ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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Frohe Weihnachten(フローエ・ヴァイナハテン)
Dies_iraeファンなら一度は使ってみたいセリフをやっと使えました。

そして、本日を持って無事に『ありふれた日常へ永劫破壊』が一周年を迎えました。

一年前は一章だけ準備してて、最悪それだけ公開できたらいいなという気持ちで始めた本作ですが、まさか一年で百話越えるとは思いませんでした。これも皆様の応援のおかげです。

さて、こういうことは普段控えているのですが、クリスマスに誕生日というめでたい日にくらいは言ってもいいですよね。


感想待ってます。そして感想でチヤホヤしてください(爆)


死を抱く少女

 愛子達は王宮の騎士に呼び出されて屋上に向かっていた。

 

 

 きっかけは突如、愛子のいる部屋まで息を切らしながら駆け付けた兵士が愛子達地球組に語り掛けたことだった。

 

「何かあったんですか。この非常時に屋外に出ろなんて……」

「申し訳ありません。実は行方不明になっていた生徒の一人が発見されました」

「!? 本当ですか!?」

 

 愛子は思わず大声で駆け付けてくれた兵士に向けて叫んでいた。それは愛子が長い間待っていた朗報。とはいえいきなり叫ぶのはどうかと思い直した愛子は恥ずかしそうにする。だがその兵士はその剣幕にもひるまず愛想よく笑い愛子を安心させた。

 

「はい、間違いありません。そしてその生徒が今すぐクラスメイト全員で集まってほしいと言っています。何でも旅の途中で見つけたある魔法を試してみたいと」

「それはどういう……それより誰が見つかったんですか?」

「ああ、申し訳ありません。思わず気が動転して伝え忘れました……中村恵里さんです」

 

 兵士が申し訳なさそうにしながらその名前を伝えるとクラスメイト達の顔に笑顔が灯りはじめた。ずっと行方不明だった頼れるクラスメイトが見つかったというのは、戦時中という緊迫した状況でも歓迎すべき朗報だった。

 

「それで中村さんは何を?」

「詳しくは何も聞けませんでした。何でも大迷宮とやらで発見した魔法を使いたいとだけ必死に言っていたので」

 

 それは何の魔法なのだろうか。戦争の真っただ中で、クラスメイトに使おうとしている魔法とはいったい何なのか。

 

 居残り組の頭の中にはある魔法の存在が浮かび上がってきていた。それは戦えなくなった生徒であり、この戦争を限界ギリギリの精神で保っていたからこそ出る逃避思考。

 

「まさか……地球に帰れる魔法を見つけたんじゃ……」

「きっとそうだよッ。中村さん、魔法の才能あったし」

「もしかして俺達、帰れるのか!」

 

 歓声が上がる居残り組。彼らはこの極限状態から解放されると思い込み、はやる気持ちを抑えられないようだった。

 

「みんな落ち着いて。そうとは限らないでしょ」

 

 浮足立っている面々を愛子の護衛として当然ついてきている優花が諫める。彼女の経験上、帰還する方法が簡単に見つかるとは思えなかったのだ。

 

「とりあえずまずは恵里ちゃんに会ってからだね」

「そうそう。今まで何やってたのか気になるしー」

 

 妙子と奈々も冷静に判断する。ここらは戦うことを選んだ生徒とそうでない生徒の差だろう。

 

 一方全く違う反応をしている者もいる。

 

(ねぇ、どう思うこれ?)

(どう思うも何も問題外だろ。罠だとしか思えないな)

 

 こっそり念話で話をしている永山パーティー所属のある二人組だ。

 

(こいつらはあいつの正体を知らないからこんなことが言えるんだ……だからと言って俺達に止めることはできない)

(罠だという根拠を示せないからね。帰れるかもしれないという希望に目が眩んでいる人たちには私達の声は届かないでしょう……いざという時は身体張ってもらうわよ)

(了解。あいつとは相性悪いけど。その時は必死に頑張るよ)

 

「私は任務に戻ります。ではお気をつけて」

 

 兵士の見送りを背に各々思いを乗せて今、屋上への扉が開く。

 

 

 王宮の屋上は王宮という場所の立場上、()()()()()()()()()ような作りになっている。国民に声を届ける時などは国王がここに立って演説することもあるくらいだ。だからこそ相応しいともいえる。

 

