ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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バフラヴァーンがサ〇ヤ人すぎる。

あれを考えると本作のハジメは果たして魔王を名乗れるのか。


破軍の奇禍

 あれから地上に戻ってきた蓮弥達は関係者全員に報告を行い、主に三つのグループに分かれることになった。

 

 一つはレギオンの封印を作成するチーム。チームとは言ったが現状ハジメしかいない。

 もう一つは、今後も王都に迫ってくるであろうレギオンの討伐を行うチーム。ユナ曰く、現在の王都は先日の戦争により、膨大な魂が折り重なった霊地となっており、増殖を続けるレギオンは溜まった魂を目当てに王都に来ていると予測している。王都の民達にとってはたまったものではないかもしれないが、これはある意味この世界にとってありがたい話ではある。もし、レギオンが世界中どこにでも猛威を振るってるのであれば、流石にカバーしきれない。もちろん大峡谷から王都までの一直線上にある町は危険にさらされるが、努力次第で被害を最小限に抑えられる可能性があるわけだ。迎撃するのは現状蓮弥とフレイヤ、そして雫の三人。

 そしてもう一つがハイリヒ王国住民の避難である。この町は危険以外の何者でもないので、王都の住民のほとんどは解放された王宮か、聖教教会の総本山に避難を始めている。だが、それだけでは事は終わらない。王都以外でもレギオンの被害は出ており、特に王都から峡谷までの通り道にある街の住民で生き残った者達が避難してきている。その者達を隣国である帝都に保護してもらうように申請したり、道中誘導してやる必要がある。これは勇者達やクラスメイトが担当する。戦いでは役に立たないけど少しでも力になりたいとのことだった。

 

「さて、これから俺は封印を作らなければならないわけなんだが……」

 

 アーティファクト『ヘファイストス』がある部屋にてハジメが蓮弥達を集めて今後の方針を語る。

 

「何をするにしても情報が全然足りてねぇ。封印の設計図はあくまで到達者がいた頃の代物だ。当たりまえの話だが、現代に現れたレギオンが過去の物と同等だとは限らねぇからな、場合によっては変数を改善しなければならない箇所も出てくる」

 

 要は仕様をはっきりさせたいということだろう。確かにユナが言うには大災害悪食は古代にいた頃より弱体化していたと言う。そしてレギオンだが古代の時代には地平線を埋めるレベルの規模まで膨れ上がっていたとされているが具体的な数値がわかるわけじゃない。つまり……

 

「ハジメ……つまり誰かがライセン大峡谷まで行かないといけないってこと?」

 

 ユエがハジメの考えを口にする。確かに百聞は一見にしかずとも言う。現地の情報を手に入れるには現地に向かうのが一番だ。だがそれには超えなければならない壁がある。

 

「それはいいけど覚悟はできているんでしょうね。今やライセン大峡谷は地獄の釜よ。それに近づくということは、より強力なレギオンに襲われる危険があるということよ」

 

 一人だけ離れた位置で壁に寄りかかっていたフレイアが指摘するように、現地に直接行くというのはそれ相応の危険を伴う。レギオンの迎撃ができる人間が限られている以上、リスクを負うことは覚悟しなくてはならないが、これに関しては蓮弥にはある秘策があった。

 

「ハジメ。そのことだが上手くいけば俺達が直接向かわなくても済むかもしれないぞ」

「あん? ……なるほどな。現地の情報を知るには現地住民に聞くのが一番早いってわけか」

 

 蓮弥が言う秘策。それはライセン大峡谷唯一の住人であるミレディ・ライセンに頼るということだ。蓮弥は二度目にミレディの居住区を訪ねた際に、万が一ミレディの助けが必要になるかもしれないことを想定して、念話石を置いてきていた。ミレディは大迷宮攻略については絶対に教えられないと言っていたが、流石に今回は協力してくれるはずだ。だが最大の問題は……

 

「ミレディ……生きてるの?」

 

