ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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シルヴァリオラグナロク、攻略完了です。
シルヴァリオシリーズ完結編に相応しい素晴らしいエンドでした。
そして一部ネタ被りが発生したという、特にハジメ関連。
開き直ってそのまま進めるつもりですが、よく考えれば今更という。

では、本編をどうぞ。


夜の帝都を舞う者達

 兎人族ハウリア。

 

 それはフェアベルゲンに数多く住む亜人族の中であっても最弱と言われる兎人族の一部族。

 

 この部族は他の兎人族と同じくフェアベルゲンの中で暮らしていた。

 

 外には怖い人間や魔人がいる。そんなことは先祖代々骨身に沁みている彼らにとってフェアベルゲンの森こそが最後の砦だった。

 

 神樹『ウーア・アルト』。

 

 かつては世界に恩恵を与えたとも、()()()()()()()()()ともいわれる伝説の神樹だが今は神話で謳われるほどの力はない。樹に宿る大精霊はとっくの昔に退いている。

 

 されどその力の残照が生きる森の中でのみ、彼らは生存を許されていた。

 

 

 兎人族は亜人族最弱種族である。魔力を持たない亜人が唯一人間や魔人に勝る身体能力も人並みであり、せいぜい隠れるのが上手いくらいの取り柄がない種族だった。だからこそ彼らは同じ迫害される側であるはずの同胞からすら迫害されるという悲劇の種族であった。

 だからこそ彼らはそのように進化したのだろう。彼らは皆心優しく、それでいて庇護欲を誘うような容姿をしていた。その証拠にもう少し亜人族に人権があった時代において、兎人族はその愛らしさでマスコット扱いされていた時代もあったと言う。

 だがそのほとんどは悲惨な歴史だ。同胞からは虐められ、そして一度人間に捕まれば、大抵はその被虐体質が災いし、口に出すことすら憚れる惨い仕打ちを受けるのだ。

 

 

 彼らはそれでも耐えてきた。いや、耐えるしかなかった。もっと言うなら諦めていた。弱い兎人族に生まれたのが悪い。だからこそ、自分達は唯一の特技である隠密を駆使して、ひっそり隠れ住みながら生涯を終えるのだ。

 そうやって何百年、何千年、彼らはそうやって生きてきた。

 

 

 だけど、そう、だけど。先祖から脈々と受け継がれてきた兎の魂には積もる想いがきっとあったのだろう。

 

 

 なぜ私達が! 

 

 私達も! 

 

 私達だって! 

 

 

 大人しい人ほど怒ると怖いと言う。そして怒りとは特権階級へのパスポートだ。それが積もれば積もるほど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ならば、ならば彼ら兎人族は。気の遠くなるほどの年月を屈辱に甘んじなくてはならなかった彼らの魂が積もらせてきた怒りとは、一体どれほどの物だろう。きっと兎人族という吐け口があった他の亜人族とは比較にならないだろう。

 

 

 だからこそ、彼女は生まれたのかもしれない。忌み子であろうと捨てられないような兎人族の中でも特に優しい種族から、怒りの申し子(シア・ハウリア)が。

 

 

 怒りの申し子(シア・ハウリア)は強い怒りを抱く人物と共に旅に出た。なら彼女はきっと積もり積もった兎人族の集合無意識の悲願通りの力を手にする。何もかも気に入らないこの世界の全てを破壊するほどの力を付けて、いずれ彼女は全てを屈服させる()()()になるだろう。

 

 

 だがそれを良しとしなかったのもまた兎人族(ハウリア)だった。例え明確な意図がなく、無意識のことであろうと彼らは知っている。怒りの申し子は同時に彼らの希望であり、なにより愛し子であることを。

 

 

 一度火がついた魂は止まらない。彼らは文字通り修羅となり自分を鍛えた。

 

 

 南雲ハジメが齎した訓練の中身など大した意味はなく、言ってみればただのキッカケにすぎない。当たりまえの話、教導の素人がたった十日教えただけで強くなれるのなら誰も苦労しないのだ。ハジメが決めたノルマなど()()()()()()()()()()()()()。それを超える密度と時間の、もはや自傷と言っていいレベルの訓練を狂気の念で彼らは行っていた。彼らが壊れなかったのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のおかげだ。

 

 

 もう弱い自分は嫌だから。もう泣いてばかりの自分はコリゴリだから。

 

