きっかけは、兄を驚かせてみたかったから。
両親の離婚に伴い、兄と離ればなれになったおれは、久しぶりにあったとき、女物の服と軽い化粧をした。
自慢にならないがおれは幼い頃から女みたいな男と評判で、我ながらそこいらの女子よりキレイになれる。
化粧の仕方を覚えたのは兄と離れてからで、だからおれの女装した姿を見たことがない兄は、ちょっと顔を赤くしてたじろいだ後に大層驚いて、楽しかった。
それからは、会うたびに本気でキレイな姿を目指した。
あたふたしていた兄を見るのは、本当に久しぶりだったから。
今にして思えば、それがいけなかった。
いや、そういえばもっと昔から、随分と弟想いな兄だった気もする。
※
ユグドラシルというゲームにおいて、異形種アバターでありながら人間基準の整った姿になるには、相当な手間と金が必要だ。
おれは異形種でありながら、リアルでの女装した自分をベースにしつつ、それなり以上に美形な女性型アバターを手に入れていた。
作成できたのは、伝説扱いされる超有名ギルドの支援あってなのだが、兄によるリアルマネー出資も非常に大きい。
勤め先でそこそこの地位にいるらしい兄の課金によって、おれのアバターは完成したのだ。
ただでさえ金を得るのが難しい昨今、さすがに悪いから何度もお断りしたのだが押しきられている。
ちなみに兄は、おっかない頭部に申し訳程度の胴体以外は殆ど触手な見た目だ。
本人曰く『かのタブラさんを更にうねうねさせた感じで最高に良い』だとか。
そしておれのアバターに関しては
『これだ……身長や顔はリアルの…加えてナイスおっぱい…形の良いナイスヒップ……それでいて細すぎず太すぎないスポーティーに健康的な肉付き…露出は少ないがボディラインのわかる服と装備…これが見たかったんだ……』
ボイスがオンになっているにも関わらず、そんなことを言って運営から強めに警告される程度には喜んだらしいし、おれ自身なんだかんだ愛着のあるアバターができたので、まあ良しとした。
流石にその言い方はヤバくないかと思いはしたが、まあ所詮はゲームアバターだし。
実際兄も、おれがドン引きしたら、笑いながら冗談だと。
仕事で真面目に振る舞う分、下ネタが好きなのだと。
そう、考えていたのが甘かった…。
「あばれんなよ…あばれんな!」
「やめっ、はなせぇー!」
あのさ、兄貴。
ゲームから帰れなくなっちまったんだよ?
NPCが自ら動いてんだよ?
黒く輝く床に敷かれた赤い絨毯とか、高い天井から下がる幾つもの照明とか、扉や本棚があちこち嵌め込まれた壁とかさ、質感が明らかに仮想空間の域を越えてるんだよ?
挙げ句の果てには、アバターなのに触覚や嗅覚や痛覚なんかがあるんだよ?
おれのアバターを犯ろうとする前に、やることなんざいくらでもあんだろうがっ!
やめろよ、触手からめてくるなよ!
ていうか普通はNPCだろ!
原作まんまだとアウトだからインナーだのスパッツだの追加してるけど、おれよか余程過激じゃねーかよ!
「フハハハハッ!わたしはこの時を待っていた!新たな世界へ転移することを、このアバターがリアルになる日を…わたしはずっと待っていたんだ!」
「血迷ったか兄貴、おれのリアルでの性別を思い出せよ!てか周りに超美少女が居んだろが!そっちだろ普通!」
「初めてはおまえだって決めてんだよ!女とか今はどうでもいいからしゃぶれオラァ!」
「うっそだろおまえ、触手に成りたかったうえにホモとか、うっそだろおまえ!」
「ちがーう!わたしはホモじゃない!わたしは、ただ…ただ…」
おいNPCたち、ホモ否定にほっとしてる場合かよ。
ささやかとはいえ我らが拠点の、しかも玉座の間で御乱心だぞ、とめろよ、おい。
「おまえのことが、好きだったんだよ!」
「やっぱりホモじゃないか!」
「だからホモじゃねえよ、好きな奴が偶々玉付きだっただけなんだよ!いいからケツだせオラァン!」
「いやだぁーっ!正気にもどれよクソアニキイィー!!誰か助けてくれよぉーっ!!」
「だ、旦那様、お待ちください!」
たまらずというように、身の丈より大きな斧を持った銀髪巻き巻き尖り耳つるぺたロリドワーフ系なNPCが声をあげた。
ナイスだNPC!
