ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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あけましておめでとうございます。
前回の更新から一ヵ月も経った上に正月などとうに過ぎていますがなんとか今年も更新できそうです。

時間がかかったのはかなり苦戦してたからでして。何に苦戦していたのかは今回の話を見てもらえればわかると思います。

では、今回本当に久しぶりに彼が登場します。そして、彼の登場と共に物語は佳境へと向かっていくことになる。


光輝く者

 フェアベルゲンは現在、一行が醸し出すお通夜ムード一色となっていた。

 

 

 ユエが二度と魔法を使えない。

 

 

 先程香織が宣告した事実自体に打ちひしがれているのは主にハジメパーティーだ。

 

 治癒師としてユエの治療に当たった香織は悔しそうな顔を隠しきれなかったし、昔からアヴァタール王国に産まれた魔法の神童の話を知っていたティオも沈痛な面持ちをしている。

 特に酷いのはシアであり、自分の暴走がキッカケでユエが取り返しのつかない障害を負ってしまったことに責任を感じずにはいられない。つい先程経験した失恋のショックすら吹き飛ばす衝撃にどうしていいのかわからないという顔をしていた。

 

 

 一方別の意味で打ちひしがれているのは勇者パーティーと優花、それに愛子だった。

 

 旅の目的である概念魔法。それは当初の予想ではハジメとユエの二人が力を合わせれば行使が可能になるとされていた。それは当然ハジメとユエ、二人が七つの神代魔法を十全に使えることが前提条件であることは言うまでもない。

 それなのに、神代魔法はおろか、基本の魔法の行使すらユエが出来なくなってしまった。

 つまり……地球帰還への希望が潰えたと考えても仕方がないだろう。

 

 この中で比較的に冷静な態度を取れているのは蓮弥パーティー、吉野真央、そして……意外なことにハジメだった。

 

 

 香織の宣告を受けてから、ハジメは一人何かを考えているらしい。最近のハジメの気分を紛らせたい時の癖である物資の錬成は行われていない。つまり呆然としているのではなく、何か考えているということ。

 

 だがその光景に思うところがある者もいる。

 

 

「ハジメさん……どうして……そんなに冷静なんですか?」

 

 ぽつりと、俯いているシアがハジメに問う。

 

「ユエが……二度と魔法を使えないって。それって、剣士が両腕を無くすみたいなものじゃないですか。それなのに……」

 

 ハジメにどんな返事を期待しているのか、シア自身にもわからなかった。もしかしたら、ただ何かを言いたかっただけなのかもしれない。

 

「無駄だからだよ」

 

 そして少なくとも、今のハジメの返答はシアの望んだものではなかった。

 

「無駄? 無駄って何ですかッ! どうしてそんなことをッッ、ユエは、ユエはッッ、私のせいでッ!」

「それは違う」

 

 ヒートアップしていくシアを落ち着かせるように、可能な限り優しい音色の声を聞かせるハジメ。

 

「ユエがシアを助けたことを後悔するわけがないだろう。例えあらかじめこうなることがわかってたとしても、ユエは何度でも同じことをするだろうな。それにな、無駄っていうのはそんな風に嘆く必要がないってことだよ。なぜなら……俺がユエの力を取り戻すからだ」

「えっ……」

「さっきの例で言うならな。両腕を失った剣士がもう一度剣を握るためにはどうすればいいか。簡単な話だ。義手を付ければいい」

 

 そう言いながら義手である左腕をひらひらさせるハジメ。いつの間にかシアだけではなくここにいる全ての人がハジメの言葉に注目していた。

 

「ユエが魔力を失ったのは、魔力回路という魔力を生成するための体内器官が壊れたからだ。そしてそれは今の香織では治せない。だったら人工的に魔力回路を作ればいい。少なくとも俺は外付け回路で魔力量を増やしたから不可能じゃないはずだ。それで駄目なら他の手段を使う……お前らがお通夜ムードになっている間に俺は、いくつかユエの力を取り戻す計画を頭の中で練り上げたぞ。それが俺の天職、錬成師。技術でもって不可能を可能に替える科学者だ」

