選択肢に抗えない   作:さいしん

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論破に次ぐ論破、というお話。



第18話 鈴v.s.乱

 

 

 電話が切れた(切られた)後舞台は一旦中国に移る。

 

「いきなり何てコト言うのよ乱!? あぁもうッ! 勝手に電話も切っちゃうし!」

 

 乱。凰乱音。

 あたしより一つ下の従妹だ。

 幼い頃から家が近くって事もあり、日本へ行くまでは毎日のように一緒に遊んでいた。あたしも乱の事は妹のように思っていたし、乱もあたしの事を姉のように慕ってくれていた。

 

 中国に戻ってきてからは乱の家庭の事情もあって、あたし達と一緒に暮らしているのだけれど……数年会わないウチに乱は何て言うか、エラく生意気になったっていうか……なんだろ、呼び方も「鈴おねえちゃん」から「鈴姉」に変わったし。

 

 いや、ぶっちゃけそれは全然いいんだけど、なんかねぇ……妙にあたしにツンツンしてるっていうか……あれかしら、乱も14歳だし反抗期が来たのかしらね。

 

 まぁ乱があたしに何を思っているかは分かんないけど、あたしは乱の事を今でも可愛い妹分だと思っている。正直、たまに乱のツンツンっぷりにイラッとはくる事もあるけど、そこは怒らず我慢だ。それであたしまで乱に対抗しちゃったら、それこそ収拾がつかなくなっちゃうからね。

 

 だけど、流石に今回だけは怒らなくちゃいけない。人間、やって良い事と悪い事があるのだ。

 無理やりあたしから電話をぶんどり、その上、暴言を吐いて勝手に切るなんて、いくらなんでも度が過ぎる行為だ。しかも、ちょっと満足気な顔してるし! 何やりきった感出してんのよ!

 

「アンタ、どうしてあんなコト言ったの!?」

 

「だってさっきの男って、鈴姉にパンツくれって言った奴なんでしょ!? 変態じゃんか! アタシは間違ってない!」

 

「うぐっ……そ、それは…」

 

 あたしの失敗だった。

 日本から帰ってきて間もなくの事、乱から『日本でどんな人と友達になったの?』と聞かれた時に、つい軽い気持ちで旋焚玖の話もしてしまったんだ。

 

 『転校初日でパンツくれって言われちゃってさ~』なんて、ちょっとした面白話な感じで言ったつもりだったけど、こんな事になるとは思いもしなかったわ。

 

 ここは話したあたしがちゃんとフォローしておかないと…!

 

「ち、違うのよ乱。旋焚玖のアレはね、なんて言うか、その……儀式……そう! 儀式みたいなモノなのよ!」

 

「はぁッ!? 何を召喚すんの!? パンツ!? パンツを召喚する儀式って訳!? やっぱり変態じゃん!」

 

「ち、違ッ……えーっと、そうじゃなくて…! アイツのアレは日課っていうか!」

 

「日課ァッ!? ちょっと鈴姉! 初めて会った時だけじゃなくて毎日『パンツくれ』って言われてたの!?」

 

 や、藪蛇ったぁぁぁッ!

 毎日言われた事は教えてなかったんだっけ!? 

 

 まずい……非常にまずいわ…! 

 このままじゃ旋焚玖が来ても、乱が躍起になって追い返そうとするかもしれない…! あたしに似て手が早いこの子の事だ、きっと力で訴えるに決まってる…!

 

「だ、だからね? 違うのよ、乱。旋焚玖はね、とっても物知りなの!」

 

「はぁ……? それとパンツは全然関係ないじゃん」

 

「それが関係あるのよ! 旋焚玖はね、あたしや一夏にトリビア的なモノを教えてくれてたのよ!」

 

「いや、だからさ、それとパンツは関係ないでしょ?」

 

「違うのよ! パンツな挨拶をしてから、その流れで雑学をあたし達にね」

 

 あぁもうッ!

 自分で言ってて、あたしまで訳分かんなくなってきちゃったじゃない! パンツな挨拶って冷静に考えたら何よ! その流れってどんな流れよ!

 

「パンツな挨拶ってなに!? 旋焚玖って男は挨拶気分で『パンツくれ』って言ってくるの!? しかも流れ変わってるじゃん!」

 

 そ、そうね。

 乱の言う通りだわ。

 

「ソイツは物知りなんでしょ!? それで鈴姉は毎朝、ソイツから色んな事を教えてもらってたんでしょ!?」

 

「え、ええ、そうね」

 

「パンツな挨拶なくていいじゃんッ!!」

 

「うぐっ…!」

 

 ま、真っ向から論破されちゃったわ。

 清々しいまでに完敗……見事よ、乱…!

 

 正直なところ、反論材料はまだ残っている。

 でも、これは流石に……恥ずかしくて言えないわ。

 

『旋焚玖はあたしの事が好きなの! だからあたしのパンツが欲しいの!』

 

 い、言えないッ!

 絶対に言えないこんな事! 

 旋焚玖だって、勝手に自分の気持ちを言いふらされるのは嫌でしょうし…っていうか、言ったら言ったで「やっぱり変態じゃん!」って言われるのがオチだし。

 

 あれ…?

