投稿間に合わなかった…。
リア充以外外に出るのが許されない日の前日。
つまりはクリスマスイブイブの日だった。
たこ焼きを食べよう。
そう前々から心に決めていた日でもあった。
きっかけは某人気ソシャゲで無料で有名たこ焼き店で特製たこ焼きがもらえるというイベントが最近あったことだった。
幸い通学定期間に支店があり、終業式の日に交換しに行こうとイベントを全力で回し間に合わせた。
しかし終業式の日に行ったらいつの間にか潰れていたのだ。
許すまじ。
幸運なことにも通っている塾の最寄りにも支店があることがわかり、来たる23日に実行しようと決めたのだった。
交換するタイミングは1時間。
通っている塾の講習が何故か別々の校舎で行われるせいだ。そのせいで二つの講習の空き時間で電車に乗り、支店に寄ってからたこ焼きを食べなければならない。支店があるのは二つ目の講習が行われる校舎の最寄り。
流石に1時間あれば余裕だと、事前に場所も確認して準備万端なんでもこいと意気込んでいた。
そう、この時までは。
STEP1 悪意のある電車
これは貰ったと早足で講習の終わった塾を後に駅を目指していた。ああ、早くたこ焼きが食べたい。ソースの匂いが感じられるようだった。
時々家でいつかのクリスマスに買ったたこ焼き製造機で自作して食べているものの、本業が作ったたこ焼きなどしばらく食べていない。さらには特製ソースがあるとか。
期待に胸が膨らむばかりだった。
しかし、そんなウキウキした考えも一致に冷え込んだ。
電光掲示板に示されているのは電車の遅延情報。無意識に舌打ちをしてしまう。幸いなことにも遅延は3分だけだった。
ホームに立ちながらイライラして前者を待つ。またもや無意識に足が揺れてるのに気づいた。貧乏ゆすりはイライラしている時によく出る癖だった。
やっとこさ電車がホームに着き、車内に体を滑り込ませる。ドアの近くにある手すりに体を預けてスマホを取り出した。と、同時に電車が発車する。
ゲーム画面を開きURLを押してキャンペーンホームページに飛ぶ。そして対象店舗に目的の支店が入っていることを何度も確認する。
ここまで来て食べられなかったじゃ済まない。いや、済ませない。前日に下見までして万一金を要求されても出せるように千円札も握りしめてきた。
こんなことで諦めるわけにはいかない。
STEP2 クリスマスイブイブの恐怖
支店の最寄駅に着いた。
『何か』が目に入る。
はやる気持ちを落ち着かせて改札を通る。支店は西口、塾は東口だ。迷わずに西口から外へ出る。階段を降り左に曲がる。
また『何か』が目に入る。
そこから少し歩くと商店街らしき通りに着いた。
すごい数の『何か』があった。
それは『カップル』だった。
リア充とも読んでいい。まだ出来立てホヤホヤであろう『カップル』だったり、もう付き合い慣れているのか腕を組んでいる『カップル』だったり、おそらく夫婦で来ているのだろう熟年の『カップル』が跋扈していた。
別にカップルに対して忌避感があるわけでは決していないが、2対1というのは既に数的に不利なのだ。喧嘩になっても2人分の拳がある。口論になっても2人分の口撃がある。はい二人組作れーと言われても既に出来上がっている。
いつの時代にも少数派は不利なのだ。
そうは言っても、同じく1人至上主義である友人のようにリア充即爆破しろという思想は持ち合わせていない。
むしろ親友の1人が同級生と付き合っていると聞いて凄い嬉しい気持ちになった。こんな身近に幸せは存在していたのかと。その時に握りしめていた拳は決して、どす黒い感情ではなく色彩鮮やかな黄色やピンクの祝福の気持ちを表していたはずだ。
最近になって上手くいかなくなって別れそうだという話を親友から聞いてひどく悲しい気持ちにもなった。辛いことがあったらいつでも電話してこいと元気付けたりもした。電話来なかったけど。
しかし、だ。だがしかし、こんなにも沢山の年齢層のカップルに囲まれて何も思わない無感情な思春期高校生など存在するのだろうか。リア充を除く。
左を向けばカップル。右を向いてもカップル。脇の寂れた小道には草臥れた様子の年配のおじさんが1人帰っていくのを見る。それも少し歩けばクリスマス仕様のチキンを売っているサンタコスの売り子さんがいて。
自分には小道を1人歩くおじさんと自分の姿が重なって見えて仕方がない。ほら、少し歩けば自分と同年代か少し下かのカップルが見える。
どす黒い嫉妬より寂しいロシアンブルーの色が心を染めたまま支店にやっと着いた。
STEP3 思わぬ落とし穴
さっき開いたキャンペーンホームページを再び起動してシリアルコードを入力する。こうして出てきた新たなページを店員さんに見せて交換してくれるようだ。
見せるとご利用ありがとうございますと言われた。ATMかって。
鰹節とネギを入れるかどうか聞かれた。お願いしますと答える。たこ焼きに鰹節は王道だが、ネギは初めて聞いた。しかし入れない理由もない。ネギは大好物だ。
普通のマヨネーズとからしマヨネーズどっちがいいかとも聞かれた。からしマヨネーズの方が通な気がしたし、変わった味を楽しみたいとも思ったのでからしマヨネーズにした。
最後に箸は一膳かと聞かれた。
どういう意図でこの質問をしているのだろうか。この後連れと合流するとか思っているのだろうか。
もちろん店員の事務的な質問の一つでしかないことは重々承知していた。ただの邪推であったはずなのだが、その質問に答えることが未来の自分の姿を暗示しているようだった。
口に出すのが癪だったので、人差し指を立てるだけに留めておいた。これでまた聞かれたら赤面ものだとか思っていたがそんなことはなかった。
ホッとしながら冷たい指先でビニール袋に入ったたこ焼きを受け取る。有難うございました、というお礼を背に受けて歩き出した。
同時にふと思った。
どこで食べるんだこれ?
