ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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第六章後編、再開します。

遅くなったお詫びではありませんが、イベントシーン集も追加したので興味のある方はどうぞ。

では、第六章後編、ハルツィナ大迷宮編、始まります。


始動する狂念

 さあ、試練を始めよう。

 

 もしかしたら今の君には荷が重い内容になるかもしれない。君はここで、人の執念の恐ろしさを体感することになるかもしれない。

 

 だが、恐れることはない。君が真に資格ある者ならば、これは決して無視することができないものだ。

 

 ゆえに、心してかかるがいい。

 

 いつか君が七つの試練を超え、私の前に来ることを祈っている。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 

「おい、雫。雫!」

「えっ……あ、何、どうしたの?」

「いや、どうしたも何も……お前、ひょっとして今寝てたのか?」

「えっ、いや……あれ?」

 

 雫はフェルニル内に宛がわれた自室にて、机の向かい側に座っている蓮弥の声で我に返り、そして今の現状を思い出す。

 

 

 帝国での大騒動から数日後、亜人奴隷の解放は成立した。帝国から解放された亜人族達は皆、故郷に帰れることを喜び、泣いていたわけだが、一つ問題が生じた。

 

 

 解放された亜人奴隷は帝都にいるだけで数千人を超える。そんな数をどうやってフェアベルゲンに運ぶかということだ。

 最初はフェアベルゲンに設置してあるポインターを頼りにハジメがゲートを使うことで移動しようと考えていたのだが、何しろ数が数である。ゲートは開く大きさと開いている時間が大きければ大きいほど使用魔力量が上がる。数十人ならともかく、数千人もの亜人奴隷をフェアベルゲンに運べるだけの大きさのゲートを作るだけの魔力をハジメでは捻出できない。現状の蓮弥でも巨大なゲートを開くことは出力の問題で出来なかった。

 だが長時間展開して順番にとなると時間がかかりすぎる。困った一同が悩んで出した答えが、フェルニルで運ぶことだった。

 

 

 そして今現在、解放された数千人の亜人族は、飛空艇『フェルニル』の下部に取り付けられた超大型の籠に搭乗し、一時の空の旅を体験しているのである。イメージとしては飛行船のゴンドラのようなものだろうか。

 

 

 真央が計算したところ、現在の出力でもフェルニルの内臓魔力を使い切るつもりで運行したら何とかフェアベルゲンまで辿り着く計算らしい。もし駄目だったら皆から魔力を徴収することになるので、到着まで大人しくするように言われたのは今朝のことだった。

 

「ごめん。ちょっとぼーとしてたみたい」

「疲れが出たのかもな。あれから結構大変だったし」

 

 亜人族を解放した際に当然ながら問題は発生していた。当たりまえの話、日常生活で当たり前のように存在していた亜人奴隷を全解放しろなど無茶な要求に他ならない。当然抵抗する者も現れた。

 大抵の人間は皇帝の命令だということと、これがエヒトの意思だということで納得していたのだが、ここで反対するような人間は逆に言えば、エヒト教の教えをさほど優先していない者達ばかり。

 

 

 ただ出し渋るだけならまだマシだ。実際奴隷商人などは飯の種である亜人族を取られまいと必死に隠すなり、渡さないと抗議するなりしたが、問題は個人的に亜人を虐げることを良しとしていた部類の人種だった。

 そう、取られるぐらいなら殺してしまおう。そう考える輩が相応の数存在したのである。元々最後には殺してしまうことを想定してできるだけいたぶって楽しんでいた輩は最後の楽しみを実行に移そうとした。

 

 

 もちろんそんなことをさせまいとハウリアを始めとした者達が妨害に入る。殺しこそしなかったがそういう類のものたちは四肢の数本を無くして一生不自由な身体で苦痛と共に過ごすことになった。

