ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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後半です。

文字数が多くなりすぎたのでユエまで行けてません。申し訳ない


決戦前に 後編

「いえぃ、いつも無敵で素敵で最強な天才美少女ッ、みんな大好きミレディちゃん。ここに参上!!」

 

 そんな口上と共に現れたのは一人の美少女。ハジメ達は初めて見ることになり、蓮弥は魂の形から把握していたその姿は、かつて解放者として活動していた頃の全盛期のミレディその人だった。

 

「なるほど。自身を宿すゴーレムを聖遺物に見立てて、それを媒体に自身の魂を具現化する……まさに私と同じ仕組みです」

「ああ、まさか魂の形成を習得してくるとはな」

 

 ユナが感心する声を出す。そして蓮弥も内心で驚いていた。確かにミレディにはかつて霊的感応能力による共感現象により蓮弥のエイヴィヒカイトについての知識が渡っている。だがそれでもダニエル・アルベルトと違って術式そのものを習得したわけではないのだ。それを自分なりに解析し、自身の形成をやってのけるとは思わなかった。

 ミレディのゴーレムも聖遺物として不足ない。なぜならあれには無念の中、後の世代に全てを託して消えていった全ての解放者達の希望が詰まっている。数千年間ミレディによって磨かれ続けた想念は生半可な聖遺物よりも格が上だろう。

 

 とはいえ技術的な意味で感心しているのは蓮弥とユナだけだった。

 

 他のミレディを知らない者達の反応はまちまちだ。

 

 一体何が起きたのかと右往左往する経験の浅い若者。突如現れたミレディを値踏みするように見る熟年者。いい加減会議を始めたいと焦れている者。色々な感情が場を満たすが、大多数はミレディに対して好意的な感情を示していない。

 

 だがそれでも空気を読まないのがミレディクォリティ。

 

「わかってる、わかってるよぉ。ミレディちゃんの真の姿の想像以上の美しさに見惚れちゃったんでしょ? あまりの美少女っぷりにドキドキしちゃったんでしょ? んん? どうよ白髪君に練炭。ねぇねぇねぇねぇ」

 

 ぷぷーと笑いながらハジメと蓮弥に狙いを定める自称美少女。だがいくら美少女でも彼女持ち二人には通じるわけもなく……

 

「ただただ……うぜぇ」

「前にも言ったがお前には興味ない」

 

 ハジメは虫唾が走ると言わんばかりに顔を盛大に歪め、蓮弥はあえてミレディの残念な胸部を見てため息を吐く。

 

「相変わらず目上に対して辛辣だなぁ。あと練炭はそこに直れッ、成敗してくれる。この貧乳差別主義者めッ」

 

 蓮弥に対して威嚇する猫のような態度を取るミレディを軽く無視していると。流石にこの状況に対して我慢が出来なくなった参加者たちから声が飛び始める。

 

「おい、藤澤蓮弥。いい加減お前達だけで話してないで、俺達にもその小娘のことを説明しろ」

「ああ、こいつは……」

 

 代表してガハルドが蓮弥に聞いてくるが、その返答を行う前に前に出たミレディによって遮られる。

 

 

 

 

「──お集まりの紳士淑女の皆様方」

 

 そこには……実に堂に入ったカーテシーを行うミレディの姿があった。

 

 先程のふざけた空気を一蹴するその空気に、白けた態度を示し始めていた参加者の視線を否応なく釘付けにする。ハジメやシアが唖然とし、蓮弥が普段からそうすればいいのにと思うような淑女の礼を取るミレディは、その空気を損なうことなく、自ら名乗りを上げた。

 

「お初にお目にかかります。私の名前はミレディ。神の支配するこの世界に疑問を感じ、人が自由の意思の元、生きていける世を作るために立ち上がった……解放者最後の生き残りです」

 

 その言葉に幾人かが反応する。

 

「解放者……じゃああなたが大迷宮の製作者……」

 

 一人はリリィ。彼女は蓮弥達から大迷宮の真実を聞かされている人物であり、そうでなくてもハイリヒ王国領地内にあるオルクス大迷宮は、魔石や資源採取などで長年利用してきた場所でもあるので敬意を払っているのが蓮弥にも伝わってくる。

 

「ふーむ……」

「そうですか……あなたが……」

 

 問題は反応を示した残りの二人。すなわち教会の新教皇と司祭の二人だ。教会の教義に則って言えば、ミレディは解放者ではなく、反逆者と呼ばれる背教者達であり、悪感情を持っているのではないかと蓮弥は予想する。

 

 いまさら人間二人の悪感情にミレディが動揺するようには見えなかったが、場の空気が悪くなるかもしれないと警戒していた。だが懸念に反して件の二人は声を出してから何かを考えているようだが、険悪な感情は察知できない。

 

 何を考えているかはわからないので険悪な感情がないなら先に進めてしまおうと蓮弥は声を上げた。

 

「彼女は俺達の協力者であり、遥か昔からこの世界の神と戦い続けた英雄の一人だ。間違いなく俺達と同等以上の力の持ち主だから戦力としては申し分ない」

「と、いうわけで。ミレディちゃんは特に今の世界の情勢に関わるつもりはないけどよろしくね~」

 

 ガハルドが興味深そうにミレディを見る以外は、とりあえず納得したという雰囲気が流れる。ミレディだけは英雄と蓮弥に言われて若干居心地悪そうにしていたが、特に問題はないだろう。

 

「さて、色々話しておきたいことはありますが、まず私達の置かれている状況を整理しましょうか」

 

 軍議の司会を買って出たのはアンカジ公国公ランズィだ。それなりに経験値を積んだ大人の風格がある彼によって雰囲気が再び改められる。

 

「今より三日前、我々はハイリヒ王国代表であるリリアーナ様の言葉により集結しました。話の内容はこの世界を滅ぼす邪神が蘇るというもの。そしてその邪神の正体こそが我々が長年信仰を重ねてきた唯一神であるエヒトだということ」

「ま、俺達帝国は端からエヒト神をそれほど信仰してねぇけどな。教会や王国にとっては頭が痛い話だったんじゃねぇのか」

「それに関しては、数ヵ月前に起こった王都での戦いのおかげで神の息がかかった教会関係者が、軒並み死亡したのが大きいですね。国民レベルではまだしも、王国上層部レベルではすでに神エヒトに関する不信は大きいものになっていますね」

