死闘──
そう呼ぶにふさわしい戦いが氷の大迷宮で続く。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」
「やぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」
シアの攻撃が当たり吹き飛ばされたユエがシアの背後に一瞬で移動し蹴りを入れる。かと思えば追撃を行おうとしたユエの腕をシアが掴み、ユエの身体を振り回して地面に叩きつけた。
倒れた姿勢のユエを踏み砕こうと足を振り上げるシアに向けてユエがサマーソルトキックを行い、顎を足先で跳ね上げたシアのがら空きの胴体に掌底を叩きこむ。
大迷宮中を縦横無尽に超高速で飛び回りながら続けられる乱打戦。
ユエはその不死身の再生力で、シアはその身のタフネスでもって攻撃を喰らっても歯を食いしばって耐え、相手に攻撃を叩きこむ。
だが決着は間もなく訪れようとしている。
ユエは魔法の二重装填という無茶をやらかしているせいで、あらゆるものが崩壊を始めているし、覚醒したシアはその膨大な力で己の身を滅ぼそうとしている。
そして決戦の終わりの最初に仕掛けたのはシアだった。
ユエの蹴りをわざと受けてシアが上空に飛び上がり、大迷宮の天井に衝突。そのまま突破し極寒の雪原にその身を投げ出す。
そして……吹雪冷め止まぬ雪原の上空に、巨大なエネルギーが出現した。
シアが腰だめに手を構えながら一か所に集められるエネルギーは膨大。本来放出系の魔力運用が苦手のシアもこれほど溜めて行えば形になると言わんばかりの暴力的な技。
「シア……」
ユエは上空のシアを見る。
間違いなく渾身の一撃。あれが大迷宮に炸裂すれば地上がまるごと消滅してもおかしくないほどのエネルギーをユエは感じていた。
よってここでユエが取る選択は迎撃以外に存在しない。なぜならこの大迷宮にいるのは自分だけではない。愛しい恋人も、大切な仲間だっているのだ。
シアにとっても大事な人達を、シアの手によって傷付けさせるわけにはいかない。
「解放──神罰之焔。招来──極大・天雷槍──
「”
二種類の魔法を組み合わせるという雷龍から始まるユエの得意技であり、雷神モードで使用した天雷槍に神罰之焔を掛け合わせることで誕生する合成魔法。
炎と雷を纏う巨大な槍を地上で構えるユエ。
上空で破滅のオーラをため込むシア。
この戦いが始まって以来最も巨大なエネルギーが地上と空中で集まる。
そして……
「はあああああああああああ──ッッ!!」
シアが渾身の気功波を放ち。
「照準設定──開放!!」
ユエが地上から神の槍を放つ。
地上と空から流星が尾を引きながら放たれ、中央で激突した。
(お願い……)
(どうか……)
((これで終わって!!))
悲壮な想いと悲痛な決意がぶつかり合い、激しい衝撃を放つ。
それは規模で言うなら、かつて蓮弥とフレイヤが神山でぶつかった時のエネルギーに近似する。
あの時は皆の想いを背負った蓮弥が勝利した。なら今回はどうなるのか。
二人の想い人は未だ試練の中、他の仲間達はどちらか一方を贔屓したりしない。
なら必然……
巨大なエネルギーが空中で爆発する。
「きゃあああああああ──ッッ!!」
あまりの衝撃で地上にいたユエと上空に浮かんでいたシアが吹き飛ばされる。
その衝撃は地上の雪を丸ごと蒸発させ、常時上空に浮かぶはずの分厚い雲を丸ごと吹き飛ばし、崩壊寸前だった大迷宮に致命傷を与えた。
両者決着つかず。
だが、地上にいるユエの元に飛来する影。
自動発動した未来視にてお互いの攻撃が相殺することを知ってとっさに衝撃を躱したシアがユエに迫る。
もちろん無傷ではない。あれほどの衝撃を間近で受けたのだ。骨はいくつもひび割れ、全身が痛みを放っている。
だがシアは勝ちを確信する。先ほどの攻防でユエは炎の魂殻霊装が解けてしまっている。雷の魂殻霊装もほぼ空中分解寸前だ。
ユエの残存魔力もあとわずか。つまり……後一撃で殺せる。
そう思い、ユエに向かって突撃したシアは……あることに気付いて固まる。
既にあちこち崩壊が始まる大迷宮だが、この部屋は特に崩壊が酷い。床はボロボロで辺り一面
そうここは、ユエが挑戦していた氷柱の間であり……ユエがシアに殺され続けた部屋だったのだ。
そこにおびき出すことに成功したユエは……最後の仕掛けを発動する。