 その際、蓮弥や雫達も活動しており、雫などはその者が亜人族に対して行ってきた非道行為全てを、加害者自身が受けるといった悪夢を見せるように仕向けて行った。肉体に一切傷をつけることなく、それでいて眠らない人間などいないことから避けられない罰という極めて都合の良い方法なので率先してやっていたのだが……

 

「まさか、あんなに亜人族に対して非道になれる人間がいるなんて……確かに姿形は違うところもあるけど、この世界の言語は統一されているから言葉は通じるはず。なのに少しも可哀想と思わなかったのかしら」

「何だかんだエヒトの教えが比重として大きいんだろ。神が差別を許してるから自分達は何をしてもいいってな」

 

 蓮弥が吐き捨てるように言う通りのことなのだろう。例えば人種差別問題は地球にも存在した。まだ黒人が奴隷として扱われていた時代はそう遠い過去ではない。だがその原因の一部としてあるのは言語の違いがあげられるだろう。言葉が通じないということは意思の疎通ができないということである。言葉が通じず、肌の色が自分達と違うからこそ、人は恐れを生むが、言語が統一されているこの世界では当てはまらない。

 

 

 それでも亜人に対して人が非道になれるのは、神の許しという免罪符があるからだろう。人間は潜在的に一方的に殴っていい必要悪を欲する生き物だ。こいつは存在自体が悪でこいつに対して何をしてもいいと言うのは気持ちのいいことなのだろう。

 

 もっとも、雫には理解できない感情ではあったが。

 

「彼も人、我も人……みんな同じ人なのに」

「そうだな。けど雫みたいな考えの人も少ないけど存在しただろ」

 

 そう、中には変わり種といった存在も数少ないが存在しており、そういった人は亜人奴隷を一人は寂しいからという理由で、家族に近い関係として接していた。そしてそういう人に限って、家族として接してたとはいえやっぱり亜人達は故郷の森に帰るべきだと言いながら、家族の幸せを祈り喜んで解放してくれたものだ。今までありがとうという言葉を添えて。その言葉に対してそこで暮らしていた亜人族が名残惜しそうにしてたくらいだ。

 

「だから人間はどうしようもないやつらばかりじゃない。だから人と亜人族がどうなるかはこれから次第だ」

 

 もう少し亜人族に対して人権意識が高まれば、接し方も変わってくる。今回武力は見せつけたのだ。後は亜人族と人族達との対話次第だろうと思う。時間はかかるかもしれないが、新たな関係を構築できることを祈るしかない。

 

「それで……本当にどうしたんだよ。やっぱり疲れているのか」

「うーん。そんなはずはないんだけど」

 

 確かに邯鄲を結構行使したため、雫は疲れているといえば疲れているが、そこまで大したことはないはずだと自分は思っていたのだが。

 だがそこまで言うなら休んだ方がいいのかもしれない。雫は椅子から離れ、ベッドに腰掛けた。

 

 そこでなぜかついてくる蓮弥。

 

「蓮弥? どうしたのよ一体」

「なに、ちょっとな……」

 

 雫が疑問を呈しようとした矢先、雫は蓮弥に優しく抱きしめられた。

 

「えっ、ちょ、蓮弥!?」

「あんまり無理はするなよ。お前は昔から色々抱える質なんだから、何かあったら甘えてくれていいんだ。俺はもう……お前から逃げたりしない」

「蓮弥……」

 

 そう言ってくれたからか、雫は素直に蓮弥に身を預けることにする。

 

 ずっと欲しくて、それでも届かないと嘆いていたモノは、今雫の側にある。

 

 ならば少しだけ気を緩めてもいいだろうか。

 

 だが、その前に……少しだけ気になることがある。

 

「ねぇ、本当にそれだけ?」

「どういう意味だ?」

「急に抱きしめてきたりして……もしかしたら蓮弥にも思うところがあったりするのかなと思ったりしたからね……ガハルド皇帝陛下のこととか」

「……」

 

