ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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ガハルド皇帝陛下久しぶりの登場。


帝城にて

 ハウリア達の打倒帝国宣言から一夜明けて、東の空が白み始める少し前、岩場に腰掛けた二つの人影があった。少し早く目が覚めたハジメとユエである。ちなみに、岩場に座っているのはハジメだけで、ユエはハジメの膝に上に横抱きで座っている。

 

 

 見張り役以外の皆が寝静まり、場所も死角になっているので、二人は久しぶりに二人っきりでの静かな時間を満喫していた。

 その時、ハジメの肩口に頭を預けていたユエがおもむろに顔を上げ、前触れ無くハジメの首筋にキスをした。チュッという可愛らしい音が、朝の静寂を僅かに揺らす。

 

 

「……どうした、いきなり?」

「ん……昨夜のこと思い出して何となく」

 

 

 ユエの言う昨夜のことと言えば、帝城落としの話のことだろう。だが、それが何故、キスにつながるのか分からず、自分を優しげに見つめるユエを見つめ返しながら、ハジメは首を傾げた。

 

「ハジメは変わった。最初出会った頃より大切が増えた。シアを大切にしてくれてうれしい」

 

 どうやらハジメがシアを大切にしたことがユエにとっては我が事のようにうれしかったようだ。相も変わらず仲が良くて思わずユエの頭を撫でるハジメ。

 

「……シアも”特別”になった?」

 

 ユエのその一言にハジメの手が止まる。そして少し困ったような顔をしながらハジメが優し気な声でユエに語り掛ける。

 

「……それは、なぁ。この世界で一、二を争うくらいには大切に思える。それは確かだ。だけどな……”特別”は、やっぱりユエだけだ」

「……むぅ、シアならいいのに……でも、嬉しいから困る」

 

 どうやらシアとならハジメを共有してもいいと考えているらしいユエに複雑な感情を覚えるハジメ。

 

「なあ、ユエ……ユエは…………なんでもねぇ」

「ハジメ? んっッ! ……んっ、あむ」

 

 ユエに何か言おうとしたハジメはそれを中断し、代わりに口づけを交わす。まるで言葉でなく態度で伝えようとしているかのように。

 

 そして自然と、次の段階に移ろうとして……

 

「おい、ハジメ。流石にここでそういうことはやめてくれ」

「……ちぃ、蓮弥か。随分早いお目覚めだな」

 

 あたりまえのようにハジメ達を発見した蓮弥に妨害された。いい気分だったのに台無しである。蓮弥はいつも通り、側にユナと雫を伴って見張りから帰ってきたばかりらしい。

 

「ユエ……いくら恋人同士でもこういう場所なら節度は弁えるべきだと思うわ」

「むぅ……けど雫だって、見張りをやっている間は隠れて蓮弥とにゃんにゃんしてた癖に」

「なっ!? そんなことしてないわよ! 私もユナも、節度は守っています!」

「ほう、節度は守ってヤってること自体は否定しないと。むしろ三人でヤってるとか?」

「なっ! それは……その……」

「それは秘密です。ですよね、雫」

 

 ユエの言葉で動揺を露わにした雫に代わり、ユナが余裕をもって返事を行い、ウインクしながら指を唇に当てる。そのしぐさは神掛かるほどに美しく、美と言う意味で対等の恋人であるユエがいなければハジメも魅了されそうな仕草だった。

 

 遠くでは香織達が隠れてユエ達の言葉の意味を考えて顔を赤くしているようだ。

 

「わわわ、カオリンどうしよう。ユエユエだけじゃなくシズシズまで……いつの間にか大人の世界だよぉ」

「もしかして雫ちゃん、藤澤君と結構頻繁に……どうしよう。どんどん置いていかれちゃう。私もそろそろ強硬手段も考慮し始めたほうがいいのかな……」

「香織よ、お主の強硬手段は洒落にならなそうじゃからやめておいたほうが良いと思うのじゃ」

「…………ハジメ君からたっぷり虐めてもらえるよ?」

「うぐぅ、それは……うぬぬ」

「二人とも、まずは乱入してハジメさん達を止めましょう。今でも隙あらばイチャイチャしようとしてるですぅ」

 

 東の空に上がる朝日は、新生ハウリア族の誕生と帝都での皇帝との謁見が行われる一日の始まりの狼煙のはずなのだが……何とも締まらない始まりだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 ヘルシャー帝国を象徴する帝城は、鉄壁の要塞だった。軍事国家というだけあり防壁と言う意味でならハイリヒ王国王城のセキュリティーを上回る。鉄壁の防壁に加え、入口は巨大な跳ね橋で通じている正門ただ一つという徹底ぶりである。

