ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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今回は光輝視点です。

おや、勇者(笑)の様子が……


勇者の旅立ち

 天之河光輝。

 

 

 一般家庭の一人息子として生まれた彼には、今でも心から尊敬し憧れている人物がいる。その人物とは、光輝の祖父だ。

 

 

 その祖父は所謂敏腕弁護士であり、ありていに言えば所謂正義の人だった。弱きを助け、強きを挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、常に公平であれと説く……わかりやすい正義の在り方を光輝は祖父から教わった。

 当然世界はそんなに単純にはできていない。光輝の祖父とてそれは重々承知だったはずであり、光輝がもう少し成長すればこの世界のままならない現実や清濁併せ呑むことの大切さ、それらを光輝に教えその上で導こうとしていただろう。

 

 

 だが人の運命とは気まぐれだ。その大切なことを光輝に教える前に光輝の祖父は前触れもなく病に倒れ、他界した。その結果、光輝は祖父の語る正しすぎる潔癖的な正義の教えを素直に受け止め歩み始めてしまった。そしてその道には幸か不幸か、障害らしい障害はなかったのだ。

 そういう意味では彼の周辺の環境もある意味悪かったと言えるのかもしれない。光輝に愛情を注ぎ、時に()()()叱ってくれる両親、兄を慕ってくれる妹、気のいい性格で正義を分かち合える親友。優しい幼馴染と面倒見がいい幼馴染。彼の周辺にはある意味理想的な人間が揃っていたのだ。

 

 

 例えば両親が、ただ光輝の才能を褒めるだけの薬にならない毒親だったとしたら、光輝はもっと増長し他者を見下すような傲慢な人間になっていたかもしれないし、龍太郎がもっと光輝を利用したり取り入ろうとするような小賢しい男だったり、香織や雫が光輝にあからさまに媚びを売るようなあざとい女の子だったら、光輝はもう少し謙虚で卑屈な性格になっていたかもしれない。

 だが現実はそんなことはなく、恵まれた環境と恵まれた才能は光輝に挫折を経験させることはなく、皆が彼の行動を称賛し持て囃した結果、光輝はいつの間にか自分を疑うことをしなくなった。

 

 

 もちろんいつまでもそんなことは続かなかっただろう。光輝がもう少し大人になれば、光輝が優秀だからこそ受ける嫉妬や理不尽なども当然あっただろうし、一度社会に出れば優秀だったはずの学生時代の常識が通じず、大きく挫折してしまうなど光輝に限らず世間ではありふれている。

 つまりもし仮にトータスに召喚されていなくとも、いずれ光輝は壁にぶつかり現実がままならないことを知ることになったのだ。だが、光輝にとって不幸だったのが、ようやく訪れた試練という名の壁があまりに高く、時に命の危険さえ伴うものであったことだろう。

 

 

 この世界と日本とでは住人の歩む速度が違う。光輝の年齢ならばまだ子供だと許されていることも、この世界では許されないことが多いのだ。一歩間違えれば死に繋がるかもしれない。だからこそこの世界では、いつまでも子供でいる者は皆から置いて行かれる。

 

 

 光輝は今、その辛く厳しい現実とようやく向き合い、決断を下す時が近づいていた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 

 風を切る音が夜の訓練場に響く。

 

 もう夜も深くなり、寝ているわけにはいかないワーカーホリック達以外は仕事を終え、時に晩酌を楽しむ者や、明日の仕事に備え就寝に付く者がいるような時間。光輝はただひたすら、がむしゃらにハジメにより修復された聖剣を振るっていた。

 その聖剣に不備はなし。以前修復された聖剣にはあった振るう際の違和感が全くない。それはこの聖剣が完璧に修復されていることを意味し、同時にこれを修繕した南雲ハジメの錬成師としての技量がいかに高いかを示しているようだった。それが、その事実が光輝には忌々しく思えてしまう。

 

「クソッ」

 

 光輝はより力を込めて聖剣を振るう。結果的に言えば修復不可能だと言われていた聖剣をハジメは意外と気前よく直してくれたのだ。それは本来感謝するべきことだと光輝も理性では理解しているがその考えとは裏腹に、光輝の心には黒く淀んだものが溜まっていく。

 

「クソッッ」

 

 光輝は魔力操作にて身体強化を行う。滑らかに流れる魔力が光輝の身体を包み込むことで身体能力を強化し、それにより光輝の剣が残像を生み出し始める。

 光輝も魔力操作を習得した時は世界が変わって見えた。今まで漠然としか感じることができなかった魔力と言う名の大きな力をよりリアルに感じ取れるようになった光輝は感動した。

 

 これでもっと強くなれる。これならいつかきっと……

 

 その先何を考えようとしていたのか光輝自身にもわからない。なぜなら光輝のトータスへ来た直後に感じていたような高揚感は、すぐに打ち消されることになったからだ。魔力をよりリアルに感じられるようになったことでわかったのだ。ハジメや蓮弥達が纏う強大な魔力に。

 

 ハジメや蓮弥のパーティの中の誰一人として光輝より魔力が下回る者はいなかった。皮肉なことに、光輝のレベルが上がったことで、実力差がはっきりとわかってしまったのだ。

 

「クソッ、クソッ!」

 

