ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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スランプに陥りながらあーだこーだやっていたら1ヶ月も経っていました。

今回から2話連続でユエサイドのお話です。


魔王の正体

 魔国ガーランド。その南端に位置する魔人族の国には現在、数多の意思が集結している。

 

「皆の者! 聞くがいい。もう間もなく、我が魔人族に栄光が齎される。大いなる創造の神──エヒト様がこの地に御降臨成されるのだ!!」

 

 魔王城の大広場、その場に集結した魔人族が歓喜の叫びを上げた。

 

 彼らの陣頭に立ち、光悦の表情で演説しているのは、魔人族の勇者、フリード・バウアー。

 

 かつてフリードはグリューエン大火山にて、ハジメパーティーと戦うことになったが、敗北。その際に香織の堕天にて顔半分を再生不可能のケロイド状態にされている。

 

 彼の不幸はまだ終わらない。人族との長きに渡る戦いに終止符を打つために行われた王都襲撃戦争。

 

 その戦いでフリード率いる魔人族部隊は、数十万の魔物に加えて、ユエを手に入れるための戦力として量産型神の使徒500体を神より拝領していた。

 

 もはや負けることなどあり得ないと思っていた戦い。栄光の時を夢見て開始した戦争だったが、魔人族はまさかの大敗を喫してしまう。その際に神の使徒は全滅し、大災害レギオンの攻撃により、あろうことか魔人族領域に多大な被害を出してしまうという結果を起こしてしまう。

 

 その際にフリードは蓮弥と対峙するものの、蓮弥の圧倒的な力の前になすすべなく蹂躙され、片腕を失う重傷を負ってしまった。

 

 その後は、まさに転げ落ちる石のような有様だった。

 

 各地の戦争で大敗したがゆえに壊滅状態に陥った魔人族軍。長い時間をかけ、育て上げた多数の魔物群の消失。さらにレギオンの攻撃によって災害レベルの被害を受けた町の復興作業により費やされる資金と物資。

 

 はっきり言うならこの時点で魔人族は、向こう十年以上は他国と戦争などできない状態に陥っていた。生き残った兵士達の間にも、度重なる敗北による敗戦ムードが漂い、時勢の読めるものが今は守りを固め、力を蓄えるべきだと主張する。中にはこの状況の責任は全て司令官であるフリードのせいだと汚く罵るものまで現れ始めた。

 

 

 疲弊する軍隊に散り散りになっていく魔人族達の心。とてもじゃないが状況を好転させる要素など見当たらない。

 

 だからこそ、魔人族領近くのシュネー雪原にて蓮弥達が訪れ、神代魔法を手に入れようとしているとわかっても何もすることができなかった。

 

 このまま長きに渡る屈辱の日々が続く。魔人族の誰もがそれを覚悟した時、神から天啓が降りてきたのだ。

 

 ──魔王城にて、創造神エヒトが復活する、と

 

「そう、神は我々を見捨ててはいなかったのだ! 否、それどころではない! この地に神と神の軍勢が召喚されるということの意味が諸君らにわかるか?」

 

 そう、アルヴ神が仕える主神である神エヒトの降臨の一報は、彼らにとってまさに天啓そのものだった。

 

「我らは認められたのだ。我等魔人族こそが、この世界で真に選ばれた種族であると。世界を管理し、導くに相応しい、神の眷属であると!」

 

 そう高らかに演説するフリードには、既に神の力による恩恵が与えられていた。

 

 醜く爛れていた左半分の顔は治癒され、片腕も新しく生え変わっている。それだけではなく、元々赤髪と浅黒い肌をしていたフリードは輝くような銀髪と透き通るような白い肌を持つ美男子へと生まれ変わっていた。

 

 そんな生まれ変わったフリードが魔国の首都で演説するものだから、魔人族達の大歓声は止まらない。

 

 

 ──やはり我々こそが選ばれし種族。

 

 ──大義は我等にこそあり。

 

 

 そんな言葉が飛び交う魔国の様子は、つい先日まで敗戦ムードが漂っていた頃の国ではなかった。

 

 神が降臨するから、自分達は選ばれた種族だと信じて疑わないその感性。魔人族はこの世界に生きる知ある生物達の中でも、()()()()()()()に特に神の支配が強い種族だ。それゆえに神とは絶対なのだ。神の声さえあれば、彼らは最後の一人になるまで戦い続けることができる。