 

 帝城に入れる者は魔法を使った入場許可証を提示しなければならず、仮に提示したとしても極めて厳しい検査が待っている。もしそれに引っかかればその場でしょっ引かれるか、魔物が蔓延る水路に投げ出される。

 検査自体も厳重であり、商品なら一つ一つチェックされる。荷物に紛れて侵入する賊を警戒してのことだ。

 

 

 そんな鉄壁の帝城に侵入するために、蓮弥達は正門から堂々と入ろうとしていた。

 

「次ぃ~……見慣れない顔だな。……許可証を出してくれ」

 

 門番の兵士が光輝達を見て訝しげな表情になる。

 

 通行許可証がないのに入れない。だが蓮弥達が通行許可証を持ってるわけがない。ではどうするか、ここで重要になるのが光輝の存在だった。

 

「いや、許可証はないんですけど、代わりにこれを……」

「は? ステータスプレート? 一体……はっ……勇者……様、ですか? 王国に召喚された神の使徒の?」

「はい、そうです。勇者天之河光輝です。こちらにいらっしゃるリリアーナ姫と一緒に来たのですが……ちょっと事情があって別行動をとっていました。後で合流する手はずになっているのでご確認ください」

「は、はぁ……上の者と確認してきますので少々お待ちください」

 

 光輝は勇者だ。世間一般では対魔人族戦において神が遣わした人間族の切り札であり神の使徒である。例え教会の権威が失墜しつつある今であってもその効力はまだ十分有効だと言える。その証拠に許可証を持っていない時点で剣呑な目付きになった門番だったが、渡されたステータスプレートに表示された勇者の文字にうろたえ、自分の手に余ると判断した門番が上に確認に向かってくれた。

 蓮弥は内心勇者の権力が通じて良かったと思っていた。これで通じなかったらさらに効果のありそうな豊穣の女神の名前を使わなくてはならなかった。皇帝に会うということで緊張している愛子をさらに緊張させる結果になっただろう。

 

 

 そして 蓮弥達は詰所にある待合室のような場所に通され、待つこと十五分。跳ね橋からドタドタと足音が聞こえ始めた。

 

「こちらに勇者殿一行が来ていると聞いたが……貴方達が?」

「あ、はい、そうです。俺達です」

 

 そう言って姿を見せたのは、一際大柄な帝国兵で、周囲の兵士の態度からそれなりの地位にいることが窺える。彼は、応対するこの場の代表として対峙する光輝を無遠慮にジロジロと見ると、光輝のステータスプレートを確認しながら、他のメンバーにも探るような視線を向け始めた。

 

 

 その過程で、死角の位置にいたシアに気がつくと驚いたように大きく目を見開く。そして、何が面白いのかニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ始めた。いきなり向けられた嫌な視線を……シアはそっぽを向いて完全に無視した。

 

「確認しました。自分は、第三連隊隊長のグリッド・ハーフ。既に勇者御一行、そして豊穣の女神様が来られたことはリリアーナ姫の耳にも入っており、お部屋でお待ちです。部下に案内させましょう。……ところで、勇者殿、その兎人族は? それは奴隷の首輪ではないでしょう?」

「え? いや、彼女は……」

「天之河……」

「はっ、そう、俺達の仲間です!」

「仲間ぁ?」

 

 ステータスプレートを返しながらグリッド・ハーフと名乗った男はシアについて尋ねた。一瞬答えに窮した光輝だったが、蓮弥の一言で応えるべきことを思い出し、堂々と仲間だと宣言する。

 仲間という光輝の言葉にグリッドはシアを見る。そして、彼がなぜシアに注目するのか、その理由を察せられる質問をした。

 

「よぉ、ウサギの嬢ちゃん。ちょっと聞きてぇんだけどよ。……俺の部下はどうしたんだ?」

「…………」

「数か月前、大峡谷付近で兎人族を追いかけてて部下が行方不明になった。おかしいよな? 俺の部下は誰一人戻って来なかったってぇのに、何で、お前は生きていて、こんな場所にいるんだ? あぁ?」

 

 その言葉で蓮弥は彼がかつて大峡谷から出て出会った帝国兵の部隊の隊長だったことを察する。蓮弥にとっては初めての殺人。初めての魂喰いの相手だった。まだ半年くらいしかたっていないのに随分昔のことのように感じる。

 

「おい、さっきから無視してんじゃねーぞ。獣風情が!!」

 

 話しかけても顔すら向けようとしないシアに業を煮やしたのかグリッドは手を出そうとするが、とっさにシアの前に雫達が出てきてその手を遮る。

 

