まだあけましてでいいよね。1月中は無理でしたが何とか出せました。
あとがきにお知らせを乗せたので最後まで見てほしいです。
トータスのどこかに存在する古びた教会。
そこに一冊の古い日記がある。
〇月□日──
娘の結婚式まで残り一ヶ月となった。
時間が過ぎるのは早いものだ。
あの小さかった娘が今や立派な女性となり、私の元から巣立っていく。
その日を想うと万感の想いを抱くがまだ早い。
今から泣いていては娘から呆れられてしまう。
〇月×日──
今日はちょっとしたパーティの日となった。
突然、娘が誕生日だと祝ってくれた。
なにやら台所で長い間格闘していたのは、バースデーケーキや御馳走を作っていたせいだったのだ。
いまさら誕生日を祝われる歳でもないのに……。
本当に優しい子に育ってくれたものだ。
日ごとに、今は亡き妻に似てきている。
〇月☆日──
今日は義理の息子となる彼が改めて挨拶にやってきた。
娘の恋人として連れてきた彼は以前から粗暴者だと評判があることを知っていた私は、娘と派手に喧嘩をした。
妻の亡き後、一人親として育ててきた娘が奪われると純粋に思ってしまったのだ。
今となっては申し訳ないと思っている。
粗暴者だと言われていた青年は王国騎士団に入団し、なかなかどうして立派な青年になっていた。
彼なら、娘を幸せにしてくれる。そう信じられた。
×月□日──
明日はいよいよ出発の日だ。
娘は結婚し、新たな家庭を持つ。
明日、娘夫婦が向かう教会での洗礼が終われば、次の日は結婚式となる。
その時のことを思うと、涙と共に暖かい気持ちになってくる。
あの子は本当に、本当に親思いの優しい子に育ってくれた。
いずれ母となれば良き母親になるだろう。
……私にとって、命よりも大事な、最愛の娘だ。
幸せになってくれることをエヒト神に祈る。
どうか、あの子に神の加護があらんことを。
×月△日──
今、何を言われた。
何があった。
まて、まてまてまてまて。
考えが纏まらない。
(文字が激しく乱れている)
×月★日──
もう町中で話が出回っている。
娘が乗り込んでいた商隊の馬車群が魔物の襲撃を受け、さらに山が崩れる事故が発生したのだと。
やはり聞き間違いなどではなかった。
よりによってなぜ。
いや、娘は大丈夫だ。
側には彼もいた。
きっと大丈夫だ。
ああ……神よ。
□月〇日──
何がおきているかわからない。
あの騎士は何を言っていたのだ。
申し訳ない?
これしか取り戻せなかった?
なにをいっている。
こんな物が、あの子のはずがないだろう。
だってこんな……
ああ。
なぜ私はこの物体を知っているのだろう。
右手の形をした何か。
そうだ。
これにあの子の手掛かりがあるかもしれない。
そのためにこそ、この技能がある。
『霊的感応』がある。
あの子が、魔物に喰われている。
生きながら、泣き叫んでいる。
私のことを呼ぶ声が聞こえる。
(ここから先は文字が潰れて読めない)
★月〇日──
幾たび祈ろうとも、祈りには応えがない。
私の心に安らぎが訪れることもない。
ただ、増すのは孤独と絶望ばかり。
△月□日──
ついに探し求めていたものを発見した。
神山にあるといわれていた解放者の遺物。
そこから齎された魂魄魔法という奇跡の力の一片。
同時に知った、この世界の真実。
かの者が正しき神であるのなら、
生命の摂理など曲げはしないだろう。
だが邪なる神ならば。
その神威を掠め取ることができれば。
全てに絶望し、ただ死を待つだけだった時、
私は虹色の髪の女と出会った。
神が応えぬなら、
奇跡をもたらさぬなら、
私自身の手で叶えよう。
たとえ悪魔に魂を売ってでも。
明日、長き旅に立つ。
愛する者を蘇らせる為に。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ユナ、神父はどこに?」