 そこに立っていたのは黒コートを着た少女。クラスメイトが間違えるわけもない。降霊術がまともに使えないと嘆いていても懸命に努力して最前線に立ち続けた勇気のある女の子。居残り組が羨望している人物の一人だ。

 

「久しぶりだね、みんな。……ごめんなさい。勝手にいなくなっちゃたりして」

 

 眼鏡が良く似合うその笑顔に愛子は安心して腰が抜けそうになる。

 

「一体、今までどこに行ってたんですか? みんな心配してたんですよ?」

「ちょっと私にしかできないことをやってただけだよ」

 

 愛子の言葉に申し訳なさそうに答える恵里に対して、我慢ができないとばかりに居残り組の一人が声をかける。

 

「なぁ、中村。もしかして、帰れる方法を見つけたとか?」

「なら早く帰りましょうよ。もうこんなとこ一生コリゴリだよ」

 

 そう勝手に愚痴る居残り組に対して笑顔を向ける恵里。

 

「そうだね。ならまずはあなた達から始めようか」

 

 そして恵里が彼らに対して手を伸ばす。ただそれだけの動作のはずだ。にもかかわらずその手に嫌な予感を感じる愛子。

 

 なぜなのだろう。なぜ、目の前の少女の笑顔が歪に見えてしまうのだろうか。

 

 ちょっと待って。その一言を言う前に……

 

 

 

 一発の銃声が響き渡る。

 

 愛子の頭上を通り抜けた一発の銃弾は恵里に向けてまっすぐ進み。その眉間を正確に撃ち抜いた。

 

「えっ?」

 

 倒れ、痙攣する恵里の身体。そして頭からは明らかに致死量の血液が流れ出していて……

 

「き、きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 戦いに対して免疫がない生徒達が悲鳴をあげてその場で座り込む。そしてその場に、中村恵里を狙撃した犯人である南雲ハジメが降り立った。

 

「南雲君……?」

 

 呆然と見ているしかない愛子はハジメに声をかけるが返事はない。ハジメは警戒しつつも恵里に近づき、さらにドンナーを連射した。

 

「な、南雲君!!」

 

 銃弾が撃ち込まれるたびに跳ねる恵里の身体。その後に残る光景はもはや血の海に沈んでいるとさえ言える悲惨なものだった。

 

「何を、何をしてるんですか!!?」

「先生ッ、危ないからちょっと下がってろ!!」

 

 叫ぶ愛子をそれよりさらに大きな声で黙らせるハジメ。見れば一切油断なく恵里の死体を観察している。

 

「あっさりしすぎだ。こいつに感じたプレッシャーはこんなものじゃなかったはず……俺じゃこれ以上判別できないな」

「南雲ぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 さらに状況は混沌としてくる。上空からドラゴンが飛来し、天之河光輝がハジメに向けて叫びながら飛び降りてきた。飛び降りた光輝は憤怒の形相をしながらハジメの胸倉を掴みかかってきた。

 

「何で!? 何で恵里を殺したんだ!! 何も殺す必要はなかっただろ!! 答えろぉ!! 答えによってはお前を……」

「はぁぁ……お前そのセリフをこいつに殺された奴の家族に言えるのかよ。とりあえず……黙ってろッ、動くなッ、邪魔をするなッ!」

「うぐ、フ────フ────ッッ」

 

 聖約で強制的に行動を封じられるも息が荒い。恵里が死んだと思って興奮しているらしい。ハジメはとりあえず無視することにし、ティオから降りてきた香織に話しかける。

 

「香織……取り合えずこいつの検死を……」

 

 

 

「ひどいな~南雲君。まさか問答無用だなんて」

 

 

 

 その声に警戒をあらわにするハジメパーティー。

 

「どこにいるんだ……」

「警戒しなくても私はすぐそばにいるよ」

 

 その言葉の後だった。恵里の死体が影のように溶け、王宮の屋上に広がる。その影より黒コートを着た恵里が浮かび上がるように現れた。

 

「さて、みんな集まったかな。……藤澤君と雫がいないみたいだけど……まぁいっか」

「ずいぶん余裕だな。お前の人形はここにはいないみたいだが……」

「心配してくれなくてもいつでも取り出せるから問題ないよ。これに見覚えはあるよね?」

 

 恵里は手を見せるといくつか指輪が嵌っているのがわかる。

 

「宝物庫か……それにそっちのは……」

「さて、このままでもいいけどとりあえず()()()()()()()()