「ちっ、申し訳ありませんがね、勇者殿。この兎人族は数ヵ月ほど前に行方不明になった部下達について何か知っているようでして、引渡し願えませんかね? 兎人族の女が必要なら、他を用意させますんで、ここは一つ──」

「あんた……頭が悪いのか?」

「なんだと!?」

 

 光輝にシアの引き渡しを要求しようとしていたグリッドは突然発せられた蓮弥の言葉に気を取られる。正直シアも相当我慢しているのがわかるし、その前にいい加減ハジメが手っ取り早くことを済ませそうなので代わりに蓮弥が対応することにする。

 

「彼女は勇者が仲間だと明言したんだぞ。なら話はそれで終わりだろ。それとさっさと俺達をリリアーナ王女のところへ案内してくれないか。俺達が遅れてきたというだけで何かトラブルがあったということくらい察してくれ。こっちは危急の用事なんだ」

 

 蓮弥はあたかもこれが非常に緊急性の高い案件であるように話す。

 

「もちろん帝国だって無関係じゃない。これから俺達は皇帝陛下を交えて世界の存亡にかかわる重大な話をしなければならないんだ。そんな時に、無駄に勇者の反感を買って帝国に何かメリットがあるのか? もし、あんたの私情交じりの行動で帝国に多大な不利益が生じた場合、あんた責任が取れるんだろうな? いや……空気も読めない、頭も回らない、客人を碌に歓迎することもできない無能な部下を……この国の皇帝陛下は笑って許してくれるのか?」

 

 最後の一言でグリッドの顔色が変わる。明らかにまずいという表情に変わった。既にリリアーナ姫により彼らが本物の神の使徒一行であることは証明されており、すぐに連れてくるように言われている。

 そしてもし彼らの要件が本当に重要な物であった場合、勇者の機嫌を損ねると帝国に不利益が生じる可能性がある。

 

 

 そしてこの国は帝国だ。完全実力至上主義の国の皇帝が甘いわけがない。自由を許している分、締めるところはきっちり締めないと国が立ち往くわけがないのだ。もし本当にグリッドの行動で帝国に不利益が生じれば、伝え聞く皇帝なら容赦なくグリッドに重い罰を下すだろう。

 

 

 ユナでなくてもグリッドの考えは手に取るようにわかる。いなくなった部下についてシアから聞き出したいが、勇者の反感を買うことで最終的に帝国の絶対権力者である皇帝陛下の怒りを買うわけにはいかないと考えているのが伝わってくる。

 最終的にグリッドは無言で背後に控えさせていた部下に視線で案内を促した。血走った目でシアを睨むグリッドを尻目に、何事もなかったように詰所を出て行く蓮弥達。シアもたいして気にしていないようだ。

 

 

 取るに足らない雑魚に睨まれても怖いわけがない。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 

「それで?」

 

 

 帝城の一室に案内された蓮弥達を待ち構えていたリリアーナからの第一声がそれだった。満面の笑みを浮かべているものの、目は笑っておらず声音は冷たい。言外に事情を説明するまでは絶対に許さないと語っているようだった。

 

 

 おそらく、帝国側との協議で死ぬほど多忙なのだろう。そんな中、どう考えても厄介事を運んできたとしか思えない蓮弥達に、内心頭を抱えているのが伝わってくるようだった。

 

「帝都での茶番といい、一体全体どうして皆さんがここにいるのですか? 納得の出来る説明を求めます。ええ、それはもう強く強く求めます。誤魔化しは許しませんからね! 特に蓮弥さん!」

 

 リリアーナは蓮弥をきつく睨みつける。どうやらリリアーナの元にも帝都での騒動は耳に入っているらしい。この分だと一番派手な動きをした黒い仮面野郎の正体が蓮弥であることも察しているだろう。

 

「いやそれなんだがな。準備に多少時間がかかるというか……まあその内わかるさ」

「もしかしてそれで説明責任を果たしたと思ってませんよね? なぜこちらに来たのですか? 樹海での用事は? それと、昨夜の仮面騒動は何なのです? もうそろそろ、ガハルド陛下から謁見の呼び出しがかかるはずです。口裏を合わせる為にも無理を言って先に会う時間を作ってもらったのですから、最低限のことは教えてもらいたいのですがまさか、また仮面をつけて暴れる気じゃないでしょうね?」

 

