選択肢に抗えない   作:さいしん

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誰も分かってくれない、というお話。




第6話 見誤ってねぇよ、ねぇ

 

 

「もうすぐ着くぜ」

 

「……ああ」

 

 気が重い。

 足が重い。

 何もかもが重い。

 

 

『ありますねぇ!』

 

 

 一夏の姉ちゃんから剣術道場へ誘われた時。あの時の一夏と一夏の姉ちゃんの嬉しそうな顔ったらさぁ……あんな顔されたら流石に撤回できないっす。もう完全に包囲網が完成された瞬間だった。完成させたのは俺なんだけど納得いかねぇよぅ……。

 

 まぁでも、いつまでも不貞腐れてる訳にもいかない。陰気は心にストレスを溜めるのだ。道場に通うのは既に決まってしまったんだ。ならもう受け入れて、楽しまないとやってらんねぇ!

 

「一夏はいつから通ってるんだ?」

 

「ホント最近だぜ? 千冬姉はもう何年も前からだけどな! 箒とも道場がきっかけで話すようになったんだ」

 

 篠ノ之か。

 個人的にあんまり顔を合わせたくないんだよなぁ。学校で毎朝【パンつくれ】って挨拶させられてるし。

 

「こんにちはー!」

 

「……こんにちは」

 

 あ、篠ノ之が居た。

 んで、目が合った。

 んで、露骨に嫌そうな顔された。いや、ホントごめん。俺だって毎朝セクハラチックな挨拶してくる奴が、実家の道場にまで来たらテンション下がるもん。ほんと、あのパンツな【選択肢】を恒例化するのヤメてくれませんかね。パンの起源やらパンの雑学で何とか凌いでるけど、そろそろパンネタも限界なんだって。

 

 篠ノ之には近づかないよう、隅っこの方で過ごしていよう。

 

 

.

...

......

 

 

「……そうだ、竹刀はこう……こうやって握ってだな」

 

「あ、ハイ」

 

 俺たちの指導を自ら買って出てくれた一夏の姉ちゃんに、今は竹刀の持ち方を教わっている。一夏の握りを見様見真似でしようとしたら、姉ちゃんに止められた。姉ちゃん曰く、基礎を疎かにするとケガの元なんだとか。

 

 そういう事で、わざわざ俺の指を1本1本握って導いてくれた。この肌寒い季節に、姉ちゃんの手のひらがじっとり汗ってるのはツッコまないでおこう。

 

「よし、基本の型も一通りは出来たな。では次は素振りを……―――」

 

 

……おぉう、姉ちゃんの言葉を遮ってまで【選択の刻】ですか。素振りって言ってたし、姉ちゃんは真っ当な提案だったと思うんだけど、何が気に入らないというのか。

 

 

【基本は分かったし、織斑千冬にケンカを売る】

【基本は分かったし、篠ノ之箒に手合わせを請う】

 

 

 俺が気に入らなかったのか(唖然)

 いやでも、こんなモン前者選ぶ奴いねぇだろ。【(仮)強制イベント】ってヤツっぽいな。

 

 当然、俺は後者を選ぶ。俺を嫌ってる篠ノ之には悪いが、軽く1回試合したら終わるだろうし、そこは我慢してもらってパパパッとやっちまおう。

 

「なぁ、篠ノ之」

 

「……なんだ」

 

 顔に気持ちが出てるなぁ。

 

「俺と1つ、手合わせをしないか?」

 

「なんだと?」

 

 というか、コレもしかして楽々イベントじゃね? 確かに剣道の経験は前世でもないけど、相手は小学2年生だろ?

 

……幼女じゃん。負ける要素ないじゃん。怖がる要素もないじゃん。

 

 いや、待てよ……勝ってしまったら篠ノ之が可哀想だし、手加減して負けてやるのが男の甲斐性ってヤツだな。そうかそうか、これは俺の器の大きさをアピールするためのイベントだったんだな…!

