ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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勢いがあるうちに投稿


第1章
異世界召喚


 蓮弥が目を開くとそこは美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物。いかにも神殿のような場所にクラスメイトと共に立っていた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 と派手な刺繍の入った服をきた聖職者が蓮弥たちに語りかけてきた。蓮弥はそっと息を吐き、成り行きを見守ることにした。

 

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 現在、場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。天之河光輝率いる四人組と先生は前、蓮弥は一番後ろであり、となりの席はオタク少年、南雲ハジメだ。

 

 

 全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドばかりだ。蓮弥がこれはハニトラ要員なんだろうなと捻くれた考えを抱いている中、イシュタルと名乗った男が説明を開始した。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そうして胡散臭い聖職者が語りだす内容は以下のようだった。

 

 

 ──この世界はトータスという異世界である。

 

 ──そして今この世界の人類は魔人族とやらと戦争をしている。

 

 ──なぜか知らないが魔人族の戦力が増大した。

 

 ──人類やばいと困っていたところ、神が増援を異世界から召喚してくれたから戦え。

 

 

 思いっきり要約するとこんな感じである。イシュタルはエヒト様とやらの神託を聞いた時のことを思い出したのか恍惚としている。

 

 

 そんな自分勝手な神を信仰している以上、見た目同様どうやら信用してはいけない類の人物らしい。蓮弥はそっと警戒レベルを上げた。

 

 

 前世の記憶なんてものがあるおかげで、周りよりは精神年齢が高く、冷静な判断ができる蓮弥は早速周りを見渡した。となりの席のハジメが現状のまずさに気づいているのか顔をわずかにしかめている。

 そんな中、猛然と抗議を行う人もいた。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 ぷりぷりと怒る愛子先生。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師である。本人は威厳ある教師を目指していると言うが、残念ながら低身長に童顔、生徒のためにあくせくする姿に微笑ましいものを感じはすれど威厳があるとは言い難い。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

「そ、そんな……」

 

 いくつか予想を立てていたパターンの内の一つになったことに蓮弥は内心ため息を吐く。そして最悪じゃなかったんだと思い気を取り直す。

 

 

 周りのみんなの動揺が激しい。それはそうだろうなと蓮弥は他人事のように思う。いきなり知らないところに連れてこられたと思ったら、帰れないと宣告されたのだから。

 

 だが、やはりと言うべきか。こう言う時に動く男がいる。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 混乱する周辺、絶望が蔓延していく仲間たち、そんな中立ち上がる勇者。勇者は語る、よく知りもしない世界の人たちのために世界を救おうと。俺たちには力があるからきっと大丈夫だと、根拠のない自信に溢れている。誰かを救いたいという想い自体は悪い物ではないのかもしれないが、蓮弥はその姿にどこか危うい物を感じていた。

 

 

 蓮弥が勇者の行動を客観的に観察していると、その影響が周りに現れ始め、絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めた。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

 

 龍太郎が賛同する。その言葉に多分にノリが含まれているような気がするのは蓮弥の気のせいではないだろう。

 

「…………今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

 

 一瞬蓮弥の方を見て、蓮弥が思ってたより冷静だったことを確認した後、少し悩んで彼らの保護者である雫も賛同する。

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

 そして最後の一人である香織が賛同した時点でもう流れは決定してしまった。先生が懸命にダメだと訴えているがまるで聞いてはいない。

 

 

 蓮弥が隣を見るとハジメがなんとなくイシュタルの方を見ていた。どうやらイシュタルは光輝がこの集団の中心だと見抜いたらしく、彼の反応を観察しているようだった。その目を見て蓮弥は警戒心を大きくするのだった。

 

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 こうして、蓮弥達は異世界にて戦争に参加することが決まってしまった。これからハイリヒ王国という場所に移動するらしく、光輝を先頭にクラス一同を部屋の外に引き連れて歩きだした。

 

