蓮弥は体全体が何か温かで柔らかな物に包まれているのを感じた。
まるで温かいお湯に包まれているような居心地のいい感触。現代に生きるものならば誰もが「あと五分」と言い出し、出るのを拒否するような感覚。
久しく感じていなかった。その心地いい感触に微睡みの中にいる蓮弥は二度寝を決め込む。ひょっとしたら学校に遅刻するかもしれないが構わなかった。今この感触を手離す選択肢は蓮弥にはなかった。
このまま眠ることを決めた蓮弥はさっそく邪魔されないようにスマホのアラームを切るために手を伸ばして……体を包んでいるものを遥かに上回る心地いい感触の何かを掴んでいた。
「……ぁん……」
なんというか、触っているだけで手のひらから幸せが溢れてくるような感触だった。それは暖かく弾力があり、軽く手を動かしてみると指がどこまでも沈んでいくような極上の感触を与えてくる。
「ぁ……ぁん……ふぁ……」
手の動きが止まらない。一生触ってても飽きないだろう確信がある。ああ、このまま寝てしまおう。
そうして蓮弥はそれを触っている内に柔らかいそれの中にある少し固いものを擦った。
「ひゃん!」
甲高い声が響き流石に蓮弥はおかしいと思った。
そして寝る前のことを思い出す。確か蜘蛛を真っ二つにした後、元の扉の前に転移してそれで……
ここで蓮弥は完全に意識を覚醒させ状況を確認する。
眼前に綺麗な銀髪に碧い瞳の綺麗な女の子がいた。
なぜか全裸であり、蓮弥はその彼女の非常に豊かな胸を片手で……がっつり掴んでいることを把握する。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
無言の時間が続く。蓮弥はその女の子と見つめ合っていた。このままでは話が進まないと、蓮弥は話しかけた。
「あの…………ユナ……だよな」
「はい……おはようございます……
とりあえず話す必要がある。蓮弥は二度寝を諦めた。このまま寝落ちする度胸がなかったともいえる。どうしたものかと蓮弥は考えはじめた。
ちなみにまだ手はそのままだった。どこかで幼馴染の剣道美少女がいつまで掴んでいるのよ! いい加減離しなさい! と叱責する声が聞こえ、少し首筋が冷やっとしたのは気のせいだと思いたい。
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とりあえず身支度を整えた蓮弥は目の前にいる少女ユナに向き直り、ようやく冴えてきた頭で眠る前のことを思い出す。
赤蜘蛛を倒した蓮弥は、現れた転移の魔法陣で元の扉の前に戻ってくることに成功。そこでは巨大なヒュドラみたいな魔物の死体と横たわるハジメの姿があった。必死にハジメに呼びかけるユエに事情を聞き、ここではまずいとハジメを抱えて扉の中に入ったのだ。
中は広大な空間に住み心地の良さそうな住居が広がっており、一通り危険がないことを確認して、ベッドルームの一つに抱えたハジメを背負って運び、ベッドに寝かせた。その後はユエが付きっ切りで看病すると言い出し。できることが何もない蓮弥は別のベッドルームを借りて、疲労のせいで倒れこむようにして眠ったのだ。そして起きたところで冒頭に至る。
「それで、ユナ。なんで横に寝てたんだ?」
まずはそのことをはっきりさせたい蓮弥。もちろんシーツを被せてユナの体は隠してある。
「私は
「いや、だからって……もういい」
この話題をこれ以上続けるのは危険な気がした。今後やめてもらえばいいだけの話だからだ。
「まあ、服は後で用意するとして、とりあえず自己紹介か」
まともに会話したのが戦闘中なこともあり、自己紹介も簡単なものしかしていなかったことに思い至った。
「改めて挨拶だな。俺は藤澤蓮弥。たぶん君の契約者ということになる」
