ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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第六章ステージボス回です。

原作通り書いてたら人数多すぎ問題で扱いきれなかったので分けました。

本作オリジナル展開になります。


極彩万死

 媚薬スライムの脅威を跳ねのけた蓮弥達一行が転移した場所は、やはり洞の中だった。しかし、いつもと違うのは正面に光が見えること。つまり外へと通じる出入り口が最初から開いているのだ。

 

 だが、今回は以前とは状態が違う。なぜなら全員揃って転移できていないからだ。一行はまずは誰がいて誰がいないのか把握することから始めることにする。

 

「みんなとはぐれちゃったみたいね」

「そうみたいね。また魔物にされているかもしれないからチェックしないと」

 

 周囲を確認するのは雫と真央だった。雫は解法、真央はスマホで蓮弥達を一人一人チェックしている。

 

「今度は何をすればいいんだろ。この試練、グリューエン大火山の時よりめんどくさい内容が多くない?」

「そうですね。この大迷宮は元々大迷宮を最低四つ攻略していることが前提の試練なので、難易度もそれ相応に上がっているのかもしれません」

 

 優花のボヤキに対して、ユナが答える。これで蓮弥を含めて五人だ。

 

「世の中広いんだと痛感させられるばかりだな。年寄には中々辛いものがある。俺ももう次世代に向けて準備を進めなきゃいけないのかもしれねぇな」

 

 そしてガハルドが帝国の未来について考えていた。

 

 これで六人。どうやらここに飛ばされたのはこれだけだと蓮弥は判断した。

 

「おそらくですが、二つのパーティーに分散されたのでしょうね。以前のオルクス大迷宮同様、難易度調整による振り分けというところでしょう」

「ということは……これが最後の試練というわけか」

 

 オルクス大迷宮は最期の試練の際に蓮弥とハジメで二つに分けられたのを思い出す。そう考えるとこれがハルツィナ大迷宮の最期の試練だとみて間違いなさそうだった。

 

 雫達も同様の結論に達したのか、蓮弥の顔を見て頷き返す。そして蓮弥は覚悟を決め、光が差し込む出入り口に向かって歩みを進めた。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「これは……まるでフェアベルゲンみたいだな」

 

 

 蓮弥が光の先を見てそう呟く。その感想に雫達も確かにと頷いた。

 

 

 フェアベルゲンは地球では中々お目にかかれないような立派な樹木を重ね合わせることで国として成立させている不思議な立地をしている。木の枝が空中で絡みあって空中回廊のような構造となったり、洞がそのまま住居になるという具合だ。

 

 

「ねぇ、蓮弥。これってやっぱり……」

「ああ、神樹『ウーア・アルト』なんだろうな」

 

 この地下空間のど真ん中にそびえたつ樹木は間違いなく神樹の大本なのだろう。全盛期のこの大樹は森を覆うほどの巨大さを誇ったのだと語る龍神の言葉を信用するに余りある光景だった。

 

「本当の大きさはどれくらいになるんだろ?」

 

 蓮弥達と同じく、仲間の誰もが改めて神樹『ウーア・アルト』の巨大さにド肝を抜かれているようだ。天井こそ壁に阻まれているが、全員天を衝く大樹の姿を幻視する。

 

「蓮弥……何か下にいるようです」

「ん? ……おお」

 

 ユナの言葉に蓮弥は警戒しつつ、下を覗き込んだのだが、思わず感嘆の声が出てしまう。

 

「これは……すごいな」

「蓮弥? どうしたの……てっ、わぁぁぁ……綺麗……」

 

 蓮弥の様子を見て雫が眼下を覗き込み……雫は眼下に広がるその絶景に見惚れることになる。

 

 眼下の空間を埋め尽くしているのは青、赤、黄、その他色とりどりの美しい蝶の群れがフェアリーダンスを踊っている光景だった。

 

 現在この空間はウーア・アルトによって薄暗い空間が形成されており、そのせいか色とりどりの蝶の羽が薄く輝き、よりその美しさを際立たせた。おそらく現代日本ではすでに失われたか、或いは見ることが叶わないファンタジー的な絶景と言えるだろう。

 

「最期の試練だというからどんな際物が来るかと思えば……中々いい趣味してるじゃない。これは映えるわね」

「ほんと……こんな景色早々見れないわよね」

 

 元々美しいフェアベルゲンの景色をさらに彩ったようなその光景を前に、裏の顔を見せるようになってからクールに振る舞うようになった真央すらも表情をほころばせ、思わずスマホで写メと動画を撮っているくらいだ。優花も同意を示すように興味深げに眼下の光景を覗き見る。

