ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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風邪でダウン。死ぬほど辛かったです。皆さんもどうか体に気をつけてください。この時期の風邪って空気が乾燥してるから喉がやられるんですよね…
インフルじゃなかったのがせめてもの救いでした…

徐々に執筆ペース戻していくつもりなので、またよろしくお願いします。


第24話 ナツメVSヒースクリフ(注:会議室)

 

Side.キリト

 

「……ふむ、双方の主張は大体わかりました」

 

 グリムロックさんとグリセルダさんから、今までの進捗状況……というか、ほぼほぼクラディールVSゴドフリーの討論会の様子を聞いたナツメは、イスに深く腰掛けてしばし思案にふける。

 

 その堂々とした態度に加えて、会議室の卓を挟んで、ちょうどヒースクリフの反対側に座っているせいもあってか、こっち側の代表者、みたいな感じの立ち位置にいるナツメ。

 偶然ではあるが、服装も……ヒースクリフの赤いローブに対し、ナツメは青いロングコートなので、まるで対照的というか、対極というか……そんな感じに思える。

 

「情報や意見を小出しにするのは時間の無駄なので、こちら側の意見・要望についてまず最初に申し上げましょうか」

 

 ナツメはまずそう言って、

 

「まず我々の有する『ユニークスキル』について、今後の攻略にぜひ役立てたい、というそちらの主張はもっともだと思いますし、我々としても、100層攻略による全プレイヤーの解放という目的には賛同するところです。ですが、それを理由に個人の自由や権利をないがしろにするような横暴は承服しかねます……と、ここまではすでにクラディールさんが言ったようですね」

 

 さっきのクラディールと同じような内容のことを言ったので、ゴドフリーの目つきがやや剣呑なものになったが、ナツメはそれを受けても微塵も怯んだ様子はなかった。構わず話し続ける。

 

「具体的に申し上げましょう。これは実は、もともと僕やグリセルダさんも考えていたことではあったのですが……今後の攻略に、戦力という形で徐々にでも参加していくことについては、僕らに否はありません。自画自賛になりますが、それだけの実力はあると自負していますし、先程から話に上がっている『ユニークスキル』の価値についてもわかっているつもりですから」

 

「……っ!?」

 

 誰かが息をのんだ。

 誰かはわからない……もしかしたら、俺かもしれない。

 

 でも、そう思っても仕方ないくらいに……正直、今の言葉は意外だった。

 

 今まで、『攻略組』からの勧誘がかかるたびに、中層以下のことを考えて、という理由で参加を拒否し続けていたナツメが――何も言わないことから、おそらくはグリセルダさんも――今度は参加してもいい、と言い始めたのだから。

 

 しかも、ナツメが自分でこう意思表示するということは、今まで勧誘・説得を妨げて来た、中層以下のギルドやら団体による掣肘も、今回は考えなくていいことになる。

 

「それで……いいのか、ナツメ?」

 

「うん?」

 

 気が付くと、俺の口は動いて、そんな風に訪ねてしまっていた。

 

「今まで、中層以下のことを考えて……って、攻略組に加わることを断ってたのに……いや、そりゃナツメやグリセルダさんが力を貸してくれるなら、すげー心強いし、俺達も助かるけどさ。その……今まで大事にしてたもの、とか」

 

「ああ……問題ありませんよ。実のところ、僕もグリセルダさんも……今後、攻略に関わる機会は増えていくだろうと思って、随分前から後進の指導に力を入れていましたから」

 

 聞けば、ナツメ達が攻略組参加を断り続けた理由は……自分たちがいなくなる、あるいは攻略に集中することとなると、自分達が今まで中層以下で担っていた仕事に穴が開き、その結果、無用な混乱を招くことが明らかだったから。

 

 つまりは、中層以下の仕事において、ナツメやグリセルダさんの代わりになる人材がいなかったことが、最大の理由だった。

 

 その状況を打破するために、ナツメは『カウンセリング』その他、病院運営の、グリセルダさんはギルド運営や中層以下の組織の意見調整等の、後継者を今まで育てて来たという。

 後継者、っていうと大げさに聞こえるかもだが、有事の際に代理を任せられる人物であると。

 

