かつてゴブリンを憎悪し、殺戮していた男はありふれた平穏を掴んだ。そんな彼はかつての自分の似姿、ゴブリンスレイヤーと出会う。

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久しぶりに現在TVアニメ放送中のゴブリンスレイヤーの二次創作を文章を書くリハビリも兼ねて書いてみました。


元小鬼殺戮者の願い

薄暗い洞窟の中幾度も血と肉を裂く粘ついた刺突音が響く。刺突が始まった当初は上がっていただみ声の悲鳴も今は絶え、犠牲者はその緑色の薄汚い顔を晒している。

 

そう、洞窟に横たわり刺され続けているのは醜い巨体のゴブリンだった。それだけではない狭い洞窟の中にはおよそ十数ものゴブリンの死体が横たわっていた。どの死体もひどく損壊されており、その殺害が狂的なまでの憎悪によるものである事を思わせた。

 

「がああああああっ!!!殺すぅっ!!お前らは全部殺すぅっ!!!」

 

この世のものとは思えない叫び声をあげながらホブゴブリンを突き刺すのは血濡れの鎧の男だった。胸当てや脛あてなどの鎧の各所に傷がつき、またゴブリンの汚らしい血に濡れて酷い有様になっている。

 

だが恐らく只人であろう男は自身の様相を気にすることなくゴブリンを刺し続ける。兜の間から見える眼は憎悪の暗い熾火を宿していた。

 

「一匹残らず殺してやるぅっ!!あああああああああああ!!!」

 

憎悪の叫びが暗く不潔な洞窟の中で陰湿な刺突音と二重奏を奏でる。それを聞くのはその男当人しかいない。後はゴブリンと、汚されつくし、こと切れた哀れな被害者しかいないのだから―――――

 

 

 

 

寝室に差し込む光を浴びて男は目を覚ました。その目に映るのは手入れの行き届いた清潔な寝室だった。それはあの夢の中にあった洞窟とは対照的な物。かつての彼が人生の大半を過ごしていた其処とは全く異なる暖かさに満ちた空間。

 

「そうか……またあの時の夢を見たのか。もう15年も経つのにな……」

 

男は身支度を整えると寝室のドアを開け居間へと入っていく。そこで彼を待つのは愛する妻と息子、彼の家族だった。

 

「おはようお父さん!」

 

「おはようあなた。今日は少し遅かったわね?」

 

「ああ、おはよう。昨日は村の集会が長引いてね、寝坊してしまったよ。」

 

笑顔で愛する家族にそう言って男は自分の席に座る。そして手を合わせ食事を始めた。

 

それはどこにでもある、しかし苦難にあふれたこの世においては得難い幸福の姿だった。その幸せな風景を部屋の隅に飾られた刷り上げられた片手半剣が見ていた。

 

 

 

今ではとある町近くの牧場を継いだ男であるが、およそ15年ほど前までは冒険者として活動していた。その目的は冒険者を志す多くの若者の様に栄達を夢見ての事ではない。復讐の為だった。

 

彼の故郷はある日何の前触れもなくゴブリンの手によって蹂躙された。たまたま小鬼共の目についたからか彼が街へお使いに行っている間に故郷は襲われ、村長をしていた彼の両親も、一緒に遊んだ友達たちも、密かに憧れていた近所のお姉さんも皆凄惨な、目をそむけたくなるような死体になっていた。

 

「ひ、ひでえ……これ生きてるやついんのか? 小鬼共ってのはここまで人間に残虐になれんのかよ……」

 

「おい坊主……見ちゃだめだ。あっちに救護所を作ったからそっちに……」

 

後から襲撃に気づいた冒険者たちが生存者を探すとともに彼をその場から遠ざけようとした。だが彼はそれを無視し無残な死体を凝視し続けた。それは一秒ごとに自分の体に焼けた火箸を押し付けられるような苦痛だった。だが彼はそれが必要な事だと考えていた。彼らの無念を晴らすために。下劣な小鬼共を殺しつくす為に。

 

「殺しつくしてやる……小鬼共を一匹残らずぶち殺してやる……!」

 

胎の底から絞り出した憎悪の叫びに彼を慮っていた冒険者が後ずさった。廃墟となった村の中で一人の小鬼殺しの冒険者が誕生したのだ。

 

 

 

