ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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更新遅くなってすみません。
白状するとボックスガチャというものを無我夢中で回してたら、いつのまにかこんなに日数が経っていたという。

あと魔王学院の不適合者のアニメが無事最終回を迎えました。かなり面白かったです。さすがアノス様。
正直アニメと主人公の完成度としてはありふれより断然上だと思うので二期希望。

というわけで今回はティオのターン。

思ってたよりシリアスになった上に、奴の影がチラつくことに……


ティオの試練

 氷柱のある部屋の一つにて。

 

 純白の髪と着物に彩られた己の虚像と相対したティオは……己の影を前に手も足も出ていなかった。

 

 

『どうしたのじゃ、お前さんや。随分余裕がないのぉ』

「くッ、まだこれからじゃ!」

 

 挑発に乗るわけではないが、このままでは負けることがわかっているティオは、最大規模の竜の息吹の準備を始める。

 

 展開される魔法陣に黒炎が集まっていく。現在ティオが使える限界まで溜めた黒炎をビーム状に束ね、白ティオに向かって放つ。

 

『無駄じゃぁ!』

 

 白ティオが同じく白炎のブレスを発動する。だがその規模は大きな違いがある。ディオの黒炎があっさり白炎に飲まれ、ティオに迫る。

 

「くッ……」

 

 ティオはギリギリ避けることで危機を回避したが、その力の余波で大迷宮の壁に大穴を空ける。生半可な攻撃では傷一つ付かない氷壁を一撃で破壊する。現在挑戦者の中ではおそらく蓮弥以外できなかったであろう所業。

 

『よかったのぉ。この試練が純粋な戦闘力を計る試験でのぉて。そうでなければ今頃お主は……跡形もなく消え去っておるわ』

 

 白ティオがなぜそんなことをできるのか。その理屈は単純明快。

 

『これでわかったじゃろ。お主では龍神の力は扱えぬ。だからこそ、お主とは違い、龍神の力を十全に使える妾には決して勝てはせぬのじゃ!』

 

 それは強大な魔力。現在ユナに次ぐ桁違いの魔力を十全に扱っているからこその破壊力。

 

 

『…………』

 

 その一方的になりつつある戦いを、ティオと白ティオの間に浮いている龍神『紅蓮』だけが静かに見つめていた。

 