 

 リリィが言う通り、邪神と戦うとなっても王国はそれほど揺るぐことはなかった。それはひとえに王国での蓮弥とフレイヤの戦いを経験していることが大きい。フレイヤが大半の神の使徒を駆逐したせいでもあるのか、現在王国の上層部で神を疑うことに忌避感がある者は少ない。

 

「教会にしてもそうですね。軒並み上層部が消えたおかげで新しい価値観に芽生えた若者も多くいますし」

「おかげで儂のような辺境の田舎に飛ばされた老いぼれが、教皇などという肩が凝る役目を背負う羽目になったのじゃがな」

 

 心底しんどそうな態度を取るシモン教皇に対し、シビル司祭が厳しい目を向ける。

 

 話が少し脱線してることを察したランズィが話を戻すために口を開く。

 

「そして神エヒトが降臨の地に選んだのが魔王城ということです。まったく、我々の信じてきた教義を完全に無視するかのような行為ですね。今一度お聞きしますがその情報に間違いは?」

「ねぇな。羅針盤は間違いなくユエが魔王城にいることを示している」

「なら問題はどうやって奴らの領域まで行くかだな。いまだかつて人族の歴史上、魔王城にまで攻め込めた記録はねぇ。その辺り考えてるんだろ、南雲ハジメ」

「まぁな。後でお披露目してやるから腰を抜かすんじゃねぇぞ」

 

 皇帝ガハルドの言葉にハジメは自信を持って答える。魔王城へは行ったことがないがゆえにユナでも転移は不可能だ。だからこそ、直接行く手立てはどうしても必要だがそれに関してはハジメが一番最初に準備したものだった。

 

「むしろ俺が驚いたのが、防衛連合軍の総司令官が姫さんだってことだよ」

 

 ハジメの言葉には蓮弥も内心納得する。

 

 ハジメ達は魔王城に侵攻するわけだが、その間人族領域が無防備になるのは危険だ。神が地上に降臨するのが魔王城でほぼ確定なのはいいが、まだ神父勢力がどうでるのかはわからないのだ。魔王城にてユエを取り戻し、神エヒトを討ったはいいが、人族が滅びてましたじゃ本末転倒だ。つまりある程度の戦力を残していくわけだが、そのために各国は同盟を結び、連合軍を組織した。

 

 だからこそ、そんな人族の命運を決めてしまうかもしれない決戦において、リリィが総司令官なのはなぜなのか。

 

 この場には、軍事国家の皇帝もいれば、他にも優秀な将校はたくさんいるのだから。

 

「うっ、それはまぁ……正直私も、やる気十分のガハルド陛下が総司令官に着かれるのだとばかり思ってましたが……」

「俺しかできる奴がいねぇんならやるけどな。今回は王女が適任だ。何より、こんな一生に一度の大戦で、前線に立たずして何が軍事国家の王だって話だろ? 俺には例の魔法もあるしな」

「ああ、そういえばあんた昇華魔法を手に入れてたな」

「おうよ。あれから俺だって帝都復興をやりつつ試行錯誤を行ってたんだ。機会があったら見せてやるよ」

 

 蓮弥に対して自信を伺わせる発言をするガハルド。確かに昇華魔法を上手く使うことができれば軍単位で強化することも可能になるがゆえに、帝国の主力部隊が帝都襲撃で大きく力を削がれていようとも活躍することは可能だろう。

 

「だけどリリィが総司令官というのは……もしかして神輿か?」

「わかってるじゃねぇか」

 

 極端な話。兵士というのは勇ましいおっさんが神輿になるより、儚い雰囲気を持った美少女が神輿になった方が士気があがる。

 

 ましてやおそらく地上を襲うのが神の使徒であるならなおさらだ。美しき怪物と戦うためにはこちらもそれ相応の美姫を担ぐ必要があったわけだ。

 足りない経験値はそれこそ優秀な将校が補えばいい。前線に歴戦の覇者である皇帝が出るなら戦術の意味でも問題ないだろう。

 

「集団心理って怖いですよね。でも一番怖いのは、リリアーナさんの演説に大号泣する民の皆さんや熱狂する兵士さん達を前に、顔を逸らしてニヤリッと笑ったリリアーナさんだと思います」

 

 愛子がリリアーナの演説を思い出し、遠い目をする。

 

「なっ、愛子さんだってノリノリで扇動してたじゃありませんか! 大体私なんて可愛いものです。愛子さんの『神言』の方がよっぽど凶悪ではありませんか! 愛子さんコワイ!」

「ち、違います。私はあくまで教え導く者の端くれとして、この世界の在り方を自ら問いかけるように”懇願”しただけで……まさかあそこまで効くとは思ってなかったんです!」

 

 王都で愛子に万歳三唱をしていた者達を筆頭に、世界中で布教活動が行われた結果、

 すでに世界中である意味エヒト教より信仰があるかもしれない豊穣の女神、愛子様。

 

 それゆえかどうかはわからないが、愛子の技能欄に二つほど追加されているのに蓮弥達は気づいた。

 

 そのうちの一つが”神言”。神の意思を持って民を服従させる魂魄魔法に類する魔法。

 

 そしてもう一つが”聖寵”。神の教えを受けた者に大いなる魔力を与えるという昇華魔法に類する魔法だ。

 

 愛子は旅にこそついてきてはいたが、神代魔法を一つも習得していない。にも関わらず神代魔法級以上の魔法を二つも習得する辺り、信仰が齎す恩恵は計り知れない。

 

 リリィと愛子は自分にできることを精一杯やっている。だからこそ、今に限り、色々問題があった北大陸の勢力は一致団結するに至っている。

 

 そんな偉業を成した二人はどちらが怖いかで言い争いをしていたので蓮弥は制止を試みた

 

「そこまでだ二人とも。先生は俺の懸念にも関わらず、神の力を人の自由意思に反しない範囲で適切に使いこなしているみたいだな」

「そんな……私は少しでもみんなのためになればと思ってしただけです」

「そしてリリィに至ってはマジですごいのな。皇室に嫁入りして帝国を乗っ取るっていうのが現実味を帯びてくるぞ」

「それは俺も実感してるな。今となっては王女との婚約が破断になってよかったぞ。危うくとんでもない小娘を帝国に取り入れるところだった」

「一応誉め言葉として受け取っときます。ええ、一応!」

 

