「千冬さん、俺を殴ってくれ」
「……なにおう?」(これは……久々に意図が読めんぞ。これではまだ旋焚玖を理解していないと言われても仕方ないな。……しかし私に掴まさんとは。まったく、コイツの限界はどこにあるのか。まるで限りなく広大な宇宙が光の速さでさらに膨張を続けるが如しだな)
切り替えていく。
アホの【選択肢】に整合性なんてイチイチ求めてられんよ。しかし俺は千冬さんにパンチ関連を思った事などない。それだけははっきりと真実を伝えたかった。
脈絡も内容も、もう何もかも意味不明すぎる【選択肢】だったが、そんなモンお前、別に今に始まった事じゃない。
今回に関して言えば、要は【俺が千冬さんを殴る】か【俺が千冬さんに殴られるか】の二択なんだろ?
なら後者一択に決まってんだろ!
切り替えてくツったでしょ! こちとら痛みには慣れてんの! 悲しいけど奇行にも慣れてるんだわ! こんなモン俺レベルになるとパパパッとやってハイ終わりって感じでいけるんだわ!
熱さで冷静さを欠いた旋焚玖。
【千冬さんにパンチをカマしてもらう】とは書いてあるが、別にカマされる相手の指定はされてない事に気付かぬ痛恨のミス。しかし少年には割とよくある事だった。これには【選択肢】も慈愛の眼差しである。
後はアレだな、千冬さんに不自然じゃない説明をしないと。下手すりゃ俺が殴られる事に悦びを感じる変態だと勘違いされちまうわ。不自然を自然に組み替えるのは任せろー。
「俺もまだまだ熟練の境地には程遠いらしい。千冬さんを味方に引き入れられて、舞い上がっちまっているんですよ。それは油断を引き起こし、足を掬われかねない」
「なるほどな。緩んだ気を引き締めてほしい、と?」
我ながら惚れ惚れするリカバリーである。
将来サギ師になるのもアリかもぉ。
「闘魂注入、お願いします千冬さん。一夏もシャルもバカじゃない。コレを見たらアイツらも自然と気を引き締め直しますよ」
いいよ来いよ!
猪狩完至な感じで来いよ!(やけくそギャグ)
「アイツらの為でもある、か。まったくお前と言う男は……。言うは易く行うは難し。躊躇いなく己の身体を張ってみせる心意気や良し。さぁ、歯を食いしばれ」(旋焚玖に気の緩みは感じられん。全ては一夏とデュノアの為なのだろう。まったく……旋焚玖の精神性はボンジュールなど軽々と超えてみせ、果てはボンバイエにまで辿り着いてみせたか)
流石は千冬さんだ。
これ以上ない良い形に汲んでくれたぜ。
「旋焚玖~、千冬姉~、ちべたいアイスティーのご到着だぜ~♪」
「僕も一緒に手伝ったよ~♪」
これは浮かれきってますね、間違いない。
いや、それでいい。それでこそ、俺の『殴ってくれ』台詞な理由も妥当さが増すのである!
こちとら心身ともに準備は出来ている!
遠慮なくやってくれい、千冬さん!
「フンッ…!!」
バチコーンッ!!
「~~~~~ッ!!……ありがとなす」
痛ひ。
超痛ひ。
痛すぎて噛んだでござる。
一夏たちは……?
「(゚д゚)」
うわははははは!
新しい顔が出来たよー!(アンパンマン)
一夏お前中々面白い顔してんじゃねぇか! 痛みも吹っ飛ぶレベルな面白っぷりだぜ、ありがとよ! お前の顔はケアルラだったんだな!
ニューフェイスな一夏は置いとくとして、シャルはどんな感じだ?……あれ? シャルがいない……んぁ?
