ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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お待たせしました。第七章最後の戦い、その前編になります。

一話に纏めようと思ったら思っていた以上に長くなったので二つに分けました。

では、勇者の華麗なる無双劇の前編をご覧ください。


勇者無双 前編

「……何ということだ……」

 

 神域──

 

 それは神とその眷属のみが滞在することを許された聖地。神々が下界を見下ろし、時に愉悦を、時に神罰を下すための場所。

 そしてそこの中心にいる者こそ、他ならぬこの世界の唯一神エヒトに他ならない。

 

 

 だが今の当人であるエヒトに神としての威厳はない。そこにあるのは長きに渡る悲願が想わぬ形で潰えてしまったという悲観の念。側に仕えているエーアストすらも声を掛けられないでいる。

 

 

 エヒトは神の器である吸血姫の完成を望んでいた。そして本来なら手元において自らの手で完成に導くのが一番良かったのだが、それは思わぬ邪魔が入ったことで失敗に終わることになってしまう。

 そしてつい先程、完成に至った器を奪い取るための軍勢を差し向けようと準備を進めている最中に、器が致命的な傷を負ったことを知ったのだ。

 

 

 魔力の喪失。

 

 

 いくら魔法の才能に満ちた器であろうとも、その力の源である魔力を使えなくなったのでは意味がない。この時点で以ってユエのエヒトの器としての価値は消滅したと言ってもいい。

 

 

「おのれぇぇ、やはり、魔人族が侵攻している際に、器を手に入れておくべきだったのだ」

「……反論の余地もございません。いかなる処分でも受ける所存です」

 

 神の怒りに震える神域にて、エーアストが恭しく主に頭を下げ、自らの処遇を問う。

 

 エーアストは先のハイリヒ王国襲撃にて神の器であるユエを手に入れるという任務を受け持っていた。途中までは上手く行っていたのだ。望みどおりに疑似概念魔法の檻に閉じ込め、後は神域に運ぶだけという段階になって邪魔が入った。

 

「フレイヤぁぁぁぁ、あの出来損ないがぁぁぁぁ。産んでやった恩も忘れて仇で返すとはな!」

 

 使徒フレイヤ。エヒトが300年前に消失した吸血姫を再現するために作った特別な個体。結果的にスペックとしては申し分ないものができたものの、肝心な主の器としての機能に問題があることが判明し、アンノウン出現までは神域にて封印されていた個体がまさかの叛逆を起こしたのだ。

 

 だが、神エヒトが一番怒りを向けているのは彼女ではない。当然神エヒトは知っていた。使徒フレイヤの背後に誰がいるのかなど。

 

「やはり私があの男を連れてくるべきかと。ご命令があればすぐにでも」

 

 フレイヤの背後には神父ダニエル・アルベルトがいる。人の身でありながら長年神エヒトに真の意味で忠誠を誓い、行動してきた彼が一体今になって何を企んでいるのか。

 

 結局、彼が提唱した大災害解放はアンノウン、イレギュラー双方の歩みを止めるという一定の成果は出したものの、現状が大きく変わるレベルには達さなかった。

 

 神に対抗する力を持つ到達者、藤澤蓮弥が死んでくれるだけで神エヒトはずいぶん行動しやすくなったはずだ。なのにそれさえ達成していない。

 

 

 既に神エヒトはダニエル神父を殺すつもりでいる。彼が無惨な死体を晒すことでせめて留飲を下げようという魂胆だ。

 なのでもう神父は神域には現れない。普通ならそう考えるし、エーアストも当然そのように考えていた。

 

 

 そしてエーアストにとって理解不能の男は……

 

 

「おや、どうやらお呼びがかかったようですね」

 

 

 こういう時あっさり怒れる主の元に顔を出すのだ。

 

「なっ……」

 

 流石のエーアストも不意を突かれた。普通に考えているはずの無い人物が神域に転移してきたからだ。

 

 針金細工のように細い身体にカソックを纏った姿。一見するとくたびれた神父にしか見えない男だが、この男こそが人の身でありながら人類を裏切り続けている邪なる神の従者。

 

 

 

 ドクン

 

 

 その男を前にして、当然神の怒りは天井知らずに膨れ上がる。

 

「くっ……」

 

 肉体を失っても神は神。この神域内であればそれ相応の力が使えるエヒトは、その権能を現れた神父に向けて放つ。

 

『平伏せ!』

 