 

 

『油断はしないでください。ここは既に大迷宮の最深部。何があるかわかりません』

「その嬢ちゃんの言う通りだ。俺の記憶が正しけりゃ。あいつらはおそらく毒蝶だ」

 

 聖遺物に戻ったユナの警告とガハルドの毒蝶発言で見惚れていた雫達は思わず後ろに下がる。

 

「あんた……蝶に詳しいのか?」

「いや、ただ冒険者を纏めるにあたって魔物や危険生物の知識は自然と入るんだよ。おそらくだが、あの中には既に現代では絶滅したっていう種類もいるっぽいな。売れば高くつくだろうよ」

「まさかとは思うけど……持って帰ろうとか思ってないでしょうね」

 

 ジト目でガハルドを見る雫に対して肩をすくめながら否定するガハルド。

 

「おいおい言っただろ。アレは毒蝶だと。ああやって美しさに惹かれた冒険者達を毒鱗粉で麻痺させるんだ。奴らの中には麻痺した冒険者の身体を養分に成長する花の種を植え付けて、成長した花の蜜を吸う。そんな中々危険な生態を持った奴らもいるんだ。そう簡単にはいかねぇよ」

「どうやら警戒するに越したことはないみたいだな。先に進んで、さっさと攻略してしまおう。ここに止まっていたら、襲われるかもしれないからな」

「あとはそうだな。毒鱗粉を警戒して風魔法を纏っていくのもセオリーだな」

 

 そうして蓮弥達はユナが張った風精結界を纏いながら先に進む。太い枝通路の上を取り敢えず道なりに進むしかないが、遠くに枝通路が五本合流していて大きな足場になっている場所が見えていたので、一行はそこを目指すことになった。道中も美しい蝶がはためく光景が広がっており、雫はそれを見つつも残念そうに言う。

 

「こうしてみると幻想的な光景なのに……たぶんあれらは罠なのよね」

「そうだな。大迷宮攻略前にも言ったと思うが、この大迷宮の主であるリューティリス・ハルツィナの天職は蟲心師だったらしい。おそらくこれらもかつての彼女が使役した使い魔なんだろうな」

 

 

 そしてしばらく進み、大きな足場に到着した蓮弥達の前に、大迷宮最期の試練は動き始めた。

 

 

「何これ……何か……甘い匂いが」

 

 まず初めに気付いたのは雫だった。それは場の空気そのものが変わる感覚。現在ユナによる風の結界が張られているにも関わらず、感じる異常。

 

『蓮弥、来ます!』

 

 ユナの警告と共に、その異常の原因が明らかになる。

 

 それは下ではなく、上から襲来した。見目麗しい蝶を囮にした、透き通るクリスタルのような輝きを放つ、迷彩を纏った毒蝶の群れ。

 

 それが空中を旋回し、魔法陣を描き始めた。

 

聖術(マギア)1章1節(1 : 1)……"聖炎"

 

 お馴染みとなった炎の聖術にてユナが蝶を焼き尽くそうとするが、魔法陣を形成する蝶の前に無数の蝶が毒鱗粉を放ち炎を鎮静化した。

 

「あれは……消火剤みたいなものかッ、当たり前だけど、炎対策は万全らしいな。だが……これはどうだ!?」

聖術(マギア)5章4節(5 : 4)……"聖嵐"

 

 今度は風の聖術を放つ蓮弥。毒鱗粉はどうしても質量は軽い。なら突風を浴びせれば散るのは道理。だが……

 

『思ったより飛びませんね。警戒してください。魔法が発動します』

 

 鱗粉を吹き飛ばしたはいいが、稼がれた時間で魔法陣は完成する。

 

 そして現れるのは無数の蝶が融合した巨大な蝶の姿。

 

 見た目は地球で存在した怪獣映画の蛾の怪獣に近いフォルムをしている。大きさは約十メートル。虹色の羽が羽ばたく度にキラキラ輝く鱗粉をそこら中にまき散らしている。

 

 その巨大な蝶が蓮弥達の上空を飛び去り森を縦横無尽に飛び回り始めた。

 

「結構速いわね。だけど対処できないほどじゃ……ッ!?」

 

 そこでここにいる全員は、足元に魔法陣が展開されているのに気づく。どうやらこれもあの巨大な蝶を囮に展開していたものらしい。魔力感知能力を無効にしているらしく、発動直前まで気づけなかった。