 ナツメは、カウンセリングは、弟子として育てて来た数人……その筆頭はストレアだそうだ。確かに彼女、あの自由奔放な性格に反して、人の心の機微を見抜くのは割と得意だからな。なぜか。

 そして、病院運営の方は……サチが筆頭格らしい。考えてみればあいつは、あの病院のスタッフの中で、一番ナツメと長く一緒にいたスタッフだから、イロハも叩き込まれてるだろうしな。

 

 グリセルダさんは、ギルド運営や下部団体の掌握など、やることも多いんだが……サブリーダーであるグリムロックさんや、長い付き合いであるヨルコさんやカインズさんなど、当てにできる人物は多いらしい。下部団体にも、自分達で考えて行動できるだけのノウハウは与えた、と。

 

 説明されたそれらの事実は、極端な話、ナツメとグリセルダさんが攻略組に移動しても問題ない、ということを示していた…………のだが、

 

「ただし、さっきクラディールさんが言っていた通り、だからと言って『攻略組』に所属して他の全てを捨てるだとか、そもそもギルド移籍等を考えているわけではありませんので誤解なきように」

 

 予想外と言っていいほどに、自分達に都合のいい展開に転びかけていた状況。

 それに喜んでいた、ゴドフリーをはじめとする攻略推進派の面々は、その言葉に、頭の上に疑問符を浮かべる。

 

 どうやら……まあ、そうじゃないかとは思ってたが、ナツメの主張は、ただ単に攻略に力を貸す、で終わりではないらしい。

 

「攻略に手を貸すとは言いましたが、だからと言ってすぐに攻略組の皆さんと足並みをそろえて戦えるわけではない。そもそも『攻略組』として活動するつもりは、今のところありませんからね」

 

「……どういう意味だ? 同じ意味ではないのか?」

 

「大きく違いますとも。僕らは今の立場から、より積極的に『攻略』に参加するという表明をしただけです。今までもちょいちょいやってきていたような……キリト君とか、仲のいい攻略組プレイヤーに付き添って前線を探索するとか、攻略のために必要な素材や情報を協力して集めるとかね。ボス戦に参加するのもそれに含まれると思っていただいて結構」

 

 ですが、とナツメは続ける。

 

「攻略に全てを捧げるような極端な生活にシフトする気も、その為に立ち位置ごと変えるつもりもありません。少なくとも今のところは。どこかのギルドに入る気もなければ、移籍する気もない。攻略に関して相談を受けるつもりはあっても、指図を受けるつもりはない。今までと同様、自分の意思で、今までよりは積極的に攻略に参加する、ということです。同時に、キリト君やアスナさんといった、元々攻略組にいたプレイヤーにも、同様の権利を保障願いたい」

 

「なっ……!?」

 

 驚くゴドフリーに構わず、ナツメは淡々と続ける。

 

「こちらも具体的に。アスナさんが以前からリフレッシュのために申請していたという休暇ですが、不当な……例えば、ユニークスキル持ちだからとか、戦闘に参加してほしいからとかいう理由での却下はなさいませんように。その他の作戦行動についても、きちんと事前説明を行い、参加を要請する相手との十分な協議のうえで決定し、決して無理強いなどしないようお願いします。納得できなければ拒否します。ああ勿論、『事後承諾』なんてふざけたものは協議に含まれませんよ?」

 

 つまり、攻略に力は貸す。今までよりも積極的に。ただし、あくまで自主的に。

 

 ギルドに加わるつもりも、攻略組からの指図を受けるつもりもない。より正確に言うならば、『攻略組』と一緒に活動はするが、『攻略組』に入るわけではない。

 

 攻略参加を含めた各行動には各自が裁量権を持ち、戦闘や探索への参加を強制されず、理不尽な、納得できない指示・命令に対しては拒否しても文句はない。

 

 早い話が、今より攻略組寄りになるだけで、他はいつも通り、ということだ。

 

「何をふざけたことを! それでは今までと何も変わらないではないか!」

 

「いけませんか?」

 

「なっ!?」

 

 正面から返されて面食らうゴドフリーに、ナツメは心持ち目を吊り上げるようにして返す。

 