 

 恵里は眼鏡に手をかけ、ゆっくりと外す。

 

 気配が変わる。まるで太陽が沈み、月が昇るように。昼から夜に。光から闇に。その気配を変える。

 

「それで……何しにきたのさ南雲、こんな大勢引き連れて。もしかして()の機甲魔装兵の感想でも伝えに来てくれたのかな?」

 

 邪悪なる気配を漂わせ、死者の軍勢を操る悪逆の降霊術師、中村恵里はその本性を露わにした。

 

「決まってるだろ。俺に敵対するなら殺す。さっさと死ね」

「人らしくありたいなら会話くらいしろよ。お前がまだ撃たないのはこの僕が偽物かもしれないと疑っているからかもだけど、安心していいよ。僕は本物だ」

 

 その問答の最中扉が開き、急いで駆け付けてきたメルドが飛び出してきた。横には副官であるホセもいる。

 

「恵里……やっぱりお前だったんだな、大介を唆して王都の兵士達を殺していたのは」

「えっ、それって……どういうことですか?」

 

 話についていけなかった愛子が生徒の名前が出てきたことで反応する。

 

「愛子、落ち着いて聞いてくれ。少し前に兵士達の間に流行り病が広がったが、あれは病なんかじゃない。殺されて死人にされていたんだ……目の前の少女に」

「何を……何を言ってるんですか?」

 

 愛子にはまるで理解できない。言語理解は正常に機能しているがその意味が理解できないのだ。

 

「確か兵士達が病気で倒れてるって……数百人レベルの話だったよね」

 

 優花が恵里から目を離さずに呟く。もしメルドの言うことが正しければ、目の前のクラスメイトは数百人レベルの大量殺人に関係していることになる。

 

「そうだ。そんなこと……恵里がするはずが……」

 

 光輝が恵里を庇おうとするが、よりによって恵里本人によって否定されることになる。

 

「そうだよ、その通り。檜山のやつを唆して兵士達を殺して死体を集めてたのは……僕だ。檜山のやつ、僕が死んだ香織を傀儡にしてプレゼントしてあげるって言ったら簡単に誘いに乗ってくれたよ。あいつバカだからさ。おかげで楽に精鋭揃いの王国騎士を傀儡に変えることができた」

 

 その時の状況を思い出したのかくすくすと笑う恵里。その姿はクラスメイトにとって見慣れた光景であるはずなのに、背筋に走る悪寒が止まらない。恵里が纏う気味の悪い雰囲気が訳もなく不安にさせる。

 

「貴様ぁぁッ、よくも……!」

 

 ホセが怒りに拳を握りしめ恵里を睨みつける。彼の同僚や先輩、後輩を含んだ大切な人達が数えきれないほど殺された彼の怒りは当然だった。いくら神の使徒、勇者パーティーであろうと許せることの限度を超えている。

 

「そう睨むなよ。元々僕達に人殺しをさせるために地球から呼び出した癖に。魔人族はいくらでも殺していいけど人族は駄目。そんなのはお前たちの都合だろ。僕からしたら人族も魔人族も大差なんてないし」

 

 恵里達異世界から召喚された人間は有り体に言えば魔人族を殺すために呼び出され、訓練されてきた。ただ、それは人族の都合であり、地球人である恵里からしたらこの世界の人間なんてどうでもいい存在でしかない。もっとも恵里にとってどうでもよくない存在などいないのだが。

 

「そうそう、話を戻そうか。僕は本物だから当然殺されたら死ぬ。だけど南雲、お前はこの場に限って言えば僕を見逃さざるを得なくなる」

「どういう意味だ?」

 

 ドンナーを恵里に向けながら返事をするハジメ。ハジメは恵里の言葉を一つも信じてはいない。本物というのはブラフで、目の前の存在が偽物である可能性、突然機甲魔装兵が出てくる可能性、ハジメにとって未知の神代魔法を使う可能性。あらゆる可能性を視野に入れて頭を動かしている。

 

「簡単だよ。僕はこれでもずっとあちこち旅をしててね。その際に立ち寄ったんだよ……エリセンにね」

 

 恵里の言いたいこと。悪食の溶解液のことを知っていたこと。それらを踏まえて考えて……ハジメは恵里に向けて威圧を放った。ここ一帯の空間がこの世のものとは思えない悍ましい気配で満たされる。ハジメの出す威圧が周囲に振り撒かれた結果、クラスメイトの中には引きつけを起こす者が現れるくらいの濃密な死の気配。

