リアルの都合とか色々あったけど、なにより自分は美少女を言葉攻めして精神崩壊させて愉悦に浸る趣味はないことに気付きました。
ハジメや光輝の時はすらすらかけたのにユエ回で苦戦したのがその証拠。
と言うわけでユエのメンタルフルボッコタイムが始まります。
捏造増し増しのユエの過去もちょっとついてくるよ。
~~three hundred years ago~~
火の粉が戦場を血で染め上げる。
それは悲鳴と、怒号と、恐怖と、絶望。
この世のありとあらゆる阿鼻叫喚を詰め込んだ、逃げ場のない絶望の檻。
絶えず響く絶望のオーケストラが戦場を彩り、絶えることはない。
「クソ、クソッ、ちくしょうッッ。どうして、どうしてこんなことになった?」
彼はある国に戦争を仕掛けた、その当時溢れていた戦時国の兵隊の一人だった。
その時代は群雄割拠する戦国時代。南大陸の覇権をかけ、どの国も我こそはと戦旗を掲げ、戦に明け暮れた暗黒時代。
彼が所属していた国もその国の一つであり、領土拡大のために約五千の兵士を率いて今まさに戦いを始めようとしたところだった。
そう、ついさっきまで、彼と仲間達は戦を始めるところだったのだ。
ある者は益荒男との血沸き肉踊る戦いを想い武者震いに震え、ある者は初となる戦場に緊張を覚え、先輩に励まされながら士気を高める。中には国を攻め落とした後に得られるであろう栄光や戦利品を皮算用して愉悦を覚える者もいた。
負けるつもりで自ら戦を仕掛ける国など存在しない。当然その国も勝つために戦争を仕掛けたのだ。
兵力五千は、北大陸の国よりも平均人口が少ない傾向にある南大陸の国としては中々の軍勢だと言える規模を誇っていた。
そして北大陸の人間よりも、基本性能で優る南の国の兵士である以上、兵士の質も北の国とは比べ物にならない。新兵こそいるが、それでも弱卒など一人もいないと自負するだけの力を持っている国。それが彼の所属する国であった。
そしてこれから相手をする国は……南大陸に属する国の中でも、最も最小の種族が起こした国だった。
南大陸最西端に位置するその国は、南大陸最古の王国の一つ。神代の頃より存在する歴史と伝統だけが取り柄の国という認識であり、兵の数も自国の半分にも満たない。
戦争とは数なのだ。それは基本能力が高いはずの南大陸の住人が、圧倒的に数で優る北大陸を制覇できていない最大の理由だ。つまり、彼の所属する国も十二分に勝機がある。
……あったはずだった。
「なんだよ……これ……」
全ては一瞬の出来事だった。間もなく敵国との交戦領域に差し掛かろうとした時。
先頭部隊が国境を超えたその時、敵国上空に突如巨大な魔力が前触れもなく出現した。
「馬鹿な……なぜこれほどの巨大な魔力が突然ッ!」
軍を率いる隊長が驚愕の声を上げる。
それは巨大な魔力を使うような大規模魔法の行使には、それ相応の巨大な魔法陣が必要であり、それ故に魔力の感知で察することができると言う当時の戦争の常識を破るかのような出来事。
「──"緋槍・千輪"」
それは鈴を鳴らすような少女の声。
その少女の命令を受けた膨大な魔力が、千を超える炎の槍へと転じ、自分達の部隊に対して牙を向こうとしている。
「しょ、障壁展開ッ! 対炎属性を──」
軍団の指揮官が慌てて対策しようとしているがもう遅い。
目の前に展開されているのは対軍用殲滅魔法。本来その魔法陣の構造の複雑さと規模の大きさ、そして使用する膨大な魔力から数十人単位で長時間詠唱を行ってやっと使うことのできる大魔法なのだ。
そんな魔法をほぼ不意打ちで放たれて……防げる道理などどこにもなかった。
だからこそ、その兵士の周りは一瞬で地獄絵図へと変わる。
つい先ほど意気揚々と話をしていた仲間達が炎上し、苦痛の叫びを上げながら物言わぬ屍へと変わる。
生き残ったのは彼を含めた隊の内ほんの僅か。それも無傷ではない。その悲惨な惨状はむしろ運悪く死に損なったと言った方が正しい。
「うっ……ぐぅ……あぁ」
そして、もちろん彼も空から降り注ぐ炎の槍の洗礼を受けた。直撃こそしなかったものの、着弾時の爆炎に巻かれ、全身に大火傷を負った状態で蹲っている。周囲の生き残りも、皆同様の惨状であり、部隊についてきていた治癒師達は揃って即死していた。
「クソッ……クソォォ……」
彼の命はほんの僅か、だからこそせめて自分を殺した者の顔を拝んでおこうと思ったのだ。
そして死に体の彼が見た場所には、一匹の美しい鬼がいた。
豊かに波打つ金色の髪。神秘の火を結晶化させたような紅玉の瞳。夢のようにほんのり赤みを帯びた頰。フリルたっぷりの素敵に美しい真紅のドレス。
美という観点で言えば非の打ちどころがない、ビスクドールのように美しい美少女。
だが、彼にはすぐにわかった。目の前の美しい少女が人ではない化物だということを。
その身に纏う膨大な魔力。先ほど大魔法を行使したばかりだというのに他の大魔法にて他の部隊を蹂躙し続ける魔法の技量。
それら全てが彼にとって考えられないレベルではあったが、何より気になったのがその目だった。
現在進行形で数千人もの人間を一方的に虐殺しているにも関わらず、彼女の目には感情が宿ってはいなかった。まるで作業のようにひたすら魔法を軍隊に向けて打ち込んでいる。