蓮弥は右手の甲を見る。無くしたはずの右腕の甲には、首から下げられていたはずの十字架が埋め込まれていた。外そうとして外れるものではなさそうなのでこのまま一生つけて回ることになりそうだ。
蓮弥はまさか本当に一生持つ羽目になるとは思わなかったと思いつつ話を進める。
「君のことも聞かせてほしい。君は……聖遺物に宿る霊……という認識でいいんだよな」
Dies_iraeにおいて聖遺物に意思があることはそう珍しいことではない。ヴィルヘルムの持つ聖遺物である闇の賜物がいい例だろうか。だが他にも所縁のものに超級の魂が宿ることで聖遺物と呼ばれるに値する格を持つパターンもある。Dies_iraeのメインヒロインであるマリィがそれだろう。
蓮弥はユナを後者だと判断した。今の蓮弥にはなんとなくしか感じ取れないが、およそ常人ではありえない魂を持っているのがわかる。ひょっとしたら本当に彼女はマリィクラスかもしれない。
だが、その問いに対してユナは曖昧な態度をとった。
「はい、おそらく……そうだと思います。あの……」
ユナが、言いにくそうに蓮弥に向けて話し出した。
「実は、私……」
ユナと話したところ、どうやら記憶が一部以外消えているということだった。知識はあるが、個人の経験などの思い出がほとんどないらしい。覚えているのは自分の名前がユナであること、自分が聖遺物であること、蓮弥が自分のご主人様であることだけだという。
「そうか……」
蓮弥はそう呟いた。もっと気の利いたことが言えたらいいのだが、記憶喪失の女の子の相手をした経験がある人間は極めてレアケースだろうし、それを想定しているわけもない。
蓮弥が困った顔をしていることに気づいたユナが言う。
「けど、
どうやら起きた直後にセクハラ行為を働いたにも関わらず、好感度は悪くないらしい。少し安心した蓮弥は気になっていることを訂正する。
「なら俺のことは蓮弥でいい。ご主人様だと体裁が悪すぎるからな」
銀髪碧眼の巨乳美少女にご主人様と呼ばせる若い男とか間違いなく事案である。いや、案外この世界では馴染むのかもしれないが。
「はい、なら蓮弥と呼びます」
納得してくれたらしくふわりと笑みを浮かべるユナ。蓮弥は思わず見惚れてしまった。間近で見ると益々綺麗な子だと思う。
漂う妙な空気にこの後どうするか考えてたところ、何かに感電したような叫び声が隣から聞こえてきた。
すわ敵襲か!? と慌ててとなりの部屋に突入すると、そこには素っ裸の
「……」
とりあえず蓮弥は「お邪魔しました」とだけ言い、そっと音を立てずにドアを閉めた。まったく朝からけしからん奴だと蓮弥は思った。つい数分前まで自分もほぼ同じ様相だったことは、完全に棚に上げていた。
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しばらくして合流したハジメとユエにまず最初に聞かれたのは、となりにいる少女は誰だということだった。
知らない場所に知らない人物。ハジメもユエも警戒しているようだった。もっともユエは、ユナの圧倒的な胸囲の戦闘力に慄き、自分と比較して威嚇しているようだったが。
蓮弥は彼女のことをどうやって説明するか迷った。迷った末に転移された所に安置されていたアーティファクトの精霊みたいなもんだと説明した。馬鹿正直に聖遺物だの
目の前でユナを武装に"形成"した後は信じてくれたようで、この空間の探索を行うことになった。
その後、まるで高級ホテルのような設備に驚いたりしながら探索を行った。そして、三階の奥の部屋に入った時、部屋の奥で謎の魔法陣と服を着た骸骨を見つけ、その魔法陣の中央から骸骨と同じ服を着た青年が現れた。
「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ」
そのオスカー曰く、この世界で起こっている他種族同士の戦争は初めから神の遊戯として作られたものであり、反逆者と呼ばれる人達はそんな神を殺し、世界を解放せんがために立ち上がったこと。