「今までの『攻略組』のあり方。それはそもそもが、攻略を最も効率的に進めるために最適の形を模索した上で作られた行動様式だったはずです。ひいき目も誇張もなしで言いますが、私の目から見ても、『攻略組』を攻略に意欲を持つプレイヤーで固めた上で自主性に任せる今のやり方は、実に理にかなったものだと思いますよ? どんなに優秀なステータスやスキルを持っているとしても、無理強いして戦わせたところで、決していいパフォーマンスは期待できませんからね」

 

「だが、それでは今回明らかになった6つものユニークスキルを活かすことはできないだろう! より攻略に集中した体制を取るためには、それに応じた方針の転換が必要不可欠だ!」

 

「はいそこ前提条件おかしい。さっきも言っていたようですが、ユニークスキルを持っていることと、攻略に集中することをイコールで結び付けないように。そもそも何を持ってスキルを『活かす』などと言っているんです? まるで、そうしなければ無駄だと、悪だとでも言っているようですが」

 

「それの何がいけない!? 力なき者のためにその力を振るうのは、力ある者の義務だ! ましてや『ユニークスキル』などという力がありながら休みたいだの、戦わないだのと、我々攻略組を信じてくれている多くのプレイヤーに対する裏切りそのものではないのか!」

 

 ……あ、まずい。これはまずい。

 何がまずいって……横に座ってるナツメの目から光が消えてきた。

 

 『あの目』に近づいてきた。

 

 いや……ゴドフリーはオレンジとかじゃないから大丈夫だとは思うが……経験則で俺は知ってる。オレンジ相手以外にも、最近のナツメは割と、本気で腹を立てるとこの目になることが多い。

 殺意すら滲ませる、底冷えするような気配はないとはいえ……見てて気分のいいものじゃない。

 

「裏切り、ねえ……ずいぶんと物騒というか、極端すぎる言葉を使うものだ。じゃあこっちも負けじと言わせてもらいますが、力がある=使わなければ罪、みたいな、個人の立場や意思をまるっとないがしろにする謎理論はやめてもらえますか。なまじ我慢や努力でどうにかなってしまう分タチが悪い……まるで、国のために命を使わなければ非国民と罵った戦時中の旧日本軍のもの言いだ」

 

「いきなり何を言う!? 戦時中だの旧日本軍だの……何を的外れな上に極端なことを。大げさな上に話が飛びすぎている!」

 

「極端な物言いであることは認めますよ? 最初に自分でそう言いましたし。ですが、決して的外れでも、大げさでも、飛びすぎてもいませんが? この物言いに、それが示唆する内容に嫌悪感を覚えると言うのなら、それはあなたの言う方針もまた間違っていることになるでしょう」

 

 ナツメはそう言うと、一瞬、俺やアスナの方をちらっと見てから続ける。

 

「納得して手にしたならまだしも、意図せずして持った力、自分ではどうしようもない環境や立場といったものを理由にして誰かに何かを強要するな、と言ってるんですよ、僕は。さっきあなたがアスナさんに、『そうせざるを得ない状況』を作り出して示した上で、出口のあらかじめ決まった、交渉という名の誘導尋問をけしかけたようにね。人の意思を軽んじているにもほどがある」

 

「軽んじているだと!? 私は事実を並べ立てて当然のことを言ったまでで、あくまで副団長の意見を聞いて、その意思を確かめた上で判断の……」

 

「あらかじめ選択肢が1つしか用意されていない質問で意思の確認などできるわけがあるか。一見きちんと意見を聞いたように見せ、最終的な判断を自分でしたように思わせ、あるいは印象付けて、その責任ごと相手のものにする……悪質な詐欺の手口ですよこれは」

 

「何ぃ……!?」

 

 余程頭に来たのか、ゴドフリーの剣幕はもう話し合いの場でするような者ではなくなっている気がするが、ナツメは一歩も引かない。……こっちはこっちでキてるし。

 

「……こういう場であまり仕事の話をするのはアレなんですがね。以前、似たような状況に置かれている子がいましたよ。その子は戦うことが嫌いで、でもチームの中で、求められるポジションで戦えるのが自分一人だったから……自分が臆病なのがいけないんだ、自分が頑張ればいいんだ、って、自分を責めながら、必死で戦おうとしていた子が。それを見て僕は、健気に努力するいい子だとか、美しい光景だなんて思えなかった。その子もまた、最初から選択肢を奪われていた……自分の正直な気持ちを主張することが悪であるかのように縛られていた」

