ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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今回は宣言通り優花のお話です。


優花の決意

 正直に言うなら覚悟はできていた。

 

 もう一年前になるのか。地球にいた頃、実家の店にて彼が彼女を連れてくるようになった時から。

 

 その時の彼は口では一人でゆっくりコーヒーくらい飲ませろと文句を言っていたが、彼女を邪険にすることはなかった。

 彼女はコーヒーを飲む姿すらカッコいい印象を与える女傑だったが、彼の前では学校では見せない表情を見せていた。

 そんな二人の姿を見せつけられていれば、例えどんなに鈍い人であろうとも、いずれこの二人が恋人同士になることくらいわかるだろう。

 

 正直彼女が疎ましいと思ったこともある。学校ではともかく、この店での彼との時間は私だけの聖域だったのだ。その聖域にいきなり踏み込んできた挙句、彼の側にいるようになったのだから。

 

 もう少し積極的に行動していれば何か変わったのだろうか。

 

 例えばもう少し早く告白していれば、彼は一人でここに通うようになったのだろうか。

 

 だけど現実にはそうはならない。

 

 悔しいと思う。負けたくないとも思う。

 

 けどその恋敵は隙が無いくらい綺麗でカッコいい人で……

 

 だけど、用事で一人先に店から出ていった彼を見つめるその瞳は……

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 レギオン氾濫まで残り十日。蓮弥は迫りくるレギオンを討伐し終え、一息つくところだった。王宮の屋上へ向かう蓮弥は珍しく一人で行動しており、現在、その身にはユナもいない。

 

 

 現在、ユナは暇を見つけてはユエの修行を見ているという感じだった。蓮弥が聞いたところ以前から開発していたユエの新技がもう少しで完成するとのことで、ユナは以前の王都でのユエの失態を正すことも含めて厳しく修行を付けている。

 

 

 雫はユナと同じく、修行を行っているシアに付き合っている。シアの修行は安定期を迎えたとのことでここからは訓練相手がいたほうが伸びるということらしい。当初は神父から闘気変換の技能を貰った龍太郎がその技能を伸ばすためにシアと一緒に修行しようということになっていたのだが、初日に闘気全開でシアに挑んだ龍太郎が力の差を見せつけられる形になった。蓮華を纏ったシアのデコピン一発で吹き飛んだのは流石に堪えたらしく現在は香織監修の元、災害復興を手伝いつつ修行を行っているようだ。

 

 

 フレイヤは姿を消していた。もっとも聖約により、今も蓮弥の知覚範囲内に気配を感じているが、どうやら王都をぶらぶら歩いているらしい。案外あの使徒も一般世間が珍しいのかもしれない。変に締め付けてイライラされるのも困るので蓮弥は周囲に被害が及ばない限りは放置することに決めている。

 

 

 そしてハジメは真央と共に大災害レギオンの封印作成中だった。蓮弥が見た限り進捗は順調そのものらしく、すぐにアーティファクト『ヘファイストス』のアカウントを獲得した真央の──余談だが、ハジメが苦戦したパズルを真央は一回で解読した──参戦は相当影響が大きかったのだとわかる。元々ハジメとは知り合いであり、どうやら技術者としても信頼がおける関係であったというのも大きいようだ。もっともハジメは時々真央に過去の黒歴史を掘り起こされて悶え苦しんでいたが。

 

 

 そして蓮弥はと言えば……正直に言えば少し疲れていた。いくら体力魔力共に無尽蔵に近いとはいえ、何事にも限度というものがある。昼夜関係なしにレギオンは襲ってきておりそれの対処でほとんど王都周辺を飛び回っているような状況だ。

 一度雫から香織のマッサージを受けてはどうかと提案されたが、その香織当人に拒否された。ハジメ以外の男性を……などという理由ではなく、単に聖遺物と霊的に融合した現在の蓮弥の身体は香織には理解不能すぎて弄りようがないのだと言う。