 そう、ユエの懸念が一番の難所だった。ライセン大迷宮はライセン大峡谷の地下に作られている。必然すぐ上はレギオンの集合体で満ち溢れている。そんな環境に置かれて果たしてミレディは生存しているのかが気がかりだ。

 

「なんにせよ、まずは通信だな」

 

 蓮弥が念話石を起動し、ミレディに呼び掛ける。通信自体は成功したようでザーという音が響いてくる。

 

「おい、ミレディ。聞こえるか? まだ生きてるなら返事をしてくれ」

 

 蓮弥が念話石に声をかけるが返事がない。相変わらずザーという音だけが響いてくる。

 

「こりゃ、死んだみたいだな」

「ミレディご臨終……なむなむ」

「ミレディ……うざくてうざくていつかドリュッケンのシミにしてやりたい奴でしたけど、いざ死んでみると悲しいですぅ?」

「おいシア、流石に疑問形はつけるなよ。いくらうざくてうざくて殺意しかわかないような奴でも当時の時代のことや概念魔法についての情報元にはなったはずだからな。……ちっ、思い出すと腹が立ってきた。俺達の地球帰還に概念魔法が必要なら最初からそう言えや、全く。死ぬなら情報を全て吐き出してから死ね」

 

 勝手にミレディを死んだことにしてハジメ、ユエ、シアが好き勝手言っていた。この三人は特にライセン大峡谷で多大なストレスを受けた人物である。蓮弥は記憶の共有によってかつての時代でのミレディの想いや人柄に触れたことでそういう感情はだいぶ緩和されているが、そんなことハジメ達には関係ない。

 

「だが、実際。ミレディが頼れないとなるとやっぱり現地に直接行くしか……」

『ちょっとちょっと、さっきから聞いてれば何勝手にミレディたんが死んだことになってるのさ。全く、君達は先人に敬意を払うという言葉を知らないのかな?』

 

 蓮弥が方針を変更しようとした矢先、念話石からミレディの声が聞こえてきた。何やら作業中らしくガチャガチャうるさい。

 

『というか何の用なのかな。大したことじゃないなら今ミレディたん君達に構ってる暇が……』

「そのことについて話がある。その前にあんた、今世界に迫ってる危機についてどれくらい把握してる?」

『今ライセン大峡谷に見たこともないくらいの規模の魔物の集合体が集まって溢れそうになってるのは知ってるよ。だから今私は大迷宮を完全要塞モードにして引きこもりつつ、これ以上魔物が溢れないようにしてるところだよ』

「完全要塞モードということは、一応あんたは無事なんだな」

『大迷宮には神の手先が侵入することを想定して通常の試練モードとは違う要塞モードが備わってる。こうなったらあのクソ天使の集団でも容易に突破できない。もっともコレ相手にいつまで持つかわからないけど、多分魔物が大峡谷から溢れるようなら大迷宮ごと潰されるね』

 

 神と敵対する以上、大迷宮が神の使徒に破壊されないような仕組みが備わっているということがわかる。つまり現状すぐ危険が迫っているわけではないが、いずれ潰されるということ。

 

「だったらあんたに頼みたいことがある。俺達はそいつ……大災害群体を何とかするつもりなんだが、そいつらの情報が足りない。だからその魔物群に対する具体的な数値をこっちに送れないか?」

『……できるよ。今解析を進めてるし、魔物群の解析が終わったらそっちに資料として転送する』

 

 流石におふざけ無しのミレディはすぐに察してくれたようだった。その言葉に蓮弥はほっとする。これで危険を冒すことなく情報を手に入れられる。なら後はミレディからの資料待ちになるわけだが、蓮弥はその間に少しでも情報を手に入れることにした。

 

「ミレディ、聞きたいことがある。お前は『大災害』という神話の存在についてどこまで知ってる?」

『大災害……聖典に乗ってるってラー君が言ってた奴のことかな。私がある程度知ってるのは二体だけだよ。一体は西の海にいる悪食。いくら倒しても倒してもキリがないうざい奴。メル姉の勧誘の時、何度邪魔されたことか』

