というわけでユエVSシアの続きです。ちょっぴりハジメも出るよ。
ユエとシアが向き合っている頃、ハジメ達の戦いも佳境に入っていた。
共に南雲ハジメ。すなわち錬成魔法の極みに近い場所にいる錬成師二人が錬成合戦を行うということは、すなわち戦場にアーティファクトが乱れ舞うということだ。
銃器型のアーティファクトを瞬間錬成した『ハジメ』がハジメに対して一斉射撃を行うと、ハジメが両手を合わせ、即ゲート型のアーティファクトを錬成し、その攻撃を反射ないし拡散する。
そして今度は大気を錬成し、超高密度の大気の塊を『ハジメ』の頭上に落とすも、掃除機のようなアーティファクトを錬成した『ハジメ』が大気を吸い込み、ハジメに向かって放出する。
「『錬成!!』」
再び錬成魔法が衝突する。ハジメは圧縮空気を霧散させようとし、『ハジメ』はさらに密度を高めることで燃焼させ、ハジメを焼き尽くそうとする。
霧散と圧縮。相反する錬成反応が衝突し、その場に錬成反応による光が乱れ舞う。
「ぐぅ、あああああああ──ッッ!!」
『がぁ、はぁぁああああ──ッッ!!』
手を翳し、自身の望んだ形に錬成を行おうと両者ともに気合を入れる。
しばらく錬成合戦は続くが、二人の決着がつく前に圧縮空気は破裂し二人の中央で破裂する
『くそッ、いい加減諦めろよ。はぁ、はぁ、お前ぇ』
「がは、はぁ、はぁ、はぁ、やなこった」
肩で息をする二人。
その様相に余裕がないのはその戦いが熾烈を極めている証拠だった。
『ハジメ』からしたらこれは想定外の出来事だった。精神的に隙があると思っていたハジメが思っている以上に抵抗してくる。
このままだと突破される。そう思った『ハジメ』は行動に移す。
ガタガタだった精神を立て直し、必死の抵抗をしてくるのなら、もう一度絶望に落とせばいい。
『あれが見えるかい?』
ハジメが再びスクリーン型のアーティファクトを錬成し、ある場所を映し出す。
映し出す場面はもちろん、ユエとシアの戦いの場所。
『うわぁぁ、グロ。スプラッター映画も真っ青な光景じゃないか。ユエが不死身じゃなかったら一体何回死んでるのかねぇ』
「…………」
『はてさて、一体どちらが派手に死ぬのか。やっぱりユエかな。それとも暴走の果てにシアが死んじゃうのかな? ねぇ、君はどっちだと思う?』
「…………」
『黙るなよ。全部お前のせいでこうなってるんだからさ。せめてお前だけは見届けようとはおもわないのかい?』
『ハジメ』はハジメの心の傷を再び広げようと言葉を尽くす。心の闇を乗り越えたと思っても実際中々乗り越えられないのが人間だ。ここでハジメの負の感情が増し、『ハジメ』が強化されればこの勝負はすぐに決着がつく。
そしてその瞬間は訪れる。
画面内で大きな動きがあったのだ。それを見たハジメは、一瞬硬直する。
(終わりだ!)
その瞬間を『ハジメ』は見逃さない。即座にアーティファクトを錬成し、ハジメに差し向ける。
決着はすぐそこに。ハジメの試練も最終段階へと向かっていた。
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最初、シアにはその構えの意味がわからなかった。意味がわからなすぎて思わず攻撃を中断したほどだ。
構えとは行動の前の予備動作のことだ。様々な構えが次の動作の布石となり、速やかに体幹の移動を行うことができるようにするための物。
だがユエが使う魔法に基本構えなんてものはいらない。せいぜい照準を合わせるために指を突き出すなどの動作を行うくらいだろう。
だからつまり、ユエが構えたことの意味は……
「…………」
シアは無言でユエを見る。言葉はなくともその意思を籠めてユエに問いかける。
お前はまさか……今の私に近接戦闘を挑むのか、と。
「その通り。これはそのための魂殻霊装。そしてシアは……もう何もできない」
輝く金髪をポニーテールで纏めたユエは挑発するようにシアに対して微笑を浮かべる。
そして……
次の瞬間、シアの顔面にユエの拳が突き刺さっていた。
「ッ!?」
ユエの攻撃でシアが吹き飛び、その後をユエが追う。
無論シアもすぐに体勢を立て直し迎撃に移るが、その瞬間再びシアの視界からユエが消える。
シアは超反射神経を利用してユエが現れた場所に拳を振るうが再び空振りし、ユエのクロスカウンターが炸裂、シアを吹き飛ばす。
壁をいくつも突き破りながら空中で受け身を取るシアを先回りしたユエが、踵落としでシアを地面に叩きつけ、地面に巨大クレーターを作り出す。
