤独感で頭がどうにかなりそうな。

 

それがまるで嘘のように、今自分の目の前には、大切な人が揃っていた。生きている証拠だと言わんばかりに、それぞれに言葉を、呼吸をしていた。

 

ふ、とそこで武はぷつりと何かが切れる音を聞き。

 

 

『―――あ』

 

ひきつったような、子供が泣き始める前と同じ、息を吸う音をマイクが拾い、そして。

 

 

『あ、あああああああっ……!』

 

 

泣いた―――と言うよりも、叫んだという表現が適していた。

 

眼からは涙が溢れているが、吠えているという印象の方が深く。

 

 

『あああああああぁっっ!』

 

 

みっともないと、自分の中に居る冷静な部分が言う。

 

それでも、武は止まらなかった―――止められなかった。

 

 

『わああああああああっっ!』

 

 

嬉しい、嬉しい、嬉しい、良かった、良かった、良かったという気持ちは胸の中に到底収めることができなく、震える声と涙になって。

 

 

『あああああ………っ!』

 

 

そして、武は聞いた。

 

みんなの大きな拍手を―――称えるような声を。

 

一部、からかうような声もあったが、不思議と暖かさしか感じられずに。

 

そこでようやく、武は何とか気を持ち直すと、持っていたグラスを掲げ上げた。

 

 

『――――乾杯!』

 

 

『『『『乾杯!』』』

 

 

武の声に応え、全員が唱和と共にグラスを天へと掲げ上げた。

 

 

楽しく明るい賑やかな声が、青空の中に響き。

 

 

白く大きな雲と共に、どこまでも広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――オリジナル・ハイヴの殲滅から、40年。最も尊きあの作戦の発信源となったこの地で今日という日が迎えられたことに―――私は心から感謝致します』

 

 

史跡となった、横浜基地宇宙港に建設された、蒼穹作戦の戦勝記念広場。その会場の奥にある壇上で演説をする、人類統合体の初代総監である社霞―――外見は14歳の少女のものだが、その雰囲気は並ならぬものであることが一目で分かる―――の姿を眺めながら、武は深く頷いていた。

 

「心に染み入りますね、夕呼先生」

 

「ええ………ようやく、ここまで来れたわ」

 

壇上では第二次大戦や、それ以前の人類と人類が争った日々。そして第二次大戦の最中に突如現れた外敵―――BETAの襲来と、人類の危機。乗り越えるために初めて一丸となれた作戦で敵の本拠地を攻略することはできたものの、人類の対立は無くならなかったその悲劇を、罪深い歴史を霞は語っていた。

 

自然種、調律種(人工ESP発現体)人造種(00ユニット)合成種(βブリッド)

 

人類自身が巻いた争いの火種は大きな嵐となり、互いに憎み合い啀み合った結果、種別を問わない、多くの人たちが犠牲になっていった。

 

戦いが終息を迎えたのは、5年前。

 

各勢力の代表者が集い、話し合った結果、遂に戦争は終わったのだ。

 

ただ一つ、珪素生命体(シリコニアン)との和解という課題を残して。

 

 

『―――そして、今若者達が再び旅立ちます。地球人類が生命体であることを認知させる、その大望を果たさんがために』

 

 

昨年に発見した、彼ら(シリコニアン)の惑星に向かうための準備は完了していた。そのための統合宇宙総軍の軌道異相空間転移ゲート(フォーマルハウト)であり、使節の艦隊だ。旗艦であるエルピス級跳躍航宙母艦も既に展開を始めていた。

 

「でも、良かったの? タケルが行かなくても」

 

「大丈夫さ。それに、もう俺達の時代は終わったよ」

 

「そうね。あとは、年甲斐もなくはしゃぐな、ってアーシャとアカシャあたりに怒られるものね?」

 

「はは、そうですね。あとは、墓参りのスケジュールも詰まっていますので」

 

「……ああ、新任衛士の変なプライドを墓送りにする仕事ね?」

 

ボッキボキに折って、と笑う夕呼の言葉に、武は萎縮せず胸を張って自慢した。

 

「それが俺の日課……いえ、俺の出来る最後の仕事ですので」

 