 

 そして何より、シア・ハウリアを孤独にはさせないために。

 

 

 シアは一人じゃない。自分達だってやれるのだということを示すために。まるで光を求める亡者のように必死にもがき苦しんできたのだ。

 

 

 だからこそ彼らは力を手に入れるにつれて自身の修羅を抑えなくてはならなかった。なぜなら力とは毒だ。最初の十日間の訓練を終えた後、亜人族屈指の戦闘力を誇る熊人族を圧倒した際に血と暴力に溺れそうになったことがあるがゆえに、彼らはその怖さを知っていた。

 

 そして何より相応しくないだろう。愛し子を支えるために、ひとりぼっちにさせないために、修羅にしないために己を鍛えているのに、自身らが修羅になっては意味がない。

 

 

 だからハウリアは考えたのだ。強い自分とは何なのかと。

 

 

 カッコいい自分を思い浮かべて、それを元に力を振るえば、自分の中にある軸はぶれない。そういう気がしていた。

 だからこそ、彼らは南雲ハジメ(厨二病)に倣ったのだ。自身の中の修羅を飼いならすために。

 

 

 こうして新生ハウリアは狂気と厨二と、そして家族への愛で誕生した。そして彼らは今夜、一つ壁を超えることになる。

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 辺りが暗闇で覆われた帝都の夜、その帝城の一角。二人の帝国兵が警備のため、決められたルートを巡回していた。その手には魔法によって灯された松明を持っており、それの明かりが不埒な侵入者を阻む光となっている。

 

「はぁ、今頃、お偉方はパーティーか……美味いもん食ってんだろうなぁ……」

「おい、無駄口叩くなよ。バレたら連帯責任なんだぞ」

 

 一人の兵士が遠くの城の賑やかな気配に、ため息交じりの愚痴をこぼす。相方の兵士は咎めるが、本音のところは同意しているのがその表情を見ればわかるだろう。もしかしたら内心、相方の兵士と同じく愚痴を吐いているのかもしれない。

 

「だけどさ、お前も早く出世して、ああいうのに出たいと思うだろ?」

「……そりゃあな。あそこに出られるくらいなら、金も女もまず困らねぇしな……」

 

 帝国は実力至上主義の国だ。貴族階級が存在する以上、平民がそう簡単にのし上がれるようにはできていない実情はあるが、それでも可能性はないわけでない。戦争で武功を立てる。コロシアムの大会で優勝する。もしくは、何か大きな手柄を立てる。それらの実績を積み重ねて貴族階級の仲間入りを果たし、今帝城で勝利者のみが味わえる極上の美酒を嗜んでいるものもそれなりにいる。

 

「だよなぁ~。パーティーで散々美味いもんをたらふく飲み食いした後は、見目麗しいお嬢様方と朝までしっぽりだろ? 天国じゃん。あ~、こんなとこで意味のねぇ巡回なんかしてないで女抱きてぇ~。兎人族の女がいいなぁ~」

「お前、兎人族の女、好きだなぁ。亜人族の女は皆いい体してっけど、お前、娼館行っても兎人族ばっかだもんな」

「そりゃあ、あいつらが一番いたぶりがいあるからな。いい声で泣くんだよ」

「趣味わりぃな……」

「何言ってんだよ。兎人族って、ほら、イジメてくださいオーラが出てるだろ? 俺はそれを叶えてやってんの。お前だって、何人も使い潰してんだろ」

「しょうがねぇだろ? いい声で泣くんだから」

 

 

 二人の巡回兵は、顔を見合わせると何が面白いのか下品な笑い声を上げた。

 

 これが一般的な帝国の市民の思考だと考えれば中々恐ろしいものがあるだろう。弱肉強食の理を理由に末端の兵士などは腐敗が進んでいるのが帝国の現状だった。

 帝国において、亜人は所詮道具と変わらない。ストレスや性欲を発散するための、いくらでも替えの利く便利な道具なのだ。もちろん全てが全て品性が感じられない者ばかりではないが……それでも亜人を奴隷として利益を得ていると言う意味ではこれが帝国の常識だった。

 

 そしてその常識はこれからも続く。きっと何事もなく明日を迎えることができて、彼らは普段通り、亜人奴隷達にあらん限りの暴虐を働くのだろう。

 