この間僅か一秒。
先程とは逆の光景。シアがなす術もなく一方的に殴られるという展開。
だがシアはその一瞬のやり取りでユエの力の仕組みを理解していた。
雷化──
実際その通りである。
ユエの
一口に雷化というが、それが齎す恩恵は絶大だ。全身雷になることで攻撃全てに雷属性が付与されることによる破壊力の増大はもちろん、最大の特徴は敏捷性の超強化にある。
なにしろ雷の速度は秒速百五十km。時速換算で五十四万km、音速の四百倍以上という桁違いの速度だ。
あらゆる生物の知覚探知の能力外になるその超速度に対応できるものはいない。さらにその超速度から繰り出される打撃にはその速度分の攻撃力が加わるというおまけ付き。
だが、それがどうしたというのだろう。種が割れた手品に価値はない。普通ならどうしようもないかもしれないが、シアには雷速に対抗するための武器がある。
シアが両目を見開いてその魔眼を発動する。
天啓視──
数秒先の未来を読み取るシアの技能。いかな雷速であろうとも、いつどこにどのタイミングで攻撃が来るのかあらかじめわかっていれば対処は可能だ。
シアは未来を読む。読んだ未来はユエが自身の左側頭に蹴りを放つ光景。だからこそシアはタイミングを合わせようと動き始め……
「ッ!!?」
柱をいくつも壊しながら吹き飛ぶシアは内心驚愕に染まる。確かに自分は未来を見て対処したはずなのだ。なのになぜ別方向から攻撃が飛んでくるのか。
「……シアだけが未来を変える権利を持ってるわけじゃない」
吹き飛ぶシアに追いついたユエがシアに蹴りを叩き込むことでシアの身体を上空に吹き飛ばし、追い討ちで腹部にもう一度蹴りを叩き込む。
確かにシアは天啓視によって未来を読み取り、その未来を前提として行動を取ることでその未来を回避することができる。シアの未来視は自分の未来は比較的簡単に変えられるのでユエの攻撃が絶対回避不可能だったわけではないはずなのだ。
それを踏まえシアはもう一度”天啓視”を使う。
間違いない。ユエが正拳突きで顔に拳を打ち込む未来が見える。
連続で天啓視を使うことでその未来が変わらないことを確認。今度は突き出してきた腕を掴み、捕えようと腕を動かした瞬間、後頭部に雷速の飛び蹴りが炸裂した。
「ッッ!!?」
攻撃を受けたシアが今度は全方位に向けてオーラによる衝撃を放つが、ユエは瞬時にその攻撃範囲を予測、回避を行い、がら空きのシアの胴体にボディブローを叩きこみ吹き飛ばす。
シアはユエの攻撃に対して最適解を選択し行動したはずだった。なのになぜユエの行動が天啓視の光景から変化するのか。簡単な話だ。
ユエはシアの行動によって自身の行動を変えているだけなのだ。
最初はシアの左側頭へ蹴りを入れるつもりだったユエだが、シアがそれを踏まえて行動したことを認識したため、咄嗟に行動を切り替えた。
次の正拳突きもシアが自身の腕を取ることがわかったから行動を変えた。
つまりユエがやっていることはいわば究極の後出しジャンケン。相手が自分の行動を読んで未来を変えるなら、自分もそれに合わせて動くだけである。
もちろんその行為は決して簡単なことではない。雷速で動いている中で行動を変えるということは自身の思考速度も雷速に達していなければならないし、思考速度が増加していても相手の行動を先読みできなくては意味がない。シアは連続で天啓視を使えるのでユエの判断が遅いとシアに対処されてしまう。
そうならないようにユエはシアに雷速で攻撃を加えつつ、全力で演算を行っていた。
吹き飛ばした際の角度と速度から飛ばされる場所を割り出すことで雷速にて先回りしたり、自分の行動、シアの行動、その二つを合わせてどのような事象が起きるのか瞬時に割り出して行動する。
すなわち未来予知ではなく未来予測。周囲の状況を通常の人間以上の精度で判断し、未来を予測演算するラプラスの悪魔と呼ばれる概念。
それを可能にするのがユエの持つ固有技能”想像構成”である。これは魔法陣を介してしか使用できない魔法を魔法陣無しで発動するための技能……ではない。正確に言えば頭の中だけで複雑な計算を行うための技能であると言える。
トータスにおいて魔法陣とは魔法式の集合体であり、その魔法を使うために必要な物理現象の改変を行ってくれる物。
機械で例えるなら魔法陣とはプログラム。魔法式とはプログラムを構成するプログラミング言語とも言える。つまり魔法式を用いて魔法陣をコーディングし、世界に投影することで目に映る現象に変えるのだ。
