立ち上がる者達、というお話。
セシリアを見送り、改めてクロニクルと対峙する。しかし襲ってこなかったなコイツ。わざと背を向けて隙を見せていたんだが、座り込んだままじゃないか。
それならそれでいい。
俺は戦闘民族じゃないもんね。闘らなくていいのなら闘らない派である!
「クロエは……」
ん?
「きっとあなたには勝てません」
【当たり前だよなぁ?】
【諦めんなよ……諦めんなよお前! どうしてそこで諦めるんだそこで!】
敵の奮起を促す神経が分からない。
もう既に格を決める場は済んでんだよ。
「当たり前だよなぁ?」
さっきのセシリア救出大作戦を経て俺の方が上、コイツの方が下。それが決まったの! 完全に俺の方が格上なの! だから要らん事をモチャモチャ言って、意味不明なパワーアップとかされても困るの!
「……ですが、アリーナは違います」
「む…」
再びディスプレイに映し出される光景。
絶える事ないビーム砲撃の乱射で、一夏とヴィシュヌは回避に専念せざるを得ない状況らしく、中々反撃に出られずにいる。
「ここに代表候補生が1人加わったところで、本当に戦況を覆せるとお思いですか? それに……」
次は観客席に切り替わった。
状況は変わらず、と言ったところか。開かない扉の前に生徒たちが密集してミ゛ャーミ゛ャー悲痛な声を叫んでいる。
『と゛う゛し゛て゛開か゛な゛い゛の゛ぉぉぉぉッ!!』
『びぇぇぇぇぇんッ!!』
『ふぇぇぇぇぇんッ!!』
『もうダメだぁ……おしまいだぁ……』
Oh……まさに阿鼻叫喚だな。
「エリート学園が聞いて呆れます。狼狽えてばかり…」
いや狼狽えるだろ。
コイツら一般生だぞ。
試合を観戦してたら、急に謎のIS機が乱入してきて、扉も開かなくなったら普通にビビるわ。アホの【選択肢】でビビり慣れてる俺だって動揺するわ。修羅場に縁がない生活を送ってたら、100パー狼狽えるし泣いてるわ。
しかし、なんだな。
さっきからコイツの言葉が少し癪に障る。まるで「アリーナの惨状っぷりが本命」みたいに聞こえる。いや、実際そう言っているのだろう。
「この状況は覆らないと?」
「……あなたが行けば覆ったかもしれませんね。ただ、クロエが此処に居る以上、あなたも此処に留まざるを得ないのですよ?」(この人はミスを犯しました。クロエを見張るのなら、先ほどの人間に任せて、自分が行けば良かったのです。ふふふ……後悔してお顔を歪めないかな?)
お、そうだな。
だが、そうじゃない。
「侵入者にしては随分と杜撰だな」
「……?」
俺をレベルの高いお手紙でまんまとおびき寄せ、アリーナにも刺客を送り込んだ二面攻撃は見事である。だが内情調査を怠ったな。
「お前は知らなすぎる」
「……何をですか?」(むむぅ……歪むどころか、何やら誇らしげ…?)
「俺のダチに弱い奴なんざいねぇ」
「む……」
自分で言っておいて何だが、今のはちょっとカッコ良かったな。ふひひ、今度誰かの前でも言ってみよう。
【もう1回言う】
【もう3回言う】
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!