悲鳴だって聞こえているだろう。目の前で火達磨になる人間、粉々になる人間、潰されていく人間など視界にいくらでもいるはずなのに、彼女はまるで自分達を羽虫を潰すかのように冷酷に屠っていく。
その精神性、それを何となく理解したからこそ、彼女のことを鬼だと思った。
確かに彼の国が戦争を仕掛けた国は鬼神の国とは聞いている。吸血鬼という、最も数が少ない種族でありながら、最強の地位を欲しいままにしている彼らだからこそ、彼らを倒せば南大陸の覇者になれると勇んで戦争を仕掛けたのだ。
だがまさか、彼の国の若き女王が、ここまで力でも精神でも"化物"だとは思っていなかったのだ。
「化物め……」
戦争で負けたのならまだ救いはあった。殺すために戦争を仕掛ける以上、敵国の抵抗により自らの命を失う覚悟はしていたのだ。
だがこれは戦争ではない。一方的に攻撃され、仲間が蹂躙されるのに、こちらが苦し紛れに攻撃し、その攻撃が当たったとしても、あの化物はすぐに傷を治してしまう。
これは断じて人間同士の戦争ではない。人が殺戮兵器にひたすら殺され続ける、怪物が主役の一種の
おまけに相手に何の感情も感じられないのであれば、殺された者も報われない。
「お前の生に呪いあれッッ。俺はお前を許さない!!」
彼が死際に放った呪詛が、美しき金髪の鬼に届いたかは定かではない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
~~現代・シュネー雪原、氷雪洞窟氷柱の間~~
現在ユエは、七つの大迷宮最期の試練に挑んでいた。
『ごきげんよう、私。随分顔色が悪いけど、そんな状態で試練に挑んで大丈夫なのかしら』
そう言ってユエの目の前の虚像は怪し気に笑う。
ユエもまた、他の仲間達と同じように自らの虚像に向かい合う。仲間達と話をしていたのだが、やはり最後の試練は自分との戦いだったとユエは最大限警戒する。
『そう警戒しないでくださいな。少なくとも私は、いきなり問答無用で戦うつもりはありませんよ』
「……その喋り方きもい」
『かつてのあなたの口調ですよ、アレーティア』
「……その名前で呼ぶな」
ユエは嫌悪感を隠そうともしない。その口調、仕草、全てがかつての自分を思い起こさせるものばかりだからだ。
ユエの嫌悪感を隠そうともしない表情を見て、
『はて、困りましたね。あなたをアレーティアと呼んではいけないのならば、なんとお呼びすればいいのですか? まさかとは思いますが、ユエなどという赤の他人につけられた偽名で呼べとは言いませんよね?』
「ハジメは……他人じゃない」
『他人ですよ。所詮血の繋がりもない薄い関係です』
違う、とユエは叫び出したかった。だが……ユエは叫ぶ直前で黙り出す。
「もういい。あなたを倒せば大迷宮の攻略を認められる。違う?」
『いいえ、合ってますよ。どんな方法であれ、私を倒すことができればこの大迷宮の攻略は認められます。試練の中身に違いはあれど、誰でもこの条件は変わりません。ですが……はっきり言うならおすすめしませんね』
「あなたの話は聞かない! ”雷龍”!」
こいつの話を聞いていいことなど一つもないと直感で判断したユエが先制攻撃をしかけた。
もはや代名詞の一つとなった雷光の龍が巨大な顎を広げてアレーティアを飲み込もうと迫る。
『おすすめしないと言ったんですけどね。そっちがその気なら少しだけ付き合ってあげましょうか。”
アレーティアが迫りくる雷光の龍を微塵も恐れることなく、手を翳す。
そして掌から現れた光の斬撃が、ユエの雷龍を一撃のもとに両断する。
「ッッ……」
ユエの神代魔法を絡めた最上級魔法が、雷属性中級魔法で相殺された。
『理解しましたか? 今のあなたでは私に勝つことは不可能です』
「ッまだまだぁッー”禍天”」
アレーティアの頭上に、超高圧の重力場が展開され、そのまま氷の地面に押し潰そうとする。
『”黒渦”』
だがアレーティアは優雅に手を上げると自分の周囲のみピンポイントで重力を中和し、アレーティアの周囲が潰されるだけに終わる。
『では今度はこちらから行きますよ。”雷龍”』
アレーティアがユエに雷龍を放つ。
『ッ”禍天”!』
再び重力場を展開して雷龍を押し潰そうとするユエ。だが……アレーティアの雷龍は超重力の中でも少しずつユエの方に進んでくる。
このままでは突破されると判断したユエが禍天を中断し、回避行動を取る。本来手動で操作できる雷龍だが、アレーティアはニヤニヤ笑いながらユエがいた場所に雷龍を叩きつける。
「ッッ!! きゃああああああああ!!」
回避行動を取ったにも関わらず、周囲にまき散らされる電撃。その余波で吹き飛ばされたユエが氷の壁に叩きつけられる。
『あら、もう終わりなのかしら。こちらはまだまだ力が溢れてくるのだけれども』
「”氷槍弾雨”」
『”緋槍・連輪”』
ユエが周囲の氷を利用して数百の氷の槍を展開する中、アレーティアは数百の炎の槍を展開して対抗してくる。
環境の属性を加味すればユエが圧倒的有利。にも関わらず戦況は拮抗してしまっている。
『身から出た錆。今のあなたの状況は全てその言葉に集約される。いい加減見苦しい。いつまで被害者ぶってるのかしら。この裏切り者』
苦悶の表情を浮かべながら攻撃に耐えるユエに対し、涼しい顔で魔法の弾幕を展開しているアレーティアがユエに語り掛ける。
