ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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コロナのせいで遊びに行くのもままならない状態が続いていますが、こういう時、趣味の一つがネット小説の読み書きだと強いと思います。

本作の存在が、読者の皆様のささやかな楽しみになれば幸いです。


第5.5章
強くなるために


「そうか……特にミュウにもレミアにも、違和感とか異常はないんだな?」

『はい、ハジメさん。私もミュウにも特に変な所はないと思います』

 

 ここはSFルーム。そこで南雲ハジメがエリセンから王都まで通信を繋いでレミアと話し合っていた。

 

 

 キッカケは王都襲撃での恵里との戦い。本来直接戦えば圧倒的に不利な立場にいる恵里は、ミュウを自身の保険にすることにより互角以上の立ち回りをして見事に逃げ切って見せた。

 その時恵里は、エリセンの二人には手を出していないと言っていたが本当かどうかはわからない。恵里のあの様子なら十中八九本当だとは思うが万が一ということもある。だからこそ、こうして通信を繋いで二人の無事を確認していた。

 

「一応後から蓮弥を向かわせるから、そこでユナの診察を受けてくれ」

『はい、わかりました』

 

 恵里の縛魂という術は見た目では死人だと判断できないレベルに達している。メルドの副官が一ヵ月も死人だったことに、恵里を警戒していたはずのメルドすら気づかなかったくらいだ。現状のハジメでは確実に見破れるとは限らない。そう思っていた時に自分なら確実に見破れるとユナが診察を志願したのだ。

 

「あと蓮弥には二人に身に着けてもらいたいアーティファクトを持たせておく。それはいつも絶やさず身に着けるようにしてほしい」

 

 ハジメは認識が甘かったと考えていた。それはミュウ達を人質に取られることに関してではない。それは、自分がミュウを人質にされたことに想像以上に動揺してしまったことについてだ。

 人は失ってから失ったものがいかに得難い大切なものだったかに気付くというが、ハジメの心境はそれに近かった。幸い失わずに済んだものの、もしかしたらあの時、何かを間違えていればミュウを失っていた可能性だってあり得たのだ。

 なら同じ失敗を繰り返してはならない。認識が甘かったというならより厳しくするだけだ。ハジメは今できる限りのありったけの防御を付与したアーティファクトを常に身に着けてもらうようにすることにした。魔力消費が激しいという弱点があるが、それは例のレミア邸にいれば充電できる仕組みになっている。その辺りの細かいシステムを組めるようになったのは最近だ。

 

「ねぇ、ハジメ。……ミュウには会いに行かないの?」

 

 隣でハジメの様子を伺っていたユエがハジメに疑問をぶつける。ユエは、てっきり直接会いに行くと思っていたからその行動が意外だと感じていた。

 

「それは……俺が次にミュウに会いに行く時は迎えに行く時だと決めたからな。どうしても必要なら躊躇はしねぇが、やっぱりそう簡単に約束は破れない」

 

 今回のケースなら蓮弥とユナが向かうだけで十分だろう。それに……一度会ってしまうと再び離れられる自信がハジメにはなかった。

 

『ふふ』

 

 そこで通信が開いたままだったレミアが笑みを漏らす。

 

「どうかしたのか?」

『いえ、ミュウも似たようなことを言っていたので。今回も「パパに次に会う時は迎えに来てくれる時なの」って言って聞かなかったんですから。本当によく似ていますね』

 

 どうやらミュウも似たようなことを言っていたらしい。まさかここまで影響を受けているとは思わなかったハジメ。今はいいが、色々まずいところが似ないことを祈るしかない。

 

『ハジメさん。あなたとミュウが出会ってくれて本当に良かったと思います。あの子は父親を知らなかったので……』

「……」

 

 ハジメはレミアからミュウの本当の父親はミュウが生まれる前に亡くなったことを聞いている。それはすなわちレミアの夫の話でもあるわけで。

 

『ああ、ごめんなさい。しんみりするつもりはなかったんです。私のことは気にしなくても構いません。()()()()わかりましたので。けどせめて……ミュウの父親でい続けてほしいとは思っています』

「……あの子が、それを望んでくれるのなら」

 

 ハジメにとってもそれは、望むところだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ハジメは王都での出来事により自身の力不足を痛感していた。いや、キッカケと言えばまずはエリセンでの悪食であろうか。

 

 

 大災害──

 

 