 

 ~~~~~~~~~

 

 ティオとて現状のまずさはわかっている。

 

 まだ竜化すらしていないのにこの力の差。これがもし、竜化にまで発展したらおよそ手が付けられなくなってしまい、自分は最後の大迷宮を無惨な結果に終えることになる。

 

 

 だからこそ、この状況を覆すためには、ティオもまた龍神から与えられた魔力に手を出すしかない。

 

 

 だが……

 

「…………ッッ!」

 

 力を引き出そうとして手を止めてしまう。

 

 いつもそうだった。龍神『紅蓮』よりその力を授かった後、ティオは旅の道中、幾度もその力を制御するために訓練を行った。だが、その力に触れるたびに湧き出る強大な力と共に、理性が吹き飛びそうになる。

 

 

 湧き上がる強烈な破壊衝動。

 

 

 まさに純粋な力の塊。それを前に、ティオは一歩踏み込むことができない。

 

 

 なぜなら……

 

 

『そう、お主もわかっておるじゃろう。それは純粋な力の塊。暴力衝動の権化よ。今の主がそれに触れたら最後、たちまち理性と知性を喰いつくされ、お主は世界に厄災をまき散らす邪龍と化してしまうじゃろうなぁ』

 

 白ティオは嘲笑を浮かべる。この力を前に躊躇してしまうティオを、愚かな目で見つめながら。

 

『じゃが、こうも一方的では張り合い甲斐がない。先ほどから観戦しておられる龍神様も退屈してしまうというもの。どれ、妾がこの力の使い方をレクチャーしてやるとしようかの』

 

 

 

 

『そもそもじゃ。我らは自分達のことを誤解しておったのよ』

 

 

 そう言って、白ティオはティオの過去を振り返る。

 

『かつて妾達竜人族は、無力な者、弱き者を庇護してきた。妾達が築き上げた国は最強にして、最高の国と謳われ、弱き者も強き者も、種族も貴賤も問わず、あらゆる者達が共存繁栄した地上の楽園となった』

 

 かつて、ティオの先祖達はその力を平和のために使った。

 

 弱き者がいれば助け、邪悪な者が現れれば誰よりも勇敢に戦った。

 

 もちろんその道は決して楽な道のりではなかった。

 

 

 正しいことは苦しいのだ。誰しも胸を張って、世界に堂々と生きられるのなら、世界から争いなどなくなるし、より栄えた世界になっていることなど本当は誰でもわかってはいる。だが、その苦しい生き方を続けられる者はそうはいない。

 

 心無い者から幾度も否定された、夢でも見ているのかと、何度も何度も侮辱され、見下され、バカな夢に幾人の竜人族が命を捧げた。

 

 

 だが、長命である竜人族はその理念を途切れさせることなく貫き続けた。幾十年と、幾百年と。

 

 

『そして妾達は、侮蔑の対象であった竜人族は……世界の守護者、平和の紡ぎ手、真の王族と呼ばれ、畏敬の念を集めるまでになったのだ。くくく、実に、実に……』

 

 

 

 

『実に……愚かしいことじゃったのぉ』

「……何じゃと?」

 

 今まで相手の攻撃に対して、対処するので精一杯だったティオも流石にこの言葉には反応した。

 

 

「今……何と言った?」

『何じゃ、伝わらなかったのかのぉ。我が先祖も、そのまた先祖も、皆纏めて阿呆じゃと申したのじゃ』

「ッ貴様ッ!!」

 

 ティオが真・竜化を行う。動き出した竜の心臓によって無尽蔵に龍気は湧き出し、ティオに力を与える。だが白ティオは何ら焦ることなく、己も白き竜へとその身を変化させた。

 

 ”貴様ッ、その言葉だけは許さぬぞッ! それは我らの、平和を願った我らの先祖全てに対する侮辱である!! ”

『侮辱……侮辱のぉ。…………侮辱しておるのはどちらじゃッ!』

 ”なっ!? ”

 

 真・竜化を行った白ティオも竜の心臓によって龍気の生成を始めるが、やはりと言うべきかその力の差は桁違いだ。

 

 どちらも無尽蔵のエネルギー生成装置を持っていながら差があるということはすなわち、その装置の……竜の心臓の出力が違うということ。

 

 一度に生み出す力の量が違うがゆえに、時間が経てば経つほどその力の差は広がっていくことになる。

 

 

『まだわからぬのか? いや、本当はわかっておるはずじゃ。妾はお主なのじゃからな。この力を手に入れた時、お主は竜という存在の本質を知ることになった。そこにおる龍神様に問うてみればよい。かつての竜人族が、いかに愚かな行動をしておったのかのぉ』

 