 

「まさか、そんな弊害があるなんてな」

 

 だからこそ、少し時間ができた今、少しでも休息を取るために王都の屋上に来ていた。今の時期は暑くもなく寒くもなく、過ごすには中々快適な空間だったからだ。

 現在時刻は夜。王都の空には星が良く見える。それを眺めながら一息つくのも悪くないと蓮弥は考えていたのだが、その前にどうやら蓮弥以外に屋上に来ているものがいることに気付く。

 

 少しオレンジかかった茶髪をふわふわポニーテールにしているのは、愛ちゃん護衛隊の一人であり、蓮弥とは個人的に仲のいい数少ない人物の一人、園部優花だった。

 

「よう、優花。奇遇だな、優花も休憩か」

「蓮弥君……こんばんわ」

 

 蓮弥の存在に気付いた優花は蓮弥に振り返る。その顔には少しだけ疲れが見える。優花とて勇者達の一員としてこの町に避難してきたものを神山に誘導したり働きっぱなしだったのだ。蓮弥は柵に寄りかかる優花の横に立つ。

 

「どうしたんだ優花、こんな時間に」

「ちょっとね。訓練してたらこんな時間になっちゃって」

「熱心だな。けどあまり無茶はするなよ。優花が倒れたら意味ないんだから」

「わかってる。けど私にはあのレギオンとかいうのを倒す力はないし、これしかできないから」

 

 もしかしたら優花は力不足を痛感しているのかもしれない。だが、正直七耀を蓮弥やハジメの想定以上に使いこなしている優花の実力は決して低くはない。そのナイフ捌きを見て大興奮し、封印作成の合間に七耀をバージョンアップさせるくらいにはハジメも感心していた。蓮弥個人としては状況次第では勇者である天之河光輝より強いんじゃないかとか少し思っているくらいだ。

 

「そんなことはないと思うぞ。少なくとも王都の人達は優花に感謝している」

 

 それに優花の活動は避難誘導だけじゃない。蓮弥達が大型のレギオンを討伐している際に現れる黒い魔物は優花達でも討伐可能なので優花は襲われている住民がいれば積極的に助けている。間違いなく優花のおかげで救われた命も多数あるはずだ。

 

「ありがと。けどね……本当は私……」

 

 優花は一度ぐっと身体を固くすると蓮弥に向き合う。その瞳は、真っすぐ蓮弥を捉えていた。

 

「蓮弥君……ずっと、ずっと聞きたかったことがあるの」

「優花?」

「蓮弥君は……その……」

 

 

 

 

「雫と……付き合ってるの?」

「……」

 

 正直、蓮弥はいつか言われると思っていた。蓮弥も既に優花の好意が憧れ以上のものになっていることに当然気づいている。その上で王都に来てからそれなりの日数、ユナと雫と共にいる光景を目撃されているのだ。蓮弥としてはハジメやユエほど露骨な態度は取っていなかったと思うが、見る人が見ればバレバレだったのだということが優花の目を見ればわかってしまう。

 だからこそ、蓮弥は正直に答えるしかない。

 

「ああ、俺は……雫と付き合ってる」

「もしかして、ユナさんとも?」

「そうだな」

 

 優花が二人同時に恋人にする行為にどう思うかはわからないが、蓮弥としては今更隠し立てなど無意味だろうと考え、これも正直に話すことにした。

 

「そっか……」

 

 優花はそう呟くと一度遠くを見るように空を見上げる。その間蓮弥は何も言わない。ただじっと待っていた。

 

 そして数分経過したころ、優花が沈黙を破り口を開く。

 

「私ね。この世界に来るまでは……正直今のままでもいいかなって思ってたんだ。たまに蓮弥君がうちのコーヒーを飲みに来て、それを眺めているだけでも良かったと本気で思ってた。だけど、蓮弥君が奈落の底に落ちて、二度と会えなくなったと思った時は……後悔しかなかった」