だが神への反逆を知ったその神の策略により、真実を知らない周りの人間達を巧みに煽動し、逆に彼らは反逆者として追い詰められた。
七人の反逆者……いや"解放者”は散り散りとなりながらも各地で迷宮を作り上げ、その攻略者に自身の神代の魔法を授けるという手段を取ることで、未来への希望を残したこと。
その話の後に蓮弥達に神代魔法の一つ"生成魔法"を残し、その魔法をできれば正しいことのために使って欲しいと残し、メッセージは終了した。
その話を聞きハジメは興味がなさそうだった。おそらくこの世界の事情など知ったことはないと思っているのだろう。ユエはハジメが興味がないのであればそれでいいと考えているようだった。
そして蓮弥だが、彼は……複雑な感情を感じていた。ギュッと手を握りこむ。神の都合に振り回されるもの同士なにか思うことがあったのかもしれない。蓮弥は彼らが他人のように思えなかった。
そんな蓮弥の手をユナがそっと包み込む。まるで労わるように。蓮弥は何でもないとユナに言った。不思議と蓮弥のもやもやは消えていた。
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その後、オスカーの骸を畑の肥料……もとい墓を作って埋葬した後、探索を続行し、ついに脱出方法を見つけることに成功する。
だがここでハジメの提案により、しばらくこの場所に留まることに決める。目標は七つの大迷宮走破。しかし、大迷宮攻略はそう簡単に行かない。ここは拠点とするなら最高の場所であり、ここで可能な限り準備を行いたいとハジメは言った。
蓮弥としても習得したばかりの"形成"を使いこなす必要があると考え、その提案に了承する。一瞬幼馴染の顔が浮かんだが、あいつなら大丈夫だと軽く考えていた。その幼馴染が想像より大変なことになっていることを蓮弥は知らない。
それから怒涛のように二ヶ月が過ぎていった。ハジメと蓮弥がお互いのオタク知識を出し合い装備や乗り物や、その他テンションに任せて色々作ったり、ハジメとユエがイチャイチャしたり、それをリア充爆発しろと思いながらユナと共に"形成"の使い方を学んだり、ハジメとユエがイチャイチャしたり、蓮弥がここの快適空間でリラックスしたり、ハジメとユエがイチャイチャしたり、もうすぐ二ヶ月が経とうとした頃、流石に幼馴染のことが気になった蓮弥が、滅茶苦茶怒るであろう幼馴染のためにお土産として、昔若気の至りと厨二病を駆使して学んだ刀の作り方を思い出しながら、ハジメと共に徹夜明けのテンションで雫用の刀をノリノリで作ったり、ハジメとユエがイチャイチャしたり、その事についにブチギレた蓮弥がいい加減にしろやリア充ぅぅー!! とハジメとリアルファイトしたりと色々あった。
ちなみにリアルファイトは手加減したとはいえ、両者有効打無しの引き分けだった。
(明らかにハジメとユエはイチャイチャしすぎだろ)
非リア充の妬みである。ちなみに蓮弥にもユナという美少女が側にいる。当然、蓮弥も気にならないといえば嘘になるが、彼女は記憶をなくした純真無垢な女の子だった。それなりに仲良くなったとは思うがまだ所有者と道具という関係からは抜け出せてないように思う。
せめて聖遺物の中で出会ったもっと凛としてた彼女ならと思いはしたがどうにもならないものはどうにもならない。
ちなみに蓮弥は、夜な夜な隣で艶声や嬌声が聞こえてくるたび、理性を総動員してユナに襲いかからないよう注意していたりする。どうしてもダメな時は聖遺物の中にユナを戻してなんとかした。
そして出発の日が訪れた。蓮弥のステータスは以下の通りである。
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藤澤蓮弥 17歳 男 レベル:???
