天地の感覚が消失した。
間延びして遠ざかっていく景観の奥で、スサノオは笑ってはいなかった。送られたのは役目を果たし終えた道具を見下ろすときの無感動な視線。
祐一をヤマタノオロチと昇華し、最強の従属神を得たスサノオを待っているのは……日本列島にうごめく幾柱もの神々の討滅事業。
いちいち敗者にかかずらっている暇などない。
スサノオはヤマタノオロチの肉体のみを求めた。
自意識のある怪物など厄介なだけだ。
スサノオは腰の十握剣を抜くと、軽く横薙ぎにした。
一太刀で、祐一の精神と肉体の絆はたやすく切り飛ばされた。
術中にはまりいい様にコマのように回った祐一は、暴風雨に翻弄され、風でねじ切れる風鈴のごとくその魂魄をふたつに分けた。
(やられた……な)
祐一は白煙のわだかまりの中へ踏みいってしまった。思わず微苦笑してしまう。どんなに霊眼が先を見通そうとも宿主がこんな
(ま、何とかなるだろ。あっちには先輩の近くに叢雲がいるのが見えたし……ラグナもいる)
絶体絶命のピンチとやらだが、祐一はそこまで悲観しなかなったし焦りもなかった。
いつもの事だし、過去のピンチも結局は踏み砕いてきた。
そう。
それが剛健な《鋼》であれ、強壮なる軍神や戦神であれ。木下祐一は何柱もの《鋼》の軍神たちと鎬を削り、そして踏み潰してきた王なのだ。
正義と民衆の守護者ウルスラグナ──『
法天啓運聖武皇帝チンギス・ハン──『
エノク書の億千万の眼を宿した天使メタトロン──『
黄金時代を築いたカリピヌスの王サトゥルヌス──『
草薙剣を腰に佩いた古代の英雄ヤマトタケル。そして盟友となった──『天叢雲剣』
すべて鋼鉄の肉体をもつ戦士たちから毟りとった権能どもである。
今現在も日本神話の英雄神スサノオと戦うありさま。
少年は何故か、《鋼》に妙に目をつけられてしまう。本人が、求めようとも求めずとも《鋼》たちはこぞって血気盛んに矛先を向けてきた。
その度に祐一は苛烈な一撃でもって鋼鉄の刃を砕き、烈火の意志でもって鉄剣の悉くを鋳潰す。
鉄臭い猛者たちを殺め、そして簒奪した権能もまた鉄風に満ちていた。祐一の権能が《鋼》で埋め尽くされているのは必然だった。
……ここまでなら、馬鹿のひとつ覚えだと一笑に付すこともできる領域。融通の効かないやつだと呆れることもできた。
しかし違う。
祐一の権能が《鋼》で占められているのは必然だ。
──"必然"なのだ。
決して。
──"偶然"ではない。
木下祐一というカンピオーネは、勇ましき軍神のみを殺す。しかし祐一はどれだけ《鋼》と交友を深め、盃を交わそうと、結局は似て非なる者だ。
カンピオーネ『木下祐一』は、《鋼》たちと刃を交わし、言霊をぶつけ、血を混ぜ合わせ、やがて友情を結ぶ。
《鋼》の軍神たちが好む性根で戦場を駆け、あるいは《鋼》の軍神そのもののような生き方を好む。
しかし祐一は《鋼》とは似て非なる者。当然だ、彼はまつろわぬ神ではない。
カンピオーネなのだから。
《鋼》ではない祐一は、《鋼》の性は生じえない。
いにしえの地母神たち、竜蛇の神格を殺めずにはいられないという狂った気性から逃れられる。
木下祐一は──
カンピオーネと転生し、そろそろ一年を数える祐一だがこれまでずっと蛇にまつわる神格を弑逆したことはなかった。
金臭いますらおばかりを相手取ってきた、今現在も。
過去、祐一はまつろわぬ蛇の系譜の神と争ったことはある。ヒューペルボレアのオプス。ベルゲンのアテナ。彼女らがそれにあたる。
しかし戦意を迸らせ、剣を向け、傷付けようとも……結局、祐一はその女神たちの殺害には至らなかった。その結果は、権能の並びが指し示す通りだ。