『……この先に一際歪められた霊脈の気配を感じます。そのまま破壊して進んでください』
蓮弥はユナの指示を受け、無数に存在する扉の中の一つを選び、神滅剣にて破壊し、先を進む。
フレイヤと戦う雫と別れた蓮弥は、数多のトラップをくぐり抜け、神父を追っていた。
「クソッ、めんどうなトラップばかりしかけやがって」
『よほど近づかれたくないのでしょう。ここまで歪められた霊脈が通っているなら、そこで大掛かりな儀式魔法を行おうとしているのは明白です』
「時間稼ぎか」
吐き捨てると同時に、床が軋んだ。
次の瞬間、石畳が弾け飛び、槍の群れが地面から突き上がる。
蓮弥は踏み込みを止めない。
体を半歩捻り、最短距離で大剣を振り抜く。
──ギィン。
神滅剣が光を引き、鉄の槍がまとめて斬り落ちた。
そのまま前進。止まれば次が来る。
左右の壁に刻まれた魔法陣が一斉に点灯する。
空間が歪み、光弾が生成された。
『右三、左二、正面は囮です』
「了解」
言われるまでもなく体は動いていた。
右へ半歩、滑り込むように踏み替え、振り下ろし。
光弾が爆ぜ、遅れて左側の弾が到達する。
蓮弥はその爆煙を盾に前へ出る。
足元に刻まれた陣が光る。
「……っと」
瞬時に踏み込みを変え、壁を蹴る。
直後、床が崩落した。
空いた奈落を跳び越え、着地と同時に再び走る。
『力任せに破壊して進むのが正解ですが、罠の密度が上がっています。見た目より厄介な罠があるかもしれません。ご注意を』
「わかってる」
とにかく足を止めることを考えた罠ばかり。それ故に嵌れば大きく時間をロスする可能性がある。
石像が動く。
礼拝堂に並ぶ聖人像──そのはずのものが、歪んだ顔でこちらを向いた。
聖教教会の偉大な偉人なのだろうが、敬意の欠片もなく魔力で無理やり動かされている。
神の信徒の代表の一人であるにも関わらず、信仰心など欠片もないと言わんばかりの神父の本音が透けて見えるようだ。
「邪魔だ」
蓮弥は足を止めない。
一体目の腕を斬り落とし、そのまま踏み台にして跳ぶ。
二体目の頭部を空中で両断。
三体目が掴みかかる前に、着地と同時に横薙ぎ。
石像がまとめて崩れ落ち、砕けた破片が床を滑る。
『……強引ですね』
「急いでるんでな」
短く答えた瞬間、視界がわずかに揺らいだ。
空気が変わる。
霊脈の流れが濃くなる。
耳鳴りのような圧力。
この先だ。
だが最後に、床一面に広がる巨大な魔法陣が起動した。
壁、天井、床──すべてが光る。
『防御ではありません。足止め用の拘束術式です』
「──破る」
蓮弥が踏み込むと光る鎖が足に絡みつく。
床から伸びた光が、体を縫い止めようとする。
感じる力は準概念魔法級の力。
『あなたを逃がさない』
その概念が込められた拘束を想起するであろう聖遺物か何かを利用した力。
おそらく蓮弥を止めるための本命の仕掛け。
蓮弥は止まらない。
神滅剣に力を込め、聖遺物の運用に利用している霊脈ごと断ち切るつもりで振り下ろす。
──バキィン。
術式が軋み、ひび割れた。
さらに一歩。
もう一度、振り抜く。
陣が砕け散る。
土地の一部の霊脈ごと神滅剣で破壊した結果、聖遺物の圧力が霧散した。
『……一部とはいえ、できればこの星の霊脈は傷つけたくありませんでしたが』
「緊急事態だ。すべてが終わったら可能な限り修復しよう」
その言葉と同時に、通路の先に巨大な扉が見えた。
礼拝堂の奥、すべての霊脈が流れ込む一点。
禍々しいほどの魔力が、扉の隙間から漏れている。
蓮弥は歩みを止めない。
扉の前まで進み、ようやく足を止めた。
「ここで間違いないか、ユナ」
『はい、膨大な魔力がこの奥に集まっています。間違いなく彼はこの奥に』
