ごつごつとした岩肌の目立つ洞窟。入り口から差し込む光に照らされ、二人のフレンズが対峙していた。
「なんでそんなこと言うのっ!」
そのうちの一人、サーバルが声を荒げる。普段の温厚な彼女とはちがって声には明らかな怒気がこめられており、獲物に飛びかかる直前のように姿勢が低くなっていた。
「さっきからかばんちゃんのこと悪く言ってばっかり! かばんちゃんのこと何にも知らないくせに、悪口言うのやめてよ、ゴジラ!」
「……」
「さ、サーバルちゃん……」
怒声を向けられる当人の、真っ黒なフレンズ――ゴジラは無言でサーバルをねめつける。サーバルの怒りに対抗してか目つきは恐ろしく鋭く、うなじから長い尻尾にかけて生える背びれは青白く発光し、その熱で体の周囲に陽炎が立ち上っている。
そんな二人の間に立つ元・ヒトのフレンズ、かばんはオロオロするばかりだ。帽子の下の目は二人の間を行ったり来たり、名前の由来であるかばんの背負紐をぎゅっとにぎりしめる。
フレンズ同士がここまで深刻に対立するのを見るのも、大切な友達であるサーバルが本気で怒ったのを見るのも初めてだった。さらに争いの原因が自分であることも、かばんの当惑に拍車をかけている。
かばんが動揺している間に対立の空気は強まり、さながら縄張り争いをする野生動物のような雰囲気がただよう。ここにゴジラvsフレンズの決戦の火蓋が切られようとしていた。
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さかのぼること数時間前。
キョウシュウチホーでの冒険を終え、かばんとサーバル、波乱の後リストバンドへと姿を変えたラッキービーストのボスは、ジャパリバスを改造した水上型ジャパリバスで一路ゴコクチホーを目指していた。フレンズたちが積み込んでくれた大量のジャパリまんを食べ、道中で海のフレンズと出会い、別れたりしつつ少しずつ航海を進めていった。
「あっ、かばんちゃん、島が見えてきたよ! あそこ!」
「ホントだね。さっきのフレンズさんが言ってたのはあそこかな?」
「きっとそうだよ! 温泉みたいに湯気が出てるもん!」
『カバン、コノアタリハ遠浅ニナッテイルカラ、座礁シナイヨウ気ヲツケテネ』
そんな旅の道中、海のフレンズから気になる島の話を聞く。曰く、なぜかその島のあたりの海水はとても熱く、海のフレンズたちが近づけない。空から近付こうにも、島から無数の光の柱が放たれることがあって、鳥のフレンズも避けている。そのためどんな島なのか、どんなフレンズが住んでいるのか誰も分からないけれど、島の名前だけは大昔から伝わっていて、オオドシマと呼ばれているらしい。
興味を示したサーバルがすぐさま寄り道を提案し、かばんも賛成した。危ないところには近づきたくないのがかばんの本音だったが、いろいろなことを一緒に乗り越えてきたサーバルとボスがいれば、多少の苦労はどうにかなると考えてのことだ。それに水温が高いだけなら水上を走るジャパリバスには関係ないし、空に伸びる光の柱がまさか横に伸びてきたりはしないはず。
「ザショウ? ってなんですか?」
『水深ガ浅イカラ、海ノ底ノ地面ニブツカラナイヨウ注意シテ』
「はい、わかりました」
「かばんちゃん今ので分かったの? すっごーい!」
かばんは照れ笑いを浮かべながら、遠くに見える島に目を凝らす。島の周囲にはゆきやまちほーの温泉のような湯気が立ち込めているが、そこに浮かび上がる島の影はさほど大きくない。
「どんなフレンズさんが住んでるのかな」
「きっと温泉が好きなフレンズだよ! カピバラみたいな子じゃないかな?」
「もしそうだったら、また温泉に入りたいね」
『カバン』
ボスがかばんとサーバルに割り込むように名を呼んだ。フレンズへの干渉を極力避けるボスにしては珍しい。かばんは手首のボスに視線を落とす。
『コノアタリニ海底火山ハナイカラ、海水ガ自然ニ煮立ツコトハアリエナイヨ。何カ、ヘンダヨ』
「何か、ってたとえば……?」
「……ケンサクチュウ、ケンサクチュウ」
「またー!?」