 

 ……誰のことをを言っているのか、すぐに分かった。

 俺もよく知っている娘だったから。

 

 確かに……今思い出しても、あの時の彼女……サチの状況は痛ましいものだったと思う。

 自分ではどうしようもなく怖いのに、それを周囲は理解してくれず、むしろ自分のためだと言って進めてくる。その状況が、サチから『断る』という選択肢を、無いも同然の状態にしていた。

 

 その結果、サチはどんどん疲弊していき……夜もろくに眠れなくなったほどだ。

 

 あの時、サチをナツメに診せなかったら、あれから先どうなっていたか……考えるのはちょっと恐ろしい感じもするんだが、少なくとも明るい未来にはなっていなかったと思う。

 

 そして、言われてみれば……今の俺達……特にアスナの置かれている状況は、確かにそれに近い。

 サチと違って彼女は強いけど、自分の意に沿わない行動を強制されそうになっていて……しかも、それを断ることが悪であるかのように、すでにレールが敷かれた上で意思決定をさせられそうになっていた。あってないようなものだった、彼女の意思なんてものは。

 

 そんな未来など知ったことかと、レールなど壊してしまえと、今、ナツメは怒ってくれている。

 サチの時と同じように、またアスナを……俺達を守ろうとしてくれている。

 

 そう考えると……自然と、俺も何かしなきゃいけないんじゃないか、と思えた。

 このまま、あの時と同じようにナツメに任せるだけじゃなく……今この場においては、俺にもできることがあるんじゃないかって。

 

 隣にいる……誰よりも大切だと思っている、この少女を……守り、助けるために。

 

 何も言わず挙手した俺に、その場の視線が集中して……少し怯みそうになってしまったが、隣にいるアスナからの視線も一緒に感じたことで、それも収まる。

 呼吸を整えて、気持ちを落ち着かせて……ゴドフリーと、ヒースクリフの方に体ごと向き直る。

 

「俺は……もともと『攻略組』だったから、誰に何も言われなくても、ずっと最前線で戦ってた。個人的な事情もあってだけど……一刻も早くこのゲームをクリアするために、自分の全部をつぎ込んででも、って…それこそ一時期は、相当に無茶なやり方で攻略やら探索を進めてたこともあった。ソロでボスに挑んで死にそうになったりさ。……そうしなきゃいけないんだと、思ってた」

 

 でも、と続ける。

 

「それじゃだめだった。そんなやり方で、上手くいくわけなかったんだ……いろんな奴が、それを俺に教えてくれた。というより、俺は俺以外の皆にそれを教えられていて……けど、情けないことに、それに気づけたのは……ずいぶん最近になってからだったんだ」

 

 ちらっ、と、俺の視線は横にぶれる。

 アスナが、クラインが、グリセルダさんやクラディールが……そして、ナツメがいる方に向く。

 

 隣に立って俺と一緒に戦ってくれるって、支えてくれるって言ってくれた人がいた。

 

 背中をばしばしと叩きながら、もっと俺達を頼れ、って言ってくれた奴がいた。

 

 純粋な目で、世辞も何もなく尊敬してくれて、ありがとう、って言ってくれた子がいた。

 

 ちょっと偉そうに、でも優しい目で、守るべきものとして俺を見守ってくれた人がいた。

 

 愚痴も弱音も全部聞いて、受けとめて……その上で、俺は悪くない、と言ってくれた人がいた。

 

 そして、そんな風に、俺を見て、心配してくれる人の心に触れている時……俺は、いつも心に感じていた、暗くて冷たい……辛い、苦しい、と感じていた、心の中の軋みみたいなものが……ふっと消えていることに気づいた。

 

 思い返せば、いくらでも出てくる。戦いですらない部分で、俺はそんな1人1人の言葉1つ1つに支えられていた。

 