 

 だが、その恩恵をもたらす神の勢力が、彼らのことを考えているわけではない。

 

「せいぜいアンノウン達の邪魔をして時間を稼ぎなさい。我らが主が降臨するまで、その命を使い尽くすのがお前達の役割なのですから」

 

 気勢を上げる魔人族に対し、エーアストを始めとする神の使徒のナンバーズは冷たい目で彼らを見る。

 

 そもそも彼らの生まれた意味を知っている彼女達からしたら、魔人族が選ばれた種族だのなんだの語ることが滑稽にしか映らない。

 

 

 魔人族とは最初からこの世界に存在した種族ではない。

 

 トータスという惑星に存在していた知ある生命体は5種。人族、竜人族、森人族、海人族、そして魔族しか存在しない惑星で、なぜ魔人族や亜人族と言った種族が生まれることになったのか。

 

 それは、最初から存在していた5種の種族の内、魔族が急激に数を減らし始めたことが発端だった。

 

 単に他の種族より繁殖能力に乏しかったこと、ある時期に起こった急激な環境変化、そして北と南の戦争。その他魔族が数を減らした理由は色々あるが、それはこの星の運営を始めていたエヒトにとって、不都合な出来事だった。

 

 なぜなら、彼らの血と魂によって、大災害の一柱、魔王『淵魔』は封印されていたから。

 

 魔族の数が減れば、南の地に封印された魔王の封印が解けてしまう。かつて仲間がいた頃に、死力を尽くして封印した怪物は、封印される際にエヒトに恨みの声を上げながら封印されていった。もし封印が解けてしまえば、エヒトを殺そうと行動を開始する恐れがある。

 

 全盛期の力を振るえるならまだしも、魔族が減り始めた頃には既に肉体を失い、全盛期とは程遠い力しか使えなくなっていたエヒトでは魔王に勝つことはできない。

 

 だからこそ、当時は今では考えられないような手厚い保護を魔族に対して行った。だがエヒトの努力の甲斐なく、魔族の衰退は止まらない。

 そしてその事態を打開するために、エヒトは禁忌の研究を開始した。

 

 人間の身体に、魔族の細胞を埋め込むことで、数を減らし続ける魔族のレプリカを作ろうとしたのだ。

 

 もちろん神を名乗ろうともそう簡単には行かない。無差別に魔族細胞をばら撒いた結果、感染症に似た症状を発症、異形化した人の群れが別の人を襲うようなこともあった。後の世で淵魔が寄生獣だと語られているのはこの辺りの話が所以だろう。

 

 そして数多の人道を無視した実験の末に誕生したのが、魔人族。そしてその副産物の森人族以外の森の亜人族である。そして完成した魔人族はエヒトの望み通り、魔族のレプリカとしての役割を全うし、封印維持の補助として役に立った。

 

 だが、それももう終わりだ。

 

 神エヒトが復活し、さらにこの地に別れを告げるともなれば、彼らの存在は不要となる。

 

「そういえば……その魔族最後の生き残りは、どうしたのでしょうね」

 

 神の使徒の一人、エーアストがこの国に連れてこられた吸血姫のことを考える。既にエーアスト達神の使徒にとって、ユエは興味の対象ではない。なぜなら主であるエヒト自身がユエを、壊れた器を不要だと宣言したからだ。

 

 神父が壊れた器をスペアとして使えるようにするとエヒトに進言した為、その扱いを任されていたが、彼本人は特に干渉しているようには見えない。

 

 もっともあの吸血姫があの外道神父にどうされようとエーアストの気にするところではないのだが。

 

 彼女の願いはただ一つ。その悲願の成就は後少しのところまで迫っていた。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 そして、その最後の吸血鬼であるユエは現在、魔王城の一室に囚われていた。

 

 囚われているとは言え、監禁されているというよりは軟禁状態というのが正しい。

 

 現にユエのその身に拘束具の類は一切ついていない。部屋も冷たい床に金属の格子が入るような牢獄ではなく、客間の一室であろうそれなりに質の良い部屋を宛がわれている。ベッドはふかふかだし、時々やってくる魔人族のメイドが出してくる食事は全てまともなものだった。

 

「ハジメ……」

 

 窓の外の魔人族の決起を眺めるユエの顔色は良くない。体調が悪いというわけではない。自分はもう以前ほど無理が効く肉体ではなくなったこともあり、いざという時に動けないことがないように、出された食事はしっかりとり、眠る時は眠っている。

