にっこりな幼馴染、というお話。
「3年も武から遠ざかっていれば仕方ないとはいえ……むぅ」
「はぁっ…はぁっ……お、俺もここまで…ふぅっ…弱くなってるとは思わなかったよ…」
時間は放課後、場所は剣道場……ではなく、俺の城『ペンション・シュプール』前に広がるプチ鍛錬場(仮)だ。
本当はアリーナでISの練習がしたかったんだが、一夏の専用機はまだ届いていないし、俺は俺でそもそも専用機が無い。アリーナの無限使用の特例は貰ってはいるものの、訓練機の無限使用の許可までは貰えてないのが仇になったか。
俺が訓練機を好きに使用できるのは、あくまで正規のアリーナ使用時間外って訳だな。放課後に使用するには、学園から貸し出し許可を貰わないとダメなんだと。一応申請しには行ってみたが、既に他の生徒からの予約で埋まっており、早くても2週間後との事だった。
残されているのはIS座学くらいだが、今日はまだ初日である。ISがスポーツの延長線上にあるのなら、身体能力の如何だって幾ばくかは含まれる筈だ。修行漬けの俺はともかく、一夏は中学の3年間ひたすらバイトな日々を過ごしていた。今の自分がどれくらいなのか試してみたいと、篠ノ之と剣道で手合わせする事になった。
ただ、学園の剣道場を利用すると、どうしてもギャラリー満載な未来しか見えない。だが、俺の城前の空き地ならウザったいギャラリーも無しで、思うがままに練習が出来る。ってな訳で俺から一夏と篠ノ之を誘い……まぁ今に至る。篠ノ之の真っすぐな性格上、手加減など出来る筈もなく本気で一夏と試合ったのだが……結果は見ての通りだ、篠ノ之にメコメコにされた一夏が大の字で項垂れている。
「くっそぅ、身体がイメージ通りに動いてくれねぇ」
一夏も3年の空白の大きさを実感したらしい。
人体構造の理不尽さというか何というか。長い年月を掛けないと中々強くなってくれない癖に、弱くなるのはあっという間だもんな。
ただ、一夏は俺から見ても才能の塊だ。柳韻師匠から皆伝を受けた身になった今なら余計にそう思う。きっと一夏なら短期間で強さも取り戻せるさ。
しかし一夏がオルコットと試合うのは来週だ。流石に普通に間に合わん。付け焼き刃で何とかするしかないが、ISがない状態で何をさせればいいのやら。
オルコットに屍は使うなって千冬さんから言われちまったし。下剤でも飲ませて腹ピーピーにさせんのが一番楽なんだが……それが使えないとなると……ううむ。
「一夏の心配をしているようだが……お前にもそんな余裕はないんじゃないのか?」
「む……?」
面具を外し、タオルで額の汗を拭いながら篠ノ之が近付いてきた。一夏の息切れ加減を見るに、少し休憩を挟むらしい。
「正直に話せ、主車。ISの適性検査……結果は芳しくなかったのではないか?」
「……どうしてそう思う?」
少なくとも、あの結果を知っているのは政府の人間と千冬さん、山田先生くらいだ。千冬さん達が篠ノ之に教えるとも思えないし、何より今日の授業であった専用機の話の時にハッタリをカマしたばっかだぞ。
「そうだぜ、箒。旋焚玖が言ってたじゃんか。『俺ほどの男になると専用機なんざ不要だ』ってさ」
うむ、一夏は素直に文言通りに受け取ったらしい。つまり『俺のIS技量は凄いから、専用機がなくても大丈夫』といった意味で。っていうか、クラスの全員がそう受け取って当然だと思っていたが……ふむぅ…?
「ああ、言ってたな。だが、あの言葉……ハッタリなのだろう?」
うげ、そこまでバレてんのか?
まさか見破られるとは思ってなかった。マジで何でバレたんだろ。現に俺と一番付き合いの長い一夏でさえ騙せていたのに。
「去年の夏……私を黒服たちから助けてくれた事を覚えているか?」
忘れられっかよ。
思えばあの日から、俺の人生が激闘乱舞に突入したんだからな。
「え、何だ、俺の知らない話か?」
「そうだな、一夏には話しておこう。実はな……」
篠ノ之があの日の事を一夏にも教える。
アレだよアレ。俺が篠ノ之の応援に行ったあの日だよ。まだ1年も経ってねぇってのに、随分昔の事に感じちまうわ。あの日を境に、修行の密度もアホみてぇに殺人級に跳ね上がったし、鈴の家には行くわ、そこで年下のママは出来るわ、IS動かしちまうわ、ケンカ三昧の日々を送るわで……やべぇ、俺、まじリア充(げっそり)
「……という事があってな。主車が政府の奴らから助けてくれたんだ。私を主車が助けてくれたんだ」
「お、おう、何で2回言ったんだ今…? でも、すげぇぜ旋焚玖! 流石だな!」
「どうという事はない」
うわははは!
