論破に次ぐ論破、というお話。
電話が切れた(切られた)後舞台は一旦中国に移る。
「いきなり何てコト言うのよ乱!? あぁもうッ! 勝手に電話も切っちゃうし!」
乱。凰乱音。
あたしより一つ下の従妹だ。
幼い頃から家が近くって事もあり、日本へ行くまでは毎日のように一緒に遊んでいた。あたしも乱の事は妹のように思っていたし、乱もあたしの事を姉のように慕ってくれていた。
中国に戻ってきてからは乱の家庭の事情もあって、あたし達と一緒に暮らしているのだけれど……数年会わないウチに乱は何て言うか、エラく生意気になったっていうか……なんだろ、呼び方も「鈴おねえちゃん」から「鈴姉」に変わったし。
いや、ぶっちゃけそれは全然いいんだけど、なんかねぇ……妙にあたしにツンツンしてるっていうか……あれかしら、乱も14歳だし反抗期が来たのかしらね。
まぁ乱があたしに何を思っているかは分かんないけど、あたしは乱の事を今でも可愛い妹分だと思っている。正直、たまに乱のツンツンっぷりにイラッとはくる事もあるけど、そこは怒らず我慢だ。それであたしまで乱に対抗しちゃったら、それこそ収拾がつかなくなっちゃうからね。
だけど、流石に今回だけは怒らなくちゃいけない。人間、やって良い事と悪い事があるのだ。
無理やりあたしから電話をぶんどり、その上、暴言を吐いて勝手に切るなんて、いくらなんでも度が過ぎる行為だ。しかも、ちょっと満足気な顔してるし! 何やりきった感出してんのよ!
「アンタ、どうしてあんなコト言ったの!?」
「だってさっきの男って、鈴姉にパンツくれって言った奴なんでしょ!? 変態じゃんか! アタシは間違ってない!」
「うぐっ……そ、それは…」
あたしの失敗だった。
日本から帰ってきて間もなくの事、乱から『日本でどんな人と友達になったの?』と聞かれた時に、つい軽い気持ちで旋焚玖の話もしてしまったんだ。
『転校初日でパンツくれって言われちゃってさ~』なんて、ちょっとした面白話な感じで言ったつもりだったけど、こんな事になるとは思いもしなかったわ。
ここは話したあたしがちゃんとフォローしておかないと…!
「ち、違うのよ乱。旋焚玖のアレはね、なんて言うか、その……儀式……そう! 儀式みたいなモノなのよ!」
「はぁッ!? 何を召喚すんの!? パンツ!? パンツを召喚する儀式って訳!? やっぱり変態じゃん!」
「ち、違ッ……えーっと、そうじゃなくて…! アイツのアレは日課っていうか!」
「日課ァッ!? ちょっと鈴姉! 初めて会った時だけじゃなくて毎日『パンツくれ』って言われてたの!?」
や、藪蛇ったぁぁぁッ!
毎日言われた事は教えてなかったんだっけ!?
まずい……非常にまずいわ…!
このままじゃ旋焚玖が来ても、乱が躍起になって追い返そうとするかもしれない…! あたしに似て手が早いこの子の事だ、きっと力で訴えるに決まってる…!
「だ、だからね? 違うのよ、乱。旋焚玖はね、とっても物知りなの!」
「はぁ……? それとパンツは全然関係ないじゃん」
「それが関係あるのよ! 旋焚玖はね、あたしや一夏にトリビア的なモノを教えてくれてたのよ!」
「いや、だからさ、それとパンツは関係ないでしょ?」
「違うのよ! パンツな挨拶をしてから、その流れで雑学をあたし達にね」
あぁもうッ!
自分で言ってて、あたしまで訳分かんなくなってきちゃったじゃない! パンツな挨拶って冷静に考えたら何よ! その流れってどんな流れよ!
「パンツな挨拶ってなに!? 旋焚玖って男は挨拶気分で『パンツくれ』って言ってくるの!? しかも流れ変わってるじゃん!」
そ、そうね。
乱の言う通りだわ。
「ソイツは物知りなんでしょ!? それで鈴姉は毎朝、ソイツから色んな事を教えてもらってたんでしょ!?」
「え、ええ、そうね」
「パンツな挨拶なくていいじゃんッ!!」
「うぐっ…!」
ま、真っ向から論破されちゃったわ。
清々しいまでに完敗……見事よ、乱…!
正直なところ、反論材料はまだ残っている。
でも、これは流石に……恥ずかしくて言えないわ。
『旋焚玖はあたしの事が好きなの! だからあたしのパンツが欲しいの!』
い、言えないッ!
絶対に言えないこんな事!
旋焚玖だって、勝手に自分の気持ちを言いふらされるのは嫌でしょうし…っていうか、言ったら言ったで「やっぱり変態じゃん!」って言われるのがオチだし。
あれ…?