 神言にて放たれたその言葉通り、神父が片膝をついて頭を垂れる。

 

「貴様ッッ、よく我の前に顔を出せたものだなッッ。つまり……直々に我に殺されたいということかッッ!」

 

 膨れ上がり続ける怒気は神域を揺らす。側に控えているエーアストなどはその空気の前で必死に耐えている。だが、神父は膝こそついているが、現状顔色に変化はない。

 

「主がお怒りになるのも無理はない。やっと見つけた器が寸前で使い物にならなくなったのだから」

「そうだッッ、貴様のせいで我の長年の悲願が……ッ」

「ですが!」

 

 エヒトの言葉を神言を混ぜることで何とか押し返す神父。そして、そのわずかな隙に、この神域に馳せ参じた理由を語り始める。

 

「ご安心を。私とて手ぶらでここへ参じたわけではありません。吸血姫に代わる……あなた様の新たな器が完成致しましたことを、ここに報告させていただきます」

「なんだと?」

 

 その言葉と共に神域を満たしていた威圧が消える。

 

 新たな器という言葉にエヒトが興味を惹かれないわけがない。そのことがわかっている神父は膝をついたまま話を続ける。

 

「いやはや素体が良かったのでしょうね。私が想定していた以上の代物になりましたよ。ですが、この期に及んで言葉だけでは信用に足らないことは重々承知の上でございます。ですのでこれから、ちょっとした余興を用意しております」

「余興だと?」

「はい、もうまもなく始めようと思いますので、どうか地上をご覧になってください。きっと、主も気に入ってくださると信じております」

 

 そして下界の様子を伺う神を前にして神父は怪しく笑った。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 

 蓮弥は目の前の状況を整理するために頭を動かす。

 

 

 眼前には既に事切れた光輝。そしてそれを成した黒騎士の正体。

 

 

 それは倒れている光輝その人だったという事実。

 

 

 蓮弥は光輝(?)の魂を見る。

 

 魂の形は個性がある。この世界に来て、ユナと出会うことで魂の形を見ることができる能力を手に入れた蓮弥だったが、今まで行動を共にしていた光輝の魂に違和感などなかった。

 

 つまり、目の前に立つ方こそ、光輝ではないという証だと言いたい。

 

 

 だが……

 

(あいつも……天之河だと?)

 

 魂の形が、光輝その人だということがわかっただけだった。

 

 

「てめぇ、一体何なんだ!?」

 

 

 困惑する蓮弥を他所に、倒れ伏す光輝を抱えながら龍太郎が光輝に向かって叫ぶ。いきなり飛び掛かっていかないあたり龍太郎も混乱しているのがわかる。

 

 そしてこの場にいるもの──遅れてきた戦闘可能なハジメパーティのメンバーも含めて──全ての疑問を一身に受けながら、光輝は何でもないかのように話す。

 

「何って、おいおい龍太郎。俺だよ、天之河光輝だ。少し会わなかっただけで親友の顔を忘れたのかい?」

 

 蓮弥達が良く知った輝くような優等生スマイルを浮かべた光輝が何でもないかのように言ってくる。

 

「待て、そんなわけねぇ! だって光輝はここにいるだろ!」

「俺が天之河光輝だよ。そんなことはどうでもいい。それより……ユエの姿が見えないけどどこにいるんだい?」

 

 龍太郎の叫びを軽くスルーしてユエを探す光輝。

 

「てめぇがユエに何の用事があるんだ?」

「決まってるだろ。世界を救うために、彼女の力が必要だからだ」

「意味がわからねぇな。そう言われて俺がお前をユエに会わせると思うのか?」

「いつまで彼女を拘束し続けるつもりだ。いい加減解放してもらおうか。彼女にはもっとふさわしい居場所がある」

 

 その言葉でハジメは光輝に対し、威圧を向け始める。むやみやたらに威圧を使わなくなったハジメとて、明らかにユエに危害を加えようとする相手なら話は別だ。

 

 宣言する。ユエに手を出そうとする奴は、全員自分の敵だと。

 

 ハジメの威圧を受け取った光輝は、その威圧に怯むこともなく……ハジメを殴り飛ばした。

 

「ッ!」

「ハジメッ!」

 

 光輝の問答無用と言わんばかりの攻撃でハジメの身体が宙に浮き、樹々を薙ぎ払いながら吹き飛んだ。

 