 その膨大な魔力を纏いながら、真・竜化状態の白ティオはティオに突撃する。その速度は今までと比較にならず、その質量ゆえに、直撃すればいかな相手であろうと一撃で沈めるだけの破壊力を秘めていた。

 

『なぜじゃ!? なぜ我らが神に唆されたくらいで靡くような、知能の低い劣等の猿のために犠牲にならなければならなかった!? 世界の守護者と呼ばれて気持ちよかったか? 世界の平和とやらを守って、平和の紡ぎ手などと気取って、人々から褒め称えられるのはッ、それほど心地よかったのかのぉ。……下らぬ。どいつもこいつも、そんな日和った阿呆な思考をしておるから我ら竜人族は、太古の先祖が磨き、研ぎ澄ませ、受け継いできた爪も牙も抜け落ちて、失のうたのじゃ!!』

 

 黒と白の真竜の戦いは空中戦に突入した。体当たりを応酬し、時にブレスの打ち合いを行うような激しい戦いはやはり白竜が優勢だった。

 

 

『今の妾にはよくわかる。今の竜人族がいかに腑抜け劣化し、弱くなっておったのかがッ。竜とはッ、この世界で最も強く、尊き絶対者。この世にあって超えることなき至高の生物であり、世界の我儘。人々から恐れられ畏怖されてこそ竜。守護者ではなく、支配者こそがその本質。我らは人間を保護するのではなく……愚かな人類を支配するべきだったのじゃ』

 ”なっ、ふざけるでないぞ! それではかつて神に扇動された人々の言う通り、ただの狂暴な魔物ではないか! ”

 

 白ティオは言う。自分達はそもそも生物としての規格からして違う生き物だと。だからこそあの時、自分達は弱き人々を庇護するのではなく、支配するのが正解だったのだと。

 当然ティオは認められず反論しながらブレスを放つが、そのブレスは白竜のブレスに容易く飲み込まれてしまう。

 

 己の影の強化が止まらない。つまり……白ティオの言うことに、ティオは内心、納得しているところがあることの証左だ。

 

 

『それでも人間に裏切られて、無様に滅びかけるよりはずっとよいわッ! 絶大な力を振るい、世界に破壊をもたらす。要は人々にとっての天災のようなものよ。そしてだからこそ、人々は竜を恐れ、敬い、自ら頭を垂れて我らに許しを請う。我らに逆らうくらいなら神への信仰すら捨てるほどの絶望と恐怖で猿共を支配する。それこそが世界のあるべき姿よ……』

 ”それでは……世界の方が持たぬではないか……”

 

 その声は弱弱しいが、正しい。今の白ティオクラスの力を持った竜が好き勝手暴れればトータスという世界自体が持たない。

 

『確かにのぉ。我ら竜が気ままに破壊を続ければ、いずれ世界の方が持たなくなるのは道理よ。じゃが、そうはならなかった。なぜなら、そのために龍神様はおったのじゃから。超越者の中の超越者。竜ではなく龍。世界の破壊と創造の秩序を保つものである紅の龍神がの』

 

 それは少し奇妙な話だった。なぜならそんな話、ティオは知らない。いくら大迷宮であろうと本人も知らない情報を話すことなどあり得るのか。

 

 

『おそらくお主の中の龍の因子が知っておるのだろう。あやつはお主の影であり、お主が見えていないものが見える者なのだ。ならお主が知らぬことも知っていることも道理よな』

 ”龍神様? ”

 

 空中に浮かんでいる龍神の赤珠がティオに語り掛ける。この戦いが始まってからひたすら静観し続けていた龍神が、なぜ今になって語り掛けてきたのか。

 

 

『なるほど。先ほどからお主等の話を聞いて我が眷属に何が起こったのか、およそ把握することができた。お主等は……人の血が濃くなりすぎたのだな』

 ”龍神様? ”

 

 龍神の声に嫌な感覚を覚える。まるで、まるで自分が信じてきたものが崩れてしまうような、そんな予感が。

 

 そして、そんなティオに気を使うこともなく、龍神は声を上げる。

 

『認めようぞ。確かに、お主の影の言うことには一理ある。本来、竜とは災厄の化身であり、人にとっての悪に属するもの。それゆえに人に試練や苦難を与えることはあっても、人を救うものではない』

 

 それは……ティオにとって聞きたくない言葉だった。

 

 本来旅の一行の中でも跳び抜けて安定していたティオの精神。それは人生の大半を暗闇の中で過ごしたユエや、長きに渡って聖遺物の中で過ごすことになったユナとは違う、生きた年数相応の経験を積み、英知を蓄えたが故の高潔で強固な精神構造だったのだ。だが、ハジメ達と旅をする上であまりにも自分の常識が通じない出来事に遭遇しすぎた。

 

 