 

 

 だが、それを直接向けられている恵里は……真っ向からそれを受け止める。狂気という名の鎧で武装しているものに威圧など通用しない。

 

「意味が分かったみたいだね。安心していいよ。まだあの親子には手を出していない。僕はバカじゃないからね。人質は生きて健康無事でないと価値がないことを知ってるから。今はあの要塞みたいな家の中でぐっすり寝てる頃じゃないかな」

 

 その言葉でようやくミュウのことを言っているのだと悟ったシア達が同じく恵里を睨みつける。彼女達にとってもミュウは妹、もしくは娘みたいなものなのだ。

 

「だけどここで()()()()()()()()()、エリセンに配置してある死人にどんな手段を使ってでも二人を殺せと命じてある」

 

 恵里は人質の使い方を神父より教わっていた。

 人質は生きているだけでなく健康無事でなければならない。そうでなければ人質に価値などない。傷一つ負わせるだけでも価値は激減するということを。

 次に人質を使って要求を満たそうとしてはならない。人質の命が惜しくば言うことを聞けと言ってマウントポジションを取っても人によっては従わない。何故ならそんなことを言うやつが人質を無事に返すとは思わないからだ。人質を失えば相手の逆鱗に触れることになる。

 

 重要なのは相手に選ぶ権利を差し出すこと。自分が余計なことをしなければ人質の安全は問題ない。そう信じさせることが重要だ。だから人質とは、自らの保険として使うことが一番正しい。

 

「別に僕を見逃しても構わないだろ? 今も機甲魔装兵が殺してるのはお前にとっては取るに足らない存在ばかりだ。僕もお前と敵対したいわけじゃないし、お前の目的と僕の目的はぶつからない。地球に帰りたかったら勝手に帰ればいい。僕は此処の方が過ごしやすいし……僕の邪魔さえしなければそれでいい。あの親子にも今後手は出さないと約束する。……それでも僕を殺すというなら……殺せよ。その代わり僕の命と引き換えに、お前は大切なものを一つ失う。お前の僕に対する殺意が、あの子を殺すんだ」

 

 ハジメは恵里の目を見る。どす黒い妖気を纏ったような目。それは一種の地獄を知っている者だけが発することのできる狂気の目だった。確かにハジメは奈落の底で地獄を経験し、この世の物とは思えない威圧を発するようになった。だが、狂気という意味では恵里とて負けていない。今の恵里には常に脳裏にこびりついている光景がある。手足が折れ曲がり、血の海に沈む瞳孔が開ききった父親の姿。なんということはない。

 

 

 恵里もまた地獄などとっくの昔に知っているのだから。

 

 

 ハジメは敵を前にして引き金を引くのを躊躇している自分がいることに気付く。

 中村恵里の狂気は本物だ。今の彼女は例え自分の命を対価にミュウを殺すなどという一見全く釣り合ってないことも平気でやる凄みがある。自分がドンナーを向けているのが恵里ではなくミュウだと錯覚しそうになるほどに。

 

「お前にあの家を突破できるのか?」

 

 だからこそハジメも無駄だと思いつつもそういう方面で崩すしかなくなる。そのことに気付いているのかいないのか。恵里はクスクス笑う。

 

「ふふ、何も要塞を攻略する方法は力づくだけじゃないだろ。例えばよく知った人物が、魔物が大量発生したからどこよりも安全地帯のこの家に避難させてほしいといったら、あの母親は入れちゃうんじゃないかな。僕の縛魂は昔とは一味違う。神代魔法を手に入れて進化してるからね」

「やっぱりそれは神山の……」

 

 恵里の指に嵌められている宝物庫以外の指輪は、ハジメが持っていなくて蓮弥が持っているもの。即ちバーン大迷宮攻略の証だった。

 

「当ったりぃ。攻略するのにちょっと小細工が必要だったけどなんとか習得したよ……魂魄魔法を。どうやら僕と魂魄魔法は相性がいいらしくてね。おかげで機甲魔装兵みたいなものも楽に作れるようになった。それに以前の縛魂は虚ろという症状が出るっていう弱点があったんだけど、神代魔法を加えた今の縛魂は見た目で見分けなんか絶対につかない。ほら……こんな風に」

 

 指を鳴らす恵里。そして……

 