そうだろうそうだろう、俺は凄いんだぜ! さぁさぁ我を称えよ! 称えて讃えよ!
「黒服の男たちに言い放った主車と、教室での主車の雰囲気が何となくダブって見えてな。もしや、はったりでは……と思ったんだ」
言い放った…?
何言ったんだっけ、俺。
あー、アレか。
俺の兄キも姉キも族の頭で~みたいなヤツか。そんなこともあったな。まぁ一夏と篠ノ之にはいずれ明かすつもりだったし、ここで言っちまってもいいか。
「よく気付いたな、篠ノ之。お前の言う通り、俺のIS技量は悪い意味でやべぇ。ぶっちゃけ指先だけ何とか動かせるってレベルだ。適性値も『E』らしい」
「そうなのか!? だ、大丈夫なのかよ、旋焚玖!? お前もオルコットと試合するんだろ!?」
「俺は俺で色々やるさ。まずは自分の事に集中しな。一夏は俺より3日も先にオルコットと闘るんだぜ? しかも俺と違って、お前は観衆ありだ。生半可な気持ちで挑めば、いい笑い者になっちまうぞ」
「……それもそうだな。旋焚玖の言う通りだ、今は俺に出来る事をするよ」
俺も今夜からアリーナで練習するつもりだし。まずは歩けるようにならんと。せめて腕の一本は動かせるようにならんと、それこそお話にならねぇってばよ。
「しっかし、箒もすげぇよな。旋焚玖のはったりに気付くなんてさ。俺、全然分かんなかったもん」
「そ、そうか? うふふ、そうかそうか…」(か、勝った…! 一夏に勝ったぞ! これは私の方がリードしているって事だよな!?)
えぇ……何で篠ノ之ニヤついてんの?
まさかたった1度見抜いたくらいで、俺のハッタリを攻略できたとでも? 仮にそう思っているのなら甘いぜ。教室のアレはハッタリ四天王の中でも最弱よ。
「ううむ……今の俺に出来る事ってなんだ?」
「……ふむ」
自分の専用機がどんなモンかも分からないってなると、戦術のイメージも浮かびようがないか。どんな武器が備わっているのかも分からないんだし、アレコレ勝手に想像したところでなぁ。
せめてオルコットの戦術が分かれば……お? いや、そうだよ、それだ。彼を知り己を知れば百戦殆うからずってな。自分の戦術をイメージ出来なくても、オルコットの戦術を知る事は出来る。そこからイメージも繋げられる可能性が出てくるだろう。
「よし、一夏。お前はこのまま篠ノ之と手合わせを続けてろ。まずは実戦感覚を取り戻すんだ。それだって無駄じゃない筈だ」
「お、おう! でも旋焚玖はどうするんだ?」
「敵情視察」
◇
とりあえず、学園寮の前まで到着。学園寮という名の女子寮なだけあって、当然入口前でも女子生徒がちらほら居る。んでもってチラチラorガン見されている。
フッ……もうその視線には慣れたよ(強者の余裕)
しかし困ったな。ついつい初歩的な事忘れちまってた。俺、入ったらダメじゃん。何のためのシュプールだって話になるじゃん。
だが、ここで一夏たちの元へ戻るのも癪だ。っていうか嫌だ。「敵情視察」(ドヤぁ)とか言って、ソッコー帰ってくるとかギャグすぎんだろ。顔赤くなるわ。
【ここは学園寮に入るべき。俺には入る理由があるのだ】
【入らずとも此処から呼べば良いだけだ。中島くんのノリでいこう】
中島くんって誰?
「磯野ぉぉぉぉッ!! 野球しよぉぉぉぜぇぇぇぇぇッ!!」
「「「!!?」」」
中島くんだこれぇぇぇぇッ!!
「…………………」
「「「……………………」」」
オルコットは出て来てくれなかった。
磯野さんも出て来てくれなかった。
(速報)IS学園に磯野はいない。