招かれざる客→そんなやついなかった。
悪霊さんが宿っているのは邯鄲法そのもの。この中に怪しい書物を持っている奴はいない。
大筋は変わりませんのでこのまま続きを読んでいただいても構いません。
そして今回の話は、シルヴァリオラグナロクのプレイ完了に伴い、テンションが上がったので生まれた話です。では、
吉野真央は魔術師である。
正確に分類するなら科学を用いる魔術師という機工魔術士などとも呼ばれているが、その辺り素人にとってどうでもいいことだろう。
要は歴史の裏に潜む、神秘を行使するものという認識があればいい。
ドイツ系ハーフだった母親は魔術師であり、幼少の頃から母の神秘を目の当たりにしてきた真央は当たり前のようにいつか自分もその秘術を継ぐことになると思っていた。
だが、世界は少女のささやかな夢の前に立ちはだかる。
一つは世界の流れ。現在の地球は神秘を認めない構造ができつつある。それは色々事情があるのだが、ともかく魔術師などというものは歴史の遺物として消え去る運命に置かれているのは間違いないだろう。少なくとも資産家である日本人の父親は娘を愛してはおれど、真央がその道へ行くことを良しとはしていなかった。
二つ目は……愛する母の病死だった。
それ以降、進路のことで父親とは折り合いが悪くなり、地球にいた頃は一人暮らしだった。
このままでは愛する母の残したものが失われてしまう。そう考えたからこそ彼女は……神祇省の門を開いたのだ。
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ハジメがユエもどきをキッカケに暴れまわってから少し経った頃、蓮弥の気配探知に妙なものが引っ掛かった。
どうやらハジメも気づいたらしく、気配が近づいてくる方に向かって顔を向けている。
「何か来ますね。これなんでしょう?」
「魔物にしては……弱いような?」
シアと香織も気づいたようだが首をかしげている。今まで存在した魔物より遥かに弱い。これならオルクス大迷宮初級クラスのレベルの気配だ。
だがここは大迷宮。何がおきてもおかしくないダンジョンなのだ。警戒するに越したことはない。光輝達も蓮弥達も身構えた。空気が徐々に張りつめていく中、音を立てて樹々の合間から現れたのは……
「あれって……ゴブリン?」
鈴が身構えつつも出てきた弱そうな魔物に目を瞬かせる。
茂みから現れたのは蓮弥達の認識でゴブリンと呼ばれる魔物だった。暗緑色の肌に醜く歪んだ顔、身長百四十センチメートル程の小柄な体格でぼろ布を肩から巻きつけている。
そのゴブリンは、ハジメの姿を見つけるとどこか嬉しそうに弾んだ声で鳴いた。だが直後、なぜかその場で留まりじーとハジメを見つめ始めた。
「あのゴブリン……一体何をしているんだ?」
光輝がどうしたらいいのかわからず、剣を中途半端に掲げながら疑問を呈する。はた目から見たらハジメとゴブリンがお見合いを始めたように見える。今いる場所が大迷宮ならゴブリンは当然迷宮の魔物だと考えるのが自然だが、それにしては行動がおかしい。
「あれは……」
蓮弥がゴブリンを良く視て理由を察するがハジメに教える前にハジメが行動する。
「……ユエだよな?」
「グギャ!」
『……は?』
ハジメの発言の意味がよくわからなかったのか何人かの人間が口を開けて呆ける。そんな周囲の反応を気にすることもなくハジメはゴブリンの手を取る。
「ユエ……」
「グギャ」
その桃色空間はここにいるメンバーが大体身に覚えのある物だった。
「えっと、ハジメさん。まさかと思いますがユエさんなんですか。その、私には魔物に見えるのですが……」
「うーん、私も魔物に見えるよ。本当にユエなの?」
そう言って香織がゴブリンの頭に手を乗せた。
「ッ!? ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ!!?」
「うーん。やっぱりゴブリンにしか見えないな~。もう少し魔力を流してみればわかるかも」
何やら香織がいい笑顔でゴブリン(?)に魔力を流して反応を確認し、そのたびにゴブリン(?)が電気でしびれたような声を出している。その扱いに怒ったのかゴブリン(?)がゴブリンパンチにて香織を撃退した。
