ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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今回は雫編。

もちろん原作とは違いますし、独自解釈があります。

最近魔王学院の不適合者に嵌りすぎてありふれ世界にアノス様をぶっこむクロス作品の妄想が止まらない。
本作を書くのに邪魔になるので空いてる時に書いて発散してますが、もしある程度貯まったら公開することがあるかもしれません。


雫の試練

『こんにちは、私。今日はいい日ね』

 

 そういって雫の前に現れたのは、雫だった。

 

 黒い軍服を着ている雫と対称的な白い軍服を着た白い雫は、大迷宮最深部の氷柱より姿を現す。

 

「こんにちは、あなたが最後の試練でいいのかしら? 予想はしてたけど、やっぱり最後は自分との戦いなのね」

 

 目の前に自分とそっくりの人物が現れたにもかかわらず、雫は極めて冷静だった。鏡の試練だという前情報、実際の大迷宮の道中の罠や試練。それらを加味した上で冷静に考えを巡らせば、いずれこうなることはわかるだろう。

 

 もちろん雫もこうなることは想定しており、だからこそ冷静にその手に村雨を創形し、白い雫に向けて構える。

 

「状況から察するに、あなたを倒せば攻略を認められると言うところかしら」

 

 雫の挑発的な言葉に対し、雫らしからぬ薄ら笑いを浮かべた白雫が答える。

 

『あなたの言う通りだけど、どうしたのかしら。随分余裕のない顔をしているけど』

「……どういう意味?」

『そのままの意味よ』

 

 雫が白雫を睨みながら軽く剣気を放ってみるが、白雫はそれをそよ風のように受け流し、愉快そうに笑う。

 

『ふふ、どうやら思ったよりこの大迷宮の仕掛けはあなたに効果があるみたいね。一見周りより余裕があるように見せかけているあたり、私の悪癖はまだ無くなってはいないのかしら。ねぇ、私。いい加減……窮屈だと思わない!?』

 

 そう言った直後、白雫も村雨を創形し、雫に向かって振りかぶる。何の捻りもない振り下ろしただけの一撃。だが込められた単純な膂力が雫の想定を超え、受け止めた雫を吹き飛ばす。

 

「ッ……」

 

 空中で宙返りを行うことで姿勢を整え、着地と共に追撃してきた白雫の攻撃を受け止める。

 

『ねぇ、雫。私はなんだと思う?』

「……言ってる意味が分からないわね!」

『あなたはこう予想しているはず。この大迷宮の最後の試練は己の負の感情との戦いだと。己の負の部分、目を逸らして来た汚い部分、不都合な部分、矛盾……そういったものに打ち勝てるか、そういうものだと当たりを付けているわよね』

「その言い方。つまり違うということかしらッ!」

 

 喋りながらも雫と白雫の高速の剣戟は続く。同一人物、同一武器による攻防であればおのずとその剣戟は拮抗することになる。自分のことは自分が一番知り尽くしているがゆえに、その剣戟に乱れはなく、一種の型稽古をしているような美しさを醸し出していた。

 

『いいえ。大部分では間違っていないわ。これは己を乗り越える試練だし、自らが抱える負の感情を乗り越える度に負の虚像は弱体化していき、逆に目を逸らせば逸らすほど強化されていく。そういう仕組みなのは間違いないわ。ただし、あなたは少し事情が異なる』

「どういう意味?」

 

 お互い剣を打ち合った衝撃で一端距離を取り、お互い対照的な構えでお互いに向き合う。

 

『私はあなた。あなたの心の海より出でし者。あなたが観測し得る私のうちの一人。つまり……』

 

 白雫が高速で印を結ぶ。そしてその印が完成した時、周囲の景色が一変した。

 

「これは……ッ」

 

 雫が周囲を見渡すと、そこは雫にとって馴染み深い場所だった。

 

 そう、雫はこの場所を知っている。なぜなら……

 

「私達の街……」

 

 雫がいつも夢界(カナン)での修行場所としてデフォルトで設定している故郷の街並みそのものだった。高度な創界による異界の創造。現状の雫ではできない領域にある力。

 

