「……ふむ、そろそろか」
一夏たちはもう学校を出て、ウチに向かっている頃だろう。
しかし何だな……アイツが友達を家に連れて来るとはな。
アイツが小学校に上がる頃から両親は居なくなった。姉の弟贔屓と言われればそれまでだが、一夏は出来た男だ。まだ小学2年生なのに、現状2人で生きていく事の辛さを分かっているのだろう。
小学生ならあって当然のワガママらしいワガママも言わず、あの歳で少しでも私の負担を減らそうと家事や洗濯まで進んでしようとする。普通の小学低学年なら友達と遊びたい盛りな筈なのに、それすら我慢して。
そんなアイツが昨日、私に言ってきたんだ。
『千冬姉……あの、明日、友達家に呼んでもいい?』
良いに決まっている。むしろ大歓迎だ。
私もここの処、バイトやらIS学園の事やら剣術稽古などが重なり、碌にアイツの事を見れてやれていなかった。この機会に学校の話も聞いてやらんとな。
それに一夏が家にまで連れてきたいと思う友達、か。
アイツは普段幼い癖して、一丁前に私の心配ばかりしているからな。恥ずかしくてアイツには言わんが、それは私の台詞なんだ。親が消えてこれからも色々不自由な思いをさせてしまうだろう。だが、私だって一夏には幸せになってほしいんだ。
その一つとして、良い友にも恵まれてほしいものだ。今日連れてくる奴がいい意味で一夏と竹馬の友になってくれると良いが……。
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...
......
「ただいま、千冬姉!」
「ああ、おかえり一夏。お、友達を連れて来たのか?」
わざわざ前日に私から確認を取っていた事を言う必要もあるまい。私は知らなかった風を装い、一夏の連れて来た少年へと挨拶する。
「……こんにちは、私は一夏の姉の千冬だ」
……っとと、イカンな、どうも……つい、いつもの癖でジロジロと見てしまった。自分でも時折嫌になる私の癖は、それがたとえ子供相手でも中々直ってはくれないらしい。
「ほら、旋焚玖! 学校で話した俺の姉ちゃんだ!」
一夏に押される形で『せんたく』と呼ばれた少年が一歩前に出てくる。私とはっきり目が合った………が、何だその…見透かしたような…悲しげな眼は…?
そして、私は初めて会った少年に、心をえぐられる事になる。
「へぇ……お前の姉ちゃん、不細工だな」
「……!?」
「なッ!? お、お前! 千冬姉に何て事を「よせ、一夏!」で、でも!」
「いいから、少し黙っていろ」
胸ぐらを掴みかからんとする一夏を制止する。
いや、私だってカチンと来たさ。相手が小学2年だからと言って、初対面で言っていい事と悪い事がある。普通ならゲンコツの一発でも喰らわすところだが、表面上に受け取る言葉ではないと、コイツの眼が雄弁に語っているから止めた。
「私が不細工だと?」
別に私は自分の事を美人だ、などと思った事はない。いや、すまん、正直割と美人な部類に入ると思っているが……と、とにかく今はそんな事はどうでもいい。私が聞きたいのはそういう事じゃない。
「ああ、カッコ悪いなアンタ」
「お前ぇ!」
「黙ってろと言ったぞ、一夏!」
「うぐっ……わ、分かったよ」
「で、そこまで私を悪く言うには理由があるのだろう?」
「その不細工な殺気が、だ」
「……!」
コイツ…!
「ど、どういう意味だよ旋焚玖?」
一夏は何が何やら分からんといった感じだ。そりゃそうだ、コイツの言葉は、一夏にも気付かれていなかった私の本性を指しているのだから。
「アンタの事情は知らん。だが、これまでさぞかし多くの敵に囲まれて生きてきたんだろ?」
敵……そうだ、私と一夏は親に捨てられた時から周りに敵しか居なくなった。家計を助けてやるなどと、甘い言葉で誑かそうとしてくる大人達、堕ちた私達の環境を嘲り笑ってくるクラスメイト……いつしか心から信頼出来る者など居なくなった。
一夏を守るために強くなくては…!
そう思えば思う程、私は周りの人間が全て敵に見えた。隙を見せれば奴らは下卑た眼で私を喰らおうとする。
望んでもいない世間からの同情の目。一夏をしっかり育てていかねばならないという、見えないプレッシャー。慣れない家事に家計のやり繰り。学生でありながら、保護者としての対応。言い出してはキリのない敵の群れ。
決して奴らに隙を見せるな。
警戒心を怠るな。
私は強い。剣術でもISでも私は誰よりも強いんだ。この力で一夏を敵から守るんだ。
「だがその相手は……アンタ自身が仕立てあげた敵だろう?」
「なんだと…?」
「アンタ自身の殺気が出会う者全てを敵にする。それに勝っても強いと言えんのか? 一夏が言ってたぞ? アンタは触れたら切れるナイフのように怖いって」
「……ッ、それ、は……」
言い返せなかった。
少なからず自覚はあったんだ。一夏にすら時々恐れられていた事を。それ程までに私は周りを威嚇していたんだ。
何も言い訳できない。いや、したところでコイツの眼で見据えられると何も隠せる気がしない……無為に取り繕っても嘘だと見透かされる気さえしてくる。
「なら私はどうすれば…! どうすれば良いというのだ!?」
相手が一夏と同い年である事など、この時には頭から完全に消えてしまっていた。そのかわりに、束すら気付いていない私の本当を、たった一瞬で見透かした男にぶつける。
「俺は一夏の友達だ。それは何があっても変わらない」
「……ッ、あ、ああ、あぁぁ…!」
込み上げてくる前に上を向いた。
それでも涙が溢れ出す。
信じろ。
この男はそう言っているんだ。
無為に敵を作るな、自分を信じてくれ。
そう言っているんだ…!
「ち、千冬姉!? どうしたんだよ急に!?」
「き、気にするな、少し目にゴミが入っただけだから。それと……お前、名は?」
「主車旋焚玖です! いや、ホント! 俺、主車旋焚玖ッス!」
旋焚玖、か。
さっきまであれだけどっしり構えていたのに、急にソワソワしだしたが、まぁ気のせいだろう。
「一夏、いい友達を持ったな」
「あ、ああ! 旋焚玖も別に千冬姉の悪口を言った訳じゃないんだよな!?」
「当たり前だろ! 当たり前だろうが、あぁッ!?」
「な、何でそんな怒ってんの!?」
「うるせぇ! いいからゲームすんだろ!? あくしろよ!」
ふふ、先程までとはまるで別人みたいだな。
主車旋焚玖……面白い少年…いや、面白い男だ。
一度、世界一の問題児に逢わせてみるのも良いかもな。
次話はこの話の旋焚玖くん視点から始まります。