 先生は自分の行動を蓮弥に評価されたことでホッとしたようだが、リリィは少しだけ納得いかない顔をする。

 

 その恨めしいリリィの視線をスルーした蓮弥は、この辺りで大切なことを聞かなければならないと思い直す。

 

「あんた達が思っていた以上に一致団結しているのは伝わった。だからこそ、聞かなきゃならないことがある」

 

 蓮弥は円卓の一部、教会勢力が座る場所を見据える。

 

「単刀直入に聞く。俺達はあんた達を信用してもいいんだな?」

「それは……件の神父についてかな?」

「ああ、何しろ教会にとんでもない化物が潜んでいたことがわかったんだ。その辺りの話を聞いておきたい」

 

 シモン教皇が深刻な顔をするのは他ならぬ邪なる聖者、ダニエル・アルベルトについてだ。

 そもそも現在の事態がややこしくなったのは件の神父のせいだと言ってもいい。こいつがいるのといないのでは展開に大きな違いがあることを蓮弥は雫から聞いて知っている。

 

 ここで雫の体験した夢について話すのは話がややこしくなるからしない。だが、なぜあの神父のような人間が生まれたのかは知らなくてはならない。

 

「……彼については、私達も困惑するばかりなのです。私の知る限りダニエル神父は信心深い神父であっただけでなく、積極的に信徒の相談に乗ったり、孤児などを保護したりする模範のような立派な人だったのです」

「じゃが、今思えば上手くやりすぎておった気もするのぉ。儂が若い頃に少し世話になったが……」

「ストップだ。そこがおかしい! シモン教皇、あんたは今若い頃に世話になったと言ったが、あいつはどう考えてもそんな年配には見えなかったが疑問に思わないのか」

「それは……ッッ!?」

 

 シモン教皇は蓮弥に指摘されて初めて疑問を持ったというような顔をする。

 

「魂魄魔法による意識誘導。少なくともあんたが若いと言われる年齢から暗躍してたってことは、見かけ通りの年齢じゃないと見た方がいいな。他に何かわかることは?」

「それは……実はあんまり、彼はプライベートをあまり出す人じゃなかったというか、そういえば出身がどこかもわかりません」

「おいおい、教会はそんな素性が知れねぇ奴を神父にしてたのかよ。しかも誰一人疑問に思わねぇとか。これだから信仰が全ての教会連中は」

 

 ガハルドの言葉に対し、シビル司祭が鋭い目をガハルドに向ける。

 

「教会の教え云々の前に、人としての理も曖昧な帝国には言われたくありません。……確かに教会の信徒の中には神の教えの下、無茶を押し通す者もいました。……亜人族に非道を行う者もいたことは事実です」

 

 アルフレリックやカムに申し訳なさそうにしつつも、シビル司祭は言葉を止めない。

 

「ですが、教会の中には神の使徒に勝てないがゆえに、雌伏を選択するしかなかった者達もいるのです。そして私達一族もその内の一つ……なぜなら私達は……解放者を起源とする者の末裔だからです」

 

 ここにきて解放者の名前が出ると思わなかった蓮弥は、自己紹介以降静かに話を聞くだけにとどめていたミレディに目配せする。

 

「だそうだが、何か覚えはあるかミレディ」

「いや、覚えといってもだね、練炭。私が生きてた時代は何千年も昔だよ。流石にミレディちゃんの知り合いなんて一人も生きてな……い……」

 

 ここで初めてミレディは、自らを解放者に連なる者だと言ったシビル司祭の顔を見て、目の色を変えた。

 

「ちょっと、あなたいい?」

「えっ、その……はい」

 

 いきなり立ち上がってミレディは、近くでシビル司祭の顔を覗き込む。

 

「……言われてみれば似てる? いや、でも違うと言えば違うし、けど……」

「……私達、リベラ―ル家には隠し名があります。もっとも私がそれを知ったのはつい最近なのですが」

 

 

 シビルは真っすぐミレディの目を見つめ、自らの真名を語る。

 

「私の真名は、シビル・リブ・グリューエン・リベラール。過去の時代から今に至るまで、自由の意思を受け継いできた者の一人です」

 

 グリューエン。その名前は蓮弥達にとっても聞き馴染みのある名前だった。

 

 地名にもなっているそれは、解放者の一人であるナイズ・グリューエンの苗字だ。なら、彼女はつまり……

 

「じゃあ……あなたまさかッ……ナっちゃんと、スーちゃんの……子孫」

「はい……本当はもっと早く、我らの一族は、あなたに会いに行かなければならなかった。今に至るまであなたを孤独にし続けてしまった非力な我等を、どうかお許しください、ミレディ様」

 

 この時のミレディの顔は、何とも言えない表情をしていたと蓮弥は思う。嬉しいような切ないような……かつての仲間の子孫が生きていたことを喜ぶ気持ちと、ミレディが知っている彼らはもういないのだというのを再認識した気持ちを同時に感じているのかもしれない。

 

「そっか……ナっちゃんめぇ。何だかんだ言って、やっぱりお手付きしてたなぁ……」

 

 ミレディはシビルを懐かしいものを見るような、尊いものをみるような顔で見つめ続け、シビルもミレディの想いを汲み取り大人しくしていた。

 

 事情を知らない者達もこの空気は察しているのか、場がしんみりした雰囲気に染まる。

 

 

「で、伝令!」

 

 そして、その空気を壊すことになったのは、慌てて駆け込んできた兵士の言葉だった。

 

「ひ、広場の転移陣から多数の竜が出現! 助力に来た竜人族とのことです!」

 

 兵士が伝えたのは悲報ではなく吉報だとその表情と声が語っていた。みればその兵士の目は期待と畏怖が混ざりあっているようにも見える。

 

「ハジメ」

「ああ、ようやく帰ってきたみたいだな」

 

 蓮弥の呼びかけに、ハジメは席を立つ。

 

 龍神との修行を終えた頼れる仲間を出迎えるために。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

「ご主人様ぁ~~ッ! 愛しの下僕が帰ってきたのじゃ! さぁ、愛でてたもう!!」

 