そして15歳になった後の彼は冒険者となった。得物は取り回しの為に刷り上げた片手半剣。それを手に彼はゴブリンを殺す為暴れまわった。時には村に襲ってきたゴブリンを整えた防備で返り討ちにし、またある時は根城に潜入して手段を選ばずゴブリンを殺しつくした。そうして彼はいつしかゴブリンを殺す者として有名になっていき、名指しで依頼をする者も増えていった。幾ら傷ついても構わずゴブリンを殺し続ける彼はいつしかゴブリンに脅かされる人々から畏敬の念を、冒険者たちからは少しの軽視、そして多くの場合は不吉さを込めて『小鬼殺戮者』と呼ばれた。それは彼のゴブリンへの憎悪の象徴というべき称号だ。

 

だがそんな彼の活動にも陰りが見え始めていた。それは彼が小鬼殺しになって五年目の事。きっかけは些細な事だった。

 

「死ね」

 

「GORRRRRB!?」

 

間抜けにも彼の侵入に気づくことなく連れ込んだ犠牲者にのしかかっていたゴブリンシャーマンを引きはがし、押さえつけて的確に急所を抉る。的確に急所を抉られたゴブリンは上位種のシャーマンと言えどあっさりと死ぬ。そうしてこの巣穴の最後の一匹を殺した彼は周囲を確認し犠牲者を保護しようとする。

 

「体は動くか?」

 

「うん……」

 

ゴブリンの下劣な欲望に痛めつけられた犠牲者は幸いなことにかまだ正気を保っているようだった。その体は傷だらけな物の欠損が見当たらないことに彼は安堵する。そして布で包んだ彼女の体を背負い彼は帰っていく。

 

「うっうう……ぐす……」

 

(何とか立ち直ってくれるといいんだが……彼女にまだ支えてくれる人がいるはずだよ、な)

 

彼は自分の心の動きに首をかしげる。すすり泣く彼女に心を痛める自分がいた。その当たり前の心の動き、それは彼が長らく憎しみに塗りつぶされていた中忘れていた心の動きだった。

 

(……もう復讐よりも、こういう人たちを出さないように、出したとしても最悪の事態にならないようにする為に戦ってもいいかもしれないな―――――)

 

彼自身気づいていなかったが彼のゴブリンへの復讐心にも陰りが見えていたのだ。ゴブリンはゴキブリ以上にどこにでも沸く。その数のおびただしさは一説には冒険者が一人増える度にゴブリンの巣穴が一つ増えるといわれるほどだ。その終わりのない殺戮の日々は彼の心身を確実に疲弊させていった。無理もない事である。人間が何かを憎むには多大なエネルギーを消費する。例え家族や友人の仇であっても直接の仇ではない、ゴブリンの種族全体を憎み続けるのに彼は疲れ果てていたのだ。

 

故に彼は方針を転換した。憎しみに任せてゴブリンを殺すよりも被害者を出さない為の活動にシフトしていった。だがそれらの活動もやがて頻度を減らしていき、彼はゴブリンから守り抜いた牧場の一人娘の女性と結婚したことを機に冒険者を辞めた。使っていた剣は今はもうすでに居間の飾りの一部になっている。

 

それは復讐者が苦難の末に掴んだ平穏の証でもあった。復讐者であった頃の彼は最早彼自身や僅かな人の思い出の中の存在になり、過去になった。

 

 

 

だが彼は過去の似姿に遭った。かつての自分自身と同じ、ゴブリンを憎悪し殺戮する者、ゴブリンスレイヤーに。

 

 

 

朝霧に包まれた牧場の中男は固唾をのんである人物を待っていた。その体には実に10数年ぶりに鎧が装着され居間に飾ってあった剣を帯びていたが、その目的は待ち受ける人物と戦う為ではない。万が一の時に対する備えだった。万が一の時、それは男の待ち受ける人物がゴブリン退治に失敗した時の為の。

 

彼が牧場からそう遠くない場所にゴブリンの巣穴が出来たことを知ったのは数日前の事だ。隣の村から作物が奪われた事を聞いた彼の行動は早かった。その地域のまとめ役の一人である彼は代表者として家に帰るや否やゴブリン退治の依頼を街の冒険者ギルドに送った。その為深刻な被害が出る前に冒険者を呼びゴブリンの駆除を試みる事が出来たのだ。