 

「両者、構えッ!」

 

 適当に捌いて、適当に負けよう。

 

「始めッ!」

 

 幼女の姿が消えたと思ったら

 

「……面ッ!!」

 

「へぶぅッ!!」

 

 雷に撃たれたかの衝撃が、脳天からつま先まで全身に響き渡った……そして、少し遅れてから。

 

 いだだだだだぁッ!?

 痛いッ、痛いぞ!? とてつもなく痛いッ! うわ、ようじょつよいとか言える余裕もねぇ痛さだぞオイ!?

 

「お、おいっ、旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 むりむり、絶対むり。

 幼女ナメてた。

 剣道ナメてた。

 竹刀ナメてた、竹刀でシバかれたらめちゃ痛い。

 

 なんだか心も身体も活を入れられた気分だ。武道は真剣に臨まないと、ケガする恐れがあるんだぞって。

 

 ッ……そうか…!

 それを俺に教える為に選択肢が出たんだな!? よし、分かったぜ! 俺も今からは真剣に稽古に打ち込むぜ! だから……―――。

 

 

【もう嫌だ、と織斑一夏に泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 おいふざけんな。

 急に何だこの選択肢!? 俺にだってそれなりにプライドがあるわ! 

 

「……もう1本だ」

 

 泣きつくだァ? 

 そんなカッコ悪い真似しねぇよ!

 

 

「胴―――ッ!!」

 

「ぐへぁッ!!」

 

「旋焚玖!?」

 

 あ、やっぱりもういいわ。

 一夏に泣きついて抱き付こう。さっきからとっても心配してくれてるし。プライド? ないない、だって痛いもん。

 

 

【もう嫌だ、と織斑千冬に泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 クソがぁぁぁッ! 一夏で来いよぉ!

 女子高生に抱き付ける訳ないだろ! 犯罪で捕まったらどうすんだ!!

 

「……もう1本だ」

 

「む……」

 

 バチコーン!!

 

 

【もう嫌だ、と篠ノ之箒に泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 やめろバカ! ロリコン容疑がプラスされるだろうが!

 

「……もう1本だ」

 

 

.

...

......

 

 

 もう十分だ、十分堪能したよ。

 一夏→姉ちゃん→篠ノ之ときて、もう1度一夏に戻ってくるかと思ったら【少し離れたところで稽古をしている人】ときたもんだ。結構居るんだよバカヤロウ…! 人気道場か! 無駄に繁栄させんなよぉ…!

 

 だが光明も見えた。

 俺の計算が正しかったら、さっきの選択肢で道場内の全員1周した筈…! もう次こそ一夏だろ、一夏に早く抱き付かせろよマジで。

 

 

【道場近くに建つ篠ノ之家に入り、篠ノ之箒の親族を見つけた上で泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 くそぉ……(諦めの境地)

 

「……もういっ「ふむ、もう十分だろ旋焚玖」…!」

 

 エンドレスループに打ちひしがれていた俺を救ってくれたのは、女神織斑千冬様だった。第三者の介入により選択肢が解除されるのを感じた。

 

「はいッ!! もう十分ですッ!!」

 

「うわビックリした!? めちゃくちゃ元気じゃねぇかお前!」

 

 当たり前だよなぁ?

 これ程嬉しい事はないぜ。流石は一夏の姉ちゃんだ、俺がもう少し若かったらデートに誘うところだったぜ(現8歳)

 

 なんにせよ、これで休憩できる。

 俺はぼんやり、姉ちゃんの説明を聞いていた。

 

「……―――これを100本して今日は上がろう」

 

 素振り100本か。

 さっきのに比べたらまだ……―――あぁ?

 

 

【1000本の間違いだろ、千冬さん】

【10000本の間違いだろ、千冬ちゃん】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「……1000本の間違いだろ、千冬さん」

 

 自分でも分かる。

 鼻声通り越して涙声になってるって、自分でも分かるんだ。

 

 俺の悲痛な想い……一夏の姉ちゃんに届け…!

 

「ほう…!」

 

 全然届いてねぇ!

 嬉しそうに頷いてんじゃねぇぞ、このショタコンが!

 

 

.

...

......