 少しそっぽを向く蓮弥の気持ちが伝わってくるような気がする雫。

 

 現在この船には皇帝ガハルドも乗っており、好奇心に満ちた目でフェルニル船内を見学していた。挙句ハジメに言い値を払うから自分専用で一機作ってくれという無茶を言う始末。ちなみにハジメは現状の技術だとヘファイストス無しでは運用できないので無理だと答えた。

 

 その皇帝だが隙あらば雫にちょっかいをかけようとして軽くあしらわれるという行為を続けていた。しかも蓮弥が側にいない時に限ってちょっかいをかけてくるのでタチが悪い。雫は何度もガハルドを標高数千メートルからノーロープバンジーさせようと思い、堪えるという行為を繰り返してきた。

 

 だが当然その行動はどうやら蓮弥の耳にも入っているらしい。

 

「なになに。もしかして……嫉妬してくれてるの?」

「…………はぁ、そうだよ。悪いか? あのおっさん。俺が見てないところで雫にちょっかい出しやがって。俺が近くに来ると途端に辞めるんだから鼻が利くと言うか……たぶんよくやる手口何だろうな」

 

 少しの期待を込めて雫が聞いてみると、蓮弥から素直な返事が返ってくる。

 

「へぇ~、そうなんだ」

 

 不機嫌そうな顔をする蓮弥とは裏腹に、雫は少し嬉しそうな顔をする。嫉妬というものは独占欲の現れでもある。そういう意味で言うなら嫉妬されていると言うのは雫にとっては悪い気がしない。

 

「心配しなくても、私は蓮弥だけのものよ」

「わかってる。……好きだよ、雫。だからもう……絶対離さない」

 

 そこで真剣な顔でこんなことを言われて少し不意を突かれる雫。赤くなった顔を隠すために少し意地悪してやることにする。

 

「私も好きよ。だけど……私は蓮弥だけのモノなのに……蓮弥は私だけのモノじゃないのよね」

「それは……」

 

 困った顔をする蓮弥。蓮弥と雫、そしてユナとの関係上どうしても付き纏う問題も蓮弥は真剣に考えてくれている。それがわかったから十分だと雫は言葉を続ける。

 

「冗談よ。それはもう納得してるから」

 

 蓮弥達がハジメ達と合流する前、雫とユナは蓮弥との想いを賭けた決闘にて強制共感能力を用いた相互理解を行っている。

 だがそれは聖約などで強制的に縛っているわけではない。ただお互いのことをよく知ることができたに過ぎない。

 例え大親友同士でも、恋が絡めばどうなるのかわからないのが恋愛というものだ。だから蓮弥が甲斐性を見せてくれないと、最悪もう一度修羅場を起こさないといけなくなる可能性もある。

 

「そんな顔しないでよ。ユナとなら上手くやれると思っているのは今も変わらないわ。……そうね、そんなに気になるなら……」

 

 雫が蓮弥に身体を寄せる。その際自分の胸を思いっきり蓮弥に押し当てたりできるのも、母親の教育の賜物かと少しだけ思ってしまう。

 

「もう少し蓮弥に甘えさせて」

 

 そうやって雫は普段、他人にに見せないような甘え顔で精一杯蓮弥に甘えるのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 帝国を出発して一日とちょっと経って、蓮弥達はフェアベルゲンに到着していた。

 

「お母さん!!」

「ザック!!」

 

 見れば犬人族の少年が母親らしき人物に向かって駆け出し、向かってくる息子を母親は優しく抱きしめている。

 色々辛い目にあったであろう亜人奴隷達だが、香織が以前バーン大迷宮の攻略の際に習得した魂治療についてのノウハウにより一部回復した者もいた。

 

 ハジメの方を見ればフェルニルの登場にビビった各種族の代表に感謝されていた。もっともハジメとしてはその感謝が不本意であることを隠そうともしていなかったので自然と今回最大の功労者であるカムがこれからが本当の戦いだと決起していたり、帝国でのカムVSガハルドの戦いをみんなに見せたりしていた。側にいるガハルドなどはものすごく嫌な顔をしていたが当然ハジメは無視して再生していた。