 かつて神エヒトがこの地に封印した七つの災害。いくつかは滅びているが、同時に残りは神すらも封印することしかできなかった盤面をひっくり返しかねないジョーカー。まさかそんなやばい存在がいるなんてハジメも流石に想定していなかった。

 

 それ以前に正直に言えばハジメはある程度慢心していた部分があった。それも当然だろう。一番最初にこの世界に連れてこられた時、ハジメはこの世界の平均レベルの力しか持ちえなかった。それは紛れもなく転移者最弱であり、少なからず劣等感を抱かずにはいられなかったのだ。

 だがハジメは力を手に入れた。文字通り身を裂くような激痛と極限の恐怖と絶望を超えて。それからこの世界では破格の力を持った仲間達と出会い、例え神が自分達に牙を向こうとも自分達が力を合わせれば乗り越えられると信じるに値する力を手に入れたと思っていた。

 だが、この世界のレベルはハジメの想像を超えていたのだ。

 

 概念魔法──

 

 それは文字通り新たな概念を生み出す奇跡の力。

 

 そしてハジメは理解していた。この魔法が他の魔法とは一線を画する力であると。

 例えば神代魔法というものはこの世界の理に干渉する力のことを指すが、それはこの世界の基本的な魔法の延長にあると言ってもいい。正確にはこの世界の一般的な魔法は全て神代魔法の劣化なのだ。だからこそ、普通の魔法でも極めれば、神代魔法に限りなく近い力を使うことも不可能ではないとハジメは考えている。

 だが、概念魔法は違う。アレはこの世界の理に沿った力ではなく、この世界の理を侵す力だ。だからこそ、この世界の理に沿った力では概念魔法には絶対に勝てない。

 

 

 いかにハジメが神代魔法を駆使してすさまじい力を持ったアーティファクトを作ろうとも、相手が神代魔法以下の攻撃をすべて無効にするという概念を纏っていれば通じない。つまり基本的に、概念魔法は概念魔法でしか対抗できないのだ。

 つまりそれは現状、ハジメでは神エヒトに絶対勝てないということを意味していた。

 

 

 それは耐えがたい屈辱ではあるが、ないものねだりをしても仕方がない。ハジメが概念魔法の領域に達するには七つの大迷宮の攻略が必須なのだ。残りの大迷宮二つを突破し、七つの神代魔法を集めた時、ようやくハジメは、蓮弥達のいる領域に足を踏み入れることを許される。

 なので今は強くなるために別のアプローチを試さなくてはならない。つまり……

 

 ハジメは今、神獣ジャバウォックの力を取り込むため、香織の施術を受けるところだった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 

「これからジャバウォックの魔力回路を移植する前に、ハジメ君に改めて知ってもらいたいことがあるの」

 

 場所は王宮。そこの一室を借りてハジメは香織の説明を聞いていた。当初は今まで通りジャバウォックの肉を適当に焼いて食べようと思っていたハジメだったが、それに香織が待ったをかけたのだ。

 

「ハジメ君は魔物の血肉を取り込んで強くなった。それはもう仕方ないことだし、そうしなきゃ生き残ることができなかったのは理解できるよ。だけどね。せめて知っててほしいの。ハジメ君がやっていることは、ハジメ君が思っているよりずっと危険なことなんだってことを」

 

 香織が真剣な顔をしてハジメに言う。これはホルアドで再会した後で度々見せるようになった顔だった。それがどういう意味を持つのかハジメは未だに聞いていないが、この顔をする時の香織は真剣な話をする時だとわかっている。

 

「でも困ったな。どうやって説明したらいいんだろ。私って実は、あんまり詳しく説明できないようにされてるし……」

 

 香織が何かに悩んでいるとこの部屋に誰かが入ってくる気配を感じる。それは最近ハジメにも馴染み深くなった気配だった。

 

「なら私が代わりに説明してあげるわ。香織はマイナさんの紋章の戒律があるし、無理はしない方がいいと思う」

「真央ちゃん……」

 

 部屋に入ってきた吉野真央は香織にそう語る。

 

「紋章の戒律……ねぇ」

 

 ハジメが目を細めながら香織と真央を見る。その目を受けて香織は申し訳なさそうにするが、真央はどこ吹く風だ。

 

「つまりお前は説明してくれるのか。正直ずっと気になってたんだ。お前はもちろん、蓮弥やユナ、香織や八重樫。お前達を見ていればおのずと見えてくるものがある」

 

