2つのイベント1つの導入、というお話。
「いい天気だ」
あの後、俺の自己紹介が済んでからちょうどチャイムが鳴り、続きは明日のホームルームで、という事になった。後ろの金髪がプリプリ頬を膨らませていたが、ラストを飾りたかったのだろうか。
そんで1時間目の授業は軽いオリエンテーションに終始した。今後1年間の流れだったり、IS学園の規則だったり、まぁ色々だ。2時間目からは普通に授業を行うらしい。IS学園は英語やら数学だけでなく、他の高校にはないISの授業があるからな。そういう意味では下手な私立よりもカツカツな授業スケジュールなのは仕方ないか。
「改めて、久しぶりだな主車、一夏」
休み時間を利用して、俺と一夏と篠ノ之は屋上まで来ていた。というか、避難してきた。だって1時間目の授業が終わった途端、廊下には珍しいもの見たさに、学年問わずわんさか生徒が集まってきたのだ。クラスの連中も相変わらずチラチラ見てくるし。
この空間に居辛いのは一夏も同じだったらしく「外の空気でも吸いに行こうぜ」と、俺と篠ノ之を誘ってきたのだ。廊下に出ても人の目は教室と変わらんし、結局俺たちは屋上まで上がってきて、今に至ると。
「ああ、久しぶり、箒! 俺が箒と会うのは6年ぶりかぁ。元気してたか?」
「まぁ、ぼちぼちだな。一夏も元気そうで何よりだ。主車とは……まぁ、夏に一度会ってるから、な…」
何故、髪の毛先をいじりながら俺をチラチラ見てくるのか。
ま、いいや。俺と篠ノ之だと、だいたい半年ぶりってところか。それでも最初は篠ノ之だと気付かんかったもん。
やっぱ髪型だけで、だいぶ印象ってのは変わるもんなんだな。ケツまで伸びていた後ろ髪が、今じゃ肩に付くくらいか。そう思ったら、かなりばっさり切ったんだな。
「おっ、そうだ! 旋焚玖から聞いたぜ。剣道の全国大会で優勝したってな。おめでとう!」
「う、うむ、ありがとう。だがあの大会は、私も反省すべき点が多く見つかってな。いや、主車が見つけてくれてな」
「え、そうなの?」
え、そうだっけ?
あ、そうだったか…? 如何せん、あの日は衝撃的な事が多すぎてな。拉致られそうになった篠ノ之を助けたりとか、その篠ノ之と喧嘩したりとか。あ、喧嘩した理由がそれだったような。何となく思い出してきた。
「……まぁな。だがもう大丈夫なんだろう?」
「ああ! 今はまた、剣を振るうのが楽しいんだ!」
「そうか」
あらやだ、いい笑顔。
なんか少し、明るくなったか?
「しっかし、箒を見て驚いたぜ」
「む…? 何がだ?」
「いや、だってさ。髪、めちゃくちゃ短くなってるじゃん」
一夏もやっぱりそこに目が行くか。地元に篠ノ之が居た時は、ずっと長いポニーテールを維持していたもんな。夏に会った時もそれは同じだったし。それがいきなりこうもばっさりいくかね。
ぐふふ、おう?
失恋でもしたのか? おうお~う?
「う、うむ……少しばかり思うところがあってな」
「なんだよ、失恋でもしたのか?」
ひぇっ……流石は一夏、斬り込み隊長以上にブッ込んでいく男だぜ。しかしコイツめ、6年会わないうちに篠ノ之の性格を忘れたか。
篠ノ之相手にそういうデリケートな話は、軽々しくしない方が吉だろうが。お前、白羽取りできねぇだろ。
篠ノ之が背中に背負ってるのは、多分竹刀じゃなくて木刀だぞ。言っておくが、今回は俺は助けんからな。シバかれても自業自得である! 木刀だったら助けてやらんでもない!
さぁ、一夏の問い掛けに対し篠ノ之よ、どう出る…?
「……失恋とはなんだ? 何をもってして失恋と定義するのだ?」
「へ?」
「……ふむ」
誰だコイツ。
なんか篠ノ之らしからぬ、哲学的っぽいこと言い出したぞ…! まるで牽制を喰らった気分だ。この反応は流石に予想外すぎるもん。
「そりゃあアレだろ。好きな子にフラれるのが失恋じゃないか?」
シンプルに俺もそう思う。
別に難しく考える必要なくないか?