『そう、私は夢界(カナン)。あなたの力そのもの。その第六層『ギベオン』に位置する、阿頼耶の一部よ』

「……そう」

 

 雫の使う”邯鄲の夢”が特殊だったがゆえに、大迷宮の仕組みに干渉して試練を歪めてしまったということ。だがそれを聞いても雫は特に気にすることはなかった。

 

「なるほどね。それなら私がここであなたを倒せば、私は大迷宮の攻略だけでなく、夢界の試練を攻略したことになって、また強くなれるのね」

『できるのかしら、あなたに』

「やって見せるわよ。私はここで躓いているわけにはいかないわ!」

 

 雫が印を結び始めると共に、白雫も同時に印を結ぶ。

 

「『破段・顕象!』」

 

 同時に発動した神剣の破段を構え、雫は白雫に挑みかかった。

 

 

 あらゆるものを切断する神剣が受け止められる。それはあらゆるものを切断する神剣が唯一切れない物。それは自身の破段に他ならない。

 

『随分カリカリしているわね。もう少し楽しんだらどうなのよ』

「うるさいわね」

 

 雫は戟法にて膂力を増幅し、白雫を思いっきり吹き飛ばす。故郷の街並みを破壊しながら吹き飛んでいく白雫相手に、雫はすかさず追い打ちをかける。

 

「八重樫流抜刀術……”神薙一閃”」

 

 超高速の抜刀術により放たれた魔力を帯びた真空の刃が白雫に迫る。だが……

 

『はッ、なにそれ』

 

 あろうことか、白雫は刀すら使わず、素手でその真空の斬撃を弾いて見せた。

 

「なッ!?」

 

 流石に素手で破壊されるとは思っていなかった雫に動揺が走る。そしてその動揺を白雫は見逃さない。

 

 最高資質の戟法・迅により加速した白雫は、すぐさま雫の眼前に現れ、刀を振るう。雫は辛うじて刀で受け止めるのが精一杯だった。

 

「アハッ、遅いわよ!」

「ぐっ……」

 

 鍔迫り合いを行うも、そのまま連撃に晒され、雫は防御する。

 

『咒法……”天鎖”』

 

 白雫の村雨の柄尻から発生した光の鎖が雫の腕を白雫の方へ引き寄せる。

 

「ッ……」

『今度はこっちが行くわよ。”神薙一閃”!』

 

 ゼロ距離で放たれた魔力の刃の直撃を受け、今度は雫がある民家の壁に激突する。

 

 その様子を相変わらず笑みを浮かべながら眺めていた白雫の村雨には水が滴り落ちている。霊刀・村雨丸の特性、斬った際に出る流血を水に変えるという性質から察すると、雫がどうなっているのか予想できてしまう。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 幸い、急所は外れているが、あらゆるものを切断する刃が雫の肌に斬り傷を付けていた。

 

『久しぶりに傷を負った気分はどうかしら。痛い? 苦しい? それとも……だんだん熱くなってきたんじゃないかしら』

「はぁ、はぁ、何がよ」

『私はこの大迷宮の試練が始まってからずっと言い続けてきたわよね。私を解放しろって。それがどういう意味かわかっているの?』

「さあ、意味が分からないわね!」

 

 雫は再び白雫に飛び掛かる。傷を受けたことを感じさせないその鋭い太刀筋は依然変わりない。並みの相手であればなます斬りにし、神の使徒クラスであっても圧倒するだけの剣戟も……目の前の相手には通じない。

 今度は傷口目掛けて膝蹴りを叩きこまれ、一瞬走った激痛に顔を歪めている間に髪を引っ張られ、強引に地面に向かって叩きつけるように放り投げられた。

 アスファルトの地面を砕いて埋没していく雫を追うように白雫が追撃し、それを雫は重力キャンセルによる飛翔にて回避する。

 

『無駄よ』

 

 同じく空中を飛翔した白雫が突きの構えを見せる。

 

『八重樫流……霞穿・連撃』

 