「俺のダチに弱い奴なんざいねぇ」
「……? どうして2回言ったんですか?」
「大事な事だからな」
「そうですか」
「……うん」
「あ…なんかすみません」(図らずもしょんぼり顔が見れてしまいました。でも、こういう形で見るのは何か違うと思うクロエなのでした)
◇
「だぁぁぁっ、くそっ!」
一夏の斬撃はするりと躱されてしまう。一夏の攻撃は失敗に終わる……だけな筈もなく、一夏が体勢を立て直すよりも早く、乱入者が振るった歪な長さの腕が襲い掛かる。
「あ…やべ……!」
「くっ……このっ…!」
下から昇竜ぎみに割って入ったヴィシュヌが蹴りで軌道を逸らし、一夏を引っ張るようにそこから離脱する。
「す、すまねぇ、ヴィシュヌ! 助かった!」
「気にしないでください、一夏。ですが……」
ビーム砲撃にも慣れて、謎のIS機に接近戦を挑めるようになった2人であったが、それでも表情には険しいものがあった。とにかく2人の攻撃が当たらないのだ。
「バカでかい出力のビームを撃ってくる癖に、その上俊敏な動きも出来るとかズルいよな」
「ええ、ズルいです」
しかも相手はただ避けるだけに徹してはくれない。攻撃を避けては、必ず反撃に転じてくる。武器らしい武器は使わず、長い腕をブンブン振り回して高速接近してくるのだから、絵面は普通に恐怖である。
IS操作にまだまだ慣れてないが故、斬撃を繰り出した後はどうしても隙が出来てしまう一夏のフォローにヴィシュヌが回る事で、何とか均衡を保っている状態だ。
「このままだと、いずれ押し切られるよな。何かいい手があれば…」
「……1つ、気になった事があります。あのISの動きに違和感を感じませんか?」
「違和感?」
「ええ。攻撃も回避もなにか機械的と言うか、決められた動作に則って動いているような気がするんです」
何故か攻撃してこないISを2人は改めて見やる。その異形な機体っぷりに注視して。
「ISってさ、絶対に人が乗ってるもんなのかな?」
「そういう風に私は習っています。ですが、ISには未知なる部分が多いとも聞いています。もしかしたら……」
1度疑ってしまえば、いよいよ違和感は強くなる。隙丸出しで話しているにもかかわらず、やはり攻撃はしてこない。むしろ一夏たちの会話に興味を持ち、聞いている感じすらあった。
「……希望的観測かもしれない。だが、仮に人が乗ってないなら、俺も封印を解ける」
「なるほど、【零落白夜】ですか。なら私の役目は囮ですね」
「頼んでいいか?」
「ええ、接近戦は私の土俵です。機械なんかに負けるつもりはありません…!」
2人の作戦が決まった。
◇
「そちらの状況はどうなっている? 扉のロック解除はできそうか?」
管理室では、旋焚玖の勝利によって復活を遂げた千冬が、生徒会長である楯無に無線を送っているところだった。千冬の様子が元に戻って真耶もにっこりである。
『時間を掛けたら解けるでしょうが、何せ設定をレベル4に書き換えられてしまっていますからね。精鋭部隊が取り掛かっていますが、それでも正直、短時間では厳しいかと…』
楯無の声は真耶にも聞こえており、どうしても動揺してしまう。しかし、世界のブリュンヒルデと化した千冬に動揺はなく。そして、その決断も素晴らしく早かった。
「なら扉を破壊してしまえ。お前のISであれば可能だ」
『それは……でも、いいんですか? 設備の破壊命令なんてしちゃったら、政府が後々うるさいんじゃ…』
「問題ない。私は高級耳栓持ってるからな」
ブリュンヒルデジョークも冴えわたる。
千冬が絶好調である証拠だ。
『……? 分かりました』
生徒会長更識楯無。
緊急時にあり、ここはスルーを選択。
『【蒼流旋】で壊しましょう。ですが、扉の破片も派手に飛び散る事が予想されます。扉の向こうに居る生徒は……』
「それも問題ない。……凰、話は聞いていたな?」
落ち着きを取り戻しまくった千冬に死角は無し。楯無に無線を入れるのと同時に、鈴のIS【甲龍】を通して、彼女にも会話を聞こえるようにしていた。
『はい! もう【甲龍】も纏っています!』
「お前のISには衝撃砲(龍砲)が装備されていたな。それで破片を吹き飛ばしてほしい。……出来るか?」
『もっちろんです! ただ、問題が……』
鈴の言う問題とは、扉の前にひしめく、いまだ混乱の渦中にある生徒たちの群れであった。
◇
「だぁぁぁっ! んもうっ! アンタたち邪魔だから下がりなさいよ!」
下がるという事はつまり、一夏たちが戦っている場所へ近づくという事にもなる。いつ自分たちに被害が及ぶか分からない状況で、一般生徒に冷静な判断は難しく、扉の近くで密集して中々動こうとしてくれないのである。
生徒たちを傷つけてしまう可能性がある限り、扉の向こうの楯無も動けない。泣きっ面に蜂とも言うべきか。更に不運は重なり。
「あ゙あ゙あ゙も゙お゙お゙や゙だあ゙あ゙あ゙!!!!」
「ライダー助けて!」
「ああ逃れられない!!」
ここにきて生徒たちの動揺っぷりもピークを迎えてしまった。この惨状を前に、流石の鈴も額に青筋を立ててプンスカしてしまう。
「あぁもうっ! うっさいわねマジで!」(こんな時に旋焚玖は何処で油売ってんのよぉ! アイツが居たらアホしてコイツらビビらせて下がらせるなんて訳ないのにぃぃぃ!)