 だがそうはいかない。きっかけは兵士が道の真ん中で人影を見つけたことが基端となる。

 

「ん? ……おい、あれ、何だ?」

「あ? どうした?」

 

 相方に歩み寄りながら松明を前に突き出し、道を照らす。

 

「おい、そこにいる奴。今日はもう外出禁止時間だ。早々家に戻ってッ!?」

 

 そこで兵士が気づく。道を歩いている数人の人影が人族ではないことを。その特徴的な長い耳は見間違えることはない。

 

「兎人族だとッ? まさか脱走したっていう!」

「おい、止まれッ。どういうつもりで堂々と道を歩いているのか知らないが……俺達と共に来てもらおう」

 

 そこで帝国兵は剣を抜きながらこれはチャンスだと考えていた。どういう理由があるか知らないが、彼らからすれば鴨が葱を背負ってきたようなものだと考えたのだ。

 

 

 彼ら末端の兵士達にも捕えていた兎人族が脱走したことは当然伝えられている。そして彼らは皇帝ガハルドが気にかけていた兎人族達だろう。ならそれを捕えたとなれば大きな手柄になるかもしれない。思わぬ出世へのチャンスが転がってきたと男二人は内心ほくそ笑む。

 

 

 それに、何やらそれなりに強いという話題の兎人族だが所詮は亜人族。魔力を持たない彼らは魔法という武器を持たない。大方今までの派手な活躍も兎人族の唯一の特技である不意打ちで行われたのだろうと勝手に決めつけていた。

 

 

 兎人族の数は三人。男二人に女一人。数の上では彼らが有利だが、帝国兵士が亜人族に負けるわけがない。むしろ女一人交ざっていると知って連行の合間のお楽しみを想像していきり立っているくらいだ。

 

 一方その下心混じりの気配を向けられた兎人族の方は冷静だった。

 

「おい、お前ら。ユナ様から言われたことは覚えているな?」

「あたりまえでしょ。香織様と同じく、私達に力を授けてくださった恩人の言葉だもの、ちゃんと頭に入ってるわ」

「なら、さくっと仕事しますか。いい具合に俺達を舐めてくれてるみたいだし」

 

 そしてまるで軽く散歩をするかのような調子で、()()()()()()()()()()()()()()、彼らは一迅の風になった。

 

「……えっ」

 

 間抜けな声を発した兵士は何が起きたかわからないと言う顔をしていた。目の前で歩いていた兎人族達が突如視界から消えて、いつの間にか自分達の横をすり抜けている。

 

「なっ、てめぇ……ら……」

 

 そしてチェックメイト。通りすがりに皮膚をかすめるように加えられたナイフによる攻撃により、勝敗は決することになった。

 

(な、どうして)

(身体が、動かない)

 

「耳は聞こえているな。今貴様らには特殊な毒薬を投与した。死に至る物ではないが、特殊な解毒剤を投与しない限り、貴様らは自分では声を出すことはおろか、指一本動かせん。呼吸できるだけありがたいと思え」

「ちなみに魔力も鎮静されているから魔法も使えないわ。もっとも、邪神に頭下げないと()()()()()使()()()()あんた達には無用な心配かもしれないけど」

「ボス達のオーダーが『可能な限り誰も殺すな』だったから貴様らは生きている。最初は不満だったけど今ならそれでよかったと思うよ。死ねば苦しみは一瞬だ。だからお前らはこれから帝国が終わる時を、そこで屈辱を噛み締めながらゴミのように横たわって待ってるんだな」

 

 彼ら兎人族が今回の作戦を行うにあたっていくつか取り決めが成されている。

 

『我が師はいいました。”汝、隣人を愛せよ”と。今のあなた達なら彼らを殺傷することは簡単にできてしまうでしょう。彼らを許せとは言いませんが、突然得た力は理性のタガを容易く外してしまいます。自分に負けないために……可能な限り不殺を心がけてください』

 

 訓練を終えたハウリア達に向かってユナは言った。その恩人の言葉をハウリア達は”力に溺れるな、それではあいつらと同じになる”という風に解釈していた。そしてそれを成すための武器を彼らのボスは用意してくれた。

 

 アーティファクト『不殺の刃』。

 