 それは突きの壁だった。その最高域の俊敏と破段によって空気を斬り裂くことにより摩擦を無くした極限の突きは、繰り返せば繰り返すほどに速くなっていく。

 

 いくらかは躱し、いくらかは透過してやり過ごした雫だったが、その突きの速度が秒間百発を超えた辺りで対処できなくなり身体のあちこちを傷だらけにする。

 

『ねぇ、雫。私とあなたの違いって何だと思う』

「ぐっ……何?」

『本物と偽物っていうような簡単な話をしていないわ。未だに私は強化も弱体化もしていていない。それはある意味。あなたに乗り越えるべきわかりやすい壁がないという意味でもあるわけだけど……なら私とあなた……どうしてここまで差があると思う?』

 

 確かに雫は感じていた。資質もレベルも同じ、なのに相手の繰り出す攻撃の方が重く、鋭く、それでいて速いとわかってしまう。

 

『答えは出力の違いよ。一度に出す力の量が違う。踏み込む深度が違う。あなたが躊躇ってしまうような領域まで、私は臆することなく踏み込んでいるからこそ、あなたより強いのよ』

「私が……自分の力に臆していると?」

『ある意味それがあなたの負の側面なのかもしれないわね。あなたは自身を律する術を良く知っている。技術と言う意味では伯父さんとの精神修行で教えられたし、精神的な意味で言うなら、蓮弥の存在であなたは上手く自分がため込んでいる物を消化することができていた。だけど、だからこそあなたは、限界を超えることができない』

 

 雫は苦労人だと周囲に言われる。実際、困っている人や駄目な子ほど放っては置けない質なのは間違いがない。

 だからもし、()()()()()()()()()()があったとしたら、きっと雫はここで追い詰められていただろう。

 己の中にある鬱憤を爆発させて、己の影に言葉と剣で追い詰められ、崩れ落ちてしまった世界があったかもしれない。

 だが、実際の八重樫雫にはそれは当てはまらない。幼い内から蓮弥という頼れる相談役がいたことで、基本的に自分の性質を疎ましく思ったことはないし、伯父との精神鍛錬により人よりそういう感情との付き合い方は心得ているだろう。

 出力が安定していることは悪いことではない。蓮弥の使うエイヴィヒカイトの理屈で言うなら、雫のような武装具現型に類する人間は、バランス面に優れ、格下から足元をすくわれることはない。

 

 だが……

 

『安定した力を使うということは、同時に大番狂わせを起こすこともできないということ。あなたが盧生として完成したならともかく、今そこに甘んじているようじゃ……』

 

 白雫の出力がまた上がり、雫の目にも止まらない速度で接近し……

 

「ッ!」

『いずれ……死ぬことになるわ』

 

 雫の頭を掴んで思いっきりぶん投げた。

 

「げほ、げほ、げほ」

『とっさに透過してダメージを軽減させたのか、そういう使い方は得意だものね』

 

 余裕の笑みを浮かべる白雫に対して、雫は肩で息をしながら考える。

 

 白雫は単純に速くて重くて鋭い。おまけにこちらの盲点を突くような戦い方をするためにいまいち雫は乗り切れないでいる。

 

『雫……あなたがどうすればいいのか、教えてあげましょうか』

「……何……?」

『簡単な話よ。あなた……修羅になりなさい。覚えているでしょう。蓮弥を失ったと思った時のあの感情を』

 

 大げさな振る舞いと共に、白雫が雫に思い出させる。

 

 奈落の底に落ちる蓮弥を見送るしかできなかった時の想いを。

 

『あの時のあなたは素晴らしかったわ。まるで研ぎ澄まされた剥き出しの刃物みたいで。実際あの時、あなたは今までの自分の全てを捨てて、何もかも斬って捨ててしまいたいと本気で思っていた』

 

 あの時の雫は、心に鬼が宿っていた。蓮弥の残したメッセージだけを心の支えにして何とか切れまいと必死に耐えていたが、何かの拍子で崩れかねない危険な気配を常に漂わせていた。

 