 その一連の出来事に蓮弥達は警戒レベルを上げる。光輝の動きを一瞬見逃したからだ。

 

「はは、いつまでも俺がお前より弱いと思ったら大間違いだよ。今の俺はお前より遥か高みに存在しているんだ」

「…………そうかよ」

 

 声と共に吹き飛ばされたハジメが飛んでくる。口の中に溜まった血を吐いてはいるが防御が間に合ったのか大したダメージを受けているわけではなさそうだった。

 

「お前に今まで何があったとか、そんなもん俺は興味がねぇ。だがな、ユエを狙うなら……それは俺の敵だ。敵は殺すぞ」

「それはこちらのセリフだ悪め。俺は悪を許さない。お前と藤澤という悪を浄化し、皆を善の道に戻すのが俺の役割だ」

 

 

「形成──黒威の聖剣」

 

 

 光輝の詠唱と共に再度出現する黒い剣。

 

 それは禍々しいまでの魔力だけではなく、想念……つまり大量の呪いの気配を感じる。

 

「これがハジメ達が見た聖遺物、エイヴィヒカイトもどきか」

『気をつけてください。聖遺物に相当する呪われた武器である以上、アレの攻撃は全て呪詛を帯びています』

 

 

 光輝が闇の聖剣を掲げ、攻撃に移る。狙いは……ハジメ。

 

 高速移動を繰り返しながら接近し、ハジメに斬りかかる光輝。その攻撃をギリギリ躱したハジメがドンナーによる射撃を光輝に行う。

 

 眉間、心臓にそれぞれ二発ずつ撃たれた霊的装甲貫通弾は光輝に迫り、超高速で動いた光輝の手に絡めとられる。

 

「無駄だよ。今の俺にこんな攻撃は効かない」

 

 光輝が握った拳を開くとそこにあったのは潰れた弾丸。至近距離で放たれた電磁加速弾を手で握って止めたという証明。

 

「だったら……」

 

 ハジメが両手を合わせ、アーティファクトの瞬間錬成に入る。一瞬で光輝の周囲に展開されたクロスビットと竜の息吹。実弾と熱線による二重攻撃が光輝を襲う。

 

「重力魔法──重力剣」

 

 だがその刹那の包囲攻撃も光輝が剣を一振りするだけでハジメのアーティファクトごと攻撃全てを撃ち落とされた。

 

「重力魔法、神代魔法も使えるのか」

「偶々手に入れることができた南雲と違って俺は勇者だからね。使えて当然だろ」

 

 重力魔法の攻撃力は全神代魔法最強だ。その攻撃の余波だけで龍太郎や鈴は吹き飛ばされてしまう。

 

「なら次は俺だ!」

 

 吹き飛ばされる龍太郎や鈴と入れ替わる形で前に出る。手に持つのは形成の十字剣。かつて蓮弥は光輝との決闘の際、この剣をほとんど使うことなく光輝を圧倒することができた。

 

「無駄だよ。もう昔とは違う。今はもう、俺の方が強い!」

 

 蓮弥の十字剣を余裕を持って避けた光輝はお返しとばかりに蓮弥に対し、魔剣を振るう。今度は生身で受けるわけにはいかない蓮弥は、十字剣で魔剣の斬撃を受け流し横に切り払う。それを魔剣で受け止めた光輝が身をひるがえしながら回転斬りを蓮弥に浴びせる。それらの攻防が超高速域で行われるがゆえに、周りの誰も近づけない。現状戦闘態勢が取れているティオも蓮弥を巻き添えにするわけにはいかないがゆえに攻撃できずにいた。

 

 だけど、そんなことを気にしないも者もいる。

 

 その気配を察知した蓮弥が光輝との剣戟の最中にも関わらず、サイドステップで光輝から離れた。光輝が疑問に思う一瞬の隙に凄まじい轟音と爆炎を上げながら飛び出した弾丸が光輝に打ち込まれる。

 

 

 ──電磁加速式大口径狙撃砲(レールキャノン) シュラーゲンA・A(アハト・アハト)

 

 ハジメが最初期に開発したシュラーゲンをさらに凶悪に改造した新兵器だ。その威力はロッズ・フロム・ゴッドを除いた運動エネルギー兵器の中で最強を誇る。そして口径8.8㎝、全長4mの砲身から放たれた弾丸が光輝に命中した。

 