かつてドバイでチンギス・ハンを殺めた後、パンドラに《鋼》のようになるな! っという警鐘を厳守したというわけではないだろうが……ともかく祐一は蛇を殺めたことはなかった。
蛇から縁遠く、それでいながら蛇の天敵たる《鋼》を鏖殺するカンピオーネ。祐一はそのような在り方を体現している。
ここで三者……《鋼》と、蛇と、祐一。彼らは奇妙な三角関係を形成する。
蛇の天敵が《鋼》なのは言わずもがな。蛇を殺める鋼の英雄たち。ペルセウス・アンドロメダを代表し、そしてメソポタミアの時代から定められてきた古い古い対立関係だ。
そして対立する《鋼》と蛇の相関図に、もう一つの関係性が追記される。
《鋼》を友邦としながら殺害を為す。
《蛇》に馴染むことなく殺害を為さない。
つまりは蛇を殺める鋼の英雄を──殺害する王。
そのような奇っ怪な『王』が、二者の間に割って入る。
かつてベルゲンで殺しあった三つ巴とは違う。『王』は完全に蛇の側に立つ。蛇と顔を合わせずとも自ずから蛇の天敵を鏖殺する。
木下祐一という王は。
生粋の──"蛇の守護者"なのだ。
そして祐一は、スサノオの企てによって蛇……ヤマタノオロチとなった。
ヤマタノオロチは言わずもがな竜蛇の類だ。それもし一つの神話体系のなかでも最上位に位置する蛇の神格。
蛇。蛇。蛇!
まつろわぬ蛇の神力がむくらむくらと満腔から湯気のごとく立ち上ぼる。
祐一は蛇となり、その本性を剥き出しにした。蛇の天敵を殺める彼は──『蛇の守護者』を号す。
──カンピオーネから蛇へと身をやつし、変貌した神性。
──《鋼》を鏖殺しつづけて来たに相応しい称号。
──加えて見えぬものなしと昇華された『|輝く瞳(Mittron glaukopis)』の覚醒した霊眼。
艱難辛苦の果てに辿り着き、すべての条件は満たされた。これまで祐一の頭蓋の最奥で閉ざされていた記憶の扉が──開く。
「うっ!」
頭蓋骨と脳漿を、内部から破裂させんとするような激しい頭痛に思わず呻いた。
次いで現れたのは閃輝暗点。
祐一の失った意識と白濁とした視界の隅に、マイングレインオーラがうごめく。極彩色の暗点は、
……じり、じり。
(閃輝暗点、か。……久しぶりに見るな……、前に見たのは……ニニアンへ謁見した時、か……。でも、なんなんだ? 今日は、いつもと違う……?)
マイグレインオーラはたびたび祐一に偏頭痛とともに歯車のキラメキを垣間見せた。旅立ちの時、死にかけになり因果律と出会った時、王国の女王ニニアンと謁見した時。
偏頭痛と不吉と苦痛の象徴は、祐一が誰かに近づくたびにその暗幕で覆い隠そうとする。忘れている誰かを思い出そうとするたびに記憶の窓を閉ざすカーテン。
しかしカーテンが、今は……独りでに視界の隅へと追いやられていく。
原初の記憶を思い出す。
追憶の時。
戦人はゆめにも思わなかった。
《鋼》の好物たる蛇が──己の頭蓋のなかに在ったなどと。
乙女が吟じる詩を今ははっきりと聞こえる。閃輝暗点でいつもはぼやけていた視界が一気に明瞭となる。
ひどい夕焼けの赤茶けた空模様が飛び込んで来た。
黄昏時だった。
そして夕暮れに反して、マリンブルーに輝く湖畔があった。
知っている場所だ。焦がれていた場所だ。
祐一が家を出てから焦がれていた思郷の念を積もらせ続けてきた場所。渇いたイラン高原をさまよいつづけた頃より、その情念は肥大化と天元突破を繰り返しつづけた。
なにほどのこともない。
故郷の湖だった。
「……っ」
瞬間、祐一は落涙した。
こちらの世界の故郷に来ても流さなかった涙は、あっけないほど眦で大粒を作って速やかに頬をかけ下った。何粒も何粒も。目頭をおさえても涙も鼻水も、えずきも止まらない。
「ぅ、ぐ……ぐすっ……。ああ……っ」
帰巣本能が満たされていくのが分かる。