STEP4 1人彷徨う、
いつか忘れてしまったがこの店を前に見た時にはイートインスペースがあったはずだ。
しかしここの店にはそのような気の利いた場所など存在しないようだった。支店の顔も知らない店長に恨みを募らす。なんでボッチに親切な設計にしなかったのかと。
そして思い立った。この世はボッチのためには作られていないのだと。カップルがいたからこそ好きという感情が生まれ、愛に発展して、子孫が繁栄するのだ。ボッチだけでは人間はここまで来れなかったと。
さっき見たおじさんももしかしたら家に帰れば暖かい家庭が鍋でも作って、風呂を沸かして、玄関でお帰りなさいの三択を迫っているのかもしれない。
すると急に世界とはいかなくてもこの商店街でボッチなのは自分1人な気がしてきた。
少し歩くと丸い机を囲むかのように椅子が二つ置いてあった。椅子でさえもカップルを歓迎しているようだ。
そして我が物顔でさも当たり前の世界の摂理であるかのように高校生のカップルが居座っていた。
そんなカップルを見るとまた悲しくなってきた。
コートを羽織り、片手をポッケに入れもう片方にたこ焼きをぶら下げている自分が酷く惨めだった。
さらに商店街を歩くとやっと駅に出た。しかし依然として食べる場所は見つからない。なんだってこの駅はベンチやら椅子やらが少ないのか。そういえばベンチがホームに設置されていたはずだ。最悪入場代だけ払ってそこのベンチで食べよう。
最終手段を頭の片隅に置きつつ東口に出る。相変わらず食べる場所は見つからない。なんともなしにたこ焼きの入ったビニールの底に手を当てるとまだ暖かかった。どうやら焼いてからそこまで経っていないらしい。
時間で思い出し、慌ててスマホの時間を見る。講座が始まるまであと20分だった。20分で食べる場所を見つけ、食べ、ゴミを捨て、塾に着く。少し時間が詰まっている。
幸いにして塾まで駅から5分ほどだ。歩きながら食べる場所を探すことにした。
いつも歩く場所には食べる場所がないのは分かりきっていたので、マップを表示させたスマホを片手に行ったことのない道を歩く。人目のある場所で1人食べているところを晒すなんて言語道断。暗い場所へ場所へと歩いていく。
ベストは公園。ベンチがあるのは確実だからだ。ベンチがない公園など見たくもない。
次点でそこら辺のベンチ。まあ耐えられる。
最悪の場合は駐車場の
茜色の空がだんだん深みがかってきた頃、右手に見える駐車場の奥に欲していたある一部が見えた。
それは滑り台だった。
勝った、と今までの焦りや悲観は何処へやら。余裕を持った歩みで駐車場の角を曲がると、見えた。
見えたくなかった『保育園』の看板が。
STEP5 サンタさえも牙を剥く
いいや、これは自分のミスだ。決してこんな僻地に保育園が建っているのが悪いわけではない。こんな人気の無いところに園児が来るのかとか思ってはいけない。ぬか喜びしていたのは他でも無い自分自身なのだから。
自然と鋭くなる保育園への視線をそのままに焦りがさっきにも増している。残りは16分。そしてもうそろそろ塾がある大通りに出てしまう。ビニールを掴んでいる手に汗が滲む。
なんだってクリスマスイブイブに1人たこ焼きを抱えながら誰もいない場所を探しているのかを思うと、どうしようもなく悲しくなった。
涙腺が刺激され僅かに視界が滲んだ。
この時、突然天啓が下った。
塾の道路を挟んだ向かいにラーメン屋があるのを思い出したのだ。そこはお世辞にも儲かっているとは言い難い店で人通りが無い。そしてラーメン屋の側の通りは街灯も少なく夜だと殆ど真っ暗なのだ。
そこで今日の晩飯にしようと思った。
大通りに出て一旦塾を通り過ぎる。そして歩道橋を渡っているとそこで妙案を思いついた。食べながら歩けばそこまで視線を集めないのでは無いかと。ただでさえ人気の少ない中を歩きながら食べることにより隠密性を高めることができるのだ。
そしてこの歩道橋は人が殆ど通らない。何故なら下に横断歩道があるからだ。わざわざ上下移動を追加しようと希望する奇人など自分1人で充分なはず。ビニールの輪っかから腕を外す。
しかしそこで止めた。僅かだが車の騒音に混じって上がってくる音がする。急いで腕を通し直して歩き出す。向かいにはニット帽を被った男が上がり終わったのが見えた。
心臓の鼓動を抑えながらゆっくりとすれ違う。
危なかった。ここでマヨネーズをかけているところなんか見られたら、歩道橋から身を乗り出しかねない。こんな一本道で知らない人と気まずい雰囲気になるところだった。