「確かにそれも真理の1つではあると思う」(旋焚玖……私はお前を一度……くぅ…)
ホントに誰だコイツ。真理の1つとか言い出したぞ。ここにきてまさかの篠ノ之偽物説浮上か? 髪も短いし。
いやちょっと待て、なんだその目。
何で俺をチラチラ見てくんだよ。今お前絶対アレだろ、俺をフッた事思い出してんだろ……そのせいで俺も思い出しちゃったよぅ……くぅぅ…ほろ苦い思い出だぜぇ…。
「1つっていうか、それだけじゃないのか?」
くぅぅ~っている俺の代わりに、ガンガン一夏が聞いてくれる。こういう時のコイツの頼もしさは異常だ。素面の俺じゃ聞けない事も平然と聞いてくれるし。
「私はそれだけじゃないと思っている。恋する気持ちに終止符が打たれるのは、何もフラれる事だけが原因じゃないからな。それでも恋を失っているのだから失恋と形容できるだろう」
意味深すぎる。
何でそう気になる言い方してくんの?
よし、俺の代わりに聞くんだ一夏! お前ならまだまだ踏み込めるだろ!
「よく分かんねぇぞ? そのフラれる以外の原因ってなんなんだ?」
すげぇぜ一夏!
お前って奴はホントに、かゆいところまで手を伸ばしてくれるな!
「それは……」(旋焚玖……)
な、何で俺を見るんですか…?
「ち、違う人に恋心が芽生えてしまった……という事も…あ、あったりするかもしれないだろう!」(くぅぅ……ここで強く断言できないのが私の弱さだ…!)
「あぁ~、そういうのもあるかもな」
一夏は今の言葉で納得したらしい。
一方、俺は混乱の極みに陥っていた。
いや、だってさ……明らかに俺を見つめて言ったよね? 篠ノ之さん、俺と眼を合わせてから言ってのけたよね?
頬を赤く染めて! 彼女は言いました! 違う人に恋心が芽生えてしまったと! 彼女はそう言いました! 確かに言いました! 一夏が証人です!
それはそういう事だと捉えてよろしいのか!? 今度こそ俺の事が「しゅき♥」なんだと思ってもよろしいのか!? 俺にもやっと…! やっとやっとやっと春がきたと喜んでよろしいのか!? ラブコメ爆進ロードの開幕を宣言してもよろしいか!? よもや偽物ってオチとかないだろうな!?
いやいや冷静に考えよう、冷静にだ、落ち着け俺ひゃっほい、冷静な判断が必要な場面だいやっふぅ! もう惚れてるって! 篠ノ之俺にホの字だって! 俺は冷静だ、十分落ち着いているヒーハー!
【思い切って告っちまおう! いけるいける! だーいじょうぶだって!】
【あの時の悲しみを繰り返すつもりか? 慟哭の波に飲まれる覚悟はあるのか? また苗字呼びに戻っている事を忘れるな】
…………ッ、ぶねぇぇぇ…!
サンキュー【下】。お前の言葉が無ければ、俺はまた目先に揺蕩う幻の女神に手を伸ばすところだった(詩人)
篠ノ之…そして、鈴。俺はもうこの2人にフラれたくない。フラれたくないんだよぉ! あの時喰らった感情に比べりゃ、地獄の鍛錬なんざお遊戯に等しいんだよぉ!
「そろそろ2時間目も始まる。教室に戻ろう」
「おっ、そうだな、戻ろうぜ。遅れたら千冬姉にポカられちまう」
「う、うむ……」(旋焚玖…? いや、何も言うまい。むしろ今の言葉で、旋焚玖に気付いてほしいなどと願ってしまった私の浅はかさに苛立ちさえ覚えてしまう…!)
切り替えていく(宣言)
2時間目からは本格的なISの授業だ! 前世でも習ったことのない授業だし、ちょっぴり興味は唆られていたりする。
「なんて名前の授業だっけか?」
「えっと……なんだっけ、箒?」
「お前らなぁ……IS基礎理論だろう」
おうおう、名前からして全く面白くなさそうだな!
.
...
......