「今思えば……自分のことながら、随分危ういところで戦ってたもんだ。いつ限界がきて、色々なものが溢れて、壊れてしまってもおかしくなかった……そうなる前に助けてくれた皆には、正直、感謝してもしきれないと思ってる。だからこそ俺は、そいつらのために、より一層攻略に力を入れることに否はない……けど、もしそれで、昔の俺みたいな……ゴールばかり見て途中を見ない、何が起こってどこで転ぶかもわからないような危うい道を歩むことを強制されるなら、俺は……あんた達の意見には賛同できない。指示されても、従うわけにはいかない」

 

 目をそらさずに、はっきりと言う。

 言わなきゃならない。かつて、そこから救い出された過去を持つ者として。

 

 あの頃の俺と同じ目に……俺の大切な人たちを、遭わせるわけにはいかない。

 

「これはいわゆる……弱音なのかもしれないし、好意に対する甘えなのかもしれない。それでも、俺はそれを悪いことだとは思えない。デスゲームが始まった時からずっと同じように、苦難の日々は続いている……戦って、苦しんで、傷ついて。でも、それでも今俺は笑っていられる。俺の周りの奴らも笑ってくれる。俺は、そんな日々を捨てたくない。たとえそれが最短距離じゃなくて、遠回りでも……俺はそういう、最後には皆で笑っていられるような日々を積み重ねていきたい」

 

 さっき、クラディールが言っていたことと、奇しくも重なる。

 俺たちは、確かにこの世界を……アインクラッドをクリアしなければならない。けど、その為に全てを犠牲にして……最後には何もかも失って、すり減って、笑うこともできなくなってしまっているのでは、きっと……意味がないんだと思う。

 

 クリアして、そこで終わりじゃない。

 俺はむしろ……クリアしてからやりたいことこそたくさんある。

 

 だから俺は、日常の中の小さな幸せも、明日への希望も、バカやって笑いあえる余裕も……例え、すぐに忘れてしまうような小さなものであっても、全部持ったまま最後まで走り抜けたい。

 

 それらを捨てれば身軽になれるのだとしても、他の者の負担を少しでも減らせるのだとしても、そのせいでたびたび立ち止まって休むことになるとしても……途中で投げ捨てたくないものが、最後まで持っていたいものがたくさんある。

 

「だから、俺は……俺やアスナは、それがたとえ甘えだと言われても……これ以上、何かをすり減らしながら戦っていくようなことは、したくない。もちろん、これからも俺達は全力で戦う、皆を開放するために、この世界に負けないために。それは約束する。でも……それでも、だれかが疲れてしまったら……置き去りにしたり、鞭打って無理やり歩かせるようなことはしたくない。立ち止まって休んで、それを皆で待って、少しずつでも進むような……そんなやり方で進ませてほしい」

 

 言い終えた俺は、そのまま静かに席につく。

 目線は……反らさず、ゴドフリーとヒースクリフの2人に同じように向けたままで。

 

 何か言いたげな視線を向けてくるゴドフリーと、ただただ静謐なというか、落ち着いた大物らしい雰囲気を感じるヒースクリフ。立場は同じのはずだが、かなり印象の違う2種類の視線が、俺に向けられていて……そんな空気で、俺が緊張している中のこと。

 

 今まで、部下や参加者に発言を任せ、ほとんど口を開かなかった男が……ついに口を開いた。

 

「成程……君たちの主張はわかった。確かに、キリト君の言うそれは……決しておろそかにしてはいけないものだと言えるだろう」

 

 赤いローブに身を包み、椅子に深く腰掛けている、血盟騎士団『団長』ヒースクリフ。その発言に、自然とその場にいる全員の視線が、この男に集まる。

 

 クラディールとゴドフリーの討論や、ナツメの詰問に近い主張、そして今の俺の意見……それら全てを通して聴いていながら、落ち着いた様子をわずかほども崩さず、表情も薄く笑みを浮かべたままだ。

 

 こういう奴だとはわかっていたが、相変わらずのこの不変ぶりは人間味が薄れているようにすら感じてしまう。ひょっとしたら、自分が死ぬ瞬間すら余裕を崩さないんじゃないか、そもそも感情があるんだろうか……とか、正直思ってしまったりもする。

 

「我々『攻略組』と呼ばれるメンバーが戦っているのは、一刻も早くこのアインクラッド100層を攻略し、この世界に捕らわれている全てのプレイヤーを解放するためだ。しかし、確かにそれさえ達成してしまえば後は全てどうでもいい、というわけにはいかない。実に重要なことだ」