『あなたはずっと……ハジメを裏切り続けてきた』
アレーティアの弾幕がついに数千を突破しユエの氷槍、そして多重に展開された障壁を破壊した。
「──ッッッッ!!」
声にならない悲鳴。その炎の嵐をまともに受けることになったユエは業火の中で骨も灰も残さず焼却される。
残ったのは静寂と一瞬で修復される氷床のみ。そこにユエの姿はどこにもない。文字通り灰すら残さず消滅した。
だが、ユエがいた場所を起点に光が溢れだし、ユエの肉体が再生を始める。今のユエはもはや、肉体を消滅させられたくらいでは死なない不死身の存在である。だがそれは、苦痛がないというわけではない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
『ハジメはずっと自分だけを見続けてくれたのに……あなたは彼の想いを裏切る行動ばかりとって、彼を悲しませ続けた。挙句の果てに、昨夜ハジメが本音をぶつけてきた時、あなたは彼を拒絶した。頬を打ってしまった時の、ハジメの傷ついた顔が頭から離れない』
肩で息をするユエに対して、氷属性の槍を地面から生やすアレーティア。それを転がりながらギリギリで回避するユエ。
『シアのことだってそう。何が特別の座を共有してもいいですか、嘘ばっかり。本当は特別の座を共有するつもりなんかないくせに。本当はシアの想いが実らないことを知ってたのでしょう。それがわかった上であなたは、シアが一喜一憂するのを見て愉悦を浮かべながら上座で楽しんでたのよ。お前にも私のおこぼれをあげるってね』
「違うッッ、私は……私はただ……」
『違いません。香織やティオに対してハジメと添い寝する権利を、ハジメに断りもなく賭けて競い合わせたこともありましたね。今までの行動を振り返れば、あなたは人の心を弄ぶ典型的な悪女じゃないですか。本当に、あなたは300年前から変わらず……人の心がわかっていない』
『あれほど信頼していた叔父様が、ウバルド達近衛の皆が、なぜあなたを裏切ったのかわからない』
ユエ……否、アレーティアは、十二歳の時から戦場に立ち続けてきた。そう、人の死が蔓延る場所に立ち続けたのだ。
それはアレーティアが考えていた以上に悲惨なことだった。
”鬼神の国の姫を手に入れた者は、この世界の覇者となる資格を与えられる”
どこからか、そのような噂が南大陸に流れたのが、悲劇を加速させた原因だった。それがキッカケで
夥しい数の死体を積み重ねてきた。その分怨嗟や憎悪、呪いの類を向けられる日々。
段々感覚が麻痺し、心をすり減らしながら戦場での戦いを単なる作業として処理していく日々。
それでも愛する祖国を守るために、アレーティアは必死に戦ってきたはずなのに、なぜ自分が裏切られたのかわからない。
そしてその裏切りの果てに、なぜ国が滅びなければならなかったのか。ずっとわからなかったのだ。
『嘘つき。もうわかっているでしょう。何も知らなければ、いつまでも叔父様を憎んで、自分はすまし顔で新しい人生を謳歌できたのかもしれない。けど……あなたは知ってしまった……自分の運命を』
そう、ずっとわからなかった因果。それが王国が滅びて300年後の今になってやっとわかったのだ。
『あなたの身体を使い、神は地上の世界に帰還する。あなたはそのためだけに生かされ、そのために人生を捧げる単なる肉の器……神の人柱だった。ああ、そう考えたら……今まであなたが思っていた物語とは違って見えてくる』
もし、もし自分が神の人柱であり、いずれエヒトに全てを奪われるのが運命だったとしたら。300年前の日々の意味が変わってくる。
アレーティアの両親はいつの間にか信心深い教会の信徒になり、神子の天職を授かったアレーティアを異常なほど大切に扱った。国の重鎮たちもアレーティアが特別な存在であることに疑いなど持たなかった。……ただ一人、教会と対立していた叔父を除いて。
神の真実と合わせて考えて、それが何を意味するのか。わからないユエではない。
『本当はもう気付いている。だけど考えたくない。知りたくない。だから私が代わりに教えてあげましょう』
300年前の真実を。
『叔父様は私を裏切ったんじゃない。私を助けようとしたのよ』
それは、ユエの、アレーティアの根底をひっくり返す言葉に他ならなかった。
「あっ……」
それを自覚した時、ユエの肩にのしかかってくる物。アレーティアが犯した罪。
『ああ、そう考えるとどんどん辻褄が合っていく。点と点が結ばれて、一本の線になる。どんどん神への信仰にのめり込んでいく両親。頑なに教会から私を遠ざけようとしてきた叔父様の態度。そして国にどんどん深く食い込んでくる教会の勢力。言い訳なんてさせない。300年前に起きたことの全てはあなたが原因だった。あなたがアヴァタール王国を滅ぼしたのよ』
ユエの脳裏に、血と炎に包まれる。愛すべき民と国の末路が過る。
「……違う。私は、国を滅ぼしてなんて……」
『いいえ。あなたが滅ぼしたのですよアレーティア。国が滅びたのに、その当時女王だったあなたに責任がないわけないじゃないですか。小さいけど、歴史と伝統ある美しい国をあなたが地獄に変えた』
「違うッッ。私には、私にはどうしようもなかったッッ!!」
もはや魔法を展開することすらできずただ声を大にして叫ぶしかないユエ。そんなユエをアレーティアは冷めた目で見続ける。