 

 当時のことを思い出したのか何やら怒っている様子がわかるがあいにくそれは蓮弥達にとっても既知の情報だった。

 

「悪食は滅ぼしたからいい。それより他の奴の情報が知りたい。できれば大災害レギオンについて知ってると嬉しいんだが……」

『えっ、あれ滅ぼしたの? マジかー。ならこいつは置いといて、残念だけどそのレギオンってやつのことは知らない。私が知ってて一番関わりが深い奴は……大災害『獄蛇』』

 

 大災害『獄蛇』、神父から名前だけは聞いていたが蓮弥にとっては未知の大災害だ。

 

『ライセン大峡谷は元々そいつの巣穴でクソ神との戦いの時に掘り起こされて今の形になったんだって。そいつ自体は既に滅びてるんだけど、そいつが持ってた魔力を喰らって成長するという技能が形を変えて魔力分解能力として大峡谷に残ってる。私達ライセンの先祖はその魔力分解能力をコントロールする技術を持っていたおかげで処刑人やれてたらしいよ。もっとも、私が詳細を知ったのは私達の戦いが終わってからだいぶ後だったけど』

 

 もう少し早く知ってたら救えたと言っているようだったが、念話石の向こうで小声で言われると流石の蓮弥でも聞き取れなかった。

 

『だから今大峡谷内の魔力分解能力の濃度を意図的に上げて魔物群を増やさないようにしているところだね。あっ、解析終わったみたい。そっちに転送するから』

 

 その言葉と共に空間魔法によって何やら紙束が送られてきた。どうやらこれが解析した資料という奴らしい。

 

「ありがとう。助かったよ」

『礼には及ばないよ。クソ神を滅ぼせても肝心のトータスが滅亡したんじゃ意味ないし。私はこれから魔物を抑えるのに専念するから、何かあったらまた連絡して』

 

 そう言って通信を切るミレディ。普段から真面目だったらハジメ達もあれほど好き勝手言わなかっただろうにと蓮弥は内心に思っている中、ハジメはミレディから渡された資料を読み解いていく。

 

「肝心のリミットについてはこの情報をヘファイストスに突っ込んで計算させる。後は……一旦姫さんのところに戻らないといけないな。必要なものがある」

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 そして王宮まで戻ってきたハジメがリリアーナに告げたことは、国家錬成師の貸し出しだった。リリアーナとしては本来なら災害復興で今も休まず働いている国家錬成師の貸し出しなど叶えられる余裕などないが、事が事なので答えるしかない。いくら王都が復興しても世界が滅びては意味がないからだ。そして呼び出されたのは大結界の修復を行った際に出会ったウォルペン率いる錬成師集団だった。

 

「これは師匠。やっと俺達を正式な弟子にしてくれる気になったんで?」

「バカ言ってんじゃねぇ。弟子にはしねぇって何度も言ってるだろうが」

 

 王都の大結界をハジメが修復しようとした際は、そこで作業していた錬成師達には歓迎されていなかったのだ。ハイリヒ王国直属の筆頭錬成師であるウォルペンでさえ容易く直せないのが大結界のアーティファクトであり、当然それをいきなり二十歳にも届いていなさそうな少年が直せると言われても、そう簡単に信じられないのは当然であった。

 

 だが、職人達の目の前で大結界を容易く修復してしまったあたりで空気が変わる。さらに以前雫が提供した村雨丸の元々の創作者がハジメだと知ると険悪ムードから一点、ハジメの技術を手に入れようと弟子入りを志願し始めたのだ。

 

 ハジメが何度断っても足に縋り付きながら懇願する職人達相手に動けなくなるハジメ──余談だが、錬成師達は剣などの重い金属を扱う都合上、ガタイのいい人間が多い。つまり筋肉ムキムキだった──を救うために最終的に蓮弥がハジメは今忙しいからと交渉してどうにかなったのだが、どうやら今回の呼び出しで弟子にしてもらえると思っているのか皆鼻息が荒い。