 本来対航空機用の兵器であり、人間に使用した場合余波でも粉々になるレベルの破壊力。だが吹き飛ばされた光輝を見てもハジメは一切油断せず、砲身の冷却と同時に次弾を装填する。

 

 そしてそのハジメの勘が当たり、光輝は先ほどのハジメと同じように跳んで戻ってくる。

 

「ちッ、あの程度のダメージか」

「……随分器用なことができるんだな」

 

 蓮弥が見たのは光輝が弾丸に命中するその刹那、弾丸を左手で掴みその場で弾丸に合わせ回転、弾丸の威力を殺しつつ、弾丸を別方向に弾くという神業だった。そのためその衝撃を受けることになった左腕は骨折し、あらぬ方向を向いていたが、この兵器の本来の破壊力と比べて有って無いようなダメージにハジメが舌打ちする。

 

「”絶象”」

 

 そしてそのダメージすら光輝が再生魔法を行使し、すぐさま治してしまう。

 

 

 再び仕切り直しの形になり、蓮弥は光輝の脅威度を大幅に上方修正する。

 

 今まで神代魔法は基本的にハジメ達のアドバンテージだったのだ。フリードのような神代魔法を使う敵もいないわけではなかったが、それでもハジメ達は手に入れた神代魔法を駆使して数多の難局を乗り切ってきたのだ。

 

 だが今回、その頼もしい力だった神代魔法が敵の力として振るわれている。

 

 さらに蓮弥は光輝と剣を交わし、その身体強化レベルも自分に匹敵するほど強化されていることを実感した。

 エイヴィヒカイトもどきを使うと聞いていたが、蓮弥が思っていた以上に完成度が高い。そして身体能力が互角なら剣術にも意味が出てくる。元より剣の才能は蓮弥より光輝の方が秀でているのだ。なら現状では不利を強いられる可能性が高くなってくる。

 

「一対一の戦いに割って入るなんて、相変わらず卑怯な真似しかできないみたいだな南雲。だけどそんな攻撃、今の俺には効かないよ」

「はっ、どうやら神代魔法を入手したことで気分が良くなってるみたいだな。それがお前の強気の秘密か?」

 

ハジメの言葉に対し、自分が選ばれたものであると言わんばかりの態度で光輝が答え始めた。

 

「そうだね。神代魔法……正義である俺が振るうに相応しい力だ。決してお前のような周りの影響も考えずに破壊に使うしかできないやつが使っていい力じゃない」

「問答無用で襲ってきといて相変わらず随分都合の良い解釈をするんだな。それに……」

 

 蓮弥は光輝を見る。これだけの力を発揮している以上、光輝は常に膨大な魔力を使用しなければならない。そしてエイヴィヒカイトの燃料は一つしかない。

 

 蓮弥の目には、光輝の中で渦巻く数多の魂が見えている。

 

「お前の身に宿してる魂。百や千どころじゃない。お前……帝都の兵士達を喰ったな」

「ッ!?」

 

 未だに光輝が敵に回っているという状況が受け入れられていない光輝の幼馴染達が衝撃を受ける。

 だが光輝はそんな幼馴染達の動揺を他所に堂々と話し始めた。

 

「お前と一緒にしてほしくないな。人を殺すことは許されないことだ。俺は殺したんじゃない。今彼らを浄化しているんだ」

「何を……言ってるのよ?」

 

 雫が絞り出すようにして光輝に声をかける。信じたくはないのだろう。あの帝都の悲劇が目の前の幼馴染によって引き起こされたなどと。

 

「彼らは一度罰を受けなければいけなかったんだ。雫だって見ただろ。同じ人でありながら亜人達を奴隷にして、虐げ、殺しても何とも思っていない彼らの姿を。あんなものは人じゃない。本来人間は、この世で一番優れた生物として進化していかなければならない。……だが、あれでは退化しているも同然だろう。だから俺が一度浄化し、罪を拭った後、新生させる。そうすれば今度はきっと真人間として生まれ変われるはずだ」

 

 光輝の言葉がまるで理解できない。

 

 光輝は思い込みが激しい性格であり、それゆえに自分の考えを疑わず、何かと都合の良いように解釈してしまうという悪癖があった。だが、今の光輝は以前とは違う。

 

「光輝……どうしちまったんだよ……」

「はっ、殺人はいけないことだといいつつ、自分の殺人は浄化という名の神聖な行為ってか。とうとう行きつくところまで行きつきやがったな。まさか俺が言うことになるとは思ってなかったよ。お前は……狂ってる」