 

だが雇った冒険者を一目見て彼は息をのんだ。何もその冒険者が頼りない新米だったわけでも狼藉を働きそうな者な事に不安を覚えたわけでもない。ただその冒険者の姿が、見すぼらしい鎧に中途半端な長さの剣、そして何よりも雰囲気と兜から見える眼光がかつての自分と似すぎていたからだ。

 

「……君がゴブリンスレイヤー、か?」

 

「……そうだ」

 

「なら依頼の通りゴブリン退治を頼む。巣穴の正確な位置は分かっていないがこの山のふもとの――――」

 

派遣されてきた冒険者ゴブリンスレイヤーは彼の説明を集中して聞き幾つか地形などについて質問するとゴブリン退治に向かっていった。

 

その後ゴブリンスレイヤーを彼は待ち続けている。それは彼が失敗しゴブリンが牧場や周辺に来た時の為の備えではあるがおそらく自分がゴブリンと戦う事にはならないだろうと彼は思う。

 

あの男、ゴブリンスレイヤーはかつての自分と同じゴブリンに大切な人を奪われ、復讐を誓い自身を鍛え上げゴブリンを殺し続けそれでもなお生き続けてきた者。それが昨日今日できたばかりの巣穴の掃討に後れを取るはずがない。最もそうした大したことのない仕事であっさりと死ぬのが冒険者ではあるのだが。

 

霧の彼方から足音が響く。それは金属のこすれる音を含んだゴブリンのそれではありえない物。徐々に霧の彼方からみすぼらしい鎧の輪郭が現れていき、それは徐々に兜越しにもはっきりと見える形になっていきやがて彼の前に立った。

 

「……終わったのか?」

 

「ゴブリンは全て殺した」

 

「犠牲者はいなかったのか?巣穴に引きずり込まれた女性は」

 

「ああ」「そうか……それはなによりだ」

 

彼はほっと一息をつく。犠牲者はなく少量の作物が奪われたのみでゴブリンの被害は終息した。皆無事で何よりであった。安堵した彼の様子を見たゴブリンスレイヤーは一つ頷くと彼の横を通り抜け何処かへ行こうとする。

おそらく街へ戻るかまた別のゴブリン退治へ赴くのだろう。その後ろ姿は孤独な物。かつての自分と似た背中だった。

 

「……君は」

 

彼の言葉にゴブリンスレイヤーは足を止める。

 

「いつ頃からゴブリンを殺し続けているんだ」

 

「五年前からだ」

 

「……大切な人はいるのか」

 

「いる」

 

ゴブリンスレイヤーはそう答えた。それは彼が大切な人間がいるにもかかわらずまだゴブリンに、いつかの悪夢に囚われ続けているという事。それは紛れもなくかつての自分の似姿であった。

 

「……私もかつて君の様にゴブリンを憎み、奴らを殺し続けていた。」

 

彼は語っていく。余計な世話でしかないかもしれないがどうしても言いたいことがあった。

 

「でもやがて疲れ果て剣を置き、今はただの牧場の主として家族と共に暮らしている。私には過ぎた幸せな暮らしだ。君からすれば初志を捨てた軟弱な男に思うかもしれないが」

 

「そうは思わない」

 

ゴブリンスレイヤーの言葉はこれまでと違うやや調子の強い物だった。そのことに彼は何処か安堵を覚える。

 

「そう言ってくれると嬉しいよ。ただ君がこれからどのような道を歩むかは知らない。私のようにどこかで剣を置き堅気の仕事に就くのかもしれないし、一生ゴブリンを殺し続けるのかもしれない。あるいは――――どこかで死ぬのかもしれない。」

 

「ただ、君に誰か一人でも大切な人がいるのなら、その人と君自身を大切にしてほしい。ただの依頼人の勝手な言葉だがそれが私の願いだ」

 

「……」

 

彼の言葉を聞いたゴブリンスレイヤーはただ一つうなづくと、踵を返し霧の中に紛れていった。

 

その後ろ姿を見て彼はこの世の理の外にいる神に祈る。どうか彼の行き先に幸あらんことを、少なくともその人生の終わりが穏やかで満ち足りた人間らしい物であってほしいと。

 

日が昇ると共に薄まっていき、それでもなお濃い朝霧の向こうにゴブリンスレイヤーは消えていった。

 



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