 

 ハジメの言葉に不安は感じられなかった。例えどれだけ月日がかかろうともユエに必要なものは何でも用意する。その決意が伝わることで、まず香織が顔を上げた。

 

「そうだ。そうだね! 何落ち込んでたんだろ私。今の私で治せないなら、治せるようになればいいだけだもんね!」

「その通りだ、香織。だからシアも、そんな顔をするなよ。ユエが目覚めたら心配しちまうぞ」

「…………はい」

 

 一連のやり取りにより、一行が落ち着きを取り戻していくのが蓮弥にはわかった。

 

 そして空気がいい方向に変わったことを察したのだろう。龍太郎が声を上げる。

 

「なあ、その……こんな時に言うのもどうかと思うけどよ。……ユエさんの力なしに地球帰還のための概念魔法は使えないのか? いやそもそも俺はさ、いまいち概念魔法がどんだけすごいのかピンと来ねぇっつーか。普通の魔法や神代魔法とどう違うんだ?」

 

 ユエの問題が出てきたため先送りにされることになったが、ハジメとユエが七つの神代魔法を習得したことで、いよいよ地球帰還が現実のものとなった。だからこそ、その鍵となる概念魔法というものがいかほどの物か知りたいという真っ当な問いかけだった。

 

 そしてその問いに答えられるのは、現状フォーマットが違うとはいえ同じ領域に立っている蓮弥だけだ。蓮弥は最後の神代魔法を習得した際に刻み込まれた情報を整理する目的も含めて、自分なりの見解を話すことにする。

 

「そうだな。まずは雫。今回手に入れた変成魔法だけどな。お前はどういう風に解釈してる?」

「え? え~と、そうね。刻まれた知識からすると、普通の生き物を魔物に作り替えてしまう魔法ね。術者の魔力と対象の生き物の魔力を使って体内に魔石を生成し、それを核として肉体を作り替えることが出来る」

「うん。基本はそうだよね。それに、既にいる魔物の魔石に干渉して自分の魔力を交えることで強化したり、服従させたりすることも出来るみたいだね。ただ、もっと深く踏み込めばもっと細かいこともできそうかな」

 

 雫の答えに対して、香織が補足を入れる。

 

「例えば植物の繊維だとか、動物の体毛だとか。そういう衣服とかに使われている生物由来の物にも魔法を付与させたりできるんじゃないかな」

「ああ、そうだな。雫の見解でも間違いじゃないが、この場合白崎の方が正解に近い。正確には変成魔法は魂が宿り得る生命体に由来するすべてに干渉できるという魔法だな。逆に生成魔法は無機物。つまり鉱物や水なんかの物質に干渉できる魔法になる」

 

 これは一部の者達。正確に言えば神代魔法を極みに近い形で使用してきた者達には把握できている事実だった。

 例えば蓮弥と雫は魂魄魔法が人の意識に作用するだけでなく、体内の魔力や熱、電気といったエネルギーや、意識、思考、記憶、思念、無意識などに干渉できる魔法であることを知っている。

 ハジメは水などの鉱物以外の魔法付与を早い段階でやっていたし、香織の再生魔法は時間に干渉するものであることは本人もわかっていることだ。

 

 そこまでのセリフを聞いて、光輝が難しそうな顔をする。

 

「つまり、神代魔法はこの世界の理。それこそ概念に干渉できる魔法という認識でいいのか?」

「そうだな、一番わかりやすいのが重力魔法だろう。『物は下に落ちる』、それはそういうものだという事象を概念って呼ぶんだろうけど、重力魔法はそこに干渉して捻じ曲げる」

 

 蓮弥が拾った石を下に落とすが途中で止まり、すぐに蓮弥の手に戻ってくる。重力を停止させた後、重力のベクトルを逆にしたのだ。

 