 

 だが、と繋いで続ける。

 

「そうだとしても、ゴドフリーの言うように、過剰にそこにリソースを割くあまり、攻略に影響を及ぼすようなことになっては本末転倒だ。先程使われた言い回しではあるが……『クリアできなければそもそも始まらない』というのも事実だからね」

 

 俺やナツメ、クラディールの意見を一応は認めつつも、ゴドフリーの意見もまた重要と認める。ここまでだけだと、結論の見えない玉虫色の意見にも思える。全員の視線が強くなった。

 

 皆、わかっているからだろう。ヒースクリフが、新たに何かを付け加えて言うとすれば……それはこの後。ここからが重要だと。

 

「率直に言えば、アスナ君の休暇の申し出に関して……もう少し早く、そうだな、70層の攻略直後あたりであれば、まず問題なく受け入れられたことだろう。だが、今の時期は……色々な意味でタイミングが悪いと言わざるを得なくてね、我々としても簡単に首を縦には振れんのだよ」

 

「……? と言うと?」

 

「少々話が遠回りになってしまうのは容赦願いたいが……知っての通り、最近は攻略組全体の士気の低下が問題になっている。ある意味どうしようもないことなのだろうが……長いことこの世界にいたせいで、『慣れ』とでも言うべきものが出てきてしまっている部分が少なからずあるのだろう……君たちの中にも、多少なり思い当たる部分がある者もいるのではないかな?」

 

 ……静かに、しかし鋭く的を射た言葉だった。

 表情を変えた者も、変えなかった者もいるが……皆、心当たりがあるんだろう。

 

 俺ももちろん、ある。というか……この間の、S級食材だらけの食事会の後に、アスナと話したことでもある。

 食事会当日の夜は、皆ぐでんぐでんだったから……その後、迷宮区に攻略に出た時だ。

 

 この世界に、皆、馴染んできている。

 まるで、最初からこの世界に生まれて、育ってきたみたいに。

 

 攻略が危険だと言うだけでなく……そういう、攻略そのものに消極的になってしまうという理由で、攻略に参加するプレイヤーがどんどん減ってきている。それに伴って、必然、攻略のペースもどんどん落ちてきている。

 

 何一つ、否定できないことだった。

 かくいう俺も……最近、現実の世界のことを、まるで思い出さない日がある。

 

「今すぐに何か致命的な事態になる、というわけではないが、危惧すべき事態には違いない。キリト君やナツメ君は先程、『今のペースを維持できれば問題ない』と言ったが……現状、それがそもそも難しいと言わざるを得ない局面に、我々はある。だが同時に、今まさに我々は、その状況を打破する千載一遇の好機を前にしている、とも言える」

 

「……新たな『ユニークスキル』保有者の発見、ですね?」

 

「その通りだ。アスナ君の『神速』と、クラディールの『斬鉄剣』に関しては、私はもともと相談を受けていたから知っていたが……まさかその他にも4人もいたとは、嬉しい誤算だったよ」

 

 ナツメの指摘を肯定し、ヒースクリフは俺達6人を見回すようにして、話を続ける。

 

「攻略の助けになる強力な武器の発見は、それだけでプレイヤー全体の士気を底上げする起爆剤になる。現に今アインクラッド内は、かつてないほど我々『攻略組』への期待が高まっている状態にあると言っていいだろう。ゆえに当初、我々はこの状況を最大限に有効活用する方向で話を進めるつもりでいた……ゴドフリーの提案は、主にそれに基づいたものだ」

 

「全戦力をひとところに統一して所属させ、最大効率で攻略にその力をぶつける……ということですね? ですがそれは……」

 

「わかっているとも。承服しかねるという意見はすでに聞いたし、『攻略』に傾倒しすぎるあまり、おろそかにしていた部分があったことも認めよう。ただ、『攻略組』ギルドの一団を預かる身である私としては、今のこの好機と言える状況を、全く利用しない、という選択肢もまたありえない」

 

「……つまり、どうしたいと?」

 