なんで普通に動いたり喋ったりしてるのかは知らんが、とにかく助けて!
「ユーミル、邪魔をするな!」
「ですがっ…これでは、妹様の御心が…」
いや気圧されるなって。
ほら他のみんなも、ひざまづいたままオロオロしてないで、ホラホラ。
あと、妹様ってなにさ、確かにどうみても女なんだけどさ。
というかさっきから兄は全然驚かないけど、本当にこうなることを予測してたってのかよ?
「創造主の命令が聞けないと言うのか、ユーミルッッッ!!」
「!!…申し訳ございません、旦那様…」
え、なに、創造主?
ああ、そういえば彼女は兄がメインで製作したもんね…だから逆らえないの?
なんか順応はやすぎんだろこの兄!
「くそっ…そうだ、ライラ、助けてくれ!」
颯爽と、おれの傍らに立ち、銃のような武器を構えた金の癖ッ毛ショートに機械の翼の天使みたいな彼女は、おれがメインで作った。
…しかし本当に、NPCが自意識を持っているのか。
チラリと見た横顔に伝う涙は、本物にしか見えない。
一瞬で兄の傍に行き、兄を庇うように立って、禍々しい大刀を構えたアルドラの、悲痛に歪んだ表情は、設定上姉妹同然なNPC同士で武器を向けているからか。
「ライラ…貴様、旦那様に武器を向けるか」
「それが……それが、妹様の御望みであるならば…うっちゃいます…よ?」
他のNPCたちも覚悟を決めたのか、悲壮な表情で各々制作者側につき武器を構え、まさに一触即発。
「…ヒラメイタ…」
「えっ、兄貴いま何か言ったか?」
そんな中、兄は極小さな独り言を呟いてから、伸ばしていた複数の触手を下げた。
「皆の者、さがれ。アルドラもだ、武器を納めよ」
なにその口調。
「これは、我ら兄弟の戦いだ、決して譲れぬ魂のぶつかり合いなのだ。おまえたちの手出しは無用」
「しかし旦那様…」
「アルドラ!!」
兄は、アルドラを触手で絡めとり、ひきよせると、あちこちまさぐり始めた。
えっいやっ何してんの?
「アルドラ、下がれと、いったのだ」
「だ、旦那様…もうしわけ…あぁっ…」
触手を巧みに操る兄に抱かれ、悩ましい表情を浮かべ、耳まで真っ赤になって喘ぐアルドラ。
他のNPCたちが、ライラまでもがチラチラと羨ましそうな視線を向ける。
いやいや、君たちはそうかもだけど、おれはごめんだからな?