 世界各地で封印されている大災害と呼ばれる超越存在。森の大迷宮にて出会った、自分が知る人間の規格を遥かに超越した狂気を抱く人間の怨霊。異世界から飛来した本物の悪魔のおぞましさ。それらの常識のスケールが二つも三つも違う存在によってティオの価値観は揺さぶられることになっていた。

 もちろん自分達が世界の全てを知っているなどと傲慢になったことはないが、それでも世界は広く、自分達がいかに狭い世界で生きていたのか思い知らされずにはいられなかったのだ。

 

 

 そして止めになったのが、ティオに与えらえた龍神の魔力。その力はティオの精神力をもってしても容易に操れる代物ではなかった。

 

『すまぬな。お主に出会った時、我は我が眷属の状況を理解しておらぬかった。故に深く考えずに力を与えたわけだが……今のお主らではこの力を使うのは酷であろう。竜とは孤高なるもの。故に竜の力とはすなわち、世界に己の我を通す力のことを指す。他者のためにという理由で力を振るう者とは性質からして違う』

 

 要は脳の構造上の問題。現代の竜人族のように、誰かのために奮起し、力を高めるという性質とは相反するもの。

 

 竜が暴れるだけで世界の秩序が壊れる。それほどの強大な力を振るうにはそれ相応の傲慢さが不可欠。今のティオにはそれがない。

 

 龍神の言葉に呆然としているティオを白ティオは嘲笑する。

 

『わかったじゃろ。誰かのために力を振るうなどという腑抜けた今の竜人族に龍神様の力は扱えぬ。気に入らぬものを力で捻じ伏せ、屈服し、支配する。その心意気が無くては力に飲まれて終わりよ』

 

 

 白ティオが龍気を纏ってこちらに突っ込む。龍気を纏うだけでその肉体そのものが凶器へと変わり、ただの体当たりですら相手を砕く致命の一撃になってしまう。

 

 ティオは吹き飛ばされ、床に転がされる。受けたダメージにより人型に戻ったティオに対し、同じく人型に戻り嗜虐の笑みを浮かべた白ティオが何度も何度もティオを踏みつける。

 

「がはぁ! ああああああああ!!」

『どうやらここまでのようじゃの。妾が貴様になった暁には、この世界に真の竜の民を蘇らせてやろう。エヒトを信仰する者など暴力で蹂躙する。残りの一族にも力を取り戻させるために妾が調教すればそれも容易いじゃろう。……そうじゃ、南雲ハジメも妾好みに調教してやるとしよう。骨の髄までどちらが上でどちらが下かをわからせ、あ奴に強力なアーティファクトを作らせれば、我らに敵などおらぬ。エヒトを倒し、我ら竜人族こそ世界の覇者となる日が訪れるのじゃ!』

 

 

 高笑いを浮かべる己の影を前にして、ティオは思う。

 

 

 こんなものが、竜人族であっていいわけがないと。

 

 

 だが、同時に完全に否定しきれないのも事実。

 

 

(妾達は……間違えたのか?)

 

 

 過去の悲劇。それに涙し、神への怒りに奮起することはあれど、今までティオは先祖達の在り方に対して疑いを持ったことは一度もなかった。

 

 人々に裏切られ、滅びに瀕したことは運命。それを教訓とすることはあれど、過ぎたことを現代まで引っ張ることはない。少なくともティオはそう割り切れているつもりだったのだ。

 

 だが、龍神の力を手に入れて思うのだ。

 

 もし、竜人族が竜としての力を十全に扱えていたのなら、あの滅びは避けられたのではないか。

 

 もしも人々を庇護するのではなく、支配する形で管理していれば、あの美しかった国は今もなお栄えていたのではないか。

 

 優しかった父と母は、今も生きていたのではないか。

 

 他ならぬ龍神自体が認めた。今の竜人族の在り方は、本来の竜の在り方とは程遠いと。

 

 

 なら、他者のためにと身を粉にして戦った先祖が間違っていたなどと言われれば。

 

 

 

 

 竜であることのどこに誇りを持てばいい。

 

 

 

『どうした……もう終わりか』

 

 龍神がティオに向かって言葉を放つ。

 

 

『その昔……そうだな、エヒトという小僧がこの世界に流れ着く前の時代。我は世界の秩序だった。竜とは力の塊。だからこそ、その力をありのまま振るい続ければ、世界は長くはもたぬ。故に、世界の調停者として我が産みだされ、我が世界の秩序から外れすぎた竜を破壊することで世界の均衡は保たれた』

 

 