「さて、ここまでで神代魔法が本来は概念。つまり世界の基本的なルールに干渉するための魔法だというのは何となくわかってくれたか?」

「うーん。ざっくり言うと、科学でも再現できそうなのが普通の魔法で本当に魔法っぽいのが神代魔法って認識でいいのかな」

 

 優花が悩みながらも自分なりに落とし込んでいた。蓮弥が他を見て見ると、皆難しそうな顔をしているがなんとかついてこれているらしい。

 

「それじゃあ、概念魔法はどうなのかというと……簡単に言えば自分の願いが叶う魔法だ」

「願いが叶う……魔法のランプみたいなもの?」

「あと球を七つ集めるとどんな願いでもかなえてくれる龍とか」

 

 鈴と龍太郎が蓮弥の言葉に反応して連想する。おそらく鈴や龍太郎の頭の中にはランプの魔人や巨大な龍が出現していることだろう。蓮弥は彼らに対し、エイヴィヒカイトの知識を得たミレディと話し合った際に出したこの世界の概念魔法の仕組みについて語る。

 

「リューティリス・ハルツィナは概念魔法に必要なものは極限の意思なんて説明をしていたけど、俺から言わせてもらえばそれじゃ甘い。求めても求めても得られない。渇いて渇いて渇いて、飢餓にも似た極限の状態に追い込まれて初めて魂から滲み出してくる狂気の祈り。それが白崎の言う意味の魂の力であり、俺が『渇望』と定義しているもの。その渇望を世界の新しい概念にするのが概念魔法だ」

「おう。とにかくすげぇ魔法だってことだな」

 

 龍太郎が半分目を回しながら何度も頷く。概念だの渇望だのあまり聞く機会のない単語に混乱しているようだ。そこで蓮弥は龍太郎にわかりやすそうな例えを出すことにする。

 

「そうだな……例えば格闘技とかに例えてみようか。試合をする際、自分も相手も試合のルールに従って戦うだろ。そのルールが通常の魔法や神代魔法だとするならば、概念魔法は自分だけ勝手にルールを決めて試合をするみたいなものだ。攻撃が相手に当たらなくても自分だけは必ず有効と判定される、みたいな」

「なんだよそれ。そんなんインチキじゃねぇか!」

「そうだ、概念魔法は既存世界に対するインチキなんだよ。だから概念魔法使い、到達者に既存世界の理屈は通じない。真面目にルールを守って戦っているやつが、自分ルール押し付ける奴に勝てるわけないからな」

 

 蓮弥の創造もそうだが、これらの力は術者が持つ理想と常識が世界法則と化すために、既存世界の理屈は通用しない。たとえば昼であろうと夜になったり、光を超える速さを生んだり、形を持たないものであっても破壊できる。

 

「概念魔法に対抗するなら同じ概念魔法をぶつけるのが大前提。王都にいた時、俺以外はフレイヤに絶対勝てないと言ったのもそれが理由だ」

 

 相手の概念に対して自分の概念をぶつける。その行動で相手の概念を無効にし、自分の概念を相手に押し付けるという駆け引きが生まれるということ。

 

「あと大事な事は概念魔法は原則一人につき一つしか作れない。あれもこれもと気持ちがふらついている奴に到達できる領域じゃないからだ。その点、解放者達は正しく認識できてなかったみたいだな。複数の概念魔法を作るために無駄に時間をかけてしまっている」

 

 特に極限の意思の解釈を間違えていたというのは他ならぬ解放者であるミレディ自身が言っていたことだ。それでも七人でやったからか、一人一人が優秀だったからかわからないが、一応概念魔法らしきものが産まれたのは一種の執念かもしれない。

 

「まぁ、俺が使う力は概念魔法とは似て非なるものだから解釈が間違っている可能性もあるんだけどな。とにかく、俺には帰還の概念が作れないと自覚している以上、ハジメに頼るしかないというわけだ」

 

 概念魔法についての説明が一通り終わったところで光輝が蓮弥に疑問を投げかける。

 

「藤澤の説明で概念魔法がそう簡単に使えないというのはわかったけど、じゃあどうして南雲だけじゃなくユエさんの助けが必要なんだ? 渇望っていうのは南雲の物を使うんだろ?」