 ハジメは一拍置いて以前から気になっていたことをはっきりさせようとする。すなわち……

 

「あるんだな。地球にも……表では知られていない、裏の世界ってやつが」

 

 以前奈落の底で、ハジメはユエにハジメの故郷のことについて聞かれた時、こう答えた。

 

『魔法の力はない。その代わりに科学というものが発展した世界だと』

 

 ハジメもサブカル的な意味で魔法やファンタジー世界が好きではあったが、それらが科学全盛時代の現代地球に存在しているなど考えてもいなかった。ハジメはとある事情で世界の裏事情にも少し関わったことがあるがそれでもだ。

 

 だが現実は世間の一般常識とはかけ離れたものであるらしいことが、皮肉にも異世界に召喚されたことで見えてきた。この手の物語に精通していればわかるかもしれない展開。

 

 すなわち表の世界に隠れて、異能が蔓延っている裏の世界が存在するということ。

 

 

 その確信をつくような質問に対して、真央は冷静に答える。

 

「そうね。もうあんた達に隠してもしょうがないし、認めるわ。確かに地球にも、世間一般で認識されていない世界というものが存在する。私や香織はその一員。もっとも裏の世界で直接会ったことはなかったけど。後は藤澤君はよくわからないけど、雫はその関係者の縁者よ」

「やっぱりか」

「もっとも流石に詳しくは言えないから。一応決まりだしね。それは地球に帰ってからのお楽しみということで。安心しなさい。きっと元の世界に戻っても退屈しないと思うから」

 

 それはどういう意味でとらえればいいのかハジメは一瞬迷う。この世界に慣れたクラスメイト達が退屈しないということは……もしかしたら地球という世界はハジメが思っていた以上にファンタジーワールドだったということなのだろうか。

 

「それはひとまず置いておくとして、あんたの話を始めるわよ。まずあんたの状態だけど……香織の言う通り、あんたが思っている以上に歪なものよ」

 

 話を切り替え、真央は今のハジメの状態を指摘する。

 

「私達の世界にも異形の血肉を取り込んで力を得るという話は遥か昔から存在しているわ。人魚の肉を食べて不老不死を得ることになった、八百比丘尼伝説なんかが有名どころね」

「確かにそう言われてみれば……俺と同じだな」

 

 ハジメは網にかかった人魚の肉を食べ、八百年生きたと言われる伝説の尼僧、八百比丘尼伝説を思い出す。人魚という異形の肉を人が食らうことによって不思議な力を得るというところは、現状のハジメと似通っていた。

 

「異形の血肉を食らって力に変える。それは地球では過去、それなりに行われてきた儀式ではあるわ。だけどそれの成功率は決して高いわけではない」

 

 真央曰く、異形の血肉という劇物を摂取して、異能の力を手に入れることができるものなどほんの一握りなのだという。そしてその大半は取り込んだ時点で死んでいるとも聞かされるハジメ。

 

「言っておくけど神水の有無は関係ないから。アレはあくまで高純度の魔力の塊というだけだから。アレを取り込んだ際に回復するのは、高純度の魔力が生命力に変換されることで、自己治癒能力が劇的に上がるからよ。その証拠に神水では身体の欠損は治せないでしょ」

 

 その話は以前、ユナも同じことを語っていたことをハジメは思い出す。もちろん神水を取り込み続けたのは無駄だとは思わない。神水による膨大な魔力によって身体を維持できたのは間違いないからだ。だがそれではハジメの身体に起きたことは説明できないらしい。

 

「つまり俺には運良く適正があったから助かって、こうして自分の力にすることができているというわけか」

「その通りよ。仮にここに浴びるほどの神水があって、南雲と同じことを他の人がしたとしても大多数は同じ結果にはならない。仮に力を手に入れても、人の姿をしていない異形の怪物に成り果てる、なんてことも十分にあり得るわ」

 

 その話を聞いているといかにハジメは自分の運が良かったのか思い知らされる。生き残るためにはそれしかなかったとはいえ、もしかしたら人の姿を保てずただの化物になっていたかもしれないのだ。

 

「……笑えねぇな」

「香織に感謝しなさい。流石に南雲も魔物肉を取り込んだ副作用が全く出てなかったわけじゃないと思うし。もし香織の調律を定期的に受けていなかったら()()()で何か異常が出てたかもしれない。具体的には無駄に好戦的になったり、性格が傲慢で自分本位になったり……女にだらしなくなったりとかもあるかもね」