 

 剣が鞘から引き抜かれる音に引かれて皆が視線を向けた先には、メルドの心臓を剣で刺し貫いて呆然としているホセの姿があった。

 

「ホ、ホ……セ?」

「えっ……メルド団長?」

 

 誰も衝撃で動けない。それはあまりに自然に行われたし、敵意も悪意も殺意も感じなかった。その証拠にメルドを刺した張本人であるホセですら、何が起きたのかわかっていない。ホセは手元を見て、自分の剣がメルドの胸部を刺し貫いていることを確認すると慌てて剣を引き抜き、そのまま取り落とす。

 

「あ、ああ。な、なんで……私が……メルド団長を……」

「はい、ご苦労様。自分が()()()()()()()()()()ことにも気づいていない副官さん。一か月前から仕込んでいた君のおかげで、この国の動きとかこの戦場での兵士の配置とかが丸分かりだったから襲撃するのも簡単だったよ。もう用済みだから死体に戻っていいよ」

 

 その一言で、メルドの副官ホセはまるで糸の切れた人形のように倒れた。

 

「メルド団長!!」

「さて、じゃあついでに……”縛こ……」

「”輪廻天生”!!」

 

 恵里がメルドに縛魂を使うより香織の輪廻天生が一歩早かった。消えそうになってたメルドの魂は再び肉体に繋がり、身体に戻って蘇生する。

 

「う、うぐ。がはぁ、はぁ、はぁ」

「あらら、香織の方が早かったか。まあ、手に入ればラッキーくらいのものだしね。さて、これで僕の言葉がはったりじゃないことがわかったかな。ひょっとしたら南雲がエリセンで出会ってた人の中にも死人が平然と紛れていたかもしれないね」

 

 王都組の驚愕は計り知れないだろう。メルドの副官ホセにはメルドともどもお世話になった人は多いのだ。しかも恵里の言葉を信じるなら一か月前から既に死体だったという。

 

 

 一か月前と言えば訓練が厳しくなったころだ。光輝達もホセに剣の指導を受けたり、講義を受けたり、人によってはメルドより年齢が近い彼に相談事を持ちかけていた人間もいたのだ。一緒に笑って、一緒にご飯を食べて、一緒に悩んでくれた人が傀儡だと言われても信じられない。なぜならその立ち振る舞いに違和感など微塵もなかったのだから。

 

「そんな……バカな……」

 

 メルドなど倒れているホセの死体を見ても、未だに信じられない思いでいっぱいだった。なぜなら彼は恵里が下手人である可能性を考慮して、王都に死人がいないかどうか目を光らせていたのだから。そんな警戒心全開だったメルドと認識を共有して共に目を光らせていたはずの副官のホセがよりによって死人だったなど、そう簡単に認められるわけがない。

 

「なぜ、なぜこんなことをするんだ恵里!?」

 

 光輝が声を上げて叫ぶ。その言葉に恵里は割とどうでもいいものを見るような目で光輝を見る。

 

「何か、何か事情があるんだろ? そうだ、魔人族に操られているんだな。そうだ、そうに違いないッ。正気に戻るんだ恵里。今ならまだ間に合う。魔人族の呪縛を解くんだ、君ならできるッ。思い出してほしい。本当の君はこんなことをしたくはないはずだ。だから……」

 

 光輝が説得するが、その言葉を聞いて目を丸くする恵里。そして……

 

「ふ、ふふ、あは、あはははははは。何言ってのこいつ。あはははははははは、もうやばい、お腹痛い。あははははははははは」

 

 突然爆笑し始めた恵里に唖然とする光輝。隙ができたかと伺うハジメだが意識はこちらに向かっていることに気付き内心舌打ちする。

 

「あー笑った。……あんたさぁ、よっぽど脳味噌お花畑なんだね。僕のことを何にも知らない癖にそんなこと言うなんて。よく言われない? 空気が読めないってさ。しかも魔人族に操られてるって……今回僕が殺したのは魔人族の方が多いんだけど? あいつらレアだからね。素材の習得の周回はやれるときにやらないと。まあ、あんたはいらないけどね。所詮ジャンクだし」

 

 それはまるで人を材料にしか思っていないとわかるような言葉だった。その光景に未だに何も言えない光輝。その言葉には善性などない、狂気しか感じなかった。普通の言葉なのに気の弱い人間なら言葉を交わすだけで呪われそうな気配。完全に悪の属性に染まり切った不義者(ドルグワント)