 ぐいぐい迫ってくるリリアーナに対してどうしたものかと蓮弥は悩んでいた。別に説明してもいいのかもしれないが、蓮弥達がやろうとしていることはある意味クーデターだ。もしリリアーナにあらかじめ事情を説明していると場合によっては王国が帝国を陥れる形に見えるかもしれない。今後のことを考えればリリアーナには部外者でいてもらうのがベストだ。

 

「はぁ、もういいです。あなたのことですから何か考えがあるのでしょう。でしたらせめて私の話に合わせていただきます」

 

 

 その後のリリアーナの話によれば、どうやら既にガハルド陛下には、聖教教会の末路や狂った神の話が伝えられたようだ。

 

 しかし、基本的に実力至上主義を掲げる帝国のトップだけあって、そのことはすぐに飲み込んだらしい。

 だからガハルドの興味は別のところにあった。

 

 まずはリリアーナがどうやって帝国に来たのか、その方法について。

 

 

 王国襲撃、そして大災害襲撃の際に連携を取ることになった両国だが、レギオン事件が解決してからリリアーナが帝国にやってくるまで約二週間。この世界では王国から帝国まで馬車で月単位の時間がかかるのが常識なのだ。その常識に照らし合わせるとリリアーナの行動の早さは異常だと言える。

 

 

 次にレギオン事件の顛末について。

 

 帝国は王国と連携をとってこそいたが、レギオンの直接的な被害は王国に集中しており、帝国はレギオンの切れ端と言えるような黒い魔物の襲撃があったくらいに留まっていた。それだけでも十分脅威だと言えるが王国を襲った脅威はそんなものでは済まなかったのは想像するにたやすい。

 

 正直ガハルドは王国は滅びると思っていたらしく──リリアーナは思いっきり嫌な顔をしてやったらしい──残った脅威の対応とそれが終わった後の王国を取り込むために頭を働かせていたらしいが、王国の崩壊は実現することはなかった。

 

 むしろその脅威を解決した方法が良くわからない。ハイリヒ王国に潜ませている間諜が送ってくる情報は、どれも耳を疑うようなものばかりでいまいち信憑性に欠けるときた。特に顕著なのがこの世界に降臨した豊穣の女神、そしてその守護者である女神の剣の情報だ。彼らが起こした奇跡の数々は巷で溢れすぎて枚挙にいとまがないくらいだ。ここまで来るとどこまで真実でどこまで誇張された情報なのか帝国の皇帝として調べずにはいられない。なぜなら仮に噂が全て真実だとしたら、国を容易く滅ぼす戦力が女神の元に複数存在することになるからだ。

 

 

 愛子などは帝国にまでその名前が轟いていることに卒倒しそうになっていた。蓮弥としてはできれば休ませてやりたいがこの分では彼女も参加しなくてはならないだろう。

 そしてそうこうしている内に部屋の扉がノックされた。どうやら時間切れらしい。案内役に従って、蓮弥達はガハルドが待つ応接室に向かうことになった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 通された部屋は、三十人くらいは座れる縦長のテーブルが置かれた、ほとんど装飾のない簡素な部屋だった。そのテーブルの上座の位置に、頬杖をついて不敵な笑みを浮かべる男──ヘルシャー帝国皇帝ガハルド・D・ヘルシャーがいた。彼の背後には二人、()()()()()()()とわかる研ぎ澄まされた空気を纏った男が控えている。

 

「ようこそ、帝国へ。さて突然だが……女神の剣ってのは()()()のことだ?」

 

 皇帝ガハルドは挨拶した途端ハジメと蓮弥の方に威圧を飛ばしてくる。

 

 数十万もの荒くれ者共を力の理で支配する男の威圧。ある種の覇道の資質を持った男のそれは半端なものではない。同じ王族であるリリアーナが息苦しそうに小さな呻き声を上げ、光輝達は思わず後退りをする。

 

 だが蓮弥達がそんなものに怯むわけがない。だからこそ皇帝の威圧を軽く流してガハルドの質問にどう答えようかと考えていた蓮弥はハジメに先んじられた。

 

「御目に掛かれて光栄です、皇帝陛下。さて、皇帝陛下御所望の女神の剣ならこいつ……藤澤蓮弥のことで間違いありません。幾度も世界を救った英雄ですよ」

 

 そう言ってそそくさと蓮弥を前に押し出し自分は後ろに下がる。明らかにめんどくさいことを蓮弥に押し付ける気満々なハジメの態度に、蓮弥は思わず文句を言いそうになる。そもそも女神の剣の名前はウルの町で魔物群を何とかするためにハジメがついた方便だったはずなのに、いつの間にかそれは蓮弥の代名詞になってしまっていた。