 

 真央の最後の一言にぴくっと反応する香織。ハジメには何を考えているのかはわからないが何やら葛藤しているようだ。

 

(うー、そっちの方が恋人になれる可能性が上がるのかな? けど、女の子なら誰でもOKで節操なしになったハジメ君はちょっと……)

 

 ハジメは何もわからないし、例え香織がぼそぼそ呟いていても聞こえない。聞こえないのだ。

 

「身体や精神、魂へのリスクを理解した上でなお、続ける気なら止めはしないわ」

 

 多少リスクがあることはわかった。だが、それでも強くなれるのにそれをしない選択はハジメにはない。今のハジメには……守らなければならないものがある。

 

「ハジメ君……本当にいいんだね」

「ああ、始めてくれ……香織」

「うん……まずはいつもの調律から始めるね」

「ああ、よろしく頼む」

 

 香織はハジメの覚悟を受け取り、いつものように膝枕の体勢になったハジメに対し、香織が調律を始める。

 

「それじゃあ、私はもう行くわね。あんたが作ったフェルニルの設計図の見直しとかもあるし、南雲の新兵器のシステムとかも考えたいし」

「……実現できそうか?」

「常人だったら廃人コースかもしれないけど、今のあんたならたぶん問題ないんじゃない? それに……ヘファイストスがあれば創世神(ジェネシス)時代にみんなとあれこれ考えてた兵器の類も再現できるかも」

「アレか。懐かしいな。現実に作るとなると作成コストが高すぎて採算が取れないから無理だって結論に至ったものもいくつかあるよな。さすおにのマテリアルバーストとか9Sの飛行ユニットとか。そうか……思えばこの世界ならやりたい放題だもんな」

「流石に自重はしなよ。中には理論上世界を滅ぼせるやばいやつもあるんだから」

「…………」

 

 あれこれ香織の膝枕を受けながら真央と楽しそうに話すハジメ。それはかつて仲間と集ってあれこれバカなことを考えた、黒歴史の中にも存在する良き想い出だった。

 

「あれもこれも再現可能か……やべぇ、テンション上がってきた。よし、これが終われば早速ッあたたたッッ!!」

 

 全身に電流を流されたような声を上げるハジメ。思わずそっと上を見上げると香織がハジメを見下ろしながら笑みを浮かべていた。ただし目は笑っていない。

 

「あの……香織さん? いつもと違って……結構痛いんですが」

「ハジメクン。随分真央ちゃんと仲がいいけど……できれば私も混ぜてほしいな。どうかな、かな?」

 

 ごごごという音と共に、香織の背後に久しぶりに般若さんが顕象する。ハジメを見下ろしながら返答次第では潰すと言っているような気がしないでもない。今もなお香織の魔力はハジメの体内に流され続けている。もしかしたら、生殺与奪権を握られているかもしれないと思うと思わず背筋が冷えるハジメ。

 

「香織、悪いけどそれは無理よ。これは私と南雲だけのひ・み・つ、なんだからさ♪」

「ちょっ、おまッ!」

「ふ──ん。そうなんだ……」

 

 明らかにからかい目的の真央のセリフに香織の声のトーンが半分下がる。心なしか身体の中のピリピリが広がっている気がする。

 

「ねぇ、知ってるハジメ君。魔力回路ってね、結構繊細なんだよ。大きく制御をミスすると身体の内側から大爆発を起こすくらいに……」

「へぇ、そうなんだな……」

 

 やばい。ハジメは内心冷や汗を流しながら思考を走らせる。なのにイメージとして出てくるのは自分が身体の内側から爆発する映像ばかり。

 

 このままではまずいと思ったハジメの表情を楽しんだ真央は、助け船を出すことにする。

 

「冗談よ。心配しなくても、私と南雲はそんな関係にはならないわ。そうね……香織は雫に南雲を取られるかもしれないとか考える?」

「えっ、それは……全く考えないけど」

 

 もはや蓮弥と雫の仲は周知の事実であり、そんな雫が蓮弥を捨ててハジメに走るなんてことは絶対にないと言い切れる。それなりの数のライバルがいる中、香織の中で恋愛関係の相談をするなら一番安牌だと言い切ってもいいくらいだ。

 

「つまりそういうこと……南雲はもっと香織を大切にしなさい。デートは無理でも買い物の一つにでも付き合ってあげたら?」

「それって……えっ、えっ、もしかして真央ちゃんッ、恋人いるの? ねぇちょっと待って!」

「ノーコメント♪ じゃあね~」

 