相変わらずなボスの様子に声を揃えたかばんとサーバルは、顔を見合わせて笑った。和やかなままバスが進み、やがて島を囲む水蒸気の中へ入る。中は見た目の通り蒸し暑かったが、さばんなちほーとじゃんぐるちほーで暑さに慣れた二人にはへっちゃらだった。
サーバルは窓から身を乗り出し、熱い海水に手を付ける。
「湯加減はどうかなー? ……あっつーい!」
「だ、大丈夫!? サーバルちゃん!」
『水温ハオソラク八十度以上ダヨ。温泉ヨリハルカニ熱イカラ、注意シテネ』
「もうちょっと早く言ってよ!」
指先にフーフーと息を吹きかけるサーバルは涙目だった。
その後は一転、車内に静けさが満ちた。しかし気まずい空気はなく、むしろ未知への期待感に満ちていた。水蒸気の中の島影が徐々に大きく、はっきりしていくのを前に、かばんとサーバルはワクワク感を抑えきれない。
最初に見えたのは白い砂浜だった。その向こうではごつごつした岩壁が島をぐるりと囲っていて、奥に林の緑が見える。
「おおー!」
いささか殺風景な場所だったが、二人にとっては出発してから初めての陸地である。どちらともなく声があがった。
かばんはボスのガイドに従い接岸地点に向けて針路をとり――その時、視界の隅で何かが光った。
「あれ? サーバルちゃん、今の見えた?」
「え? なんのこと――うわぁ!?」
次の瞬間、船が上下に大きく揺れる。車外に投げ出されそうになったかばんを、どうにかサーバルがつかんで引き戻した。水温は八十度以上、水没すれば大やけどは避けられない。間一髪だった。
目を白黒させているうちに事態は急転する。バスの正面の水面から巨大な黒い何かが飛び出す。
「何これ何これー!?」
「大きな……尻尾?」
水面から飛び出した尻尾は、その分だけでバスの高さを越えていた。かばんがじゃんぐるちほーで出会ったフォッサの尻尾とは比較にならない長大な逸品に、かばんは大きく目を見開く。
そうして気を取られていたせいか、かばんはすっかり油断していた。
海面から飛び出た巨大な尻尾は静止しているわけではない。ゆっくりと自重に従い、海面に落下している。大きな物体が水面に落ちれば、サイズに比例して大きな波と衝撃が発生するのは自明の理である。
『カバン、何カニ掴マッテ――』
ボスの警告も間に合わず、大揺れする船内でもみくちゃになったかばんとサーバルは、仲良くお互いの額をゴチンと打ち付けあって昏倒。かばんが意識を失う間際に見たものは、尻尾の沈んでいった海面が青白く光る不思議な光景だった。
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潮騒の音でかばんは意識を取り戻す。背中の感触からすると砂の上に仰向けになっているらしい。誰かが膝を貸してくれているのか、頭は柔らかいものに支えられている。サーバルちゃんは大丈夫かな、バスは転覆してないかな、と様々に考えるかばんだったが、目を開くことだけはできなかった。
とてつもなく大きく、恐ろしい何かが目の前にいる。自分を覗き込んでいる。根拠のない本能的な恐怖心が、かばんをたぬき寝入りさせていた。
「かばんちゃん、大丈夫かな?」
が、何よりも頼もしいサーバルの声が聞こえたことで、勇気をもって目を開けた。
最初に目についたのはカッと見開かれた一対の赤い瞳。瞳孔は完全に開ききり、瞬きを忘れたようにまぶたはぴくりともしない。表情は一切なく、ただただじっとかばんを見下ろしている。
「うわぁー!? たべないでくださーい!」
「……食べはしない」
飛び起きたかばんに返ってきた声は、低く、くぐもった獣の唸り声のような否定だった。
「あっ、やっと起きた! かばんちゃん大丈夫? どこか痛いところない?」
「だ、大丈夫。あ、あの、このフレンズさんは……?」
「この子はゴジラっていうの! 私たち、ゴジラが水浴び? をしてたのに巻き込まれたんだって! ね、ゴジラ!」
「……悪かった」
そう言って謝るゴジラ。真っ黒なパーカーとブーツを身にまとい、フードの部分には元の動物のものと思われる無数の牙が生えている。その服装からツチノコを連想したかばんだったが、パーカーの下から生えている長大な黒い尻尾はどんなフレンズのものよりも立派だ。きっと珍しい動物のフレンズさんなんだろう、と納得する。