 

 蓮弥達を中心に青白い魔力が迸る。激しい光に蓮弥達が顔を手で庇う中、爆発したかのような閃光が周囲一帯を包み込む。そして収まった後、そこには……無傷の蓮弥達の姿があった。

 

「何かされたみたいだが……違和感がある奴はいないか?」

 

 蓮弥が周囲に確認を取る。現状肉体的なダメージを負っている者は存在しないが、間違いなく何らかの魔法が発動した。なら何らかの影響を受けている可能性はあり得る。特にこの大迷宮は絡め手でくることが多かったので警戒するに越したことはない。

 

「今のところ私は何も嫌な感じはないわね。優花は?」

「私も同じよ。特に違和感もないみたいだけど」

 

 雫と優花は互いに確認し合い、異常がないことを確認し合う。雫と優花は蓮弥を取り合うような仲だが、普段から仲は不思議と悪くない。だがもしかしたら蓮弥の見えないところで女としての競争があるのかもしれない。蓮弥としては既に恋人はユナと雫だけと決めているので、いつ積極的なアピールが来るか戦々恐々としている。

 

 そんな時真央が、仲の良さをアピールする雫と優花に恐れることなく割り込んでいく。

 

「……もしかしてさ……雫ってそっちの趣味もあるわけ?」

「へっ、なッ、ちょっ、真央! 何よ急に!?」

「別に……前の試練でも王都でのメイドの件もそうだけど、同性を相手にするのに随分慣れているな~と思っただけよ。ここまで来るとソウルシスターズが増えるのも実は雫の自業自得なんじゃないの?」

「そ、そんなことは……ない、はずよね」

 

 雫が自信なさげに言葉をすぼめるのに対し、優花が少しだけ雫から距離を取る。

 

「いや、雫。その……正直雫が相手だとマジでそっちに行きそうだから自重してほしいんだけど……」

「だから違うってば。私は蓮弥一筋であって、そっちの趣味なんてないんだから!」

「あら? けど夜はユナさん含めて三人で盛り上がっているんでしょ?」

「な、な、な」

 

 蓮弥も流石に止めないとまずいかと思い始める。このまま女子トークを続けさせていたら知らない内に蓮弥達の夜の情報なんかが周知されてしまう。蓮弥とてばらされたくないことはあるのだ。特に自分が女性の胸に割と執着する気質があるところとか。

 

「ははは。おいおい羨ましいじゃねぇか坊主。あの二人を独占してお楽しみとは……どうだ雫? ものは試しに俺と一夜を共にしてみないか? 長年の経験からくるテクニックというものを……」

「それ以上喋るとセクハラで訴えるわよッ」

 

 雫がガハルドに向かって殺気を飛ばす。帝都にいた頃からガハルドのセクハラ行為には耐えかねていたのだ。雫が何度自分は蓮弥の恋人だと言っても自重しない。相手が皇帝だからと少し対応を甘くしてきた雫だったが、そろそろ痛みでもって教えるべきかと思い始める。そんな恋人の思考を読んだ蓮弥が、雫を庇うようにガハルドの前に立ち、軽く威圧を向けて対峙する。

 

「おい、おっさん。雫に何言ってくれてんだ?」

「怒るなよ。軽い冗談だ。お前さんもハーレムを目指すならテクニックを備えておいた方がいいぞ。何しろ男が女を囲うのはどれだけ女を満足させられるかに掛かっているからな」

「おい、まだ続けるのかよ。別に俺達は俺達のやり方があるから余計なお世話だ」

「そうよ。それに……蓮弥はちゃんと毎回満足させてくれるし

「聞こえないわよ。雫。もっと大きな声で」

「別に聞き返さなくてもいいからッ……そんなことより真央はどうなのよ?」

「私?」

「そうよ。香織から聞いたけど……結構仲のいい相手がいるそうじゃない」

「アレ? 私別にそんなこといってないし」

「私も綾子から聞いてるわ。さあ白状なさい!」

 

 雫と優花に詰め寄られても、真央はどこ吹く風だ。話を聞く限り、真央にも意中の相手ないし、それなりに親しい人がいるらしいが、それを誰も把握していないらしい。

 

「綾子と言えば野村君よね。同じパーティーに所属してた時なんか、明らかにお互いを意識し合ってたのに中々進展しなくてもどかしいったらなかったし」

「確かにあの二人は仲が良さそうだけど……真央、話を逸らしてない?」

「もどかしいと言えば鈴と龍太郎もよね。あの二人明らかにお互い意識しているのに、全く進展がないんだもの」

 