 それだけ言って去っていった真央。

 

「…………」

「…………」

「とりあえず始めよっか」

「ああ」

 

 沈黙が広がる中、調律を終えた香織はジャバウォックの魔力回路の移植を行い、無事成功することになる。

 

 

 さらに余談だが、香織がいると聞いて部屋に入ってきたこの国の王子様が、香織に膝枕されているハジメに敵対心を抱いて突撃するというアクシデントがあったが軽く撃退され、後に姉に縋り付いて泣いている姿を目撃されたとかされないとか。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「はぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

「おらぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 拳と拳、蹴りと蹴りがぶつかり合い、王都での訓練場を揺らしていく。最近では見慣れた光景を蓮弥は少し離れた位置で観察していた。

 

 相対するのは龍太郎とシア。現在王都にいるメンバー随一の脳筋、もとい近接戦闘のスペシャリスト達である。その間には審判として雫が間に入って観察している。

 

「おらぁぁぁ、ですぅ」

「それは見切った!」

 

 シアが蹴りを入れると龍太郎はさっと躱し、足を掴んでシアを空中にぶん投げる。そして追撃するために足にオーラを溜め空を跳ねる。

 

「俺の勝ちだぁぁ──ッッ!!」

 

 空中を浮いているシアに追撃をかます龍太郎。それを躱せなかったシアがまともに喰らい、そこで雫がストップをかける。

 

「そこまでよ。今回は龍太郎の勝ちね」

「よっしゃああああ! やっと一勝だぜッ!」

「むむ、少し侮っていました。やりますね、龍太郎さん。最初デコピン一発で吹き飛ばされていた頃とは大違いですぅ」

「うぐ、俺だってあれから訓練したんだ。見てろよ。その内お前らにも追い付いてやるからな」

「調子に乗らないようにね、龍太郎。今回シアは蓮華を使っていなかった上に、シアだけ重り付きだったことを忘れないように」

 

 シアと龍太郎が何をやっているのかというと、文字通り訓練だった。同じオーラ使い同士で鍛えたら効率よく強くなれるのではないかという香織と雫のアドバイスを受けて、レギオン事件の頃から修行を行っていた二人だったが、最近やっと戦いになるようになってきた。

 最初デコピン一発でKOされた龍太郎は流石に落ち込んだが、元々くよくよ悩むタイプではないので雫の指導の元、気合を入れて修行に力を入れた結果、シアが負荷訓練ということで魔力の一部制限と身体に重りを付けることで、ようやく対等になり始めたと言う感じだ。

 

「まあ厳しく言ったけど本当に強くなってるんじゃないかしら。もう少し頑張れば大迷宮攻略にも参加できるかも」

 

 雫としても感心するのもやぶさかではないようだった。元々フィジカル特化なステータスに闘気変換という技能が恐ろしいほど噛み合った結果だろう。蓮弥の目で見ても中々見ごたえのある成長を遂げているのがわかる。

 

 

 大災害レギオンに対抗するために蓮弥達の強化を目的に行っていた訓練だったが、一部のクラスメイトが訓練に参加させてほしいと打診してきた。

 どうやら彼らも王都襲撃で力不足を痛感したらしいとわかった蓮弥達は、自分達の訓練の合間でいいならと許可したのだ。そして龍太郎はその中でも成長著しいメンバーの一人である。

 

「ユナさん。これでどうですか?」

「そうですね。もう少し頑張って維持してみましょうか。あともう少し流せるようになれば詠唱より魔法発動速度が上がるレベルになると思います」

「はい!」

 

 一方ユナに指導を受けている鈴は掌に光る珠を掲げている。少し苦しそうだがユナからもう少し頑張るように指示を受け、気合を入れて頑張っているところだった。

 

「~~~~ッッ、駄目だぁぁ。これ以上はもう無理」

「南雲達って、なんであんなに平然と魔力を動かせるんだよ」

「チートか」

 

 クラスの小悪党三人組が鈴と同じく掌に集めていた魔力を霧散させながら尻もちをついてへたり込む。他にも優花以外の愛子護衛隊のメンバーもいるが、現在三人組と同じく魔力を掌に集めているところだった。

 

