選択肢に抗えない   作:さいしん

83 / 158
クロエのターン、というお話。



第83話 形勢不利

 

 

「なんだこのおっさん!?」

 

「どうやら乱入者のようですね。あと、おっさんではありませんよ、一夏」

 

いきなりアリーナの遮断シールドを破って入って来たモノを前に、一夏とヴィシュヌは否応にも警戒度を高めて対峙する。

 

「全身装甲…?」

 

その乱入者の姿は一言では言えば異形。

手が異常に長く、つま先よりも下まで伸びている。首らしきものが見えない。まるで肩と頭が一体化しているようだった。

 

極めつけは、全身をまるで隠すかのような装甲である。シールドエネルギーの概念により、通常、ISは部分的にしか装甲しなくて良い代物となっている。ソレと対峙している一夏の【白式】もヴィシュヌの【ドゥルガー・シン】も、部分的にしか装甲を形成していない。それが普通なのだ。

 

「まったく肌を露出させていないISとは……私も聞いたことがありませんね」

 

「乱入してくるくらいだし、身バレしないためか?……というか、めちゃくちゃロックオンされてるんだけど」

 

「ええ、私もされてますね」

 

臨戦態勢は2人とも既に整っている。

ひとまず一夏は謎の乱入者に呼びかける事にした。

 

「おい、お前。いったい……!?」

 

一夏の言葉は最後まで紡がれる事はなかった。何の言葉も発する事なく、異形なるモノが身体を傾けて2人めがけて突進してくる。

 

「来ますよ、一夏!」

 

招かれざるモノとの戦いが始まった。

 

 

 

 

アリーナの様子は管理室でもしっかり把握できていた。謎のIS機による乱入など前代未聞の出来事であり、モニター前に座る真耶はすっかり慌てふためいてしまっている。

 

「はわわ…! ど、どうしましょう織斑先生!」

 

「落ち着け、山田先生。我々教師は常に冷静でいる事が肝要だ」

 

そう言って、千冬は真耶にコーヒーを差し出す。

 

「あ、ありがとうございます」(ふわぁ……こんな緊急事態でも千冬先輩は堂々としてる。やっぱり頼もしいなぁ)

 

コクコクとコーヒーを口にする真耶の横で、千冬はブック型端末の画面を数回叩き、システムステータスの数値に目を通した。

 

「……ふむ。遮断シールドがレベル4に設定を書き換えられているな。しかも扉までご丁寧に全てロックされている、か」

 

千冬は試しに管理室の扉を開こうとしたが、無反応という事はそういう事なのだろう。

 

「そ、それじゃあ、救援部隊も突入できないですよ! はわわ、ど、どうしましょう!?」

 

「落ち着けと言っただろうが。3年にシステムクラックさせろ。解除出来次第、すぐに教師陣を突入させる」

 

「は、はい!」

 

モニターを眺める千冬の表情は険しいが、それでも真耶に比べると、どこかまだ余裕を感じさせるものがあった。

千冬が冷静でいられるのは、もしかしたら何かしらの根拠があるのかもしれない。はたしてソレが何なのか、気になった真耶は聞いてみる事にした。

 

「えっと……織斑先生?」

 

「ん?」

 

「気を悪くしないでくださいね? あの、どうしてそんなに落ち着いていられるのかなぁって。織斑君とギャラクシーさんにもしもの事があったらって思うと、私はどうしても慌てちゃいますよぅ」

 

「身内贔屓するつもりはないが、一夏はここぞという時には滅法強い。それは姉の私がよく知っている。何より……観客席には主車が居る」

 

千冬はニヤリと笑ってみせる。

短いその一言には、千冬からの最大級の信頼が込められていた。

 

「主車君、ですか?」

 

「もしも、だ。一夏たちの身に大事が起ころうとすれば、必ずアイツが止めに入ってくれる。必ずな」

 

少しドヤ顔だった。

 