『本当に? 本当にどうしようもなかったんですか? もし、私が自分の運命に気付いていたら。何か変わったかもしれない。そうは思わないんですか?』
ユエの眼前にはアレーティアの魂魄魔法により映し出された燃え盛る祖国と愛する民という地獄の光景が広がっている。それに抗おうとするが、もはやユエは魔法を使えない。ただ言われた言葉を聞くだけしかできない。
『叔父様と段々疎遠になっていくのも当然よね。叔父様と会う時はいつも、あなたの周りには神への信心深い家臣達が側にいたのだもの。神と敵対するつもりだった叔父様が真っ当に話し合いができるわけがない』
叔父ディンリードはある日を境に、アレーティアと距離を空けるようになっていた。いつも話をしようとはした。だがそのたびに父や母、その側近たちが介入してうやむやになってしまう。
それだけではない。自分と家族同然の臣下達も叔父について行くように疎遠になっていく。
当時は叔父は自分が玉座にあるのが気に食わないからと思い込まされていたのだが……ああ、過去の真実を知ると、どちらが味方でどちらが敵だったのかよくわかる。何のことはない。アレーティアにとっての味方はあえて距離を取り、神の下僕はアレーティアの周囲に纏わりついていただけだったのだ。
『もし、防諜態勢を整えて、秘密裏に叔父様とコンタクトを取ろうとしていたら、もしかしたら叔父様は私に事情を説明してくれたかもしれない。叔父様と連携を取ってよりよい未来を目指せたかもしれない。そしたら吸血鬼族全滅という最悪の事態だけは避けられたかもしれない』
もしアレーティアが叔父の態度の裏に気付けていれば。それを踏まえた上で準備を整え、接触することができていれば。そしたら叔父と連携を取って、もっとよりよい選択肢があったかもしれない。叔父一人が全てを背負うことはなかったかもしれない。
『けどあなたはそうしませんでした。叔父様と心の距離が離れていくことに心を痛めてはいても、本気で叔父との関係改善を考えもせず無駄に思考を停止させ、結局叔父様の心を何一つ理解しないまま、その日を迎えてしまった』
運命の日のことを、ユエはよく覚えていた。
その日、アレーティアは玉座の間にて教会の使者を迎え入れていた。教会の最高権力者である”神託の巫女”に選ばれたというからだ。
南大陸の異種族が、北大陸の最大宗教の巫女に選ばれる。それは南大陸の戦争だけではなく、北大陸との友好の懸け橋になりえる大偉業。世界全てで太平の世が築けるかもしれない好機。
だが、真実を知った今それの本来の意味がわかる。おそらくアレーティアを神の人柱にする準備が整ったのだ。
だからこそ、叔父様達は動いたのだろう。
玉座の間に雪崩のように、近衛騎士団長ウバルド率いる近衛騎士団が教会関係者と側近を打ち倒していく。
そしてその先頭に立つ叔父は、自分の胸に刃を突き刺したのだ。
そして……
『そして知りなさい。これがあの日あなたが知ることのなかった、過去の真実です』
アレーティアが魂魄魔法を行使し始める。過去のユエは叔父の襲撃により早々に気を失っている。だが意識がなくとも身体が、魂が物を記憶することだってある。ユエの影は笑いながらユエの魂を起点に過去の記録を再生する。
そこにはユエが知らなかったあの日の真実が映し出されていたのだ。
~~~~~~~~~~
突然叔父ディンリード率いる近衛騎士団が襲撃し、教会関係者、信仰深い側近。そして教会の毒に汚染され切ったアレーティアの両親が殺害される。
だがディンリード達にとってはここからが本番だった
当然のことだろう。神エヒトが長年待ち続けた神の器。それを手に入れる準備が整い、いざ悲願が叶うという段階で、
『ぐわぁぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!』
天井を突き破り、天から降り注ぐ銀色の弾丸により、近衛騎士団の一部が文字通り消滅した。
『来たか。総員、構えよ! 必ずアレーティアを守り抜くのだ!!』
『イエス、ユア、マジェスティ!!』
天井が破られた吹き抜けの夜空には、満月の輝きに照らされながら、銀色の翼をはためかせる同じ顔をした神の使徒の集団。
そのうちの一人である神の使徒『エーアスト』がディンリード率いる叛逆者に語る。
『無駄な抵抗はやめなさい。それは我が主の器となるものです。大人しくそれを差し出せば、あなた達に手を出すことは致しません。ですが……我が主命により、神の器を手に入れるためならば、いかなる犠牲を払ってもよいとの許可を得ております。抵抗するのであれば、この国が滅びることを覚悟していただきましょう』
アレーティアを大人しく渡すなら、国にも民にも手を出さない。だがもし抵抗するならこの国ごとお前達を滅ぼす。それは最後の通告であり、空に浮かぶ神の使徒の集団はそれを可能とする戦力を持っている。
だが、当然ディンリード達の返答は一つだった。
『断る! どの道貴様らにアレーティアを渡せば神が復活し、我らの命運は尽きる。解放者達が残した希望が費える。それでは生き残っても意味がなかろう!』
ディンリードは大迷宮攻略者だ。それゆえに、神の真実も解放者達の想いも知っている。だがそれ以前に、大切な姪を神に渡すと言う選択肢など最初から存在しない。
