ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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頑張って更新速度を戻そうとしていますが中々難しい現状。これからもスローペースが続くと思いますがご容赦を。


かすかな希望

 氷雪洞窟、氷柱の間より少し進んだ先のエリアにて、蓮弥達無事攻略を認められた者達は、残りのメンバーの到着を待っていた。

 

「……龍太郎と鈴がここに来てからしばらく経つけど……香織達は相当苦戦しているみたいね」

 

 蓮弥の隣にいる雫が心配そうに自分が来た道を見つめる。

 

 一番最初に到達したのは蓮弥とユナ、それから少し遅れて雫、優花が到着し、ついさきほど龍太郎と鈴が到着したところだった。

 

 ここに来た時は満身創痍だった龍太郎もあらかじめ香織が作成していた特殊回復薬のおかげで全回復している。だがここに来た時の傷が彼の試練の激しさを物語っていた。

 

「しっかしわかんねーもんだよな。まだ到着してないのが俺達じゃなくて南雲達なんてよ。正直俺と谷口がビリだと思ってたぜ」

「大迷宮の試練は甘くないってことだな。例え六つの大迷宮を超えてようと初挑戦だろうと試練の難易度が変わるわけじゃない。相性の良し悪しによっては、上手く攻略できることもあれば思わぬ苦戦をすることもあるということだ」

 

 龍太郎の意外そうな声に対し、蓮弥が答える。

 

 大迷宮には各々コンセプトがあり、それに沿うように試練の中身もまちまちだ。ライセン大迷宮のように魔法に頼らない行動を強制されたり、逆にメルジーネ大迷宮のように、熟練した魔法の技量がないと攻略が難しい試練もある。だからこそ人によっては簡単に攻略できる試練もあれば苦戦する試練もあるのは当然のことだと言える。

 

「まぁ。あいつら俺よりも色々考えてるからな。俺なんて自分とタイマンで勝つだけでよかったから相性がいい方だったのかもな」

「本当だよ。私が龍太郎君の試練の部屋に到着した時、昔の不良の喧嘩みたいな爽やかな殴り合いをしている龍太郎君達を見た時、「龍太郎君には負の感情とかないんだろうな~」って真剣に思ったもん」

「おい、谷口……道中でも話したけど俺には俺の悩みが合ってだな……」

「だからそれは何なのさ」

「…………お前には言わねぇ」

「なんでさ!」

 

 龍太郎と鈴が龍太郎の試練について話し合う。そのことから龍太郎の試練を周囲の人達は察する。

 

「言わないでやってくれ谷口。男には男の事情というものがあるんだよ」

「そうね。それは鈴が聞いちゃ駄目なことだと私も思うわ。それより……鈴は平気だったの?」

「えっ……ああ、うん」

 

 雫の鈴を心配する声に対し、曖昧に答える鈴。

 

 鈴は最後の試練の中身がわかってから蓮弥達が、かなり苦戦するだろうと思っていたメンバーの内の一人だった。この場にいるということは試練を乗り越えたということだが、それでも後遺症の一つも残っていないとは限らない。

 

「大丈夫だよ、シズシズ。……たぶん予想してると思うけどさ、恵里のことを言われちゃった。『お前はもっと早くから気付いて悲劇を止められるポジションにいたのに、それを怠った』ってな感じでね。お前が一歩踏み出していれば帝都の悲劇もなかったって」

「鈴……」

「けど私はもう決めたから、恵里ともう一度話をするって。だから強くなるってさ」

 

 その顔には迷いはない。どうやらこの試練を乗り越えてさらに決意を強固にすることができたらしい。そういう意味では鈴もこの大迷宮とは相性が良かったのかもしれない。

 

 

 だが、攻略したからといって、鈴のように晴れ晴れとした顔をしていない人物もいる。

 

 蓮弥は視線を別の方に向けてみる。そこにいたのは鈴や龍太郎より少し前に到着した天之河光輝だった。

 

 光輝は現在、何か物思いに更けているように自分が出てきた出口を見つめている。

 

「どうしたの光輝? どこか具合でも悪い?」

 

 思わず心配になった雫が光輝の様子を確かめるように問いかける。

 

 蓮弥達の認識では最近安定してきているとはいえ光輝もこの大迷宮に不安要素があるメンバーの一人だったのだ。ここにいるということは無事に大迷宮を攻略したということなのだが、鈴や龍太郎と違って浮かない顔をしている。