 

 確かに蓮弥の説明だとハジメの故郷に帰りたいという渇望を利用して故郷への道を作るならユエは必要ないように解釈できる。現在ユエが魔法を使えなくなったから概念魔法も使えなくなったと全員考えていたが、ハジメ一人でも使えるのであれば話は変わってくる。

 

「そのことについては私が説明します」

 

 そこで蓮弥に代わり、ユナがハジメ一人で概念魔法を行使できない理由を説明する。

 

「世界のルールを変えるということは、当然の話そう簡単にできるものではないのです。例え、世界を歪める渇望を持っていたとしても、それだけでは世界は変わりません。変えるためには世界に繋がる道のようなものが必要なのです。蓮弥と私は聖遺物という媒体と、エイヴィヒカイトという魔術を使うことでそれを実現させています」

「私からしたらそのエイヴィヒカイトとかいう魔術のことが気になるんだけど。魔術界の核物質なんて呼ばれてる聖遺物と人を霊的に融合してその力を行使するなんて、そんな頭おかしい魔術聞いたことないから。それに藤澤君が使ってる聖遺物って……少し前にバチカンから消失したって大騒ぎになってた特級遺物……」

「まあ、それは今は置いといてくれ。その辺りは俺個人の話になる」

 

 ユナの説明に対し、正直ずっと気になってましたと言わんばかりの態度を取る真央に対し、追及を逃れようと蓮弥が話を区切る。というより蓮弥もその辺りの事情が気になってくるので聞かないようにした。

 

「話を戻します。つまり概念魔法を使うためには何らかの神秘に頼る必要があるということです。ハジメとユエの場合は七つの神代魔法がそれに当たるのですが、ハジメでは生成魔法以外の適正が低すぎて魔法を組み立てられません」

 

 蓮弥もエイヴィヒカイト無しに世界法則を塗り替えるなんてできない。それと同様にハジメが概念魔法を使うためには七つの神代魔法が必要なのだ。そしてそれを十全に振るえるのはユエだけだ。蓮弥とユナも七つの神代魔法の練度ではユエに遠く及ばない。

 

「結局……ユエの回復は必要不可欠ということね」

 

 雫が話をまとめたところで、これからのことについて考える必要が出てくる。

 

 

 話し合いの末、錬成師が研究するのにあそこ以上の環境はトータスにはないとのハジメの言葉で、一行はオルクス大迷宮最深部を目指すことになった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

「もうすぐ……旅の終わりか」

 

 皆が準備を行う中、光輝は月光に照らされながら森の外れで物思いに更けていた。

 

 光輝が本当の意味で旅をすることになった期間はほんの数週間くらいだが、それでも王都やオルクス大迷宮にいる時より多くの驚きと発見があったように思う。

 

 ヘルシャ―帝国での騒動、森の大迷宮、夢の中の脅威、出現する悪魔。そして……氷の大迷宮での自身との戦い。

 

 光輝は思い出す。自分との影の戦いを。

 

 

 

『この湧き上がってくる力、素晴らしい。まさに勇者である俺にふさわしい力だ。今の俺なら卑怯者の南雲や外道の藤澤にだって勝てる。そして取り戻すんだ。洗脳された香織や雫達を! 手に入れるんだ。虐げられているユエやユナ達を! ははは、あーはっはっはっはっはー!!』

 

 光輝の前に現れたのは、メルドに諭されないまま、この場所まで来てしまった光輝そのものだった。

 見ているだけで苦しかったし目を逸らしたかった。自分にこんな醜い一面があると認めたくない。

 

 だけど……そんな光輝に命懸けでぶつかってくれた人がいた。

 

 お前はこれからだと背中を押してくれた人がいた。自分を認めてくれた人がいたのだ。

 

 そんな恩人の想いを胸に光輝は己の影に立ち向かった。そして己の影を打倒することに成功したのだ。

 