『なら力づくで奪い取るまで。確かに吸血鬼は優れた種族です。主がこの地に降臨する前から存在する南大陸の覇者『魔族』最後の生き残りなだけはありましょう。『魔族もどき』でしかない魔人族とは格が違う。ですが、それでも我等との力の差は歴然です』
吸血鬼は強い。そしてディンリードが集めたのはアヴァタール王国の中の精鋭の中の精鋭。さらにいつか来る運命の日に備え、全員が限界まで他者の血を吸い、その魔力を限界以上に蓄えている。今の彼らなら国そのものを相手取ってもなお勝利することすら可能。
だが、神の使徒はエヒトが直々に作り出した地上における神の代行者。かつて神代魔法を使い、神と戦った解放者達ですら、一体の神の使徒を倒すのに複数の仲間が死力を尽くさなければならなかったのだ。それが
はっきり言うなら過剰戦力。だがそれ故に、この件における神エヒトの本気度が伺える。
真正面からぶつかれば、もしかしたら何人かの神の使徒を倒せるかもしれない。だが先に滅びるのは吸血鬼達だ。さらに言うなら、神エヒトが肉体を取り戻し復活すれば、神の使徒はいくらでも復活することができる。
『もう一度だけ言います。無駄な抵抗はやめなさい。主は早々に器を御所望です。我らの手を煩わせないでいただきたい』
『ふん。もう勝ったような口ぶりだな』
『事実ですので。例えあなた達が全員で掛かっても……』
『……勘違いするなよ。ここで戦うのは、私一人だ』
『何?』
ディンリードの言葉に流石に怪訝な顔をするエーアスト。
戦力差は明らかであるにも関わらず行われる無謀な選択。
だが当然そうではない。ディンリードとて勝算もなくこのようなことを言わない。
『騎士達よ。ここは私が引き受ける。貴公らは己が使命を全力で果たせ!!』
『殿下……ご武運を!』
そう言って配下の者達はアレーティアを抱え、全力でその場を離脱する。
『そんなこと、させるとでもッ!?』
『逆に問うが、行かせるとでも思ったのかね』
神の使徒の一人がアレーティアを連れて逃走する騎士団を追跡しようと羽を広げるが、ディンリードが放つおぞましい魔力で行動を阻害される。
その場に、闇の魔力が満ちていくのがわかった。
『言ったであろう。ここは私が引き受けると。貴様ら相手に勝算も無しに挑んだりなどせん。貴公らは言ったな。我らを『魔族』の最後の生き残りだと。なら当然知っているはずだ。我等魔族の末裔が、その血で、その魂で、今に至るまでこの地に
どんどん高まっていくディンリードの魔力を訝しんだエーアストが魂魄魔法でディンリードを見る。そして、ディンリードの中に、本人とは別の魂の存在を知覚した時、今まで取ってきた余裕の態度を崩し、その顔に明確に焦りを伴い始める。
神の使徒にとって、
『まさかッ貴様!! 正気ですか!? あなただけじゃない。あなたの内にあるそれが解き放たれれば世界とて無事では……』
『すべて承知の上よ。我らの覚悟を甘く見るな──ッッ!! おおおおおおおおおおおおおお──ッッ!!』
そのディンリードの魔性の雄叫びと共に、一人の吸血鬼と九体の神の使徒が激突する。
だがその戦いの結末はわからない。なぜならアレーティアがその場から離れたからだ。
つまり視点はアレーティアの周辺に移る。
神の使徒を引き受けたディンリードの命を受け、全力で逃走する近衛騎士団だが、彼らを待ち受けていたのは、世界全てだった。
『いたぞ。神の名の下に、醜き叛逆者の元から巫女様を救出するのだ!』
それはアヴァタール王国と同盟関係にあったはずの国から差し向けられた軍隊だった。
『これから真の太平の世が来ると言うのに、戦狂いの吸血鬼どもがぁ!!』
それはやっと戦乱の世が終わると思っていた矢先に起きた吸血鬼達の反乱を止めようとする正義の軍隊だった。
『野蛮な亜人から聖女を奪い取れ。我らの元にこそ、かの美姫は相応しいのだ!!』
それは北の大陸の大国が己の野心をむき出しにして派遣した軍団だった。
あらかじめ神が扇動したのか、世界中あらゆる勢力が示し合わせたように、僅か数百人の騎士団に襲い掛かるという悪夢。文字通り世界全てが敵になった状態。例外は未だに隠れ潜む竜の国の末裔と森の民くらいだろう。だが、そんな中であっても、近衛騎士達は怯まなかった。
『進めッッ!! 必ず、必ずアレーティア様をお守りするのだ!!』
『恐れるな!! 我等こそ最強の軍団よ!! 世界に鬼神の国の恐ろしさを思い知らせてやろうではないか!!』
なりふり構わず先に進む者。自ら殿を買って出て、数百倍の兵力を前にして勇猛果敢に挑みかかる者。
行動こそ違うが、皆の志は一つだった。すなわち……
『アレーティア様を必ず守る!!』
『我らが姫王に、希望の未来を!!』
皆が皆、アレーティアを守るため、命を懸けて戦ったということ。
だが、流石に数の暴力に個で対抗するのは限界がある。
一人、また一人。数日にわたる逃走劇の果てに、次々と脱落していく近衛騎士達。
そして、約束の土地。オルクス大迷宮に到達する頃には、騎士団は数えるほどしか残っていなかった。
そのうちの一人、騎士団団長であるウバルドが眠るアレーティアに言葉をかける。
『アレーティア様。今はこんなことでしか貴殿を守れぬこの身の軟弱さをお許しください。あなた様は神の器になるために産まれてきたのでは断じてない。あなたには幸せになる権利がある。いつか、いつか目覚めた時、必ず……幸せになってください』