 

「いや、別になんでもないよ。多分……攻略もできたと思うし」

「なんだよ光輝。景気が悪いな。攻略できたならもっと嬉しそうな顔したらいいのによ」

 

 龍太郎が光輝に話かけたのが良かったのか、光輝もそうだなと返し、考えを振り払うように前を向く。

 

「それより南雲達の方が問題だろ。まさかまだ来ないなんて」

「ああ、それは……おっと、噂をすればなんとやらだ、誰かきたみたいだぞ」

 

 蓮弥はこの場所に接近する魂の気配を感知していた。以前よりも存在感が増していて、なおかつ安定した気配。

 

 そんな気配を漂わせた攻略者、ティオ・クラルスは蓮弥達の方に向かって真っすぐ歩いてくる。

 

「ふむ、どうやら待たせてしもうたようじゃな。皆無事で何よりじゃ」

 

 見たところ、多少衣装が汚れている以外に怪我はなく、側に龍神の宝玉を浮かべつつこちらに寄ってくる表情に違和感はない。どうやらたいしてこの大迷宮の影響を受けなかったのがわかる堂々とした佇まいだった。

 

「あとはご主人様達だけかの?」

「ああ、後はハジメ達だけだ」

「そうか……苦戦するやもしれぬと思うておったが、これなら無理にでも三人の間に関わるべきじゃったかもしれぬの……」

 

 ティオが顔に少し影を落とす。ティオとて当然ハジメ達に何かあったことくらい承知しているのだろう。だが、あくまで本人達だけの問題だと首を突っ込まなかった。否、もしその不協和音の原因が痴情のもつれだった場合、ティオが関わると余計ややこしくなった可能性すらある。だから関わるのを自重してたティオだが裏目に出たかもしれないと思っていた。

 

「…………」

 

 そこでティオはユナがじっとティオを見ているのに気づく。

 

「ユナよ、どうかしたのかの?」

 

 だがユナはティオの言葉に対して直接答えることはせず、『心意』にて返事を行う。

 

『いえ…………ティオが決めたことなら私は何も言えません。ですが困ったことがあれば私に頼ってください。その状態だと慣れるまでは眠るのも困難でしょうから。そのお手伝いくらいはできます』

 

 その念話を受け、一瞬驚いたティオは数瞬後、軽く頷くことで返事を行う。

 

 

 蓮弥がそのやり取りに疑問を浮かべたが、その前にユナが反応する。

 

「これは…………蓮弥ッ、今ユエに渡していた聖術を宿した魔石が発動しました」

「それって確か……」

 

 そこで蓮弥は少し以前のことを思い出す。

 

 そう、それは王都にてハジメ達がバーン大迷宮に挑む前、ユナはバーン大迷宮の仕掛けはユエの憑依共感体質と相性が悪いと考え、もし大迷宮でユエが追い詰められた際の緊急処置用の魔石を渡していたのだ。

 結局、ユエはそれをバーン大迷宮で使うことなく試練を突破することができたわけだが、そのまま魔石はユエが持ち続けていたのを蓮弥は思い出した。

 

「あの石の術が起動したということは、ユエの魂の汚染が危険領域に突入したことを意味します」

「……具体的にその魔石の聖術はどういう聖術なんだ?」

 

 現状わかっているのはユエの魂の汚染がかなり進行しているというだけ。介入するか決めるのはそれからだと蓮弥は冷静にユナに問を投げる。

 

「以前蓮弥がバーン大迷宮で使った”浄掃”よりも強力な術です。できれば強力すぎるがゆえに多用したくはない術なのですが、魂の汚染を除去することができるはずです。ですが……根本の問題を解決することはできません。ですので皆さんッ、最悪の事態に陥った場合ユエを救助する必要があります。ですのでいつでも動ける準備を!」

「わかったわ」

「もちろんだぜ」

 

 ユナが最後に全員に声をかけると皆了承する。

 

 ユエを外部の人間が救助した場合、間違いなく大迷宮攻略は失敗扱いされるだろう。帰還のための概念を開発するためにはハジメとユエの力が必要であると仮定される以上、ユエが最後の神代魔法の習得に失敗した場合、蓮弥達が無事に地球に帰れるかわからなくなることを意味する。

 

 だがここにいるのは地球帰還よりも仲間の命を大事にするお人よしばかりらしい。光輝などは先ほどのユナの言葉を聞いてそわそわし始めている。

 