 

 その途中で、聖教教会の権力の高さを確認したり、晩餐会で香織がこの国の王子に露骨にアピールされたりした後、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。

 

 

 蓮弥は与えられた部屋に入り、天蓋付きのベッドに寝転んだ。今後のことを考えようと思考を巡らせようとしたところ、部屋に誰か訪ねてきた。

 

「蓮弥……私だけど少しいいかしら」

 

 声を聞くと雫だったので蓮弥はドアを開けて部屋に招き入れた。こんな夜更けに女一人で男の部屋に訪れるのはどうかと思ったが、本人は気にしていないらしく蓮弥に対して遠慮なく話を切り出した。

 

「今日の話だけど、蓮弥の意見が聞きたくて……」

「今日の話ってのは、なんのことだ? この世界から元の世界に帰る方法はないという話か? それとも……戦争に参加するということか?」

 

 蓮弥がそう聞くと、後者の方で雫が反応する。この反応からするとどうやら気づいているようだった。

 

「イシュタルさんは、戦争の相手は魔人族といってだけどそれってやっぱり……」

「ああ……人殺しだろうな」

 

 そう、きっぱり言い切って蓮弥はあの場で感じた見解を話すことにする。

 

「そもそも、聖教教会とやらが信用できるかというと……問題外だな。どう見ても子供ばかりの集団が呼び出されたにも関わらず、俺たちが世界を救うということを疑いもしていない。あれはエヒト神とやらが召喚した存在なら神の使いに違いないと信じきっている目だ。教会のトップがあれじゃ信者は全員狂信者だと思って行動した方が良さそうだ。……つまりこのままだと俺たちは全員、人殺しをさせられる」

 

 蓮弥達異世界から召喚された者達が戸惑っているところを観察していたイシュタルの顔が思い浮かぶ。まるでなぜエヒト神に選ばれて喜ばないのか理解できないという顔をしていた。きっと根本から蓮弥達とは感性が違うのだろう。

 

「じゃあ、……やっぱりあの時、光輝を止めるべきだったかしら。……帰る方法がエヒト神にあるならそれしかないと思っていたんだけど」

 

「いや、あの場ではあれが最善の行動だっただろうな」

 

 珍しく不安顔の幼馴染に蓮弥は自分の考えを伝える。

 

「確かにこのままだと人殺しをさせられるのは目に見えているが、同時に現状は最悪の事態じゃない」

 

 そう、この手のテンプレに詳しそうなハジメ辺りなら気づいてるだろうけど蓮弥の考えの中ではまだ最悪の部類ではなかった。

 

「あの場でもし、強気な態度で戦争参加を断固拒否していたら、俺たちは最悪()()使()()ではなくなっていたかもしれないということだ。連中にとって俺たちは世界を救ってくれる神の使徒だからこそ価値がある。もし奴らにとって俺たちが神の使徒にふさわしくないと判断されたら……最悪あの場でこの国から追い出されてた可能性がある」

 

 今日ハイリヒ王国の王族に会ったとき、彼らは()()()イシュタルを迎えていたことを蓮弥は思い出す。それは一国の国主より聖教教会の方が権力が強いということの証明である。もし聖教教会にそっぽを向かれたらエヒト神を信仰している者たちすべてから総スカンを喰らうかもしれない。……本当は即処刑こそ最悪なのだが、わざわざ怖がらせる必要はないだろう。

 

「もし、この世界のことを何も知らない俺たちがこの国の庇護を失ったら、どこぞで野垂れ死ぬしか道はない。そういう意味では天之河がわかりやすく協力を申し出たのは、今回に限ってはよかったと思う」

 

 光輝が蓮弥達異世界からの召喚者の中心人物であることを見破っているのならば色々扱いやすいと、これからも国賓待遇で迎えてくれるだろう。今の蓮弥達には必要不可欠な事だった。

 