 あえて皮膚表面以外傷つけられないようにしたナイフだ。そしてそのナイフには香織特製の毒が付与されていた。

 それによって相手を殺すことなく相手の尊厳を奪い取ることができるようになる。考えようによっては一瞬で済む死の苦しみよりも残酷な仕打ちが可能になる。香織の毒は自然治癒しない。専用の解毒剤を打たない限り、この毒に汚染されたものは一生意識を持ちながら呼吸以外碌にできず、糞尿すら垂れ流しの人生になるのだから、ハウリア達に文句はなかった。

 そして誓いを胸に、いつの間にか、兵士たちが落とした松明の明かりも消え去り、後には何も残らず、ただ生温い夜風だけがゆるゆると吹き抜けるのだった。

 

 

 ~~~~~~~~

 

 現在、帝城の至るところで同じような襲撃が行われていた。

 

 

 その存在を認知した帝国兵は、堂々と歩いてくる兎人族達にまず間違いなく油断する。何も隠れるだけが隠密ではない。時に堂々としていた方が、相手の意表を付けることもあるのだ。

 

 

 仮に異常に気付いた優秀な兵達が警報の笛を鳴らすも応援はやってこない。兵達の宿舎など真っ先に襲撃して眠り薬で鎮めてある。例え何が起ころうとも朝までは起きないだろう。

 

 

 こうして兵舎を始めとした重要拠点が次々に制圧されていく。既に皇族と思わしき存在も確保している。周囲の報告を聞けば順調すぎるほど順調だった。帝城が城下で起きている事件に気付く様子はない。ハウリアは勝利を確信していた。

 

 

 だが今宵の夜はそう簡単には行かない。なぜなら帝国も伊達で大国を名乗っているわけではないのだ。

 

 

 力こそ全てと謳う帝国が暗殺に対応した強者がいないわけがない。

 

 

 そう、夜に舞うのは兎だけではない。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 誰かに追われている。兎人族の少女は夜の帝都を疾走する。

 

 キッカケは何となくとしか言いようがない。なぜか知らないが嫌な予感がするという理屈のない感覚。

 

 まるで捕食者に睨まれるような感覚。だが仲間に確認してみたが、その感覚を認識しているのは自分だけだとわかった。

 

 兎人族は決して仲間を蔑ろにしない。一時その原因を調査しようかという話になったのだが、少女の方が他のメンバーに引き続き任務を続行するように申告したのだ。

 

「異変を認識しているのは私だけみたいだから、まずは私が探ってみる」

 

 そう言って一人、別ルートで動き始めたのがついさっき。相変わらず気配は感じるのに姿が見えない。

 

「一体どこに」

 

 何となく気配が強い方に向かう。そして出てきたのは裏の広場の一角。何もない、ここもハズレかと踵を返そうとして……

 

 

「おや……どこへ行こうと言うのかな? 親愛なるお嬢さん」

「!?」

 

 突如飛来する見えないナニカ。それを勘だけで避けるものの、しつこく追い迫られ、いつの間にか両手両足を拘束されていた。

 

「くっ……」

 

 ドジを踏んだ。油断するなと教わってきたが、もしかしたらそれでも警戒が足りなかったのかもしれない。

 

「ん、ん、んー。愚かなり兎人族。まさか帝国に、暗殺に特化したものがいないと思っていたのですかねぇ」

 

 そこで暗闇の中から一人の男が現れる。まるで針金のような細い体躯に高い背丈。顔は決して美男子とは言えない。その愉悦に歪んだ顔がよりその容姿を不気味にしているかのようだ。

 

 その痩躯の男は囚われた獲物の少女に向けて舐るような視線を向けてきた。

 

「あなたは運が悪い。よりによって(わたくし)、帝国最強の暗殺者である紫蜘蛛(リーラ・シュピーネ)が任務を終えて帝都に帰還している際に、遭遇してしまうのですから。……もう間も無く伝令バトが帝都の異常を皇帝陛下に伝えるでしょう。……つまり、あなた方はもう終わりというわけです。無駄な努力ご苦労様でした」

 

 たしかに少女の長い耳にも伝書鳩がもがいている鳴き声が聞こえてくる。意外と近くから鳴き声は聞こえてくるが、こいつの言う通り間も無く、この作戦のことが皇帝に伝わってしまう。少女は悔しさのあまりダメ元で身体を動かしてもがくことしかできない。

 

「ん、ん、んー。無駄ですよ。私の糸は特別製でしてね。アーティファクト『アラクニド』。魔力を流せば非常に軽いのに驚く程丈夫な糸が無限に生成される代物です。例え皇帝陛下でも捕えられれば逃れることはできません」

 

 もちろん兎人族の少女も闘気(オーラ)を習得したことによる魔力操作にて身体強化を全力で掛けているが、身体に絡みつく糸が切れる様子はない。どうやら自慢するだけあってかなり丈夫な造りになっているらしい。つまり現状兎人族の少女は蜘蛛の巣に囚われた哀れな獲物に過ぎないのだ。

 

「ついでに言うなら、あなたの隠形はなかなか大したものですが、気配を消すだけではこの糸から逃れることはできません。帝都中に張り巡らせた糸に触れた途端、どんな些細な異常も私に伝えることができるのです」

 