 

「正気に戻れって? 僕は初めからこうだった。学校にいる時も単に愛想良くしたほうが便利だったからしてただけだしね。さてと、どうやら材料は取れるだけ回収し終えたみたいだし。ここらでさよならかな」

 

「待って、恵里!!」

 

 鈴が恵里に向かって叫ぶ。正直何を言っていいのかわからない。恵里の本性は鈴の想像を超えていた。けど、このままお別れは違う気がする。

 

 だが、恵里は鈴の方を見ることはなく……

 

「へぇ、迎えに来てくれたんだ」

 

 恵里は真上を向く。そこには宙に浮かんでいる恵里と同じコートを着ている人影が存在していた。

 

 

 真上から降り立つ黒コート。背中に生えていた金色の羽をしまい恵里の横に立つ存在は黒コートのせいで見た目はおろか、魔力の波長すらわからない。愛子達はもう何が何だかわからない。ハジメ達はここにきて明らかに恵里の仲間らしき存在が現れたことにさらに警戒を強める。

 

「意外だったな。まさか直接迎えにくるとは思わなかったよ。なに? まさかとは思うけど仲間意識でも芽生えた?」

 

 その相手を揶揄する言葉に黒コートは苛立ちを隠さずに言った。

 

「はぁ? この世の果てまで吹き飛ばすわよゴキブリ女ッ。あいつの制約での命令が無かったらだれがあんたみたいな害虫をわざわざ回収するのよ。ここに直接来たのは、こいつらに用があるからよ」

「ふーん。まぁ、いいや。じゃあゲートを開いてよ。早く帰って今回の収穫の成果を確認したいからさ」

「あんたの死体弄りの悪趣味なんてどうでもいいわよ。ほら、早くゴキブリらしく巣穴に帰りなさい」

 

 口調からしてどうやら女性らしいとわかるがそれ以外は何もわからない。ハジメは解析で黒コートがアーティファクトの類であることを見通していた。

 

「じゃあね、みんな。次会う時はもっと素敵な兵隊を用意してくるよ」

「恵里!! 待ってッッ、お願い!!」

 

 鈴の悲痛な叫びを聞いたのか、一瞬だけ振り返り鈴に目を合わせた恵里は……

 

 

 何も言うことなく開かれた闇の穴の中に消えていった。

 

 

 そして残ったのは黒コートの女ただ一人。

 

「このまま異空間をさ迷わせようかしら。そしたら少しは世の中綺麗になりそうなんだけど……ああ、はいはい。それも制約違反ね。クソ、いつか絶対解除してやる」

「てめぇ、さっきから何自分の世界に入り込んでんだ? いい加減こっちをみたらどうだ。ああ?」

 

 ハジメは目の前の人物が自分に意識を向けていないことに気付いていた。中村恵里は他人と話をしようと何をしようとハジメから意識を外すことはなかった。だからこそハジメも隙をついて捕獲することができなかったのだ。だが、こいつはそれとは逆。ハジメの方を全く意識していない。それが中村恵里とは別の意味で不気味だった。

 

 ハジメの声に気付いた黒コートの女はハジメの方を向く。もっとも目元は隠れていてわからないが。

 

「ああ、そうだったわね。確かあんたよね、イレギュラーって。ほら、あんたにお届け物があるのよ」

 

 黒コートの女が指を鳴らすと再び闇は口を開き中から……

 

 

 

 

 ドクン

 

 

 ハジメの目に、それは飛び込んできた。

 

 

 それは十字架に磔にされている美少女。長い金髪は俯く顔に従って顔の前に垂れ下がっている。鎖で雁字搦めにされている身体は細く、儚い印象を与える。そしてその身体からは魔力が一切感じられない。

 

 例え顔が見えなくても、魔力が感じられなくても、その正体をハジメが見間違えることなどあり得ない。

 

 

 ハジメの最愛の人である吸血姫の少女、ユエがそこにいた。

 

 

 

 ドクン

 

 

「ユ、ユエさん!!?」

「お主、ユエに何をしたのじゃ!?」

 

 敵意を全開にするシアとティオ。彼女達は王都の住民を平気で虐殺し、己が外道であることをこれでもかと主張した恵里の知り合いの不審人物が、ユエを大人しく返しにきたとは微塵も思っていない。ユエの魔力が感じられないから生死すらわからないのが余計に不安を煽る。