「”血液操作”」
血液操作──
それは吸血鬼由来の技能。ユナとの修行により発現した超速再生の派生技能として生まれた技能だった。
部屋中に飛び散ったユエの血液が幾何学模様を描く。そして数瞬後、シアの周囲を覆うように複雑な立体魔法陣が展開されていた。
重力魔法──
「”黒箱”」
シアの周辺の空間が歪み、歪んだ場所から黒い泥があふれ出しシアに絡みついていく。
超重力の奔流。ありとあらゆるものを粒子レベルまで圧縮する大魔法がシアに襲い掛かる。その災禍と言っていい力の暴力に対し、シアは残りのオーラを全解放して抗う。
だがシアが耐えるのも想定内。そのシアが動けない時間を使ってユエは自身に残された真の切り札を発動させる。
それはあらゆる魔法を使えるユエが、身近に自分より優れた使い手がいたからこそ、旅の中で一度も使わなかった魔法。
「”錬成”!」
ユエが氷の床に錬成魔法を発動する。氷とユエが叩き落された地面より掘り起こされた微量の金属を混ぜ合わせて作られるのは巨大なバリスタ。
──ユエ式簡易アーティファクト『スコルピウス』
ハジメより教わった魔法科学式電磁加速機構が搭載されたその弓はシアに向かって引き絞られる。
「装填──雷神之矢、放て──ッッ!」
ユエの言霊により駆動した魔法式が電気エネルギーを送り、金属粒子と氷が超圧縮された矢がシアに向けて放たれた。
電磁加速され、音速の数倍に達した超重量の矢がシアに轟音と共に迫る。
目の前に来る明確な死を前に、シアは昇華魔法により無理やり強化した闘気でもって重力の束縛を引きちぎった。
そして、轟音と共に迫る矢を腕で抱えるように受け止め吹き飛ばされるシア。
床がシアの靴底と擦れて火花を発する。そのまま壁をいくつかぶち破り大迷宮の端、巨大な氷山の一部にまで激突せんと迫る。
「アアアアアアアアアアアアアア──ッッ!!」
そして……ユエの一撃とシアの耐久。どちらが優っているかの最後の戦いは……
辛うじてシアが受け止め切ることで決した。
シアのダメージは矢の先が腹部にわずかに刺さっている程度。
ユエの渾身の一撃は空振りに終わった。そして自分は昇華魔法と超細胞極化の重ね技という無茶が生んだ膨大な闘気が残っている。
勝敗が決したと思ったシアは、直線上にいるであろうユエに目を向けようとして。
氷の矢に触れるほど接近したユエに気づいた。
「これは…………避雷針」
「解放──神裁之雷ッッ!!」
金属粒子を混ぜることで伝導率が増した超圧縮氷塊による体内への雷の直流し。
シアが反応するがすでに遅い。
氷を解かしながら流れる膨大な雷が、シアの中で炸裂した。
「がぁぁぁぁあああああああああああああああああ──ッッ!!」
シアの身体の中から雷が迸る。その膨大な熱はシアの身体を内側から焼き、そのまま全身が炎上する。
「はぁ、はぁ、はぁ、げほ、げほ……がはぁぁ!」
その衝撃で吹き飛ばされ、元の姿に戻ったユエは咳き込みながら血の塊を吐き出す。
文字通りの全身全霊。最後の切り札。これで止まってくれないなら……打つ手はない。
炎上するシアを見つめるユエ。普通なら即死のダメージ。だが今のシアなら致命傷にはならないという希望的観測が多分に混じったギリギリの攻防。
ギロリ
炎上中のシアの眼が……ユエを見つめる。
「ッッ……」
それを皮切りに徐々に身体を動かしていくシア。炎上しながら迫る姿はユエが一生忘れられない悪夢となるに相応しい姿だった。
そして、シアの身体から闘気が放出され、シアの身体に纏わりついていた炎が吹き飛ばされる。
現れたシアの肌は、綺麗なままだった。
(まさか……闘気で再生もできるの!?)
信じられないものを見る目でシアを見つめるユエ。
シアの姿は元の白髪碧眼に戻っている。だがもしまだシアに継戦能力が残っていたら、ユエに戦う手札はもう残されていない。
魔力残量もあとわずか、次殺されたら再生することはできないだろう。
シアは顔を隠しながらユエを見つめる。
一秒、二秒、三秒。
時間が引き延ばされ、長くなっていく。
五秒が過ぎた頃にはユエは自分の命を懸けることを決めた。
シアを助けて死ぬ。
その覚悟を胸に、目に光を宿す。
そしてその目を見たからかどうかはわからない。心なしか口元に笑みを浮かべているように見えるシアは……後ろに倒れた。
~~~~~~~~~~
(終わっ……た?)