 少女は兎人族の中でも特に気配遮断に優れていた。代わりにオーラによる身体強化倍率は抑え気味だが、ハウリアの特技を最も発揮することができるのが彼女と言っていい。その証拠にその隠形は今帝都中に散っている同胞の中でも飛びぬけていると言っていいだろう。

 

 

 だが、紫蜘蛛(リーラ・シュピーネ)という男はその少女のさらに上を行く。どうやらこの帝都中に罠が仕掛けられていたらしい。近くで少年が糸を触ることで糸の存在を証明している。つまり、この男には最初から少女たちの行動が筒抜けだったということだ。

 

「どうして……もっと早く皇帝に伝えなかったのかしら? そうすればここまで被害が広がることもなかったはず」

「手が足りなかった」

「そう、手が足りなかったのですよ。流石の私も帝都に散らばる兎を全て仕留めるのはなかなかに骨が折れる。それなら奴らが任務達成に安堵している際に、逆に帝国兵による奇襲をかけた方が効率がいい。ん、ん、んー、成功の達成感を甘受してからの失敗。その時どんな屈辱的な顔を見せてくれるのか、今から楽しみですねぇ」

 

 こいつ! 

 

 少女は完全に遊ばれていることを察した。もっと簡単に捕らえることができたにも関わらず、あえてそれをせずにより相手を絶望させようとしているあたりこいつの性根がわかるというものだ。

 

「なら、どうして私の前に姿を現したのかしら。暗殺者が姿を現わすなんて二流の証よ」

 

 悔しさを誤魔化すために悪態をつく。周りには人っ子一人の状況、助けなど望むこともできない。これが最後ならせめて堂々と死んでやると覚悟を決める。

 

「ん、ん、んー。たしかに、暗殺者は存在を認識された時点でほぼ詰み同然。だからこそ暗殺者は気配を殺して存在を隠すのですが、私からしたらそれは二流だと言わざるを得ない」

「となると一流とは?」

「決まっていますよ。真の一流というものはコソコソ隠れてターゲットに近づいたりなどしない。姿を現しても問題ない場所までターゲットを誘い込むものなのです。いいお勉強になりましたか? 二流の兎ちゃん」

 

 今回の極秘ミッションにて、少女は度々違和感を感じていた。違和感というよりは何か嫌な予感がするという勘でしかなかったのだが、少女はその本能に従って道を選んでここまできた。その結果、自分だけがチームから分断され、今ここで危機を迎えている。つまり……

 

「彼女を狙ってたのか」

「その通り。兎のお嬢さんは、まんまと私の張り巡らせた巣の中に迷い込んでしまったのですよ。私、紫蜘蛛の元にねぇ」

 

 余裕を隠そうともしないその態度にイラつくがまだ抵抗をやめない。本当は頼りたくないが、何か合図を出せればボスに異常をしらせられるかもしれない。せめて通信用アーティファクトを起動できればと思い魔力を通信用アーティファクトに流そうとしているが失敗する。

 

 少女は知らないことだが、この糸には魔力阻害効果があり、体内に流すならともかく外部に流せないようになっている。つまり……助けは呼べない。

 

「言葉が通じないようね。私はなぜ私の前に現れたか聞いたのだけど」

「決まっていますねぇ。それは……あなたが一番私の好みだったからだ」

 

 そう言って紫蜘蛛と名乗る男は拘束されている兎人族の少女に近づき、無理やり顎を持ち上げ顔を覗き込む。

 

「いいですねぇ。その屈辱に歪んだ顔。そんな人をいたぶって泣かせることが私の楽しみの一つなのですよ」

「つまりお前は他の兎人族を捕えているわけではないと」

「その通り。私は好きな物は一番最初に食べてしまう主義なのでね。一番好みだったあなたをまずは真っ赤な血に染めて帝都の夜の華にして差し上げましょう」

 

 そう言って紫蜘蛛が手を動かすと兎人族の少女は身体ごと無理やり浮かされる。そして男が取り出したのは、医療用のメスのような短い刃。

 

「こうやって短い刃で端から少しずつ切り刻むことで上がる悲鳴が大好物なのですよ。さ~て、あなたは一体どんな悲鳴を聞かせてくれるのでしょうかねぇ、ひぃぃぁあああ!!」

 

 光悦とした表情をした男が、少女の顔に刃を突き立てんとナイフを立てたと同時に首を切られ、迫る刃が月明かりに照らされながら少女に肉薄する。

 

 これから始まる悲惨な拷問の気配。

 

 この任務が一筋縄ではいかないことはわかっていたし、覚悟もできていたつもりだが、いざその瞬間を迎えるとなるとやっぱり怖い。

 

 これから自分は悲惨な拷問を受けるのだろう。もしかしたらその果てに、この身を汚されるかもしれない。

 

 彼女は処女だった。というよりまともな恋愛経験があるわけでもない。元々ハウリアは家族単位でひっそり暮らす部族である以上、接触する他人は限られている。せいぜいたまに他の兎人族の集落に行くだけで、特に新しい出会いがあるわけではなかった。

 

 だからこそ思う。数ヵ月前に旅立っていった妹分のことを。久しぶりに再会した彼女は以前に増して比べ物にならないほど綺麗になっていた。そしてその変化の要因の一つがボスであるハジメの影響であることは疑いようもない。

 