『なるほど、答えは出ずとも己の闇に立ち向かう覚悟はできたということか。だが……』

 

 だけど、己の影は最後にこう言い残した。

 

 

 

 

 お前は、気づくのが遅すぎた。

 

 

 

 

 その言葉が光輝の脳裏を離れない。神代魔法を手に入れた以上、攻略を認められたことは確かだ。それなのになぜ己の影は最後にそう言い残したのか。

 

「やめよう」

 

 光輝は思考をやめることにした。考えても答えは出ないし、精神的にもよろしくない。物事を必要以上に深く考えないようにする思考コントロールもメルドに習った精神安定法の一つなのだ。

 

「おっす、光輝。どうしたんだ? こんなところで」

「龍太郎……ちょっとな」

 

 光輝が近くを通りかかった龍太郎を見るとタンクトップを着て汗をかいていた。

 

「龍太郎は何をやってたんだ」

「俺か? へへ、実は新技の特訓って奴だ。ユナさん曰く、俺と手に入れた変成魔法は相性がいいらしくてな。魔物を使役するのは向いてないけど自分に魔物の特性を付与する才能があるらしい。それを使ってこう……色々とな」

 

 その場で辛く拳を振るポーズを取る龍太郎。その様子に光輝は思わず笑みを浮かべる。

 

「そうか、龍太郎ももっと強くなれるんだな」

「おう、南雲達にも負けないように頑張るつもりだ。そういう光輝はどうしたんだ? またあんまり考え込むんじゃねぇぞ。俺が言えた義理じゃないのかもしれないけどな」

「そうだな………………なあ、龍太郎…………勇者って、なんで勇者なんだろうな」

 

 ちょうどいい。光輝は試練のモヤモヤ以外にも、気になっていたことを親友に相談することに決めた。

 

「俺は今まで俺の天職が勇者だからそう名乗ってきた。でも、だけど、勇者──勇気のある者……それは性質であって、天賦の才を示す”職業”とは言えないんじゃないか? 例えば雫は剣に天賦の才があるから剣士だろ?」

「そりゃ……有名なRPGとかだと主人公の職業だったりするけど、具体的になんだって言われたら上手く言えねぇな。うーん……やっぱりそのまま勇気がある奴のことでいいんじゃないか?」

「それだったら龍太郎だって勇気があると俺は知ってるし、この世界に他にもいるはずだろ? 俺である必要はないはずだ」

 

 この世界にも光輝以上に勇敢な人は大勢いる。恩師であるメルドはもちろん、今までこの世界の人々を守ろうとしてきた人達は、光輝からしたら皆自分以上に勇者に思えてならない。メルドだって言っていたのだ。どうして俺が勇者じゃないんだと。

 

 光輝は腰に下げている聖剣を見る。

 

 メルド曰く、使うだけなら他の者でもできるが、伝承では聖剣の真の力を引き出すためには勇者が振るう必要があるとされている。メルドが光輝のために、貴重な時間を割いて教会の図書館で探してくれた情報だった。

 そしてハジメの言うことが正しければ、この聖剣には隠された力がある。

 

 拒絶されているわけではない。だが今の光輝では届かないだけ。

 

 勇者が聖剣の真の力を発揮できるなら、今の光輝には勇者としての力が足りないのだろうか。

 

 

 光輝が物思いに耽っている間も龍太郎は真面目に考えていてくれたらしい。これだけ真剣に考えてくれる親友がいるだけでも今の光輝には救いになる。

 

「考えても、はっきりした答えはねぇけどよ。俺の中で一つわかってることはあるぜ。それは……俺達の中で誰が勇者なのかって聞かれたら、やっぱり光輝が勇者なんだ」

 

 それは迷いのない強い口調だった。

 

「藤澤や南雲は確かに強いけどよ。勇者かって聞かれたらいまいちしっくりこねぇ。本人達も嫌がりそうだしよ」

 

 それは光輝にも想像できる。特にハジメは嫌そうな顔をしそうだ。

 

