悪魔のリドル、剣持しえなと武智乙哉のお話です。
ストーリーは漫画版に準拠。
「「じゃーんけーん、ぽんっ!」」
教室の中心、武智乙哉と一ノ瀬晴の声が響く。
授業が終わり、仲がいい(らしい)二人はおしゃべりの結果、何故かじゃんけんをすることになったのだろう。
結果は――乙哉はチョキ、晴はパー。
「わぁ、また負けちゃった~」
「やったー! 普段、あんまり勝てないのにな~」
「えへへ、晴もあんまり勝てないなぁ」
「わぁ♥ じゃあ伊介ともやろー」
「あとでウチもやるッス!」
さらに犬飼伊介、走り鳰も参戦する。乙哉は笑顔で二人を迎えた。
「ん、いいよー!」
手を振る彼女に、まず伊介が進み出る。不敵な笑みを浮かべ、彼女は手を握る。
「じゃあ、じゃんけん、ぽんっ」
「ぽんっ!」
――伊介はグー、武智はチョキ。
「やったぁ♥」
ニコリと微笑む伊介。対し、乙哉はオーバーアクションで頭を抱える。悔しそうな様子に、晴はその横顔を覗き込んだ。
「うわぁ、負けちゃったーっ!」
「あれ、武智さん、またチョキ出した?」
「次はウチっスよ!」
続き、鳰が進み出た。片手を頭上で振り、グーの形に握る。
「じゃーんけん、ぽんっ!」
「ぽん!」
――鳰、乙哉、ともにチョキ。
不思議そうな顔で、鳰は乙哉を覗き込む。晴と伊介もそれに続いた。
「あれー、またチョキっすかー?」
「アンタ、チョキしか出さないのね~♥ 変わってる♥」
「そーお? 皆、どれ出しやすいとかあるよねー?」
「確かに。晴も、しょっちゅうパー出しちゃう」
「んー、伊介はそういうのないかなー♥」
「マジでー?」
楽しそうに笑いあう少女たち。
――だが、それを般若の如き顔で睨んでいる東兎角に気付く者は。
「……東、大丈夫か?」
彼女のひとつ前の席、かつ、乙哉の隣の席の、剣持しえな。
ただ一人だった。
「問題ない」
短く答え、兎角は席を立つ。それを追うように晴も席を立った。
「あっ、兎角さん、どこ行くの?」
「トイレ」
「晴も行きますっ」
「なんでだよ」
なんだかんだで仲がいいな、としえなは内心呟く。
「えー、じゃあウチも行くッス!」
「ついてくんな」
「えー、いいじゃないスかァ」
「もう、兎角さんっ……」
さらに鳰も参加し、ぱたぱたと一同は教室を出て行く。
――放課後。
カーテンの閉められた寮の部屋の中、乙哉は無数の花を手にしていた。花束から一本の花を引き抜き、ジャキンと音を立てて切る。それを剣山に刺すと、次の一本を手にし、再び切り裂いた。
ジャキン、ジャキン、ジャキン――延々と、ハサミの音が響く。
その様を、眉間に皺を寄せ、ベッドに座ったしえなが眺めていた。手にした文庫本の表紙には「夏の夜の夢」の文字。演劇好きの彼女はここでも戯曲を読んでいるようだが――おそらくハサミの音で集中が乱されたのだろう。だがあえて止めることもせず、乙哉の背中を眺める。
だが、不意にその唇が開いた。
「なあ、武智。なんで、じゃんけんでチョキしか出さないんだ?」
「え?」
「とぼけるな。昼間の話だ。おまえ、ずっとチョキばっか出してただろ。何か、チョキ以外を出したくない理由でもあるのか?」
「…………」
――ジャキン、ジャキン、ジャキン
答えは返ってこない。乙哉は振り返らない。それが答えだと判断したのか、しえなは再び口を開く。
「言いたくないなら、いいんだぞ」
「……ねー、しえなちゃん。グーってさ、石だよね」
唐突に、乙哉はわけのわからないことを口にした。困惑しつつ、しえなは頷く。
「……うん」
「でさ、パーってさ、紙だよね」
「うん、そうだけど、それが――」
どうした、と言おうとして、言えなかった。
ぐるり、乙哉は振り返る。
ジャキッ、ジャキッ。ハサミを鳴らしながら、乙哉は歌うように話す。
「石ってさ、ハサミじゃ絶対切れないじゃん。紙は逆に簡単に切れるからつまんない」
「……?」
「強そうな芯を断ち切るのが、快感なんだぁ……」
僅かに紅潮した頬。伏せた瞳は蕩けるような、それでいて狂気的な光を孕んでいる。しえなは彼女の言葉をゆっくりと咀嚼し、反芻する。理解できない言葉を、無理にでも理解するために。その瞳が、剣山に突き刺された花を捉える。
「……それで、生け花か」
「んー、生け花っていうか……あのねぇ、ここだけの話さぁ」
乙哉はハサミをくるりと投げ、握る。そのまま、しえなの隣に座り、顔を突き合わせた。
――いつになく、真剣な表情で。
しえなは気圧されたように、声を出す。
「……なんだ、あらたまって」
「あたし、シリアルキラーなんだよね。キレイな人をシリアルにキラーする」