 

「今回呼び出したのは弟子にするためじゃねぇ。むしろ……プロの職人であるあんた達に依頼しに来た」

 

 依頼しに来た。その一言を聞いた瞬間、集まった錬成師は全員職人の顔になった。そしてその顔を見たハジメが紙に出力した大災害の封印の設計図を展開する。蓮弥が横目で見てみるとそこには複数のブロックで出来たルービックキューブのようなものが描かれていた。

 

「今回作ってもらいたいのはこのキューブだ。俺は封印式を生成魔法で付与する作業に集中しなきゃならないからこの手の作業をやってる暇がねぇ。だからこれの製作をあんた達に依頼する。形状や模様にも意味があって0.1㎜のミスも許されない作業になる。だが必要な技能は錬成ただ一つ。この道何十年のあんた達ならできるだろ?」

 

 ハジメが散々弟子入りさせてほしいという志願を断り続けたのにはいくつか理由がある。一つは職人がほとんど筋肉ムキムキだったから、そんな時間がないから、そしてハジメが教えることがないという事実からくるものだった。

 ハジメは工房にお邪魔させてもらった際に周囲の物に解析をかけたが、皆一流の職人による仕事であるとわかる出来栄えだった。南雲ハジメは発想力こそ優れているが実は技術的に最高というわけではない。それに関しては()()()()()()()()()()()()()()。つまり何が言いたいのかというと。既に彼らは超一流の職人達であり、この世界の命運を共にする資格のある者達だということだ。

 

 ハジメから事情を聞き、自分達が認められていると知った職人の答えは一つだった。

 

「おう、任せろ! 聞いたなお前らッ、俺達の職人魂、見せてやろうじゃねぇか!!」

『お────!!』

「それにこれを上手く作れたら、弟子にしてもらえるかもしれねぇぞお前ら!!」

『お────!!』

「おい……」

 

 何とも懲りない職人達であった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 数時間後、王宮の会議室に例のSF部屋から戻ってきたハジメだったが、ヘファイストスが出した計算結果に顔をしかめているようだった。

 

「まずいな。……俺一人じゃ間に合わねぇぞ」

 

 ヘファイストスがミレディから送られてきた情報を元に計算した結果、この世界に残された猶予は、後十三日という結果だった。つまり後二週間足らずで大峡谷から大災害群体は溢れ出し、この世界を黒に染めるのだと言う。一度溢れ出せばそこから地上のあらゆる命をむさぼりながら膨張し、世界を覆い尽くすのに数時間もかからないという結果が算出されたのだ。そしてその結果を受けてハジメの感想は……間に合わないだった。

 

「俺が封印作成のためにこれから四六時中生成付与に集中しても、ざっと二十日かかる計算だ」

「それは……俺達の協力があっても駄目なのか?」

 

 ヘファイストスのアカウントは現在ハジメしか持っていないが、そのハジメが許可を出せば、一部機能は制限されるが、一応蓮弥達でも使えるようにできるらしい。そして肝心の封印作成には生成魔法が必要とのことだが、生成魔法が使えるのはこの場には4人いる。

 

「ふむ、単純に生成魔法を使えるだけでは駄目ということかの」

「その通りだ、ティオ。まず蓮弥とユナを拘束するわけにはいかねぇ。あの神の使徒は蓮弥の言うことしか聞かない上に、流石に地上の防衛が心許ないからな。だけどユエでは、生成魔法の適正が低すぎて複雑な付与ができない」

 

 一応ユエも生成魔法を使えるが、その適正は他の神代魔法と違ってお世辞にも高いとは言えない。簡単な魔法を付与するだけならできるようだが、大災害の封印のようなものを作ることはできない。

 

「そんな……」

 