「……一番理想なのは、ユエ自身がこの試練を乗り越えることなんでしょうけどね」

 

 ユエの師匠でもあるユナはユエを信じる。

 

 きっと今まで彼女が自分の過去から逃げながらも少しずつ積み上げてきた絆が希望になると。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 

 暖かい。

 

 身も心も委ねてしまいそうな場所にユエの魂は揺蕩う。

 

 

 それは原初のゆりかご。

 

 

 まるで己の母の胎内に回帰したような……誰もが安心できる母なる泉に浸かっているような、そんな柔らかく心地のいい空間。

 

 

 自分は何をしていたのだろう。正直思い出したくない。

 

 

 けどそれでいいとユエは思う。

 

 

 今のユエには何の苦しみも、痛みも存在しないのだ。

 

 

 このままこの世界に溶けてしまえばいい。いやそうするべきだ。

 

 

 

 

『……本当にそれでいいのですか?』

 

 ユエの頭上から声が落ちてくる。とても優しくて、暖かい声だ。

 

『本当に……それで後悔しませんか』

 

 何を言われようと変わらない。ユエは身の程を知ったのだ。

 

 

 

 己の罪と逃げ出した自分。

 

 自分を責め続ける大切だった人達。

 

 そして狂える親友だったもの。

 

 

 これら全てが、自分の自業自得だったのだから。

 

 

 300年前、愛する祖国が滅びることになったのは、自分という神の器が産まれたせいだった。もし自分さえ生まれていなければ、現代にも吸血鬼の王国は存在したはずだ。

 

 だが自分が産まれた結果、自分一人を残して全てが滅びて消えてしまった。

 

 なぜ自分だったのだろう。自分ではなく叔父が生き残ればよかったのに、ユエはそう思わずにはいられない。

 

 叔父が王だったのなら、きっともっと上手くやれた。神を出し抜きアヴァタール王国を再興することも決して不可能ではなかっただろう。それだけの力と才覚が叔父には備わっていた。

 

 反面自分はどうなのだ。ユエは心の中で自嘲する。

 

 最期の最期になるまで、叔父たちの真意を見抜けず。信仰厚い重臣から騙され、最も信頼すべき者達を遠ざけ続ける結果になった。

 

 

 封印から解き放たれても、愛する者達の心を見抜けない。恋人を傷付け、初めてできた親友は、今まさにユエを殺そうとしている最中だ。

 

 もういい、何も考えたくない。

 

 

『本当に?』

 

 本当だ。もう何もかもどうでもいい。

 

『嘘ですね』

 

 嘘じゃない。

 

『ならなぜあなたは……涙を流しているのですか?』

 

 

 そこでユエは……自分が泣いていることにようやく気付く。

 

 

 この空間は暖かくて、心地いいはずなのに。先ほどから心はずっと泣いている。

 

 

 それを自覚したら……もう止まらない。

 

 

「…………ぐす、ひっく。私だって……本当はやり直したい! けどッッ、叔父様はもういないッ。やり直すことも、謝ることもできないッ。……私の勝手な思い込みが、ハジメの心を傷付けた。もう以前と同じ関係には戻れないッッ。それにシアは、私を恨んでる……」

 

 どうすればよかったのか、これからどうすればいいのかわからない。

 

 自分が何かしようとすると、余計に悪化するのではないかと不安で不安でたまらない。

 

 

 怖い。今まで培ってきたものが、足元から崩れ去っていくような、進めば進むほど終わりのない底無し沼に沈んでいくような感覚。

 

 そう思うとユエは一歩も前に進めない。

 

 

『…………ユエがどうすればいいのか、その答えを私は持っていません。私は人の心を読むことができますが、結局自分のことを本当に理解できるのは自分だけなのです。けど私にも一つだけわかっていることがあります』

 

 そうしてユエの天上の声、ユナの魂の一部は揺るぎない事実をユエに告げる。

 

『ユエとハジメ。そしてユエとシア。それぞれが培ってきた絆は、大迷宮の試練ごときで潰されるものではありません』

「えっ……」

『目を開きなさい。そしてしっかり見るのです。そうすれば……きっとあなたがやるべきことがわかるはずです。……あなたの心に、魂に少しだけ負担が軽くなる聖術をかけました。私にできることはあなたの背を押すことくらいです。だから、その勢いで走ってしまいなさい。心の命じるままに!』

 

 さあ、目覚めの時間だ。

 