 その中でもやはり蓮弥は異質だった。魔力量もさることながら、王都にて度々見せられることになった圧倒的な戦闘力。()()ユナを手に入れたことで得た力で無双する蓮弥が、光輝にとっては妬ましくて仕方がない。

 光輝は懸命に剣を振り続け、その考えを必死に否定しようとする。劣等感を感じて嫉妬し、他人を内心で蔑む行為は、光輝の中でやってはいけない行動だから。それは祖父から教わった正義にはないことだから。

 

 

 だが、光輝が頭でどう考えようと感情はそうはいかない。人には無意識というものがある。表層意識はあくまでその人物の意識のほんの少しだけ現れた部分にすぎず、意識の大半は表に出ることなく深層意識として眠っているという考えだ。その辺り夢を力に変える雫なら詳しいかもしれないが、光輝にとって重要なのはその表層意識と深層意識のギャップだ。

 

 

 無意識から表層意識まで溢れ出そうになっているある考え。もし、オルクス大迷宮初挑戦のあの日。奈落の底に落ちたのが……

 

 

 南雲ハジメと藤澤蓮弥ではなく、自分だったら……

 

 

 もし奈落の底に落ちたとして、自分なら左腕を失うことも目を失うこともなかっただろう。なぜなら最底辺の才能しかないくせに努力すらしないハジメですら生き残れたのだ。才能もあって努力もしている自分なら、きっともっと楽に乗り越えることができただろう。

 

 そしてそこでユナと出会い、ユエと出会い、オルクス大迷宮を突破して神代魔法を手に入れていただろう。

 

 今となっては流石の光輝もシアやティオが奴隷扱いされていないことくらいはわかっているが、それでも自分ならもっと上手くやっただろう。なぜなら自分は勇者なのだ。その名を使えばハジメや蓮弥ではできなかった多くのことを為せたに違いない。

 そして王都での戦いを妄想する。自分は剣となったユナを振るい、ユエやシア達と共に王都の危機を颯爽と救う。そして香織や雫もハジメや蓮弥ではなく自分を選び、いつまでも一緒にいることができる。そして世界中を苦しめている悪神エヒトを倒し、世界中に感謝されながら堂々と地球へと帰還するのだ。

 

 

 その妄想は……なんて甘美で……

 

 

 

 なんて………………醜いのだろうか。

 

 

「ああああああああああ!!」

 

 魔力を伴った斬撃が訓練場に爪痕を残していく。この訓練場は一種のアーティファクトになっており、この場所が損傷しても時間と共に修復されるようにはなっている。それがわかっている光輝は己の感情のままに暴れる。

 

 

 光輝の弱点が精神的な未熟さだとわかってから、光輝はずっと王都にて精神鍛錬を受けていた。

 言うまでもなく戦うという行為において、精神鍛錬は重要である。例え力で優っていたとしても、力の持ち主が精神的に脆ければそこから崩れ、勝てるはずの戦いを勝ち損なう、そんなことはこの世界ではありふれた光景なのだ。仮の話になるが、もし王都にガハルドが来た時、戦ったのが雫ではなく光輝だったとしたら、その精神的未熟さゆえに敗北していたことは想像するに容易い。

 そしてそんなことを放置するなどこの国の騎士団は許さない。彼らは長年培ってきた騎士団の伝統的な訓練を光輝に行った。ある意味過激なことができなかった地球でもこの世界では許されることが多い。だからこそ厳しい過酷な訓練だって行われたのだ。そしてその甲斐もあって光輝は自分というものをある程度客観的に見られるようになっていた。

 

 

 だが、それが今光輝を苦しめる要因になっている。客観的に見た自分の気持ち悪さ、何でも都合の良いように考え、自分が悪くないと思いこんで他者を蔑み、悦に入る行為は、光輝が地球にいたころ理解できず嫌悪していたネットにかじりついて匿名で悪意をバラまく人物像にそっくりではないか。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 散々暴れまわった光輝は訓練場に倒れる。

 

 今まで生きてきた人生で経験したこともない苦い思い、醜い感情。それは対象がハジメや蓮弥だけではなくなりつつある。最近では、めきめきと力をつけている龍太郎や鈴にも向けられつつあるのだ。

 

 どうして、どうして自分だけが苦しいのか。そんな考えが頭から離れない。

 

「ちくしょう……」

 

 

 

「……ようやく終わったみたいだな」

「ッ!?」

 

 そこでようやく。光輝はこの場に自分以外の誰かがいることに気が付く。

 

「メルド……団長」

「全く……修復されるからって随分派手に暴れたな」

 

 訓練場の入口にて光輝を見ていたのはメルドだった。おそらく随分前から見ていたのだろう。周囲の被害状況を細かく見て、明日の訓練メニューを一部変更しなければいけないとぼやいていた。

 

「どうして……ここに……」

「決まってるだろ。教え子が夜中に暴れてたら様子を見るのが俺の仕事だ……旅のメンバーから外されたんだってな」

「ッ……別に、どうってことないですよ。俺はあいつらとは違う。俺は勇者だ。あいつらについて行かなくても、俺は俺のやり方で世界を救って見せる」

 

 その事実を否定することなど光輝には当然できず、視線を逸らしながら言い訳を並べるしかできない。正直光輝は、メルドにはこんなところを見られたくはなかった。

 

