親友の応援は尊い、というお話。
「「「「………………」」」」
観客席に着いた途端これである。
いやいや、お前らさっきまであんなに騒いでたじゃん。「いけいけー!」やら「そこだー!」やらキャッキャ言ってたじゃん。
それがなんで無音になるんですか。
「…………………」
「「「「………………」」」」
無観客試合かよ。
オルコットと一夏の声しかしてねぇよ。というか俺を見てんなよ、試合観ろよ。『うわ、出たぁ…』みたいな顔で見られても、俺だって困るわ。
中には見知った顔もチラホラ居る。
同じ1組の奴らだ。
何て言うか、苦笑いしてるな。俺だってもう入学して一週間は経っているし、1組の何人かとは挨拶くらいなら交わすようになっていたりする。
ただ、裏を返せばまだ挨拶のみな友好レベルである。この状況で俺に話し掛けてくれるとまではいかないらしい。
悲しいけどしゃーないね。
【何見てんだクルァァァッ!!】
【秘伝『ニコポ』を披露する時は今…!】
嘘乙。
そんなチート能力が備わってる訳ないだろ! この間は性的欲求に駆られクマーっちまった俺だが、流石にそれにはクマらないぜ! 悲しいが根拠もある!
だって俺、モテてないもん。
むしろフラれまくりの人生さ(哀愁)
だが【上】も選びたくないし、それなら【下】を試してみる価値はあるやもしれん。
過去を振り返ってみれば、俺は今まであまり日常において【ニコッ】としてこなかったんじゃないのか。思えば俺が笑みを浮かべる時は、常に虚勢のためだった。
フッ……はったりのために『ニヤリ』とするのも飽いた。俺も青春謳歌な歳になった事だし、そろそろ『ニコッ』を取り入れる時期なのかもしれない。労せずモテれるならそれに越した事はないのである。
「……(ニコッ)」
「「「「 ヒッ!? 」」」」
まぁ知ってた。
世界の誰よりも知ってた。だから悲しくない。むしろ誇りに思おう。名実共に俺はニコヒの使い手になれた訳だからな。女に怖れられるチート能力さ。
へへっ、嬉しくないぜ。
「わ、嗤ってるわ……」
笑ってるんだよなぁ。
「きっと私たちを嬲る未来を想像してもう嗤ってるのよ…!」
どSの化身かな?
いやいやいやいや。1組では結構受け入れられてきた感があったから油断してたわ。学園全体で言えば、まだまだそういう認識なのね?
っていうかさぁ……お前らホント、俺をどんなヤツだと思ってんの!? 嬲るとか女子高生が言っちゃイカンでしょ! ちょっと興奮しちゃうだろぉ!
だがまぁ、今回に関してはギャーギャー騒がれるより、静かになってくれた方が俺も任務(応援)を遂行しやすい。むしろもう、黙っててくれた方が良いまである。
【一言でもしゃべったらブッ転がすぞ】
【一言でもしゃべったらブッ殺すぞ】
日本語って凄いよねぇ。
一文字欠けるだけで全然意味が変わってくるんだもんねぇ。本当に日本語って奥が深いよねぇ。侘び寂び、感じるよねぇ(現実逃避)
あ、【上】選びます(投げやり)
「一言でもしゃべったらブッ転がすぞ」
「「「「!!?」」」」
そうそう、もうそのまま黙ってろ。少しの間の辛抱だ。オメェらは草食動物らしく、ライオンと遭遇したインパラごっごに耽ってりゃいいんだ。
言葉の意味は頭で分からずとも、お前らの肉体は、細胞は既に理解を示している。身の危機を前にした細胞に抗うな。そのまま怖気づいていろ。まぁ何が言いたいかというと。
俺にブッ転がさせるな…!
「ちょいす~ちょいす~、ぶっころがすってなーにー?」
あらやだ布仏さん。
君も居たのね。
一夏と篠ノ之を除いたら、オルコットの次に俺と話せるダチである。剣呑な雰囲気なにするものぞ、普段のようにのんびりしたノリで俺の前までトコトコやって来た。
やって来ちゃった。
細胞に抗いやがったなコイツめ!