「あわわ…!」
何故か俺の背後であわわってました。
シャルお前中々いいスピードしてるじゃねぇか。一夏の(゚д゚)に目を奪われていたとはいえ、俺にも気付かせずに忍び寄るとは。
「ち、千冬姉なにやってんだよ!」
「そ、そうですよ織斑先生! どうして旋焚玖をブッたんですか!?」
ショッキングから立ち直った一夏とシャルがプンスカ千冬さんに言い寄る。
なお言い寄っているのは一夏のみであり、シャルは依然背後から顔だけ出しての抗議である。
お前中々可愛らしいじゃないか。だがその程度じゃ、まだまだ俺の心に蔓延るホモの幻影を払拭するには程遠いぜ。
しかしまぁ何と言うか、やはりと言うか。こうなったか。見ただけで何もかんも理解してもらえりゃ、言葉なんか生まれねぇってな。
「分からんか? 気の緩みは油断に繋がる。現に何だお前達のその『♪』は。まだ何も解決していないんだぞ」
「「 うっ 」」
こういうところは流石よな。
締めるトコはピシッと締めてくれる。俺が言うより万倍も説得力あるし。こういうのも含めて、やっぱり千冬さんは頼もしいや。引き入れに尽力して正解も正解、大正解だった。
「浮かれるな、とは私も言わん。しかし度合いを忘れるな。今のお前達は私にも危うく見えた。故に、旋焚玖がわざわざ買って出た。理由はもう分かるな?」
ありがたいよねぇ。
千冬さんが居ると、『流れの修復』に手間暇かけずに済む。俺が望んでいるコト全部言ってくれるんだもん。
「千冬姉の言う通りだ。まだシャルは助かった訳じゃないのに、俺は浮かれちまってた。すまねぇ、旋焚玖! 俺のせいで身体を張らせちまった!」
「そ、それなら僕もそうだよ! ごめん、旋焚玖…! 僕が一番気を抜いちゃいけないのに…!」
「気にするな」
魔法の言葉『気にするな』。
これは話の流れを終着させる力も備えているのだ。同時に新たな展開へのきっかけにもなる。まさしく最高の言霊さ。
「さぁ、一夏とシャルがいれてくれた、ちべたいアイスティーで喉を潤わしながら、作戦を練ろう」
緊張しっぱなしも良くないからね。
千冬さんも言ってたが、何事も適度な加減がベストなのさ。
「お、おう!」
「うん!」
「フッ……」
何度も言うが、千冬さんが入ってくれた今、もう小細工は不要。社会的な力、戦闘的な力、全てが圧倒的に飛躍したと言える。
ぶっちゃけもう千冬さんに電話で交渉してもらうのも全然アリだし、何だったら千冬さんが直接ナシつけに行っても余裕だろう。
ふひひ、強すぎてすまんな。
Vやねん! うわはははは!
【俺が直接ナシつけてきてやる。千冬さんには見送ってもらう!】
【俺が電話の続きをしてやる。千冬さんには見守ってもらう!】
千冬さんの助力全く関係NEEEEEEEEEE!!
ふっっっっざけんな!!!! 今までのやり取りなんだったんだコラァッ!!
見送ってもらって戦闘力がアップするか!? 見守ってもらって交渉術がアップするか!? するわけねぇだろバカ!
くっそぅ……なんだコレ。
まるで優勝請負人が加入した次の日に、故障今季絶望を知らされた監督の気分だぜ。蜀にFAで入ってきた馬超みたい(直喩)
「シャル、電話を貸しな」
「織斑先生に交渉してもらうんだね!」
「……もっかい俺が掛ける。千冬さんは見守っていてくれ」
何で見守ってもらう必要があるんですか(哀愁)
千冬さん、千冬さん。ここは『私に任せろ』と電話を奪うところですよ。常識的に考えて。
「任せろ。お前の勇姿、しっかりと目に焼き付けてやる」(フッ……いかにも旋焚玖らしい言葉だな。最初から私に頼り切るのではなく、まずは己で立ち向かう。こういうところがコイツの美点だな。可愛い)
ソレを任せろとは言っていない。
いやホント何言ってだこの人。限定的場面で常識を超越しすぎだろ。
もういいもん。
電話するもん。
すりゃーいいんでしょすりゃー(憤怒)
オラ、俺の交渉術見とけ(ヤケ)
「……もしもし」
『ッ……貴様は一体…』
【相手が電話に出たら、まず自分から名乗るのが常識だ】
【名乗るのはマズい。直接ナシつけに行こう】
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!
「俺は主車旋焚玖だ」
『!!……2人目の男か…! 娘に何をした…!? 娘は無事なんだろうな!?』
えぇ……なんかマイナス的なイメージ抱かれてる気配プンプンなんだけど。というかスパイさせておいて、何だその反応。
まるで父親みたいなセリフ吐いてくるじゃないか。いや、父親なんだけど。もっとこう、冷徹で素っ気ない反応を想像していたが……ふむ。
ここで思い出されるはシャルの言葉。
毎夜毎夜、電話で報告してるんだってな。聞いた時は、スパイ業界ではそれが普通なんだと思って、あまり深く考えなかったが。
発想を変えてみるのも一興か。
「無事だ。……今のところはな」
ふひひ、悪役は任せろー。
『どういうつもりだ。いったい何が目的だ…!』
誘導成功。
ならば俺も乗じよう。
「シャルロット・デュノアは犯罪者として拘束している。学園にも知られずにな。この意味が分かるな、デュノア社の社長さんよォ」
電話越しから緊迫した雰囲気が伝わってくる。
それは保身からなのか、それともシャルの身を案じてなのか。
前者か後者か。
それが分かればシャルの問題の解決に大きく繋がる。なるほど、俺の役目は巧みな話術を駆使して、シャルの親父さんを見極める事らしいな…!