天職:超越者
筋力:13000
体力:12100
耐性:13000
敏捷:12000
魔力:12500
魔耐:12500
技能:永劫破壊[+活動][+形成]・吸魂・聖術・霊的装甲・超身体能力[+形成]・五感超強化[+形成]・超直感[+形成]・魂魄形成・生成魔法・言語理解
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活動の頃と比べてもパラメータが文字通り桁違いである。
技能は今まであったのが纏められ、新しい技能になったりしているが、今まで使えていたスキルが使えなくなったりはしなかった。魔力操作が聖術に変わっているが、これは赤蜘蛛の時に使った魔法である。この世界の魔法体系とは別の力であり、蓮弥はユナのサポートによって使うことができる。ちなみにユナだけでも問題なく使えた。なぜ使えるのかはわからないそうだが。
ハジメにいくつか作ってもらったものもある。一つは移動手段であるバイク「ヴァナルガンド」。基本的にはハジメのバイクである、シュタイフと同じではあるが、ハジメにしか使えない装備を外し、ユナの協力の元、聖術で使えそうなものを生成魔法を利用して付与している。
あとは服装である。
これはやっぱりあれしかないだろうとノリノリで黒円卓の軍服を用意した。そこにマキナのような軍帽を被れば完成である。
裁縫担当のユエに、色々オーダーを出す蓮弥を痛々しいものを見る目でハジメが見てきたが、白髪に眼帯に義手、くっ、静まれ俺の左腕!! と言って撃退した。伊達に厨二を極めなければ強くならない力を使ってはいない。蓮弥の厨二耐性はハジメより遥かに高かった。
その後、ハジメは丸一日部屋から出てこなかったが、ユエが慰めにいったので放置した。リア充爆発しろ。
ちなみにユナはゴスロリ風ファッション。蓮弥もハジメもゴスロリに詳しくなかったのであくまで"風"なのがポイント。色々考えたが彼女の綺麗な銀髪が冴えるようにと考えたら自然にそうなった。
狙ったわけではないがユエとは反対色になった感じだ。
ちなみに蓮弥達のと同様にユエが作ったわけだが、露出度は低いが強調されたその胸部を親の仇のように見ていたのが印象的だった。
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そして、とうとう蓮弥達が外へ出る時がきた。
三階の魔法陣を起動させながら、代表してハジメが皆に語りかけるような声で告げる。
「俺の武器や俺達の力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう」
「ん……」
「だろうな」
戦争事情を一変させる銃を始めとした兵器群。ハジメが生成した人によってはどんなことをしてでも欲しがるであろうアーティファクト群。もしバレたらただではすまないだろう。
「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい」
「ん……」
「教会や国だけならまだしも、バックの神を自称する狂人共も敵対するかもしれん」
「ん……」
「世界を敵にまわすかもしれないヤバイ旅だ。命がいくつあっても足りないぐらいな」
「今更……」
「敵ならたとえ神でも踏み越えて進む……だろ」
蓮弥がハジメにそう答えるとハジメはニヤリと笑った。当然だと言うような顔だった。
「俺がユエを、ユエが俺を守る。それで俺達は最強だ。全部なぎ倒して、世界を越えよう」
ハジメの言葉に、ユエはまるで抱きしめるように、両手を胸の前でギュッと握り締めた。そして、無表情を崩し花が咲くような笑みを浮かべた
おかしい、チーム全体での出発前の決起だったはずなのに、いつのまにかハジメとユエが二人の世界を作り出していた。桃色空間を避けるためではないが蓮弥も隣のユナを見る。
「ユナ、俺は……旅の果てで神との戦いは避けられないと思っている。そんな予感が消えない。あるいは俺がこの力を手にしたのも
ただひたすら聖十字架の中で、かつて犯してしまった罪を償うために血を流し、自らを戒め続けた罰姫。今は記憶がないので問題にはなっていないが、いずれそれも解決しなければならない時がくるかもしれない。
蓮弥は彼女の正体を察していた。そして彼女が生前犯したであろう罪のことも。だから異世界とはいえ、神への反逆になるであろうこれからの旅は酷かもしれない。
「……はい」
ユナはその問いに笑顔で言った。……言ってくれた。
その言葉に安心する。これから様々な困難があるだろう。中には今の自分であっても命を落としかねない危険があるかもしれない。だけどきっと二人でなら乗り越えていける。
元の世界に戻ったら彼女に見せたいものがいっぱいあった。彼女が贖罪に費やした二千年の間に、世界には素晴らしいものがたくさんできたのだと。
彼女と共に必ず地球に帰還する。
蓮弥は彼女の笑顔を見て、決意を固めた。
というわけで第1章無事完結。
当初ではここまで書けるかも疑問だったのですが、皆さまの応援のお陰でやってこれました。
まだまだ蓮弥とユナの旅はこれからです。Dies_irae原作でいうならシュピーネ戦が終わったぐらいのところ。ここから少しずつありふれ原作からずれていくような感じです。
主人公のステータスはハジメより若干強いくらいで現状落ち着いています。まだまだ伸びしろはあるので経験値をためればレベルが上がっていくことでしょう。
次回は幕間。雫と愉快な仲間達の話