 

 

 蓮弥達はといえば亜人族の家族達の感動の再会に涙を流している者や、ハウリア達がテンションを高くしてヒャッハーする光景を恐ろしいものを見る目で見る者などにわかれたが、一部彼ら全体を見て怪訝な顔をしたものがいる。

 

『感動の再会はいいのだがな。こんなにぞろぞろと、どこから出てきたのやら』

「ひゃん!? りゅ、龍神様!? 来ておったのか。あれ以来一言も喋らぬから、てっきりまた長い眠りについてしもうたのかと思っておったのじゃ」

『ふん。人間の国なんぞに興味などないから黙っておっただけだ』

 

 急に喋り出したティオの側で浮いている赤い珠の声にティオが飛び上がりながら返事を行う。その赤い珠から発せられる声は現在グリューエン大火山の奥底に存在する紅の龍神のものであり、ティオからしたら遥か格上の神様みたいな存在である。眠ってしまったというセリフに願望が多分に混じっていたのは気のせいではないだろう。

 

『ちょうどよい。少し前から聞きたいことがあった。兎娘よ』

「えっ、私ですか?」

 

 突然話しかけられて動揺を隠せないティオを放置して、龍神がシアに向かって声をかける。

 

『そなたのような兎耳や犬耳、その他多数の種族が森におるようだが……お主等、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そしてシアに対して行われた質疑は意味がよくわからないものだった。

 

「え、いや、その……そんなキノコが生えてきた、みたいなことを言われても困るんですけど……」

「龍神様よ。それでは意味が分かりませぬ。もう少し噛み砕いて説明してはくれませぬか?」

『そうか、ティオも疑問に思っておらんということは、どうやら随分前からこやつらは存在しておったようだな』

「その言い方じゃと……まるでシア達は龍神様の時代には存在しなかったみたいにきこえるのじゃが……」

 

 蓮弥達もこっそり聞き耳を立てていたが、確かに龍神の言い方だとまるでシア達亜人族が最初から存在しなかったように聞こえる。

 

『ふむ。まあ、よかろう。少し昔話でもしてやろうか』

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

『遥か昔、世界には高度知的生命体の集団は五つの種族以外存在しなかった』

 

 龍神が語る話はこの世界の太古の歴史。まだ神エヒトが誕生する以前のトータスには5つの種族が勢力を広げていたのだと言う。

 

 一つは山の民、紅の龍神『紅蓮』を神として北の山にて生活していた竜の血を引く民。

 

 一つは海の民、海の神『アクアラグナ』を神として西の海にて生活していた水を自由に操る魔力を持っていた唯一の民。

 

 一つは森の民、森の大精霊『ウーア・アルト』を神として東の森にて生活していたこの世で最も美しく、繊細な魔力を持っていた民。

 

 一つは魔族。南の荒野に住まう闇の一族。数こそ少ないが最大最強の魔力を誇る魔人の集団。魔王より力を授かりし正の魔力とは逆の負の魔力を使う者達。

 

 そして最後に人間、中央の平野を居住区としていた神を持たぬ民。神の加護無き故に全種族の中で、唯一魔力を扱うことのできない最弱の種族。

 

 

『今の時代では何やら幅を利かせておるようだが、我からすれば人間こそ、魔力を使えぬ弱小種族よ。それゆえに、世界に大災害の化身が発生した時点で徐々に勢力を縮め、いずれ滅びる運命にある種族だと残りの四種族は思ったものだ。……どこからか光る船に乗った異邦人が漂流してくるまではな』

 

 