 

 そう、この世界で捕虜に付けるならほぼ必須とも言える魔力封じすら今のユエに付いていないところが今のユエの現状を表している。

 

 ユエだって自分の身体のことくらいわかるのだ。シアと戦った時の無茶が原因で、自分の肉体から魔力が失われたことは把握済みだった。

 

 ユエはベッドから身体を起こす。

 

 そのわずかな動作がユエにとって非常に億劫だ。今は少し慣れてきたが、目覚めた当初は全身が鉛になったのではないかと錯覚するほど身体が重かった。

 

 ユエの高いステータスはその大半を魔力に依存してきた。その魔力が無くなった以上、今のユエは12歳相応の筋力しかない。直前の落差を考えるなら、まるで十倍の重力がかかる惑星にいきなり連れてこられたような気分だろう。まともに動くことすらままならない己の現状にユエは臍を噛むしかない。

 

「失礼します、アレーティア様。お食事をお持ちしました」

「……そこに置いておいて」

「かしこまりました」

 

 そしてユエを困惑させることがもう一つあるとすれば、ユエの元を訪れる魔人族は全員、ユエのことをなぜかアレーティアと呼ぶのだ。しかも様付けである。

 

 今さらアレーティアの名前から逃げ出すつもりはないが、それでも気軽に呼ばれたくもない名前だった。だがいちいち訂正する気も起きず、現在ユエは彼女達に好きに呼ばせている状況だ。

 

「朝食は必ず召し上がってください。済み次第、あなたには我らが魔王陛下に謁見していただきます」

「魔王?」

 

 魔王がこの国の王であることはユエも知っている。ここにきて数日経つが、未だにユエは一度も会っていない。その魔王がユエに今更何の用があるというのか。

 

 どうせ囚われの身であるユエには拒否権などないのだ。だったら、この目で敵の大将の一人を拝むのも悪くない。

 