蓮弥は躊躇なく扉に手をかけ、そのまま押し開いた。
重々しい音を立てて開いた先に広がっていたのは、巨大な魔法陣で構成された空間だった。
床一面に刻まれた紋様は幾重にも重なり合い、円と直線、見たこともない幾何学模様が複雑に絡み合っている。
壁にも天井にも同様の術式が走り、空間そのものが一つの儀式装置と化していた。
霊脈の流れが、ここ一点に収束しているのが肌でわかる。
その中心に、ひとりの男が立っていた。
見慣れた背丈。
見慣れた顔。
──天之河光輝。
蓮弥のクラスメイトであり、異世界トータスに召喚され、勇者として選ばれた少年。
だが、そこに立つ「それ」は、もはや彼ではなかった。
表情が違う。
目の奥に宿るものが違う。
光輝が絶対に見せることのなかった、見る者の心をじわりと不安にさせる笑み。
人を値踏みするような、底の見えない静かな視線。
その異質さとは裏腹に、男の全身から放たれている魔力はどこまでも澄んでいた。
濁りのない、神聖としか形容しようのない力。
まさに神の力を宿した者に相応しい気配。
矛盾した光景だった。
神聖な魔力と、冒涜的な存在感。
やがて、男──いや、その肉体を借りた神父が、ゆっくりと口を開く。
「……そうですか。もう、辿り着いてしまわれましたか」
発せられた声は、間違いなく光輝のものだった。
聞き慣れたはずの声色。
だが、その抑揚、間の取り方、響きの奥に潜むものは、明らかに別人のそれだった。
柔らかく、穏やかで、どこか慈しむようですらある声音。
光輝の身体のまま、神父がゆっくりと蓮弥へ視線を向ける。
歓迎するように。
待ち望んでいた来客を迎えるかのように。
「ようこそ、藤澤さん、ユナさん。──世界の中心へ」
にこやかな笑みと共に、あまりにも友好的な声で語りかけてくる。
「さて、せっかくこのような奥地まで赴いていただいたのですから、お茶の一つでもお出ししたいところですが……生憎、今は手が離せません」
神父はわずかに肩をすくめるような仕草を見せ、続ける。
「……率直に申し上げましょう」
一拍。
「今しばらく、私を見逃してはいただけないでしょうか?」
その言葉に、空間の空気がわずかに張り詰めた。
神父は蓮弥をまっすぐに見つめる。
その視線には、敵意も焦燥もない。
ただ──切実な願いだけがあった。
まるで、処刑台の前で最後の祈りを捧げる信徒のように。
まるで、すべてを失った男が、それでも最後の希望に縋るかのように。
その目は、狂気の淵に立ちながらも、どこまでも人間的だった。
「神の力を簒奪したからと言って、私は世界をどうこうしようなどとは思っておりません」
穏やかに。
だが、確固たる意志を込めて。
「あと少し。あと少しで、私の千年の悲願が成就するのです」
その言葉に、魔法陣の光がわずかに脈打つ。
「その後でなら──私を煮るなり焼くなり、お好きになさって構いません」
嘘はない。
蓮弥は直感でそれを理解した。
本心なのだろう。
想像することしかできないが、彼は本当にそれだけのために千年を生きてきたのだ。
神でもない。悪魔でもない。
ただ一人の人間として。
「……一つ確認したい」
蓮弥の声は低く落ちる。
「あんたの目的は──それを生き返らせることなんだな」
視線の先。
儀式場の中心には、一つの聖遺物が安置されていた。
透明な結界のようなケースの中。
丁寧に、祈るように収められているそれは──
少女のものと思われる、右腕。
白く、細く、傷一つない。
まるで今も血が通っているかのような、異様な保存状態。
だが同時に、その周囲の空間だけが歪んで見える。
魔力が濃すぎるのだ。
千年分の執念が、そこに凝縮している。
間違いない。
これこそが神父の願いの核。
神父の千年に及ぶ想念が込められた、聖女の右腕。
死者蘇生。