食欲も睡眠欲も性欲も、今この喉奥で灼熱に焦がし圧倒する劇場に比べれば
(俺の故郷が、
左目をあけて右耳を地面にあて、湖を見た。
清冽な風情を漂わせる湖水。
澄み切った真っ平らな湖面が、磨き上げられたいにしえの銅鏡のごとく景観のすべてを映し出していた。そばにある背の高い糸杉も、湖のそばに盛り上がった丘も。
湖。
旅路を経ていくつかの知識を得た祐一には違う意味を浮かび上がらせた。
幽世の『王国』と呼ばれる禁足地と、現世の境界は浅瀬だった。ヤマトタケルに追われ、『王国』から逃亡する時、祐一たちは浅瀬という境界に突撃して難を逃れた。
地表と水面の堺。
ケルト世界において水は異界に繋がる境界だった。
それは、この湖も。
首を動かし、右目をあけて左耳をざらついた地面にあて、急峻な丘のうえの古い城を見た。湖底に沈んだ古城。
名を《ユランカレ》。
(ユランカレ。あいつの城だ……)
あいつと出会ったのは、十年くらい前か……小学一年生にも満たない物心がついたばかりの頃だった。
気儘に散歩し、道ばたに落ちた木の棒をぶんぶん振り回しながら山の上の湖に初めて訪れた。
好奇心がはやるまま飛び込み、そして溺れた。やがて力尽き、水底に沈んだはず。
(そして俺は──あいつと逢った。膝枕されて……あー、っははは。あれは膝枕だったのかちょっと謎だけどな)
水中は異界だ。
世界のちょっとした気まぐれで現実とは別の場所へと繋がってしまう。祐一は世界を超えていた。地表のどこにもない空間へと、たどり着いてしまった。
頬にくすぐったい髪先の感触で、意識は覚醒へと導かれていった。
ターコイズの宝石燃ゆるしなやかな緑髪をたわわに垂らし、枝毛のない翠錦の毛先。頬にかかるのは
髪先で見下ろしている貌は、生ける誘惑。閉じし瞳は秋波を送る聖娼の雅さ。清純な象牙色の双頬と珊瑚のつややかな唇を、瑪瑙の縞模様をかたどった薄絹のヴェールで覆っている。
精通もまだだった祐一が身震いするほど麗しい。
満月満つる月光のごとく肌は白く、
尻のかかる腰は、細腰よりもよほど華奢なのに
そう。
創造主に祝福あれと激賞を禁じ得ない造形ながら、助けてくれた女の子には──膝がなかった。人間の二又の足はない。毛の一本もない。人ではなかったのだ。
西洋にも東洋にも水の妖精として表わされた美女を崇拝する伝統がある。
特に顕著なのはヨーロッパ。
パラケルススの『妖精の書』。フーケの『ウンディーネ』。ゲーテの『新・メルジーネ』。ハウプトマンの『沈鐘』。アンデルセンの『人魚姫』……。
水のなかに棲む魚の下半身をした妖精は、男を迷わせる危険な要素を孕む。
そして人魚だけでなく、下半身が蛇の姿をした妖精も同様だ。
例えばフランスのメリジューヌやギリシャのラミア。古代の処女神のなごりが美しいさだけでなく異形を合一させた姿をもたらす。
この蛇身の少女も。
助けてくれた少女は、そのような者だった。
「あ……」
「……」
「ありがと」
「……。はい」
でも恐怖はなかった。
小さく礼を述べ、祐一はふたたび女の子の白く柔らかな尾へ頬を沈め、指先で滑らかな鱗の感触を求めた。
尾を枕にし、硬質な冷たさはなかった。鱗はゴム毬の柔らかさと弾力があって温かかった。
何年かあと、触れていた部分が太ももにあたるのだと苦笑混じりに伝えられた時は赤面したものだ。
「……? 翼……」
蛇身の少女の背から翼が生えているのに遅れて気づいた。
土を這う蛇の下半身のみならず、身を覆い隠すほどの
瀑布を逆立てた赤い夕暮れ。青々と輝く湖畔。緑色の御髪と鱗を誇る乙女。赤、青、緑の三原色……どれほど時を重ねても褪せない原初の記憶。
過去の記憶の走馬灯。
髪を梳いている少女を見上げ、小さく微笑しながら語りかけた。
(久しぶりに逢えて良かった──モナルカ)