「それで……旅の一行に選ばれなかった憂さ晴らしで暴れまわってたわけか」

「ッ!」

「いつも俺はお前に教えてきたはずだ、心を鎮めろと。いつだって敵は自分の中にある。それと向き合うことができれば、お前はきっともっと強くなれる。だからまずは今の自分を正しく受け入れるんだ、光輝」

 

 騎士団の団長としての模範解答。光輝が散々訓練中に聞かされていた言葉だった。あの時は良くも悪くも大きく心を揺らすことはなかったが今は違う。光輝の理解者であるはずのこの人の自分を否定する言葉が……ひどく煩わしく感じてしまう。

 

「……さい」

「光輝……」

「うるさいッ!!」

 

 メルドの言葉に、当たり前のことしか言わないメルドの言葉を受けて光輝は……とうとう爆発した。

 

「うるさいッ、うるさいッ、うるさいッッ、あんたに何がわかるんだッ! 俺は、俺は誰よりも努力してきたッ! 誰よりも剣を振ってきたッ! なのに……なのに何で俺はこんなに弱いんだッ!! なんであいつらなんかがあんなに強くなれるんだッ! おかしいだろ!? 俺は勇者なんだ。なのになんで非戦闘職の南雲より弱いんだッ? 道理に合わないッ、何かがおかしいッ! 俺は何ら恥じる行動をしていない……なら、やっぱりあいつらがおかしいんだ。きっと何か外道の術か何かを使って……あいつらは卑怯だ!!」

「……そうか」

 

 光輝の考えはある意味正しいとも言える。確かにハジメの錬成したアーティファクト自体は真っ当な力だろう。だがしかしそれだけならばハジメはここまで戦って来られなかった。戦って来られた要因の一つは、異形喰いとも言える禁忌を行ったからに他ならない。

 蓮弥などは庇うところがない。他人の魂を喰いものにして力を引き出すエイヴィヒカイトが外道の術でなくてなんだというのだろうか。

 だが、それは光輝にとやかく言われるものではない。それはハジメと蓮弥が向き合わなければならないものなのだ。

 

「何で……どうして……」

 

 もはやそんなことしか言えなくなった光輝を前に……

 

「そうか……ならそんなお前に俺が言えることは一つだけだな……光輝」

 

 

 

 

 

「いつまでも甘えたこと抜かしてんじゃねーぞ!! 糞ガキッ!!」

「ッ!?」

 

 とっさに対応できたのは光輝の鍛錬の賜物か。それとも偶然か。

 

 光輝は突如メルドが振り下ろしてきた剣を聖剣で受け止める。

 

「メルドさんッ? 何を?」

「構えろ、光輝。遠慮することはねぇ。これは……真剣勝負だ!!」

 

 メルドのいつもより低くなった声に動揺しつつ、光輝は連続で振り下ろしてくるメルドの剣を捌く。

 

「やめてください、メルドさんッ。どうしてあなたと戦わなくちゃならないんだ!? それに……俺はメルドさんを斬ることなんてできない!」

「そうか……どうやらお前は俺のことを……随分舐めてるみたいだな!! ああっ!!」

 

 

 ドクン

 

 

 この場の空気が変わったことを光輝は感じとった。粘つくような嫌な気配。それはこの世界にきて初めて光輝が知ることになった気配。

 

 戦場の、命のやり取りの気配。

 

「ひっ……」

 

 光輝は目の前の男の顔を見てしまった。

 

 今まで光輝が知っているメルドの顔ではない。オルクス大迷宮を攻略していた時の顔でも、訓練を受けていた時の顔でもない。

 

 そこにいたのは一匹の鬼。

 

「いくぞ糞ガキッ! ここは戦場だッ! どちらかが斬られて倒れるまで……終わると思うなよ!!」

 

 メルドが雄叫びを上げながら光輝に向け、剣を振るう。

 

 それがある意味光輝にとって、初めての死闘の始まりだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

「あっ、くぅ。なんで……」

 

 光輝は必死にメルドの猛攻に耐えていた。

 

 そう、必死に耐えていた。

 

(おかしい、道理に合わない)

 

 光輝の頭が焦燥で埋め尽くされていく。

 

 メルドと光輝のステータスの差は圧倒的だ。メルドは人族最高峰の戦士とはいえ、ステータス自体は平均350くらいしかない。一方光輝は魔力操作を習得したことで限界突破を行わずとも平均3000近くに迫っている。

 ステータス差は十倍近い。それほどの差があるならば、光輝がメルドに対して一方的な展開を仕掛けていなければおかしいのだ。なのに、それなのに……

 

(攻撃が……当たらない!)

 

 光輝とて攻撃はしている。元よりステータスでは圧倒しているのだ。だからこそメルドの隙をついて圧倒的な筋力で、圧倒的な速度で、膨大な魔力を纏って攻撃しているはずなのだ。なのに攻撃は全て空を切る。一方メルドの攻撃は必死に防がないといけないものばかり。

 

「はぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

「甘いぞぉぉぉぉ──ッッ!!」

 

 光輝の大振りになった攻撃の隙を付き、メルドが容赦なく蹴りを加える。腹部を襲う衝撃に前のめりになった光輝に対して遠慮なくメルドの剣が首目掛けて振り落とされる。それを光輝は転がるようにしてギリギリ躱すことに成功する。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

「不思議か? 何故俺に攻撃が当たらないのか、何故俺の攻撃に脅威を感じるのか」

 

 メルドの威圧がさらに増していく。光輝はその今までとは違う本気の殺意と威圧を受け、恐怖を覚える。

 

「ひっ、げ、限界と……」

おおおおおおおおおおおおおおおおおお──ッッ!! 