そして魔法陣を使わない魔法というのは、1と0を用いて人間が機械に命令を下しているのと同義だ。もちろん普通の人間は1と0だけで機械に複雑な命令を出したりすることはできない。だからこそ”想像構成”という技能は本来、一つの魔法系技能を極めた先の最終派生技能としてしか出現しない。
つまりユエの頭にある全属性適応の想像構成領域は、
神ノ律法発動中のユエは、発動中の魂殻霊装の属性の魔法なら念じるだけで使えるゆえに普段戦闘中常時使っている想像構成という技能を未来の予測という形で使用できる。
雷速という桁違いの速度。
それに伴う思考加速。
そして超高性能演算装置を用いた未来予測。
それゆえに、雷神ユエは覚醒したシアを一方的に攻撃することができていた。
何度目かわからない雷系上級魔法を纏った拳をシアに叩き込む。客観的に見て光の筋としか認識できないユエがシアを中心に超高速で舞い続ける。壁を砕き、柱をへし折り、床を貫き地下に落とす。
もはや大迷宮が悲鳴を上げるかのような破壊を繰り返しているユエ。
だが……ユエは思っているほど余裕があるわけではなかった。
(……硬いッ。生物を殴っている感触じゃないッ。まるでアザンチウム鉱石の塊を叩いているみたいッ)
数多の拳を叩きこんだ。何度も蹴りにて吹き飛ばし、大迷宮の壁に穴をあけるまでシアの身体を叩きつけている。
それにも関わらず……シアのダメージは微小。
むしろ殴っているユエが超速再生で殴ったり蹴ったりした部分を治さなくてはならないという異常事態。
ユエの魂殻霊装は装填する魔法によってステータスが変わる。
魔法特化のステータスになることもあれば近接特化のステータスになることもある。
だからこそ手数を増やしているのだし、それでも並みの相手なら雷速攻撃で倒れているはずだ。
恐るべきは、今のシアの驚嘆の耐久力。
雷神ユエの攻撃のほとんどを無効化する肉体強度。
ユエは一方的に攻撃できる反面決め手に欠ける。シアはユエの雷速と未来予測に対応できない。
つまり決着がつかない。
そしてそうなると不利なのはユエだ。魂殻霊装には時間制限がある。昇華魔法の習得によりさらに神ノ律法の精度が増したので以前より持つようにはなっているがそれでも永遠に戦えるわけではない。魂殻霊装が解ければ最初のサンドバックに戻るしかない。
勝負をかけるべきかとユエが思考するが、その前に事態が動く。
「…………大体理解できました。今度はこちらが警告します。もうあなたのそれは通じません」
理性がないと思っていたシアが口を開くというその驚きも一瞬。ユエはシアの言葉を聞かずに攻撃した。
警告されようと今のシアに中遠距離魔法は躱されるか受け止められるかのいずれかで対処されるので効かない。危険を承知でシアの土俵で戦うしかないのだ。
シアの動きを予測し、雷速機動を行う。生物であれば反応できない超速度でシアの背後に回ったユエは、
「ッッ!?」
後ろを向いているはずのシアが前を向いている。そのエラーを修正するために、ユエの思考に僅かな穴が開く。
それだけで十分だった。
──獣拳一閃
シアの渾身の右ストレートが、ユエに突き刺さる。
「がはぁッッ、ぐふぅ、がばぁ!!」
この戦いが始まって一番の渾身の一撃。それはたった一撃でユエを七回殺し、吹き飛ばす。崩壊を始めた大迷宮がさらに崩壊を加速していき、最後には地面を転がりながら止まる。
「どうして……なぜ、対応できた……の」
ガタガタの魂殻霊装を強引に固定し、ユエがなんとか立ち上がる。
今の一撃には魂魄魔法による武装がされていた。物理攻撃軽減能力も持っている雷神戦姫モードでもこの攻撃は痛い。
その答えはすぐ目の前に現れたシアによってもたらされる。
「…………勘です」
いつもと違うクールな表情をしながらふざけたことを言うシアだが、至って本人は真面目だ。
今までの攻防でユエが自分の未来視に対する行動によって動いているとわかったシアは未来視だけに頼るのを止めた。あえて未来を視ずに、現実の五感と第六感に全神経を集中し、何となく危ない方向に向けて攻撃を叩きこんだのだ。
野生の勘で雷速を破られるインチキ具合にユエは思わず笑ってしまう。
まったくもって自分の親友は本当にすごいやつだと思いながら。
「私はあなたを狂った未来から救わないといけないんです。だからさっさと死んでください」