 

 優花の言葉を黙って聞く蓮弥。その声には万感の想いが込められているように感じた。蓮弥が奈落の底に落ちて影響を受けたのは雫だけじゃないということはわかっていたつもりだ。だが……やっぱり蓮弥が思うより爪痕は大きい。

 

「だからね。……すー、はー。……もう後悔したくないから、言うね」

 

 優花は再び、蓮弥の目を見る。その目に宿るのは、強い意思。

 

「私、蓮弥君のことが好き。好きです。ずっと好きでした」

「優花……」

 

 優花の想いを受け取った蓮弥は、既に決まっている自分の心を優花の目を見て打ち明ける。

 

「俺は……優花の想いには応えられない。もしかしたら優花の目には不純に映るかもしれないけど、俺はユナと雫を愛してる。その想いを裏切ることはできない」

「……知ってた」

 

 少し涙交じりで、優花は満天の星空の中で笑った。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 翌日、優花は一人王都の街を歩いていた。昨夜王宮の自室に急に籠り出した優花を愛子先生護衛隊のメンバーに心配されたが、大丈夫だと言って昨日は枕に顔をうずめた。

 

 そして、愛子先生の言葉により本日一人休暇を貰った優花は王都の街に出ていると言うわけだ。正直にいうならこんな非常事態に一人何やってるんだと言う思いはあるが、同時に今の自分が何をやっても大した力になれないような気がしてくる。

 

 そしてもっと言うなら……

 

「少し逸ったかな」

 

 このタイミングで蓮弥に告白したのがまずかっただろうか。そう考える優花だったが、やっぱりこんな時だからだとも思う。正直優花は今襲ってきている敵の脅威度はよくわからない。もちろん脅威であることはわかっているのだが、それがどの程度の規模なのかは漠然としていていまいち判断がつかなかった。けど、話を聞く限り蓮弥ですら危ない敵であることだけはわかっている。また彼がいなくなるかもしれない。そう思うと気持ちを抑えることができなかった。

 

「しっかりしなきゃ」

 

 昨晩枕に顔を埋めながら気持ちを吐き出したことで頭の方は冴えている。後は気力だけ足りない状態だからこそ、今も懸命に町を守ろうとしている王都の民達から活力を分けてもらおうと思ったのだ。

 この世界に生きる人達はたくましい。例え自分達ではどうにもならないような強大な敵が現れたとしても自分にできることを精一杯やろうと立ち止まらない。

 

 立ち止まらない。それは優花がこの世界を自分なりに生きていこうと思った際に立てた優花の誓いみたいなものだ。少々不謹慎かもしれないが、周りの人達を見ているとその想いが蘇ってくるようだった。

 

 しばらく物思いにふけっていた優花の前に人が現れる。ぶつかってしまうかと思った優花が避けようと顔を上げた。

 

「優花? どうしたの?」

「!? 雫?」

 

 優花の目の前に現れたのは雫だった。以前とは違う軍服を纏ったその姿は以前よりもかっこよく見える。これを直接雫に言うと嫌そうな顔をされるのだが、やっぱりどうしても雫の第一印象はかっこいいになってしまう。

 

「今日はみんな一緒じゃないのね」

「えーと、ちょっとね。今日は不調だから休みを貰って……そういう雫は?」

「私はシアとの特訓の帰りよ」

 

 今雫はシアと一緒に特訓を行っているのだという。以前その訓練内容を見させてもらったが、その光景は自分達とはレベルが違うものだとしか言いようがなかった。

 蒼いオーラを纏って次々豪快に素手による攻撃を繰り出すシア相手に、同じく素手で必要最小限の動きで躱して投げ飛ばしたり、当身を行ったりする雫の動きは洗練されたものだと格闘素人の優花でもわかった。おそらく話に聞く実家の古流武術か何かなのだろう。この世界でも通じる古流武術とは一体どんなものなのか気になるが、それより気になってしまうのがやっぱり目の前の友人の強さだった。