『力を持つ者が、より大きな力を使うために必要なもの。それは、ひたすら戦いを求め、力を求め、邪魔な奴を一人残らず斬り捨てんとする、揺るがない力への”渇望”よ! 今のあなたにはそれがない! 理性で戦って、理屈で全てを当て嵌めて戦おうとしている。だからこそ……』

 

 

 

 

 

『あなたはいずれ……ユナに負けることになるわ』

「ッ!」

 

 それは、この戦いが始まってから雫が見せた一番大きな隙だった。

 

 白雫によって放たれる”首飛ばしの颶風”。

 

 それ自体は大したことがない。実際の質量が乗っていない虚の刃だったからだ。

 

 だからここで重要なのは、心に生まれた隙を突くように放たれた”首飛ばしの颶風”によって。

 

 雫が白雫に()()()()()()()()()()()()ことにある。

 

「しまっ……」

『これで終わりね。あなたの弱所は見斬ったわ。あなたは思った通り、限界を超えられなかった』

 

 

『急段・顕象』

天叢雲(あめのむらくも)──都牟刈村正(つむかりむらまさ)

 

 

 心の弱い部分を()()()()()雫に成立した急段を覆すことはできない。

 

 発生した因果を超越する神剣の斬撃が……

 

 

 雫を斬り裂いた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

「ここは……」

 

 恐らく意識が飛んだからだろう。夢界の出来損ないのような真っ白な空間に浮かんでいるだけの雫は一人ぽつりと呟いた。

 

 そして思い出す。自分が白雫の急段をまともに受けてしまったと言う事実を。

 

 

「私……これからどうすれば……」

 

 

 

 

「そんなこと決まっています。今すぐ私と戦いなさい!」

 

 

 そして雫が声がする方を見上げると……

 

 

 西洋剣を構えたユナが雫に向けて剣を振り下ろそうとしているところだった。

 

 

「きゃああああああ!?」

 

 思わず戦場では出さないようにしている女の子な悲鳴を出しながら全力で攻撃を回避する雫。

 

 そこで景色が一瞬で変わり、かつてユナと死闘を繰り広げたユナの内界の教会の大聖堂に雫はいた。

 

「えっ、何……ユナッ!?」

 

「いつまで寝ぼけているんです? 私達は今……」

 

 

 

「殺し合いをしている最中だと言うのに……」

 

 ユナの姿が消えたと思えば、一瞬で雫の前に現れ、そのバカげた膂力で持って西洋剣を力任せに振り切った。

 

「ちょっ、えっ、何。あなた本物? どういうこと? ねぇッ!? ユナとの戦いはもう終わったでしょ」

 

 かつてのユナとの死闘は引き分けで終わっている。そしてその後、二人そろって蓮弥の告白を受け、二人とも蓮弥の恋人になるということで解決したはずだ。

 

 だが、そんなことは知らないと言わんばかりに、ユナは雫に向かって膨大な魔力を叩きつけてくる。

 

「終わった? 何を言ってるんですか。もしかしてあなたはあの結果に納得しているとでも?」

「えっ……?」

「確かにあの時の戦いは引き分けに終わりました。けどだからと言って、何もかも、雫と分け合うことに納得したというわけではありません。私にだって独占欲はあります。だからこそ、蓮弥に私だけを愛してほしいと思うのは当然じゃないですか? そして……それはあなたも同じでしょう?」

 

 

 ドクン

 

 

「思い出してください。あなたが邯鄲の力を最も引き出した瞬間は、私と戦っている時だったという事実を……」

 

 

 ドクン

 

 

「あなたは冷静沈着で、物事を客観的に見る事の出来る思慮深さを持つ人ですけど……それだけではないでしょう。こと、蓮弥のことに関しては、一切妥協なんてできない」

 

 

 ドクン

 

 

「それとも許すことができるんですか? 蓮弥が私達二人ではなく、私だけを選び、あなたに別れを告げるという選択を取ることを。……私はやりますよ。あなたがこのまま腑抜けるようなら……私は容赦なく、蓮弥を独り占めします。誰にも渡しません!」

「ッ、ふざけないでッ、それだけは絶対に許さないッ!!」

 