 ユエはそう自分に言い聞かし、メイドに了承の返事を出した。

 

 ~~~~~~~~~

 

 ユエはメイドに連れられ、魔王城の廊下を歩く。

 

 城主である魔王に会うからだろうか。それなりに上等な衣装に軽い化粧まで施されたユエは、一見するとこの城の姫君に見えなくもない。

 

「魔王は私に何の用なの?」

「私は何も存じ上げておりません。ただあなたを連れてくるように命じられただけですので」

 

 それ以降会話もなく、二人は無言で長い廊下を渡る。外は相変わらず魔人族達の大歓声が轟いており、魔王城内部にはほとんど人は存在しないようだった。

 

 だが誰もいないというわけではない。

 

「あれあれー? そこにいるのって……」

「例の小娘じゃん」

 

 そこにいたのは二人の若い女魔人族。大広場で大歓声を上げている魔人族達の集まりに参加しなかった二人の魔人族がユエの存在に気付き笑みを浮かべる。

 

「そこのメイド。なんでそいつが部屋から出てるわけ?」

「彼女を自分の元に連れてこいとの魔王様のご命令でございます」

「ふーん……じゃあさ、魔王様のところには私達が連れてってやるよ」

「それは……」

「遠慮しなくていいって、代わりに私達がやっといてあげるからさ〜」

「だからもう行っていいよ〜」

 

 その魔人族の態度に狼狽していたメイドだが、どうやら女魔人族二人の方が身分が上らしい。メイドはユエを残し、足早にこの場を去っていった。

 

 

「さてと、魔王様の元に突き出す前にさぁ、私達あんたに少〜し話しがあるからさ〜」

「ちょっと付き合ってよ」

 

 

 

 

「あぐっ!」

 

 そしてユエは、先程まで向かっていた方向とは逆の方に連れ出され、女魔人族の片割れに蹴り飛ばされ、地面に転がることになった。

 

「げほ、げほ」

「私達さぁ、ハイリヒ王国に攻撃した際にいてさぁ、あんたに仲間をたくさん殺されてるんだよね」

「だからあんたがここに連れてこられた時からずっと、こうしてやりたかったんだ!」

 

 再び倒れ込むユエの腹部を強打し、壁に叩きつける。ステータスの差に開きがあるせいでユエは満足に抵抗することもできない。

 

「ぐっ!」

「しょっぼ。魔力がないお前なんて、ちっとも怖くないわ〜」

「よくも、アランを、私の恋人を殺してくれたな。ただで死ねると思わないことね」

「なんか吸血鬼って珍しい種族らしいし、雑に扱っても大丈夫しょ!」

 

 魔人族二人の攻撃を受けることしかできないユエは、それでもなんとか抵抗しようと口を開く。

 

「いいの? 私は魔王に呼ばれてるみたいだけど、勝手なことしたら怒られるんじゃない?」

「あっ? 何口答えしてんだ! お前は私達のサンドバックになってればいいんだよ!」

「そうそう。それと、何か勘違いしてるみたいだから教えといてあげる」

 

 倒れ込むユエの髪を力を込めて引っ張り、ユエを強引に立たせた魔人族の女の片割れが、ニヤニヤ笑いながらつい最近魔人族に通達されたことを伝える。

 

「あんたが、今まで大切にされてきたのは、エヒト様の大事な身体になるかもしれなかったからよ。けどね、エヒト様は異世界の勇者の身体を使って、ご降臨されることに決めたらしいよ」

 

 それはユエにとって初耳の情報であり、今まで自分が大切にされてきたのはエヒトの器として生かされているとユエは思っていた。

 

「つまり、あんたはもう用済みってわけ。魔王様があんたを呼び出したのもきっとあんたを廃棄するために決まってる」

「つまり私達は魔王様の忠実な部下として、魔王様の手間を省いているというわけ!」

 

 そう言った魔人族二人の目には狂気の色が浮かんでいる。ユエからみたその二人は復讐に取り憑かれているというより、嗜虐心を満たすために行動しているように見えた。大切な人を失ったという大義名分で相手を嬲ることを正当化している。もしかしたらここにいるのも元々問題のある人物だったからかもしれない。

 

「キャハハハ、本当に面白〜い。本来だったら私達よりも遥かに強かったはずなのにねぇ」

「ほんとだよね。ねぇねぇ、どうしたの? 得意の魔法で反撃してみてよ」

 

 そう煽られたユエは傷を増やしつつも、二人の魔人族を睨み続ける。そんなユエの態度に頭にきたのか、魔人族の女のユエへの暴行はさらに過激さを増していく。

 

「そうだ。魔法の使い方がわからなくなったんだったら〜私達が教えてあげない?」

「それいい考えね。もしかしたらまた魔法が使えるようになるかもだし〜」

 

 そして二人の魔人族はユエに向けて魔法陣を展開し始めた。

 

「じゃあまずは初級魔法からいくよ〜ここに焼撃を望む──"火球"

「がっ、ああああああ──ッッ!」

 