 

 思わず限界突破を発動しようとした光輝を見て、メルドが再び雄叫びを上げた。ただの雄叫びではない。おそらく身体強化魔法を応用したのだろう。それは人が出すレベルを超えた一種の音響兵器となって光輝を襲い、限界突破を中断させる。

 

「三十年だッッ!!」

「ッ!」

 

 鍔迫り合いになったメルドが光輝に向かって叫ぶ。その声には今まで光輝達には決して向けまいとしていた想いが含まれていた。

 

「俺は物心ついた時に剣を手にした。騎士の家系だったからな。だから俺は騎士団に入ることにも迷いなんてなかった。そこからただひたすら剣を振り続けた。誰よりも、誰よりもッ、誰よりも!! そうやって血の滲む努力と三十年という膨大な時間をかけて俺は今ここにいるんだッ! 誰よりも努力してきた? 誰よりも剣を振ってきた? 舐めんじゃねぇ!! たかが半年やそこら剣を振るってきただけのひよっこが、全てをわかったような気になってるんじゃねぇぞ──ッッ!!」

 

 三十年。メルドは人生の大半を剣に費やしてきたからこそ、王国騎士団団長という地位にいるのだ。その道のりは決して楽なものじゃない。なぜなら太平の世の騎士団長ではなく戦乱の世のそれなのだ。常に最前線で戦って戦って戦い続けて、そこで生き残ってきたからこその地位と力。

 

 

 メルドは冒険者ではなく騎士だ。大迷宮やその他の危険地帯に赴き生計を立てている冒険者は主に魔物を相手にする職業だ。なら騎士は何を相手にするのか。それは国を、町を脅かす賊であり、宿敵である魔人族だ。そう人なのだ。魔人族が魔物を使い始めたのはつい最近の話であり、それまでは両陣営とも人と人との争いが中心だった。そして人と人との争いであるなら、魔物相手ではない駆け引きというものが生まれる。

 

「”光球”」

「ッッッッ」

 

 光輝の眼前で光の球が激しく発光する。それをもろに直視してしまった光輝は視界を奪われ聖剣ごと後方に吹き飛ばされる。聖剣で防御していなければ斬られていたと確信させられるような一撃だった。

 長年培ってきた経験を武器に、基本性能で人族より優る魔人族を相手に戦い続けてきた騎士。それがメルド・ロギンス。ハイリヒ王国騎士団団長にして()()()()のエキスパート。つまり今光輝の目の前にいるメルドこそ全力の状態。長年王国を支えてきた最強の騎士の真の姿。

 

 

 そんな最強の騎士が今、光輝に向かって心の内をぶちまける。

 

「そんなに不満か? 今のお前の力にそんなに不満があるのか、なぁおい!! だったらよ。お前の天職もッ、お前の才能もッ、お前の若さもッッ……全部俺にくれよ」

「なっ」

 

 再び攻防が激しくなる。メルドの剣にはいつもの訓練にはない激しい情動が乗っている。それは今まで神の使徒である生徒達には決して出すまいとしていたもの。だがそれは表に出ていないだけで、メルドの内側には常に存在していたもの。

 

「どうして……どうして()()()()()()()()()()!! 俺はッッ、お前が羨ましいッッ!!」

 

 それは、生徒達に対する嫉妬という感情。

 

「お前のその才能が妬ましいッッ!! お前の若さが憎らしいッッ!! 俺がお前くらい強ければ……救えた命がたくさんあった!! 見捨てなくても良かった部下が大勢いた!! お前くらい若さと才能があれば……()()()()()()()!!」

 

 それくらいの強さがあれば何だってできた。それはかつて光輝がハジメに対して言った言葉と同種のものだ。だが光輝とメルド。同じ言葉でも、その重さの桁が違う。

 剣と共に乗せられるその『重さ』を前に光輝は必死に耐えることしかできない。

 

「わかるか、光輝? 俺を指導してくれた気のいい先輩がッ、俺を庇って目の前で死んだ時の気持ちが……まだ若い部下の死体の()()を結婚したばかりの部下の嫁さんに持って帰った時の気持ちが。その人に罵倒されるどころか、一部でも連れて帰ってくれてありがとうと泣きながら感謝された時の気持ちがぁ、お前にわかるのかぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 聖剣を通じて感じるメルドの想い。

 

 強くなりたかった。全ての部下を、仲間を、民を守れるような圧倒的な力が欲しかった。その想いが、魂の乗ったその想いが光輝に伝わってくる。

 光輝は……心が折れかけていた。

 

 

 強い。なんて立派で強い想いなのか。光輝は打ちひしがれていた。自分という人間が酷く小さく、あさましい物のように思えてくる。

 光輝には自分本位ではなく、仲間のため、民のために力を欲するこの人こそが、勇者に相応しいと思わずにはいられなかった。そこで初めて疑問が湧いてくる。

 

 

 どうして自分が勇者なのか。

 

 