 ユナの剣を強引に弾き返しつつ、雫はユナ相手に啖呵を切る。

 

 そんなことあってはならない。

 

 蓮弥が雫ではなくユナを、ユナだけを選ぶ世界があるなんて。

 

 もし仮に、そんなことがあり得るのだとしたら。きっと自分はとんでもないことを引き起こすと雫は理解しているから。

 

「なら……戦いなさい。欲するものがあるなら、時には力づくで手に入れなければならないことがあります。その時、理性だけの力では限界がある。人が真に自らの力を発揮するには、揺るぎない”渇望”が必要なのです!」

 

 

 ドクン

 

「そうですね。雫は少し真面目過ぎるくらいですから……」

 

 

 

「あの時みたいに、少し馬鹿になってみるのもいいかもしれませんね」

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

『なッ!』

 

 ずっと余裕の笑みを浮かべていた白雫が驚愕の顔を浮かべる。

 

 急段の一撃を受け、身体を斬り捨てられて地に倒れると思った雫が、不格好な姿で無理やり身体を起こしたのだ。

 

 

 体勢を整え、白雫の方を見た雫の目は今までより遥かに鋭い。そして……

 

「ああああああああああああああああああああ──ッッ!!」

 

 その場で雄叫びを上げる。

 

 空間を揺るがすような大声で発せられる獣を想起させるその叫び。

 

 それは、品行方正で真面目な優等生な雫ではなく、理性を捨て、本能のみで活動する獣……否、修羅の姿。

 

 雫の分身だからこそ、八重樫雫が絶対に取らない姿を前に、白雫は思わず怯んでしまう。

 

 雫はその場で壊されていた村雨を創形し、そのまま腰だめに構え……今までを遥かに超越する速度で白雫に突撃した。

 

 それは楯法・堅で肉体強度を強化してなお、反動で自傷するような()鹿()()()()()

 

 だがそれ故に、最高資質を誇る雫の戟法・迅(敏捷)の力を限界以上まで引き出し、ついに最高速度が音速の数十倍規模に突入する。

 

 そして八重樫雫らしからぬ雄叫びにより僅かな怯みを見せた白雫に躱せる代物ではなく、白雫は八重樫流も何もないただの刀を構えて特攻するだけという単純な攻撃により胴体を丸ごと消し飛ばされた。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

『そう、それでいいのよ。邯鄲の夢は真面目だけが取り柄の優等生には扱えない。時に後先考えずに馬鹿をやれる人間だけが深奥にたどり着ける』

 

 

 急段によって受けた傷と先程のなりふり構わない特攻による自傷によって割と満身創痍な雫が、上半身だけで宙に浮かぶ白雫の言葉を聞く。

 

「あんまり……長話しないで……くれるかしら。割と……限界なんだけど」

 

 現在雫は楯法・活による自己治癒能力の増幅によりなんとか立っているような状況であり、正直言うなら今にも倒れそうだった。

 

『あら、ごめんなさい。動かないでね』

 

 首だけになった白雫が印を結び、雫に治療の術をかける。

 

 それは本来雫では使えないレベルの術であり、重症だった雫を一瞬で回復させるレベルの代物だった。

 

「これは……」

『最後の試練を攻略したのに、その直後に力尽きるなんて残念なことにならないように、攻略を認めれた人間には治療が施されるような仕組みが大迷宮にはあるのよ。大迷宮を滅茶苦茶に破壊でもしない限り攻略者は皆受けられるわ』

 

 傷が癒えた雫はその言葉の意味を考える。それはすなわち……

 

「私は攻略を認められたという意味でいいのよね?」

『そうね、シュネー大迷宮の試練もそうだけど。今ここに、第六層『ギベオン』の試練の攻略を認めるわ。夢界はあなたを次の階層、第七層『ハツォル』へ誘うはずよ』

 

 神代魔法はもちろん、雫の魂が新たな階層に踏み込むことによって、雫はさらに力を引き出せるようになるはずだ。

 