 

「ねぇ、雫。ちょっといい?」

「いいけど、どうしたの?」

「……雫はどうしてそんなに強くなれたの? 多分だけど神代魔法だけじゃないよね」

 

 クーランの町で会った時の雫は確かに強かったが、正直ここまで並外れてはいなかった。神代魔法を手に入れたから強くなったというのは間違いではないのかもしれないし根拠はないが、優花は何となくそれだけが理由ではないように思えた。

 

「えーと、それは……」

 

 優花の問いに対して言い淀む雫。もしかしたら言えない事情があるのかもしれない。ならもう一つ言いたかったことを言うことにする。

 

「雫、私ね!」

 

 

「敵襲! 敵襲! 例の魔物が現れたぞー!!」

「!?」

 

 優花が声を掛けようとしたタイミングで衛兵が住民に避難を呼びかける。

 

「ごめん。優花。私、行かないと」

「あっ、雫。ちょっと待って」

 

 手に村雨を呼び出し、レギオンが現れた場所まで赴こうとする雫を優花が止めようとして……

 

 

 それは起こった。

 

「えっ……?」

 

 突如雫と優花の頭上に出現した黒い球体。

 

 足元に広がる黒い沼。

 

 それに抵抗する暇もなく。

 

 雫と優花は、沼の底に引きずり込まれた。

 

 

「ここって……雫?」

 

 沼の底は砂浜だった。周りを見渡すとある一定の場所の先は闇の海が広がっている。

 

「もしかして……閉じ込められた?」

 

 優花は七耀を取り出し周囲を警戒する。明らかに異常な空間。何が起きるのか正直想像もつかない。

 

「せめて雫と合流しないと」

 

 あの時、雫が一緒に取り込まれたのは間違いない。自分より強い雫ならきっと大丈夫だと優花は砂浜を歩き始める。

 代り映えしない景色が続き、歩いただけで気力を根こそぎ奪い取られそうになりながら歩くこと数分。ようやく周囲とは違うものを発見した。

 

「これ……なに?」

 

 それは蠢く直径十センチくらいの黒い穴だった。どう考えても普通じゃない。だがだからと言って攻撃してしまっていいのかもわからない。できれば雫と合流したかったが……

 

「!?」

 

 だがそうもいっていられない事態が発生した。黒い穴は突如泡のような形状になり優花に襲い掛かってきたのだ。

 

「この!」

 

 七耀にて撃ち抜くが、黒い泡は止まることがない。何をやっても壊せないことがわかり、ここは逃げの一手だと優花は足を踏ん張るが。

 

「えっ、どうして!?」

 

 足が動かない。まるで砂にすいよせられたかのように棒立ちになっている優花に黒い泡は迫り……取りつくように襲い掛かる。

 

「あぐぅ」

 

 

 ドクン

 

 優花の視界が闇一色に染まる。

 

 何も見えないし、聞こえない。

 

 否、声は聞こえてくる。

 

『本当は雫のことが憎いんでしょ?』

『突然自分と蓮弥君の世界に踏み込んで、散々その関係を見せつけた挙句、あっさり恋人になって蓮弥君を奪い取っていった雫が』

『隠す必要なんてない。私が、あなたの力を引き出してあげる』

 

 その声に優花は……

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

「優花ーッ、どこにいるの!? 返事してーッ!」

 

 雫はこの異空間に取り込まれてからずっと優花を探し続けていた。

 

 雫と優花が取り込まれた空間は、以前ユナに連れてこられた異界に近いとわかった。一応解法による夢のキャンセルにてこの世界を解体できないか試してみたが駄目だった。だからまずは優花と合流するのが先決であると判断し、捜索している最中だった。

 

「そんなに離れてはないと思うけど……! 優花ッ」

 

 そして探している内に優花を発見する雫。優花は砂浜で上を向きながらじっと立ち尽くしていた。

 

