独りじゃない、というお話。
「ふんふむ」
先に教室から出たボーデヴィッヒは、どうやら左のルートを進んだらしい。俺はどうしようかな。
【左】
【右】
たまぁに真っ当な【選択肢】も出てくるんだよなぁ。なら俺も考えてみよう。ボーデヴィッヒと同じ【左】から1階の職員室へ向かうか、アイツとは別の【右】から進んで行くか。
距離的には多分どっちもそんな変わらんだろ(適当)
なら何が変わるのか。
【左】なら、後ろから追い抜いてボーデヴィッヒを悔しがらせられるな。【右】なら、先に職員室へ着いてて、到着したボーデヴィッヒを驚愕させられる上に悔しがらせられるか。
よし。
せっかくだから俺はこの右のルートを選ぶぜ!
◇
ンッン~♪
この景色は何度見てもたまらねぇぜ。
脚速が神速の域を超えた時、周りの景色がガラリと変わる。
廊下で仲良く立ち話している連中も、窓から見える教室の風景も。全てがスローに、止まっているようにすら見える。
その中で躍動を許されるのは俺だけだ。皆がスロウに陥っている中で俺一人がヘイストを与えられるのだ。
誰にも見えん!
誰にも追えん!
まさに俺だけの時空間。
この領域には何人たりとも足を踏み入れられぬ…!
あ、何か言ってて気持ち良くなってきた。
俺にも厨二病の素質が…!? ならば大いに受け入れよう!(ハイになってる旋焚玖くん)
我が名はクロノスぅ~♪(板垣)
時空を操る神がひと……むぁ?
何か黒い影が…?
「校内は走っちゃイカンぞ」
「む」
千冬さんやないかい!
ウッソだろ!? うわ、平然と俺に付いて来てる…っていうか横並びしてる!? アンタそんな疾かったっけ!?
「一夏とお前の入学が決まってから私も鍛錬を再開したからな」
逆算したら、だいたい4カ月くらい?
そんな短期間で追い付いて来る千冬さんしゅごい。天才じゃったか…!
「ふふ、そうだろう? 私はお前の姉弟子でもあるからな。こんな領域にただ一人、孤独にさせる訳にはイカンよ」(どやぁ)
ドヤ顔千冬さん、俺の心を読まないでください。
とか何とかやってたら職員室前に到着したでござる。
ボーデヴィッヒの姿は無し!
職員室にも……ン無し!
いやっふぅぅぅぅ!
俺の勝ちだずぇ!(孫策)
「とりあえず予鈴が鳴るまで正座だな」
「アッハイ」
まぁしゃーない。
勝負に勝って試合に負けたのだ、俺はな。それに視点を変えれば、俺の正座的罰則もそこまでマイナスって訳じゃない。
そろそろボーデヴィッヒも姿を現すだろう。
俺が既に着いている事に驚愕するだけでなく、さらに千冬さんからも咎められるのだ! んでその後は、勿論俺と同じく罰として正座させられるのだ!
うむうむ。
想定とは違ったが、これはこれで良い仕返しになるだろうぜフヒヒ。
「む…?」
あ、ボーデヴィッヒ来た。……あれ?
何でアイツ走ってないの?
「き、貴様…! 何故もう着いている!?」(しかし見たところ、教官に正座させられている…?)
あ、驚いてる。
いや今はそんな事どうでもいい。
「ボーデヴィッヒさんボーデヴィッヒさん」
「な、なんだ急に気持ち悪いな」
おま、気持ち悪いとか言うなよ!
そういうさり気ない言葉が一番傷つくんだぞ!
「俺とお前は勝負してたよな?」
「無論だ。どちらが早く職員室に着けるか、競争だろう?」
分かりまくってんじゃねぇか!
「何で急いでないの?」
「はぁ? 急いで来たに決まってるだろ」
「走ってないじゃん」
「走ったらダメだろ」
「え?」
「え?」
いやそうなんだけど。
ボーデヴィッヒが正しいんだけど。
それでも何か納得出来ぬ!
「何でダメな事に気付いたんだ?」
「廊下に掲示してあったからな。『廊下を走ってはいけません』と。だから私はなるべく早歩きで来たのだ」
だから何でそういうトコだけやけに素直なんだよ! お前それでも問題児か!? プライドはないのかよ問題児としてのよォ!(言いがかり)
「……なるほど、貴様そういう事か」
な、なんだよぅ。
含みのある言い方するなよぅ。
「此処まで走って来たのだな?」
「……はい」
「いいか、貴様。『廊下を走ってはいけない』というのは、おそらく校内の規則な筈だろう。となれば、校内での勝負であるかぎり、それも規則に基づいて行うモノと判断するべきだ。違うか、貴様」
うぐぐ。
何で俺が怒られてるみたいな感じになってんの? 正座してる姿も相まって、効果はさらに倍じゃないか…!
「……仰る通りです」
正論には割と弱いぼく。
「そして、コイツの正座は教官がお出しになった罰則ですね?」
「まぁそうだな」
「フッ……ふはははは! ならば貴様はそのまま正座しているがいい! 校則を破った貴様にはお似合いの姿だ!」
なんだコイツ!?