 基本的にそれぞれのテリトリー内で平和に暮らしていた5つの種族だが、ある時大災害の化身ともいえる邪悪な精霊が発生した段階で人間は存亡の危機に立たされていた。後にその自然災害の化身は大災害『雷轟』と呼ばれることになるのだが、その暴威の前に人間は無力だった。他の四種族も互いの秩序を優先し、人間が滅びるも運命だと達観していたが、それは思わぬ介入者によって運命を大きく変えることになる。

 

 

 突如空間を斬り裂き現れた空飛ぶ光の船は人間の領域に墜落したのだ。そしてその中から出てきたのは七人の人間だった。

 

『奴らはこの世界ではありえない技術を持っておった。そしてどういう事情があったのかはわからんが、この世界の人間を助けることにしたようだな』

 

 それからトータス最弱の種族の人族は急成長を遂げた。光の使徒と呼ばれる七人の賢者から齎された知識や技術によって文明は大きな進歩を遂げたのだ。

 収穫は大幅に増大し、今までコントロールできなかった魔力の使い方も習得した。そしてなにより、彼らは人族を悩ませていた大災害『雷轟』を倒してしまったのだ。

 

 そしてそれから人族はさらなる文明の進歩を願い、他種族の領域にまで踏み込むことになりトータス全土を巻き込んだ大騒動に発展する。

 

『いささか話がそれてしもうたな。話を戻すがこの森にはエルフ族という森の民以外の種族は住んでおらんかった。なのに一体いつのまにこれだけの種族が住むようになったのやら』

 

 蓮弥なりに龍神の話を噛み砕いてみると、フェアベルゲンには昔エルフ族、おそらくだが森人族の先祖以外住んでおらず、シア達兎人族を始めとしたその他の種族は暮らしてはいなかったらしい。

 エヒトがここに来た時代からおそらく万年単位で時間が過ぎているため、突然変異を繰り返した末に生まれた種族が森人族以外の亜人族なのだと言われれば一応納得できるような気がするが、果たしてそれほど都合よくいくだろうか。

 

 

 蓮弥はトータスの歴史についての考察を一旦止めて龍神に聞きたいことがあることを思い出す。

 

「一つよろしいですか? あなたはこの世界に現れた大災害について、何か知っていることはありますか?」

 

 今まで蓮弥達一行を散々悩ませ続けてきた大災害。神話上の怪物が立て続けに出てきているのは明らかに偶然ではないだろう。おそらく神エヒトかそれに近しい者の意図が隠されているのは間違いない。だが現代において大災害についての情報はほとんど残っていない。なのでその時代の生き字引と言っていい龍神に話を聞くのが合理的だと判断したのだ。

 

『大災害のぉ……ふん。そんなもの、人族が勝手にそう呼んでいただけのことよ。確かに、中にはこの世界自体の存続を危ぶむようなものもおったが、半数ほどは最初からこの世界に害をなす存在などではなかった』

「というと?」

『先ほど話した通り、人間は異邦人の到来により高度な文明を手に入れることになったがそれゆえに、他の種族が持つ資源に目を付けるようになったのだ。我は取るに足らないと放置した、森の奴は眷属の説得に応じ、潔く身を引いた。そして海の奴は絶対に許さなかった。それだけの話よ』

 

 海の奴とは蓮弥達の認識でいう『悪食』のことで間違いないだろう。そして龍神の話から察するに、どうやら大災害とされているものの半分は人間が原因でそうなったらしい。

 

 

 歴史と宗教は勝者の日記である。増してこの世界を長らく支配してきたエヒト教からすれば、信仰するべき神のせいで大災害が発生したなど書けるはずもない。紅蓮や悪食、そして森の奴というのはこの世界を滅ぼす悪という意味では少しずれた存在であったらしい。

 

「あなたは森の奴は身を引いたと言った。つまりこの森に人が大災害と呼んだ存在がかつて存在しており、今はいないという解釈でよろしいか?」

『この森の様子をみればすぐにわかるわ。あ奴が今も現存しておるなら森はもっと神秘を蓄えておるはずだからな』

 