 彼らが今行っていること。それは所謂『魔力操作』の技能の訓練である。

 以前は聖教教会で『魔力操作』が異端の証でもあったが故に全員に付与することはなかったのだが、本格的に神と戦う段階に来たことと、聖教教会が弱体化を受けたことで、いっそ全員魔力操作できるようにしようと実行した結果だった。

 

 

 魔力操作を発現させる仕組みは単純だ。他人の体に上手く魔力を流すだけでいい。それでも下手な人間がやれば魔力回路に傷がついたり場合によっては重傷を負うこともあるそうだが、魔力の扱いに長けている香織とユナ。そして蓮弥が手分けして──ちなみに魔力操作を発現させるためにはある程度の身体接触が必要なので男子は基本蓮弥が担当した──戦う意思のあるクラスメイト全員に魔力操作の技能を発現させた。その光景を見たハジメがまるで魔力操作のバーゲンセールだなというある意味お約束のセリフを吐いたのは余談である。

 

「やばい、もう、無理だ」

「もう、魔力が残ってねぇんじゃねーか」

「死ぬ。これ以上やったら死ぬ」

 

 魔力を放出して維持するという魔力操作において基本となる技能だが、ユナ曰く先天的に魔力操作を持っていない人間にとっては中々難しいことらしい。いきなり尻尾が生えたからと言って人はすぐに尻尾を自由自在には動かせないのと同じだ。ユナ曰く後天的に目覚めた者の中で、香織のような魔力操作の天才が生まれることは非常に稀なのだとか。

 

「少しずつですが維持時間は伸びていますよ。魔力を操作するのはとにかく反復訓練が大切です。魔力を分けてあげますのでもう少し頑張ってみてください」

 

 ユナが手を翳し、三人組に魔力を分けながら笑顔を向ける。

 

「あ、はい」

「ありがとう……ございます」

 

 近藤や斎藤はユナの笑顔に当てられて顔を赤くして硬直する。

 

 ユナに関しては、クラスメイト達には基本的にアーティファクトの精霊みたいなニュアンスで伝えている。蓮弥とユナの関係上、頻繁に消えたり現れたりを繰り返すことになるので、それを目撃した人に彼女は武器になれるけど普通の人間です、と言い張るのは中々厳しいものがある。

 その上、ユナの纏う神秘的なオーラもユナが明らかに普通ではない特別な存在だということを印象付けてしまうので、あらかじめちょっと特殊な存在だと言っておいた方がトラブルが少なくなると感じた結果だった。だがクラスメイトもこの世界に慣れたのか、魔法世界ならそういうこともあるだろうと割とすぐに納得してくれている。

 ちなみに蓮弥は、ユナがアーティファクトの精霊だからと言って人間扱いしない奴を人間扱いしないと宣言している。当然誰も何も言わなかった。

 

「ユナさん……マジいいよな」

「綺麗だし、俺達にも優しいし、スタイルいいし。天使か……」

「いや女神だろ。マジお近づきになりたいぜ」

「だけど藤澤の彼女だという残酷な事実」

「おのれ、藤澤……八重樫とも付き合ってる癖に……何であいつだけモテるんだ」

「たかがイケメンで頭も良くて、割と気が利いて滅茶苦茶強いだけの癖に」

「チートかな」

 

三人組は雫とユナという二人の美少女相手に堂々と二股をかけている蓮弥に思いっきり妬み嫉みをぶつける。

 

「ほーう。お前ら随分余裕だな。せっかくハジメ印の栄養ドリンクを持ってきてやったんだが、必要なかったか」

「「「いただきます!」」」

 

 栄養ドリンクを差し出す蓮弥から奪い取るようにもぎ取り、一気飲みする三人。魔力を操作するという技能は慣れれば意識せずにできるが、慣れないうちは無駄な体力を使ってしまう。逆に言えば魔力と体力があればいつでもどこでも訓練は可能なのだ。

 

「意外だな。てっきりお前らはサボるかと思ってたのに」

 

 とにかく努力とか根性とか嫌いな印象がある小悪党三人組が、意外と真面目に頑張っていることに少し驚愕している蓮弥。その蓮弥の言葉に対し、近藤が顔に少し影を落としてぽつりと語る。

 

「そりゃな……あいつのあんな姿を見ちまうと……たぶん俺達にできることなんてないんだろうけど、何もしないというのも、な」

「……」

 

 その言葉に返事を行うものはいなかったが、三人は同じ感情を持っているのは顔を見ればわかる。

 