 辛くても、苦しくても

 

 目を開けた先にある世界こそが、ユエの生きるべき世界なのだから。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 そして……ユエの感覚が現実に戻っていく。

 

 背中には氷の床の冷たい感触。痛覚操作を外していたせいで残る痛覚がユエに覚醒を促す。

 

 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。ユエの感覚ではあの心地いい空間に長い時間いたような気がするが、おそらく刹那の間だったのだろうとわかる。

 

 

 ならもうすぐ、シアがユエに止めを刺そうとドリュッケンを振り下ろすはずで……なのにいつまでも生きているのでユエは不思議に思う。

 

 

 不思議に思うユエの身体に何やら液体が降り注ぐ。

 

 ポタ、ポタ、と暖かい何かが上から落ちてきている。最初は血かと思ったユエだが、吸血鬼である自分が血の匂いを間違えるわけない。

 

 

 なら何なのか、ユエはゆっくりと瞼を開いていく。

 

 

 光によって眩む視界が徐々に鮮明になっていく。

 

 ユエの目に映ったものは、依然変わらずいつもと違う姿のシア。

 

 薄紫色の髪に赤い目。その状態で倒れるユエを睨み続ける。

 

 

 だがそこには、先ほどと違う点があることがわかり、同時にユエに降り注ぐ液体の正体がわかった。

 

 

 

 シアは……狂相を浮かべつつも泣いていた。

 

「シア?」

 

 鋭い目つきは変わらず、されどそこから大粒の涙を流し続けるシア。

 

 良く見ると違いはそれだけではなく、ドリュッケンを握るシアの右腕を、シア自身の左腕が必死になって止めているのがわかる。

 

「あっ、あぅ……」

 

 空いた口で必死に何かを言おうとしているが言葉にならない。ユエは耳ではなく目で口元を良く見る。

 

 

 シアの口が徐々に動いて形を作っていく。

 

 

 それは、心優しい真の勇気を持った少女の必死の抵抗からくるメッセージ。

 

 

 

 

 

 た

 

 

 

 す

 

 

 

 け

 

 

 

 て

 

 

 

──助けてッッ!! ──

 

 

 

 

 

『心の命じるままに、走りなさい!!』

 

 

 シアのメッセージを受け取ったユエは、考えるより先に身体が動いていた。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~

 

『これは……どういうことだ?』

 

『ハジメ』は自分の予想と外れた事態になっていることに驚愕する。

 

 彼はハジメの影であると同時に大迷宮だ。つまり各自挑戦者達の大迷宮の試練の進捗状況は共有されている。

 

 

 そのことから察するに、ユエ、シア共に極限まで追い詰められていたはずだ。

 

 

 シアは…………ドリュッケンを振り下ろすはずだった。

 

 

 ユエは…………生を諦めるはずだった。

 

 

『まあ、いいや。少しズレたけど仕方ない。ここから調整して……』

 

 

 ユエやシアの試練のことは一旦忘れて、『ハジメ』は自分の試練を忠実にこなそうとする。

 

 そう、『ハジメ』にとって追い詰める相手はユエでもシアでもなくハジメなのだ。このまま神の悪辣さを再現したこの大迷宮の罠によってハジメを追い詰めるべく行動しようとして。

 

 

 

 

「うるさい……お前少し黙れよ……」

 

 こめかみに当てられたドンナーの感触を感じ……思わずそこから飛び退いた。

 

 

 氷で閉ざされた狭い一室に、一発の銃声が響き渡る。

 

 

 ギリギリで弾丸を躱した『ハジメ』はハジメを見て困惑した。

 

 

『ハジメ』はハジメの能力だけでなく、その性質まで完全に再現する。つまりハジメの思考回路すら把握済みだった。だが、先程の一撃はハジメの思考回路ではありえない一撃だったせいで、行動を読むことはできなかったのだ。

 

 

 つい先ほどまで絶叫しながらシアに銃口を向けていたはずなのに、なぜ今その銃口は『ハジメ』に向けられている。

 

 

 まず狂乱状態のハジメがシアに向かって引き金を引かなかったのは単純な理由。先読みにより未来のシアの頭の位置にスコープを合わせていたが、シアが振り下ろすのをやめ止まったことで位置がずれてしまったからだった。

 

 

 狙撃はほんのわずかでも照準がズレると当たらなくなる。増してや人体の中でも小さい頭を狙うとなると難易度は跳ね上がる。合理的に計算して当たらないとわかったからこそ、ハジメは止まることができた。