「優花ッ、良かった。怪我はない?」

「しず……く……」

「優花?」

 

 どこか虚ろな目を向けてくる優花に雫は怪訝な表情を返す。少し様子がおかしい。そう思い雫は解法の目を優花に向けようとして……

 

「……!?」

 

 突如飛来したものを村雨で切り払う。それは、七色に光るナイフだった。

 

「優花……?」

「し、ずく。……逃げて、あ、ああああああ!!」

 

 頭を抱えた優花から黒い泡が噴き出す。それと共に出現する無数の七耀。十、二十、三十と数を増やし優花の周辺に旋回していく。

 

「これって……!」

 

 雫は優花を診る。そして優花の体内でナニカが巣くっていることに気付く。

 

「まさか……レギオンッ?」

 

 虚ろな目をした優花が手を掲げると周囲の七耀が一斉に雫に向けて刃を向ける。そして……

 

 爆音と共に射出された。

 

「くっ、はぁぁぁああああ」

 

 八重樫流"乱閃"。周囲を乱れ斬ることで剣戟の結界を作り、七耀を斬り落としていく。だが斬り落としても斬り落としても次々射出される刃。

 現在進行形で優花の七耀は増え続けていた。優花の七耀には魔力によって増殖するようにユナにより聖術の付与がされている。つまり魔力量によって七耀の数は決まると言っていい。普段の優花なら一度に数十本で限界だが、今回はそんなものではなかった。

 

 百を超えても増殖していく七耀。それが虹を描くように雫を半円状に囲み、乱れ舞いながら襲い掛かる。雫はその爆撃のような攻撃を時に斬り払い、時に躱し、時に透過してすり抜けて対処する。その様子を七耀と自分の位置を付与された空間魔法により固定することで七耀ごと浮かび上がった優花が目で追う。

 

「これ……きついッ」

 

 雫は焦っていた。撃ち落としても撃ち落としても数を増し、操作精度が上がっていく七耀。今でも躱しきれずにかすり傷を負い始めたのだ。これ以上続くようなら自分でもやられる。

 

 一番わかりやすい攻略法はこの飛剣舞の奏者を攻撃すること。つまり優花を攻撃することだ。だが、それはつまり……優花を斬ることを意味していた。

 

「なんとか優花の意識を落とせれば」

 

 だが、そんなことできるわけがない。だが現状の雫では優花に寄生しているらしきレギオンのみを斬ることはできない。ならば峰打ちで優花の意識を落とせればと考えるが、雫はそんな悠長なことを考えている余裕がないことを知る。

 優花が突如滞空高度を上げ、周囲を七耀で覆い始めた。まるで七耀に付与された風魔法により自身を覆うように。そしてその段階になって雫は自分が追い詰められていることに気付く。

 現在砂浜には優花による爆撃のような攻撃と雫により切り払われた七耀が散乱している。そしてその数百に至る七耀が雫の側に固まって落ちているのだ。そこで雫は背筋に冷たいものが走る。思い出したのだ。優花が七耀を爆発させて攻撃できることを。

 

「しまっ……」

「……武装解体(ブレイク)

 

 指を鳴らす音が無情にも無音の空間に響き渡る。そして地上にて七色のナイフによる爆発劇が始まった。

 

「くぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 響き渡る連鎖大爆発。地上の砂浜は次々と吹き飛び、地上には色とりどりの爆炎が舞っている。魔物の大群すら屠れる大火力。それが約1分間続き、地上が煙により見えなくなる。

 

「……」

 

 黒い泡を纏う優花は終始無言だった。まるで感情を感じさせない目で地上を見ている。

 

 

 

「いい加減。優花を返してもらうわよ!」

「!!」

 