どんなに鈴が望んだところで旋焚玖は居ない。居なければ、どうしようもない。そして、ここにもう1人、鈴と同じ事を思い憂う少女が居た。
(……旋焚玖なら、こういう時どうするだろう。いや、決まっている。ナニかトンデモない事をしでかして、軽く扉付近からコイツらを下がらせていたに違いない。しかし、旋焚玖は居ないんだ。なら、私がすべき事は…!)
「喝ッ!!」
割れ鐘をつくような、それでいて透き通った力強い声が少女達の混沌を掻き消し、フロア全体に響き渡った。
「落ち着け皆。一旦、下がろうじゃないか」
「ほ、箒…!」
鈴と違って専用機を持たない箒は、千冬たちの会話は聞けていない。だがそれでも、通じるものはある。箒は一般生であって、一般生ではないのだから。
この切羽詰まった状況において、専用機を持っていない自分に出来る事は何か。その答えを見出したが故の行動であった。
「鈴、何か策があるんだな?」
「え、ええ、そうよ! 外から生徒会長が扉を破壊するわ! その破片をアンタ達に当たらないようにするのがあたしの役目なのよ! だから下がってなさい!」
「え……で、でも! 下がったら……アレがこっちを攻撃してくるかも…!」
1人の生徒が不安を吐露する。
アレとはまさしく一夏たちが挑んでいる侵入者だ。そして、その言葉は至極当然なものだった。アレの正体がナニか分からぬ以上、こちら側を攻撃してこないなどという根拠は無いに等しいのだから。
「……大丈夫だ、アレは私達を攻撃してきやしない」
皆にこれ以上、不安を募らせないため、出来るだけ箒は優しく語り掛ける。
「な、何でそんな事が言えるの!」
「そーだそーだ!」
「美人だからって何でも信じると思わないでよね!」
曰く、美人が優しく言うだけではダメらしい。
箒は一度目を閉じ、腹を括った。
「(旋焚玖……お前のハッタリ、私も使わせてもらうぞ…!)私はアレがナニか分かる! 何故なら私は……篠ノ之束の妹だからだッ!」
それはIS学園に通う生徒にとって絶対的な名前。ISが関わっているこの窮地において、箒の言葉は絶大な説得力を持つモノと化す。
たとえ、それが箒の嘘(ハッタリ)であっても。
「……篠ノ之博士の妹さんが言うなら」
「う、うん……大丈夫なのかも」
1人、また1人と落ち着きを取り戻していき、喧騒が収拾していく。
「しののんの言うとーりだよ~! 扉の前に居たら、いつまでも逃げられないよ~!」
実は箒の隣りに居た本音も、機を見てのんびりアシストを入れる。まさに、ここしかないというタイミングだった。
「私が先頭を行こう。不安がるな、みんな私の後から続けばいい」
恐怖を全く感じさせぬ箒の足取りは、扉の前で固まっていた生徒たちに勇気と希望を与え、誘導する事に成功したのだった。
「……千冬さん、もう大丈夫です!」(箒、アンタからのバトンは受け取った。あとはあたしに任せなさいッ!!)
『よし……更識、凰、頼む』
「『 はいッ! 』」
◇
「これで俺たちの2勝だな」
「……むぅ」
屋上の攻防に続き、無事に観客席の生徒も解放された。その様子はしっかりディスプレイでも映されており、俺は当然ご機嫌さん、隣りに座るクロニクルは不機嫌さんである。
プークスクス、ほっぺた膨らましてやんの。
くやしいのうwwwくやしいのうwww
「……まだゴーレムが残っています」(プクー)
お、そうだな。
まぁ結局のところ最大の敵はアイツだ。アレを何とかしない事には俺たちの勝利とは言えないだろう。
「ゴーレムは強いです。本当に勝てるとお思いですか?」
「当然だ。俺にまた言わせる気かよ?」
「む……」(大事な事なので2回言ったアレですか。言いたくなさげですし、クロエも聞かないでおきます。あっ……なるほど、これが空気を読むというヤツですか)
もう言わんよ。
言い過ぎると気に入ってるのがバレちゃうからね。
【俺のダチに弱い奴なんざいねぇ】
【俺の…あ、ダチにぃぃぃ! 弱い奴なんざぁぁ~~↑↑ あ、いねぇぇぇええぇええぇえぇぇぇ!(歌舞伎風)】
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!
「オレノダチニヨワイヤツナンザイネェ!!」(超早口)
どうか聞こえてませんように!
「……言いたがりなんですね」
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!
(悲報)旋焚玖、クロエに敗北喫す。