 

 

 そしてハジメは目撃する。シアの涙とそのメッセージ。そしてそれを受けてユエがシアを魔法で跳ねのけて再び立ち上がる光景を。

 

 もちろんハジメはユエやシアの試練の中身を知らない。知らないが、これだけはわかった。

 

 

 シアがユエに助けを求め……ユエがそれに答えたということだ。

 

 

 その光景に魅入っていたハジメは雑音が煩わしくなり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そして……

 

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 ハジメが魔力放出を全開にして雄叫びを上げ、威圧と魔力により氷の大地に罅が入る。

 

 

 その光景を呆然と見ている『ハジメ』を前にしたハジメは最後に……

 

「ふんッ!」

 

 自分の顔を思いっきり殴った。

 

『…………何をしているんだい?』

「ああ、本当にな。俺は今まで何をしていたんだ」

 

 何が起きたのかはわからないが、『ハジメ』はどうやらハジメが持ち直したのだとわかり、それならと再び堕とすために行動を開始する。

 

 

『はは、本当に君は何やってるんだい? 吠えたから強くなるとでも? そんなことをしても君はッッ!』

 

『ハジメ』は言葉を最後まで続けることはできなかった。なぜならドンナーを構えていたハジメがそのまま『ハジメ』に対して引き金を引いたからだ。それを避けるために言葉を止めるしかなかった。

 

 

「うるせえ!! 言われなくてもわかってんだよッ! 結局のところ、俺はどれだけ強くなっても……小心者で臆病者なんだってことはな。俺はそれを……ずっと認められなかっただけだ」

 

 ハジメはこの世界で強力な力を手に入れた。

 

 軍隊を容易く葬り、国すらも滅ぼすほどの強大な力を。

 

 

 だが、どれだけ強くなろうと、奈落の底で地獄を見ようと、ハジメの根っこの部分は変わらなかった。

 

 

 内心ずっと怖かったのだ。

 

 

 どれだけ強くなろうと、主武装として銃火器を使っていたのもそれが理由。

 

 奈落に落ちた当初ならともかく、全ステータス万越えの今の自分なら、誰が使っても威力が変わらない銃よりも、もっとそのステータスを生かした武器を作り、使えるはずだった。

 

 

 だがそうなると基本的に近接戦闘を主体に考えることが前提になり、危険な目に遭わなくてはいけなくなる、それが嫌だった。

 

 

 ユエに色目を使う男に対して苛烈な対応をしていたのもそうだ。

 

 

 内心ハジメは不安だったのだ。自分なんかよりももっと優秀なリア充男に、ユエを取られるんじゃないかと思ったから。

 

 

 内心ビビりの臆病者だからこそ、人と関わる際にまず相手を威圧することを覚えた。

 

 

 自分を強く、大きく見せてからコミュニケーションを取らないと、途中で折れると思ったから。

 

 

 そしてそれは……地球にいる時もそうだった。

 

 

 本当はわかっていたはずだ。白崎香織が悪意を持って自分に話しかけていないことくらい。天之河光輝が多少歪みはあれど善意で自分に注意していたことくらい。

 

 

 ハジメが一歩踏み出すだけで、学生生活は大きく変わったはずだ。少し生活態度を直すだけで、理想の自分は手に入ったのだ。ひねくれて、世界の全てを分かった気になっていただけだった。

 

 

「本当に……俺って俗物だよな。特別なところなんて何もない」

 

 

 技術は持っていれど、精神的にはただの子供と大差ない。

 

 

 自分はこれでいいと思ったから、自分は他と違うと思い込みたかったから。

 

 

 一歩も進むことができずに日々堕落し、その場で足踏みしていた少年。それが南雲ハジメの真実。

 

 

『なんだわかってるじゃないか。そうだよ。お前は所詮臆病者の小心者だ。どれだけ力を持ってても、天之河光輝みたいに世界を救いたいなんて大それたことを言えやしない』

「ほんとだよな。あいつも無茶振りなんだよ。力があるなら正しいことのために使えとか、俺はそんなできた人間じゃないっつーの」

 

 例え世界がこれほど厳しくなく、ハジメにも余裕があるような世界であったとしても、ハジメはきっと世界を救うために力を使わない。基本的に知りもしない他人を助けるようなボランティア精神とは無縁なのだ。