「―――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり……」
すらすらと教科書を読んでいく山田先生。
やっぱり面白くないじゃないか! いやまぁ、すごい重要な話ってのは分かるけどさ。IS操縦者ってアレなんだろ、今じゃ国の顔とまで言われる存在だって話だし。
ヒエラルキーのトップもしくは上位に食い込む存在ってよ、改めて考えたらやべぇな。っていうか、ホントにやべぇ学園に来ちまったんだな、俺。
「織斑くん、主車くん、何か分からないところはありますか?」
あらかじめ一夏とプチ予習してたってのもあって、全く理解出来ないって事は今のところない。100%理解出来ているか、と問われたら微妙だけどな。
あんなアホ分厚い本、全部頭に叩き込める訳ねぇだろっての。でも読まない訳にもいかないし……そこで俺と一夏が取った手段は―――。
◇
それは約1ヶ月前の事。
俺たちは千冬さんに貰った参考書に目を通していた。
「なぁ、旋焚玖……これ無理だゾ」
「……ううむ」
俺たちはISに関して普通にド素人だ。
1ミリたりとも知識はない。参考書に書かれてあるモノ全てが初見である。1つ1つ1文1文を読んで、あーでもないこーでもないなんて2人で言ってたら、あっという間に入学式を迎えちまう。
「全てを網羅するのは諦めよう。代わりに重要そうな部分だけはちゃんと読んでおこう」
「どれが重要かすら分かんないゾ」
何でそんなアホっぽい感じになってんだよ。早くも現実逃避ってんじゃねぇよ。俺だって正直分かんねぇわい。
「太文字だ、一夏」
「太文字?」
「ああ。社会や理科の教科書を思い出せ。重要な単語は細字でなく太文字だったろ。ISの参考書でもそれは一緒な筈だ」
入学式まではとりあえず、太く書かれた語句とそれに関する文章だけは、しっかり目を通しておこう。それ以上、無理に詰め込もうとしたらパンクするわ。
これが本当の取捨選択ってな。
おい聞いてるかアホ選択肢。
「なるほど、分かったぜ旋焚玖! なら、まずは一気に太文字だけチェックをして、その後そこの文章を交互に読んでいくってのはどうだ?」
「いい案だ、それでいこう」
マーカーペンで線でも引きながらチェックしていこうかな。
「あ、あったぜ! さっそく太いのが見つかったぜ!」
「おう」
「あぁッ!? 次のページにもあるぜ!? 太いのが!」
わざわざ倒置法活用させなくていいから。
「旋焚玖、次のページ見ろよ見ろよ! 太いのが多いぜぇ!」
「そ、そうだな」
「うわぁぁッ!! ふ、太いのがっ、多すぎるぅッ!!」
「なんだお前さっきからコラァッ!! 徹夜明けかコラァッ!!」
戻ってきやがれこのヤロウッ!! 現実から目を逸らすなよ! 俺だってソッチの世界に逃げれるもんなら逃げてぇんだぞコラァッ!! どうせ逃がしてくれねぇんだよ、分かってんだよ、ならさっさとやるしねぇだろがァッ!!
バチコーンッ!!
「へぶっ!?……あ、あれ…? 俺、何してたんだっけ…」
「おう、戻って来たか」
「あ、ああ……すまん、トリップしちまってたわ」
「気にするな」
気持ちは分かる。
「……改めて見ると、すげぇ量だよな」
「ああ」
余裕で途方に暮れるレベルだ。
なによりモチベーションが上がってくれない。俺も一夏も希望してIS学園に入学する訳じゃないからな。俺たちは強制的に放り込まれる身だ。そんなんで、どうして熱心に勉強する気になれるよ?
「望んでない高校の勉強か……や、やる気出ねぇ…」
やっぱ一夏も同じ事を思っていたか。
しかしそれはマズい。
俺だってやる気ねぇのに、一夏までやる気起こしてくれなかったら、それこそソッコー絶対ゲームに逃げちまう。それだけは何とか避けたい……ツっても、一夏のモチベーションを上げるのは簡単だけどな。赤子のほっぺをプニプニするくらい簡単だ。
ほら、見とけよ見とけよ~。
「お前、千冬さんがバカにされてもいいのか?」
「はぁ? 何で千冬姉がそこで出てくんだよ」
「千冬さんはIS学園の教師なんだろが。弟が全く勉強せずに入学でもしてみろ。他の教師に嫌味の一つくらい言われるだろうよ」
オホホ、織斑先生の弟さんはお馬鹿ザマスねぇ! こんな初歩的な事すら学んでこられなかったのですか、オホホホ! ブリュンヒルデの弟さんは勉強が不得意ザーマスゥ! ザーマスザーマスぅ! ってな。
「なっ…! 俺のせいで千冬姉がそんな事を言われちまうのか!?」
「ああ、言われるな。もうそっからはアレだ、他の教師も交ざってのザーマス祭りだ。ワッショイ感覚で千冬さんが胴上げされちまうぜ?」
「ど、胴上げまで…!? 音頭は何だよ!? ま、まさか…!」
「まぁ……ザーマスだろうな」