「…………」
聞こえているはずがない。これは追想だ。過去の記憶を走馬灯にして記憶の書斎から本を取り出し、埃を払って目を通し、懐かしんでいるだけ。
文字が好き勝手に動き出すはずがない。
盲目の彼女はいつものように何処を見えているか見通せない仕草で首を巡らせ……。
やがて。
「私も」
(────)
目が、あった。
「私も。
首を傾けたモナルカの両まぶたは閉じきったままだが、モナルカからの
ゆっくりと面差しを向けたモナルカは……過去の記憶を追想している"俺"に、ほんの少しだけ唇を歪めて小さく笑った。
驚かなかった。
こいつは、そういう奴なのだ。
「そっか。そうだったな。あはは、お前はいつもそんなやつだった。お前はなんでも知ってたからな。未来から俺が見ることも知ってたわけだ……」
「……」
「お前は、俺がいつか神を殺めるのだって知ってたんだろう?」
闊達な祐一にしては珍しくいじけて拗ねたような言葉だった。
「お許しを。ですが……、あなたと出逢ったのはあなたがまつろわぬ神を弑逆し、暗黒の時代をもたらす魔王となるからではありません。あなたが、
「はあ」
祐一はモナルカの膝の上で肩を竦めた。布絹のなかへ節くれだった手を滑りこませ、花弁の片頬に触れる。
モナルカは祐一の手のもとへ身を傾ぎ、緑錦の髪を零しながら手を重ね合わせた。
「お前はいつもそうやって俺の気を引く。悪趣味だぜ……ま、悪い気はしないけどな」
「重ねてお許しを」
渋くなった祐一はすっくと立ち上がり、モナルカは踊るような動きで祐一を制して背中から抱擁した。少年のかたに形のいい顎を乗せ、蕾のほほを寄せてささやく。
「これも私の性なのです。
少年の背に、少女の胸板が触れ合い……少女の背から生える翼がひるがえった。少女の魔性でもって神域へ連れゆき誘うよう。
モナルカは神に連なる者だ。
神話や伝承を血肉とする彼らは、当然ながらそれぞれの説話がある。モナルカは異界に迷いこんだ先で乙女や妖精と出逢う異類婚姻譚にまつわる少女。
だから男の袖を見ると引かずにはいられない性分なのだ。
「の、割には……俺がお前のところから帰れなかったことはなかったけどな」
「あなたは
一歩離れた祐一を、抱擁していたはずのモナルカは追わない。背を向ける少年の腕を、人差し指でひっかくように留めながらも……決してその場から動かなかった。
「私と囲炉裏をかこみ歌を唱するより、親しい友と野山を駆けるのを好みました。女人と関わるときだけ狷介さが顕著になる。あなたの悪癖です。自覚はあるでしょう」
「むむむ」
「なにが、むむむ、ですか」
「ふふ」とよく知るものでなければ分からない小さな笑みが浮かぶ。祐一も破顔し、互いに久闊を叙して在りし日を偲んだ。
「時間です」
「そっか」
やがて幾ばくかの時がすぎ、モナルカが告げた。
祐一も誰かの声を届いた気がした。誰かに呼ばれている。夢見のいい眠りから艱難辛苦の現実に呼び戻すように。
祐一は頷いた。
モナルカがそういうならそうなのだろう。
「最後に、ひとつだけ警告をお聞きください」
「ん」
「あなたが直面している儀式《
一拍を肋骨の肺のなかで溜め、やがて吐き出した。
「かの聖王
「ミスラ。聞いた名だな」
「はい。あなたは幾度もかの聖王の
「…………」
「常勝不敗のウルスラグナも、億千万の瞳メタトロンも、化神ミルクも、英雄界ヒューペルボレアも、黄金時代の先王サトゥルヌスも、神具『ミスラの松明』も。瑣末事でいえば『猪』と出会ったヴァン湖もまたかの聖王の逸話が残る聖域。多かれ少なかれかの大王の威光に身を浴したまばゆき神々……」
「そうか。そうだったな……」