 だからこそ空中に浮かぶ優花の背後からの奇襲に反応が一歩遅れた。その奇襲を行ったのはもちろん、纏う軍服の一部を焦がしながらも大爆発を生き延びた八重樫雫だった。

 連鎖大爆発を前に雫が取った行動は……前進だった。解法にてすぐに一番爆発の面が薄い場所を見つけ、そこに剣を前に突き出して突っ込んだのだ。結果、村雨により道を切り開くことでなんとか最小限のダメージで済ませることができた。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

「うぐぅッ」

 

 雫の峰打ちをもろに喰らった優花が砂浜に墜落する。そして雫はすかさず地上に降り立ち奇襲を行う。

 

 現在優花の周囲に浮かんでいる七耀はない。雫は村雨に解法を纏わせ優花の意識を落としにかかる。

 

 だからこそ、これは完璧な奇襲だった。

 

 砂浜から現れた約十本の七耀。それが雫を囲むように襲い掛かってきた。

 

(まさか……全部爆発したんじゃ!?)

 

 駄目だ、間に合わない。戟法の迅により加速した思考で考えるが取れる手段がない。優花に刃が届く前に、雫は全身を串刺しにされる。

 

 優花と雫が接近する。かくして優花の刃が雫に届き、雫は砂浜に崩れ落ちる……

 

 

 ことはなかった。

 

 

 

 優花の七耀が雫の周囲で命中する直前に停止したからだ。

 

「優花?」

「駄目……違う……私は……こんなことがしたいんじゃ……ない!」

 

 優花が苦しそうにうめく。

 

 雫はそのチャンスを逃さない。今優花は抗っている。なら気絶させるのではなく……

 

「優花ごめん。入るわよ」

 

 優花の頭を掴み解法を使用。その応用にて優花の内界、内に広がる夢に潜航した。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 

 優花は思う。

 

 園部優花にとって、八重樫雫とはどのような存在であるのかと。

 

 

 八重樫雫と言えば、成績は優秀、容姿は端麗。実家は剣術道場をやっておりその影響で剣道部の不動のエースにして無敗の女傑。まず立ち振る舞いやしぐさが格好良く、実際目にしたことはないが、そんな雫をお姉様と慕う集団がいると優花は聞いたことがあった。普段は天之河光輝の幼馴染で取り巻きの一人だが、そんな雫には別の顔があることを知った。

 優花の実家の店に来る雫は、よく笑う。雑誌に載っている子猫の写真を蕩けるような笑顔で眺めたり、ネコナたんという人形を集めていたりするファンシー趣味がある。そしてそんな顔は……蓮弥の前でしか見せない。

 正直気に食わない。蓮弥とそんなに親しいのなら、普段の学生生活でもそうすればいいのだと思う。そしたら……

 

 

「私は……諦められたのだろうか」

 

 雫の前には優花が立っている。最初は虚ろな目をしていた優花だったが、一人語りが始まって少しずつ目に光が戻っている。

 

「ねぇ、雫」

「……何」

 

 唐突に話しかけられた雫は、優花の目を見つめ返す。優花の目は完全に光を取り戻していた。

 

「正直私ね。ちょっとだけあなたが疎ましかった」

「……うん」

「なんで蓮弥君とデートするのにうちの店を使うのかとか、人前でイチャイチャして見せつけてるのか、とか」

「あれは……別に見せつけてたわけじゃ……私だって必死だったのよ」

「知ってる」

 

 そう、優花は知っていた。用事で一人先に店から出ていった彼を見つめるその瞳が……切ない色を伴っていると気づいた時から、優花が思うより雫は必死だと気づいていた。

 まるで手の届かないものを必死に求めるかのような目は、優花にも通じるところがあると思ったから……

 

「だからさ、蓮弥君を追い求める必死な目をしている雫を見て、勝手に自分と同じだと思ってた。いや、今も思っている」

 

 その頃から優花にとって雫は絶対敵わない強敵ではなく、親近感を抱くライバルになっていた。

 

「私、今日蓮弥君に告白した」

「ッ……そう」

「もちろん断られた。だけど……だからってすんなり諦められるわけじゃない」

 