 

 

「だあぁぁぁッ! もうダメだっ、腕が痛ぇッ!」

 

 知ってた。

 一夏が先に離脱するのなんて分かってたさ。一緒にするって言ってくれた時は嬉しかったけど、同時に頭の中でアレが浮かんできたんだもん。

 

 

『マラソン大会、一緒に走ろうな!』

 

『うん!』

 

『うおぉぉぉッ!!』

 

『一緒に走るんじゃねぇのかよ!』

 

 

 こうなる事は薄々気付いていたさ。

 ここからは己との無慈悲な戦いしか待っていない事を……ッ、痛ぅ…!?

 

 ちょっとー!? 手がものっそ痛いんですけどー!? ぜってぇこれマメ潰れてるって! 腕の感覚? とっくにねぇよ! むしろいい感じで麻痺ってたのに、手の痛みで腕のだるさ加減まで戻ってきやがった…!

 

 おい、一夏! 

 友達が手から血出してるぞ! 早く助けてくれ!

 

「も、もういいだろ! 別にここでヤメたって誰も責めねぇよ!」

 

 それまで黙って見ていた一夏に動きあり。

 流石は一夏だ…! 

 熱い友情に感謝する…!

 

「止めるな一夏ッ!!」

 

「なっ!? 千冬姉!?」

 

「何を言ってるんですか、千冬さん!?」

 

 何を言ってるんですか、ショタコン!?

 

「私達に止めてほしいか? そうなら遠慮せず頷け」

 

 動かなーい!

 首が縦に動かなーい! あ、横には動く、全く意味がなーい!

 

「……そうか、なら私は最後まで見てやる」

 

 いや止めてくれよぉ!

 謎の信頼感やめろってマジでぇぇッ!!

 

「お、俺も見るぜ旋焚玖! いや、応援するぜ! ガンバレガンバレ旋焚玖!」

 

 ダメだこのアホ姉弟!

 し、篠ノ之! 常識を求めるお前ならきっと…!

 

「……………………」

 

 何だその期待に満ちた目は!? 

 あ、おい、何処行くの!?

 

 篠ノ之が道場から走って出て行っても、俺の素振りは止まる事はなかった。

 

 

.

...

......

 

 

 終わった……。

 俺はやったんだ……。

 1000本、やってやったぞこのヤロウ…!

 

 身体中痛い。

 腕が痛い。

 特にお手てが痛い。

 

 篠ノ之が消毒液の付いた脱脂綿でツンツンしてくる度に泣きそうになる。なるほどな、あの時道場を出て行ったのは、嫌いな俺のためにわざわざ救急箱を取りに行ってくれてたんだ。

 

 本当にコイツには申し訳ない気分になる。

 明日もいっぱいパンに纏わる豆知識を教えてやるからな。いや、小麦粉の話に派生させるのもありだな(パンツな選択は既に諦めている)

 

「どうしてこんな事をした? 竹刀も持った事のない奴がいきなり1000本も素振りをすれば、こうなるに決まっている…! お前なら分かっていた筈だぞ…!」

 

「俺は……自分が言った事は最後までしなきゃならないんだ……絶対に……」(悲壮感たっぷり)

 

「……そうか。お前は強いんだな」

 

「そんな事はない」

 

 いやホントに。

 全然そんな事ないから。

 ただただ選択肢が強すぎるの。ねぇ、分かる? 俺の意志なんて無関係なの。身体が勝手に動いちゃうの。ねぇ、分かって? だからそんなに持ち上げないでください、お願いします。

 

「だが、私は一夏や千冬さんのように甘くはないからな」

 

「……はぁ」

 

「まだまだ名前で呼ぶほど、気は許してないからな!」

 

 そう言って、篠ノ之は離れていく。

 後ろ足が弾んでるぞオイ、お前も俺を勘違うのか……また俺に変な期待を寄せる奴が増えちまったんだな……虚ろな瞳で篠ノ之の後ろ姿を眺めていると、ぬうっと知らん顔が横から入ってきた。

 

「強いな少年! 熱い心意気を見せてもらったぞ!」

 

 なんだこのおっさん!?