「ぐぎゃぁ!!」
「おっと、危ないな~。ハジメ君。やっぱりこれゴブリンだよ。危険生物だよ」
「香織……お前、実は気づいてるだろ」
香織を威嚇するゴブリンを自分の方に向けさせハジメが会話を始める。
その言葉を要約すると、どうやらユエは転移した直後気がついたらゴブリンの姿に変えられていたらしい。どうやら肉体も変質しているらしく、身に着けていた装備も失っている。なのでハジメが残していたマーキングを頼りに追っていたらハジメを見つけたので声をかけたということである。
「そうか、魔法も使えないと……でも、これ以上変質するような感覚もないか」
「ギギギ、ガギ」
「まぁ、大丈夫だろう。これもおそらく試練の一つだろうしな。不可避のスタート地点に立った時点でゲームオーバーとか試練の意味がない」
「……ギュウウ?」
「ああ、あと、ティオと八重樫もいないんだ。おそらくユエと同じだろう。何の魔物かまでは分からないが……まぁ、そう心配するなよ、ユエ。いつも通り何とかするさ」
「……グギャ!」
普通に会話しているあたりどうやら本当にユエで間違いないらしい。光輝達などは普通にハジメがゴブリン語を理解していることに驚愕しているようだ。
「とりあえず、再生魔法を試したいんだが、どうだ香織?」
「そうだね。とりあえず……”絶象”」
香織お得意の再生魔法をかけてみるがユエに変化はない。その時点で香織は一旦”絶象”の行使を中断し、ユエをいつもの聖棺に入れて検査してみる。
「これは……どうやらユエの細胞が常時この状態を維持するように絶え間なく変異しているみたい。だから時間を巻き戻しても元に戻っちゃうんだよ」
「つまり戻せないということか?」
「残念だけどね」
香織でも治せないと知りゴブリン(ユエ)が落胆する。何だかんだ言ってユエも香織の治癒師としての腕には全幅の信頼を寄せているのだ。その香織が治せない以上、この場にいる者全員がどうにもできないと言われたに等しい。
「ただ魔法維持のための魔力をこの周辺の魔素に依存してるみたいだからこの場から離れれば自動的に解除されると思うよ」
「そうか、ならとりあえず先に進むしかねぇな。ユエ、こいつを使え」
ハジメが宝物庫から取り出したのは念話石がついた指輪。これをユエ(ゴブリン)に嵌めてやる。
『……ハジメ? ハジメ、聞こえる?』
「ああ、聞こえるぞ。これでとりあえず意思疎通は問題ないだろ」
『……んっ。ハジメなら気が付いてくれると思ってた』
「当然だろ。ずっと見てきたんだから分かるに決まってる」
『……ん。でも嬉しかった。大好き』
「……よせよ。恥ずいだろ?」
『……ふふ』
見た目完全異種族恋愛の桃色空間が形成されていた。蓮弥はこのままでは埒が明かないと先を促す。
「おい、ハジメ。いつまでも恋愛脳やってないで先に進むぞ。この分だと雫やティオも魔物に変えられてるかもしれない。手分けして探さないと」
「ああ、もちろんだ、うん。本筋を忘れちゃ駄目だよな」
どうやら半分くらい恋愛脳になっていたらしきハジメも気合を入れ直す。
気を取り直したハジメの号令により、荒野と化した樹海の一部を背後に、一行は再び樹海の奥へと歩みを進めた。
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「あれ……何してるんだろ」
「なんかシュールな光景だな」
「一体何があったらああなるんだ?」
香織の言葉にハジメと蓮弥が疑問を浮かべる。彼らが少し進んだ先にてゴブリンの群れらしき集団と遭遇したのだが何やら様子が変だ。
『まったく、お主。流石の我も呆れ果てるぞ。誇り高き竜の民の末裔であるそなたが、そんな下等種族に身を落とすなど』
「ぐぎゃ……」
『百歩譲ってその性癖は仕方ないと我も思う。長く生きていれば様々な人種に出会うこともあるし、同じ性癖を持っておったお主の先祖も普段は真面目で優秀なやつであったしな。だが……』
蓮弥達が見ていたのは、一匹のゴブリンが正座して縮こまりながら浮かんでいる赤い珠に説教を受けている光景だった。そして周りにいるゴブリンはどこから取り出したのかはわからないが、身に纏っている物とは明らかに違う貴重であろう清潔な布で赤珠を磨いていた。