 火属性最下級魔法。本来のユエなら、対魔力だけで防げるはずの魔法だが、対魔力ゼロの今のユエにとって、それは容易く命を奪う危険な魔法となっている。

 

 痛覚操作も使えない以上、身体についた火によって炙られる激痛がユエを襲う。

 

「ちょっ、馬鹿。炎はまずいって、ここ城の中だし」

「だって私の得意属性炎だし、だったらどうするわけ?」

「決まってるじゃない。こうやって少しずつ切り刻むのよ。風の刃が来たりて万物を刻む──"風刃"

「〜〜〜〜〜〜ッッ!!」

 

 今度は風の刃がユエに襲いかかり、ユエをドレスごとズタズタに切り刻み始める。最後の意地で声は上げなかったが、すでにユエの全身は血塗れになっていた。

 

「どうよ?」

「てか、それあんたがやりたかっただけじゃん。どうすんのよ。このままだと血流してすぎて死ぬじゃん」

「だったら火で炙って止血してやれば〜」

「仕方ないなぁ、ほら、感謝しなさいよね、キャハハハ」

 

 刻まれ、炙られ、時には足蹴にするという行為を繰り返し、ユエへの拷問は続く。

 

 ユエの中に悔しさと怒りが溜まっていく。

 

 魔法さえ使えたら、今すぐ殺せるレベルの使い手でしかないことはユエにはすぐわかった。だからこそ、こんな惨めな境遇に甘んじなければならない自分に怒りと悔しさが湧き上がってくる。

 

 拷問じみた行為がどれだけ続いたのか。ユエは激痛により動けなくなり、意識すら朦朧としてくる。

 

「なんか反応しなくなって飽きてきたし〜そろそろ終わらせない?」

「そうしよっか。魔王様には死体を持ってけば十分でしょ?」

 

 そう言って二人は先程よりも規模の大きい魔法を準備し始める。ユエからしたら鼻で笑うレベルの拙い構造の魔法だが、今のユエにトドメを刺すには十分な力が宿っているのがわかる。

 

(ハジメッ)

 

 流石に死ぬかもしれないと考えたユエは痛みにより朦朧とする思考の中、ハジメの姿を夢想する。

 

 だが当然、ハジメは助けに来ることはなく、間もなくユエに破滅の魔法が降りかかろうとして……

 

 

 

 

 

「貴様ら……何をしている?」

 

 

 

 

 とてつもない威圧と魔力を伴った言葉が、この空間を支配した。

 

 

 魔人族二人は背後に響き渡る足音に思わず振り返る。ユエも何とか朦朧とする意識の中、顔を起こそうとするが、照明が逆行となり、こちらにゆっくり近づいてくる人物の顔がわからない。

 

「ま、魔王様ッッ」

「どうして……」

「…………いつまでも客人が来ないのでな。こちらから迎えに来たまでのこと」

 

 

 それでもわかることがある。言葉を発する毎に、一歩近づくごとに、増していく威圧感。

 

「それで……まだこちらの問いに対する返事を聞いていないわけだが……再度問おう……」

 

 

「貴様ら……一体誰に……何をしている!」

 

 

 魔王と呼ばれた人物は、確実に怒っていた。

 

「あ、あ、あ……」

「あぐ、ひぅ、ああ」

 

 魔王の威圧に当てられたからか、ユエを嬲っていた女魔人族二人が過呼吸を起こし、涙ながらに苦しみ始める。だが、そんなこと知ったことではないと言わんばかりに魔王の言葉は続く。

 

「私は命じたはずだな。その少女のことは、蝶よりも、花よりも、丁重に扱えと。なのに、これは一体どういうことだ?」

「あ、ああ。わ、私達はただ……」

「エヒト様降臨の依代が……件の勇者に決まったと知って」

 

 女魔人族は未だに威圧感をぶつけられながら、息も絶え絶えにその口を開く。だが……

 

「それがどうした?」

 

 魔王は彼女達の意見を一蹴する。

 

「そんなことで貴様らは私の命令に背いたのか。そうか……」

 

 魔王は彼女達二人に手を伸ばし……

 

「なら……もはや貴様らなどいらぬ!」

 

 その力を発揮した。

 

「ひ、お許しを陛下!! 陛下ぁぁぁ!!」

「あああああああああああ!!」

 

 手を翳しただけで、魔人族二人が炎上していく。黒色の炎が燃え盛ったのは一瞬。だがその一瞬で女魔人族二人の命と魂は跡形もなく消滅した。

 

 ユエはその光景を見ても何もできなかった。

 

 状況が良くなったわけじゃない。このままだと殺される相手が魔王に代わるだけだ。

 

「彼女の治療を」

「はい、魔王様」

 

 だが、魔王にユエを害する気はないらしい。ユエを呼び出した魔人族のメイドに回復魔法をかけるように指示している。

 

 回復魔法による体力の消耗か、それとも慣れない痛みによる疲労か、ユエはだんだん意識が遠くなっていくのを感じる。

 

「まったく、相も変わらず危なっかしい。そういうところは変わらないな、アレーティア」

 

 その落ちつつある意識の間で、ユエはどこか懐かしい声を聞いたような気がした。

 

 