 その理由は使う武器にあるだろう。ハジメが使う武器は主に銃火器であり、それに馴染みがないこの世界の住人からすれば、ハジメは強いけどよくわからない武器を使う錬成師止まりだ。対して蓮弥は何か彼らにとっての奇跡を成す際にはいつも剣を振るってきた。そのわかりやすいイメージによって女神の剣はすっかり蓮弥の代名詞として定着してしまったと言うわけである。

 

「お初にお目にかかります皇帝陛下。私は藤澤蓮弥。この世界に召喚された神の使徒の一人にして、恐れ多くも女神の剣という異名で呼ばれている者です」

「構わねぇ。気楽に喋れよ。強い奴はでかい態度を取っていいのが帝国だ」

「……そうか、ならそうさせてもらおうか」

 

 ガハルドはハジメにも興味を示していたようだが、まずは蓮弥を見定めることにしたらしい。

 

「お前がそうなのか……強いことはわかるがはっきりしねぇな。他には……」

 

 それを見てようやく蓮弥から視線を外したガハルドが蓮弥の側にいるユナを興味深げに見た後、さらに隣の雫に目を向けニヤリと楽しげな笑みを浮かべた。

 

「雫、久しいな。俺の妻になる決心は付いたか?」

「お、おい! 雫は、既に断っただろう!」

 

 ガハルドの言葉に雫が何かを言い返すより早く、なぜか光輝が真っ先に反応する。その様子からどうやら光輝は以前から皇帝が気に入らなかったのだとわかるが、皇帝の方はチラリと光輝を見ただけで特に反応を示さず、雫を真っ直ぐに見つめだした。

 

 そしてその視線を向けられた雫の視線は非常に冷ややかなものだった。

 

「前言を撤回する気は全くありません。陛下の申し出はお断りさせて頂きます」

「つれないな。だが、そうでなくては面白くない。元の世界より、俺がいいと言わせてやろう。その澄まし顔が俺への慕情で「では……」あん?」

 

 ガハルドの言葉に割り込む形でさらに冷ややかになった雫が口を挟む。

 

「帝国流で返事をいたしましょうか。私……自分より圧倒的に劣る、あなた程度の弱い男なんて眼中にないから。そう言う意味で私を自分の物だと宣言していい男は……この世でたった一人だけよ」

「ほう、言うじゃねーか」

 

 雫の返事は確かに帝国流だった。この国に定住するような女は娼婦を生業にする者以外は皆腕に自信があり、男勝りの強気な女傑ばかりである。そんな女に言い寄った男を彼女達が返り討ちにして「弱い男に興味なんかない、出直してきな!」という風に男を袖にするのは帝国ではよく見る光景なのだ。もっともこの国最強の皇帝を弱い男と断言したのは雫が初だろうが。

 

 

 言いたいことを言った雫は蓮弥に身を寄せる。その態度で何を望んでいるのか察した蓮弥は期待に応えてやることにする。

 

「おい、おっさん。あんた俺に興味があるんだろ。なのに俺を無視して気安く()()()に声をかけるな。それとも……この国の皇帝は強い奴への興味より、女の尻を追いかけることの方が好きな色情狂なのか?」

 

 その堂々と雫を俺の女と言い切った蓮弥の態度に、ユエや香織達がにわかに色めき立つ。時の権力者相手に堂々と俺の女宣言は、女なら一度くらいされてみたいことなのかもしれない。その証拠に蓮弥の宣言を聞いた雫は不機嫌な表情を収め、嬉しそうにしている。

 

 他には優花が羨ましそうに雫を見ていたり、愛子が教え子の強気な発言に顔を赤くしつつおろおろしたり、リリアーナがちょっと不機嫌な顔をしていた。

 

 

 一方帝国側には一部不穏な気配が漂ってきていた。弱い男や色情狂扱いされてもむしろ面白そうな反応を返したガハルドはともかく、側に控えている側近が危険な気配を放ち始める。蓮弥が感知したところ、()()()()()()()()()()者達も隠そうとしているが若干気配が漏れており、それでいいのかと蓮弥は内心思ってしまう。これならハウリア達の方がよっぽど怖い。

 

「なるほどな。つまりお前が俺との決闘中でもずっと雫の心の中にいた男なわけか。なら聞かせろ、お前……雫はもう抱いたのか?」

『ぶふぅ──!?』

 

 思わぬ発言にこういう話題に耐性の無い者達が噴き出す。主に初心な童貞と処女達だ。どうやら雫は何とか堪えたらしい。そしてその発言を受けても蓮弥は顔色一つ変えずに冷静に答える。

 