 つまりこの森の大災害は既にいないという認識で間違いないだろう。龍神が勘違いでもしていない限り、この森で大災害との戦闘が発生するなどという事態は避けられそうだと蓮弥は少しだけ安堵した。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 夜中。

 

 

 未だ、ちらほらと町中の喧騒が聞こえてくる。どこかで亜人族達の帰還を祝って宴会でもしているのかもしれない。フェアベルゲン中が賑やかな気配に包まれていた。

 

 

 そんな中、割り当てられた部屋で思い思いにくつろぐハジメ達とは裏腹に、森の外れまで訪れているのは蓮弥とユナ。

 

「ユナ……いまからどこに行くんだ?」

「おそらくもうすぐ着くと思います。それまでは秘密ということで」

 

 こういうことは以前にもあったことを思い出す蓮弥。あの時はまだユナの記憶が戻っていない頃であり、その時はユナの能力を使って森の記憶を読み解き、巨大神結晶のある洞窟まで辿り着いた。

 

 

 蓮弥はこの森の記憶を辿れるわけではないのではっきりとは言えないが、以前通った道とは違うような気がするので行先があの洞窟ではないことはわかった。

 

 

 ユナの先導に従って歩くこと十分少々、蓮弥達は湖がある場所まで来ていた。

 

「これは……すごい」

 

 感じる魔素(マナ)が濃いのが蓮弥にもわかる。加えて月明かりによって照らされる草花が光を放つ幻想的で美しい光景が広がっていた。

 

「この森にはいくつか龍脈が集まっている場所があります。以前行った神結晶の洞窟もそうですし、この場所もそれの一つです。そしてこういう場所は普通には行けないようになっています」

 

 蓮弥の頭の中で世界各地のパワースポットの情報が浮かんでくる。つまりこの場所もそういう力の強い土地の一種なのだろうと推察できる。

 

「けど何でここに来る必要があったんだ? また何かに呼ばれたとか」

「いえ、そういうわけではないのですが……二人で話をするにはこういう場所の方が都合がいいと思いまして」

 

 ユナが湖の側に生えている巨大な樹木の根の部分に腰を下ろしたので蓮弥も隣に座る。光の粒のようなものが空中を漂いそれを纏って光を放つように見えるユナは本当に例えようもないほど美しかった。

 

「蓮弥?」

「あ、いや、その……ユナに見惚れてた。綺麗だったからさ」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 照れる蓮弥に対してユナが笑顔でお礼を言う。未だに蓮弥とユナはどこか初々しさを残しているような関係を続けている。

 だがいつまでもユナに見惚れている場合ではないと蓮弥は思い直す。わざわざ誰も入ってこれない場所で二人っきりになるということは二人でないと話せないことがあるということだ。

 

「もうすぐ旅も終わりですね。残りの大迷宮は二つ。それをハジメとユエが攻略することができれば、おそらく地球へ帰還するための概念魔法を習得できるはずです」

「帰る前に神エヒトとの決戦があるけどな。相手は腐っても神。おそらく簡単に倒せる相手じゃない」

 

 そう、仮にハジメ達が地球帰還のための概念魔法を習得したとしても、まだ神との決戦が待っている。神を名乗る人物があっさり倒されてくれるとは思えない。それになにやら暗躍しているらしき神父の存在やフレイヤのこともある。こちら側も万全の態勢で臨まなければ勝利を掴むことはできないだろう。

 

「それでも私は信じています。きっと私達は、困難を乗り越え、辿り着くべき場所にたどり着くはずだと」

 

 ですが、とユナが言葉を続け、蓮弥の瞳を見つめ返す。蓮弥もここからが本当にユナが言いたいことなのだと察した。

 

「蓮弥はそれで本当に終わりだと思いますか?」

「それは……」

「このままこの世界を苦しめ続けている神が倒れ、何事もなく無事に地球に帰れたとして……私達に平和な日常があると思いますか?」

「……」

 