「今のこの状態からさらにもう一押しして、『攻略組』のみならず、アインクラッド全体の士気をさらに向上させたい。そのためには、我々が積極的に動いて見せる必要があり……当然、その中心になるのは、私を含めた『ユニークスキル』保有者7名だ。ゆえに、アスナ君には悪いが……問題の休暇については、取得にはもう少しだけ時間的猶予をもらいたい。休暇自体が取り消しになって、結局休めない、などということにはしないことは、無論約束しよう」

 

 ごまかしも何もせずはっきりと言い切るヒースクリフ。

 アスナは多少動揺したものの、『休暇自体は保証する』という文言があったおかげか、これだけを聞いて賛成。あるいは反対という意見は出てこないようだ。

 

 代わりにというわけではないだろうが、ここでさらに踏み込んで問いかけたのは、やはりナツメだった。

 

「具体的な内容があればお聞かせ願えますか? 無論、アスナさんに休暇をあげられる時期も含めて、です。ないとは思いますが、休暇はやるけど半年後、1年後、なんて物言いをされるようでは言語道断もいいところですからね」

 

「安心したまえ、そんな信義に背くようなことはしないさ。そうだな……私の考える通りにいけば、おおよそ1週間から……長くとも10日前後、といったところだろう。その後、2~3週間程度のまとまった期間、副団長の業務ごと休んでも構わないくらいの余暇はあげられるはずだ」

 

 その返答に、その場にいた全員が驚きを露わにした。俺も、ナツメも、クラディール達も……どうやら聞かされていなかったらしい、血盟騎士団サイドの、ゴドフリー達もだ。

 

 もちろん、その当事者であるアスナも。滅私奉公を言い渡される寸前だったところから、2週間も3週間も休める、とまで言われれば……そりゃ、無理ないだろうが。

 

 一体何を考えている? 何がどうしたら、士気向上のために俺達が動くことで云々……なんて話になっていながら、それだけの休暇をポンと出せる? ……ダメだ、全く思いつかない。

 

 そんな俺達の疑問に答える形で、ヒースクリフは言葉を続けた。

 

「当初私は、ゴドフリー達と同じように、単純に攻略を進め、あるいは力を示すことでそれを成すつもりでいた。例えば……キリト君と私が決闘(デュエル)を行い、キリト君が勝てばアスナ君の休暇を認め、負ければキリト君に『血盟騎士団』に入団してもらう、といった感じでね」

 

「論外もいいところですよ、ヒースクリフさん。精神の健康を保つための福利厚生の権利と、関係ない他人に対する戦力勧誘を同じ天秤にかける時点で論理的に破綻している。最悪の場合、アスナさんは休めない上に、キリト君は望まない立場に身を置いて働かされると? 剣の世界だから剣で語れとでも言うつもりだったんですか? だとしたら全力で軽蔑させてもらわざるを得ませんが……なるほどあなたの言う通り、この世界に妙に馴染んでいるようですね、随分と」

 

 一瞬で沸点に達したように食って掛かるナツメ。

 目に剣呑な光が宿っている。いきなり語気も強くなったので、横にいた俺がむしろびっくりさせられてしまった。

 

「落ち着いてくれ、ナツメ君。これについては私も勇み足だったと痛感しているところだ」

 

 と、こちらはあくまでも落ち着いた口調で諭すように言うヒースクリフ。

 

 ……正直、俺だったら……ヒースクリフの提案にも、売り言葉に買い言葉で頷いてしまったかもしれない、と少し思った。

 

 極論というか、本音を言えば、俺は、その……アスナと一緒にいられればそれで、って、最近は思っている部分もあるし……

 

「そこでだ、君たちの言い分を聞いていて、ついさっき思いついた案になるのだが……要するに、我々の目的である『士気の向上』『攻略組の戦力の増強』……それに、君たちの主張である、アスナ君の休暇を例とした、『余裕を持って攻略に取り組めるペースの維持』や『中層以下のギルド・団体への配慮の継続』……これらを同時に達成できればいいわけだ。そして、それについては君たちの協力も当てにできる。ゆえに私は……」

 

 一拍置いて、

 

 

 

「…………ひとつ……『祭』を、開催することを提案する」

 

 

 

「「「…………は?」」」

 

 

 

 




最近日記形式で書いてないな…

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