そのセリフは己の最期を悟ったからなのだろう。満身創痍の中、オルクス大迷宮の地下50階に到達するためには、彼らは命を懸けるしかなかったのだ。
そして……
オルクス大迷宮、地下50階にて。
『……皆の者……大義であった』
『すまない、アレーティア。もっと上手くやるはずだったのだが、流石に
封印に封じられ、静かに眠るアレーティアを見つめるディンリードの目は愛おしい者を見つめる目だった。
『私を恨んでもいい。だからどうか生きて幸せになってほしい。それだけが私の願いだ』
ずっと彼女の側で守り続けられればどれだけよかったのか。だがディンリードはアレーティアを封印した後に、つけるべき落とし前があった。この騒乱は自分の死でもってアレーティアの行方を闇に葬るまで終わらない。
『愛してるよ、アレーティア。どうか、君の未来に幸が多からんことを』
最後に一度だけ、眠るアレーティアの額にキスを落としたディンリードは封印の間から姿を消した。
~~~~~~~~~~~~~
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
『これがあなたが知ろうともしなかったかつての真実。もうわかったでしょう。全部あなたのせいなのですよ。叔父様は裏切ったわけじゃなかった。近衛騎士達は命を懸けてあなたを全力で守り通した。その結果、神エヒトはあなたを見失い、その怒りを買うことでアヴァタール王国は完全に滅び去った』
「あ、あああ、あああああ」
時に真実は何より残酷な刃になる。
今のユエにとってまさに今がそれであり、胸の内側からこみあげてくるものを抑えられない。
『300年間あなたは一体何を想って生きてきたのでしょうね。ずっと恨んでいましたよね。誰よりも何よりも、称えられるべき英雄たちを、愛する叔父様を……』
「はぁ、はぁ、あああああ」
『申し訳ないと思わないのですか? 貴方を守って死んでいた騎士達は、報われなければならないと思いませんか? 彼らのためにも幸せにならなければならないと思いませんか? なのに、なのにあなたはアレーティアを捨てることで彼らを裏切った。過去を忘れ、名前を捨てて、自分のせいで散っていった彼らを今に至るまで少しも思い出すこともなく、あなたは幸せになろうとした。都合の悪い
ユエの中で湧き上がってくる罪悪感。それがユエの内側から溢れ、彼女自身を焼き尽くす。
裏切られたのなら、恨むことができる。憎むことで自分は被害者であると訴え、自身を正当化できる。だが、最後の最後まで憎まれていると思っていた叔父に愛され、信頼する近衛騎士達にその生涯の最期まで忠道を全うされたら、ずっと彼らに見当違いの恨みを向けていた自分は何なのだ。
まるで心の中から腐っていくようだ。腐敗の毒は、心と魂を汚染する。
『そんな罪塗れ、嘘塗れのあなたが、新しい自分を得て幸せになれる? ……なれるわけないじゃないですか。現にあなたは性懲りもなく、また同じ失敗を繰り返した。ハジメの気持ちがわからない。シアの気持ちがわからない。当然ですね。人は過去の過ちから学び成長するのです。過去を捨てたあなたが成長できるわけないじゃないですか。ここに至るまでの冒険で、あなただけですよ。何も成長していないのは』
アレーティアの口撃は、ついにユエにとって輝かしいはずの今にまで至ろうとしていた。
『シアは、素直ないい子で、そこにいるだけで周りが元気になれる魅力がある。未来視という誰にも真似できない特技があって、格闘技の天賦の才がある。香織はここに至るまでその治癒師の能力で多くの人を救い続けてきた。調律というハジメにとってなくてはならないことができますしハジメに対する想いも深い。ティオは自分なんかとは違う本物の長命者としての深い知恵と優れた精神力を持っています。対してあなたは何ですか? なにができるのですか?』
『魔法の腕はユナの足元にも及ばない。空気が読めないせいで周りに迷惑をかけるばかり。そんなあなたが他より優るところと言えば……ああ、一つだけありましたね』
アレーティアが口を弧に歪ませて、もはや震えることしか出来ないユエの耳元で囁く。
『ひ・と・ご・ろ・し』
「ッッ……」
『正確に言えば大量虐殺ですね。だってあなたはいーっぱい殺してきましたよね。戦争するたびに殺して、殺して、殺して殺して殺して殺してッッ。殺してきた人数は百や千じゃ利きませんよね。よかったですね。それなら他の追随を許さない。こと人を殺すことに関してはあなたはナンバーワンですよ。……それで国を守れるのならともかく、結局自分の国も滅ぼしているのではなんの意味もないですけどね』
だがユエはもはや反応を返さない。虚ろな目で震えながらここではないどこかを見ている。
『困りますねぇ。いい加減反応を返してくれないと試練にならないのですが。……それなら強制的に色々見せますけどいいですか?』
『痛いよぉ、苦しいよぉ』
『どうして、どうして私達がこんな目に』
『お前のせいだ……全部お前のせいだッッ!!』
『それなのに女王様は、僕達を忘れてしまうんだ』
『全部忘れて自分だけ幸せになるんだ。許さない、許さない!!』
「ひっ……!」
