選択肢に抗えない   作:さいしん

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避けては通れぬ、というお話。



第32話 自己紹介

 

 

 

「全員揃ってますねー。それじゃあ朝のホームルームをはじめますよー」

 

 黒板の前でにっこりと微笑む乳メガネ……じゃなかった、えっとアレだ。副担任の山田先生だ。しかしなんだな、乳メガネは流石にセクハラチックなあだ名だし、張遼の方がいいのかもしれない。三國無双的な意味で。

 

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

 

「「「………………」」」

 

 誰かなんか反応してやれよ。

 俺? 言わねぇよ。これ以上、変に目立ってたまるか。ただ別に、クラスの女子連中が薄情だから反応を見せないって訳ではなさそうだけどね。女ばっかの学園に異端な男が2人も居るんだ。その現実を頭の中で整理するのに忙しいんだろう。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順にいきましょう」

 

 出席番号の順番。

 名前の順ってヤツだな。席もその順番に合わせて指定されている。一夏とは微妙に席が離れているが、それでも俺に不安はない。何故なら俺の前の席が篠ノ之だからだ。主車って苗字に初めての感謝を。

 

 しかし自己紹介か。どういう風に言えば良いのだろう。既にクラスメイトと溝を作る事に邁進してしまってる俺だしなぁ……むむむ、ここから皆と打ち解けてクラスに馴染めるんかなぁ……あ、次は一夏の番か……ん…?

 

「……えー……えっと…」

 

 顔、引きつってんぞ。

 気持ちは痛いほど分かる。話した事もない見知らぬ女子たちから、視線を一斉に向けられたら誰だってそうなる。流石の一夏もたじろぐわな。頑張れ一夏、表情に出すんじゃない。男は虚勢を張ってなんぼな生き物なのだ(達観)

 

「織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 そう言って頭を下げて、再び顔を上げた一夏は、またまた顔を引きつらせていた。フッ……分かるぜ同志。そしてご愁傷様だ親友。

 お前は先程、世にもオイシイ登場っぷりを披露しちまったんだ。DQNなクソ不良に怯えていた女子の好奇心をくすぐるには十分すぎる。女たちは、期待に満ちた視線を送り続けている。

 

 うへへ、理解しろ一夏よ。

 女共の関心はッ…! 

 既に俺からお前に移ってるんだぜ! 

 

 そんな形式ばった挨拶だけで乗り越えられると思う事なかれ。座っている俺でも分かるくらい、空気感が教室内にもう出来ちまってんだよ。「もっと色々話せ」ってな。「そんな自己紹介じゃ満足できない」ってな。

 

「……えっと、ですね、その…」(お、おい旋焚玖! これ以上何を言えばいいんだ!? もう俺は終わったつもりなんだけど!?)

 

 目は口ほどに物を言うってヤツか。

 一夏とのアイコンタクトが成功しちまったよ。なら俺も為になるようなアドバイスを送ってやりたいが……正直、俺にもわがんね。

 

(教えてくれ旋焚玖! こういう時は何を喋ればいいんだ!?)

 

(俺に聞かれても分かんねぇって)

 

 分かってたら教えちゃるわい。

 

(そこを何とか頼むよ! 俺じゃ思いつかねぇんだって! 何でもいいから言ってくれ)

 

(だから知らねぇって。うんこちんこ言ってりゃウケんじゃないか?)

 

(対象が違うだろ!? それがウケんのは男子小学生までだって!)

 

(あ、一夏…!)

 

(なんだ!? 何か思いつい―――)

 

 

 パァンッ!

 

 

「イデッ……!?」

 

 後頭部を叩かれ、頭を抑えて唸る一夏。後ろに千冬さんが立ってるぞ~って言おうとしたんだが、間に合わなかったか。

 

「無言のまま、いつまで立ってるつもりだ馬鹿者。山田先生が困っているだろうが」

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

 

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

 

 山田先生と入れ替わるように教壇に立つ。

 俺も会うのは久しぶりだ。最後に千冬さんと会ったのは、一夏が参考書をエロ本と間違えた日だったか。あれ……エロ本だっけ? まぁいいか。あの日の夜、羅刹と化して帰ってきた千冬さんを宥めて以来かな。ともあれ、元気そうで何よりだ。

 

「諸君、私がこのクラスの担任である織斑千冬だ。1年という短い期間だが、君たちにはしっかり励んでもらうつもりだ。よろしく頼む」

 

 端的ながらも何という男前な挨拶だろうか。

 とても堂々としていらっしゃる。それに一夏の自己紹介も有耶無耶にしてしまう好プレイときたモンだ。自然な流れで一夏も着席したし、流石は千冬さんだぜ。

 

「「「「………………」」」」

 

 むぁ?

 な、なんだ?

 クラスの熱気が急に上がってきてるような……いや、それだけじゃねぇ、なんか皆の目がキラキラハートになってるような…?

 

「きゃぁぁぁぁッ♥ 千冬様ぁッ、モノホンの千冬様よぉッ♥」

 

 そんな黄色い声援が響いたと思ったら、それを皮切りに1人、また1人とイスをガタッと鳴らし立ち上がって、千冬さんへのラブコールが始まった。

 

「くぁぁぁっこいぃぃ!! 写真の3000倍カッコいいですぅぅぅッ♥」

 

 対魔忍かな?