『おい、下等生物。本来であればこの我に汚物を投げつけるだけでも一族根絶やしの大罪だ。だからこそ、もっと気合を入れて磨かぬか。さもなくば……貴様ら森ごと跡形もなく消し飛ばすぞ!』
「(ビク)ぐ、ぐぎゃ!!」
赤い珠から発せられる自分達劣等種族とは明らかに格の違う怒気に、完全にビビりまくっているゴブリン達が丁寧に赤珠を磨き続ける。
『そうじゃ、話の続きであったな。いくら何でもこ奴らに弄られて屈辱の一つも覚えぬなど竜としてどうなのだ? ……我は情けなさのあまり真上の火山を大噴火させるところであったわ』
「!? ぐぎゃぎゃ!!」
先程から汗を大量に流しながら正座しているゴブリンが慌てているのがわかる。
「あれ……ティオさんですよね」
『ん……龍神様も付いてるし、間違いない』
「怒られてるみたいだけど……何があったか簡単に想像つきそうだよね」
シア、ユエ、香織などティオと付き合いが長くなってきたメンバーは何があったか察する。蓮弥が考察する限り、どうやらいつものようにゴブリンに虐められることを満喫していたティオを流石に情けなく思った龍神が説教をしているところという場面らしい。
「ちょうどいいな。このまま説教されていれば少しは真人間になって帰ってくるかもしれん。あいつはそのまま放置していこう」
ハジメがそう言って本気で先に進もうとしたところでゴブリン(ティオ)がハジメの存在に気付く。
地面をカサカサと這うように高速移動するゴブリン(ティオ)に、同じゴブリン達が思わずドン引きして後退りしている。
「グギャギャギャ!!」
恐らく龍神から齎されるストレスから解放されると思ったのかゴブリン(ティオ)はハジメに向かって飛び込んでくる。
そしてハジメは、そのティオの頭を掴み、元の場所にリリースした。
「ッ!? ぐぎゃぎゃ!?」
「もう少し怒られてろ。真人間に戻ったら回収してやる。達者でな」
「おいハジメ。流石に放置するなよ。ほら、ティオも。これで話せるようになるだろ」
完全に見捨てるつもりのハジメに対し、蓮弥は仕方なく代わりにティオに念話石を渡してやる。
『む、念話石じゃな。感謝するのじゃ蓮弥よ……どうじゃ、ご主人様よ、聞こえるかの? 再会して初めての言動がキャッチ&リリースだった我が愛しのご主人様よ』
「チッ。体は変わってもしぶとさは変わらねぇのか。そのまま果ててればいいものを……」
『っ!? あぁ、愛しいご主人様よ。そのゴミを見るような目、たまらんよぉ。ハァハァ。やはり、妾はご主人様でなければだめじゃ。さぁ、ご主人様の愛する下僕が帰って来たぞ。醜く成り下がった妾を存分に攻め立てるがいい!!』
「なあ、龍神様。あんたの眷属、まるで懲りてないみたいだが?」
『ほとほと頭が痛い限りだ。思い出したがこやつの先祖も同じであった』
どうやらドMの変態の扱いは伝説の龍神も手を焼いたらしい。ともあれこれでティオが戻ってきた。一応めでたいことなのだろう。
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後いないのは雫だけということで一行はいくつかのグループに分かれて探し回っていたが一向に見つかる気配がない。
「雫の奴、一体どこにいるんだ?」
「さっきから探してるけど、全然見つからないね」
「どこを探してもいるのは明らかに狂暴な魔物ばかりで雫さんらしき魔物はいませんでした」
蓮弥と香織は同じ方向を探していたが雫は見つからず。別ルートを探していたシアと合流しても雫は見つからない。そうなってくると蓮弥の中でも少し焦りが出てくる。そして同じく不安に思っていたのであろう鈴が恐ろしいことを言い始める。
「あのさ……その……あんまり考えたくないけどさ。南雲君最初の頃暴れてたじゃない? アレに巻き込まれたとか……ないよね」
「な…………おいッ、南雲! どうなんだ!? 雫を巻き込んでないよな!?」
幼馴染がハジメの暴走に巻き込まれた可能性があることがわかると光輝は猛然とハジメに抗議し始めた。
「それは……正直わからねぇ」