 ガールズトークは続く。そうなってくると男である蓮弥としては中々居心地が悪くなってくる。だがこの場には男は自分とガハルドしかいない。この世界の皇帝陛下と未来の世界について語る気もないので必然的に暇を弄ぶことになる。

 

 

 だがそうやって待っているのも飽きた蓮弥はそろそろ女子トークを中断させることに決める。

 

「おい、お前ら。もうその辺にしとけ。もうすぐゴールなんだ。だからこのまま先に進むぞ」

「はっ、そうよね。私ったらつい……」

「女の話はほっとくと長いとは言うが……今は自重しとけ。ここは大迷宮。いつ試練が襲いかかってくるかわからないんだからな」

「はーい。ごめんなさい。蓮弥君」

「まったく私としたことが……思わず話にのめり込みすぎたわね……えっ、何よ急に…………いい加減気付け? …………えっ?」

 

 そこで真央が思わずスマホを見て固まっている。何か異常でもあったのだろうか。蓮弥は周囲を確かめるために意識を向け……

 

 

 

 

 

『蓮弥!!』

 

 ようやく、己の中で必死に叫んでいるパートナーの声を聞いた。

 

「ユナ?」

『やっと届きました。さっきから一体何をしているんですか!?』

「さっきから?」

『落ち着いて順番に整理してください。今自分達が置かれている状況を!』

 

 ユナの声が周囲に響く。蓮弥達は順番に思い出していく。この空間に出てきてから起きている状況。そして……

 

 

 

 

 

 ようやく周囲が夥しい数の蝶の群れと猛毒の鱗粉に囲まれていることに気付いた。

 

 

「!!? 雫!!」

「えっ、何よ。急に……」

「俺達は何か変だ! お前のお得意の解法で周りを解析して機械的に物事を把握してみろ!」

「わかったわよ。…………!!? 何よコレ!!」

 

 どうやら雫も何かおかしいと察したらしい。現在進行形でユナだけが周囲に結界を張って防御に徹しているが、蓮弥との同調が薄れているせいか、いまいち効果的な対処ができていない。

 

「ユナ! 俺にはまだ漠然と何かがおかしいとしかわからない。だから指示をくれないか!」

 

 現在蓮弥は何かおかしいと思っても何がおかしいのかわかっていない状況だ。

 

『蓮弥……まずは私と同調してください。今の蓮弥は本来常時展開されている霊的装甲まで剥がされてしまって非常に危険です』

「わかった」

 

 ユナの言う通り、()()()()()()()()()()()ユナとの同調を再開する。そしてようやく、何がおかしいのかだんだんとわかってきた。

 

「これは……なんで俺達はこんな状況で呑気に世間話をしていたんだ?」

『おそらく優先順位の変更。もしくは『危機感破壊』と言ったところでしょうか。あの光を浴びた蓮弥達は危機感を失って魔物に囲まれても危険に思えないようにされていたんです』

 

 ならまずはやることは一つだ。雫達に掛けられている術を解除する必要がある。

 

「ユナ!」

聖術(マギア)9章5節(9 : 5)……"咒解闇輝"

 

 蓮弥を中心に闇の波動が広がっていく。”咒解闇輝”は今起きている魔法的な状態異常を解除するための聖術だ。相手が概念魔法でもない限り、この魔法で対処できるはずだと思い、行使したがその効果はすぐに現れた。

 

「な、なによコレ!?」

「くッ、私としたことが。悪かったわね。今まで守らせて」

「蓮弥……これって」

「ああ、警戒しろ。俺達は今、この大迷宮のボスと戦っている真っ最中だ!!」

 

 ようやく現状を正しく認識した仲間が順次警戒していく。だがその間にも巨大な蝶は宙を飛び回り毒鱗粉を散布し続けている。

 

「ッ、げほ、げほ」

「身体がちょっと痺れてきた。このままだとまずい!」

 

 優花が咳き込んだのをきっかけに、自分達の身体に毒が回り始めていることに気付いた真央が自身の星辰光(アステリズム)を展開し、仲間たちの毒に対する致死量の閾値を上昇させることにより危険から遠ざけようとする。だが……

 

「ちょっと待って。これ見たことのない毒が一体何百種類あるのよッ、こんなの既存の毒耐性技能じゃ防げないわよッ!」

「まずいぞ。これはこいつらの手口だ。このまま動けなくなった獲物を順番に刈っていくためのな!」

 