 

「いや、別に私は……」

 

 何かを喋ろうと口を開く黒コートの女だがその気配に気づいて口を閉ざす。

 

 ハジメの気配が変わっている。まるで今にも爆発しそうな火山の様相。

 

 それに気づいた香織は、何をするにも遅いと判断し、仲間たちの周辺にありったけの聖絶を張った。

 

 

 そして……それは解き放たれる。

 

「てめぇぇぇぇぇぇ──ッッ!! ユエに何をしたぁぁぁああああ!!」

 

 爆発する覇気。それは先ほど恵里に向けたものが児戯に見えるほどの威圧。

 

「がぁ、ぐぅぅぅ!」

「ぐぐぐ!!」

「あぐ、うぅぅぅ」

 

 もはや質量すら持っている威圧の余波を受けて光輝達は潰れそうになっていた。もし香織が聖絶を張らなければこちらにも影響が出たであろう圧倒的な気配。戦えない生徒などはもはやそれだけで気を失っていた。

 

 

 それは周囲にも影響を与える。王都で戦っていた人族も魔人族も一斉に攻撃を止める。魔物は恐怖のあまり魔人族の手を離れ勝手に暴れ始める。それほど圧倒的な威圧。それだけで相手に死を与えかねない桁違いの力をあろうことか黒コートの女は直接ぶつけられ……

 

 

 

 

 

 

 

「あんた……誰に向かってイキがってるわけ? 調子にのるなよ雑魚がッ!!」

 

 

 

 

 ハジメの威圧をたやすく上回り質量すら伴う桁違いの威圧をハジメに叩き返していた。

 

 

「ぐぅ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 物理的威力を伴うそれをまともに喰らって壁に叩きつけられ潰されるハジメ。そこまでしてようやくハジメの威圧が掻き消される。

 

 

 さらに追い討ちをかけるように威圧とともに放たれる重力魔法がここにいるメンバー全員を地面に叩きつける。

 

(いかん。こやつ……次元が違う)

 

 ティオは本能的に理解した。ダメだ、これはどうにもならない。大なり小なり消耗しているハジメパーティーだが、例え自分達が万全の状態であったとしても目の前の女には総力を尽くしても勝てないと理解してしまった。

 

 ハジメもまた禍天による重圧を受けているが、限界突破を発動し、なんとか立ち上がろうとする。だが、そんなハジメの努力をあざ笑うかこように重圧は増していく。その重圧で王宮の天井にヒビが入る。

 

「足掻くんじゃないわよ虫けら。このまま纏めて殺してあげる」

 

 まるで取るに足らない虫を潰すかのような声色で話す黒コートの女。

 

「な、めんじゃ、ねぇぇぇぇ──ッッ!!」

 

 その言葉を聞いたハジメは……直後、その紅い魔力を脈動させた。ドクンッドクンッと波打ち、〝限界突破〟の魔力が更に際限なく上昇していく。直後、噴火したかのように紅の魔力が噴き上がった。螺旋を描きながら天を衝く紅い魔力の奔流──"限界突破"の派生技能"覇潰"だ。

 

「ああああああああ──ッッ!!」

 

 目の前にいる強さの次元が違う強敵を前に目覚めた新たなる技能。それにて爆発的に上昇した魔力で強引に重圧の楔を引き千切り、黒コートの女に向けて疾走する。手に持つはパイルバンカー。

 

「喰らいやがれぇぇぇぇ──ッッ!!」

 

 重力魔法によりインパクトの瞬間、その重さを二十トンにまで増加させる漆黒の杭が、落雷の如き轟音と共に解き放たれた。

 

 超圧縮された炸薬と衝撃変換された限界突破・覇潰により増幅した膨大な魔力、そして電磁誘導によって神速とも言うべき加速を得た螺旋を描くアザンチウム製の巨杭は、ゼロ距離で獲物を穿ち破壊せんと迫り……

 

 一瞬にしてパイルバンカーごと消滅した。

 

「なッ!?」

「…………それで?」

 

 黒コートの女が行ったのは分解。神の使徒が標準的に備えている技能だが、彼女が使うこの技能は他の神の使徒が使うものとはもはや格が違う。霊的装甲を常時纏った相手に対抗することを基準にした進化した分解はただ頑丈というだけでは一瞬も持たない。どれだけ物質が硬くても、どれだけ膨大な魔力を纏っていようとも、概念的な防御がなければ等しく全てを塵に返す。