謝っている間も完全に無表情でかばんから目をそらさないところは不気味だが、ヒザを貸してくれていたことから、かばんはすっかり気を許した。
サーバルとゴジラに倣い、地べたに正座して向き直る。
「いえ、はい。大丈夫です。僕はかばんっていいます。この島は、ゴジラさんのナワバリなんですか?」
「たぶんそう。私以外の動物を見たことはない」
「外にはいろんなフレンズがいっぱいいるよ! たまにはナワバリの外に行くのも楽しいと思うよ!」
「フレンズ?」
「フレンズっていうのは――」
この島で生まれたらしいゴジラは、フレンズのことやジャパリパークのことも知らないようだった。怖い見た目はともかく、何も知らずサーバルの説明を聞くゴジラの姿にかばんはかつての自分の姿を重ねて見ていた。
サンドスターとフレンズのことを聞き終えたゴジラは、しばし黙り込んだあと、カバンに目を向けた。
「君たちも何かのフレンズ?」
「私はサーバルキャットのサーバルだよ!」
「君は?」
「僕は……熱い!」
「大丈夫、かばんちゃん!?」
かばんがヒトのフレンズですと答えようとした直前、大きな波が岸に打ち付けた。熱いしぶきがかばんに飛ぶ。
同じようにしぶきを受けたゴジラだったが、平然とした様子で立ち上がった。
「場所を変えよう」
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ゴジラに案内された場所は、岩壁の間の洞穴だった。ここなら熱湯の波が打ち付けることはないし、雨風だって防げる。ただ、岩肌が硬くて地べたに正座するのは難しく、岩の凹凸を椅子代わりにそれぞれ座った。
すると、すぐ近くの壁をサーバルが指差す。
「何これー?」
「キノコ……?」
石灰質の石で岩肌に描き殴られたそれは、キノコのような何かの絵だった。暗がりに目を凝らすと、壁だけではなく地面や天井にもその絵がビッシリ隙間なく描かれているのが見えた。一見キノコのようだが縁の部分が雲のように泡立っていて、まるでキノコの雲のようだ。
かばんはなぜかその絵から目をそらしたい衝動に駆られる。しかしいくら目をそらそうにもあらゆる場所に執拗に描かれたキノコ雲からは逃れられず、言いようのない居心地の悪さを感じた。
「さあ。でも、描きたくなった。忘れちゃいけない気がした」
「そうなんだ! きっとお絵かきが好きな動物だったんだね!」
「そうかもしれない。よく覚えてない」
「覚えてない? そんなときは図書館に行ったら分かるよ! かばんちゃんも図書館で教えてもらったんだ。ね、かばんちゃん!」
「う、うん。でもここからだと少し遠いね」
その時、かばんは手首のボスが目についた。ボスはじゃんぐるちほーを通る際、オセロットやマレーバクなど、そのちほーに住む動物のことを解説していた。もしかするとゴジラのことも知っているかもしれない。
「ラッキーさん、ゴジラさんのこと、教えてくれませんか?」
『……』
奇妙な沈黙の後、ボスから電子的なノイズが響く。かばんとサーバルは目を丸くした。こんな反応は今まで見たことがない。分からないことがあるとケンサクチュウになるのがおなじみだったのに。
『ゴジラハトッテモ危険ダヨ』
「えっ?」
黙った末の返答はあまりにも端的な言い方だった。意味を飲み込むよりも早くボスが続ける。
『特ニカバンハ、今スグココを離レルベキダヨ』
「どういうことですか……?」
「ねえ」
そこで唐突にゴジラが割り込んだ。
「さっきからずっと気になってた。あなたもしかして――ヒト?」
「そうだよ! かばんちゃんはヒトのフレンズなんだ! これも図書館で教えてもらったんだよ! ゴジラも――」
サーバルが答えた瞬間、洞穴内は青白い閃光に包まれた。
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とっさに目を覆ったかばんが恐る恐る目を開くと、そこには背びれを青白く発光させているゴジラと、のたうち回るサーバルの姿があった。