「東西にまたがりその威光にて大陸を遍く照らし尽くす太陽王。太陽そのものと言い換えてもいい彼は、今は闇夜のなかに沈んでおります。……ですが、明けぬ夜はありません」
モナルカは世界を焦がす夕焼けの空へと視線を向けた。紅き髄玉色の揺らめく大焰が、世界のすみずみまで燃やし尽くしている。
「儀式が始まった以上、かの聖王の降臨は絶対です。聖王ミスラは遠からず蘇るでしょう。『最後の王』としての名をその身に刻んで」
とぐろを巻いた尾の締め付けが強まる。痛みすら感じるほどだ。
そっとエメラルドの温もりに手を重ねた。
「『最後の王』とはあなた方カンピオーネの世界と約束した絶対の強さを誇る戦士。《鋼》のなかの《鋼》に御座います──故に、かの聖王はあなたにとって空前絶後の大敵となります」
「ふうん」
「そして、あなたは聖王ミスラに由来するまつろわぬ神々を殺めすぎました。かの大王の庭先で遊び回ったようなもの。子が親に敵わぬように、広大無辺なる時間軸においてかの聖王に打ち勝った
モナルカが口元のヴェールを剥ぎ、彼女の伸ばした両手が祐一の両頬に触れる。楚々とした仕草で、顔を動かされた。薔薇と白檀の香水に美体を千夜をひたした薫風が嗅覚に届く。
祐一は乙女の柔らかな溶かした蜜であでやかに濡れた柔らかそうな唇を見咎めた。
「敗北は色濃い……今なら……まだ。この儀式から逃げおおせ、身を隠す術はあります。我が唇に触れ、どうかお知恵を刻みくださいませ……」
「いいんだ」
頬と額の聖痣に触れたモナルカの指先を、戦塵にまみれた薄汚れた手で丁寧に包んだ。
「明けない夜はないって言ったな。そいつは結構だが、逆に言えば沈まない昼もねえさ」。
「……」
「ありがとな。やるだけやってやるさ。それに──俺にとっての大切は、友達に……お前にまた会えるか、だ」
爽やかに笑う祐一に、モナルカは顔を伏せた。
「……また会えるか? モナルカ」
静かな動作で身を傾ぎ、祐一の子供の頃より遥かに厚くなり凹凸の増した胸板へモナルカは頬を
「私は過去です。すでに死に絶えた身。記憶の亡霊。幽霊は後ろにしか立ちません……ゆえにあなたの"前"にもう現れることはありません」
「そっか」
「……しかしながら、あなたが絶対を超え、私しか知らない不可知に至り、然るべき場所へ辿りついたのなら──必ず」
「分かった。じゃ、また会おうぜ」
祐一は振り返らなかった。
「やはり、つれない人」
感情の揺らぎなくポツリと呟いた。
「女にお甘い草薙王を見習えとは言いませんが」
去りゆく男を、乙女はその影形がなくなるまで見送り……その後もずっと直立し佇んだままだった。
過去が常に不動なのと同じく。
「私もその時を心待ちにしています。聖なる暗黒の旅路をゆく王。どうか幸多からんことを……」
──唐突だが、世界はひとつだけではない。
祐一が神を弑逆した世界と、今いる世界が違うように、世界はいくつもある。
いわゆる"平行世界"と呼ばれる多様な世界が、大樹から枝葉を伸ばすようにほうぼうに広がり、十人十色に景色を変える。
そして平行世界には決まって管理人がいる。
人類が一人一人、《運命神》から与えられた使命を真っ当させるために恙無く運行するための管理人がいる。
例えば今祐一のいる世界なら、《時の番人》がそれになる。幽世の特異点『プルタルコスの館』で日々修正に追われる《時の番人》と呼ばれる老人。
ならば。
祐一の世界にも管理人はいる。
「嗚呼。……たった一人の、我が──」
「──タフマスプ」
特異点『
億千万の知識。知らぬものなし。真なる全知の乙女は、流浪の道へと去りゆく少年の足音を聴きながらほろ苦く笑った。
原作世界の管理人には《時の番人》プルタルコスがいますが、では祐一の世界の番人は?
そのアンサーが《記憶の番人》モナルカです。キュアっと解決!