 ~~~~~~~~~

 

 ユエは夢を見る。自分がアレーティアだった頃の夢だ。

 

 戦争に明け暮れていた時代において、アレーティアが収めるアヴァタール王国が危機に陥ったことがある。

 

 原因は色々あるが、一番大きかった要因は同盟国に裏切られたことだろう。

 

 味方だと思っていた同盟国の軍が裏切ったことでアヴァタール王国軍は挟み撃ちの形になったのだ。別動隊を率いていた叔父との連携も取ることは叶わず、アレーティアの率いている部隊は孤立することになってしまった。

 

 それでも自分たちなら勝つことはできるかもしれない。だがそれでもこのままでは味方側の被害も大きくなってしまう。だからこそアレーティアは自ら囮を買って出た。その時には既にアレーティアの名前は世界に轟いており、敵の誰もが大将首を取ろうと躍起になった。

 

 そこからアレーティアは戦場でひたすら戦い続けた。魔法で敵を殺し、剣で斬られ、魔法で焼かれ、そしてその度に自動再生で復活し、魔力が切れたら敵の血を吸って補給する。それをひたすら続け、一夜明けた頃には、自分につられておびき寄せられた膨大な敵の死体と共にアレーティアは立ち尽くしていた。

 

 戦衣は血に塗れ、見る影もなくボロボロになっているにも関わらず、アレーティアの肌には傷一つ付いていない。

 

 そしてそんなアレーティアを見た叔父ディンリードは血相を変えて駆け寄り、彼女を抱きしめた。

 

 お願いだから、もうこんな無茶はやめてほしいと言いながら。

 

 

 

 ~~~~~~~

 

 

 柔らかいベッドの上で横になっていたユエの意識が徐々に浮上する。

 

(そっか、私……気絶して……)

 

 ぼーっとしていたユエの頭が意識の覚醒と共に徐々に冴えていく。

 

 魔王城に囚われていること。

 

 突然魔王から呼び出しを受けたこと。

 

 そして自分に敵意を持つ二人の魔人族に……嬲られたこと。

 

 そして……

 

(なんか……良い匂いがする)

 

 ユエが目を閉じながら鼻をすませてみると、部屋の中に柔らかい花の香りがする。

 

 随分懐かしい香りだとユエは思う。

 

 かつてはよく飲んでいて、現代に復活してからは縁が遠くなったもの。

 

 故郷の地で取れる血染花*1を使ったローズティーの匂い。血を取り込んで生きる吸血鬼にとって、馴染み深い嗜好品の一つだったが、特に叔父の入れてくれたものは絶品だったのをユエは思い出した。

 

(なんで……今更)

 

 相変わらず重い身体を起こしたユエは、部屋に備え付けられたテーブルに誰か座っているのに気づく。

 

「えっ……」

 

 座っている人物を把握したユエは、自分がまだ夢の中にいるのだと錯覚した。

 

 なぜなら……ユエの視線の先にいる人物は、もうこの世にいないはずの人物だったから。

 

「ちょうどいいタイミングだ。良かったよ、無事に目を覚ましてくれて。相変わらず、君は私を心配させるのが好きなようだな」

 

 そこにいたのは、美しい金髪と紅色の目を持つ初老の男だった。

 

 漆黒の生地に金の刺繍をあしらった質の良い衣服とマントを着用し、髪型はオールバックにしている。

 

 服装から彼こそが魔王であると証明している。だが、そんなことはユエにとってはどうでもいいことで。

 

「……叔父、様……」

 

 自分のことを呼ぶ姪の声を聞き、椅子に座りながら魔王は優しく微笑む。

 

「久しぶりだね、アレーティア。300年……君が目覚めるのをずっと待っていた」

 

 そこにいたのは、300年に渡り魔国ガーランドの王として魔人族を率いてきた魔王であり、アルヴ教の現人神であるアルヴその人であり、そして……ユエにとっては300年ぶりに再会することになる叔父であり、吸血鬼の国アヴァタール王国元宰相、ティンリード・ガルディア・ウェスペリティオ・アヴァタールその人だったのだ。

 

*1
南西地方に生える薔薇に近い植物




>魔人族について
原作の魔人族はエヒトが器作りの過程で生まれた種族という扱いでしたが、本作では色々設定がつくことに。

>二人の女魔人族について
IQ3の馬鹿DQN系女子。無駄にエロい身体と地味に高い戦闘力でのし上がってきた。神への信仰心も薄く、悪い意味で魔人族らしくない人物達。ユエに私情混じりの暴行を加えた結果、魔王の怒りを買い死亡。

>魔王ディンリード
かっこいいおじ様その3
ユエの叔父様。原作ではアルヴに身体を乗っ取られた状態で登場するも、ハジメの概念魔法犠牲者第一号になって消滅する。
本作では魔王城にいる間、ユエを気に掛けており、いよいよ再会できると楽しみに待っていたら、まさか自分の命令を勝手に解釈して行動に移す馬鹿DQNが出るとは思わず、慌てて飛び出してくる。
本作ではどうやら肉体だけでなく魂も本物らしいが、果たしてどのような状態なのだろうか。
アルヴ? ほら、あいつって小物だし、本作の叔父様はかなり気合入ってるのでお察し。

今回長すぎて2話に分割したので、次回は早めに更新できると思います。

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