 例えば龍太郎が拳士であることや、雫が剣士だというのはわかるし、香織が治癒師であると言うのも香織の性格を考えれば納得がいく。

 なら勇者とは。光輝が勇者であることに何の意味があったのか。

 

「ッ、がぁぁぁ──ッッ!」

 

 少し余計なことを考えたからか、メルドの剣が光輝を斬り裂く。幸いそれほど深くはないが、それでも光輝を現実に引き戻すには十分な痛みだった。

 

「そうか……この期に及んで気を緩めるとは……お前には失望した。見込み違いだった。お前の未熟さはいずれこの国に不利益をもたらすかもしれん。なら、そうなる前に……俺が引導を渡してやる」

 

 メルドの魔力が最高に昂る。

 

 身体強化魔法『豪撃』

 

 剣速と筋力を増幅させるという剣士系技能の基本中の基本とも言える魔法だが、それゆえに極めた者が使用すれば鋼すらも両断することができる奥義と化す。

 光輝の視界がスローモーションになる。光輝は感じていた。メルドは本気で光輝を殺すつもりなのだと。その剣に澱みなし。研ぎ澄まされた刃はわずか数瞬で光輝の命を奪い取るだろう。

 

 

 死ぬ。もうすぐ死ぬ。

 

 

 光輝の中に熱い物が湧き上がってくる。

 

 

 メルドの熱に当てられて、光輝の中で魂が覚醒したという高尚な理由では決してない。むしろ時に意地汚く、みっともなく、それゆえに価値があり輝くもの。

 

 

 死にたくない。その想いからくる生存本能。

 

 

 光輝はこの世界に来て初めて、真の意味で死の恐怖というものに直面していた。光輝の頭の中の霧が晴れる。余計な雑念が消え、それを回避するために光輝の全てが費やされる。

 そしてその光輝の全ての中で多くの割合が占められていたのは、皮肉にも目の前で光輝の命を奪い取ろうとしている……

 

 メルドの数々の教えだった。

 

 

 

 夜の訓練場に鮮血が飛び散った。

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 夜の訓練場が静寂に包まれる。

 

 つい先程まで死闘が繰り広げられていたと思えないような場にて、光輝は呆然と立ち尽くしていた。

 

 目の前には剣を支えに何とか倒れまいとするメルドの姿。メルドの身体とその足元には大量の血が見える。そこで光輝は恐る恐る聖剣に目をやる。その聖剣の美しい刀身にはべっとりと血がついていた。

 

 そこで光輝は、今何が起きたのかようやく実感することになる。

 

(俺……メルドさんを……斬ってッッ)

 

 今までとは違う。今光輝は明確に相手を殺すために剣を振るった。その事実を前に光輝の手が震える。その手に残る聖剣でメルドを斬り裂く感覚を前にして光輝の何かが壊れそうになり……

 

「光輝ィィッッ!!」

 

 メルドの叫びで現実に引き戻される。

 

「まだ終わってない! 姿勢を正せ剣を構えろ油断するな!! 息を整え心を落ち着かせ……真っすぐ敵を見ろ!!」

「ッ!!」

 

 光輝は条件反射で姿勢を整え聖剣を正眼に構える。そして早くなっていた鼓動を鎮めるためにゆっくり深く深呼吸を行い、ゆっくりメルドの顔を見るために顔を上げた。

 

 

 

 ぽん

 

 

 

 

「よく……やったな」

 

 

 

 

 光輝の頭に手を乗せているメルドの表情は……苦痛を感じさせない満面の笑みだった。

 

「今までで一番……魂の籠った……良い剣だった。げほ、げほ。やれば……できるじゃないか……」

「メルド……さん……」

 

 血に塗れながらも……激しい痛みに襲われ血を吐こうとも、メルドは真っすぐ光輝の目を見つめる。

 

「光輝……今お前は一つ壁を超えた。俺を斬れたんだ。その時の想いを、感覚を忘れなければ、もう二度と……大事な時に剣が振るえないなんてことはないはずだ」

 

 メルドの言う通り、いつの間にか聖剣を握る光輝の手の震えは止まっていた。

 

「けどメルドさん……俺……ただ死にたくなくて、それで必死になっただけなんです。そんな……そんな理由でメルドさんを……」

「馬鹿野郎。死にたくないと思って何が悪いんだ。みんな最初はそれから始まるんだよ。それに覚えておけ。一対一の真剣勝負で相手を斬ったことを後悔するんじゃねぇ。それは相手にとっても侮辱になる」

「…………はい」

 

 メルドの言葉がすっと光輝の心に染み渡っていく。

 

 相手を心の底から尊敬し、その言葉に耳を、心を傾ける。

 

 何でも一人で出来てしまっていたがゆえに、他人の注意などを聞き流していた光輝にとって今まで祖父以外で起きなかった現象。

 

「光輝……お前はまだ若いんだ。何もかも自暴自棄になるには早すぎるだろ。お前は……これからだよ」

「はい……」

「確かにハジメと蓮弥はすごい。それは誰もが認めるだろうさ。だけどな……俺にとってはお前だって可能性の塊なんだよ。だから腐るんじゃねぇよ、自分に絶望するんじゃねぇ」

「ッ……はい」

「世界は広いんだ。この世界にも様々な国があって、様々な種族が暮らしてる……時には……お前が理解できないことや受け入れられないこともあるかもしれない。だけどな……それを頭から否定するな……よく見てよく聞いて、よく考えて……答えを出せ」