『あとこれはアドバイスだけど、馬鹿をやるのもほどほどになさい。馬鹿が行き過ぎて手に負えなくなるなんて笑えないから』

「わかってるわよ。私がそんなことになるはずないでしょ」

『どうかしらね。自分のことは案外、わからないものよ』

 

 それだけ言い残して、白雫は消える。

 

 そこで周囲を見回すと、白雫が展開していた創界が解けて、元の氷の大迷宮の姿に戻っていた。

 

「さて……」

 

 雫が奥に進むと途中で合流できるようになっているのか、道の先で待っている人がいた。

 

「蓮弥!」

「雫。無事に攻略できたんだな」

 

 それが蓮弥とユナだと知った雫は、笑顔で蓮弥の元まで駆け寄っていき、そのまま抱き着いた。

 

「て、おいおい」

「えへへ、ちょっと甘えてみようと思って」

 

 蓮弥と二人、ないしユナを含めた三人になった時のいつもの雫と言えば雫だが、無理やりユナを押しのけるような形で割り込んだのには蓮弥もユナも目を丸くする。

 

「雫?」

「あの時の仕返しよ。散々言いたいこと言ってくれちゃって。私だって絶対に譲らないんだから」

「一体何の話ですか? それにいきなりなんですかッ、そこから離れなさい!」

「嫌よ♪」

 

 突然蓮弥の隣を取られたユナがその場所を取り返そうと雫に詰め寄るが、雫が蓮弥の身体ごとひらひら避けるのでユナと距離が離れる一方だ。

 

 その雫らしからぬ意地悪に戸惑う蓮弥だったが、その顔には曇りはないのできっと悪いことではないのだろう。

 

「雫。あなたがそのような態度を取るのなら私にも考えがあります。表に出なさい!」

「いいわ。今はちょっとやる気になってるから相手になってあげるわよ」

 

 ……悪いことではないはずだ。

 

 蓮弥はそこまで空気が重くないとはいえ、再びユナと雫の間でプチ修羅場が発生しそうになっている状況を何とかするべく、他のメンバーが来るまで必死に二人をなだめるのだった。




>第六層『ギベオン』の試練
邯鄲の夢を使いこなすために盧生に課せられた試練、その六層目。
夢界の攻略条件はおそらく個人毎で違います。雫の場合は『己の本能を目覚めさせること』
つまり、真面目な雫ちゃんが馬鹿になれるようにアシストしたわけです。邯鄲の夢は馬鹿にしか極められないので仕方ないですね。
ただし、馬鹿すぎて光の魔王のようになったら手に負えなくなる。


>ユナと雫
基本仲が良い二人だが、同時に恋敵でもあるのは変わらない。正妻戦争すると蓮弥が悲しむし、結果的に三人にとっても良くないことが起こることを二人は強制共感現象で把握しているからこそ普段は安定している。

例えるなら友好国同士で国交も非常に盛んだけど、潜在的にお互いに核兵器を向け合ってるところがある感じ。核戦争したら勝っても負けてもバッドエンドになるから絶対にしない。

蓮弥が雫を選ばずに、ユナだけを選んだ場合(注:ユナもですが、あくまで最悪のパターンの話です。ギャルゲーで蓮弥がわざと最悪の選択肢を選び続ければこうなるよというような感じ)

L1:表面上蓮弥の選択を尊重し納得するが、無意識領域に常時多大なストレスを溜め込むことになるので首飛ばしの風の威力が劇的に上昇する。
L2:雫が蓮弥の夢に現れて誘惑してくるようになる(ここで蓮弥が雫を抱けば、ユナとの修羅場を通して本作通りに戻る)
L3:謎の黒い影の出現により、街で夜な夜な犯罪者などの首なし死体が現れることになる。
L4:雫が己の所行を知り、絶望により夢の中で引き籠ることになる。
L5:夢から覚めずにそのまま死亡。その後、雫の絶望が第八等指定廃神を顕象させ、ユナ以外の自分を含めたトータスの知的生命体全滅。ユナは再び聖十字架に封印。雫は集合的無意識で蓮弥と再会し、ずっと側にいることになる。

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