 ここにきてまさかの暗雲が立ち込める。レギオンが大峡谷を溢れ出す十三日後までに封印が完成していなければゲームオーバーなのだ。なのに完成には最低でも二十日かかるという。

 

「いっそマジで俺が増えるアーティファクトを作るか。魂魄魔法を応用すればできなくもなさそうだが……駄目だ、そのアーティファクトを作ること自体に時間がかかる。ならやっぱりこれしかないか」

「南雲君。皆さん連れてきましたよ」

 

 途方に暮れかけたその時、愛子が生徒達を伴って部屋に入ってきた。どうやらハジメがあらかじめ呼んでいたらしい。

 

「ああ、ありがとな先生。じゃあお前ら、状況を説明するぞ」

 

 ハジメはこのままでは封印が完成できず十三日後にレギオンが大峡谷から溢れ出してゲームオーバーだということを説明した。

 

「そんな……南雲君にもできないなんて」

 

 愛子の言葉に動揺が広がる。今までハジメは錬成魔法一つで奇跡を起こし続けてきた。今回もなんだかんだ何とかなるだろうと気楽に考えていたクラスメイトにも衝撃が走る。

 

「だから最後の手段を講じる。それは……今からお前達に生成魔法を習得してもらう」

「生成魔法って、確か神代魔法って奴よね?」

 

 優花の言葉にハジメが最後の手段を説明する。

 

「ああ、今回俺一人じゃどう考えても時間が足りねぇ。だからお前達に片っ端から習得させて生成魔法を使える奴を揃える。本当は適正が高いのは俺と同じ錬成師なんだろうが、国家錬成師は今別の意味で動かせねぇ。だからここは異世界転移者のチート能力に賭ける。何しろお前達は一人残らず俺より初期値は高いんだからな。特にお前だよ天之河」

「俺?」

「そう、お前だお前。無駄に才能だけはある癖に今まで世界のために碌に活躍できなかったんだ。喜べ、お前に活躍の機会を与えてやる。今回ぐらいそのチート能力を発揮しやがれ」

 

 ハジメの物言いに何か言いたいことがありそうな顔をする光輝だったが、どうせ言えないのだと学習したので聖約で封じられる前に口をつぐむ。

 

 ハジメの案は数を揃えればチートが与えられているクラスメイトならそこそこ使えるやつが出てくるだろうという意見だったが、問題が一つある。

 

「ハジメさん。言いたいことはわかりましたけど……肝心のオルクス大迷宮をどうやって突破するんですか?」

「そうだね。残念だけど今のみんなだと真の大迷宮を突破することは難しいかも」

 

 シアと香織の懸念はもっともだ。生成魔法を手に入れるということは、オルクス大迷宮深層を突破するということに繋がる。だが、オルクス大迷宮は今までの大迷宮の中でもトップクラスの難易度を誇る。どう考えても現在の勇者達ではヒュドラや紅蜘蛛の攻略は難しいだろう。

 

「簡単だ。裏技を使う」

「裏技?」

「そう、ミレディが大迷宮を要塞モードに切り替えたって聞いて思いついた。もし俺が大迷宮の開発者の立場なら、必ずデバッグモードを作る」

 

 そこで蓮弥はユナの能力によって快進撃を続けたせいか、途中で大迷宮の仕組みが変わるという事象に遭遇したことを思い出した。

 

「つまりミレディなら管理者権限かなんかで大迷宮の仕組みを弄れるってことだ。ライセン大迷宮の時にもそうしてたしな。それなら難易度を下げたり仕掛け無効なんてこともできるだろ。大迷宮の試練には意味があるのはわかるが今はそんなことを言ってる場合じゃねぇからな」

 

 つまりハジメはミレディの管理者権限を使ってオルクス大迷宮を楽に突破するなり素通りするなりして生成魔法を手に入れてしまおうと言っているのだ。確かにミレディもこの世界が滅びたら意味がないと言っていた。事情さえ説明すれば協力してくれる可能性は高い。

 