 外に出たハジメに待っていたものは、無数の竜の群れとその中で人に戻ったティオがダイブしてくる光景だった。

 

 なので当然、ハジメはだらしない顔をしたティオを華麗に躱した。

 

「へぶぅッッ!!」

 

 まさかの回避に、ティオが頭から盛大に地面に激突する。

 

 その光景をいつものことかと、すでに達観した目で見る香織達ハジメパーティーを筆頭とする前線メンバー。空中から人が落ちてきて盛大に地面に墜落した現場を見て、ビクビクする居残り組メンバー。

 そして伝説の竜人族が実は生きていて長年邪神と敵対していたと伝えられていた会議の参加者達は、伝説の竜人族を値踏みするのと同時に、さっそくティオがやらかしたことで微妙な空気が流れている。

 

「はぁはぁ、な、何をするのじゃ……妾はこれでも色々成長したつもりなのじゃが……ありがとうございます!!」

「いや、悪い。本当は多少労ってやるつもりだったんだが、迫るティオの顔がキモすぎて、つい本能的に避けちまった」

「おふぅ……そんな……すでにご主人様は本能レベルで妾を痛めつけるようにできておるじゃと……はぁ、はぁ、たまらん。色々抑えたものが吹き出してしまいそうじゃ!」

 

 いつも通りのある意味誰も立ち入れない二人だけの世界を形成するハジメとティオの姿に、少しため息を吐きながら蓮弥は介入する。

 

「お帰り、ティオ。間に合ったようで何よりだ」

「見ただけでわかります。どうやら更なる力を手に入れたみたいですね、ティオ」

「ふふ、そうじゃろ? どうせなら士気も上げてやろうと思っての」

 

 ティオが合図するのと同時に咆哮を上げる竜たち。

 

 さらに、ティオを囲むように待機していた六体の竜が竜化を解除し、人の姿で降臨する。

 

 威風堂々としたその佇まいは伝説の種族に相違ない覇気を纏っていた。

 

 竜人族の戦線参加を実感したことで平原が大歓声で覆われる。

 

「ティオさん、お帰りなさい。でも、あえて言わせてもらいますけど、もう少し普通に登場できないんですか? 他の竜人族の方が立派でも、肝心のティオさんがそれだと意味ない気がするんですが」

「うぐぅ、シアの容赦のない正論。駄目じゃッ、妾は自重すると誓ったのじゃ、はぁ、はぁ、おふぅ」

 

 シアの容赦ない正論攻めに、ティオが何かをこらえるような仕草をすること少し。歓声が収まってきたころ、六人の竜人のうち緋色の髪を後ろに流した初老の偉丈夫が進み出る。

 

「お初にお目にかかる、各国の長方。私は竜人族の長、アドゥル・クラルス。此度の危難、我等竜人族も参戦させていただきたく馳せ参じた。戦働きには期待していただきたい。どうかよろしく頼む」

 

 決して大きな声で喋ったわけではないが、平原の隅々まで行き渡るような覇気のある声は、頼もしさと安心感を与えるようだった。

 

 ガハルド達が初めて見た本物の竜人相手に慄いている間、アドゥルの目線がハジメを捉える。

 

「初めまして、南雲ハジメ君。君のことはティオから聞いている。この世界で巻き起こった数々の大事件を解決してきた手腕。実に見事だ」

「初めまして、アドゥル殿。お褒めに預かり光栄ですが、些か買い被りすぎですよ。俺はただの錬成師にすぎません。今までの旅路の中で、仲間に幾度も助けられて此処まできました。もちろん貴方のお孫様であるティオ嬢にもその英知で幾度も助けられていますよ」

 

 ハジメに敬意を払った対応をするアドゥルに対し、ハジメも礼を尽くして対応する。その反応に会議の参加者の一部が騒がしくなるのがわかった。特に王都にてモブ扱いされてきたリリアーナや帝都にて散々な目にあったガハルドなどは文句を言いたげな目をハジメに向けているが、ハジメは当然スルーした。

 

「ふむ。映像や話を聞く限り、もっと傲慢な男なのかと思っておったが、どうやら想像より謙虚な男のようだ。だが、そんな君に聞いておきたいことがある」

 

 アドゥルが気配をより濃くする。それはある種の覇道の発露。一族の長として自らの意を押し付けんとする王者の威圧。それを受けたハジメは目の前の竜人に対し、油断なく構える。

 

「我らにとって邪神の打倒は500年に渡る悲願だ。だからこそ、我らは……この戦いに全てを賭けるつもりだ」

 

 500年前、竜人族の国はエヒトの息が掛かった人族の手で滅亡に追いやられた。その際に、国の王と王妃であるティオの両親が亡くなったことは蓮弥やハジメも聞いていた。

 

 だからこそ、彼は問わざるを得ないのだろう。

 

 異世界から来た来訪者たちが、いかなる理由でこの戦いに挑むのかを。

 

「君の言葉で聞かせてほしい。君は何故異世界人でありながら、この世界を救うために戦うのかを」

 

 その言葉に対して、ハジメは少し困ったような顔をしながら、それでも真剣に答える。

 

「何か勘違いをされているようですけど、俺は今に至っても、この世界のために戦うつもりなんてありませんよ」

「……何?」

 

 ハジメの発言を受けて、場に動揺が走る。

 

 端的に言って、今のハジメのセリフはこの場で言ってはならない類のものだった。

 だがそんな動揺の声を無視してハジメは言葉を続ける。

 

「だってそうでしょ。俺達は戦いを知らない平和な世界で生きていたのに、急に呼び出されて人族のために戦えって言われたんですよ。そんな状況にいきなり放り込まれて、見も知らぬ誰かのために戦えるなんて夢見心地の勇者か、一部の狂人だけですよ」

「……」

 

 ハジメの言葉に対し、クラスメイトがかつてのことを思い出す。

 

 あの時のクラスメイト達は光輝の言葉に乗せられる形で戦争参加に同意した。確かにこの世界のことを何も知らなかったクラスメイト達にとって、戦争に参加するという行為は、結果的に国の保護を受けられる最善の選択だっただろう。

 だが、この世界のことを知っていくにつれ、戦争参加というものが華々しい英雄譚では決してないことを知ることになった。

 絶対無敵の英雄ではないのなら、他人のために命を懸けられる人間など少数だ。

 