「ッ……はいッ」

 

 メルドの言葉が光輝に染み渡る。それは今までの光輝を壊し、新しく再構築していく。

 

「だから……行ってこい光輝。世界を見て……多くを学んで、自分の答えを手に入れることができたら……俺が保証してやる。お前はあいつらに負けねぇ、立派な勇者になれる!」

「はいッッ!!」

 

 光輝はいつの間にか涙を流していた。光輝の中で少しずつ何かが変わっていく。だが、その返事を受け取ったメルドが崩れ落ちる。

 

「メルドさんッッ!!」

 

 メルドの出血は続いており、その顔色がだんだん悪くなっていく。

 

「メルドさん……メルドさん!!」

 

 夜の訓練場に、光輝の悲鳴が響き渡った。

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 それから……光輝は必死に行動した。自力で歩けなくなっているメルドを支えながら、一直線に今この国で一番頼れる治癒師である香織の元へ向かった。

 

「香織ッ、俺だ! 助けてくれ!」

「…………どうしたの? 光輝く……ッ! すぐに部屋に入れて」

 

 光輝が支えるメルドを見て状況を瞬時に察した香織は部屋へ二人を招き入れる。

 

 そしてすぐさま聖棺を発動し、メルドの状態を確認する。

 

「…………これは、傷は深いけど致命傷は外れているみたい、いや自分で外したのかな……これなら”焦天”で跡形もなく……」

 

 香織は思ってたより悪くないメルドの症状に、これなら高位回復魔法で一発だとすぐに治療を行おうとするが、そこで怪我人であるメルド本人から待ったが入った。

 

「ああ、香織……悪いけど傷の治療は痛み止めと止血程度でいい。光輝は大げさなんだよ。そう簡単に人は死なねぇ」

「けどそれだと……傷が残りますよ」

「それでいいんだ。香織には縁のねぇ、いや、あっちゃいけねぇことかもしれないけどな。男の決闘でついた傷ってのはな……勲章みたいなものなんだよ。それが教え子につけられた傷ならなおさらだ……」

「くす……わかりました。なら最低限の治療だけにしますね。けど……ちょっと痛いかもしれませんよ」

「それくらいどうってことないさ」

 

 香織は男の矜持に若干呆れつつも、それが男という生き物かと思い、メルドの要望を聞くことにする。

 

 それから香織の治療が終わり、光輝はメルドが横たわっている聖棺の横でメルドと話をしていた。これから話すことの邪魔になるかと思い、香織は雫の部屋に移っている。

 そして光輝はしばらくの間、メルドの今までの騎士人生のことを()()()。メルドも今が光輝にとって非常に重要な場面であることを承知していたので、あえて全てを語った。仲間を守るために気を付けていることから、かつて先輩に教わった上手く訓練をサボる方法。そして……魔人族に対して行ってきた残虐非道な行為のことについても。

 

「それでな、光輝。その時俺は、魔人族共を罠に嵌めて……皆殺しにしたんだ。あの時の魔人族共の恨みの叫びは忘れねぇ」

「……卑怯で姑息な手段ですね?」

「そうだな。決して褒められた行為じゃない。今となっちゃあ、あそこまでしなくても他に選択肢があったんじゃないかと思うこともある。だけどな、その時の俺は確かに、仲間を守るために全力だったし必死だったんだ。だからと言ってなんでもやっていいとは言わないけどな、大切なものを守るために、人は時に非道に走らなければならない時がある。お前は俺を……軽蔑するか?」

「ッ……そんなことありません」

 

 メルドの話はかつて祖父から聞いたような純白に輝く正義の話ではなかった。時には相手を罠に嵌め、陥れ、相手の尊厳を奪うことすら行う非道の数々は、今までの光輝の中では決して正義とは言えない行為そのものだった。だが、不思議なことに光輝の中にメルドに対する嫌悪感は微塵もない。なぜならメルドの心には、常に仲間や民達を守らんとする譲れない確かな想いが込められていることに気付いたから。語られる話の中には訓練中に聞いたはずの話もあったが、光輝は()()()()()()()()()()()()()()。帰ってきた香織にドクターストップを掛けられるまで。

 

 

 そして……

 

 

 

 

 

「それで……答えを聞かせてくれるか。なぜ、俺達について行きたいのかを」

 

 明朝、王都前の草原にて。皆が見守る中、光輝は蓮弥と対峙していた。

 

 結局、答えはわからなかった。きっと光輝はまだそこまで変わってはいない。だけど、一つだけわかったことがある。それは……

 

「俺が旅について行くのは……強くなりたいからだ」

 

 強くなりたい。それは力と言う意味でもあり、心と言う意味でもある。祖父と同じく、心から尊敬できるようになったメルドのような強い男になりたいという光輝の新しい目標。

 

「それは……王都の民を見捨ててでも叶えたい願いなのか?」

「…………俺が残ってもできることは少ないし、王都の民達はそんなに弱くない」

 

 これはメルドに言われた言葉だ。

 

『正直お前のようなひよっこが残っても大してできることはない。それに……王都の民達はみんな逞しいんだぞ。だから俺達のことは気にせず挑戦してこい!』

 