「だから安心しろよ雫……。お前の判断は間違っていない。まあ、この調子であの天之河を暴走させとくのは良くないけど」

 

「うん」

 

 雫はようやく安心したという顔をした。

 クラスでもまとめ役、光輝の唯一のストッパーであり、生来の性格からトラブルを放っておけないスーパー苦労人気質な雫は色々貯めやすい。今回の出来事は流石に許容範囲を超えたのだろう。

 どうしても不安なことがあると蓮弥に相談してくるのは昔からだった。

 

「今後俺たちがやることは、この世界を知ることと強くなることだ。お前はクラスメイトが暴走しないよう面倒を見てくれ。みんなの保護者なんだから得意だろ」

 

「なにが保護者よ。……まったく、勝手に人を保護者にしないでよね」

 

 そう軽く言い合う雫の様子を観察すると、どうやら調子は元に戻ったようだ。これなら明日からもうまくやれるだろう。

 

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(やっと終わったか、長い一日だったな)

 

 雫が帰った後、ベッドに身を預ける。流石に疲れたのですぐに寝てしまいたい。おそらく他の生徒たちはもう夢の中だろうが、蓮弥には寝るわけにはいかない理由があった。

 

(いよいよ、この日が来てしまったな)

 

 この世界と元の世界の暦が同じかどうかまだわからないが、仮に同じだとすると今夜0時に蓮弥は十七歳の誕生日を迎えることになる。

 

 

 本当は今頃どこか遠くで一人寂しく迎えていたはずだったのになぁと蓮弥は人生ままならないものだと感じていた。いや、ある意味遠くに来ていることは間違いないのだが。

 

 

 今夜、転生の際の神らしきものとの約定通り、蓮弥は聖遺物と永劫破壊(エイヴィヒカイト)を授かるはずだ。蓮弥とて覚悟はしてきたがやはり少し緊張していた。だが、同時に蓮弥の精神は昨日よりかは安定していた。

 

 

 これから与えられるであろう力に対してふさわしい世界にきたこと。蓮弥は確かに凡人だった。しかしここまできて習得もせずここで変死することはないだろうとも感じていた。

 

 

 そしてなにより、最悪ここでは人を殺してもいいのだと蓮弥は内心ほくそ笑む。

 

 

 雫にはあえて人殺しの成否についての答えをはぐらかしたが、蓮弥の答えはすでに決まっていた。

 

 

 蓮弥には前世の記憶が目覚めた時から考えていたことがあった。仮にもし永劫破壊(エイヴィヒカイト)の習得が滞りなく行われた場合、どのような行動を取るのが自分にとって都合がいいのかと。

 原作主人公の描写から、少なくとも初めのうちは自力で抑えるのが困難であることは予想できる。となると考えるのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 無差別殺人鬼になるつもりがないなら相手は選ばないといけない。原作ヒロインの内の一人である櫻井螢がそうだったように。

 現代日本ではどうしても倫理が引っかかるから最悪、人を殺しても問題がないところにいこうと思っていた。たびたび黒円卓の吸血鬼が戦場を渡り歩いていたように。

 

 

 しかしそれがこの世界に来て考える必要がなくなった。ここでどれだけ人を殺しても、元の世界で罪に問われることはない。ましてや魔人族とやらを殺せば賞賛される可能性すらある。

 

 

 ならばこの世界で、少なくともしばらく日常生活が送れるくらいまで安定するだけの()()をもって元の世界に帰還できればベストではないかと蓮弥は密かに考える。

 

 

 何千何万回悩んだことである。蓮弥はすでに形だけだが人を殺す覚悟を決めていた。あとは実践あるのみだがそればかりは今後次第だろう。

 

 

 色々考えている内に付けていた腕時計を確認するともう間も無く0時を迎える。どうなるかはわからないがやれるだけやってやると再度決意を新たにし、その時を迎えた。




実は翌日が誕生日だった主人公

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