仰向けに倒れるシアを見て数秒。ようやく戦闘が終わったことを悟ったユエは限界を迎え、そのまま倒れる。
(まだだ、まだ。倒れるわけには……)
『無様ですね。このままだとシアは死にます。あなたがやりたかったことは彼女を殺すことですか?』
ユエの頭上に響く声。ユエはもう振り返る力も残っていないがそれが誰なのかはわかる。
それはこの大迷宮の試練でありもう一人の自分。アレーティアのもの。
ユエにもう戦う力など何も残っていない。このまま攻撃されたら死ぬしかない状況。
だが一つだけ反論しなくてはならない。
「ち、がう。わた……しは……」
ただ、シアを助けたかっただけなのだ。
まだ自分への嫌悪は消えない。そう簡単には過去は消えない。
だが、ユエは気づいていた。やり方は間違えていても、錯乱状態にあったとしても、シアはこんな自分を助けるために戦っていたのだということを。それなのにユエがユエを否定すれば、こんなにボロボロになってまで戦ったシアが報われないではないか。
だからユエはユエを見限るわけには……いかなくなったのだ。
『なるほど。どんな形であれ、自分と向き合う覚悟はできたということですね。……いいでしょう。どの道ここまで大迷宮をボロボロにされては私も戦えません。ならあなたの好きにやってみなさい。あなたとハジメには深奥に至るための最後の試練が待ち受けています。その時にあなたの真価が試されることでしょう。向き合うと決めた以上、無様な結果は私が許しませんよ』
そう言い残し、アレーティアはユエに光を与えて去っていく。
その光によってわずかに動けるようになったユエは這いずってシアの元まで行く。
そしてなけなしの魔力を使って宝物庫から一つの瓶を取り出す。
香織がハジメと共に研究し、精製した人工神水を元に、より人が使う回復薬としての機能を高めた超神水だ。
ハジメ曰くエリクサーに匹敵するとの触れ込みのその超神水は神水の約十倍の回復力を齎す。微量にしか取れない神水を元に精製する都合上、それほど数を作れないのが欠点だが、これもまた一行の頼もしいアイテムだ。
横目で見れば意識を取り戻したシアもいつの間にか同じ瓶を握っている。
そして二人は同じ動作で瓶を開け……
「「むぐッ!」」
同時に相手の口に向けて瓶の口を突っ込んだ。
「「ごく、ごく、げほ、げほ、げほ」」
同時に飲み込み、同時に咳き込むユエとシア。一瞬吐きそうになった超神水を意地でも飲み干したからか、少しずつ力が湧いているような気がする。
「……何するんですか……この期に及んで……最後に私を窒息させる気ですか?」
それは呆れを多分に含んだ。ユエの行動を非難する優しい声。
「………………ごめんなさい」
「この程度のことでいちいち謝らないでください。私、身体の内側から爆発してるんですよ。むしろそっちを気にして……」
「本当に…………ごめんなさいッッ」
涙ながらに謝るユエに、シアはその謝罪の意味を悟るとやれやれと口を開く。
「だから謝らないでくださいってば。……流石に今回は私が悪いんですから。勝手にハジメさんに告白して、振られて傷ついて。最後の試練で未来視を暴走させられて、わけがわからなくなって好き勝手暴れて……本当、私何してるんでしょうね」
「けどッ、それは元々……」
「だからもういいって言ってるでしょう。全く、試練の影響か知りませんけど、随分ネガティブキャラになってますね。いつものクールでふてぶてしい態度はどこに行ったんですか?」
「……あれはもうやめる。だからこれからは……遠慮なく落ち込むし泣く」
随分情けない宣言だが、それは少しずつアレーティアを受け入れるというユエなりの宣言だった。
少しずつでいいからこの親友が身体を張って助けるに値する人間になりたい。
「ねぇシア」
「……なんですか?」
「私は……本当は臆病で、泣き虫で、我儘な女」
「知ってますよ。今さらですね」
「シアが思っている以上の失態を晒すかもしれない。色々上手くいかなくなるかもしれない。またシアを怒らせて喧嘩になるかもしれない」
「あー、流石にこの規模の喧嘩はもうコリゴリですぅ」
「そんな私でも……友達を続けてくれる?」
なけなしの勇気を振り絞ったユエの言葉をキョトンとした顔で受け止めたシアは少し間を空けた後、盛大にため息を吐いた。
「はぁ~……友達ですかぁ。わかってます? 今私内臓までボロボロなんですよ。普通自分をこんなにボロボロにした相手と友達になろうなんて人はいないです」