 ユナが言っていることは、このトータスでの冒険が終わった後の話。何もかも上手くいって、この世界が神から独立して新たな一歩を踏み出す段階まで来て、そして誰一人欠けることなく地球へと帰還できた時、果たしてもう()()()()()()()()()()()()。そんなユナの問いに対して、蓮弥は答える。

 

「たぶん終わりじゃない」

 

 すなわち、まだ続きがあると。

 

「この世界が奴の箱庭で、俺の知るモノと同義の存在だった場合、きっとこの世界には隠された法則がある」

 

 それが何かはまだわからない。だが、確実にこの世界の基盤になっている法則があるはず。それが何かもわからないまま、エンディングにたどり着くということはまずないだろう。

 

「少なくともハジメ達はともかく、きっと俺の周りではナニカが起き続けると思う」

 

 そもそも、かの女神がなぜ蓮弥をこの世界に転生させたのかもわからない。そしてたぶんだがそれは神エヒトを倒すためでは断じてない。それにしてはエヒトの想定される力が弱すぎる。だからこそ勝利の次にはまた次の試練が、蓮弥に向かって降り注ぐに違いない。

 

 いつか蓮弥が……遥かな高みに至るその日まで。

 

「そしてそうなったら平和な日常なんて望むべくもない。まったく、見えない糸で操られている気分だ」

 

 それが腹の底から憎らしい。相手の望み通りだとわかっていながら、きっと蓮弥は戦いをやめることができない。それが女神のシナリオであればなおさらだ。藤澤蓮弥がかの女神を無視することなんてできるはずがないのだから。

 

 戦いをやめることができない。試練が襲ってきたら逃げることはできず真っ向から挑まなくてはならない。たとえそれが女神が敷いているレールの上を進んでいるだけに過ぎないとしても。

 ユナはそっと蓮弥の手に自身の手を重ねる。そこから伝わってくるユナの体温。いつもどんな時だって蓮弥に安らぎを与えてきた暖かい手だ。

 

「私は……正直に言えば何事もなく平和に生きられるなら……蓮弥は無理して戦う必要はないと思います」

「ユナ……」

「私はそうやって己の運命に従い続けた結果、人ではなくなってしまった人を知っているから。できれば蓮弥には同じ道を辿ってほしくはありません」

 

 逃げられるなら逃げてもいいのだとユナは言う。それはある意味、蓮弥の渇望を否定する考えにも取れるがそれが蓮弥に対する慈しみからくるものであることは疑う余地もない。

 

「運命の輪から抜け出す。それは容易いことではないのかもしれませんが、もしかしたらそちらの方が蓮弥にとってはいいのかもしれません。世界のことなんて他人に任せて、私達はどこか安全なところで平和に過ごす。そういう選択肢だってあってもいいではありませんか」

 

 仮に女神の思惑に乗らず、ひたすら逃げ続けることができれば、少なくとも蓮弥は女神の運命から逃れることは可能かもしれない。蓮弥は不老不死の生物ではない。当たりまえに寿命で死ぬ人間に過ぎない。それは聖遺物の使徒も変わらない。聖遺物と契約したからと言って人間の寿命を超えることは中々困難なのだ。だからそれまで逃げ切ってしまえば蓮弥の勝ちだと言えるかもしれない。だけど……

 

「なんて……蓮弥はそういう選択を選ばないことは知っています。自分が逃げることで蓮弥の大切な人が傷つくことになれば、蓮弥はきっと後悔すると思うから」

 

 どれだけ覚悟を決めても、根が凡人で善良寄りの蓮弥は、当たり前のように人を簡単に見捨てる選択など取れない。それが自分の手に余るのならともかく、自分が何とか出来る範疇にあるのならきっと行動しないと蓮弥は当たり前のように後悔することだろう。

 