 だがな、と龍神はその先を語る。

 

『思えば我も疲れていたのかもしれぬ。とある人間に諭されてな。我らの中に人間の血を混ぜたのだ。混ざりあったその先に、我の知らぬ未知があると信じてな。立てッ、ティオ・クラルス。お主が望む答えなど我は持ち合わせぬ。その答えはお主の中にしかない。思い出すがよい。お主の原点を』

 

 原点。その言葉を聞き、ティオは昔のことを思い出す。

 

 

 父、ハルガとの最後の記憶。

 

 

 竜の国の最後、そして惨殺され、磔にされた最愛の母、オルナ。

 

 

 それを見た時、ティオは一度獣に堕ちかけた。

 

 

 そんなティオを止めたのが、父の言葉だった。

 

 

『我等、己の存する意味を知らず』

 

『この身は獣か、あるいは人か』

 

『世界の全てに意味あるものとするならば、その答えは何処に』

 

『答えなく幾星霜。なればこそ、人か獣か、我等は決意もて魂を掲げる』

 

『竜の眼は一路の真実を見抜き、欺瞞と猜疑を打ち破る』

 

『竜の爪は鉄の城壁を切り裂き、巣食う悪意を打ち砕く』

 

『竜の牙は己の弱さを噛み砕き、憎悪と憤怒を押し流す』

 

『仁、失いし時、我等はただの獣なり』

 

『されど、理性の剣を振るい続ける限り──我等は竜人である!』

 

 

 竜人族に遥か昔から伝わる言葉。己が先祖達は、その言葉を胸に、己の中に潜む獣を殺し、理性を持って誇り高き竜人としての道を歩んできた。

 

 

 今もなお、何と言われようともティオは先祖が歩み、築き上げてきたものが間違っているとは思えない。

 

 

 仁を以て、理性の剣を振るってきたからこそ、かつて竜の国は栄え、世界で最も美しいと言われる王国を築き上げることができた。

 

 

 

 だが、それだけでは足りなかったのだ。

 

 

 

 龍神と己の影は言う。

 

 竜人族は理性を重んじるあまり、竜が持つ原初の本能と力を捨て去った。その結果、悪しき力に抗うための爪と牙を失い、滅びに瀕することになったのだと。

 

 

 理性と大義なき竜はただの災厄を齎す獣だが、本能と力なき竜はただ無力なだけだ。

 

 

 ティオとて無力は知っている。もしあの日、あの時力があれば。国を、民を、そして愛する両親を守れたと思わずにはいられない。かつて竜はそれだけの、それを可能とするだけの力を持っていたと知ったのならなおさらだ。

 

 

 故にティオは己の影の言葉を否定しない。

 

 

 認めよう。己は誇り高き竜人であるのと同時に、破壊と災厄を齎す竜でもあるのだと。

 

 

 ならばどうする。理性があっては力は振るえず、力がなければ道は開けない。だが理性なき力に、もはや大義はない。

 

 

 ならば、やることは一つだけだった。

 

 

 

 

『ほう……ようやく決心したようじゃのぉ。己が本能に身を任せると』

 

 白ティオが愉悦を浮かべながら立ち上る巨大な魔力を解放しているティオを眺める。

 

『そうじゃ、己が竜の本能に飲まれるがいい。そなたが思うておるより心地よいかもしれぬぞ』

 

 

 白ティオの嘲笑を受けたティオは必死に己が内から浮かび上がってくる竜の本能に飲まれまいと耐える。

 

 

 ティオが選んだ道は一つ。すなわち理性を持ちながら龍神の力を使うということ。両者の主張どちらも正しいと判断し、それを踏まえ、新たな第三の道を歩むという決意。

 

 

 だが、そう簡単にいけば苦労などしない。もとより龍神の言葉通り、竜の本能と竜人の理性は水と油。本来相容れぬ関係にある。

 

「くぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 やはりこのままでは理性が竜の本能に飲み込まれる。そう判断するティオ。

 

 

 本来相容れぬものを両立させるという無茶を行っているのだ。

 

 

 なら、何か。その無茶を道理に替える何かが必要になる。

 

 

 

 

 

 

 ならばどうする? 

 

 

 

 お前はその力を手に入れるために……いったい何を代償に払う? 

 

 

 

 我の産み出せし龍の末裔にして継承者よ。

 

 

 

 さあ、お前の覚悟をみせてみろ。そして……

 

 

 

 我を興じさせるがいい。