ハジメも少し焦っているのか冷や汗を流し始める。ユエとティオを見る限り、魔物化すると元の技能のほとんどが使えなくなるばかりか魔力すら碌に練れなくなってしまうらしい。なので抵抗力はないに等しい。あの爆炎に巻き込まれたら危ないかもしれない。
「シズシズ。まさか……巻き込まれて死んじゃったなんてことは」
鈴がどんどんネガティブな方向に持っていくので場の空気が暗くなる。一部の人間の中では最悪の想像すら浮かんでいるようだ。
「いや、それだけはないから。少なくとも雫が生きてるのは間違いないと思う」
だがその流れを断ち切るように優花が断言する。
「どうしてそんなことがわかるのさ」
「簡単な話よ。私がまだ生きてるからね」
「へっ?」
何を言っているのかわからないという雰囲気の鈴に優花が続きを話す。
「未だにどういう仕組みかはわからないけど、雫と私はある主従契約を結んでてね。盧生である雫が死ぬと道連れで眷属の私も死ぬことになるらしいよ」
「えっ、優花ちゃんが結んでる契約ってそんなに怖いものだったの?」
香織が言う通り中々リスクのある契約みたいだが、蓮弥が聞いた限りではその分夢の力を授かったり逆に雫がいる限り、優花は非常に死に辛い体質になるとのことだった。
「まあだから一応生きてることは確定してるし、何となく近くにいるのもわかるよ」
「じゃあ問題はどこにいるかだけど……ユナ、わからないか?」
「ずっと探していたのですが。ようやく近くまで来たみたいです」
蓮弥がユナに聞いてみるとユナは地面に手をついてしばらく目を閉じた後、そっと木の影を指さした。
「ッ!? 見つけました、蓮弥……あそこです!」
「ん?」
蓮弥が指さされた方向を見ると木の洞の部分に白い何かが存在していた。蓮弥がそっと近づくとビクッと反応して奥に逃げようとする。
「逃げなくていいぞ、雫。俺だ」
その言葉に再び動きを止めると反対を向いてこそっとそれが外を覗き込み、蓮弥と目が合った。
「ッ!? きゅー!」
蓮弥に飛びついてきたことで雫の全容が露わになったのだが、蓮弥は雫の無事を確認し、腕の中にいることに安堵したことで気が抜けたのと同時に少し呆れてしまった。
「なんで森に海の生物がいるんだよ。雫、お前……どれだけその小動物に未練があったんだ」
なぜなら雫らしきその生物の姿は……かつて蓮弥とのデート時に出会った海ウサギのセイちゃんそっくりだったのだから。
~~~~~~~~~
それから雫はみんなを心配させた罰として揉みくちゃにされていた。
「雫ちゃん、可愛いぃ──ッ!」
「きゅー、きゅー(じたじた)」
「カオリンッ、次私、私にも抱っこさせて!」
「あ、私も抱っこしてみたい」
現在海ウサギ(雫)はそのふわふわもこもこの身体と愛らしいその姿にやられ、目をハートにしてメロメロ状態となった香織に優しく抱きしめられている最中だ。同じく目をハートにさせて興奮気味の鈴と控えめに主張した優花が抱っこの順番待ちをしている。
「む、このふわふわ具合と毛並みのキューティクル。雫さん……やりますね」
シアなどは海ウサギ(雫)のウサ耳に触れ、『こいつ、できる』と言うような表情をして戦慄していた。
「わわわ。この子本当に可愛いよぉ、お家で飼いたい」
「ほんと、ふわふわ。抱き枕にして寝たらよく眠れそう」
抱っこの順番が回ってきた鈴と優花もご満悦だった。どうやらやはりあの姿は女子受けがいいらしい。再び香織の元に戻ってきた雫は香織に頬擦りされる。
「ほんと、可愛いよね。中身が可愛い雫ちゃんにピッタリだよ。あ、そうなるとアレかな、見た目と中身は一致するみたいな。心が醜いと姿形も醜くなる感じなのかも。実際醜いゴブリンになったユエはどう思うかな、かな?」
『ぐぎゃぎゃ──ッッ!!』
念話石は故障していないはずなのになぜか奇声を発したユエが香織に飛び蹴りをかます。
そのまま奇声を上げながら人間とゴブリンのキャットファイトが始まった隙に、雫は蓮弥の方に跳んでくる。
「きゅー」
「おっと、大丈夫か」
「きゅー♪」
どうやら蓮弥に抱っこされているのが一番いいらしく。蕩けたような表情でぐてーと倒れ始める。だがこのままだと事情が分からないので蓮弥は接触念話を試す。
(雫、聞こえるか)
(聞こえるわよ。本当、ひどい目にあったわ)
(何があったんだ?)