「時間がねぇ。蓮弥はミレディに連絡。お前達は大迷宮に潜る準備を……」

 

 

 

 

「その必要はないわ」

 

 そこでクラスメイト達の中から声が響く。一瞬誰かわからなかったが、それが永山パーティーの集まりから聞こえてきたことはわかった。

 

「事情は理解した。流石にこの状況で静観してたら死ぬっぽいし。ま、仕方ないかな」

 

 永山パーティーから一人の少女が出てくる。それはクラスメイトの中でも特に目立った活躍をしているわけではない生徒の一人だった。

 

「まおまお?」

 

 鈴が不思議そうに見る相手は永山パーティーに所属している付与術士、吉野真央だった。

 蓮弥の彼女に対する印象といえば、口調と態度に軽さがある今時のギャルっぽい女の子という感想が湧いてくる。雫達と比較しても劣らない容姿の持ち主で、地球ではそれなりに人気もあったらしいが、この世界では地味な印象がある。

 彼女の天職は付与術士。主に支援系の魔法に高い適正を持っており、所謂パーティーにおける縁の下の力持ちという役割を持っていた。

 

 蓮弥も王都にいた頃、何度か話す機会があったが、普段の彼女とは印象が違って見える。

 

 まるでコインの表と裏がひっくり返ったような。そんな気配。

 

「口で説明するより見てもらった方が早いかな。ステータスオープン」

 

 吉野真央は懐から自身のステータスプレートを展開し、その内容を全員に見えるように展開した。

 

 ====================

 吉野真央 17歳 女 レベル:70

 

 天職:付与術師

 

 筋力:150

 体力:250

 耐性:250

 敏捷:180

 魔力:4520

 魔耐:4180

 

 技能:付与術適性[+魔力効率上昇][+発動速度上昇][+遠隔操作][+連続発動]・調律[+夢奏鋼(アダマンタイト)調律][+神星鉄(オリハルコン)調律]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化][+金属強化]・生成魔法・言語理解

 

 ====================

 

「これは……」

 

 蓮弥は真央のステータスを詳しく知っていたわけではない。ないが、これが普通のステータスではないことくらいはわかる。いくつか見たことがない技能が含まれていたが、何より今目を引くのは最後の技能。

 

「御覧の通り、生成魔法なら私も使える。だからわざわざ取りに行く必要はないわ」

 

 あるはずのない技能にハジメの目が鋭くなる。

 

「……お前のステータスでオルクスを突破するのは無理だ。お前……いったい何者だ?」

「警戒するのは当然だけど……そうね、あんたにはこう言ったほうがいいのかな?」

 

 吉野が笑顔を見せる。なぜだろうか、その笑顔はまるで得物を前に微笑む猫のような印象を受けるのは。

 

「『創世神(ジェネシス)』以来三年ぶりかしら、破軍の奇禍(カオス・ディザスター)。あれから音沙汰無かったけど、元気そうね」

「うぐぅぅぅ」

 

 その言葉と共にハジメが頭を押さえてうめき始め、クラスメイトはそのハジメの様子に少しビビるが、ハジメパーティーや蓮弥達は何となくこれからの展開を予想する。

 

「な、な、何でそれ……」

 

 プルプル震え出すハジメを他所に、真央は追撃を行う。……笑顔で。

 

「あれ、違ったっけ? うーん、最後に名乗ってたのは紅蓮と白牙の葬送凶王(クリムゾンファング・マッドネスパレード)の方だったかな?」

「くぁwせdrftgyふじこlp!!」

 

 言語野がバグったハジメは頭を抱えて地面を転げ回る。あまりの異常行動に呆気に取られて何も言えない蓮弥達。以前にも雫と共に蓮弥が同様のネタを行ったことがあるが、その時とは明らかにハジメの反応が違う。

 

創世と混沌の暗黒魔神(カオスオブダークネス)は違うわよね。あれは確か魔技の左腕を持つという現代を生きる紅き閃光の超越者である南雲ハジメの前前前世って設定だったし……」