「そもそも他所者である俺達が救いたくなるような場所でもなかったですしね。教会は盲目的に邪神を崇拝する邪教だし、その邪教の信者が人口のほとんどを占める国が存在するし」

「うぅ……」

 

 リリアーナがバツが悪そうな顔で視線を逸らす。

 

 人族の聖教教会信徒の割合は九割。その中でもハイリヒ王国は神山の麓に王都がある都合上、教会とは長きに渡り関わってきた。

 ましてや国王が教会の教えにのめり込み、蓮弥に攻撃したこともある以上、いい顔ができるわけがない。

 

「力こそ全てといいつつ、神の使徒を数体派遣されれば一夜で滅びるくらい弱っちい国もあるし」

「……」

 

 今度はガハルドが顔をしかめる番だった。

 

 この世界が神の遊戯場である以上、帝国が覇を唱えられていたのはエヒトの配慮があったからに他ならない。仮に本当に覇行を成し、魔人族との戦争を終わらせられるほどの力を帝国が身に着けていれば、すぐさま神の使徒が介入し、帝国は台無しにされていたのだろう。この世界の真実を知り、国に大きな傷を負うことになったガハルドは否定することができない。

 

「というより魔力操作が魔物しか使えないとか言われてる時点で、少しは疑問に思わないのか。香織や吉野、ユナ曰く、魔法が使えるなら魔力感知と魔力操作はできてあたりまえの技能だという話だぞ。明らかに人族を弱体化させるためにエヒトが仕組んでんじゃねぇか。たぶんだけどミレディの時代にはもっと魔力操作持ちはいたんじゃねぇのか」

「そうだね。例え教会の騎士であろうと、魔法に優れた人物は普通に魔力操作を使ってたよ」

 

 当時の生き証人であるミレディの言葉によって、ミレディ達古代人は普通に魔力操作を使えていたことが判明した。ユナ曰く、魔力操作ができないのなら魔法技術は衰退するのが当然らしい。

 おそらくミレディ達解放者というイレギュラーの発生を受けて、その再来を防ぐためにこの世界全体のレベルを下げるためのエヒトの措置だったのだろう。

 

「おまけに福音となる魔力と魔力操作持ちを異端だと排除する負け犬集団がいると来た」

「ッッ」

 

 今度はアルフレリックがダメージを受ける番だった。

 

 長年に渡り、魔力持ちを異端だと排除してきたのは何故だったのか。その根っこにあるものが何なのかを知る術はない。だが一つ確かなのは、魔力持ちという福音を大切に育てたハウリアは大いなる力を手にし、今もなお躍進を続けているという事実のみだ。

 

「そうやって異端をどんどん排除して、たいして考えることもなく教会の教えを妄信した結果、神の思惑通り、人族も魔人族も亜人族もどんどん弱体化していった。だからこそ、俺達が攻略するまで数千年間、この世界の真の守護者たる最後の解放者の元まで、誰も辿り着けなかったわけだ」

 

 ライセン大迷宮の試練は、魔法こそ禁止されているものの、主の趣味を除けば難易度は、七つの大迷宮の中でも割と低めに設定されている。おそらく体内の魔力を操作することによる基本的な身体能力強化が使えればそれほど恐れる試練ではない。だがこの世界の住人は魔力操作ができず、身体強化すら詠唱を必要とするレベルまで堕ちてしまった。だからこそ蓮弥達が攻略するまで、誰もミレディの元にたどり着けなかった。

 

 ちなみにミレディゴーレムによる最後の試練は、相手次第でミレディは相応の出力に調節するつもりだった。あくまで相手の真意や覚悟を知りたいのであって、せっかく有望な人材をガチで潰すわけにはいかないからだ。蓮弥達の時にガチモードになったのは、初めての挑戦者にテンションが上がったことと、最難関の試練であるオルクス大迷宮攻略者であることを事前に知らせていたこと、そして蓮弥の異質さが原因だ。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 ハジメの正論に場の空気がどんどん死んでいくのがわかる。せっかく士気を上げたのにダダ下がりになってしまっている現状を愛子がなんとか上げようとするが、中々止まることはない。

 

 そしてハジメの言葉も止まることはなかった。

 

「そしてあんた達竜人族も、ずいぶん怠惰が過ぎたな」

「……それはどういう意味かな?」

 

 アドゥルへの敬語をやめたハジメの言葉に若い竜人族が怒気を放つ。だがそれを手で制したアドゥルがハジメに真意を問うた。

 

「そのまんまの意味だよ。あんた達は本来、3()0()0()()()()表舞台に出てなきゃいけなかった」

 

 300年前。その言葉を聞いたアドゥルがあることに思い至る。

 

 その時期にあった世界規模の大きな出来事など、一つしかない。

 

「……アヴァタール王国最後の吸血姫のことかの」

「そうだ……俺はオルクス大迷宮地下150階層を再調査したことで、300年前、ユエに起きたことの真実を知ることになった」

 

 それはハジメと香織がユエの封印されていた部屋の再調査をしていた時のことだった。

 最初は素材集めのために来ただけに過ぎない場所だったのだが、そこで当時ハジメが持っていなかったシュネー大迷宮攻略の証であるペンダントが共鳴したのだ。

 

 シュネー大迷宮を攻略した者にのみ開けられる封印の中には、とある王国の最後とある男の想いが込められていた。

 

「ここいる参加者や、ティオから伝えられているであろうあんた達竜人族が知っての通り、ユエは神が現世に復活するための人柱としてその身を狙われている。そして300年前、鬼神の国アヴァタール王国女王だったユエは、人柱一歩手前の状況まで追い込まれていた」

 

 ハジメが知った情報の中には、ユエの叔父を名乗る男が下した苦渋の決断も込められていたのだ。その声を聞くだけで数多の想いが渦巻いていたことを他人であるハジメや香織が感じるくらいに伝わってきた。だからこそ、彼の代わりに言わなくてはならない。

 

「あんた達竜人族が、邪神復活を目前にしながら動かなかった理由は俺にはわからない。だけどもし、300年前にエヒト復活が成し遂げられていたら、きっと今よりもっと悲惨なことになっていたことは簡単に想像できる。そんな危機にあってなお、今この世界が存在するのは、国が滅びようと種族が滅びようと、たった一人の女の子を人柱の運命から救うために命を懸けた愛すべき馬鹿達がいたからだよ。それだけは知っておくことだな」