 

「「 柳韻さん!? 」」

 

「お、お父さん!」

 

 あ、篠ノ之のパパさんか。

 おっさんとか思ってすみませんでした。

 

「少年、名前はなんという?」

 

「……主車旋焚玖です」

 

 嫌な気配がする。

 この人からショタコンと同じ気配がする…!

 

「旋焚玖……うむ、良い名だ!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「率直に言おう。ワシの弟子にならんか?」

 

 ならぬ!

 

「なっ…! 柳韻さん、それは…!」

 

「何を言ってるんですか、お父さん!」

 

 え、そんなに焦る提案でもなくない? 俺はならないけど。篠ノ之も一夏も姉ちゃんも、この人の道場に通ってるんだから弟子って形に収まるんじゃないの? 俺はならないけど。

 

「いいか、よく聞けよ旋焚玖」

 

 一夏の姉ちゃんによる、とても分かりやすい説明が始まった。

 篠ノ之柳韻は剣術道場の当主であるが、本筋は剣術家ではなく柔術家である事。この道場に通っているのは皆、剣術の稽古をしている。故に、篠ノ之柳韻的には弟子は0人とも言えるモノらしい。

 

「0人って……誰も志願しなかったんですか?」

 

 俺も志願しないけど。

 

「いや、多くの者が志願した……が、皆途中でヤメていくんだ」

 

 なにそれ、不人気って事じゃん。

 人気でも俺は志願しないけど。

 

「……誰一人として、お父さんの過酷な稽古に付いていけなかったんだ」

 

 なにそれこわい。

 

「え、千冬姉も?」

 

「……まぁな」

 

 なにそれ超怖い。

 

「最近の若いモンは根性が足らん。その分、君は素晴らしい! どうだ、君も男なら少なからず興味はあるだろう?」

 

 ある訳ねぇだろハゲ!

 ショタコンとデジャブってんじゃねぇぞハゲ! フサフサな髪に脱毛剤振り掛けてやんぞハゲ!

 

 

【ありますねぇ!】

【ありますあります!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 主車旋焚玖、8歳。

 剣術ではなく篠ノ之流柔術を習う事を此処に決意ス。

 

 

.

...

......

 

 

 家に帰る頃には、もうすっかり日が落ちていた。

 俺も気分も落ちていた。

 

 篠ノ之柳韻の弟子になった事を両親に報告した時、2人が俺を自慢の息子だと喜んでくれた事だけが救いだった。

 

「……はぁ~…」

 

 そりゃあ、ため息も出るさ。

 

 この世界に生まれ落ちて8年。

 今までも大層無茶な選択肢はあったが、それでも肉体的に過酷なモノは無かった。それが最近はどうだ…? トントン拍子で俺の身体を責めてくるじゃねぇか。

 

 まるで俺を鍛えようとしているかのよう……に…?

 え、なに……そういう世界に俺は生まれたって事なの? 強くならないと生きていけない世界なの?

 

「……ハハッ、まさかな」

 

 ないない。

 平和が一番、ラブ&ピースってな。

 

 そもそも俺は、常に心の平穏を願って生きてる草食系なんだ。勝ち負けに拘ったり、頭を抱えるようなトラブルに巻き込まれるのを良しとする生き方なんて、まっぴらごめんだ。

 

 夜11時には床につき、必ず8時間は睡眠を取るようにしている。寝る前にあたたかいミルクを飲み、20分ほどのストレッチで身体をほぐしてから眠ると、ほとんど朝まで熟睡さ。

 

 そんな事言ってたら、もうこんな時間だ。

 ストレッチしてから眠……―――。

 

 

【寝る前に柳韻師匠から教わった事を反復しよう】

【寝る前に柳韻師匠から教わった事を反復しよう】

 

 

「…………………………」

 

 

【基本の型となる腕の捌き振りをしよう】

【基本の型となる腕の捌き振りをしよう】

 

 

「…………………………」

 

 

【自分の部屋で静かに1000本しよう】

【両親の前で全裸になって100本しよう】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 旋焚玖の平穏はまだまだ遠い。

 

 




篠ノ之親子からの好感度急上昇。

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