「悪いがノーコメントだ。俺はあんたを良く知らない。だから俺はあんたが、処女にしか興奮することができない重度の処女厨である可能性や、好きな女が他の男とそういう行為をするところを想像して興奮する寝取られマゾである可能性を否定できない。そんな中、わざわざ教えてあんたを喜ばせる義理はない」

 

 その発言には流石に眉を一瞬顰めたガハルド。彼の人生において寝取られマゾなどという不名誉な侮辱を受けたことなどないのだろう。隣で控えている従者は蓮弥を睨みつけ始めた。

 

 だがガハルドもこのままではいけないと思ったのだろう、蓮弥の反対側に座っているユナに視線を移し、攻める方向性を変えてみる。

 

「大した自信だが、その根拠はどこから来てるんだ。俺が抱えている女神の剣に関する情報の中にこんなものがある」

 

 

「女神の剣が有する剣は、文字通り女神のように美しい少女の姿を取ることができる神代のアーティファクトだとな」

「ッ……」

 

 ユナを見てそう語るガハルドの発言に今度は蓮弥が反応する番だった。

 

 ユナの正体を知っている人間は少ない。正しい意味で理解しているのは蓮弥とユナ本人、そしてハジメ達や雫くらいだが、対外的な言い訳として言っているユナがアーティファクトの精霊だと言う話を認識している人間もそれほどいないのだ。

 どこからその情報を仕入れたのか。出どころ次第では中々厄介な情報網をもっていることになるかもしれない。

 

「そのアーティファクトは手にしたものに絶大な力を与えるとも噂で聞いている。もしこれが本当なら、お前は女の力を借りなきゃ強気に出れない程度の男ってことになるんだがどうだ?」

 

 ユナが蓮弥の方を心配そうに見てくるが、蓮弥はユナの手を静かに握って答える。

 

「……一部肯定する。確かに俺がここまでやってこれたのは彼女が俺と共に戦ってくれたからという一面があることを否定しない。だが、まさか強力な武器を手に入れただけであんたが伝え聞いている俺の武功を起こせるなんて、冒険者の王でもあるあんたが信じているわけじゃないよな? それに俺は彼女、ユナを運命のパートナーとして生涯を共にし、戦う際に命と魂を懸ける覚悟を持っている」

「むッ」

 

 冒険者の中には貴族上がりのボンボンで金に物を言わせて高ランクを手に入れたり、非常に高価なアーティファクトで武装した者もいる。それらの者達はそれが自分の強さだと勘違いして周りに威張り散らしたり増長する傾向にある。以前蓮弥達に絡んできたアベルという金ランク冒険者もおそらくその類だろう。

 だがそういう冒険者達は帝国には近寄らない傾向にある。なぜなら実力至上主義を謳う帝国ではそのような鍍金が通用しないからだ。

 蓮弥はユナの力を借りてここまで来たことは間違いないだろう。だが同時にユナと共に命がけで戦ってきたことも事実なのだ。少なくとも今までの戦い、ミレディ戦以降はユナに頼り切りでは乗り切ることはできなかったと確信している。今までの戦いを鍍金だとは言わせない。

 

 これでもたいして揺らがなかった蓮弥にガハルドは賭けに出る。

 

「確かにお前の力もそれなりにあるのかもな。だけどそれならより強い人間がそこの嬢ちゃんを使えばより強くなれると思わないか? だから……雫も含めて全部俺に寄越せ。俺ならそこの()()()()()()()()をもっと上手く使ってやるよ」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは雫だった。その明らかにユナを侮辱する言葉に雫が殺気を帯び始める。後数瞬でその殺気が質量を持った刃へと変わりガハルドに向けられるという瞬間。

 

「落ち着け、雫」

「蓮弥ッ、けどこいつは今!!」

「落ち着いてください、雫。私は平気です」

 

 多少興奮気味な雫を蓮弥は抱き寄せてなだめる。しばらく蓮弥の腕に抱かれていた雫だったが、落ち着いたのか姿勢を正す。ただしガハルドを見る目は以前より鋭かった。

 

「あんた相当無茶するな。俺が雫を止めなかったら、下手すると今頃あんたの首は地面に転がっているぞ」

「ふむ、理屈はわからんがそうらしいな。首がチリチリする。ま、それで死んだら所詮、俺はその程度の男だったということだろ。だがお前は冷静だな。今の俺の発言は相当な侮辱だったはずなんだが」

「俺にはあんたの魂が見えている。あんたの発言には悪意も下心もなかった。あるのは……俺がどんな反応を示すのか知りたいという好奇心とスリルを楽しむちょっとした狂気だけだよ。それに……」

 