燃える国に取り残され、身体ごと炎上する吸血鬼の民達が、女王としての責務を放棄したユエを燃えながら非難する。
『なぜ名前をお捨てになったのですか。アレーティア様』
『それほど疎ましかったですか? それほどアレーティアという名前は、どうでもいいものだったのですか? ……私達にとって忠義を貫くに値し、誇りに思ってきた大切な主君の名前は、重みは、そんなに簡単に捨ててしまえるものだったのですか? そんなくだらない物のために……私達は命を懸けたのですか?』
「ひぃ、ち、違う。私は、私はッッ……」
全身血まみれの近衛騎士が、自分達が守った誇りである主君の名を簡単に捨てて、どこの馬の骨とも知れない男につけられた名前を平然と名乗るユエを非難する。
自分達は、ユエがゴミのように捨ててしまえる物のために死んだゴミ以下の存在なのかとユエを責める。
『私が幸せを願ったのはユエなどという小娘では断じてないッッ!! 私が愛した姪の名はアレーティアだ!! 貴様など知らない!!』
「ああ、あああああ。叔父様。……やめて……もうやめて!!」
ディンリードがユエなど知らない。自分が愛したのはアレーティアだと叫び、ユエという存在を否定する。今度こそ愛する叔父に見捨てられたユエはただ蹲ってこの映像が止まるのを待つしかない。
だが、ユエの願いとは裏腹に、流れる映像は止まらない。いつの間にかユエの足元には吸血鬼達の屍の山が積み上がり、地獄の底から自分を引きずり降ろそうとしていた。
『許さない』
『国を滅ぼした癖に、国を守れなかった癖に』
『多くの民を死なせた癖に』
『その責任も取らずに、何もかも忘れて自分だけ幸せになろうだなんて!!』
『お前なんて……産まれてこなければよかったんだ!!』
「あっ……」
『お前がいたから神に目を付けられた。お前がいたから、お前以外の全てが滅びた。もし違うなら何か言ってみろよッッ!!』
『お前さえいなければ、吸血鬼の王国は今も栄えていたかもしれないッ。いや、栄えていたに違いないッッ。先代の王や、名宰相であらせられるディンリード様がいたのだからッッ!!』
「ああああああああああ」
次に出てきたのは、今の時代で出会った愛する人。
『なんだ、俺はてっきり……お前のこともっと強い女だと思ってたよ』
「ハジ……メ……」
『なのにずっと逃げてばかりの裏切り者だったんだな。俺も見る目がない。本当に強い女ってのはずっと側にいたのにな』
そうして横に現れたシアの肩を組み、ユエの見ている前で口づけを交わす。
「あっ……」
『もう間違えない。俺にとって本当に必要な女はシア。お前だった。……あんな人の心がわからない人でなしの化物なんかじゃない。愛してる、シア。俺とずっと一緒にいてほしい』
『……はい、喜んで!』
『シア……』
『ハジメさん……』
ハジメとシアの口付けが熱く激しくなる。それはかつて自分に向けられていた物以上のものに見えた。これ以上見たくないと悲鳴を上げる心が命じるままに必死に目を逸らす。
だが逸らした先に見えたのは、意外なことにほとんど接点のないリリアーナ王女だった。
『聞いてますよ。王都襲撃の時、神の使徒はあなたを誘拐しにきたそうですね。つまりあれですか。あなたがいたから、私の国は襲われることになったということですか。……なんですかそれ。自分の祖国を滅ぼした次は私の国ですかッッ! ふざけないでくださいッ、この疫病神!!』
もしかしたらそうなのかもしれない。自分がいたからハイリヒ王国は攻撃された。つまり自分がいることで周囲が不幸になるのは300年前から変わらない。
名前を変えたくらいで、運命は変わらない。
『死ね』
『死ね』
『死ね』
『死ね』
『死んで詫びろ』
突如、ユエの周囲を死ねというコールが埋め尽くしていく。
『それさえできないのか化物!!』
『それさえできないなら……せめてあの暗闇でずっと詫び続けろよ!!』
ユエの周囲が暗闇で包まれていく。まるで300年過ごした忌まわしい封印部屋のように。外にいるハジメ達は冷たい目をしながらユエが暗闇に閉ざされていくのを見ているだけだ。
「あああ、いや、いやぁ、やめて……あそこは、あそこに戻るのはいやぁ……」
そこで愛する叔父がユエを優しく見つめる。そして口を開いた。
『お前は永遠に許されない。一生そこで詫びてなさい、アレーティア』
視界が……暗闇に閉ざされた。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッッ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい私が悪かったの、私なんかが王様になるべきじゃなかった。私が国を滅ぼした。私が叔父様の願いを踏みにじった。私がハジメを不幸にして、周りに厄災を招き寄せた!! 私が、私が……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
暗闇の中で、半狂乱になりながらただひたすら謝り続けるユエ。見えずとも彼女の周囲には自分のせいで死なせた亡者たちが蠢いている。
ユエの魂は闇に引きずり込まれる。まるで二度と幸せになれないような、絶望が心を支配していく。
段々、闇に堕ちていく。
~~~~~~~~~~~