(転移されたと思ったらいつの間にかこの姿になってたのよ。おまけに出会う動物全てに虐められるから気配を消して樹の洞に隠れてたのよ)
どうやら大体ユエやティオと同じ経緯らしい。だがユエ達以上に他に狙われやすい姿をしていたらしく、ずっと今まで隠れていたそうだ。
「けど良かったじゃないか、セイちゃんになれて。また会いたかったんだろ?」
「きゅー(けど自分がセイちゃんになったら抱っこできないじゃない)」
「まあ確かにそうだけど……」
「というか何気に藤澤君も言葉がわかるのね」
何を勘違いしたのか外で騒動を観察していた真央がのぞき込んでくるが念話を使っているだけで以心伝心しているわけではない。
「雫、もう少し辛抱してください。この大迷宮は例によっていくつかの階層に分かれています。おそらくこの階層を抜けたら元に戻れるはずです」
「きゅー(そうだと嬉しいんだけど)」
「それでですね、雫。できればでいいんですが……私も抱っこしていいですか?」
どうやらユナも今の雫のふわふわボディに興味深々らしい。雫は仕方ないと諦め気味に短めにキューと鳴いてユナに身を預けた。
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鞭のようにしなり不規則な軌道を描いて襲い来る巨大な枝。刃物のように舞い散り飛び交う葉。砲弾のように撃ち込まれる木の実。突如地面から鋭い切先を向けて飛び出してくる槍のような根。一つ一つが致死の攻撃。
それは、所謂トレントやツリーフォークなどと呼ばれる知能を持った樹木型モンスターだった。大きさは直径十メートル高さ三十メートルはありそうな中々の巨体だった。
そんな巨大トレントと相対するのは、光輝、龍太郎、鈴の勇者パーティーに加え、真央とガハルドが遊撃に入っていた。
そしていかにもこのエリアのボスと言わんばかりの態度を取っている樹木モンスター相手にこの先やっていけるかテストを兼ねて光輝達を中心に戦闘を行わせていると言うわけだ。ハジメは楽ができていいと言わんばかりに膝にゴブリン(ユエ)を乗せて呑気に観戦モードだ。あとは万が一のことを考えて回復要因として香織だけは参加している。
「ぐぅううっ。攻撃が重い! だけどッ!」
それだけで丸太のような太さの枝が風を切り裂きながら迫り、光輝が聖剣でその一撃を受け止める。一瞬攻撃の重さに歯を食いしばる光輝だったが、すぐに攻撃を逸らす方向に転換して枝の攻撃を受け流す。
鈴は結界を張ることで飛んでくる葉刃を捌いているが数が多いので攻撃に回ることができない。だがそれでいい、今回前線を張るのは光輝ではない。
「おらぁぁぁぁ!!」
光輝が枝を、鈴が葉を食い止めている間に、龍太郎が前に出て渾身の一撃を太い樹木に叩きつける。それによってトレントが大きく後ろに後退する。胴体には深い亀裂が走っている。
「おしッ、中々良いのが入ったんじゃねぇか!」
気合十分で拳を打ち合わせる龍太郎の両拳にはガントレット型のアーティファクトが装着されている。
アーティファクト『二重の極意』
元々はハジメの左腕の義手に付いていたギミックの一つである振動破砕を使うために組み込んでいた機構を龍太郎のガントレットに組み込んで改良した代物である。龍太郎の持つ衝撃変換能力と
かなりセンス頼りになるが上手く使えば、浸透破砕という相手の鎧を突き抜け、相手の内部を直接破壊する奥義が使用できる。
今回の敵であるトレントはどう考えても重量級の相手であり、光輝の聖剣による鋭い一撃より、龍太郎の重い一撃の方が有効だと想定しての選択だ。
「これで終わってくれるといいんだけどな」
龍太郎が会心の一撃が決まったにも関わらず、油断せず構える。この世界で散々痛い目を見た結果、龍太郎も相手が本当に倒れたと確信するまでは油断しない心構えができている。そしてその懸念は当たることになった。
「あいつ……内部から再生しているのか?」
光輝が龍太郎の横に並びながら口を開く。トレントは龍太郎の一撃でど真ん中が爆発したような惨状になっていたのだが、それが既に修復されている。ある意味自動再生に匹敵する再生能力だと言える。
「もしかしてあいつ……俺達が想定しているより強いかもしれねぇな」
ハジメが立ち上がりながらトレントを観察し始めた。蓮弥達の想定では、今の一撃で決着がついてもおかしくないと考えており、龍太郎の一撃を受けてまだ立ち上がると言うのは少し想定外の出来事だった。
さらに……