 自分の力は、自分のためだけに使う。南雲ハジメはそういう自分中心な考えを持つありふれた人間なのだと自ら認める。

 

「それと話で誤魔化そうとしてるけど、もうわかってるからな。お前……俺が無意識で発射した弾丸を避けたよな。この大迷宮が本当に暴力禁止ならあの時点で俺は失格になっているはず。なのにお前は基本死なんて関係ないくせに避けやがった」

 

 その事実が齎す物は一つ。つまり……先ほど影が言っていた条件ははったりだったことの証明。

 

「お前を倒せばこの大迷宮は攻略できる。はっ、さっきよりずっとわかりやすくなったじゃねーか」

 

 

 喋りつつも瞬間錬成のための準備を始める。そしてハジメの態度が変わったことで、『ハジメ』の態度も変わる。

 

『くくく、ああその通りだよ。僕を倒せばそれでいい。だけどさ、それがどうしたの? 僕の弱体化はまだ始まっていない。つまりお前はまだ自分の負の感情を克服できていないんだ。今だって内心必死に自分を奮い立たせてなんとか立っているだけだろ? やっぱりお前はユエに相応しくない。ユエとシアがどうなっているのかお前も把握してるだろ。あの先に待ってるのは、破滅だけだ。お前のせいで確実にどちらかは死ぬ!』

「いや、そうはならねぇ。俺はあいつらを信じる。俺が俺を信じられなくても、俺よりずっとすごいあいつらのことを信じることはできる。それに……」

 

 ハジメが狂乱状態から立ち直り、己の影と再び向かい合う理由。それはどんな男の子でも内に秘めているもの。

 

 

「ユエが頑張ってるのに……俺が格好付けないでどうすんだよ!!」

 

 大好きな女の子が必死に頑張っているのに、自分が不甲斐ない姿を晒すわけにはいかないという男の意地。

 

 その想いを胸にハジメが手を合わせると、首につけられた賢者の石(エリクシル)が駆動し、周囲にアーティファクトを瞬間錬成する。

 

 半自動照準の銃火器群がハジメの後ろで待機する。

 

 誰が使っても変わらない威力の銃火器の正しい使い方は、数を用いることだ。わざわざ手に持って恰好付けなくても使える。

 

 

 さらに今のハジメは材料を展開しなくてもいい。それはハジメの手の指に増えた一つの指輪のおかげである。

 

 

 錬成師南雲ハジメ専用アーティファクト『錬成神の工房(パラケルスス)』。

 

 武器に必要な素材を錬成を使って分解し、粒子という形で保存している貯蔵庫だ。

 

 賢者の石(エリクシル)と連動し、ハジメが錬成に必要な素材を粒子から取り出すことで持ち運びが必要なくなる。

 

「さっさと展開しろよ。俺がお前なら俺と同じことができるんだろ。ここから始まる俺達の戦いはつまるところ”錬成”の勝負。相手より少しでも錬成の精度が上回った方が勝つ。……いくぞ俺の分身、錬成の準備は万端かッッ!?」

『ッッ!』

 

 

 そしてハジメの挑発に乗る形で『ハジメ』も背後にアーティファクトを瞬間錬成する。直後、数十個のアーティファクトが同時に戦場に乱れ舞う大錬成合戦の火ぶたが切って落とされたのだ。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 ユエはシアと出会った時のことを思い出していた。

 

 

 思い返してみればユエとシアの立場は似ている。

 

 一族と国という規模の違いこそあれど、ユエもシアも集団の長の娘であり……自分のせいで大切な人を失ったもの同士だった。

 

 自分がキッカケで自分の大切な人達が傷つくという、ユエが無意識的に自覚していた己の性とシアの境遇に類似性を見出し、ユエはシアに同情した。

 

 

 だけど、自分の名前を捨てて己の宿業から逃げることを選択したユエと違い、シアは己の運命から逃げなかった。

 

 自らユエに戦い方を教えて欲しいと志願してきた。もう自分のせいで家族が傷つくのは嫌だから、ずっと自分を守ってくれた家族を、今度は自分が守るのだと。より良い未来を手に入れて見せると宣言した。

 

 そんなシアの毎日泥まみれ傷だらけになっても、臆せず困難に立ち向かえる勇気と他人を思いやれるその優しさに、実はユエの方こそずっと憧れを抱いていたのだ。

 

 