しかし問題は口を開いたという事実。
もう俺では覆せん。
すまんな、布仏。
あとでコーラ奢ってやるからな。
だからお前が見本になるんだよ!
苦もせず布仏を組み伏せられた。だって無抵抗だもん。布仏はいちいち反応がのんびりしてるので俺もやりやすい。地面に横たわっても「ふえ~?」とか言ってるし。
そういう意味では第一声が布仏で良かった、実に簡単じゃないか。
「こんとんじょのいこー」
「あ~~~れ~~~~」
愉快なノリでゴロゴロ転がっていく布仏。
あまり引かれずに済んだかな?
「……ああなりたくなかったら口を閉じてろ」
「「「「…………………」」」」
よし、これで俺も決着の見極めに集中できる。
◇
「この【ブルー・ティアーズ】を前にして、初見でこうまで耐えたのはアナタが初めてですわ。初心者でありながらお見事と言えるでしょう」(初の男性起動者は伊達ではなかった、という事でしょうか)
「……そりゃどうも」(くそっ、【白式】のシールドエネルギーの残りは僅か…! 褒められても嬉しくない…! 俺はただ逃げ回ってるだけなんだから!)
機体を激しく損傷させている者に、全く無傷の者が賞賛を送る。
褒め称えるセシリアに皮肉の意はなく、それを一夏も分かってはいるが、それでも手も足も出ないという動かぬ現実を前に唇を噛むしかなかった。
「修練を積めば、きっと良いIS操縦者になれますわ。ですが……今日はわたくしの勝ちです…!」
それまで浮かべていた笑みを消し、セシリアが勝負を決めに掛かる。右腕を横に翳し、彼女の命令を受けたビット4機が、レーザーを放ちながら多角的直線機動をもって一夏へと迫った。
「くっ……!」(ダメだッ、これを避けてもオルコットさんのライフルで撃たれるッ! 分かっていても避けられないんだ! くそっ、くそっ…! 本当に何も出来ないまま俺は負けるのか……)
「フィナーレと参りましょう!」(わたくしの集中力が極限まで高まっているのを感じますわ。ギャラリーの歓声すら耳に入ってこない程に……これまで何度か経験してきた必勝の感覚…!)
レーザーを回避しながら、一夏は敗北の足音を。
ライフルの照準を合わせながら、セシリアは勝利の足音を。
そして、もう1人。
その足音を聞き逃さんとする者在り。
集中しているセシリアはその者の存在に気付かない。
「…………………」(既に装甲を失っている【白式】の左足。そこを撃てれば、わたくしの勝ちが決まる…! そして、今日のわたくしは外す気がしませんわ! 清香さんと静寐さんからエールを貰いましたもの!)
照準……完了…ッ!
「左足、いただきますわ!」
定まった狙いに向け、引き金を―――ッ!!
「一夏ァッ!!」
「ぴっ!?」
突如響いた雷鳴轟音。
もともと旋焚玖の声で驚く事に定評のあるセシリア。それはここでも例外ではなく。定まった筈の照準は当然の如く擦れを成し、ライフルから放たれたレーザーは、あらぬ方向へ光って消えるのだった。
まるで狙っていたと言わんばかりな絶妙すぎるタイミング。流石にピットでも真耶と千冬による審議が行われる。
「お、織斑先生……今のって…」
「主車はただ織斑の名前を叫んだに過ぎん……が、1度きりだ。2度は認められんし、それは主車自身が一番分かっている筈だろう」
審議の結果、情状酌量。
◇
うわははははは!
俺が日々を無為に過ごしていると思うなよ! 思う事なかれ! オルコットが俺の俺による声でビクッとするのは織り込み済み、むしろこの為の布石だったって訳よ!