だがそんな親友は未だ狂乱の中にある。ユエを救うためにユエを殺すという矛盾に気付いていない。
だから……
「絶対ヤダ。私は……シアを助ける!!」
決めたのだ。この親友を助けると。だからユエも全力で止める。
再び始まる超高速戦闘。だがその攻防は先ほどと違った様相を見せる。
「……」
「がはぁ!」
今までの攻防とは違い。シアの攻撃がユエに当たるようになった。その違いは致命的に大きかった。
シアはユエの攻撃を受けても少しのダメージしか負わない。なのにシアの攻撃は全てが致命傷だ。攻撃が相打ちになってもダメージの割合につり合いが取れていない。
そしてそれをシアもわかっているからこそ、あえてユエの攻撃をよけずに攻撃することも増えてきた。皮を切らせて骨を断てるなら割のいい取引だろう。
「はああああああぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」
シアが雄たけびを上げて、雷速中のユエを捉え、空中で振り回しながら地面に下降し、ユエを全力でぶん投げた。
一層、二層、三層。
ユエが床をぶち抜いて地下へ落ちていく。
そして辿り着いたのは大迷宮の体を成していない薄暗い空間。どうやら大迷宮を突き抜けてしまったと悟ったユエは全力で身体を治す。
不死身にも限りがある。再生するたびに魔力を消費し、殺される際の精神的な負担も無視できなくなってくる。
度重なるダメージにより魂殻霊装も空中分解寸前であり、地下で無防備を晒していることがわかっても今のユエは回復のため動くことができない。
そしてそれがわかったシアは、同じく迷宮の底に降り立ち、ゆっくりとユエに近づいていく。
もはやシアは何も言わない。きっと以前のようにユエが死ぬまで何度も何度も攻撃を叩きこむのだろう。
その心を傷付けながら。
(そんなこと……させない)
どうすればいい。どうしたらシアを止められる。
ユエの脳内を全力で知識が駆け巡る。この状況を脱する方法は。
……ある。
それは、ユナとユエの修行中でのことだった。
『……以上、そういう理屈で魂殻霊装は装填した魔法の種類によってその形と特性が変わります。なのでその時々にあった魔法を選択して、装填することが重要なのです』
『…………ねぇ、ユナ。一つ質問何だけど、もし……二種類の魔法を取り込んだらどうなるの?』
『……まず無理です。二つの魔法を同時に装填してもまずまともに運用できません。おそらく自爆するだけでしょう……ですが、あなたの魔法の才能は私の想像の上をいくようです。もしかしたら、ユエなら形にはできるかもしれませんね。ですが……仮に上手くいっても危険なことには変わりありません。ですので約束してください。そんな危険なことは絶対しないと』
その時のユナの瞳は、ユエを心配する感情で満たされていた。だからこそユエは……素直にその約束に応じる。
『……わかった』
『約束です』
(ごめん……ユナ。約束破る)
「遅延発動、”神罰之焔”──装填」
「二重憑依──魂殻霊装再構築! 」
倒れているユエが炎上し、シアの視界を遮る。そして……
「
赤と黄金。二つの色を携えたユエが雷速にてシアに飛び出す。
死にかけだったユエの思わぬ反撃に未来視をあえて使っていなかったシアが意表をつかれるも一撃耐えて反撃しようとする。だが……
「ぁぁああああ──ッッ!!」
「ッッ!? がばぁ!!」
シアの腹部にユエの渾身の一撃が突き刺さりそのまま上層部まで殴り飛ばす。
「げほ、げぼ」
地上に戻されたシアは口から血の塊を吐き出しながら悶絶する。
それは今までと違い、確かなダメージになったという証。
「シア、構えて。いくよ、これが……最後の戦い!」
ユエの目が宿す強い光を受けて、シアも最後の戦いに向けて、己のオーラを全力で解放した。
>想像構成技能の真骨頂
噛み砕いて言えば、ユエは滅茶苦茶頭がいいということです。
>シアの雷速対策
ちなみにシアはアフターで雷速の敵と戦っていますが、本作でその敵が原作と同じ強さだった場合ワンパンで決着がつきます。
>雷精螢惑・戦神変生(ワルキューレ・ウルスラグナ)
ユエの魂殻霊装。今は無理やりくっ付けただけなので髪の一部に赤が混じるぐらいの外見の変化。
二種類の魔法を憑依させることは身体の中で危険な化学反応を起こすようなもの。
効果は雷速+炎の魂殻霊装の重い攻撃が加わるというものだがそのリスクは……
次回、ありふれたボールZ
さらば大迷宮! 死闘、ついに決着!