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
『思ってた以上にあっけなかったわね』
現実世界にて、アレーティアが膝を付き、虚ろな目でひたすら謝罪を繰り返すユエを見る。
こうなっては自力では復帰できない。己の罪悪感と自虐心が己自身を縛り続ける。
『ならこれにて試練は終了。これで私が本物にッッ!?』
だが、アレーティアにとって、予期せぬ事態が起きる。
壁が炸裂する音と共に何かが壊れる鈍い音が広がる。
極めて頑丈に造られている大迷宮の壁を破壊して、何者かが侵入したのだ。
『これはッ、どういうこと?』
本来この試練に外部からの侵入者などあり得ないのだ。だが、そんな大迷宮の理屈を無視して、ユエの目の前にそれは現れた。
「うう、ああ。…………シ、ア?」
衝撃でアレーティアの魂魄魔法の影響から脱したユエは虚ろな目で侵入者を見る。だが一瞬シアだと判断できずに疑問形で問いかけることになった。
ユエの知るシアは、薄紫色の髪をしていない。
ユエの知るシアは、紅く鋭い目をしていない。
「シア?」
「……」
ユエがシアの方を見ると、シアはユエに向けて微笑みを浮かべていて。
一瞬でユエの前に出現し、直接手で心臓を突き破っていた。
「…………えっ………………かふ」
ユエは何が起きたのかわからず思わず胸元を見る。そこにはシアの腕が生えている。
真っ赤な真っ赤な血に染まったシアの腕が。
「がふ、げぼぉぉぉ──ッッ!!」
シアが腕を引き抜いて血を振り払うと。口から血を吐くユエの首を……ねじり切った。
ユエには何が起きているのかわからなかった。
視界があちこち移動するからか、それとも意識が消えたりついたりするからか。
自分の身体を鏡を使わず直接見たりしたからか。
それとも首以外の身体が消滅したりしたからか。
一つだけわかっていることがある。
どうやらシアは自分を……殺すつもりらしい。
(ああ、そうか。シアも私なんか……死んだ方がいいと思ってるんだ)
良かった。
シアがドリュッケンを振りかぶり、叩きつける。
貫いてもねじり切っても吹き飛ばしてもばらばらにしてもユエが死なないので、死ぬまで粉々にすることにしたらしい。
中々死ぬことができない。
こういう時自動再生は不便だなとユエは思った。これでは死にたいときに死ねないではないか。腕が疲れるだけのシアに申し訳ない。
なのでユエはせめて痛覚操作だけでも切ってみることにした。
口から聞いたこともないような叫び声が上がった。
全身が粉々になっても死なないというのは貴重な経験だろう。増してその苦痛がどんなものなのかはユエが初めて知ったに違いない。
激痛で発狂して、激痛で正気に返る。
それを繰り返してもまだ死ねない。ユナに死に方を教わればよかったとユエは後悔する。
だが、ゆっくりと自動再生が遅くなるのを感じる。
やっとか、これでようやくあの世にいる叔父様達に詫びることができる。
ごめんなさい。アレーティアは叔父様達が思っているほど強くも尊くもありませんでした。
皆が必死に守ってくれた、誇りに思うべき名前をあっさり捨てました。辛かったこともあったけど、確かに楽しかったこともあるはずの大切な過去をばっさり切り捨てました。それで幸せになろうとして、大好きな人と大切な親友を傷つけてしまいました。
どうやら私は周囲に災いを齎す疫病神のようなのです。この先私がいる限り、きっとみんな不幸になる。
だから叔父様。どうかここで死ぬことを許してください。
親友が最後の一撃を振りかぶる。ああ、やっと、やっと私は。
300年の無駄な人生を……終えることができるのだ。
ユエの懐に入っているある物が、光を放った。
ユエについての考察。
ユエは言わずとしれたありふれた職業で世界最強のメインヒロインです。それゆえに出番も多いし、かなり優遇されているキャラの一人でしょう。
ですが、その割に過去はかなり謎の人物でもあります。
アレーティア時代、一体何を想って生きてきたのか。犠牲になった国の民達のことを少しも思わなかったのか。裏切った叔父様のことは憎んでいるのか、それとももう感心がないのか。
そもそも自分の名前を捨てた時点で、過去から逃げているという解釈もできるので、『自分に打ち勝つこと』、己の負の部分、目を逸らして来た汚い部分、不都合な部分、矛盾などに打ち勝てるかがコンセプトのこの大迷宮を簡単に攻略してはいけないだろうと作者は思うわけです。
なのでユエの試練は、過去自分の代で滅ぼしてしまった王国の民や騎士達が恨みの叫びを上げるという形に。
フレイヤのせいで原作より早く自分の運命を知ったのも大きく影響しています。ここに来る前でさえ自己嫌悪に苦しんでいたのに。自分がキッカケで愛する祖国が滅んだということがわかればその絶望は計り知れないはず。
よって現在ユエは魂が自壊衝動で死にかけるレベルで追い詰められています。そして止めの親友の凶行。
このままだとデッドエンド一直線です。
ですがそれだと物語が終わってしまいますし、この話で第七章の谷底に突入したのでそろそろV字回復に移りたいと思います。
ですので次回は、だいぶ昔に残していた伏線を利用した、追い詰められている人たちにカンフル剤を打ち込む回になるはず。
……次はもっと早く更新したいです。