「そうだ! いっそのことよ。地球に帰った後、もう一度ここに来て冒険してみねぇか?」

「冒険?」

「南雲が地球とトータスを自由に移動する手段を作れる前提の話だけどよ。夏休みとか使って自由にトータスを冒険してみるんだ。よく考えたら俺達、こんな広い世界の一部の場所しか知らないわけだしな。なんなら南雲達が挑戦した他の大迷宮にいくのを目標にしてもいいぜ」

「…………いいかもしれない」

 

 トータスを自由に冒険する。その発想は光輝にはなかった。

 

 龍太郎はもちろん、鈴や香織、雫を誘って冒険する。例え恋人じゃなくても、それくらいは誘ってもいいんじゃないかなと思うし、なんだかんだ香織も雫も時期が合えば了承してくれる気がする。

 

 魔人族との戦争や神の陰謀なんかを考えなくてもいい気楽な旅は……きっと楽しいはずだ。

 

「決まりだな。じゃあ、後のお楽しみのために、今頑張らないとな」

「ああ!」

 

 光輝は前に進むと決めたのだ。そしてその旅路は一人じゃない。

 

 よく見て、よく聞いて、よく考えて……答えを出そう。

 

 

 己にとっての、勇者とは何なんかを。

 

 その想いを胸に、光輝は先に歩く龍太郎の後ろをついて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、この辺りで茶番は終わらせるとしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナニカを刺し貫く音が聞こえた。

 

 

 

「……………………えっ?」

 

 

 光輝はそっと視線を下に向ける。

 

 

 そこにあったのは黒。

 

 

 黒い剣が、光輝の胸を突き抜けている光景。

 

 龍太郎が様子がおかしいことを察し、ゆっくり振り返る。

 

 そこにいたのは……黒

 

 黒騎士。

 

 

 

 

 

 

「元々、こんなに長く使うつもりはなかったのですがねぇ。思ったより気づかれないものです」

 

 

 

 

 

 

 

「…………がふっ……あっ……」

 

 そしてそのまま、光輝は口から大量の血を吐き出し、聖剣の柄を握りしめながら倒れた。

 

 

「………………光輝?」

 

 

 そのあまりに突然の光景に龍太郎の思考が追い付かない。

 

 ゆっくりと、血だまりの中で沈む光輝の姿が龍太郎の網膜に写り、視神経を通して脳に送られる。

 

 そして、そしてようやく光輝が刺されたのだと理解した。

 

 

「光輝ィィィィィィィィィ──ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

「本来、彼らが王都に滞在している間騙すためと準備したもの。かつて私が己の願いのために百年以上研究した術であり、それだけに真に迫ってはいたのでしょう。()()()()()()()()()()()()()()()、会って間もないこの世界の人間が気づかないのは無理はない。ですが、恵里さん以外の同郷の者が誰一人気づかないとは……少々お粗末な気がしますね」

 

 

 

 

 

 

 

「光輝ッ、おい、光輝ッッ、しっかりしろ!!」

 

 だがいくら呼びかけても、光輝の目に光は戻ってはこない。

 

「龍太郎ッ、一体何が……ッッ香織ぃぃ!!」

「あいつは……ッッ!!」

 

 そして事態は動き出す。

 

 近くにいた蓮弥と雫が龍太郎の叫びを聞き、文字通り飛んでくる。そして光輝の惨状を知った雫が念話と声で香織を呼び、蓮弥は光輝を刺したと思われる黒騎士に全力で警戒を向ける。

 

 

「おい、一体どうなってんだ!」

「”輪廻天生”!!」

 

 少し遅れてきたハジメが黒騎士に対して敵意を向け、空間魔法で転移してきた香織が、光輝の状態を見て迷いなく蘇生魔法を行使する。

 

 

 だが……

 

 

「嘘、何でッッ……”輪廻天生”!!」

 

 焦りながら香織がもう一度光輝に輪廻天生を行使する。

 

 魔法の効果はあるはずだ。その証拠に倒れている光輝の傷は跡形もなく消えている。だけど……肝心の中身が、魂が戻ってこない。

 