 

 力なく呟くだけの龍太郎に対し、周囲にアーティファクトの設置が終わったハジメが、今のお前は奈落の底に落ちたばかりの自分以上に狂っていると光輝を非難する。

 

「狂ってる。違うな。狂っているのは、この世界の方だ!」

 

 光輝が足元を爆発させながらハジメに接近する。

 

思考超加速(ブレインバースト)!!」

 

 音速二桁の速度域を超え始めた光輝に対抗するために、ハジメもまたエリクシルの思考加速を発動し、同時に魔人の鎧(フォースアーマー)を魔人領域まで引き上げる。

 

 周囲に浮かんでいるクロス・ビット、ミラー・ビット、円月輪を起動し、ドンナーシュラークを連射した。

 

 光輝はハジメが撃った弾丸を弾きながら接近するが、死角から放たれたクロス・ビットの銃撃をギリギリで躱すために体勢を崩す。その隙にハジメがドンナーシュラークをリロード。すぐさま構えて円月輪に向けて放つ。

 

 円月輪に吸い込まれた弾丸は周囲の円月輪からランダムに射出され、光輝に襲い掛かる。だがその弾丸も光輝は視認した上で軽く避けてしまう。

 

「小癪な真似しかできないのかい。だったらいい加減俺の浄化を受け入れるんだ。大丈夫、俺は南雲も藤澤も見捨てたりしない。一度罰を受けて生まれ変わることが出来たら、きっと真面目な人間に生まれ変われるさ」

「お断りだ! てめぇの手に掛かるつもりはねぇ!」

「ッ!?」

 

 光輝が気づいた時にはレーザーが光輝の肩を貫通しているところだった。

 

 ハジメが左腕の義手の指先から放出したレーザー兵器バルドルをミラービッドにて反射、光輝の死角を突く形で攻撃したのだ。

 

「おまけだ!」

 

 錬成──ヘカトンケイルの右腕

 

 周囲の樹々を使い巨人の右腕を錬成、そのまま体勢が崩れた光輝に向かって叩きつけられ、轟音と共にフェアベルゲンの森に震動が走る。

 

 そこで攻撃は終わらない。瞬間錬成した属性攻撃用グレネードランチャ『スターズ』を構え、光輝を押さえる巨人の腕に向けて焼夷弾を射出。重量増加のために樹の巨腕に混ぜ込んでおいたタールに引火し、爆発炎上する。

 

「これで終わってくれると助かるんだがな」

「残念ながらまだだ。あいつの気配が死んでない。来るぞ!」

 

 ハジメが次の錬成準備を行い、蓮弥がハジメの隣で構える。

 

 蓮弥の言う通りすぐに光輝は炎を吹き飛ばして現れる。その姿にほころびはない。再生魔法の恩恵により、すぐさま傷を回復してしまう。

 

「やれやれ。どうやら言ってもわからないらしい。これだから悪は嫌なんだ」

「おいおい。他人に理解させるつもりで喋ってたのかよ。わけわからない妄想を垂れ流しているのだとばかり思ってたぞ」

「どうやら南雲のような卑しい人間には俺のことは理解できないらしい。けどこれじゃあ時間がかかってしまうな。……いいだろう。ならば見せてやろうじゃないか。俺と南雲の差を」

 

 

「真の奇跡を見せてやる!! ──震天剣」

 

 光輝が空間魔法『震天』を纏った衝撃波を蓮弥達に向けて放つ。

 

 無詠唱、予備動作なしに放たれた魔法剣は容赦なく雫達を巻き込もうとする。だからこそ蓮弥は雫の前に移動し、その攻撃を受けなくてはいけなかった。

 

 吹き飛んだ蓮弥を見て、ようやく再起動を果たした雫が蓮弥を伺う。

 

「蓮弥!!」

「俺は大丈夫だ。それより……」

 

 香織を庇ったハジメも同じく吹き飛ばされ、光輝と離されてしまう。そうしているうちに光輝は重力魔法にて空中に浮かび、魔力を漲らせ始めた。

 

 

「俺は七つの神代魔法とこの力を習得するために修行を行った。それは苦しい修行だった。何度も死ぬような思いもした。そして世の理不尽を知り、怒りというものを覚え、そしてその果てに俺は、ついに南雲より高い頂に到達することができた」

 

 