生きたお伽噺かなんだか知らないが時代遅れの伝説風情が、と舐めきったエリートの鼻を折って軍人に、部下を無駄に死なせない士官を育成するためには必要なことです、と。

 

非公式だが、第八世代戦術機のF-47(イシュクル)を相手にMe101P(フェンリル)で勝った規格外の極みに至った衛士は―――夕呼と同じく、強引に受けさせられた加齢遅延処置により30代にしか見えない容貌で、爽やかに笑い飛ばした。

 

 

『ともすれば、この試みが恒星間戦争の端緒となるやもしれません。ですが、まだ交わせる言葉がある筈です、我々には彼らに伝えられる意志があるのです』

 

宇宙は広い―――だからこそ、我々が争う必要はどこにもないと。

 

不倶戴天であった過去と決別して、共に宇宙という空の中で共存できるのだと。

 

互いに殺し合った愚かな種族。それでも、艱難辛苦の時代を乗り越えて共存の道を選ぶことができたからこそ、訴えられる想いがあるのだと。

 

 

『……若者達よ。相争う術しか持てずに居たのが、我々のような前時代の人類の愚かさの象徴であり、人類の幼さの証拠でした……それでも、悲劇の果てに戦争を終わらせることが出来た。その気持ちの根源を―――真心と希望を、貴方達に託します』

 

 

この旅路が、宇宙という宇宙から生きとし生けるもの全ての平和をもたらす礎となりますように、と。霞の祈りの声が発せられた後、艦隊は転移を開始した。

 

 

軌道異相空間転移ゲート(フォーマルハウト)が動き、ラザフォード/コウヅキフィールドが展開されていく。

 

 

『どうか、彼らに伝えてきて下さい―――私達には争いの果てでも繋ぐことができる手と手があることを』

 

 

それが、演説の締めくくりの言葉となり―――数分後、全艦の転送が成功したという報告が霞の元へと届けられた。

 

 

霞はそれを聞き届けた後、待っていた夕呼達の所に戻ってきた。

 

そして嬉しそうな笑顔を浮かべながら、武の胸元へ真っ直ぐ飛び込み、抱きついた。武は震えている霞の身体をそっと抱きしめ返しながら、労いの言葉をかけた。

 

 

「本当にお疲れさまだったな、霞。でも、あっちに残らなくて良かったのか?」

 

「副総監が、『今日は特別です』と………明日からはまた、忙殺の日々ですが」

 

「そうか」

 

 

武は霞の頭をぽんと叩いた。そして、感慨深く何度も頷いていた。

 

40年前、この地で開いた宴会の時から、立派に成長したと嬉しそうに笑いながら。

 

 

「成功………するといいな」

 

「大丈夫ですよ、絶対に。旅立つ子達には、色々と語り聞かせましたから」

 

「えっと……嫌な予感がするんだが、なにを?」

 

 

問いかける武に、霞は当たり前のことを教えるような声で答えた。

 

 

「決まっています。永遠に消えない、人と人を結ぶ絆の物語です」

 

「……その、題名は?」

 

 

よくぞ聞いてくれましたと、霞は綺麗な笑顔で語り聞かせたあらすじを応えた。

 

 

「それは、とてもちいさな切っ掛けから始まりました………」

 

ちっぽけな一人の少年の旅立ちが始まりだった。

 

そうして、いつの間にかとてもおおきな流れになり。

 

辛く苦しいことがあったけれど、楽しく笑い飛ばせるような仲間と。

 

「とてもたいせつな人たちと一緒に、最後まで戦い抜いた―――武さんと、皆さんで紡いだ物語です」

 

 

題して――――“あいとゆうきのおとぎばなし”。

 

その言葉には、これ以上無いと言わんばかりの誇らしげなものがこめられていた。煌めいている声と、懐かしいその言葉に武は様々な人を思い出すと、笑いながらも目元を押さえたが、隙間から溢れるように涙が零れ始めていた。

 

 

たまらずに、俯き。下へと傾いた武の頭を背伸びした霞とイーニァが優しく撫で始めた。その横で、夕呼は苦笑しながらゆっくりと空を見上げた。

 

 

―――その視線の先では、いつかの時と同じように。

 

 

どこまでも広い青空が、雲と共に見果てぬ地平線の先へと流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              最終章 ~ take back the sky ~  fin

 

 

 


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