 その状態を見て、蓮弥からユナが分離し、光輝に駆け寄り……その身に触れた。

 

「これは…………そんな…………」

 

 

 

 

 

「写……身……」

 

 

 ユナが光輝に触れ、その本質を知ることになる。それは、ユナをして信じられないことが起きていることは、その顔を見れば明らかだった。

 

 

 

 

 

 

「さあ、()()()()()()()は役目を終えました。ならばいまこそ見せてさし上げなさい。魔剣の侵食という拷問に耐え、技能の書により七つの神代魔法を備え、そして……その魂の飢餓をもって、『到達』にまで至ったあなたの力を」

 

 

 

 

 

 

 そして、地上の様子を伺う神父、ダニエル=アルベルトの解号により、黒騎士の封印が今、解き放たれる。

 

 

 

 

 

「……この答えに至るために、ずいぶん時間がかかった」

 

 

 黒騎士の鎧が剥がれ落ち、その中身を晒していく。

 

 

「俺は、この世界を巡って知った。この世界には……あまりに悪が多すぎる」

 

 

 そこにいたのは、端正な顔立ちをした少年。

 

「何があっても人を殺してはならない。人を虐げてはならない。そんなもの誰もが知ってなければならない法だろうに、それがわからない馬鹿ばかりだ」

 

 

「悪は……浄化しなければならない」

 

 

 蓮弥達が良く知った、知らない顔。

 

「もちろん。悪を裁くのは簡単なことじゃない。そこには大きな責任が伴うし、自らの精神や命を犠牲にすることもあるだろう」

 

 

「だが、俺ならできる。いや、南雲や藤澤ではなく、俺にしかできないッ。俺はきっと、この大義を成すために勇者として産まれてきたんだ。だから……」

 

 少年は手を、彼を見て呆然としている香織や雫に差し向ける。

 

「今度こそ、君達を迎えにきた。いつまでも藤澤や南雲のような悪の元にいるべきじゃない。君達は正義そのものである俺と一緒に居るべきだ」

 

 そこにいたのは……澄み渡った瞳を持って、数多の人の血を吸った呪いの魔剣を手にした──

 

「そして共に、人々を救済しよう。俺が世界も皆も救ってみせる!! 今の俺ならそれができる。そして作るんだ。悪のいない、俺が認める真面目で心の優しい人間だけの理想郷を」

 

 

「そして俺は……新世界を導く……勇者になる!」

 

 

()()()勇者、天之河光輝だったのだ。

 

 




真実(マジ)かよ。
光輝が……!!
勇者が!!
幻想(ユメ)じゃねぇよな!!
還ってくる。俺達の黄金時代(勇者(笑))が還ってくる!!
すぐ更新したい

ということで4章エピローグ以来1年半ぶりに光輝が再登場しました。

ん。まてまて。じゃあ今まで出てきた光輝は何なんだ? という意見はあるかと思いますがそれなりにヒントは出していたと思います。

恵里の態度とかフレイヤのあの行動とか。つまりそんな感じになります。

さて、じゃあ本物の光輝についてですが、以前私は子供である光輝が真の意味で変わるには良くも悪くも成熟した大人、つまり亡き祖父に代わるメンターが必要だと書きました。そして5.5章にて良き大人であるメルドが真正面からぶつかったことにより、光輝は少しずつ良い方向に行くことができたと思います。
じゃあもし、光輝の側にいたのがメルドのような良い大人ではなく、光輝を悪い方向へ誘導しようとする神父のような悪い大人だったらどうなるのか。その答えが次回以降の展開に現れます。

元々素質はあった上に神父による魔改造が加わっているのでかなり凶悪なことになっている光輝。『到達』に至ったと言うのが作者の筆を遅くした原因の一つです。

至った到達とはなんなのか。今までの光輝は本当に死んでしまったのか。その辺りがどうなるのかは今後にご期待ください。

次回第七章エピローグ『勇者無双』にてお会いしましょう。

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