やはり暗い所で1人で食べようと歩みを進めた。
暗い小道を曲がると住宅街に出た。この時間だと夕食の準備をしているのだろう、思った通り人通りが無い。
と思ったら近くのビルから会社員が出てきた。こちらに一瞥も向けることなく前を歩いていく。これでは食べるものも食べられないでは無いか。なんかの拍子に後ろを向いたら高校生が道端に屈んでたこ焼きにソースをかけている図なんて地獄絵図でしかない。
十字路が近づく。
これ以上塾から離れるわけにはいかないので右折するしかない。まさかこの人右に曲がらないだろうな。いや、大丈夫に決まっている。確率は三分の一。きあいだまと同じくらい高いのだ。
やっぱり右に曲がった。そういえばあれ結構当たらなかったな。
背後から恨みのこもった視線を当てる。するとその甲斐があったのか近くの駐輪場に入っていった。
祈りは力なり。
ようやくたこ焼きを開ける場所探しを再開する。
すると丁度いい駐車場を見つけた。街灯が近くに一本しかなく、座れる高さの縁がある。
ここにしようと縁にビニールから出したたこ焼きを置いて包みを開けようとした時だった。
バイクの音と共に一筋の青白いヘッドライトが近づいてくる。急いでビニール袋にたこ焼きを入れ直して歩き出す。
バイクとすれ違う時に見えたのは、クリスマス仕様の出前用荷台だった。俺が何をしたっていうんだ。どこまで邪魔をしてくるんだ。
荒ぶる心を落ち着かせてたこ焼きをビニールから出すと、慌てて入れた際で傾いて寄ってしまっていた。
クリスマスはとことん俺が嫌いらしい。
エピローグ (今日の)最後の晩餐
人通りが無いと信じていたのにバイクが通ったことですっかり萎縮してしまった。震える手で急いで包みを取った拍子に手にソースがついてしまった。品が悪いと思いながらもティッシュを出す余裕もないので舐めとってしまう。
程よい塩っけと酸味がいかに良いソースかを雄弁に語ってくれているようだ。その辺のブルドッグとはわけが違う。
最初にイベント特性というヤバーイソースというをかける。急いでかけてしまったせいか、かかる配分に偏りが出てしまった。
しかし時間は刻々と迫っている。次にからしマヨネーズをかけようとするが、袋が切れない。まさかここでマジックカットの罠が発動するとは思わなかった。
マジックカットにはたまに何処を切ろうとしても切れないという事があるのだ。
やっとこさ切れたと思ったら長辺ではない方がマジックカット仕様だった。どう考えたって長辺の方がいい気がするのだが。
またマヨネーズが偏ってしまった。
背負っていたリュックを近くにおろし、駐車場の縁に座る。
割り箸を割ると、変に割れてしまった。不幸は連鎖するのだと実感した。
しかしこの時間だけは随分前から待ち望んでいたものだ。たこ焼き屋のたこ焼き。素人が作った物とは別格なのだろう。
8個入りの中の一つを口に入れる。
外の生地はカリッとしていて、中にはトロッとした具が入っていて適度にあったかく美味しい。タコは噛むたびに旨味が溢れてきて飽きようがない。いつまでも噛んで要られそうだ。鰹節の匂いと風味が嗅覚をも楽しませてくれる。ネギのシャキシャキ感も邪魔をせず、かと言って孤立しているわけでもなく良く合っている。
うん、どう考えたってこれまで食べた中で一番美味しいたこ焼きだ。これはここまで待った甲斐がある。そう思わせてくれるたこ焼きだった。
次に特性ソースがたっぷりかかったたこ焼きを食べてみる。
やらかした。
瞬間的にそう思った。辛い。美味しい。辛い辛い。美味しい。辛い辛い辛い。
そう、このソースは美味しかった。美味しかったのだが、ここまで大量にかけられることを想定していなかったのだろう。からしマヨネーズとの相乗効果のせいでなおも辛い。ずっと辛い。
わさびやからし特有の鼻にくる刺激のせいで、さっきまで引っ込んでいた涙がまた溢れ出しそうだった。
塾もあるせいでそう時間もかけられないと、残りのたこ焼きもあまり噛まずに嚥下してしまった。
時間を見ると6分前。
ゴミを捨てる時間もなく。リュックに口を固く縛って入れておく。
そこまでして、少し虚しくなった。
何故かは分からない。
こんなにもたこ焼きは美味しかったのに。
涙で瞳をかすかに濡らしながら、
どうせクリスマスのせいだ、と思った。
そして歩道橋に向かって走り出すのだった。
これはフィクションです
これはフィクションなんです
誰がなんと言おうとフィクションです