そう考えたら、旋焚玖って変態よね。小学生の時ならまだしも、中3間近って時でも平気でアイツはあたしにパンツねだってきたし。
う~ん……それなのに、嫌悪感が無いのはやっぱり……。
『俺の女に何してやがる』
身を挺して、あたしを守ってくれたアイツの姿を見ちゃったから……かな。不覚にもドキッてしちゃったし。恥ずかしいからアイツには絶対言わないけど。
「旋焚玖はね……ただの変態じゃない。カッコいい変態なのよ」
「鈴姉……頭大丈夫…?」
「デコ触ってんじゃないわよ! あたしは平熱よ! アイツの事はそうとしか言えないの!」
後はまぁ、数年も同じ事を毎朝毎朝言われてたら、あたしも慣れちゃうっていうか、感覚が麻痺しちゃったっていうのもあるでしょうね。
「はあ~ぁ……でもアタシ、ショックだなぁ」
一転して、乱がため息をついてみせた。
さっきまであんなにギャーギャー騒いでたのに、そんな急に湿っぽくされたら、逆に不安になっちゃうじゃない。
「な、なにがよ?」
「そんな変態の名前を鈴姉ってば、たまに呟いてるんだもん」
「つ、呟いてないわよ!」
「いいや、アタシは何度も聞いてるね! 7:3の割合で『旋焚玖ぅ…』って鈴姉は言ってた!」
「そんな気色悪い呼び方してないわよ! だいたい何よ、その7:3って!」
意味不明な比率なんか出しちゃって! そんなので、あたしがずっと大人しく論破されっぱなしと思わない事ね!
「……『ぐすっ……一夏ぁ…』」(迫真の物真似)
「!!?」
「これが7の正体だよ! ついでに昨日の鈴姉は7の方だったね!」
「ぐっ…ぐぬぬ…!」
まさかそれまで聞かれていたなんて…!
流石に昨日の事くらいはあたしも覚えている。昨日の今日で身に覚えがないって言うのは厳しい…! っていうか、何で聞いてるのよ!? 誰も居ないからあたしだって……ポソッと呟くくらいは……あ、あるでしょ!
そのボソッとを何で聞いてんのよぉ!
「週5ペースで聞いてるよ」
「ほぼ毎日じゃない!」
毎回それに気付かないって、あたしもどうなのよ!?
アレか、気配を消す達人かこの子は!
っていうか、あたしもほとんど毎日、一夏と旋焚玖の名前を呟いてたって訳…? 日本から離れてまだ半年なのに、無意識のウチに呼んじゃうって……あたし、そんなに弱かったの…?
「ねぇ、鈴姉。7が本命として、3は何なの? どうしてたまに変態の名前まで呼んでるの?」
くっ……言いにくい事をズバッと聞いてくるわねぇ…! 色々あるのよ! 乙女には……い、色々あるのよ!
旋焚玖の事は親友として好きだと思ってるの! そう思わせてよ! そう思わないとあたしは…!
「ねぇ、鈴姉ってもしかして……気が多いの?」
「ほぐぅッ…!」
『気が多い』……あれこれと気を引かれるものが多い。移り気である。(広辞苑参照)
乱の言葉が突き刺さる。
ボディにガツンと突き刺さる。まるでリバーブローを受けた気分だ。
でも、まだよ…!
あたしの精神はそんなヤワじゃない…! いくらボディを攻められても、意識は保ってられるんだから!
「……鈴姉って一途じゃなかったんだね」
「ぐはッ……」
乙女として、出来れば言われたくなかった言葉。あたしの中だけで留めておきたかった疑惑の言葉。乱から放たれた真っ直ぐすぎる言葉は、弱ったあたしの意識を刈り取るには十分な威力だった。
「強くなったわね、乱……アンタの勝ちよ……」
「はぁ? え、ちょっ……鈴姉…? うわっ、な、何で倒れるの!? 勝ちってなにさー!?」
あたしの意識よ、さようなら(現実逃避)
◇
「……鈴姉、寝ちゃった…? いや、気絶?」
だけどこれでハッキリした。
アタシの敵はずっと織斑一夏だけだと思っていた。カッコ良くて凛々しかった鈴姉を腑抜けにした織斑一夏だけだと…! 主車旋焚玖はただの変態で、捨てておいて良しと思っていたけどダメだ。
コイツも鈴姉を腑抜けさせている要因の1人って事が分かった。主車旋焚玖もアタシの敵だ! っていうか変態だし、普通に敵だ! 変態の癖に鈴姉から『カッコいい』とか思われてるなんて絶対におかしい! なにか洗脳みたいな事をやったに違いないんだ!
見敵必殺。
覚悟してなさい、主車旋焚玖。
アホみたいな顔して中国に来るがいいわ。でもその時がアンタの最期、アタシが正義の鉄槌を喰らわせてやるんだから!
乱音ちゃんは良い子。