(私も一度くらい……恋をしてみたかったなぁ)

 

 走馬灯のように思う。自分は此処までかもしれないが他の家族の無事を祈っていると。そこまで考えたところで紫蜘蛛と自分がすれ違ったのに気づき……

 

 紫蜘蛛は、地に倒れ伏した。

 

「え…………?」

 

 そこで、なぜか少女の認識が急激に変化する。まるで目の前に見えていた映像が正しく解像され始め、その全体像がはっきりするかのような現象。

 

 そこで少女は見たのだ。

 

 突如現れた黒い死神が、紫の毒蜘蛛を瞬時に葬り去る光景を……

 

 その動きはもはや一種の芸術の域に達していた。首を一瞬で断ち切ったのだろうがそのナイフ捌きが鮮やかすぎて一瞬で首を断ち切ったのに、斬られた当人が一瞬以上生きているという矛盾を孕んでいた。そのおかげで迫るナイフに危機感を覚えたのだろう。きっと紫蜘蛛だって自分が死んだことに気付いていなかったはずだ。それは転がる首が斬られる前には浮かべていなかった光悦とした笑顔を浮かべていることから察するのはたやすい。

 

「他に捕えられているハウリアがいないことがわかれば、後は用済みってね。俺、綺麗な兎のお姉さんがリョナられて興奮する趣味とかないから」

 

 それは聞いたことのある声だった。知り合いだったという意味ではない。聞いた時間はそんなに離れていない。それは……少女が紫蜘蛛と会話している最中に聞こえていた声だった。

 

 そこでさらに認識の解像は進み、そこで驚愕せざるを得なくなる。

 

(この人……いったい、()()()()()()()()()()()()?)

 

 そして自分を助けてくれた人をよく観察する。歳はおそらく自分より年下。黒髪で全身黒コートを着ているせいでほんの少しでも目を逸らしたら見失いかねないほど希薄な存在感。

 

 そしてよく見たら近くに鳩がいることに気付く。それが皇帝に届けられるはずだった伝書鳩だとわかるのにそう時間はかからなかった。

 

 なら答えは一つ。彼は……最初から側にいたのだ。

 

(すごい……)

 

 少女の感想はそれしかなかった。

 

 気配を消すということは1を0にすることだと言える。だからこそ、多数の1がある場所でこそ効果を発揮する。木を隠すのは森の中ということだ。

 

 だがその反面。今回のように人の気配がない場所だと気配を決しても効果が薄い。一つしかない気配が急に消えたら誰でも怪しむということだ。

 

 彼がやったのはそんなレベルではない。例えるなら1と0の間を揺蕩う波のよう。気配を消すのではなく、気配を周囲に溶け込ませる。例え会話に紛れ込んでも一切違和感を抱かせないのであれば、いかなる環境であっても不意をつくことが可能であろう。

 

 それは今の彼女では到達しえない暗殺術の、それも超一流の絶技と言える境地のもの。

 

「あ、しまった。確か殺しちゃダメなんだっけ。……ま、しょうがないよな。緊急事態だったんだし。それに帰還報告をしてないってことは……」

 

破段・顕象

泥眼面・黒影

 

 その詠唱と共に、少年の影が伸び、紫蜘蛛の全てを飲み込んだ。

 

 周囲には、紫蜘蛛がいた形跡は残っていない。

 

「これでよし。帝国最強の暗殺者さんは不幸にも、任務から生きて戻ってこれませんでしたっと。後は……えーと、大丈夫か、兎のお姉さん?」

「えっ、あ、うん」

 

 その起きた現象に呆気に取られていた少女に近づきナイフを振るうことで糸を切り払った少年は、とっさに少女に手を伸ばす。

 

 そこで一迅の風が吹き、長い前髪で隠れていた少年の顔が露わになり。

 

(たうわ!!)

 

 少女の胸に、見えない矢が刺さった。

 

「良かった、どうやら怪我はないみたいだな。じゃあ、大変かもしれないけど任務頑張って」

 

 一仕事を終えた感を出した少年が踵を返し、その場を去ろうとする。

 

「ッ、待ってッ!」

 

 胸の鼓動に導かれるままに思わず呼び止めてしまう。だが何を言ったらいいのかわからない。だがまずは、彼のことを知りたいと思った。

 

「あなたの……名前は?」

 

 その言葉を聞いて少年が少し考える。その間が酷く長く感じる。胸の鼓動がかつて感じたことのないリズムを刻む。

 

「…………深淵(アビスゲート)

 

 そうぽつりと呟いた彼は、夜の闇に溶けるように消えた。

 

「……深淵……様」

 

 そう口に出すとそれが心地良く聞こえる。

 

 自分に起きている現象が何なのか。耳年増で知識だけはある彼女はすぐに思い至った。

 

(見つけた! 私の……王子様!)

 

 一度宿した恋の炎は彼女、()()()()()()()の中で燃え上がる。きっと、きっと今度こそは見逃さない。絶対に彼を捕まえて見せる。そう心に決めたラナは、まずは目の前のことが先決だと思い直し、鳴り響いていた通信機の電源を入れ、仲間に自分の無事を伝えた。

 