【身代金を要求する】
【誘拐犯の真似事など笑止。直接ナシつけにいく】
邪魔しないでよぉ!
全然巧みじゃないよぉ!
「……金だ。娘を解放してほしけりゃ金を用意しろ」
こんなモンお前、別にシャルの身を案じてなくても乗ってくるだろ。世間にバラされりゃデュノア社はもちろん、親父さん自身も終わるんだし。
だーからbad巧みだツってんの!
お前アホなんやから大人しくしとけや!
『わ、分かった。幾らだ?』
【1円】
【10円】
安すぎィ!!
「……10円だ」
「安すぎィ!!」
『……今、娘の声が聞こえた気がしたが?』
今まで黙んまりを貫いていたシャルも流石に声を上げちまったい。そらそうよ。
「気のせいだ」
おいヤメろシャル。
俺の背中をポカポカ叩くな。それくらいじゃホモ幻影は消えねぇツってんだろ。
『そうか。しかし何だ、そのフザけた金額は? よもや娘の価値が10円だと言いたいのか?』
む…これは……。
明らかに怒りの混ざった声だ…!
これはマジでシャルを単なる操り人形だと思ってない可能性あるぜあるぜ! よし、軌道を少し修正だ。下手にモニョモニョ言い訳せず、無かったテイで言っちまおう!
「100億だ。100億用意しろ」
高いか?
それともまだ安いのか?
相場が分からん。
だって誘拐なんてした事ないもん。
まぁでも、シャルもポカポカをやめてにっこりしてるし、俺が提示したのは妥当な金額なんだろう。
『……分かった。期限は?』
ううむ。
反論せずに、すんなり承諾したか。しかしこの反応はシャルを娘と思ってようが、思ってなかろうが出来る。推理のネタにはならんな。
【緑の鞄に100億入れて白の紙で黄色の鞄言うて書きながら赤の鞄言いながら置いてくれたら俺黒の鞄言いながらデュノア社まで取りに行くわ】
【明日の夕方なんてどうですか?】
長々羅列したら俺が見落とすと思ったかコラァッ!! お前それ結局デュノア社に乗り込むのと同じじゃねぇか!
「明日の夕方なんてどうですか?」
「軽すぎィ!! なにその感じ!?」
「ぶはははは! バイトの面接か! ぶはははは!」
「フッ……言い得て妙だな」
「なに笑ってるの一夏!? 織斑先生も何で頬を緩めてるの!?」
いやお前ら静かにしろよ。
適度な緊張感どこいった。
『……なにか騒がしくないか?』
「気のせいだ」
『そうか。しかし、明日の夕方というのはいささか急すぎではないか?』
【断ったらエッチな事をするぞ、シャルに】
【断ったらエッチな事をするぞ、一夏に】
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!
誘拐犯に相応しいゲスな脅しやめてよぉ!
【上】はゲスだが流れとしては不自然ではない。言ってしまえばよくあるパターンだ。
【下】は不自然…というかただのホモ宣言じゃないか…! 身代金要求してきた奴が唐突にホモを告白するとかおかしいだろぉ!
「……断ったらエッチな事をするぞ、シャルに」
「「!!?」」
シャルは赤面した。
一夏も赤面した。
「!!!!!」
千冬はシャルのフリをした。
『……何とも滑稽な脅しだ』
む…?
激昂すると思ったが、鼻で笑われた気すらするぞ。やっぱり親父さんは、シャルを道具としてしか見ていないのか?
「俺が手を出さないとでも思ってんのか?」
『君は娘に手は出さんよ』
いやいや、確かに手は出さんけど。
何を根拠にそんな強く言えんのさ。
お前が俺の何を知っていると言うのだね!
『君はホモなんだろう?』
は?
『娘から聞いたぞ』
は?
は?
アルベール:ホモなんだろ?
旋焚玖:だから違うって言ってんじゃん…!
アルベール:俺もそうなの。
旋焚玖:ファッ!?
アルベール:ソーナノ
旋焚玖:やべぇよやべぇよ…
アルベール:嘘に決まってんじゃん
旋焚玖:なんだこのおっさん!?