「うぎゃー! 目が、目がー!」
「サーバルちゃん!」
どうやら背びれの急速な発光を直接見てしまったらしい。ひとしきり転がりまわった彼女は、「もう、何なのー?」と目をこすりながら起き上がった。相変わらずタフな友達の様子にほっと胸をなでおろすかばん。
「私はヒトが大嫌い」
しかしゴジラの方に目を向けた途端、体がすくんで動けなくなってしまった。終始無表情だったゴジラの顔は抑えきれない憤怒と憎悪で歪んでいる。背びれの光はとどまるところを知らず、太陽が落ちてきたようだ。
「自分勝手で恥知らず。他の動物なんて知ったことじゃない。間違いだらけのくせに、間違いを絶対認めない。関係のない動物に間違いをなすりつけて、知らんぷりしようとする。あげく、その動物を暴力で殺す。どんな動物よりも愚か」
言葉に込められた実感から、ゴジラは動物だったころの記憶のことを言っているとかばんは直感した。きっと動物だったときヒトに酷いことをされたのだろう。何も言い返せずうつむくかばん。
「そんなことないよ!」
代わりに反論したのはサーバルだった。
「かばんちゃんはすっごいんだよ! いっつも楽しいこと思いついたり、作ったりするの! 他のヒトだってきっとそうだよ!」
「楽しい? 他の動物の寝床を炎で焼くことが? ナワバリを得体のしれない何かで汚すことが? その責任を動物に押し付けて知らんぷりすることが、楽しい?」
「違うよ! そのヒトたちは酷いけど、酷いヒトばかりじゃないってこと! かばんちゃんは絶対酷いことしないもん!」
「嘘。ヒトなんてみんな同じ。そこのかばんも、今に酷いことを考えつく」
「なんでそんなこと言うのっ!」
ひときわ大きな怒声が響く。
「さっきからかばんちゃんのこと悪く言ってばっかり! かばんちゃんのこと何も知らないくせに、悪口言うのやめてよ!」
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張り詰めた沈黙と青白い光に満ちた洞穴で、ゴジラはぽつりとつぶやいた。
「何も知らない? 私は知ってる。誰よりも、ヒトよりも」
「えっ、ゴジラ!?」
「ゴジラさん!?」
ゴジラの体がぐらりと揺れる。崩れ落ちたゴジラにあわてて駆け寄るかばんとサーバル。ゴジラの体に触れた二人は、異様に体温が高くなっていることがわかった。
ゴジラの背びれはなおも発光を続けており、いっこうに光が弱まらない。むしろ強くなっている。
異変はそれだけに留まらず、フレンズにとっての毛皮である衣服に変化が生じていて、黒いパーカーに赤黒い亀裂のような模様が現れていた。
『熱暴走ダヨ』
ボスの無機質な声が響く。
『ゴジラノ体内原子炉ガ制御不能ニナッテイルンダ。フレンズ化ニ伴ッテ冷却機構ニ不備が生ジタヨウダネ』
「ボス、何言ってるの!?」
「よくわからないけど、熱いならとにかく冷やせばいいはず……! サーバルちゃん、そっち持って!」
かばんとサーバルは自前の手袋の毛皮越しにすさまじいゴジラの熱量を感じた。このままではほんの数秒たらずで手袋が溶解し、素肌を焼く。獣の本能で危機を察知したサーバルは、フレンズ特有の怪力によりゴジラを洞穴から海へ投げ飛ばした。
「えーい!」
湯立つ海水にゴジラが着水。大きな水柱と水蒸気があがった。かばんとサーバルは岸辺で様子を見守る。
「ラッキーさん、どうですか!?」
『ゴジラノ体温、下ガラズ。コノママダト、メルトダウンヲ起コシテ死ニ至ルヨ』
「ええー!? どうしよどうしよー!?」
『水温ノ異常ハ、ゴジラノ排熱ガ原因ダッタミタイダネ』
ゴジラのエネルギーは生体原子炉によって賄われている。フレンズ化に伴い、サンドスターによる除染機能という異物ができたため出力は下がったものの、元は十万トン近い巨体を動かし、衛星軌道上はおろかはるかかなたの小惑星さえ狙撃できる莫大なエネルギーだ。小さなフレンズの体には到底収まらず、過剰なエネルギーは熱となりゴジラをむしばんでいる。