 ガハルドが帝国で作っている毒消しを服用しつつ言うが、焼け石に水なのは明らかだった。真央曰く、この場所に満ちる毒は何百種類も存在しているらしい。即効性はないようだが、蓮弥達が呆けていた間に空気の毒濃度は増していき、風の結界で防げる限界を超えていたのだろう。常人なら既に動けなくなっていてもおかしくない。

 

「俺も人のことは言えないな、ユナ。速攻で倒すぞ!」

『はい。ですが気を付けてください。まだ霊的装甲は戻っていないので直接攻撃を受けるのは危険です』

 

 そう、ユナとの同調を進めても蓮弥の霊的装甲は戻っていない。よほど強力な術だったのか、単に『危機感破壊』という現象に対して相性が悪かったのかはわからないが、今この巨大蝶の攻撃を受けたら蓮弥でもただでは済まないのは間違いない。

 

「だがその程度で俺を倒せると思うなよ!」

 

 蓮弥が創造を展開し、神滅剣にて蝶の鱗粉の毒という概念を破壊しようとした。そしてその行動は一定の成果を出したようだが、完全にはいかない。

 

『確かに一時的に毒を無効にできるようですが……すぐに補充されるみたいです』

 

 元々蓮弥が良くわからない概念に関しては破壊が困難なのだ。魔法みたいに決まった公式に則って構成されているものならともかく、さらに複雑な構造の物になると蓮弥でも完全に破壊することはできなくなる。

 かといって『毒』という抽象的な概念を破壊すれば、世界に及ぼす影響が想像つかなくなってしまう。『毒』という概念そのものはすぐに世界の修正力により元に戻るかもしれないが、現在世界中に存在している毒と分類上同じものである薬が使えなくなる危険性もある。

 

『蓮弥……やはり本体を叩かないと……』

「ああ、ならすぐに決着をつけるぞ」

 

 蓮弥が聖炎を纏った剣にて巨大蝶を攻撃するが、直前に高密度の鱗粉の壁に阻まれて防御される。それどころかその鱗粉が蓮弥に目掛けてまっすぐに襲いかかってきた。

 

 その攻撃を大げさに避けた蓮弥の立っていた場所に直撃する鱗粉。そしてその脅威はすぐにわかることになる。

 

「分解した!?」

『おそらく神の使徒が振るう分解能力と類似したものである可能性が高いです。今の蓮弥だと直撃するのはまずいです』

「かといって遠距離攻撃は防御される」

 

 大技で吹き飛ばそうとするとどうしても隙ができてしまう。いつもの蓮弥ならそれでもいいのかもしれないが、現在蓮弥は危機感を無くしているがゆえに、戦闘勘や反射神経に頼れない状態になっている。だからこそ蓮弥は反射神経ではなく自律的に考えて行動しているが、だからこそ明確な隙が無いと飛び込めない状況に陥っていた。鎧もなく、危機感による反射神経にも頼れない以上、生半可な覚悟で毒の海には飛び込めない。

 

 だがここにいるのは蓮弥一人ではないのだ。既に臨戦態勢を整えた雫達が蓮弥の横に並ぶ。

 

「蓮弥。私達が隙を作るから……私達を信じて真っ直ぐ進んで」

「私達が必ず道を開くから」

「私も参加するわ。こいつには一杯食わされたから、仕返ししないとね」

 

 雫、優花、真央がそれぞれ構えて行動に移る。

 

「まずは毒から……これだけ時間があったんだもの。完全な解毒ではなく毒素の抑制なら……」

 

 まずは真央が動く。周囲の毒に対して毒を破壊するのではなく、毒素の効果を抑制するという蓮弥ではできない方向で対処することに成功する。だが毒は抑えても鱗粉の分解能力は健在だ。蓮弥達を囲むようにして分解鱗粉が周囲を旋回する。

 

「なら、次は私ね。”千刃旋回”」

 

 優花が自身の夢と七耀を組み合わせてある技を行使する。それは無数の刃をさらに細かい刃に分裂させていき、細かい刃の粒子を旋回するように纏う優花の新技。

 

「分解は塊だからこそ有効なのよ。元々粒子状になった刃を細かくすることはできない!」

 

 ちょうど逆回転するようにミクロ単位の細かい刃の嵐は分解鱗粉に激突する。そもそも刃の嵐自体に優花の解法を纏わせているので分解耐性は備わっている。そう簡単に突破することはできない。

 