「え、で、でも、主車君はISを持っていませんよ!?」

 

「フッ……ISを纏っていない時のアイツは世界最強だ」

 

かなりドヤ顔だった。

だがそれは、不安を募らせ、冷静さを欠いていた真耶に絶大な安心感をもたらせるものだった。

 

「はぇ~……織斑先生がそこまで仰るなら私も少し安心して……あ、あれ!?」

 

「はぁ……落ち着けと言ったぞ。何度も言わせるな」

 

「こ、これ観てください! 屋上カメラからの映像です!」

 

「む……?」

 

真耶に言われて千冬もモニターに目をやる。

そこには、セシリアを人質に取る見覚えのない少女と、相対している旋焚玖の姿が映し出されていた。

 

「これは誰だ?」

 

「オルコットさんです! な、ナイフを突きつけられていますよ!?」

 

「そうだな、オルコットがナイフを突きつけられているな。で、これは誰だ?」

 

「見た事ないです! 制服は1年生のようですが」

 

「そうだな、見た事ないな。コイツも侵入者の1人と考えていいだろう。で、これは誰だ?」

 

「主車さんです!」

 

「そうだな、主車だな。可愛い」(迂闊)

 

「は?」(疑問)

 

「は?」(威圧)

 

「ヒェッ…」(屈服)

 

「で、そこは何処だ?」

 

「お、屋上です!」

 

「観客席に主車は?」

 

「居ません!」

 

「もし一夏に命の危険が迫ったら?」

 

「助けられません!」

 

「(^p^)」

 

「!!!???!?!?!?」

 

「\(^p^)/」

 

「ちょっ…!? ど、どうしたんですか千冬先輩!? しっかりしてください! あ、そ、そうだ! コーヒーでも飲んで落ち着きましょう!」

 

「飲んどる場合かァーッ!!」

 

「シュトロハイム!?」

 

管理室から余裕が消え去った瞬間だった。

 

 

 

 

「くっ……」(一夏さんの試合があるにもかかわらず、女性との逢引を優先する旋焚玖さんにプンプンして、それは誤解だったとホッと安堵して、旋焚玖さんが繰り返す訛り口調が妙にわたくしのツボにはまってしまい、吹き出しそうになるのをひたすら我慢して、ディスプレイに映し出された謎のISに唖然としていたら……いつの間にか捕まっていましたわ! 人質に取られてしまいましたわ! わたくしのお顔にナイフを突きつけられていますわ!)

 

 聞き耳っていたのはセシリアだったか。扉の向こうから高貴な気配を感じたのは、やはり気のせいではなかった。こうなると、本能のままクロニクルの告白に応じないで良かったな。いや、ホントに。

 

 いや、違う違う。

 のんきにホッとしてる場合じゃねぇわ。

 

 俺たちもそうだが、一夏とヴィシュヌも変なヤツに攻撃を受けている。映像を見ている限り、押されているか? 

 

「……形勢逆転、ですね」(さらにダメ押し、させていただきます)

 

 ディスプレイの映像が観客席に切り替わった。

 

 

『ひゃぁぁぁぁぁッ!!』

 

『ひょぇぇぇぇぇッ!!』

 

『開かなぁい! 扉が開かぬぁぁぁぁいッ!!』

 

『もうダメだぁ……おしまいだぁ……』

 

 

「あ、阿鼻叫喚ですわね……」

 

 そしてまた映像が一夏たちへと切り替わる。

 

 

『一夏っ! 左へ避けてください!』

 

『お、おうっ! くそっ、ビーム兵器かよ!?』

 

 

 一夏とヴィシュヌへと乱入者がビームを乱射しまくっている。何とか避けてはいるが、2人は防戦一方みたいだ。

 

「ビーム兵器……しかも、わたくしの【ブルー・ティアーズ】よりも出力が高いかもしれませんわ…!」

 