冷却機構の不全も深刻だ。血流による循環冷却機構は血液量の減少で機能が落ち、背びれによる放熱も表面積が狭くなったことで気休め程度にしかならなくなった。今のゴジラにできるのは、島の周囲の海水を熱湯に変えることだけである。かばんたちが来るまでは発作のように熱暴走が起こるだけですんでいたが、天敵にして宿敵のヒトと出会ったことで条件反射的に稼働率が跳ね上がってしまった。
「どうしてあなたたちが慌てる?」
水蒸気の中からゴジラが声をあげた。水が次々に蒸発していく音がうるさい中でも、唸り声のような低い音は不思議とよく響く。
「ヒトはいつだって私を殺そうとした。私がヒトの過ちそのものだから、暴力でなかったことにしようとした。私が死ぬことは、あなたたちにとって嬉しいことのはず」
「こんなときに何言って――かばんちゃん?」
大慌てのサーバルを手で制し、かばんが一歩前に出る。その顔からは怯えも焦りもすっかり消え、じっと水蒸気の先を見据えていた。
ゴジラの言うことの意味はかばんでも十全に理解できない。それでもヒトとして自分がやらなければならないことはしっかり把握できた。
「ゴジラさん。ゴジラさんが動物だったとき、何があったのかは知りません。僕と同じヒトが酷いことをしたかもしれません。でも僕は――ゴジラさんに生きてほしい」
「……なぜ? 私は、ヒトが、嫌い、なのに」
膨大な熱に体を内側から焼かれる苦痛に苛まれ、ゴジラの声は途切れ途切れになっていた。聞いている方が苦しいゴジラの声を聞き、かばんの覚悟はより強固となる。
「見るからにダメで、なんで生まれたのかも分からなかった僕を、フレンズさんたちはたくさん助けてくれた。だから僕も困ってるフレンズさんを助けたい。大好きなフレンズさんたちと同じように――」
したい、と結ぶ。
水蒸気の中から返事はなかったが、待っている時間はない。かばんは踵を返し、ジャパリバスへと駆け出した。
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オオドシマ沖合十五キロ地点、海上。ジャパリバスに乗ったかばん一行は、海面から顔を出す海のフレンズと真剣に意見を交わし合う。
「分かりました〜。他の子たちには私から声をかけておきますね〜」
「はい。大変でしょうけど、お願いします」
「うふふ、同じフレンズのピンチですもの〜。お母さん張り切っちゃいますよ〜」
意見交換が一段落すると、海のフレンズは海中へ潜り猛スピードで泳ぎ去っていった。かばんが立案した第一次ゴジラ鎮圧作戦の第一段階、海のフレンズさんとの打ち合わせはこれで完了である。
かばんたちはすぐさま第二段階、ゴジラの誘導に取り掛かる。日没をめどにゴジラを合流地点まで誘導するのがかばんたちの役割だ。
ゴジラの体温は依然高いままのようで、オオドシマは濃い霧のような水蒸気に覆われていた。遠目には海上に落ちてきた雲のように見える。ジャパリバスは真っ白な雲の中を、ゴジラの背びれの光を目標にまっすぐ進んでいく。
「ゴジラさん! 聞こえますか!」
「……どうして戻ってきた?」
「今からゴジラさんを海の深いところまで案内します! そこに行けば、今よりずっと体が冷えるはずです!」
「案内は任せて!」
かばんはキョウシュウチホーを発ってから毎日、ボスに海の情報を教わってきた。魚の釣り方、方角の見方、魚の種類、潮の流れなど。その中には水温と水深の関係、つまり海は深ければ深いところほど水が冷たいことも含まれている。オオドシマ周辺のような浅い海よりも、深い海の底で体を冷やしたほうがいい。ボスによるとゴジラは動物のころ海を自在に泳げたというから、潜れないわけはないだろう。
そう判断した上での作戦だったが、水蒸気の向こうから「ダメ!」と拒絶が返ってくる。
「私が外に出れば、海が荒れる。この島の周りみたいに、生き物がみんな死ぬ」
「やっぱり……だから今まで一人で……」
が、かばんにとっては想定済みのことだった。もともと海に住んでいて、泳ぐことのできるゴジラがどうして深海に潜らず一つの場所にとどまり続けたのか。おそらく熱が他の生物に与える影響を知っているから、とかばんは予想した。
「大丈夫です! 生き物がいない道を準備しました!」
「そんな道があるわけ――」