「おいおい、こりゃちょっとまずいか?」
遊撃に徹していたガハルドが困ったように笑う。歴戦の冒険者の王が思わず愚痴るぐらい目の前の状況は悪くなっている。
「これは……樹が……」
「次々……生えてきてるよぉ」
思わず光輝が呆然とし、鈴が涙目になる。
トレントもどきには固有魔法『樹海現界』が備わっており、大量の樹々を生み出しそれを自由に操ることができる。
「このエリアのボスであるアレは敵対する相手の総合レベルに比例して強くなるみたいです」
「つまりソロプレイでは勝てない仕様になっているのか」
ユナの言葉に何となくこの大迷宮のコンセプトがわかってきた蓮弥。
「もしかして……絆を試してるのかな?」
「たぶんな。今までのトラップも一歩間違えば仲間同士で疑心暗鬼になる可能性があるものばかりだった。そんな中、個人では倒せない敵が現れる。なるほどよく考えられている。ここまで疑心暗鬼に陥った仲間をそれでも信じて身を預けられるか。このエリアのコンセプトはそんなところだろ」
香織とハジメも何となくコンセプトを理解し始めたようだ。つまるところ、今回出現したトレントは蓮弥やハジメも戦うことが想定されたレベルで出されており、光輝達だけでは荷が重いことの証明となる。
「仕方ねぇか。それなら俺達も参加して……」
「ちょっと待って」
そう言ってハジメが前に出ようとすると待ったをかける声が戦場に響く。それは所々牽制程度にしかなっていない魔力弾をトレントに放っていた真央だった。
「おい、吉野。待てと言ったってあいつらだけじゃ荷が重いぞ。それがわからないお前じゃないだろ」
「ええそうね。今の天之河達だけじゃあいつは倒せない。だから私が動くわ。この大迷宮のコンセプトが”絆”を試すものだとしても、戦闘で何もしなくていいわけじゃない」
そう言って真央がここトータスに来て、初めて
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(それに嫌な予感がするしね。ここで南雲達が消耗するのはまずいかもしれない)
真央がこの大迷宮攻略に参加する気になったのは、昇華魔法に興味があったと言う理由もあるが、それだけではない。
虫のしらせのようなものだろうか。真央は今回の大迷宮攻略に嫌な予感を感じていた。普通の人間の勘なら無視していいのかもしれないが、真央は魔術師の血を引くものである。そう言った特殊な人間の勘は無視すると後々最悪の事態を引き起こしかねない。
下手をすれば藤澤蓮弥がいてもどうにもならないことが起きるかもしれない。そんな事態が起きることを可能な限り避けるための行動。
現状地球へ帰るための方法が大迷宮攻略の果てにある概念魔法しかないと言うのならこの障害を避けて通るわけにはいかない。なので真央は久しぶりに前線に出てみることにしたのだ。
相棒が耳元で自分はどうするのか聞いてくるが真央は待機を命じる。彼は真央にとっては身を守る懐刀であり、攻勢に出る際の切り札なのだ。彼の性質上、彼の存在を認識する人間が周囲に少なければ少ないほど力を発揮できる。ここで表に出すのはいささか勿体ない。念のために自身の守りを行ってもらうにとどめる。
「マオマオ。一体どうするの?」
増え続ける樹木達の質量攻撃を結界で受け止めながら鈴は聞いてくる。今は持っているがもうそろそろ限界が近い。光輝や龍太郎も木を薙ぎ払って前に進もうとするが生み出される樹木が生半可ではない強度を誇っており、目の前に迫る樹木を払うので精いっぱいだ。
「どうするって……決まってるでしょ。私も戦いに参加するのよ。
そう言って真央は金属の板を取り出す。それは見た目は現代人がよく見知ったスマホに見えるがそうじゃない。真央自身の手で魔力で駆動できるように改造されたり、各種特殊なアプリを搭載した立派な小型高性能コンピュータなのだ。
だが、それさえも……本来の機能のおまけでしかない。
「おい、吉野……何だ、それは?」
ハジメの驚愕の声が聞こえてくる。どうやら予想通りハジメも気づいたようだった。おそらく思わず解析して、何もわからなかったから驚愕しているのだろうと思われるが、当たりまえの話だ。まだこの世界の神秘しか知らない南雲ハジメではどうやったって
そして真央は、周りが注目する中、己の手の中にあるアダマンタイトに感応し、
「創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌く流れ星」