 

 肉体がないがゆえに、現世への干渉力と大部分の神の力を失っているエヒトが、その身に相応しい器を持って現世へと復活を遂げていたとしたら、きっとこの世界の命運は尽きていた。

 自由を得たエヒトが解放者の残滓を残す理由はなかったし、この世界の遊戯に飽きていたエヒトはこの世界を滅ぼして次の世界に旅立っていた可能性だってあった。この世界は300年前に、一度滅びの危機を迎えている。

 そうなっていないのはひとえに、ユエを救うために命を懸け、無謀な戦いを挑んだ愛すべき馬鹿達がいたからこそなのは明白だ。

 

 神にとっての吸血姫の価値の詳細を知らなかったことや、数多の事情や時勢を読んだ上で、アヴァタール王国の危機を見送る決断を下したアドゥルもハジメの言葉には何も言えなかった。

 

 

 段々空気が死んでいく広場に対し、流石にまずいと蓮弥が行動に移す。

 

「おい、ハジメおい」

「なんだよ、蓮弥。今良いところなんだが」

「言いたいことがあるのはわかるが、少し自重しろ。見ろよ、あれだけ士気が上がってたのにお通夜みたいになってるじゃねーか」

 

 そこで初めてハジメは、場の空気がお通夜モードになっていることに気付き、ばつが悪そうに頬を掻く。

 

「まあ、アレだな。俺に士気高揚とか無理だってことだ。扇動とかできる奴はカリスマ持ちのコミュ力お化けだけだから。俺には該当しない」

 

 いくら扇動の教科書を持ってても、カリスマやコミュ力がないと意味がないのだ。シュネーの試練を経て、魔王ムーブを辞めることにしたハジメには無理な話だった。

 

 だからこそ、ハジメは今のハジメなりに答えることにする。

 

「そんな俺が戦う理由なんて一つだ。俺には……愛する女がいる」

「それは……件の吸血姫のことだな」

 

 ハジメとユエの関係をティオから聞かされているアドゥルの問いに、ハジメは懐かしむような顔をする。

 

「散々この世界に文句を言ったけど、俺はこの世界に来てよかったと思ってる。たとえ外れ天職の無能だと罵られても、挙句奈落の底に落とされても……悔いなんてない。だってユエに会うことができたんだからな」

 

 

 

 

「俺はユエを愛してる」

 

 

 

 それは混じり気のない、純粋で切なる想いの発露。だからこそ、大きな声でなくても場の隅々までその言葉は浸透していく。

 

 

「話し合いたいことがたくさんある。改めて伝えたい大切な想いがある。今すぐ抱きしめたいし、ユエが今どんな目にあってるのか考えるだけで魂が沸騰しそうになる!」

 

 ハジメの感情が大きく揺れる。慈しみが満たしたと思えば、一瞬で激しい怒りに転化する。その不安定さもまた、ハジメが本気である証。

 

「だから何があってもユエを取り戻すッ。そのために必要なら神だって殺す! 俺が神と戦う理由なんて、それだけだよ」

 

 純粋な想いゆえに、その質量は桁違いに重い。それを受けた一部の者が、ハジメが極限の意思に必ず届くと確信するほどに。

 

 そして真正面からハジメの本音を聞かされたアドゥルは、内心複雑な想いを抱いていた。

 

(これは……難儀な)

 

 自身の孫娘の恋路が非常に困難なものであることを認めざるを得ない。ハジメの目は最期の瞬間まで、妻オルナを一途に愛し続けた息子ハルガと同じ類の目をしていることに気付いたからだ。

 

「無粋だと思うが、聞きたいことがある。我が孫娘であるティオのことを、君はどう思う?」

「大切な仲間だと思っていますし、良い女だとも思っています。ただ、俺にとってユエはナンバーワンじゃない。オンリーワンだというだけだ」

 

 それ以上、アドゥルはハジメに聞くことはなかった。

 

 ここから先は当人達だけの問題だ。自分達の責務は、いかなる結果になろうともティオを迎え入れることだと戒める。

 

 

 ハジメの発言の反応は様々だった。

 

 間接的に振られた形になったティオは長期戦の覚悟を決めたとはいえ、やはり寂しそうな表情をしていたし、シアや香織も同様だ。

 

 一方でクラスメイトの反応は意外と悪いものではなかった。

 

「なんというか……南雲の奴、マジで漢だな」

「ああ、あの強面集団の目の前で堂々と一族の姫を振るとか」

「けどガチ純愛じゃん。あんな風に一途に想われたら女としてはやっぱり幸せなんだろうな~。ちょっとユエさんが羨ましいかも」

「南雲って意外と少女漫画のヒーローっぽいところあるよねッ」

 

 ある者は、ハーレムのチャンスを振ってまで一人の女を愛するハジメに漢を見出し、ある者はハジメの姿をお気に入りの少女漫画のヒーローに当てはめる。

 ハーレムよりも一途な恋愛が受けるのは日本人ならではだろう。おおよそ否定的な意見は存在しない。

 

 

 

「…………認めんぞ」

 

 だが、当然そんなに物分かりのいいものばかりではない。

 

 先程からプルプル震えていた藍色の髪をした竜人族の青年が辛抱できないと言わんばかりにハジメにズカズカ詰め寄る。

 

 

 これは修羅場の予感。と周囲の人間が警戒したところで。

 

 

 シリアスの電池が切れた。

 

 

 

「貴様ぁぁぁぁッッ、姫様をッ、姫様を嫁に行けぬキズモノにしておいて、責任も取らんというのかぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 その発言はその場の空気を一変させる破壊力があった。

 

 ハジメなどは意味がわからないとフリーズしており、対応できていない。

 

 そんな中、真っ先に正気に返ったティオが身の純潔を証明すべく竜人族の若者に詰め寄る。

 

「リ、リスタスッ。何を言うとるのじゃ。妾はまだ清い身じゃし、キズモノになどなっておらぬ! 流石に無礼じゃろ!」

「お言葉ですが、姫様。今のあなたはあの男の所業によって正気を失っておられるのです。目をお覚ましになってください」

 