 告白した結果、振られた。だから諦めて次の恋を探さなくてはならない。理屈ではそうなのかもしれないが、恋愛はロジカルではないのだ。そしてこの世界に来て思ったこと。それは悲劇は意外と身近にあるかもしれないということ。だからこそ悔いのないように生きなければならない。

 

 それと、女は度胸だ。

 

「私、蓮弥君が好き。告白して断られたけど……それでも私は止まらない。それだけはしない。だから諦めない」

 

 それが優花の決意。振られたからといって素直に諦めなければならない道理はない。これはそのための宣誓だった。

 

 優花の覚悟、そしてレギオンの侵食から抗って見せたその精神力。そして告げられた蓮弥への想い。それを受け取った雫は……ある決意を固めていた。

 

 

 優花なら相応しいと。

 

 

「諦めないって優花は言うけど。……生半可な覚悟で蓮弥を追いかけることは許さないから」

「わかってる」

「私とユナがお互いの関係に納得するために、結構本気の殺し合いをする必要があった。それでも……」

「諦めない。蓮弥君がユナさんと雫を同時に愛するなら、その隙を狙って私は三人目を目指すから」

「言っとくけど、蓮弥に好きになってもらうためにアピールするなら、私やユナの援助は期待しないでね。それをするのは蓮弥への裏切りになるから」

「流石にそんなこと要求しない」

 

 雫とユナを平等に愛すると言ってくれている蓮弥に対して、別の女を三人目に薦める行為は、蓮弥への裏切りになるだろう。だからこそ容赦なんてしない。そう簡単に三人目の席ができるとは思わないことだと暗に伝える。

 

 そして後一つ、聞かなければならないことがある。

 

「蓮弥のために……命を懸けられる?」

 

 その言葉に対して、優花は微笑みながら答える。

 

「それが蓮弥君の……そして私のためになるなら」

 

 その答えを聞き、雫は印を結ぶ。とある夢を優花に行使するために……

 

「……わかった。その言葉を持ってあなたの心に”(まこと)”があるとみなします。優花、あなたに……」

 

 

 

 

 

 

 

眷属の許可を与える

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 そして、雫と優花は砂浜に帰還する。優花の中に寄生していた黒い泡状のレギオンは優花から引き剥がされ、空中にふわふわ浮いている。

 

 雫と優花はそれを見上げる。優花の瞳は……蒼い輝きを放っていた。

 

「行くわよ……優花ッ!」

「応ッ!」

 

 泡状のレギオンが無数の黒い手を生やしながら襲い掛かってくる。それを雫が躱し、切り払いながら前進する。

 

 泡状レギオンは手の数を増やして三次元的に攻撃するも、雫は揺るがない。なぜなら雫の対応範囲外の攻撃は、優花が迎撃するからだ。射出された七耀は黒い手を撃ち落とすがいくつか躱される。その躱した手は今度は優花に狙いを定めて襲いかかろうとするが、一度射出されたはずの七耀が()()()()()()()()()()()()レギオンを撃ち抜いた。

 

「これ……すごッ」

「どうやら優花は咒法に適正があるみたいね」

 

 そう、今まで一度射出したら真っすぐにしか飛ばなかった七耀が空中で自在に変化したのは、唐突に七耀に新機能ができたわけではなく、優花の邯鄲の夢の力だった。

 

 邯鄲の夢は基本的に盧生以外には使えない。正確に言えば特殊な道具を使うという道もあるが、そうでなければ夢は盧生だけのものだ。だが、例外もある。それは盧生から眷属に認められ、契約を交わした者。その者には邯鄲の夢の五つのステージ。序詠破急終の内、急ノ段までの夢の行使が可能になるのだ。

 

 敵に回せば恐ろしいことこの上なかった飛来する虹色の閃刃は味方になればこれほど頼もしい物はない。優花なら必ず雫をレギオンまで無事に届ける、そう信じて雫はレギオンに接近する。