アダマンタイトを用いた一種の高次元領域への接続は今や地球の裏世界ではそれなりに認知されている技術になっており、それなりに使い手も増えているが、組織ごとに使われる術式体系に違いがある。真央が信頼する相棒が使っているのは、少し交ざってはいるが神祇省の術式を基本としているのに対し、真央の使うそれは所謂アドラー式と呼ばれるものだ。
「ああ、嘆かわしい。何故この世界は神秘を捨てたのか。何故古きを廃する機構を備えてしまったのか」
邯鄲の夢と違うところはそれが単独で完結していること。大きな力を使うために協力強制という技術が必要な邯鄲の夢に対して、強力な力を使うために、己の身体に限界以上の負荷をかけることで出力を上昇させるという方向に進化した系統だった。
「世界に溢れる神秘の泉は輝くほど美しいというのに、それでも世界は不要と断ずるのか」
「まるで聖なる川に流れる譜のように、今もなお古き理は、歴史の海へと無慈悲に流れてゆくのでしょう」
そしてそもそもの力の大本に関する解釈が違う。神祇省では夢界を通じて人の精神の奥にある『
「ゆえに知恵を与える美しき女神よ。どうか私の言葉に応えてほしい」
「私は願う。万象の答えが知りたいと。私は祈る。森羅の全てを解き明かしたいと」
アドラーでは夢界のことを惑星という高次元生命体の精神活動領域、
「古き知恵を新たな時代に繋ぐため、神ならぬ身にて天上の意思を知りたいと、愚かな私は切に切に願うのです」
「ならばこそ私は、貴方を心より信頼し、貴方にこの身を委ねましょう」
そして、
「来たれ弁財天。ブラフマーの女神。知恵を司る大いなる神よ」
「万象森羅を解き明かし。今こそ全てを白日の下に照らすがいい」
そして
「
そして今ここに、吉野真央の異星法則が異世界トータスにて顕現する。
~~~~~~~~~~~~
蓮弥は真央が詠唱らしきものを終えた後、彼女が何か変わったことを知った。
(これは……創造?)
彼女の周囲に現れたスクリーンらしきものと光の玉。それが目まぐるしい勢いで真央の周囲を旋回している。
「待たせたわね。さあ、行くわよ」
その異変を察知したのか、今までノーマークだった真央に対してトレントが樹木による攻撃を行い始める。
「マオマオ!」
自分の結界領域の範囲外にいる真央に警告を送る鈴だが、今の真央にもうこの攻撃は通じない。
「”
目の前に現れたコンソールに高速でコマンドを撃ち込んだ後、真央は”聖絶”を展開する。結界術師ではない真央ではお粗末にも優れた結界を張れているとは言い難い。それにも関わらず、真央の結界と樹木が接触した結果、樹木がバラバラに砕け散った。
「えっ……」
まるで朽ち果てた枯れ木のように粉みじんに砕け散る樹木、それは今現在苦戦している光輝達とは矛盾するかのような光景。
「”
「けど……さっきは通じなかったぞ!」
「もう大丈夫よ。いいから全力でやりなさい!」
「わかった。”天翔閃”!」
光輝が真央の言葉を信じ、目の前に迫りくる樹木の大群に向かって大技を繰り出す。
そしてその効果は覿面だった。光輝の目の前にあった樹木群は、枯れ葉を吹き散らすかの如く丸ごと消し飛んだ。
「……そんな、あれだけ苦戦したのに」
「さっきまで頑丈だった樹が、まるでクッキーみたいだ。これなら砕き放題だぜ!」
龍太郎が軽く殴るだけで簡単に砕ける樹木群。
「さて、次は……
「! ああ! ”螺炎”」
真央に言われた通り、反射的に火属性魔法を行使する光輝。光輝の発した炎魔法により周囲の温度が上がり、それだけで周囲を舞う葉刃が次々と自然発火して消滅する。
「これは……パラメータ操作か」
蓮弥の横で観察していたハジメが真央の能力をそう評する。
「パラメータ操作? どういうことです?」
シアが良くわからないと言う声で聞いてきたのでハジメが説明を始める。
「この世の物質には物質特性ってのが定めらてるんだよ。例えばモース硬度。それが高ければ高いほど硬い物質ということになるんだが……どうやらあいつはその辺りの数字を弄れるらしいな」
そう、ハジメの予想した通り、真央の
例えば物質の強度を弄ってやればただの石をダイヤモンドやアザンチウム鉱石と同等の硬度に変えられるし、逆にアザンチウム鉱石をクッキーの如く脆い物質に変えることができる。発火点を低くしてやれば、いかなる物質でも簡単に炎上するようになるが逆に発火点を高くしてやればどれほど高温でも形を失わない物質を生み出せるといった具合だ。