名目は一夏の応援でも、狙いはオルコットに狙撃ミスさせる事。だが、これが使えるのはこの1回限りだろう。おそらく今ので、少なくとも千冬さんにはバレた筈。千冬さんも気付いてしまった以上、教師として止めざるを得ないからな。
だからもう、さっきみたいな暴声は使えない。
しかしこのままじゃ、ただ一夏が墜とされるのを先延ばししただけになる。それじゃあ意味がない。一夏は結局、なにも出来ずに負けたと烙印を押されてしまう。
ダチを笑い者にさせる趣味はねぇ……オルコットには悪いが、一夏のポテンシャルを目覚めさせてもらう。
「せ、旋焚玖…? お前、ピットに居たんじゃ」
「気にするな。そして、思い出せ」
旋焚玖は無造作に拳を振るってみせた。
しかし、拳の軌道を視界に収められた者は、千冬を除くと零。箒ですら視ることの叶わぬ疾さ。旋焚玖の声に驚いて狙いを外してしまい、少しプリプリしているセシリアにも。彼女と対峙している一夏にも。
「俺の拳は視えたか?」
「いや、視えなかった」
かわりに一夏は落ち着きを取り戻す。セシリアの技量の前に浮き足立ち、失っていた平常心の帰還。何より、旋焚玖と箒との修行を思い出せた事が少年の中では大きかった。それこそが旋焚玖の目的でもあり、応援であった。
「ちなみにレーザーは?」
「……視える」
「んじゃ余裕だろ。俺の拳より遅ェんだからよ」(一夏専用謎理論)
「ああ…そうだな。避けられる……避けてみせるさッ!」
この試合初めて、一夏の瞳に闘志の炎が宿った。
俺の応援完遂っと。
「待たせてすまない、オルコットさん。さぁ、再開しよう!」
「それはこの際いいですわ。聞き捨てならない事を聞きましたから…!」(潔く負けを認めるのも男性の矜持な筈…! この期に及んで強がりは減点ですわよ、織斑さんッ…!)
4機のビットがレーザーを放ち一夏を襲う。
それを潜り抜けるも、オルコットの本命はライフルによる狙撃。先ほどからずっと一夏が喰らい続けていた、一度足りとも回避できていない【ブルー・ティアーズ】十八番の戦術一手。
「これで終わりですわッ!」(回避できる筈がないッ! 主車さんとお話しただけで避けられるようになるですって? そんな夢物語ありえませんわッ!)
喰らえば試合が終わる一手。
オルコットから放たれる光の一閃を――。
「……ッ…! くおぉぉぉッ!」(避けるったら避ける! 旋焚玖が余裕って言ったんだ! 俺を信じて言ったんだ! これに応えなきゃ男じゃねぇッ!!)
初めて避けてみせた。
「なっ……!? 何故!? どうして避けられましたの!?」
「へへっ! 視えるモンは避けられる! 旋焚玖がそう言ったからな!」
「そ、そんな精神論だけでいきなり避けられてたまるもんですか! 納得できませんわ!」
ああ、そうだな。
俺が一夏に施した中身なんざ、オルコットの言う通りただの精神論だ。そんなモンだけで急に強くなるなんてありえない。あっていい訳がない。
だが、それがまかり通っちまう存在が世の中には稀にいるんだよ。凡人が一段ずつ上がっていく階段を、数段飛びで一気に上がっちまう事ができる。壁にブチ当たっても、メンタルの如何でどうにでもしちまえるんだ。
一夏はまさにそのタイプだ。
千冬さんも……あれ、そういや篠ノ之もそんな感じだよな? 夏から春にかけて、一気に剣技が鋭くなったし。
やだ、俺の周り天才ばっかり…?
「いくぜ、オルコットさん!」
「くっ…! いいでしょう、受けて立ちますわ!」
よし。
これで一夏も代表候補生に一矢報いた形になるな。んじゃピットに戻るか。いつまでも俺が此処に居座ってたら、ワイワイ騒ぎたい女らの迷惑になるだろうし。
「もうしゃべっても、ブッ転がさんよ」
気分はまさに凱旋である!
【気分がいいので布仏をブッ転がして戻る】
【2度は可哀想である。ここは隣りのメガネっ子をブッ転がす】
「……こんとんじょのいこー」
「あ~~~れ~~~~」
(悲報)旋焚玖嘘つき疑惑