 

 雫への攻撃が優花の変幻自在の刃に全て撃ち落とされると思ったレギオンはその身ごと雫に特攻した。おそらく今度は雫を乗っ取ろうとしたのだろうが……

 

「あいにく、それは悪手よ。このまま闇に帰りなさい!」

 

 楯法と解法で作ったバリアにて阻まれたレギオンは、振り下ろす雫の村雨丸の斬撃の前に、あっさり霧散して消滅した。

 

 

 

「終わった?」

「そうみたいね。後はこの空間をゆっくり解体するだけよ」

 

 この世界を創形していたレギオン本体が消えた今、ほっといても自然に解体されるはずだが、雫も優花も好き好んで砂埃の舞う場所に長居したくない。

 

「これが……雫の力の秘密?」

「そうね。邯鄲の夢と呼ばれる力なんだけど、詳細は後で説明するわ。これから優花には私の眷属として邯鄲攻略に付き合ってもらわないといけないから、これからよろしくね……色々と」

「うんッ」

 

 雫は後でユナにも報告しなければならないと思いながら解法の崩にて徐々に異空間を崩していた。だが、突如異空間に異変が起きる。

 

 

 空中に縦線が入り、異空間が真っ二つにされた。

 

「雫ッ、優花ッ。無事か!?」

 

 そこには創造の神滅剣を構えながらレギオンの異界を一撃で破壊してこちらに駆け寄ってくる蓮弥の姿があった。その姿をみて雫と優花はお互い目を見た後微笑んだ。どうやら雫達の王子様は中々いいタイミングで駆け付けてくれるらしい。

 

「ここよー蓮弥ッ。私も優花も無事だからーッ!」

 

 

 

 蓮弥の周辺にも変化が起きる。

 

 未完の盧生は旅の共になる眷属を手に入れ、さらに深い階層まで潜航を開始する。

 

 新たに生まれた眷属は本当に自分がやりたかったことのために、その力の使い方を夢の主人である雫と共に学ぶことになる。

 

 これから二人にどんな道が待っているかわからないが、きっといかなる試練であっても協力しながら真っすぐ進んでいくことだろう。

 

 なぜなら二人には、ある一つの共通する想いがあるのだから。

 

 

 

 

 世界終了まで、残り九日。

 




>優花の実力
実は本人が思っているほど弱くはないです。所謂ギルガメッシュ戦法が嵌れば光輝相手に封殺できるくらいには強いので。

>新型レギオン
以前51話『レギオン』にてモデルに????があったと思いますがその正体は.hackのAIDAです。悪食と同じく異界を形成できるタイプで人の心に侵入して感情を増幅したりする厄介なやつです。

>盧生と眷属
盧生は自分が気に入った人間を眷属にすることができる。眷属になった人間は急ノ段までの邯鄲の夢を行使可能になる上に、夢界の中では盧生がいる限り死んでも蘇生できるようになる(ただし現実でも蘇生できるかどうかは不明)
眷属は盧生と繋がることで夢の恩恵を授かることができるが、この契約は完全に盧生の側に全権が委ねられており、盧生は気分次第でいつでも契約を一方的に切ることができるし、使える夢のレベルを下げることも可能。故に基本眷属では盧生に勝てない。
そして最大のデメリットが契約中にもし親である盧生が死亡した場合、道連れで眷属も死亡する。今回の場合は万が一雫が死ぬと道連れで優花も死ぬ。
一方盧生の方は眷属を増やすことにより単純に戦力の確保ができる上に眷属を増やせば増やすほど夢界にて行われる邯鄲攻略の難易度自体が下がるというメリットを得る。基本的に眷属を作る条件や制約はないので完全に自分の裁量で眷属を作ってもいいが、あまりにも数を増やしすぎると……

次回はおそらくユエの新技の完成形のお披露目回。

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