もちろん操作できる限度はあるし、いくつか弱点もある。基本的に物が対象の能力であり、対象が動物に近づくほどパラメータ操作が難しくなること。維持性が高くないので長時間使えないこと。そして真央が基本的に直接戦闘技能を持っていないがゆえに、誰かパートナーがいないと本領を発揮できないので完全な支援型の能力であること。なので真央単独だと強い能力とは言い難いが、頼れる仲間がいるときの彼女は心強い。
「”
「ああ!」
理屈はわからないがチャンスであることはわかったらしい。光輝は聖剣を上段に構えて現状自分が使える最強技を使うためにチャージを開始した。その間無防備になる光輝を龍太郎と鈴がカバーし合う。
「行くぞッ! ”神威”!!」
そして光輝が自身の切り札たる最大の魔法を解き放った。光の奔流が射線上の地面を削り飛ばしながら爆進する。新たに生まれた葉刃を吹き飛ばし、木の枝を消滅させ、木の実の砲撃を真正面から呑み込み、そして、トレントモドキに直撃した。
引火点とその他燃焼に関わる数字を変えられたトレントは一瞬で炎上する。
「あ、ちなみに周囲の樹々の引火点は上げてあるから延焼の心配はないし。遠慮なく燃えていいわよ」
真央の言う通り炎上するトレントが散々暴れまわったが周囲の樹々の葉っぱ一枚すら燃やすことなく大人しく炭になって消滅した。
~~~~~~~~
「やった、のか?」
光輝が聖剣を構えながら言う。
「たぶんな」
龍太郎が拳を構えながら答える。
「間違いないわね。魔力反応が消えてる。あなた達の勝ちよ」
そして止めの真央の宣言により……光輝達の勝利が確定した。
「よっしゃぁぁぁぁぁーーッッ!!」
光輝と龍太郎がお互い腕を合わせる。未だかつてない強敵に対して勝利したこと。仲間の協力あってこその勝利だが、今回はそれでいい。少なくとも大迷宮に対してアピールできただろう。
「ふぅ、久しぶりにやったから疲れたわね」
真央が
「お疲れ。あと、吉野。手に持ってるそれが何なのか後で教えてくれないか?」
「まだ駄目よ。地球に帰ってからのお楽しみにしときなさい」
ハジメが真央が使っている
「けどこれからどうすればいいんだろう」
「結局ユエさん達も戻らないままですしね」
香織とシアが周囲に何かないか探しているが特に変わったものはない。てっきり次のエリアへの転移魔法陣でもあるかと思ったのだがそれらしきものは見つからない。
「いえ、どうやらあの魔物が転移門のようです」
ユナがトレントがいた場所を指し示すと、先程倒されたトレントが逆再生されたかのように元に戻っていく。
一瞬警戒した一行だったが、しばらく佇むと大樹の時と同じように洞を作り始めた。幹が裂けるように左右に割れて中に空間が出来上がる。
「また転移だな」
「はい、今度も何があるかわかりません。雫は一応私達の側に。飛ばされてもそのままなら危険かもしれません」
「きゅー」
ユナが聖遺物に戻り、蓮弥は海ウサギ状態の雫をしっかり抱きかかえる。見るとハジメもユエとティオを抱えていた。あの二人も戦えないという意味では同じだ。
香織もどさくさに紛れてハジメに抱き着こうとしていたがその途中で光に包まれ、この場所から全員転移を開始した。
>弁財天に仕えし、電子を司る巫女(シビルカイン・サラスヴァティ)
基準値(AVERAGE):D
発動値(DRIVE):B
集束性:D
拡散性:C
操縦性:A
付属性:B
維持性:D
干渉性:A
吉野真央の星辰光(アステリズム)
能力はパラメータ操作。主に物質に作用する力であり、その物質が持っている特性の数字を弄ることができる。例えばモース硬度を弄れば柔らかくしたり硬くしたりできたり、引火点、発火点を操作することで火が付きやすくなったり付きにくくなったり、金属の電気抵抗を零にすれば、常温超電導物質を作り出せる。生物に近ければ近いほど効き難くなるのは、その物質の構成が複雑になるのが理由。ただし自分の身体ならある程度の操作は可能。
モースダウンなどと言っているのは連携が必須の真央の星辰光に対して、味方側にわかりやすくどう弄ったのかを伝えているからであり、木が脆くなるという現象に必要な細かいパラメータはもちろん設定している。作者より頭のいいキャラは作れないからこその苦肉の策。
真央のパラメータは割と適当。シルヴァリオの六属性は何がどう高かったらどういう能力になるのかわかり難いので、作者よりシルヴァリオシリーズに詳しいホモニティの住人からのアドバイス募集中。
次回、蓮弥の理想の世界とは……
そして、異世界にて病が噴き出す。