「もうやめろぉぉぉぉ。やめてくれぇぇぇぇ!!」

「何? 恥ずかしがることないじゃない。だってこれは三年前、あんたが自分でノリノリで名乗ってた……」

「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──!!」

 

 すごく情けない叫びを上げたハジメは真央に詰め寄り、手を引いて部屋の端まで移動する。どうやらコソコソ話になると思った蓮弥は超聴覚にて聞き耳を立てることにする。

 

「おま、お前。その名前や設定を知ってるってことは……『創世神(ジェネシス)』の誰かだよな。いや、その俺をからかって楽しむ反応。BB……いや違う。お前もしかして『電子の女帝』か」

「当ったりー。いやー、懐かしいわね。あの時は割と世界を相手に無茶苦茶やってたわよね、私達。何だっけ、確か「俺は世界の全てを混沌(カオス)で染め上げる(キリッ)。世界よ、俺の黒に染まるがいい──!!」だったっけ?」

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ──、せっかく、せっかく記憶の奥底に封印してたのに、お前ぇぇ」

 

 どうやらハジメと真央は何かの知り合いらしい。蓮弥達を他所に勝手に話を進め始めたので蓮弥も勝手に考察することにする。

 

 創世神(ジェネシス)──

 

 3年前──

 

 そのキーワードで蓮弥には一つ思い浮かぶものがある。

 

 国際ハッカー集団『創世神(ジェネシス)

 

 3年前、蓮弥がまだ来るべき未来のために色々抵抗していた結果。ハッキングのことを学ぼうと思ったのはこの集団の存在がキッカケだった。

 

 その集団は最初から注目されているわけではなく、オタクが喜びそうな新型の音声合成システムや、フリーゲーム開発ツールなどの高性能のフリーソフトを配信していただけの集団だった。だが、その活動はだんだんエスカレートしていき、その果てに新型ウィルス対策フリーソフト「ソフィア」が既存のセキュリティソフトの何よりも優れていることが発覚してから世界的に注目されることになる。

 それからも既存のものより遥かに優れたシステムやらアプリやらを完全無料のフリーソフトとしてばら撒き続け、それが問題視されることになりはじめた頃からネット上でも話題になった。

 構成員は七人で全員ハンドルネームは明かされており、世界中の人間がその正体を知ろうと躍起になって探していたが、その正体にたどり着くものは誰もいなかった。そしてその活動が新型オペレーティングシステムの開発という領域にまで及び、最終的に某知恵の果実や窓の製造元を潰すのではないかと言われた最強のオペレーティングシステム「ALTIMIT」のβ版を出して以降、突如として活動を停止。

 噂ではその活動がアメリカの国益を著しく損ねるため、CIAに消されたとも逆に勧誘されたとも好き勝手言われていたが、中にはメンバーは遥か未来からきた未来人ではないか、どこかの国が開発していた人工知能が勝手に活動しているやら憶測が流れ、挙句の果てに活動内容やその行動から、実はリーダーである破軍の奇禍(カオス・ディザスター)を始めとしたメンバーはほとんど学生で受験勉強があるから活動を辞めたのではないかと言われることもあった。

 

(……まさかな)

 

 破軍の奇禍(カオス・ディザスター)も電子の女帝もその創世神(ジェネシス)メンバーのハンドルネームだが、まさかそんな人物が偶然ここにいるとは考えにくい。

 

 とりあえず蓮弥は深く考えないようにすることにした。

 

「待たせたなお前ら。これからの方針を伝える。まずは俺達だが、どうやら吉野は封印作成に問題なく参加できる奴らしいと分かった。だから一先ずこっちの心配はしなくてもいい。だから問題になるのは王都に襲い掛かってくるレギオンだな。それは蓮弥に任せてもいいのか?」

「ああ、それはいいが。だけど流石に俺も今から十三日ぶっ続けで戦い続けるのはきつい」

 