 どうやらリスタスという若い竜人族にとって、ティオはハジメによって狂わされていると思っているらしい。それに対して最初は黙って聞いていたハジメも表情を変え、殺気立っていく。

 

「おい、てめぇ。さっきから聞いてれば好き放題言いやがって。理不尽に売られた喧嘩は買うぞコラァ!」

「そうじゃリスタスよ。そなたらしくない。一体何を根拠にそんなことを」

「何を根拠に……ですって?」

 

 リスタスと呼ばれた青年竜人は、まるで理不尽を受けているのはこちらだというような表情を浮かべ、心の内に押し込めていた感情を爆発させる。

 

「誇りある竜人族の姫がッ、こんな変態なはずがないでしょうッ!」

 

 リスタスの叫びに対し、その場の全員が内心で納得していた。矢面に立っていたハジメや当事者であるティオも気まずそうに視線を逸らす。

 

「里を出る前の姫様は、聡明で情に厚く、その実力も族長と同等以上。誰からも親愛と畏敬の念を抱かれる偉大なお方でしたッ。断じて、断じてッ、痛みに恍惚の表情を浮かべることも、罵られて狂喜することもありませんでした。そこの人間達が……いえ、あなたが、ご、ご主人様などと呼ぶそこの人間がッ、何か良からぬことをしたと考えるのが自然でしょう!」

 

 またもや一同納得する見事な言論だった。リスタスの言動を見るに、竜人族の隠里にいた頃のティオは、さぞかし族長の孫娘として相応しい品格と知性を感じさせる魅力的な女性だったに違いない。なのに、帰ってきたと思ったら、憧れの姫様がド変態になっているという絶望。

 

 そして、それだけならまだ良かったのだ。

 

「それなのに貴様は姫様をド変態にして嫁入りの可能性を潰しておきながら、自分は他の女に惚れているから受け入れられないだと? そんなの認められるかぁぁッ。あの時の完璧だった姫様を返せぇぇぇぇッ。それが出来ぬというのなら、せめて男として責任を取れぇぇ!!」

 

 リスタスの魂の叫びを受け、背後の若い竜人族達も嘆き始める。

 

「我等も修行したが、もはや姫様は我等と次元が違う場所に行ってしまわれた……色々な意味で」

「無念だ。クラルス宗家の血筋は、もはやこれまでなのか……」

「申し訳ございませぬッッ、偉大な我が先祖よ。私に、私に姫様の目を覚まさせるほどの力があればッッ」

 

 まるで一族の最後を告げられたかのように一斉に嘆き始める竜人族達に対し、流石にティオも静観できなかった。

 

「ちょっと待つのじゃお主達。まるで妾が生涯独身であることが定められたような言い草じゃが、そうとは限らぬじゃろ。……妾とて世界の広さを知った。いかに自分が狭い世界で生きておったのか、大陸に出てから思い知らされる日々じゃった。じゃからこそ、自分より強い者しか婿を選ばぬとは今更言わぬよ。強さも色々あるでの」

「そ、それでは姫様は、いかな殿方であれば受け入れると?」

「それは……そうじゃな……やっぱり妾の全てを受け止めてくれる男ならよいかの」

 

 その言葉を無言で聞いていた若い竜人族衆達だったが……

 

『うわぁぁぁぁぁぁん』

 

 皆、感情が溢れだしたかのように泣き始めた。

 

「も、もう駄目だぁ……おしまいだぁぁ。今の姫様の性癖に合わせることなど……できるわけがないぃぃぃぃ」

「姫様の婿になるということは毎日痛みによる恍惚を与えねばならぬのだろう……無理だ、私にはどうやればいいのか見当もつかぬッッ」

「そもそも龍神様の加護を受け、非常識な耐久力を手に入れられた姫様に傷を負わせられるものなど、どこにいると言うのだ」

「ちくしょう……ちくしょう!!」

「お、お主等ぁぁ、そんなに妾を虐めて楽しいのかえ? おふぅ」

 

 広場に集まっている面々も、先程まで威厳たっぷりだった竜人族のガチ嘆きに対し、どうすればいいかわからない。

 

 だが、いつまでも醜態をさらす竜人族でもない。

 

「皆の者ッ、鎮まれ!」

 

 族長、アドゥル・クラルスの一声により、正気を取り戻した竜人族達は一斉に自らの長の顔を見る。

 

「お、長、しかし……」

「お主等の言いたいことはわかる。ハジメ殿がティオを愛せないと言うなら、例えティオがそれでも構わないと言っても思うところがあるのは私も一緒だ。だが、ティオが手に入れた絆は彼のものだけではあるまい。知っていたよ、ティオ。お前が隠れ里での生に飽いていたことを」

「爺様……」

「里を出て旅をしたお前はきっと探していた”何か”を見つけたのだ。そうだろ?」

 

 周りの竜人族の嘆きなどお構いなしに年長者としての風格を見せるアドゥルは、孫娘に優しい目を向ける。ティオはその目に祖父の愛を感じて嬉しくなってしまう。

 

「ならばよいではないか。私はティオのあの誇らし気な表情を見れただけで満足だ。これからのことはこの戦いが終わった後で考えればよい」

 

 自身の孫娘がド変態になろうとも、原因となったハジメを責めることなく、ティオが大切なものを見つけて、誇りを持って前を歩めるようになったのならそれでいいと受け入れるアドゥルに、広場の一同は人としての器の大きさを見た。

 

 この戦いを終え、真に未来に向かって歩めるようになった光景を想像したアドゥルの眼差しは……しかし徐々に輝きを失っていって……

 

「いや……実際問題どうすればいいのだ……今のティオに相応しい婿が我が一族にいるとは思えぬ。ならば外を探すか、いや今のティオに合う者が見つかるのに果たしてどれほどの時間が……私もそろそろ寿命が……」

「あの……爺様?」

 

 段々雲行きが怪しくなってくる祖父の言動に不安になってくるティオ。

 

「やっぱりひ孫の顔は生きてるうちに見たいしの。……ハジメ君や、本当にティオを貰ってくれる気はないのかの? 根はいい子じゃし、この際愛してくれるなら正側拘らぬ」

「いや、そう言われてもだな……」

「爺様……」

 