「海のフレンズさんに頼んで道を開けてもらったんです! 僕のことは信じられなくても、他のフレンズさんたちは信じてください!」
霧の向こうでゴジラが絶句したのがわかった。
生物の宝庫と呼ばれる海といっても、そこらじゅうに生き物が満ちているわけではない。潮の流れや水温の関係で生き物の寄り付かない場所、少ない場所がある。海のフレンズがその場所から生き物たちを追い立て、ゴジラの熱で海水が沸騰しても大丈夫なよう深海への道を用意し、それがすみ次第かばんたちからゴジラの誘導を引き継ぐ。これがゴジラ鎮圧作戦の全容である。
「なぜ、そこまで」
「理由はもう言いました」
「……」
「行こう、ゴジラ!」
青く光る背びれのシルエットがゆっくりと蛇行し、ジャパリバスの後ろにつく。かばんとサーバルは顔を見合わせ、海のフレンズとの合流地点へと急ぐのだった。
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ゴジラを深海へ誘導してからまる一日。
オオドシマの沖合にプカプカ浮かぶジャパリバスの上で、かばんはぼうっと海面を見つめていた。真っ暗な海の中には何も見通せない。
「ゴジラさん、大丈夫かな……」
「大丈夫だよ! かばんちゃんが考えたことだもん!」
自信満々なサーバルとは対照的に、かばんはいまいち自信が持てなかった。もともと楽観的な性格ではないし、ゴジラも海のフレンズも誰一人顔を見せないのが不安をかきたてている。道中でなにかあったんじゃないか、もっといい考えがあったんじゃないか――
嫌な考えが頭によぎり始めたその時、かばんが見つめていた海面がにゅっとふくらんだ。
「ただいま〜」
「うわぁー!? た、たうぇ」
「あ、お母さん」
海面から顔を出したのはサーバルのお母さん――ではなく、母性あふれる海のフレンズ、シロナガスクジラだった。合流後のゴジラの誘導だけではなく、他のフレンズへの伝達や避難誘導など、様々な役割を買って出てくれた今回の功労者だ。
「私だけじゃないですよ〜」
作戦の成否を聞くよりも早く、協力してくれた海のフレンズたちが次々と海面に現れる。フレンズたちは一度かばんたちに手を振ると、笑顔で同じ方向を指さした。表情はみんな一様に期待感でいっぱいだ。
「ゴジラさんから、お礼と門出です〜」
かばんたちがそちらへ顔を向ける。
瞬間、遠方の海面から光の柱があがった。根本の海面には爆発的な水蒸気が発生し、光の柱は螺旋に巻かれるように天へ突き抜けていく。その海域だけが一時的な夜明けを迎えていた。
「うわぁ……」
「すっごーい! きれー!」
『ゴジラノ排熱ダネ。ゴジラハ余剰ナエネルギーヲビーム状ニ射出デキルンダ。アノ規模ナラ、体温モ通常ニ戻ッテイルヨ』
地上で打てば衝撃波と熱波で周辺被害は避けられないが、海水という緩衝材が大量にある深海なら問題ない。
放射熱線からは虹色のサンドスターがキラキラと舞い落ちていて、海に降り注ぐ様はたしかに祝いの紙吹雪のようだった。それを契機にフレンズたちが歓声をあげて作戦の成功を祝う。
「あの、クジラさん。ゴジラさんは……」
「ごめんなさいね〜。ちゃんとお礼を言うよういったんですけど頑固で。代わりに伝言を預かってますよ〜」
礼は言わない。でも誰かにいじめられたら言って。力になる。
「もう、ゴジラは恥ずかしがりだなー」
「ふふ、そうだね、サーバルちゃん」
邪険にした相手に面と向かってお礼を言うのはなんだか気まずい。そんな心情を察したかばんとサーバルは小さく笑う。
「またゴジラさんが熱くなったら任せてくださいね〜。私たち、涼しいところをたくさん知ってますから」
「はい。そのときはお願いします」
かばんのゴジラ鎮圧作戦は今回を第一次とし、かばん一行が去ったあとも海のフレンズたちによって第二次、第三次と続いていく。誰も近づかない島に一人閉じこもり、高熱の苦痛に寂しく耐える必要はない。
フレンズたちの歓声が海上に響く。夜の明るい海に雪のようなサンドスターがきらめき、かばんたちを優しく照らす。フレンズ化したゴジラとヒトの対立は、こうして幕を閉じたのだった。