「良いか、今現在、我々はかつてない危機的状況におちいっている」
だったらまずその卑猥な触手を止めたらどうなんですかね…。
「この状況を乗り切るためにも、まずは指揮系統を整理する必要がある」
一理ある。
「アルドラ、おまえは、わたしが作製した。そして、おまえの全ては、わたしのものだ…そうだな」
「は、い…あぁん!」
「しかしおまえたちの中には、弟が…いや、今は便宜上妹としよう…妹が、作製した者もいる。故にだ、ライラがわたしへと銃口を向けたように、仲間同士で対立してしまう可能性が大だ」
「…旦那様…」
ライラは健気にも構えたまま、凄まじく辛そうな表情をしている。
なんか今にも板挟みで自殺とかしそう、ほんとごめんよ…。
「そこでぇ!今ァ!兄と妹、どちらが上なのかをハッキリとさせて!全てのNPCに、基本的にはどちらの命令を優先させるべきか、決めておくのだ!」
「いや、そのりくつはおかしい…おかしくない?」
「勿論、おまえたちNPCには、時として自由に判断、行動させる事もあり得る。今回のように、どうしても譲れないと考えた場合には、自らの意思を貫くのもいいだろう。そういうのカッコイイもんな!」
「…んっ…んんっ…!」
「アルドラをビクンビクンさせながら言うことかよ!」
「妹よ、わたしが焦りすぎた事は認めよう。おまえの事を怖がらせるつもりなど…まあ、無かった」
「本音は?」
「怯えてちょっと涙目なのもたまんねえなオイって感じでした」
「クソが!」
「だが、おまえを愛しているのは間違いない」
「!!」
「おまえは、わたしの無二の兄弟で、大切な存在だ。おまえのためなら人生だって投げ出せるさ」
やだ、今現在と矛盾しすぎることを平然と宣う兄が怖い…。
「しかし、もう抑えられんのだ!毎回毎回、会うたびにいちいち綺麗で可愛くなりやがって!なんかいい香りがフワッとすんだよちくしょう!」
迂闊…そう迂闊だった、おれは。
あまりにも、兄を信頼するあまり…兄と会えるのが…ダメなおれでも、できた兄をからかえることが、楽しいあまりに…。
「…そんなに、キレイだった、のかよ…おれが?」
「じゃなかったら、流石に女装した野郎と一緒に歩けるかよバカ」
「むっ…ぐぬぬ…」
「さあ、妹よ。安心しなさい、わたしの大事な妹だ、純潔は守るさ」
「は?」
「膜が破れなければセーフ、セーフだから!」
「だまれ変態!!」
「ありがとうございます!!」
もはや言葉は不要とばかりに、兄はアルドラを優しく床に下ろした瞬間、跳躍した。
触手をバネのように用いて、高らかに。
しかし、ただ跳ねただけ、魔法もなにも使っていない?
それらしき詠唱やエフェクトは無かった。
そもそも魔法やスキルやアイテムが、ゲームの頃のような効果を発揮するのか?
使用できるとして、どうやれば良いのか?
答えは、おれのNPCが間に入ると同時、兄が教えてくれた。
「スキル、アストラル・チェーン・バインド!」
「あっ!?」
詠唱に応じ、各々の足元から現れたカラフルな鎖によって、兄の側も含む全てのNPCが拘束された。
これは、兄が習得しているスキルのひとつだ、複数の対象を僅かな時間だが拘束する。
スキルが…この分ならば恐らく魔法なども…ゲームの頃のような効果を発揮し、かつフレンドリーファイアが解禁されている。
なるほど、ライラやアルドラが苦悶していたわけだ。
洒落にならない。
おれの足にも、鎖は絡み付いている。
が、全身を縛られたNPCと違い、拘束する類いへの対策によってなのか、上体は自由だ。
とはいえ、兄が伸ばした触手は、目前。
おぞけが走り、このままではレイプされてしまう、という恐怖に駆られて。
おれは、とっさに渾身の一撃を放ってしまった。
「ゴールデンハンマー!!」
「ぐっふぉ!?」
おれの右手が唸って光り、兄のアバター…いや、体に、深い傷をつけてしまった。
「あっ…兄ちゃん!?」
吹き飛んでいき、壁に激突、べしゃりと嫌な音をたてて、床に落下した。
頭部の、仮面からのぞく瞳に、先ほどまでの輝きは無く。
触手の根本、つまり胴体を隠すローブには、大きな穴が穿たれ。
体の大半を占める、太さも長さも形も様々な触手は、だらりと投げ出されている。
おれは、慌てて駆け寄った。
NPCたちも、必死で拘束を解こうとするが、まだあと数秒かかるだろう。
「ご、ごめん兄ちゃん、ちがうんだ、ここまでするつもりじゃ…」
どうしよう、頭が真っ白になってしまう。
ゲームだった頃とは、違うのに。
「…すまない」
「兄ちゃん…」
あれ?
なんでおれは、全身を触手で覆われているの?
「心配してくれてありがとう。こうすれば、駆け寄ってきてくれると信じていたよ」
「あ…あ…」
「本当に…すまないと思っている」
「…いやああああっ!?」
…最低だ…兄って…。
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