 ~~~~~~~~~

 

 途中アクシデントはあったが、無事にミッションを達成したハウリア達。

 

 だがこれはまだ前哨戦でしかない。むしろ、彼らの本当の戦いはこれからなのだ。

 

「全ハウリア族に告げる。これより我等は、数百年に及ぶ迫害に終止符を打ち、この世界の歴史に名を刻む。強さの代名詞となる名だ。この場所は運命の交差点。地獄へ落ちるか未来へ進むか、全てはこの一戦にかかっている。遠慮容赦は一切無用。さぁ、我らの力を、帝国に示してやろう」

 

 示さなくてはならない。ハウリアは、兎人族は決して弱い種族ではないことを。

 

 そのための覚悟を背負い。

 

「気合を入れろ! お前達、さあ、ゆくぞ!!!」

『応!!』

 

 族長カムの一声で、彼らは帝城という死地に突入した。




本作の卿なら逆パターンもありかなと。

~~パーティー中、フェルニルにて~~

真央「ふ――ん、そう。そうやってまた、あんたは、女の子を、引っかけてきたわけね」
深淵「あ、痛、痛い、あの、吉野さん? 足をそんなに、ぐりぐり踏まないでほしんですけど……」

>紫蜘蛛(リーラ・シュピーネ)
我らがシュピーネさんをワンピースの白ひげと例えるなら、こいつは茶ひげくらいの存在。本家には遠く及ばない小物界の小物。拷問してターゲットをいたぶるのが大好きな変態。アーティファクト『アラクニド』は以前オルクスにいた大蜘蛛の同種から採取した糸玉から作られている。

>ハウリア
もしかしたら光の亡者の素質があるのかも。

次回、ハウリアVS皇帝ガハルド

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