「そ、それはお互い様ッ、私だってシアに何十回も殺されて……」
「意外と我儘で見栄っ張りで負けず嫌いで泣き虫で。こっそり痛いポエムを書く趣味があって、魔法を教える才能と料理の才能が絶望的になくて……素の身体はチビの半端乳だし」
「うう……」
次から次へと出てくるシアの悪口に一瞬内なるネガティブアレーティアが顔を出し泣きそうになるユエ。
「……結局、ハジメさんを独り占めすることになるんでしょうし……」
「それは……」
「けど……」
シアが思わず笑みを浮かべたのが気配でわかった。
「そんな、
「シア……」
雨降って地固まる。
昔の人は良く言ったものだ。元々ユエもシアも相手のことが嫌いで戦っていたわけではない。だからこそ一度蟠りが溶けてしまえば、再び歩み寄るのに障害はないのだ。
「なんでそんなに偉そう……先に仲間になりたそうな目で見てたのはシアの方。同類を見つけた~とか言って」
「さあ、忘れましたね。そんな大昔のことなんて」
「大体シアみたいな暴れん坊のバグウサギと親友になれる人なんて、最強チート吸血姫である私くらいのもの。次戦ったら必ず勝つから」
「いやだからもうコリゴリなんですって。それともユエはまたガチバトルやりたいんですぅ? バトルジャンキーかッ? ですぅ」
「……ごめん。よく考えたら私もコリゴリだった」
軽い憎まれ口の応酬も友情の証。これからこの二人の間にはさらに遠慮というものがなくなることを暗示するそのやり取りに……
「フ、フフ」
「あは、あはは」
間もなくして二人の優しい笑い声が聞こえてくるのは当然の帰結だった。
~~~~~~~~~~~~~
ここで物語が終わっていたら綺麗に終わったのだろう。
だが、事態は一刻を争うのだということを二人はすぐに知ることになる。
現在大迷宮──
大、絶、賛、崩、壊、中
「ユエのバカぁぁぁぁ! 何も考えずに暴れまわるから大絶賛大迷宮崩壊中じゃないですかぁ!!」
「それはこっちのセリフだぁぁ! 滅茶苦茶暴れまわったのはシアの方だしッ。私はほとんど壊してない!」
「大嘘ですぅぅ!! 雷速だか何だか知りませんけど滅茶苦茶してたじゃないですかぁぁぁぁ…………あ、今未来視で天井に押しつぶされて圧死している私達の姿が見えました。……不毛な争いはやめましょう。今は割と本当に洒落にならない事態です」
「うん……わかった」
冷静になったところでどうしようもない。
現在ユエもシアも満身創痍。香織が作った回復薬で命を繋ぐことはできているが、動けるようにはなっていないのだ。
そしてそんな中、揺れと轟音と共に崩壊していく大迷宮。
柱を折りすぎたのか壁を壊しすぎたのか。もしくはユエとシアの全力のぶつけ合いがいけなかったのか、後少しでここが崩れ去ることくらいは未来予知も未来予測もしなくてもわかる。
「誰かぁぁぁ、助けてぇぇ──。ハジメぇぇぇ!!」
恥も何もなく助けを呼ぶことしかできない。
ただ二人にとっての白馬の王子が助けに来てくれるのを祈るしかない。
だが現実は非常である。ユエとシア目掛けて巨石が降ってくるのがわかる。
ユエはなけなしの魔力でシアを、シアは残り少ない闘気でユエを助けようとするが、良く知った光の鎖で絡めとられ、引き寄せられる。
「間一髪ッ、間に合った」
「「香織(さん)!!」」
あえて先には進まずあちこち超高速移動するユエとシアを全力で捕捉し続け、やっと合流することができた香織がユエとシアを救助した。
「二人とも説教は後だから。今は脱出しないと」
香織はユエとシアを聖棺に強制収容し、それを般若さんに命じて両脇に抱えさせる。
「ハジメ君は先に行ってるからそこまで転移するよ。”界穿”」
そしてハジメの中の魔力を目印に香織が空間魔法を発動したことで彼らの最後の大迷宮の攻略は終了した。
かくしてなんとか死亡者ゼロで終えることができた一行はいよいよ最後の神代魔法に手を掛ける。
その先に何が待つのか。彼らの運命がどうなるのか。
一つの物語の終わりは近い。
というわけでこれにて最後の大迷宮の攻略は終了です。
ハジメについては次回の冒頭にて。
相手をボロボロにしてから友達になりたいと宣言して親友同士になる魔法少女もいるんだからこれくらい許容範囲だよね。
次回の更新。
言うんだ。爪牙として、あのセリフを……あの日に言うんだ!