 体力的にも魔力的にも問題はないかもしれないが。精神的な消耗は強いられることになる。蓮弥はフレイヤが暴走しないように見張るとういう役目もあるので余計に神経を使うのでなおさらだ。

 

「そうですね。だからこそ、ユエやシアはその間修行に打ち込んで、各々レベルアップに努めてください。特にユエ。あなたにはこの間に神ノ律法(デウス・マギア)の完成に至ってもらいます」

「うん、頑張る」

「私も、頑張りますぅ」

 

 ユナの言う通り、ユエとシアは各自修行を行い、一定レベル以上になればレギオン迎撃に参加してもらうことになる。

 

「白崎には俺達のサポートをしてもらう。ティオは竜化を使って避難民を運ぶ役割を担ってほしい。そして雫はレギオン討伐と他のサポートを臨機応変にやってほしい」

「うん、わかったよ」

「うむ、任せるがよい」

「私も了解よ」

 

 蓮弥の言葉に香織、ティオ、雫が了解を返す。これで蓮弥達の役割は決まった。

 

「勇者達は災害復興とここに来る避難民たちの援助を」

「ああ」

「わかった」

 

 

 こうして、レギオン対策の方針が決まった蓮弥達。だが、無情にも大峡谷のレギオンは魔力阻害に阻まれながらも徐々に数を増やしていく。徐々に迫る世界の終わりに、果たして何が待ち受けているのか。

 

 

 世界終了まで、残り十三日。

 

 




>ミレディ、無事生存を確認
現在は大迷宮を要塞化して現地でレギオン発生を抑制しながら引きこもり中。

>大災害『獄蛇』
ミレディの口から語られた既に滅びていることがわかっている大災害の一柱。元々魔素を喰らって成長する性質を持った蛇だったが、最終的にトータスの大陸を東西に横断するほどの巨体に成長し、世界中の魔素を吸い上げ滅ぼしかねないほど成長したのでエヒト達到達者に討伐された。ライセン大峡谷は極蛇の巣穴が掘り起こされてできたものであり、そこに死骸を遺棄した結果、魔素を喰らう権能が魔力分解能力に変化して土地に染み付くことになった。ライセン一族はその魔力分解能力の濃度をコントロールする技術があったらしいが、ミレディがそのことを知ったのは零本編が終了してからだいぶ後のことだった。

>南雲ハジメ(14)
ある意味全盛期だったころのハジメ。表面上大人しくしていたが、家やネット上だとあふれ出る十四歳に身を任せ、割と好き勝手やっていた。両親曰く、当時のハジメは現実にいながら異世界にいたと言われ、暖かく見守っていたのだとか。
フォース(厨二魂)の導くままに後述するネットサークルを作り、一部の世界が大騒ぎになるほど大暴れした。今ではその当時のことは完全に黒歴史になっており、普段は記憶の奥底に封印している。

創世神(ジェネシス)
ハジメがきっかけで立ち上がったハッカー集団。最初はハジメこと破軍の奇禍(カオス・ディザスター)の厨二の発散場所だったが、それに惹かれて集まったメンバーが一人でも本気を出せばやっべぇ奴らばっかりだったので世界中で注目されることになってしまった。ハジメが受験勉強に集中するということであっさり解散した。
以下メンバー

破軍の奇禍(カオス・ディザスター)(南雲ハジメ)
電子の女帝(吉野真央)
BB
さすおに
LEW
9S
サウザンドスカイ

なお、こいつらはハジメと真央以外は本編では出ない可能性が高い。

メタ的に言えばありふれた高校生であるハジメが百歩譲って銃はともかく、ヒュベリオンやフェルニルなんて作れるわけがないだろうという作者のツッコミを本作なりに補完するための設定。つまりハジメはその才能をメンバーと切磋琢磨して磨いた結果、地球時代でも割とやばい技術をもってたという設定です。

次回はそろそろ優花に出番を上げたい。

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