 光輝の魔力が高まり、手に持つ魔剣から闇の光が溢れだしていく。ここにきてようやく動揺から脱し、光輝と戦わなければならないと悟ることができた香織や雫、龍太郎が体勢を整える。

 

「南雲。お前も一応はクラスメイトだ。よって俺が救ってやらなきゃならない。だから俺の浄化を素直に受けてほしい。そして、最後には皆をお前の魔の手から救い出す!」

 

 蓮弥達の闘志に比例するかのように高まっていく光輝の魂の力。それは奪った魂から絞り出した力でもあり、光輝の内側に秘められた魂から滲み出した想いの結晶。

 

「だから見せよう。お前達に……俺が到達した答えを!」

 

 

 

栄達せよ、天に抱いた渇望を。我は輝く光の使徒

 

 そう、これこそが天之河光輝の祈り。

 

ご照覧あれ、天をも貫く光の奔流を。これぞ選ばれし勇者に与えられし偉大なる権能

 

 勇者として選ばれておきながら不遇の立場であり続けた光輝はそれに至るための条件を持っていたと言っていい。

 

勇者の手に持つ聖剣の、天を貫く輝きこそが、闇を切り払う唯一の希望

 

 自分が勇者なのに、現実は光輝に厳しかった。なぜ勇者であるはずの自分が不遇の立場に置かれている。理不尽だ。勇者とは物語の花であり、常に中心になくてはならないもの。

 

これを前にして人々は、正なる義こそ真理だと、思い至るのが道理だろう

 

 そう、誰もが自分を称えなくては道理に合わない。この世には善と悪がおり、その悪を倒すことで世界に平和が訪れる。それこそが王道であり英雄譚の常識だろう。

 

だがそれでも邪悪は尽きぬ。何故道理もわからぬ愚かものがこの世に蔓延るのか

 

 だが、なぜ理解されない。どうして邪悪で小賢しい小物が賞賛されている。この現状に我慢がならない。必然膨れ上がっていく渇望が、不遇の勇者に奇跡を授ける。

 

ならばこそ、今こそ我は光の剣を抜きて、この世の道理を世に示すのだ

 

 ならばこそ、己は世界の歪みを正さなければならない。

 

正義の女神は我にこそ微笑む。いざ行こう、真なる王道を

 

 すべては完全無欠の大団円のため。勇者は完善なる聖剣を抜刀した。

 

今ここに、正義の剣は断罪を執行する

 

 その切れ味は、愚かな悪のみを斬り裂き、未来を切り開くのだ。

 

概念魔法(ArsMagna)──光輝なる絶対聖剣(アブソルートゥス・アストライアー)

 

 光の勇者が闇の魔剣を携え、この世の法則を超え、到達者として世界の頂の一つに君臨した。

 

 

「概念魔法だとッ」

 

 これには流石のハジメも顔を歪めずにはいられない。

 

 ハジメはヒーローショーのお約束など気にしない。当然詠唱中の光輝に攻撃していはいたのだが、それが何も通じない。

 

 強化されたロケットランチャーであるアグニ・オルカンの一斉射撃に晒されようが、ティオの真竜の力を得たブレスに晒されようが、一切ダメージを与えることができなかった。創造を発動した蓮弥の攻撃だけは避けていることから、なおさら信憑性が高くなった。

 

 すなわち、光輝は本当に到達者へと至ったのだと。

 

「皆に最期の通告だ。これでわかっただろ。今の俺は南雲や藤澤よりも強い。皆では絶対に俺には勝てない。だから……俺と共に来てほしい。共に正義の王道を行こう」

 

 香織や雫、龍太郎達に声をかける光輝。その声は帝都で凶行を行ったとは思えない優しさが含まれていた。だが未だに動揺して動けない龍太郎達を見て光輝はハジメに視線を移す。

 

「どうやら君達に掛けられた悪の誘惑は相当深いみたいだ。これは先に悪を排除しないとダメかな」

 

 

 その言葉と共に、新たなる力を得た光輝との第二ラウンドが始まったのだった。

 

 




長いあとがきは例のごとく後編にて。


>光輝の詠唱
頑張って考えましたけどよく考えたら光輝の詠唱のクオリティを上げるとハジメの詠唱へのハードルが上がってしまうことに気付き。適当なところで切り上げました。
詳しい概念魔法の能力は次回にて。シンプルながら凶悪な能力になったかなと思います。

後編は本分はできており、後はあとがきだけなのですぐに更新できるはずです。

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