 そう考えたら、旋焚玖って変態よね。小学生の時ならまだしも、中3間近って時でも平気でアイツはあたしにパンツねだってきたし。

 

 う~ん……それなのに、嫌悪感が無いのはやっぱり……。

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 身を挺して、あたしを守ってくれたアイツの姿を見ちゃったから……かな。不覚にもドキッてしちゃったし。恥ずかしいからアイツには絶対言わないけど。

 

「旋焚玖はね……ただの変態じゃない。カッコいい変態なのよ」

 

「鈴姉……頭大丈夫…?」

 

「デコ触ってんじゃないわよ! あたしは平熱よ! アイツの事はそうとしか言えないの!」

 

 後はまぁ、数年も同じ事を毎朝毎朝言われてたら、あたしも慣れちゃうっていうか、感覚が麻痺しちゃったっていうのもあるでしょうね。

 

「はあ~ぁ……でもアタシ、ショックだなぁ」

 

 一転して、乱がため息をついてみせた。

 さっきまであんなにギャーギャー騒いでたのに、そんな急に湿っぽくされたら、逆に不安になっちゃうじゃない。

 

「な、なにがよ?」

 

「そんな変態の名前を鈴姉ってば、たまに呟いてるんだもん」

 

「つ、呟いてないわよ!」

 

「いいや、アタシは何度も聞いてるね! 7:3の割合で『旋焚玖ぅ…』って鈴姉は言ってた!」

 

「そんな気色悪い呼び方してないわよ! だいたい何よ、その7:3って!」

 

 意味不明な比率なんか出しちゃって! そんなので、あたしがずっと大人しく論破されっぱなしと思わない事ね!

 

「……『ぐすっ……一夏ぁ…』」(迫真の物真似)

 

「!!?」

 

「これが7の正体だよ! ついでに昨日の鈴姉は7の方だったね!」

 

「ぐっ…ぐぬぬ…!」

 

 まさかそれまで聞かれていたなんて…!

 流石に昨日の事くらいはあたしも覚えている。昨日の今日で身に覚えがないって言うのは厳しい…! っていうか、何で聞いてるのよ!? 誰も居ないからあたしだって……ポソッと呟くくらいは……あ、あるでしょ! 

 

 そのボソッとを何で聞いてんのよぉ!

 

「週5ペースで聞いてるよ」

 

「ほぼ毎日じゃない!」

 

 毎回それに気付かないって、あたしもどうなのよ!? 

 アレか、気配を消す達人かこの子は! 

 っていうか、あたしもほとんど毎日、一夏と旋焚玖の名前を呟いてたって訳…? 日本から離れてまだ半年なのに、無意識のウチに呼んじゃうって……あたし、そんなに弱かったの…?

 

「ねぇ、鈴姉。7が本命として、3は何なの? どうしてたまに変態の名前まで呼んでるの?」 

 

 くっ……言いにくい事をズバッと聞いてくるわねぇ…! 色々あるのよ! 乙女には……い、色々あるのよ! 

 旋焚玖の事は親友として好きだと思ってるの! そう思わせてよ! そう思わないとあたしは…!

 

「ねぇ、鈴姉ってもしかして……気が多いの?」

 

「ほぐぅッ…!」

 

 

『気が多い』……あれこれと気を引かれるものが多い。移り気である。(広辞苑参照)

 

 

 乱の言葉が突き刺さる。

 ボディにガツンと突き刺さる。まるでリバーブローを受けた気分だ。

 

 でも、まだよ…!

 あたしの精神はそんなヤワじゃない…! いくらボディを攻められても、意識は保ってられるんだから!

 

「……鈴姉って一途じゃなかったんだね」

 

「ぐはッ……」

 

 乙女として、出来れば言われたくなかった言葉。あたしの中だけで留めておきたかった疑惑の言葉。乱から放たれた真っ直ぐすぎる言葉は、弱ったあたしの意識を刈り取るには十分な威力だった。

 

「強くなったわね、乱……アンタの勝ちよ……」

 

「はぁ? え、ちょっ……鈴姉…? うわっ、な、何で倒れるの!? 勝ちってなにさー!?」

 

 あたしの意識よ、さようなら(現実逃避)

 

 

 

 

 

 

「……鈴姉、寝ちゃった…? いや、気絶?」

 

 だけどこれでハッキリした。

 アタシの敵はずっと織斑一夏だけだと思っていた。カッコ良くて凛々しかった鈴姉を腑抜けにした織斑一夏だけだと…! 主車旋焚玖はただの変態で、捨てておいて良しと思っていたけどダメだ。

 

 コイツも鈴姉を腑抜けさせている要因の1人って事が分かった。主車旋焚玖もアタシの敵だ! っていうか変態だし、普通に敵だ! 変態の癖に鈴姉から『カッコいい』とか思われてるなんて絶対におかしい! なにか洗脳みたいな事をやったに違いないんだ!

 

 見敵必殺。

 覚悟してなさい、主車旋焚玖。

 アホみたいな顔して中国に来るがいいわ。でもその時がアンタの最期、アタシが正義の鉄槌を喰らわせてやるんだから!

 

 





乱音ちゃんは良い子。

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