 

 今の彼女に無遠慮に触れることのできる男は……たった一人だけだ。

 

「じゃあ死になさい……」

 

 ハジメの方に手に宿した火球を向ける。蒼天数十発を圧縮して作られたそれをまともに受ければ、ハジメどころかその爆炎の余波で王宮ごと消せるであろう超魔力。

 

 時間がゆっくり流れる中、シアやティオが必死の形相で駆けつけようとするがどう考えても間に合わない。

 

 そしてその膨大な魔力が放たれようとして……

 

 

『あまり勝手なことをされては困りますねぇ』

 

 黒コートの女の攻撃が止まる。

 

『あなたには神子を彼らの元に帰すように言ったはずです。忘れてしまったのであれば重ねて命令しましょう。彼女を渡して帰還しなさい』

 

「…………ちっ」

 

 黒コートの女の威圧が消える。その舌打ちからは忌々しすぎて呪詛の領域に達しそうになっている。

 

『そう怒らないでください。あなたとて例の彼とはそのような服装で会いたくはないでしょう』

「あーあ、わかったわよ。あんたと話すのは鬱陶しいだけだから黙っててくれる?」

 

 途中で面倒になったのか未だに空中に浮かんでいたユエを適当に屋上に転がすように放り投げ、大人しく黒いゲートを開いて中に入ろうとする。

 

「待て……逃げるのか?」

「続けたいの?」

 

 その一言に何も言えないハジメ。

 

 冷静になったハジメにもわかっているのだ。目の前の女には今の自分達では絶対に勝てない。唯一対抗出来そうなのは……

 

「はぁ、この後起きることを考えると……また来ることになるのでしょうね」

 

 まるで独り言のように意味深なセリフを吐いた後、黒コートの女は闇に消えた。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 王宮屋上における戦線情報

 

 ハジメパーティー&クラスメイト一同VS中村恵里&黒コートの女

 

 勝者:中村恵里&黒コートの女

 

 中村恵里:今回の最終決戦ならぬ採集決戦により、大量の素材をゲットできてホクホクで帰還する。特にレア素材である魔人族は優先して確保したので数百体規模で集めることができた。

 

 黒コートの女:ハジメ達と戦うも適当にあしらい圧勝。現状のハジメ達では絶対に勝てない相手。本命の彼には会わずに帰還。意味深な一言を残す。

 

 南雲ハジメ:個人単位では今まで出会ったことがない次元の敵との遭遇によって限界突破・覇潰に覚醒するも、パイルバンカーを塵にされた上に力づくで捻じ伏せられ敗北。再起可能。

 

 ユエ:エーアストに連れていかれそうになるも黒コートの女の手によってハジメ達の元に生還。現状は十字架型の拘束用アーティファクトの影響で眠っているだけ。再起可能。




>居残り組
ハジメが落ちたことで引きこもるようになってしまったモブキャラ。アニメでは存在ごとデリートされた人達。甘粕大尉が思わず試練を与えたくなるような子達ですが、それは同時に等身大の一般人である証でもあります。

>中村恵里
神父により傷を切開され、光輝への執着を消去された結果、原作より不気味になった存在。今は死体そのものを弄るのが趣味という理解されないことに夢中。だが、その分渇望に正直ということでもあるので非常に凶悪な存在へと進化した。

>真・縛魂
恵里のオリジナル魔法である縛魂に魂魄魔法を加えることでより完成度が増した魔法。以前存在した虚ろという弱点を解消するどころか、本人そのものの疑似人格を憑依させることで生前の完璧なトレースを行うことを可能にした。その精度は死人本人すらも既に死んでいるという自覚がなく、普通に生者として振る舞うレベル。ただしどれだけ精巧でも恵里の傀儡なので恵里の命令には逆らえないし、恵里が念じるだけで死体に戻るので恵里に反逆することはできない。
精密検査を行うならともかく、見ただけではハジメの魔眼、蓮弥の魂感知では見切ることができず、現状確実に見破れるのは干渉魔術が使える香織と霊的感応能力を持つユナ、それと見透すことに特化した解法・透能力を持つ雫の三人。ただしその三人も調べようとしないとわからない。

次回の蓮弥サイドで王都襲撃Iは終了です。それが今年中か新年になるかはわかりません。

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