 彼らのいうあいつとは言うまでもない。王都襲撃にて豹変した元小悪党四人組の一人、檜山大介のことだ。

 

 檜山の豹変は勇者達と行動を共にしている三人も目撃している。この様子を見るに何だかんだ仲間として思うところがあったと言うところか。

 

「ならもっと頑張らないとな。今は魔法を発動するのに詠唱を使った方が速いかもしれないが、慣れると詠唱無しで魔法が使えるようになるぞ」

「よっしゃぁぁぁ、もっと魔法を上手く使えるようになって絶対美人の彼女を作ってやる!」

「藤澤や南雲に負けるな!」

「俺達もやってやるぜ!」

 

 少し不純な動機も混じっているようだが、やる気が出たならいいことだろう。

 

「ユナ……谷口の様子はどうなんだ?」

 

 そして蓮弥は一人黙々と訓練をこなす鈴を見ているユナに成果を聞くことにする。

 

「彼女は既に基本的な魔力操作はできています。このまま続ければ魔力量も上がり続けるでしょう。後はハジメに補助のアーティファクトを作って貰えれば大迷宮挑戦にギリギリ間に合うかもしれません」

「そうか……」

 

 少し前に谷口鈴から大迷宮攻略の旅に連れて行ってほしいと懇願された。動機はもちろん、中村恵里ともう一度話をするためだというのは聞かなくてもわかる。

 中村恵里が魂魄魔法を持っており、今なお自分の兵隊を生み出している以上、それに対抗するためには鈴も神代魔法を手に入れる必要がある。だが、現状では攻略は不可能だと判断して一度断ろうとした蓮弥だったが、ユナが鈴の並々ならぬ思いを汲み取り、魔力操作の修行を付けるという話になったのが今の訓練のきっかけだった。

 

 蓮弥は必死に魔力を維持する鈴を見る。

 

「彼女には強い想いを感じます。だから、きっと強くなれますよ」

「そうだな。きっとそういう仕組みなんだろうな、この世界は」

 

 この世界は渇望が力を持つ世界だ。蓮弥のエイヴィヒカイトや概念魔法がそれを証明している。だからこそ譲ることのできない、混じり気なしの純度の高い祈りを持つものは成長も速いのかもしれない。事実今伸びている奴らはその傾向があった。

 

「だからこそ、天之河は今苦戦しているんだろうけどな」

 

 現在この場所とは別の場所にてメルドの指導を受けている光輝は苦戦していた。正確に言えば彼も成長はしてはいる。魔力操作の技能を得たのは彼も同じであり、むしろ魔力の操作をあっさり会得し、実践訓練に持ち込んでいるところは流石の才能だと言えた。だが、訓練の成果が出ている割に、その表情に余裕はない。

 

 理想と現実のギャップ。それが光輝の成長を妨げているような印象を受ける。指導する側はそれに気づいているからこそ、蓮弥達ではなく、メルド達戦いのベテランに精神を鍛えてもらっているのだ。

 こればかりは他人がどうこうできるものではない。自分で受け入れ、気づかなければならないことだ。このままだと光輝はこれからも肝心な場面で力を発揮できないということが続くだろう。

 

(何かキッカケさえあれば化けるやつだとは思うんだけどな)

 

 幼い頃、初対面時に感じた感想はまだ変わっていない。今は迷走してあらぬ方向を向いているが、プラスにしろ、マイナスにしろ、光輝の魂に変革が起きるようなキッカケがあれば大きく成長できる余地は十分あると蓮弥は思う。

 

「それが……できればあいつにとっても、俺達にとってもいい形に収まればいいんだがな」

 

 プラスに傾けば蓮弥達にとっても十分立派な戦力になれるだろう。

 

 だがもしマイナスに振れてしまえば……

 

 その時は少し覚悟しなければならないかもしれない。

 

 蓮弥はそう考えていた。

 

 




>魔物肉の副作用
猛毒である魔物肉を食べて力だけ手に入れるなんて都合のいいことはないと思います。本作では香織の調律無しだと主に精神面に悪影響があるという風に設定しました。……できれば公式設定であってほしい(ぼそ

>魔力操作のバーゲンセール
バーゲンセールと言うだけあって、先天的に備えている人より上手く使えない設定。訓練次第で先天的に備えている者と同等程度に鍛えることは可能だが、それ相応の訓練と時間が必要。ただし、稀に香織のような天才が生まれることもあります。

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