「……武智……?」
「今ちょっとジジイの刑事に目ぇつけられてヤバいけど……それがなきゃ、今でもシリアルにキラーしてただろうなぁ」
ジャキ、ジャキッ、ジャキッ。
ハサミを弄びながら、乙哉は語る。その表情に、悪意はない。だが、倫理観もない。
しえなはその表情を眺め、目を伏せ、再び顔を上げた。言葉を咀嚼し、飲み込もうとする。長い沈黙の末、彼女は声を絞り出した。
「……知らなかった」
「ねえねえ、しえなちゃん。ビックリした?」
「普通するさ。だいたい同じ部屋で寝てた奴がシリアルキラーだなんて、思わないだろ」
「だよねー」
「…………」
あっけらかんと答える乙哉に、しえなは眉根を寄せる。乙哉は立ち上がり、再び花を手に取った。真っ白な百合の花を手にし、乙哉は不意に振り返ると、憎めない動作で舌を出した。
「……内緒だよ? しえなちゃんと、あたしの」
それは恐らく、このことがバレたら捕まるから――だけではないのだろう。それを確かめるため、しえなは再び口を開く。
「……じゃあなんで、ボクに話したの?」
「んー、なんでだろ?」
「お、おい、武智――」
乙哉は再び剣山のほうに向き直る。百合の茎を裂き、剣山に突き刺す。無数の花が、次々と剣山を埋めていく。
――あっという間に、百合の花を主とした生け花が完成した。
「ふふっ」
それを眺め、乙哉は満足そうに頷き――勢いよく振り返る。紫色のポニーテールが激しく弧を描いた。その瞳に純粋な輝きを宿し、彼女は手を伸ばす。
「――しえなちゃんっ。じゃんけんしよっ!」
「……はぁ? なんで」
「しえなちゃんが勝ったら、この花、しえなちゃんにあげるよ。大事にしてねー」
「は、はぁ? お前、さっきから――」
理解できず、思わず言葉を発した直後――しえなは思い出した。
――今朝、乙哉は予告票を出したのだ。
恐らく彼女は明日中には仕掛けるのだろう。彼女が成功しようがしまいが、乙哉は明後日には黒組を去る。
「……ほら、あたしとしえなちゃんってさ……明後日には離れなきゃいけないもん。だから、だよ」
くるり――ジャキン。
ハサミの音が鳴る。金属質の音が不敵に響く。
「――絶対、成功させるけどね」
乙哉は不敵に微笑む。一ノ瀬晴を必ず殺すと、宣言する。
――それは。
「……ボクも、同じだ。絶対に、成功させる」
しえなも、同じだ。
乙哉は笑う、嬉しそうに笑う。ジャキジャキとハサミを鳴らし、ひどく楽しそうに。そんな彼女に、しえなはおずおずと問うた。
嫌な予感を感じつつ。
「……じゃあ、お前が勝ったら?」
「ふふっ……しえなちゃん、おさげ、チョン切らせてよ!」
「ダメに決まってるだろ!!」
――当然のように、予感は的中した。
――翌日、同じ時間。
しえなは一人、呆然と、生け花を眺める。
百合の花が、さわさわと風に揺れる。愉快そうに、もしくはどこか哀しそうに。
――乙哉は、帰らない。
殺しに行ったにしては、あまりにも遅いと。不審に思ったしえなは植物園に向かい――。
傷だらけで倒れた乙哉を目撃した。
その傍らには黄色い小さな花が、ありえない血痕のように散らばっていた。息はあったけれど、目を覚まさない。
『――絶対、成功させるけどね』
そう、不敵に微笑んだ面影は、どこにもなく。
『あっ、しえなさん。ちょっとそのままにしてもらえますかァ? チャンスは一回だけだし、下手に手当てされるとその人、もう一回殺しに行きそうなんで。ルールっすからァ』
だが、裁定者には逆らえない。明言はされていないが、可能性は否定できない。おとなしく部屋に戻ったしえなは、ただ花を眺めている。
それしか、できない。
さわり、さわりと、花が揺れる。夕陽を浴びた白い花は、まるで燃えているようだ。
――さわり、カサッ
不意に、紙の擦れる音がそれに混じった。
「――」
花の間に挟まれたそれを手に取り、開く。
――折りたたまれたメモだった。確か、同じようなものを晴にも渡していたはず。
少しだけ下手な字を、しえなは夢中で追った。
しえなちゃんへ
短い間だけど楽しかったよ~!
そのうち、また会いにいくね☆
出席番号8番 武智乙哉
――ひどく、短い文だった。
しえなはそれを長い時間をかけて眺め、言葉を咀嚼し、飲み込む。
「……武智」
その瞳が、かすかに伏せられた。
彼女の目的なんて知らない。知りたくもない。
だけどそれは――きっと、何物にもかえられないものなのだろう。
息を深く吸い込み、吐き出す。
そして、彼女は。
メモを丁寧に折りたたみ、制服のポケットにそっと忍ばせる。
微かな呟きが、その唇から漏れた。
「……約束、守れよ……乙哉」