 蓮弥が若干ガハルドに威圧を向けながら答える。冷静だからと言って怒りを覚えないわけではない。それに、蓮弥はユナに関することで一つ決めていることがある。

 

「エヒトが管理する狭い檻の中で調子に乗ってる猿山のボス猿が、檻の中から宝石に手を伸ばしてきたからと言って、真面目に警戒する必要があるのか?」

「貴様ッ!! 無礼な態度に飽き足らず、陛下を猿呼ばわりするかッッ!!」

「その発言、万死に値する!!」

 

 この発言だけは我慢ならないとばかりに側近が殺気立ち、蓮弥に向かって剣を構える。それに蓮弥は対処しようとして……

 

「やめろぉぉぉぉ──ッッ!!」

 

 皇帝ガハルドの一声で側近が止まったことで蓮弥も()を引っ込める。

 

「お前らなぁ、どう考えても先のやり取りの意趣返しだとわかるだろ。あいつらが耐えたのにお前らが耐えられないんじゃ面目丸つぶれだろうが」

「も、申し訳ございません、陛下」

「猿にしてはいい判断だな。もう少し対処が遅かったら()()()()()()含めて思わず殺してたかもな」

「~~~~ッッ」

 

 今なお皇帝を猿呼ばわりすることを止めない蓮弥に側近がプルプル震えるがガハルドに止められた以上どうすることもできない。素直に引っ込む辺り流石にそこらのチンピラとは違うらしい。

 

「わかったわかった。やめだ。隠れてる奴までばっちりバレてやがる。こいつは正真正銘の化け物だ。今やり合えば皆殺しにされちまうな!」

 

 ガハルドが豪快に笑いながら、覇気を収めた。どうやら一応お眼鏡には叶ったらしい。

 

「正直移動用アーティファクトやその他兵器類も気になるんだが、この分じゃ脅しが通用しそうにないな。一個くらい分けてくれたら嬉しいんだがな」

「猿には不要な代物だろ。宝の持ち腐れってやつだ」

 

 皇帝が態度を変えたのに蓮弥は態度を変えない。それに対し既にそういう病気なんじゃないかと思うくらいプルプル震えている側近に加え、愛子周辺が落ち着かなくなってくる。

 

「おいおい、まだ引きずってるのか。むしろ後ろの女達が委縮してるぞ」

「人間扱いしてほしかったら筋を通すことだな。俺はユナを人間扱いしない奴を人間扱いしないと決めている」

「ああ、そういうことかよ。……悪かったな嬢ちゃん」

「……謝罪を受け取ります」

 

 意外とあっさり謝罪するガハルド。強い奴には従うという国の王らしく一定の格を示した相手には頭を下げることも厭わないらしい。側近の前でやることではないかもしれないが良くも悪くもそれがこの皇帝の味なのだろう。

 

「それで、皇帝陛下。あんたなんで、そんな楽しそうなんだよ? 途中死にかけてるんだぞ」

「おいおい、俺は帝国の頭だぞ? 強い奴を見て、心が踊らなきゃ嘘ってもんだろ?」

 

 楽しげなガハルドに呆れたようにツッコミを入れる蓮弥。それに対するガハルドの返事は、実に実力至上主義の国の人間らしいものだった。

 

「それにしても、お前が侍らしている女達もとんでもないな。おい、どこで見つけてきた? こんな女共がいるとわかってりゃあ、俺が直接口説きに行ったってぇのに……一人ぐらい寄越せよ、藤澤蓮弥」

「あいにく俺の女と言えるのはユナと雫だけだ。他は命と魂を懸ける気があるならナンパするくらい好きにしたらいいぞ」

 

 蓮弥のユナと雫以外は好きにしたらいい発言に文句を言う者は当然現れる。

 

「ちょっと蓮弥君、それは流石に不満なんだけど。そりゃ、私は蓮弥君の恋人じゃないのかもしれないけどさ……こんな人にナンパされても困るだけだし」

「おい、蓮弥。勝手にユエを売るなよ。ユエは俺の女だ。他はそうだな……ティオくらいならくれてやってもいいかもしれないけどな」

「っ!? な、なんじゃと……ご、ご主人様め、さり気なく名指しで妾を他の男に売りおったな! はぁはぁ、何という仕打ち……たまらん! はぁはぁ」

「ちょっと問題あるが、いい女だろ、外見は」

「すまんが、皇帝にも限界はある。そのヨダレ垂らしている変態は流石に無理だ」

「こ、こやつら、本人を目の前にして好き勝手言いおって!」

 