なんでこんなテンション高くなってんの!? お前クールキャラじゃないのかよ!?
「(ふふふ、これで教官と親し気に接していたコイツへの溜飲も少しは下がるというものだ! 笑わずにはいられないな…!)さぁ、行きましょう教官! 私は山田教諭に質問があるのです!」(そしてその後は、お待ちかねの教官とおしゃべりだ!)
「その前にお前も正座しろ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」(しかし、ラウラにここまで感情を引き出させるとはな。旋焚玖ならあるいは…?)
「な、何故ですか教官!? わ、私は校則に則り、早歩きで移動していただけで…!」
「うむ、そうだな。そこは偉いぞ。よく校則を守った」
千冬さん、ボーデヴィッヒの頭をナデナデなう。
いやはや珍しいな。千冬さんがこういう風に接するのは、一夏と俺くらいだと思っていたが。
「はふぅ。で、では何故…?」
「お前は今朝のホームルームで生徒に暴力を振るっただろうが。理由はどうあれ、お前の言う校則に則るのであるならば、何かしらの罰が必要だろうな」
「ふぐっ……そ、それは…」
おぉ……流石は千冬さんだ。
話の持っていき方が巧いな!
「あの場で私が我慢したのは、対象が弟だったからだ。身内贔屓だなんだと言われてもアイツが困るだけだからな」(我を忘れる前に気付けたのは旋焚玖のおかげだ。後でコーラを奢ってやらんとな)
はぇ~……千冬さんも色々と考えてるんすねぇ。それに一夏なら、千冬さんがいちいち説明せんでも余裕で酌むだろうしな。
「で、何か異論はあるか?」
【異議あり!】
【異議なし!】
俺には聞いてないんだよなぁ。
「異議なし!」
紆余曲折しつつも、コイツも正座させられるのだ。結果自体は俺が求めていたモンと一致するし、どうして異議があろうか!
「何故貴様が答えるのだ!? しかし私も異論ありません!」
シュババッと俺の隣りに正座るボーデヴィッヒ。予定していた内容の敗北はプレゼントできなかったが、こうして罰を与えられたのは事実だ。これで一夏の敵討ちも、一応出来たとしようかな。
【感想を聞く】
【聞かない】
「どんな感じだ?」
「はぁ?」
「いや、正座した感想だよ」
「そうだな……思ったより硬いな、床が」
「まぁ予鈴が鳴るまでの辛抱だ」
「うむ……うむぅ?」(オカシイ。何故私がコイツにフォローされてる形になっているのだ? というか何故私はコイツと普通に話しているのだろうか)
今のやり取り、いる?
いやまぁ別にいいんだけど。無言で正座してるより、何か話してた方が気も紛れるだろうしな。
そんでもって千冬さんはナズェミテルンディス!!
(今朝のラウラの振舞いは、まるで変わってなかった。弱者を見下し、他者とのコミュニケーションを避けるどころか拒絶する。私が何度咎めても『それが命令なら従います』って。いやいや、そうじゃないだろ)
う~ん、別に機嫌が悪いって訳じゃ無さそうだ。
んじゃあ俺も気にせず、このままボーデヴィッヒとの会話に花咲かせちゃうかね。此処でなら、一夏を殴った理由を聞くのもアリか?
(だが私も結局ラウラに、対人関係の大切さを上手くは教えられなかった。ぶっちゃけ私も基本的にはコミュ障だからな、HAHAHA!)
いや、此処の方がマズいか。
職員室の前とはいえ廊下だし。
何より千冬さんが居るしな。教室でのノリで、一夏の事をボーデヴィッヒが貶しでもすれば、まぁた千冬さんもムキーッ!!ってなるのは目に見えている。ここは適当に世間話でもするか。
【じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?】
【じゃあまず、年齢を教えてやろうかな?】
なんだこれ。
「……じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?」
「はぁ? 何が『じゃあまず』なんだ?」
【え、身長・体重はどれくらいあるの?】
【え、身長・体重はどれくらいに見える?】
なんだこれ。
「え、身長・体重はどれくらいあるの?」
「はぁ? 年齢の話はドコへ……というか、私に答える義理はないだろうが。何なんだ貴様は本当に。いや、本当に」
【ひ・み・ちゅ…♥】
【お前の将来の嫁だ】
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!
何か見覚えあるぞコラァッ!!
「ひ・み・ちゅ…♥」(死んだ目+棒読み)
「またそ「カワイイ!」の言葉…ン? すみません教官、今何か仰りましたか?」
「気にするな。ああ、私は次の授業の準備があるから、お前達も予鈴が鳴ったら教室に戻っていいぞ」
「ハッ!」
「はい」
「フッ……」(気付いているか、ラウラよ。ドイツでのお前はこんなにも饒舌だったか? ふふ、私が教えきれなかった事。旋焚玖になら託せるやもしれんな)
千冬:託したぞ!
選択肢:d(`・ω・´)