 まるで光輝に、勇者に守ってもらわなければ何もできないと思われるのは癪だとでも言うような強い口調。それはまるで、光輝の背を後ろからそっと押すかのような言葉。

 

「強くなりたいッ。だからこの船に乗せてほしいッ。この通りだッ!」

 

 光輝はほぼ直角に頭を下げる。正直納得できないことはある。蓮弥やハジメに頭を下げることに抵抗がないと言えば嘘になるだろう。だがそれもメルドが身体を張って気づかせてくれたことに比べたら大したことなんてなかった。余分なプライドなんて今はいらない。

 

 

 本当の意味で強くなりたい。それが今の光輝の精一杯の願い。

 

 それを受けて蓮弥は……

 

 

「わかった。乗っていいぞ」

 

 

 光輝が拍子抜けするほどあっさり、光輝の乗船を認めていた。

 

「ハジメもいいな?」

「まあな。強くなりたい……その言葉を否定する言葉を……俺は持ち合わせちゃいねぇよ」

 

 ハジメもあっさり認める。

 

 光輝は割と呆然としているがある種当然の結果だろう。

 

 もし光輝が今なお世界云々など言っていれば、容赦なく断るどころかある種の呪いをかける気だった蓮弥も、光輝の言葉を否定できない。

 

 強くなりたい。それは蓮弥もハジメも、他のメンバーも皆強く願っていることだから。

 

 

「おい、天之河。乗るなら早くしろ。そのままボーッとしてると置いてっちまうぞ」

「おい、南雲。待ってくれよ」

 

 光輝が慌てて乗船すると、飛空艇フェルニルは発進する。

 

(メルド団長……行ってきます)

 

 目指すは森の国フェアベルゲン。道中に帝国に寄るかもしれないが、どちらにしろ光輝にとって未知の場所であることには変わりがない。

 

 

 勇者とは最初から勇者であるわけではない。そんなものはゲームの中の世襲制の勇者ぐらいだ。それ以外の大抵の勇者は、長く険しい冒険を乗り越えた果てにそう呼ばれることになるのだ。

 そういう意味では光輝の、強くなるための、勇者とは何かを知るための冒険が、ようやく始まったと言えるのかもしれない。

 

 

 その果てにどのような答えがあるのか。それはまだ、誰にもわからない。

 

 

 光輝の旅は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 帝国領、フェアベルゲンにほど近い領地にて、ある種族が追い詰められていた。

 

「いやぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

「へへへ、おとなしく、しろッ!」

 

 見れば犬耳を持ったまだ若い女の亜人族。その亜人族の服を破いて、暴行しようと下卑た笑みを浮かべているのは盗賊ではなく、歴とした帝国軍人である。

 

 帝国では亜人族の奴隷が国によって認められており、領地が隣接することもあり、度々亜人狩りという名の襲撃が行われていた。

 体力がある男の亜人族は純粋な奴隷に。そして若い女の亜人族は男達の慰みものにするために。それ以外の年老いた亜人や役に立たない亜人は殺す。そういうことが平気でまかり通っているのが帝国の実情だった。

 

 

 力こそ全て。完全実力至上主義を謳う帝国において、魔力がなく魔法が使えない亜人族は典型的な弱者だった。おまけにエヒト教の教義で亜人族は神の加護を得られなかった劣等人種だと言われているのも追い風となり、帝国人の中では亜人族になら何をしてもいいと考えている者も少なくない。

 

「へへへ。今回も大量ですね、隊長」

「ああ、先日の魔人族襲撃や黒い魔物の襲撃で奴隷はいくらいても良いくらいだからな。陛下は今度こそフェアベルゲンを落とす気でおられるのかもしれん」

「ははは、それだったら奴隷も持ち放題じゃないっすか、いいっすねぇ、俺も欲しい」

 

 隊長と思しき男が既に馬車に積んでいる出荷予定の奴隷のことを考え、今後の展望を予想する。

 

「けど残念だよな。ここには兎人族がいねぇなんて。俺はあいつらを甚振るのが一番好きなのに」

「兎人族の担当は別部隊の仕事だろ。まあ、帝都に帰還した際に合流して、楽しませてもらえばいいじゃないか」

「それもそうか」

 

 皆が皆。今後のことを事を思い笑い合う。魔人族の襲撃や黒い魔物の大量発生を受けて、帝国領にも多少被害が出ている。だからこそ、その鬱憤を晴らすための捌け口という意味でも彼らは奴隷を欲していた。

 

 

 帝都に帰ればお楽しみが待っている。だから気合を入れて奴隷を捕まえないと。

 

 

 そう、誰しもが思っている時に、それは現れた。

 

 

「あん? なんだありゃ?」

 

 それは黒い鎧だった。全身を覆うフルアーマータイプの鎧を着たその存在は隙なく着こなしているせいで男か女かもわからない。だがあんな重い鎧を着ているくらいだからガタイのいい男だろうと思った帝国兵の一人が、大方帝国に便乗しようとする傭兵の類だろうと思い、その男に近づく。

 

「おい、あんた。悪いな。今ここは帝国兵の陣地になってるんだ。もし傭兵として志願したいなら然るべき手続きを取って貰っても……」

「……お前は悪だ」

「は?」

 

 突然黒騎士から漏れた言葉は意外と若い。二十代、いや下手すると十代でも通じるような若干幼さが見えるような声色。だがその声色に反して、出てくる言葉は剣呑だった。

 