 優花は素直に不満を漏らすが、ハジメはユエの立場をはっきりさせつつ、ドMのティオを楽しませる。だが流石にその上級者向けのプレイにガハルドはついていけないようだ。露骨に嫌そうな顔をする。

 

「俺としては、そちらの兎人族の方が気になるがね? そんな髪色の兎人族など見た事がない上に、俺の気当たりにもまるで動じない。その気構え、最近捕まえた玩具を思い起こさせるんだが、そこのところどうよ?」

「あんたの趣味なんて知るわけないだろ」

 

 ついでにハウリアのことを知ろうとガハルドは蓮弥に鎌をかけるが蓮弥は引っ掛からない、なので口撃の先をハジメに変更する。

 

「そいつらは、超一流レベルの特殊なショートソードや装備も持っていたんだが、その装備の出所に興味はないか、錬成師?」

「たまたま拾ったんじゃないか。敵を倒すと稀にレアドロップが出るなんて常識だろ」

「噂では天から雷の矢を放って地上を丸ごと吹き飛ばす兵器を所有している錬成師がいると聞いてるんだがな。そんな戦力、一個人が持つつもりか」

「持っててもあんたらにはどうしようもないだろ」

 

 ハジメに口撃するが、ハジメも取り合わない。今は無理だと悟ったガハルドが最後にこの世界に生きる者として質問することにする。

 

「最後だ、藤澤蓮弥に南雲ハジメ。神についてどう思う?」

「神様気取っていい気になってる屑野郎だ。いずれ殺す」

「引きこもり変態ストーカー野郎だ。いずれ殺す」

 

 この発言にはガハルド以外の帝国側の人間が息を飲む。二人の発言は事実上、聖教教会への宣戦布告以外の何者でもない。少し前なら一発で異端者扱いされるレベルの禁忌だ。

 

「なるほどな。どうやら中々面白い奴ららしい。まぁ、最低限、聞きたいことは聞けた……というより分かったからよしとしよう。ああ、そうだ。今から三日後、リリアーナ姫と息子の婚約パーティーを開く。本当は今夜開きたかったんだが黒い魔物騒ぎで少し遅れてな。ちょうどいいから是非、出席してくれ。神の使徒や勇者、そして豊穣の女神の祝福は外聞がいいからな。もちろんそれまで城にいてくれて構わねぇ。城にいる間はお前達全員に手を出さないように話は通しておく」

 

 ガハルドは、突然落とされた爆弾発言に唖然とする光輝達を尻目に、不敵な笑みを浮かべながら挑発的に蓮弥達を睨むと、そのまま颯爽と部屋から出て行った。

 バタンと扉の締まる音が響き、それによってハッと正気を取り戻した光輝達がリリアーナを詰問する。

 

「リリィ、婚約ってどういうことだ! 一体、何があったんだ!」

「それは……たとえ、狂った神の遊戯でも、魔人族が攻めてくれば戦わざるを得ません。我が国の王が亡くなり、その後継が未だ十歳と若く、国の舵取りが十全でない以上、同盟国との関係強化は必要なことです」

「それが、リリィと皇子の結婚ということなのね? 正直言うなら辞めた方がいいと思うけど……」

 

 どうやら婚約の話自体は以前にもあったらしいが、これを機に正式なものになるらしい。光輝は本当にそれでいいのかリリアーナに聞いているが覚悟を決めているリリアーナには通じない。政略結婚という現代日本に生きる者達には縁遠い行為に対して地球出身の女性陣は流石に今回は光輝寄りの反応だった。特に今のやり取りで皇帝周りが嫌いになった雫は反発している。

 

 だがそれを尻目に蓮弥とハジメは考える。

 

「三日後か、ハジメ……どう思う」

「今帝国の魔法的なセキュリティーに関してはフェルニル内で吉野が調べてる。あいつなら当日までに余裕で解除できるはずだ。ハウリア達は?」

「私の内界で修行を開始しています。彼らの意気込みはすごいですから、三日あれば何とか形になると思います」

「そうか……」

 

 にやりとハジメが悪人顔になる。まるで派手なパーティーをさらに派手にするサプライズが決まったというような顔だ。

 

「蓮弥さん……一体何を企んでいるんですか?」

 

 そこで光輝達の説得を躱しつつ、何か悪だくみをしている蓮弥に声をかけるリリアーナ。

 

「何、ちょっとしたサプライズだよ」

 

 

 今から三日後、帝国に何かが起きる。それを察したリリアーナは、彼らの行動を自国の利に変えるために、一層注意することを決意した。

 




次回、カウント0。
ハジメぶち切れる。

ちょっとオリジナル展開入ります。

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