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■■■■(Program_No.1)の使用申請の審査を実施──

 

 

 

 審査完了──判定

 

 

 

 その使用を許可する(アクセプト)──

 

 

 

 

 

 

 

 

どうか聞き届けたまえ紅の龍神よ……ここに我が祈りを誓いとして、御身に願い奉る

 

 

 ティオの身体を中心として魔法陣が展開される。

 

 

 力ある者が弱者を虐げるのは何故か。人によって諸説あるだろうが、ティオの持論は強者であるほど痛みに鈍感になるからだと思っている。生物として強くなればなるほど、痛みという事象とは縁遠くなっていく。痛みがわからないから、相手の苦痛に共感できない。

 

 エヒトなどその典型だろう。昔はそれなりに人を想うことができていた神も、長く生きすぎたがゆえに痛みを忘れ、地上の人間を玩具として弄んでも心が何も痛まない。

 

 

 龍神の力とは世界の我儘。それすなわち、その力を振るえば容易く人の運命を捻じ曲げられるということ。

 竜として強くなればなるほど、痛みを忘れ、他者に共感できなくなっていくと言うのなら。

 

 

我が生涯は、常時痛みと共にある。理性なき力こそが我が禁忌。守るべき者を守るために、我に戒めと力を与えよ

 

 

 着物をはだけたティオの背中に焼印の紋章が刻まれていく。

 

 

 刻まれる竜の紋章。それはティオの覚悟の証。

 

 

 その紋章がティオに常時痛みを与え続ける限り、ティオは暴竜へと堕ちることはない。

 

 

 魂魄昇華複合魔法『竜の制約』

 

 

 その魔法の完成と共に、ティオの力が急激に膨れ上がっていく。

 

 

『馬鹿な。龍神様の魔力を、堕ちることなく制御したじゃと!?』

 

 

 白ティオの顔に驚愕が浮かぶ。そしてそんな間抜け面を晒す自らの影に、ティオは笑みを浮かべる。

 

「”真・竜化”」

 

 龍神の龍気がティオの身を包み込む。ティオの魔力光である黒と紅が交じり合った魔力がティオの竜身を新たな姿に変えていく。

 

 

 角や牙、爪はより鋭利なものに、その身に纏う鱗はより強固に。そしてその瞳には暴力的な龍気に似合わない、理性と知性の色をありありと残している。

 

 

 ”ゆくぞ、我が影よ。暴力に溺れるだけの力がいかに脆いか。お主に教えてやろう”

『!? 舐めるな! 暴力こそ竜の本質。妾こそが、真の竜じゃぁ!!』

 

 

 同じく竜化した白ティオがブレスを溜める。ティオと白ティオの力は現状互角。

 

 なら後はティオの心次第。己の道にどれだけ殉ずることができるのか。

 

 だがそれで言うなら。既に決着はついている。

 

『ぐぅ、力が……なぜ本能のままに力を振るう妾が負けるのじゃ!?』

 

 膨れ上がるティオの龍気に対して、萎んでいく白ティオの力。本能に順応し、その力を引き出しているはずなのに、理性を残したまま力を振るうという中途半端なことをしているティオに負けるというのが白ティオには理解できない。

 

 

『ふん。決まっておろう。お主の竜としての在り方は確かに間違ってはおらぬ。だが我は一理あると言っただけでそなたの全てを認めるとは言っておらぬ。……その在り方に我は既に飽きておる。己に生涯消えぬ縛りを設けてまで、弱き者を守護すると誓ったあ奴の覚悟。我もあ奴の未来が見とうなったわ』

 

 

 龍神が白ティオを否定する。その在り方は正しいが、同時に太古の昔に消えた旧時代の遺物だと。古い理に縛られるティオの影と、龍神に新しい竜の在り方を示すと誓ったティオのどちらを龍神が支持するのかは明白だった。

 

 

 ”真竜殲滅獄炎大砲(ドラゴニア・テオブレス)!! ”

 

 

 竜化状態のティオが放った真なる竜の吐息(ブレス)に対抗するために白ティオも吐息(ブレス)を放つがその差は既に歴然。

 

 微塵も拮抗することなく、白ティオは黒炎に飲み込まれて消滅した。

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

「……ふぅ」

 

 静寂が戻った氷柱の間にティオの息遣いだけが響く。

 

 竜化を解き、竜人の姿に戻ったティオは現在上半身着物がはだけている状態だった。

 