 シアはユエを尊敬していると言ってくれたが、ユエからしたらシアこそ眩しくて尊敬に値する人物であり、自分よりずっと強い女の子だった。

 

「ねぇ、シア。私は……ずっとシアに憧れていました」

 

 シアは何も言わない。涙こそ見せなくなっていたが、ユエを真っ直ぐ見つめるだけで行動しない。

 

 それは思わぬユエの反撃に警戒しているのか、それとも未だにシアが抗っている証か。

 

「優しくて、明るくて、何事にも前向きに全力で取り込む頑張り屋さん。そんなあなたは根が暗くて不真面目で、弱虫な私にとって眩しくて仕方なかったけど、そんなあなたと友達になれた時は、あなたが思っている以上に嬉しかったのですよ」

 

 あえて昔の口調で、自分の何もかもを曝け出すつもりでシアに語りかけるユエ。

 

 

 ハジメと同じく。もうシアとも以前と同じ関係には戻れないだろう。

 

 そう思うと思わず泣きそうになるユエだが、そんな自分の感傷など今は置いておく。

 

 試練に途中で邪魔されて、再び自分を堕とすために己の影が何やら喋りかけてきているようだが、完全に無視する。

 

 試練の合否すらどうでもいい。それよりも優先すべきことが、今のユエにはある。

 

 

「そんなあなたが、こんな私に助けを求めてくれるのなら、私は全力で応えたい。そして勝手なことを言うならば……ここから私達の関係を、もう一度始めよう。私はもう一度シアと友達になりたい!」

 

 今までの関係には戻れない。

 

 だからこれから新しく関係を再構築する必要がある。

 

 そのために戦う必要があるのなら、そうしよう。

 

 それにユナと雫も全力の死闘の果てに互いを深く知り、分かり合えたのだと聞いている。ならそれに倣ってみるのもいいと思ったのだ。

 

 だから……

 

「だから、戦おう……全力で!」

 

 

 ユエが魔力放出を行い戦闘態勢に入ると、シアもそれに合わさるように闘気を高め、構えを取る。

 

 

 お互い向かい合うふたりがこれから始めるのは試練とは関係のない個人的な戦い。

 

 仲の良い親友同士がよりお互いを理解し、さらに親交を深めるために行われる……

 

 

 ──死闘という名の二人にとって初めての大喧嘩だ。




>攻略組
現実時間でかなり久しぶりに登場した本作主人公蓮弥君。優花が来るまでユナと雫とイチャイチャしてました。
龍太郎と鈴は原作と試練の中身にほぼ大差がないのであっさり攻略。逆に原作とは違いあっさり攻略してた光輝。ただし何か思うところはある模様です。流石に光輝の試練がどうだったのかは後で書きますが原作よりつまらなかったとだけ言っておきます。

>持ち直したハジメ
発狂寸前まで行ってましたが、ユエが立ち上がったことに共鳴する様に踏み止まることに成功。ついでに無意識の行動がキッカケで影の嘘を看破した為、ようやく交戦まで持ち込む。
自分の本質が臆病者の雑魚だと認めつつも、大好きな女の子を想って必死に自分を奮い立たせて頑張れる系男子。恋する女の子は無敵だが、恋する男子だって捨てたものじゃない。

>持ち直したユエ
ハジメより重症だったけど、ユナが以前渡していたお守りによりカンフル剤を打ち込まれギリギリ持ち直す。自己嫌悪は消えてないが、だからこそシアを助ける為なら戦える。なので己の影が何を言おうと全力で無視してる状態。

>踏みとどまったシア
最後の最後で一線を越えなかった。その必死の抵抗が死にかけてたハジメとユエの精神に火をつける。

次回は原作でいうチート吸血鬼とバグウサギの大喧嘩に相当する話

ただし作者は原作のこの話は喧嘩の内容が幼稚だったり、香織の試練が台無しになったり、地の文含めて全体的にノリが軽いコミカルな展開のせいで正直あんまり好きじゃありません。なので本作ではコミカルの入る余地のないシリアス全開で行きたいと思っています。作者が描く修羅場は割と容赦がないのはここまで読んでくださってる読者なら既知のものであるはず。

具体的に言えば『友達になりたいんだーー!』と叫びながらバインドでガチガチに拘束してスターライトブレイカーを容赦なく叩き込む魔法少女アニメくらいガチ。それに今のシアはかなり化物なのでユエには自動再生強化訓練の成果も思う存分発揮してもらいたいと思います。

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