 やはり生きている内にひ孫は見たいのだろう。ハジメにそれとなく聞いてみる姿は、どこにでもいる孫の将来を心配するお爺ちゃんのようだった。

 

「悪いけど、俺にはユエがいるから」

「そうか……せっかくお会いした龍神様や始祖クラルスに何と報告をすれば……」

 

 そこで蓮弥はティオが龍神紅蓮を連れていないことにようやく気付いた。

 

「あ~、話を変えるけどな。ティオ……龍神様はどうしたんだ」

「ん? ああ、龍神様なら少し力を使いすぎたからと言って本体に戻っておられるよ。……そうじゃ、皆は妾の性癖を心配しておるようじゃが、そもそもそれはッ!」

 

 そこまで言って、ティオは思わず口をつぐむ。

 

 

 人とは基本的に、自分を本当の意味で客観的に見ることができない生き物だ。自分の印象は人に聞いたり、もしくは自分に近しいものを見て共感したり、反発したりすることでわかることがある。

 

 

 そして……ティオはついに自分を客観視することに成功したのだ。

 

 

『あふん、おふぅ。おおおおおおおお、これだぁ、これなのだ。流石は我が主ぃぃぃぃ!! このブレスの絶妙な力加減ッ、ごふぅぅ、あはぁあ、これでこそ、数万年我慢してきた甲斐があったというものおほぉぉぉぉぉぉ』

『ふん、相変わらず、理解、できぬあり方だ。ほれ、最後に大きいのをいくぞ』

『おおおおおお、ありがたきッッ、ありがたき幸せぇぇぇぇ──ッッ!!』

 

 修行の最後でティオが見たものは、龍神紅蓮から神の使徒数十体を一撃で消し炭に変えられるレベルのブレスを雨のように撃ち込まれ、よだれを垂らしながら恍惚の笑みを浮かべる始祖クラルスの姿だった。

 

 

 正直ティオは引いた、ドン引きした。修行中の威厳のある姿が一撃で破壊されるほどの威力だった。

 

 そして、そこでティオは初めて気づく。

 

 あれ? もしかして自分も他の人から見たらこう見えるのではないか、と。

 

 

「だからこそ、だからこそ妾は少しは控えようとしてだなぁ……て、お主等聞いておるのか!?」

 

 

 ティオが軽い回想から帰るころには、あらゆる意思と言葉が飛び合い、混在するカオス空間になっていた。

 

「姫様を嫁に貰えぇぇぇぇ」

『そうだ、そうだ!』

「だから無理だって言ってんだろがァァ竜人族共。他あたれ、他。そうだッ、そもそもティオが目覚めたキッカケは俺だけじゃねぇ、蓮弥だって当事者だろうがッ。だったら蓮弥の方行け。俺と違って紛れもないハーレム野郎だ。ティオの一人くらい増えてもきっと大丈夫だ!」

「勝手なこというな、ハジメッ! そもそもお前がティオを喜ばせる態度を常日頃から取ってたのが悪いんだろ!」

「そうよ、南雲君。あなたの自業自得だから。それに冗談でもそういうこと言わないでくれる? ティオの胸は普通に脅威なんだからッ!」

「竜人族の言うことも尤もですぞ、ボス。男なら嫁の一人や二人、十人や二十人いてこそでしょうよ。竜人族の姫を貰うなら内のシアもどうか側女にぃぃ!」

「そういうお前はシアの母親以外に妻がいるのか、カム。それにシアとはもう話はついてるんだよ」

「そうですよ父様。それにハーレムとかハジメさんには絶対無理ですぅ。だって私が裸で迫っても反応しないイ〇ポ野郎ですし」

「ぐはぁ、シア……お前まだ根に持って……」

「シアさんに裸で迫られて反応なしって信じられねぇ……南雲……お前マジでイ〇ポなのか?」

「おいおい、その年でEDとは小僧……お前、これから苦労するぞ」

「けどユエさんとは恋人同士だし、やっぱり小さい子にしか反応しないとか?」

「えっwwww、白髪君ロリコンなの? ナッちゃんの親戚なのwwww。ねぇねぇいいの? これから世界の運命を決める男がロリコンで不能なんてそれでいいの?ww」

「黙れミレディ、潰すぞこらぁぁぁ!! 俺はイ〇ポでもEDでも不能でもねぇ!! もちろんロリコンでもねぇよ!」

「いやぁ、ロリコンとか僕には理解できないなぁ、あはは」

「黙りやがれマザコンッッ! 上等だ、全員俺を舐めやがって!! 文句があるなら聞いてやるから全員まとめて掛かってこいやぁぁぁぁ!!」

「がふぅぅ、南雲が暴れ出したぁぁ!!」

「おい、誰か止めろよ」

「いや、あのそろそろ真面目にやったほうがいいんじゃないか……って誰も聞いてないか、そうですか。あ、吉野。俺にも茶貰える? お、サンキュ」

 

 真面目な会議はどこに行ったのか。いつの間にか我が娘を嫁にッと張り切る竜人族&ハウリア連合とユエへの純愛を証明すべく立ち上がったハジメの戦いが始まりそうになっていた。

 

 もっとも流石に怒ったティオとシアの介入によりその戦いは起こらずに終わったわけだが。

 

 

 人類を救う大事な会議がこれでいいのかと蓮弥は思ったりもしたが、変に暗い雰囲気で終わるよりかはマシかと深く考えないようにした。

 

 




>豊穣の女神愛子様
魔力量向上中。現在10万は超えてる。
本作では魂魄魔法を習得していませんが、代わりに原作より価値が桁違いに高い想念を集めまくった結果、神の力を使えるように。ぶっちゃけ今の愛子が本気を出せばこの世界の人の在り方を決定付けるだけの権能がある。現在愛子は自身を教師だと定義しているため、教え導いた結果、自立させる方向に向いているのでそこまで強制力はない

>シビル・リブ・グリューエン・リベラール
公式でナイズとスーシャの子孫っぽい人。ならミレディに会わせてみたいと思ってこの話を入れました。時間があればシビルは先祖がどんな人だったのかミレディに聞いたりするかもしれません。

>カオス空間
セリフ連打だとわちゃわちゃ感が出る気がする。

次回こそ誘拐されたユエの話だといいな。

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