 その背中には今も、竜の紋章が赤々と輝いている。

 

『懐かしいな。なんという名かは忘れたが、昔はお主のように魂に縛りを設け、力を増幅させるという能力を使うものがそれなりにおったものよ。……後悔はせぬか? それは生涯消えることはないぞ』

 

 

 ティオの背中の紋章は今もティオに断続的に痛みを与え続けている。痛みを忘れないという縛りで力を得たのだから、一瞬痛みを感じて終わるわけがない。

 

 だが、ティオはそれでも龍神に笑みを浮かべる。

 

「なに、心配するでないぞ龍神様よ。妾は痛みに強いのでな。妾にしたらむしろ心地よいくらいじゃて」

『……お主がそれでよいなら、もはや何も言うまい』

「さて、他の仲間達は無事なのかの。早く合流せねばな」

 

 

 代償を払いつつも試練を乗り越えたティオは仲間達のことを想う。

 

 

 此度の試練は想像以上に困難だった。精神力に自信のあったティオですら苦戦したのだ。ハジメ達とて無事では済まないかもしれない。

 

 

 そしてその予感は当たることになる。

 

 

 この先に語られるのは、此度の大迷宮にて最も苦戦することになる。

 

 

 己の想いに悩みを抱えている、三人の物語である。




ティオについての考察

原作ありふれでは精神力チートと言われた人。原作だと氷雪洞窟の試練を自分を客観的に見るための鏡として利用したりしているが、本作では大災害や異世界から来た逆十字の怨霊や異世界の悪魔などの自分の英知が及ばない規格外な存在が立て続けに現れたことで余裕がなくなる。

竜の本能と力、竜人としての理性と誇りを天秤にかけた結果、彼女は己に縛りを掛けることで両方を立てる道を選ぶ。

そこまでする必要があるかとか言われそうですが、そこまでしないとティオは完全にインフレから置いていかれるので仕方ないのです。


本作の竜人族は紅蓮の存在によって原作の設定とは大きく乖離している設定の一つですが、その強さも昔の方が圧倒的に強かったと言う設定。
守護者としての使命に誇りを持ち、理性を重んじたがゆえに竜の爪も牙も退化してしまった。もしエヒトによる竜人族迫害時に古代の力を持ち続けられば、神の使徒ごと教会勢力を逆に押し潰して竜の恐怖が神への信仰を超えることで調停することができた。

余談だが、神エヒトはこの時、竜人族の滅亡による紅蓮覚醒という特大のガバをやらかしています。もし竜人族が神への憎悪を胸に死んでいた場合、その怨念の声に導かれて紅蓮は目覚め、トータスに多大な被害を出しつつも、神域ごとエヒトを消し飛ばしていた可能性あり。


>魂魄昇華複合魔法『竜の制約』
ティオが作り出した魂魄魔法と昇華魔法の複合魔法。
己の魂に制約を設けることで魂の力を引き出し、それを昇華させることで己の力に変え、龍神の力を制御することができる。

とティオ自身は認識しているが龍神『紅蓮』の認識では、昔流行った懐かしい能力らしいが、その正体は……


>ティオの■■
『その身に常時痛みを伴う』という縛りに対し、『理性を損なうことなく龍神の力が使えるようになる』というもの。

ティオの身に襲う痛みの強さはティオがどれだけ力を使うかによって比例する。
その痛みは魔力を一切使わない生活を送れば、日常生活を送れるレベルに抑えることができるが――それでも特性として痛みに強いティオ以外にとっては数日で強い薬に逃げるレベル――龍神の力を使えばその苦痛は跳ね上がる。
それはティオの覚悟。生物としての位階が上がり、他者の痛みに鈍感になっていけば、どんな高潔な人間でもいずれ傲慢に変わっていくと言うもの。だがそれは竜人族として誇りある生き方をしてきたティオにとっては耐えがたいものだった。だからこそティオは痛みを忘れない。痛みが狂気に走りそうなティオの心を守り、彼女を無辜の民を虐殺する邪龍へと落とさせない。

なお、この力はProgram_No.1というシステムに属する力らしいが、詳細不明。

同時にもしティオがその縛りを破った場合、どのような反動が来るのかも不明だが、元となった力を思えば碌なことにならないのは明白。

あらゆる概念を破壊する蓮弥の創造だが、現状の蓮弥の力ではティオの■■を破壊することは不可能。そしてそれはこの力が蓮弥よりも上位の存在が元となる力である証でもある。


次回は最難関三人衆の内の一人、シア・ハウリア。

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