 それもまた嬉しくない情報だ。

 今の状況って、もしかしなくても入学以来最大の危機なんじゃないのか…? バイオレンスすぎんだろ、もうラブコメのラの字すら見えねぇよ。

 

「………………」(束様のお気持ち、今ならクロエにも少し分かります。この人が狼狽える顔を見てみたい欲求が……この人の余裕を壊してしまいたい欲求が生まれそうです……)

 

 セシリアを人質に取られ、一夏たちも形勢不利、観客席にいる生徒たちも混乱の極みに達している。ホントのホントにどうしよう。

 

 いや、こういう時こそ冷静に、だ。

 俺は俺で出来る事をしよう。此処に居る以上、アリーナで何が起こっても手は届かないしな。まずはこの状況を切り抜けるのが先決である!

 

 理想的なのは、セシリアが自力でクロニクルの拘束を解いてくれる事だが。この状況で、今なお囚われの姫な立場に甘んじているって事はそういう事なんだろう。セシリアほど聡明な奴であれば、解けるなら既に解いてるわ。

 

「……いくら長考しても無駄です。あなたはもう詰んでいるのです」(それなのに表情には翳りがない……なるほど、モヤモヤするという感情はこういうモノなのですね)

 

 コイツは刀で容赦なく斬りかかってくるヤヴァイ奴だ。おそらく少しでも俺が動いたら、躊躇いなくセシリアの顔をナイフで切り刻むだろう。

 

 なら――。

 

(頼む、セシリア。一瞬だけでいい。コイツの気を引いてくれ…!)

(むむっ…! 旋焚玖さんの瞳が何かを訴えてきていますわ!)

 

 俺とセシリアはまだ至高のアイコンタクトが結べるほどの仲にはなれていない。きっと俺の言葉は明確には伝わっていないだろう。

 

 だが、それでも相手はセシリア。

 

(わたくしは自身をちゃんと把握していますわ。悔しいですが、生身でこの刺客から逃れる事は適わないでしょう。それは旋焚玖さんも分かっておいでの筈。なら、わたくしに何を求めているのか。考えなさい、セシリア・オルコット…!)

 

 論理に基づいて思考するお前なら、必ず答えに辿り着いてくれる筈…!

 

(わたくしに出来る事、旋焚玖さんがしてほしい事…! この状況下でそんなもの、考えるまでもないでしょう! 拘束を解けないわたくしでも、この者から旋焚玖さんへの意識を引き離すくらいなら可能…! 一瞬でもわたくしの方に意識を引きつけられたら、旋焚玖さんであれば必ずこの者に手が届く!)

 

 辿り着いたか…!?

 あの表情、間違いなさそうだ…!

 

(これは盲信ではありません。わたくしの【スターライトmkⅢ】を生身で軽々と避けられた、あなたの強さを見ているが故ですわ!)

 

 あとはどうやってコイツの気を引きつけるかだな。こればっかりはセシリアに任せるしかない。何とか妙策を思いついてくれ!

 

(……あとはこの刺客の意識をわたくしに向けるだけですわね。動けない以上、言霊をもってして引きつけるしかありませんわ! ですが、わたくしにそのような事を成せるでしょうか……正直、何を紡げば良いかさっぱりですわ。口が回る旋焚玖さんなら簡単に言えるのでしょうが……ハッ…!)

 

 

この時、セシリアに電流走る――!

 

 

(やるしかない! やってやります! やぁーってやりますわぁッ!!)

 

「……どぅ」

 

 どぅ?

 

「ドゥドゥドゥペーイドゥドゥドゥペーイドゥドゥドゥペドゥドゥペドゥドゥペーイ」(小声)

 

「……は?」(え、何ですか、急に。その…え、なに…?)

 

 い、意識を傾けたなコイツ!

 





セシリア:(´3`)ぬっとぅる~♪(ヤケ)

旋焚玖:(´3`)ぬっとぅる~♪(便乗)

クロエ:Σ(゚д゚lll)ヒェッ…


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。