 そのまま優花は巨大な蝶に向かって七耀を飛ばす。分解能力で防がれることも想定して解法を纏わせた刃だ。そう簡単に突破できないと踏んでいた優花だったが、それは物理的な強度にて阻まれた。

 

「ッ! 今度は黒い鱗粉」

「あれは……砂鉄かしら」

 

 黒鱗を発生させた巨大な蝶がそれを身に纏い、優花の七耀を弾き返す。どうやら相当の強度があるらしいとわかる。

 

「なら次は私の番ね。鉄の鎧を斬る。要は兜割りをやればいいのよね!」

 

 雫が上段に刀を構えながら自身の破段『大神八尺瓊勾玉(おおかみやさかにのまがたま)』を発動する。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そして伸びる刃が巨大蝶に直撃する。そして発生する硬直状態。雫の破段はいかなる物質も切断することができるが、どうやら相手は切断されるのと同時に黒鱗を新たに注ぎ込むことで修復しているらしい。

 

「このぉぉぉぉぉ──ッッ!」

 

 だが勝ったのは雫。破段だけではなく、八重樫流の兜割りの技を加えた一撃はその黒鱗の鎧を突破し、巨大蝶の鎧を引き剥がす。

 

「蓮弥! 行って!!」

「ああ!!」

 

 毒は真央が抑え、分解鱗粉は優花が食い止め、今巨大蝶の黒鱗の鎧は雫によって破壊された。

 

 蓮弥は真っすぐ巨大蝶に向かって進む。巨大蝶は頑丈な黒鱗の鎧を纏った代償としてその素早い行動を封じられていたらしい。ならそのまま倒せる。蓮弥は真っすぐに飛び込んでいった。

 

 

 だが、巨大蝶は最期に罠を仕掛けていた。蓮弥の死角に位置する場所から現れる小さい毒蝶。この個体は他の個体と違い、速攻性の毒をもった個体であり、今まで遅効性の毒しか使わなかったことによる伏兵として備えていたものだ。

 通常時の蓮弥なら第六感で避けられたかもしれないが、今の蓮弥には危機感が存在しない。なのでこの不意打ちは必然的に決まる。

 

 

 そのはずだったが、その小さい蝶が”風撃”により撃ち落とされる。

 

「油断大敵だ坊主。これは経験則だ。勝ったと思った時が一番やばいんだよ」

 

 それは危機感という直感ではなく、長年積み重ねた膨大な経験値による統計的なロジックにより行動することができたガハルドが放ったものだった。

 

 

 かくして、今度こそ身を守るものがなくなった巨大蝶は……

 

「これでこの試練は幕引きだ!」

 

 蓮弥の神滅剣にて一刀両断されて消滅した。

 




>極彩万死のディートリッヒス
解放者リューティリス・ハルツィナの使い魔にして友。もう一人の友であるウロボロスと共に主亡き後も数千年生き、神秘を蓄え続けたので一種の神獣クラスの格を持つに至った。
個体ごとに微妙に異なる猛毒の鱗粉を持つ非常に美しい蝶の集団であり。今回は蓮弥達側の試練として襲い掛かる。
今回倒されたが、大迷宮と命を連動しているので大迷宮が現存なら復活可能。

>蠢動暗黒のウロボロス
解放者リューティリス・ハルツィナの使い魔にして友。もう一人の友であるディートリッヒスと共に主亡き後も数千年生き、神秘を蓄え続けたので一種の神獣クラスの格を持つに至った。
元々は百万匹のGの集合体だったが、数千年の月日は百億匹のGの集合体というレベルまで進化させた。(スーパー)レギオンG。
今回はハジメ達側の試練として襲い掛かる。
原作と同じような展開で、ユエの神罰之焔で倒されたが、大迷宮と命を連動しているので大迷宮が現存なら復活可能。

>千刃旋回
優花の五常・詠ノ段。刃をさらに細かい刃に変え、竜巻のように周囲を旋回させることで触れるものを切り刻む。見た目はBLEACHの千本桜。

>危機感破壊
ディートリッヒスによって引き起こされた認識誤認魔法の一種。ハジメ達は好感度反転だったが、こちらでは危機意識を無くしても周りを良く視て仲間と連携が取れるか見ていた。
なお偶然ではあるが、蓮弥の霊的装甲は危機感破壊という現象とは霊的に相性が悪いので、霊的装甲を引き剥がされることになった。この状態でも一般的な耐久はあるが、神獣を相手にするのは厳しい。

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