 

「お姉様に憧れてこの学園に来たんですぅぅぅッ♥ 何処から来たかは秘密ですぅぅぅッ♥ あえて秘密なんですぅぅぅッ♥」

 

「私、千冬様のためなら死ねますぅッ♥ むしろもう死んじゃうッ♥ 千冬様と目が合っただけで死んじゃいますぅぅぅッ♥」

 

 サイクロプス先生織斑千冬(女は死ぬ)。

 うむ、嫌すぎる二つ名だな。

 

 興奮冷めやらぬってな感じでキャーキャー騒ぐ女子達に対し、千冬さんは眉をひそめて鬱陶しそうな表情を浮かべているが「そんなお顔も素敵ぃぃぃッ♥ しゅてきぃぃぃぃッ♥」と、むしろヒートアップしちゃった。

 

 

【千冬さんへの激熱ウェーイ祭りッ! 参加せずにはいられないッ!】

【暇だし前の席の篠ノ之とおしゃべりする】

【暇だし後ろの席の金髪美人をナンパする】

 

 

 俺が参加したら静かになるに決まってるだろバカ! ナンパもしねぇよバカ! こんな状況でナンパするとか、頭おかしい奴だって思われるだろぉ!

 

 んでも暇なのはホントだし、篠ノ之に小さく声を掛けてみよう。こういう時、ダチと席が近いっていいな!

 

「おい……おい、篠ノ之…」

 

「む……な、なんだ、せ……主車…」

 

「千冬さんってスゴい人気なんだな」

 

「う、うむ。なにせブリュンヒルデだからな。世界中の女子の憧れの的らしいぞ」

 

 ま、マジか。

 そんなレベルなのか千冬さんって。正直……とっても羨ましいです。俺も一度でいいから、好意的な意味でキャーキャー言われてみたいなぁ。

 

「……なんだ、その顔は? もしや千冬さんが羨ましいのか…?」

 

「……別に」

 

「む……少し間があったぞ?」(わ、私が代わりにキャーキャー言ってやろうか? などと冗談めかして言えたらなぁ……)

 

「気にするな」

 

 困った時は魔法の一言『気にするな』。

 今日も今日とてお世話になります。

 

「静かにしろッ!」

 

 千冬さんの一喝で、ピタッとウェーイ祭りも中断される。俺と篠ノ之のコソコソ話も中断される。後ろを向いていたせいで、ちょっとビクッてなった篠ノ之が可愛いと思いました。

 

「まだ全員、自己紹介は終わっていないのだろう、山田君」

 

「あ、は、はいっ! では、気を取り直して、次の人から順次いきましょう!」

 

 そして再開される自己紹介。

 どんどん俺の番に近付いてくる。どうしよう…? 一夏のを参考に、とか思ってた結果がアレだったし、あ、次は篠ノ之だ。篠ノ之のも参考にすればいいか。

 

「篠ノ之箒、以上です」

 

 すっと立って一言。

 すっと座って終わり。

 

……恐ろしく速い自己紹介、オレでなきゃ聞き逃しちゃうね(そんな事はない)

 

「え、えっと……」

 

 他の女子連中はポカーンだ。

 山田先生もあわあわ困っている。

 その隣りに立つ千冬さんはヤレヤレと言った表情だが、やり直しをさせないって事はそういう事なのだろう。千冬さんも篠ノ之の事情は知っている筈だ。本人がIS関係で騒がれたくないっていう意図を汲み取ったんだろうな。

 

「で、では次は主車くんですね!」

 

 そして俺の番か。

 結局、何も思い付かなかったな。

 

 

【篠ノ之はまだ甘い。俺が本当の超スピードを魅せてやる】

【篠ノ之はまだ甘い。俺が適切な自己紹介を披露してやる。5分くらい披露してやる】

 

 

 長いわアホか!

 どんだけ自己主張激しい奴なんだって思われちゃうだろ! 

 

旋焚玖はゆっくり息を吸い、静かに立ち上がる。それだけで座っている女子生徒はたじろぐのだが、今の旋焚玖は気にも留めない。もはや彼女たちの反応は意識の外にあった。それは少年が極限まで集中しているに他ならない。

 

……―――俺の自己紹介は閃光より迅いぜッ!!

 

「主車旋焚玖です、よろしくお願いします」(僅か0.2秒)

 

 篠ノ之よりも迅く座ってやる。

 ふへへ、どうだ、これが本場の超スピードよ!

 

「……ほう」(恐ろしく速い自己紹介、私でなきゃ聞き逃してしまうな…!)

 

「え、えぇ……えっと……えぇ…?」

 

 他の女子連中は超ポカーンだ。

 山田先生もあわあわあわ困っている。この人困ってばっかだな、HAHAHA! 

 だが、その隣りに立つ千冬さんは特に動く気配がない。さっき「ほう」とか言ってたし、俺の超閃光を聞き逃さなかったか……流石だな…! そして、千冬さんがやり直しを要求しないって事はそういう事なのだ。

 

 フッ……皆にも聞き取れるよう、ゆっくり言えとは言われてないからな。正攻法で俺に勝てると思うなよ? 避けられない学園イベントの緒戦、まずは俺の勝ちで締めさせてもらおうかッ!

 

「あのー……主車くん…?」

 

「なんでしょうか」

 

「みんなにも聞き取れるように、もう一度ゆっくりお願いしますね」

 

「アッハイ」

 

 チッ…!

 この乳メガネ、正論でカウンターとはやりやがる…!

 

 仕方ない、仕切り直しだ。

 普通に言って、普通に終わろう。

 

「主車旋焚玖です、よろしくお願いします」

 

「ふむ……ついでに趣味の1つくらいは言っておけ」

 

 裏切ったな千冬さん!?

 一夏にはそんな事言わなかったくせに!

 

 

【三度の飯より女が好き】

【三度の飯より喧嘩が好き】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「三度の飯より喧嘩好きィッ!!」(豪胆)

 

「「「ひゃぁぁぁぁッ!!」」」

 

 

 へへっ、さっそくキャーキャー言われちまったぜ。俺って奴ァ、まったく……罪な男だぜ、へへ……へへへ…。

 

 





次話もちゃんと原作の流れを汲むゾ。

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