「お前は屑だ」

「お前は塵だ」

「お前らは臭い。吐き気がする」

 

 その言葉を聞いた帝国兵達が剣呑な空気になる。

 

「おいあんちゃん。俺達は今気分がいい。だから今なら聞かなかったことにしといてやる。だからさっさと消えろ」

「じゃないとどうなるか保証できないぜ、ひゃははは」

 

 だが、目の前の黒騎士が黙って腰の剣を抜いたことで帝国兵達は臨戦態勢になる。それにも関わらず黒騎士の雰囲気は変わらない。まるで目の前の汚物が許せないかのように。

 

「正義……執行」

 

 黒き正義が、執行される。

 

 

 それからたったの数分で、この場は惨劇の舞台となった。

 

「ひぃぃ、許してくれ。た、助けぐぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

「畜生、どうなってやがんだ。がぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

「化物め、撃て撃て。奴を殺せ──ッッ!!」

 

 目にも止まらない速さで敵を真っ二つに斬り裂いていく黒騎士の強さは異常だった。この帝国兵とて精鋭に数えられる者達なのだ。品性はともかく、その実力は確かなものだった。

 

 にも関わらず、今この場で起きているのは一方的な蹂躙だった。黒騎士が黒剣を振るえば無数の帝国兵が斬り裂かれ血を噴き出す。魔法を当てているにも関わらずダメージらしいダメージがない。まさに一方的な虐殺行為。ついさっきまで亜人相手に行っていた行為をそっくりそのままやり返されている形だ。

 

「動くなぁぁあ。お前……亜人族が目当てなんだろ。どこの誰に頼まれたか知らないが動くとこいつらの命はないぞぉぉ──ッッ!!」

 

 一人残った隊長の男は黒騎士の狙いが亜人族だと睨んだ。時々いるのだ。亜人族を横取りして帝国に法外の値段で売りつけようとしたり、さらに稀だが亜人族相手に憐憫の情を持って突っかかる奴らが。だがどちらにせよ。亜人族が死んだら意味がないのは変わりがない。

 

 

 そして黒騎士の動きが止まる。その光景に隊長は顔を歪ませる。

 

「そうだ。まずは武器を捨てろ。そしてそのフルフェイスの兜を取るんだ。どこの誰か知らねぇが俺達相手に舐めた真似しやがって、身元が分かれば必ず帝国の威信にかけて後悔させて……」

 

 それから先の言葉は出なかった。なぜなら黒騎士が止まったのは隊長の言葉を聞いたからではない。多少高価な防御アーティファクトを持っていると見破った黒騎士が黒い光の斬撃にて消し飛ばすために溜めが必要だったからだ。

 

 そして隊長と呼ばれた男は後ろにある奴隷馬車ごと消し飛ばされた。

 

「あ、あ、あ」

 

 その場で残ったのはただ一人。帝国兵に乱暴にされそうになった犬人族の少女だけだった。だが助けられたはずの少女が黒騎士に向ける表情は感謝ではなく恐怖だった。そしてその恐怖に耐えられなくなった少女は気絶した。

 

 たった一人、血まみれで悪を斬るという絶対の正義を成し遂げた黒騎士を。

 

 神父だけが満足そうに眺めていた。

 

 




あとがき

おめでとう。勇者(笑)は勇者(有精卵)に進化した。

作者は子供である光輝が真の意味で変わるには良くも悪くも成熟した大人、つまり亡き祖父に代わるメンターが必要だと思っていました。そう言う意味では正論をぶつけてくる同い年の蓮弥やお節介焼きの幼馴染な雫では駄目であり、唯一大人の愛子もまだ25歳。つまり教師生活三年目ならまだ半人前も良いところ、この世界で成長しているとはいえ役者不足としか言えません。

だからこそ原作とは違い生き残っているメルドに頑張ってもらいました。

それにメルドからしたら光輝だって自分が何十年も必死に努力した領域にあっさり追い越した上で文句を言う理不尽な奴です。きっと内心思うところがあったと思うわけですよ。だからこそ全力で男同士の一対一の決闘をやらせました。ある意味正田作品の伝統です。

光輝の旅はまさにこれから。ようやく始まりの町を出たところです。なのに物語全体としては終盤という理不尽的なことになるかもしれませんがメルドの教えを思い出して少しずつ頑張ってくれるはず。

光輝の将来的な成長モデルは、現在情報が展開されている人物像での勇者ワルフラーンです。これからみんなの勇者目指して上げて上げて上げていくので皆さん。光輝株、今が買いですよ。

へっ、黒騎士? はて、何のことやら。
ちなみに彼のモデルは支持率ミトラなマグサリオンです。
彼も第六章からそろそろ本格的に絡んできそうなのでどうなるのかお楽しみに。

第六章は帝国編からハルツィナ大迷宮までの予定で、テーマは最後以外は原作沿いです。なのでカットできるところはカットしてテンポよく進めていきたいと思っています。読者の中には第五章長すぎるんゴとか思っている人もいそうですし。


次回更新ですが、そんなに遠くはないと思いますがもう少し書き溜めたい気もします。

なにしろ今書いてる辺りの匙加減を間違えると帝国が……

……テーマは詐欺の可能性もあります。ご了承ください。

では

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