「ですが覚えていてください。例え蓮弥がどんな選択を選ぶことになっても、私は最期まで側にいます」

「ユナ……」

 

 蓮弥の目的はユナ達とありふれた日常を過ごすこと。それが今のところ蓮弥の目標だが、ありふれた日常を過ごすという願いが叶うなら女神は無視しても構わないのではないか。それができるかできないかは別として、そのような選択を選ぶ余地を残さなければ、本当に女神の操り人形で終わってしまう。

 

「ありがとう、ユナ。そうだな、俺も面倒なことはしたくないし、女神が何もしないのであれば俺も自分から何かすることはないだろう」

 

 メタ的な視点で言えば、比較的に物語の核心に迫ることなく、比較的に平和なエンディングを迎えることのできるルートも存在するのかもしれない。そういう場合は潜在的に存在する世界の危機を放置することになることが多いが、それでも蓮弥が一生を終えることくらいはできるかもしれない。

 

「だけどそうならなかったら、きっと最後まで俺の事情に付き合わせることになると思う。だからその時は、俺と最期まで一緒にいてほしい」

「はい……」

 

 トータスでの物語は終盤に迫っている。きっと大きな変化も起きるだろう。だが何が起きてもきっと……この手を離すことはない。蓮弥はそれだけは確信して言えたから……

 

「蓮弥……もう少しだけ、私とここで……」

 

 そう言ってユナが身体を蓮弥に密着させてくる。そしてそのユナの態度で何もしないほど蓮弥は野暮ではない。月明かりに映し出された二人の影がゆっくり重なる。可能であれば、この世界の物語を終えてなお、最後の最後まで側にいられるように願いを込めて。

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 

 

「クソッ、クソッ、クソッ 塵屑共めぇぇ!!」

 

 それは怒っていた。

 

「役に立たん塵共が!」

 

 否、怒っているという表現では足りないだろう。それは世界を怒り、憎み、呪っていた。

 

 それが自らの肉体を無くしてどれだけの年月が流れたであろうか。またに人の生涯で生きられる時間を超えているのは間違いない。肉体の無いまま、世界にこびりつくように寄生していた。

 

「貴様等など、俺に使われるためだけに存在しているに決まっておろうが! その程度の役目さえ果たせんとは!」

 

 その存在にとって、世界の全ては自分の道具だった。天上において唯一絶対である自分にとって全ては駒に過ぎない。この世界で生まれた人間は、全て自分の役に立つために生まれてきたと信じて疑わない。

 

 傲慢。それが服を着たような存在であり、同時に身一つも自由にならぬ境遇にあった。

 

「諦めん、諦めんぞ! 俺は不死身だ! 舐めるなよ屑めらがァ!」

 

 

 俺は必ず! ■を掴み■■となるッ!!! 

 

 

 それは待つ。千載一遇の機会が訪れることを。悪霊や怨霊のごとき存在になり果ててでも。

 

 

 




>トータスの伝説
エヒトがまだ若かりし頃の話。ありふれたオリジンみたいな話を書いてみようかなと思ったりしましたがエヒトの名前以外完全にオリジナル作品になるので断念。けどエヒトが神に至るまでの物語は結構面白そうと個人的には感じています。

>雫とユナとのイチャイチャ
たまに書きたくなる話。彼らはハジメとユエとは違い、基本皆の見てないところで隠れてイチャイチャしています。

作者はどうやらハウリア以外の亜人族にはさほど興味がないことに気付いたので、さっそく次回から大迷宮攻略に入ります。

そしてここから先の話なのですが、第七章含めて連続で大迷宮攻略の話になります。しかし原作だと光輝達が絡むからか、ハジメ達がヌルゲーしているように見えるので、彼らにも楽しんでもらうために、残り二つの大迷宮の難易度を爆上げします。イージーモードからベリーハードモードくらいになるのでハジメ達も攻略しごたえがあって必死になってくれるはず。

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