「なんてことだ……」
想像したらシュールだなぁ。
ザーマスザーマス言われながら、山田先生とかに胴上げされる千冬さんかぁ……やばすぎる光景だな。そんなん見せられたら、明日死ぬとしても笑っちまう自信あるわ。
「お、俺、頑張って勉強するよ! もう逃げたりしないぜ!」
「ああ、そうしろ」
よし、一夏のモチベは上がったと。
後は俺だが……ううむ、俺はどうやってやる気を起こそうか。
【いつものように乱にメールで甘える】
【たまには千冬さんにメールで甘えてみる】
ぽちぽちぽち……。
『o(=・ェ・=o))))チフユサーン!』
―――送信。
ピロリン♪
『ε=ε=ヘ(。≧O≦)ノ セ、センタクー!』
「…………充電、完了だ…ッ!」
相変わらずメールだと超可愛い千冬さん。
こんなの癒されるに決まってるし、頑張ろうって思えるに決まっている。実際に対峙した時の千冬さんじゃあ、億兆%こんな対応は無いだろう。そもそも俺がそんな風にならないし。
ちなみに普段はクールビューティーな千冬さんが、メールでは顔文字を使うのにも、ちゃんと理由があったりする。っていうか、俺のアドバイスだったりする。
小学生の時の話だが、千冬さんは一夏から「切れたナイフ」と例えられたのが割とショックだったらしく、どうすればもう少し温厚になれるだろうか、と俺に聞いてきたのだ。
いきなり性格なんて変えられる筈もなし、とりあえずメールで顔文字を使って、千冬さんも茶目っ気を出してみようって言ったんだ。でも千冬さん曰く、いきなり一夏や知り合いに、顔文字付きのメールを送るのは恥ずかしいとの事で、まずは俺が練習相手になったんだが、未だに顔文字付きのメール相手は俺のみらしい。
いやはや、月日も流れ、もう高校生になっちゃったよ俺。千冬さんとのメールは、嫌いじゃないからいいけど。リアルで会うと俺も千冬さんも、基本そんなに話さない方だからな。メールの方が何故か話が弾むっていうね。千冬さんはどうか知らんけど、俺はそんなよく分かんない関係が結構好きだったりする。
ともあれ、俺のモチベも上がったし、いっちょやってやるか…!
◇
「織斑くん、主車くん、何か分からないところはありますか?」
「今のところはなんとか」
「自分もまだなんとか」
よしよし。
太文字予習作戦のおかげだ。あくまで『なんとか』レベルだけどな。それ以上を求められても知らん。
「では先に進みますが、分からないところがあれば、お二人とも遠慮せずに聞いてくださいね!」
両手を前にフンスッなポーズを披露してみせる山田先生。これは中々にあざといですぞ。言わんけど。
でも実際受けてみて、少しホッとしている。内容が面白い面白くないかは置いておくとしても、授業自体はまだ何とか乗り越えられそうだからだ。
もうそろそろチャイムも鳴りそうだし、次の休み時間はどうしようかな。どうせ教室に居てもまた見世物になるだけだし、一夏と篠ノ之を誘ってまた屋上でダベるのも一興か。
「旋焚玖ー、自販機見に行ってみようぜー」
チャイムが鳴って、さっそく一夏が俺の席までやって来た。
いや、見に行ってどうすんだよ。ま、教室から出られるなら何でもいいか。多分、一夏もただ教室に居たくないってだけだろうし。
「……何か面白い飲み物でも売ってるかもしれないしな。良かったら篠ノ之もどうだ?」
「う、うむ! 付き合ってやろう!」
あらやだ、いい笑顔。
俺と篠ノ之が席から離れようとした時。
「ちょっと、よろしくて?」
む……?
「へ?」
俺もだけど一夏だって、まさか俺たち以外から声を掛けられると思ってなかったのだろう。俺と篠ノ之が何か言うよりも早く、一夏が素っ頓狂な声で返事する形になった。
振り向いた先には、金髪美人さん。っていうか、俺の後ろの席の子だ。名前は……あ、自己紹介が中断されたからわがんね。だが雰囲気からして、何処ぞの貴族だって言われても違和感はない。それほど高貴なオーラがプンプンである。よろしくて、とか言ってるし。
「聞いてます? お返事は?」
「あ、ああ。聞いてるけど……どういう用件だ?」
よし一夏。
そのまま頑張れ。
既に嫌な予感がする俺は空気と化す。
「まぁ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
「「「………………」」」
コイツやべぇ。
ついでに一夏と篠ノ之の様子を窺ってみる。
2人ともこの一言で、コイツがどんな人物なのか察したのだろう。めんどくせぇって顔になってんぞ。
俺?
俺は空気です。
だから俺には触れないで(切実)
「あなたも黙ってないで何か言ったらどうですの? わたくしは、あなたにも言ってますのよ?」
触れられちゃった(絶望)
暴れんな、選択肢暴れんなよ。