それは、人間であれば誰しも一度は夢想する奇跡だ。
大切な者を失ったことがあるなら、なおさら。
もし──
もう一度だけ会えるなら。
もう一度だけ声を聞けるなら。
もう一度だけ、手を取れるなら。
そのためなら、どこまで踏み外せるのか。
その答えが、目の前に立っていた。
神父の言葉が途切れた後、わずかな静寂が落ちる。
蓮弥はしばらく黙って、魔法陣の中心に置かれた聖遺物──透明なケースに収められた少女の右腕へと視線を落とした。
そして、短く息を吐く。
「……断る」
それだけを、迷いなく告げる。
光輝の顔をした神父は、わずかに目を伏せた。
責めるでもなく、失望するでもなく、ただ予想していたというように。
「あなたなら、そう仰るでしょうね」
「勘違いするなよ」
蓮弥は肩を鳴らしながら、ゆっくりと前へ出る。
「別にあんたの願いそのものを否定する気はないよ」
神父がわずかに顔を上げる。
「大事なものを失って、取り戻せるなら取り戻したいって思うのは……まあ、わからなくもない」
前世の話ではあるが、蓮弥とて大切なものが存在し、それを失った経験がある。厳密には自分自身のことではないとはいえ、自分が幸せにできなかった彼女が生き返って、元の世界で幸せになってくれたら、蓮弥は救われるだろう。
だが蓮弥は続ける。
「けどな」
その声色が、わずかに低くなる。
「そのためにここまでやらかした時点で、もう無理だ」
空間に張り巡らされた歪んだ霊脈。
この儀式場を作り上げるために犠牲になったであろうう数え切れない魂。
蓮弥はそれらすべてを一瞥し、吐き捨てるように言った。
「願いがどうこうの話じゃない。
千年、あんたがこの世界で犠牲にしてきたものが、大きすぎる」
神父は静かに聞いていた。
やがて、穏やかな声で問い返す。
「……あなたは、正義の味方のつもりですか?」
その声音には皮肉も嘲りもない。
ただ純粋な疑問だった。
だが蓮弥は即座に首を振る。
「まさか」
一歩、また一歩と歩み寄る。
「俺自身の感情でいえば、この世界のあんたの罪がどうとか、正直どうでもいい」
「……」
この世界で神父はおそらく蓮弥の想像をはるかに超える犠牲を出してきたのだろう。だがそれは蓮弥自身にとっては関係ないものだ。
「裁く道理もないし、死者の無念とやらを晴らす義理もない」
そして、神父──いや、光輝の身体をまっすぐ指差した。
「けどな」
その声だけが、わずかに強くなる。
「その身体は返してもらう」
空気がわずかに張り詰める。
「そいつは雫の幼馴染なんでな」
ついでに言えば蓮弥にとっても多少因縁がある人物でもある。
神父はわずかに目を細めた。
「……もう、彼はいませんよ」
静かな断言。
「魂はとうに摩耗し、砕け、残滓すらほとんど残っていない。
今ここにあるのは、ただの器です」
だが蓮弥は、即答した。
「信じる理由がないな」
間髪入れず。
「今更あんたの言葉を鵜呑みにするとでも思ってるのか? 自業自得だよ」
冷たい言葉だった。
だがそこに憎しみはない。
ただ、線引きだけがあった。
「他人の身体を乗っ取っといて、もういませんから返せませんは通らないだろ」
神滅剣を肩に担ぎ直す。
「だから、選べ」
その声は静かで、容赦がない。
「自分から出てくか、叩き出されるか」
わずかな沈黙。
魔法陣が脈打つ。
神父は、ほんの少しだけ──
本当にほんの少しだけ、寂しそうに微笑んだ。
「……やはり、そうなりますか」
「残念です」
神父──ダニエル・アルベルトは、わずかに目を細めた。
「本音を言えば、あなた達と王都で過ごした日々は……悪くありませんでした」
その声音は穏やかで、どこか懐かしむようですらあった。
だが、その言葉が意味するものはただ一つ。
これ以上、言葉を交わす余地はない。
静寂が落ちる。
次の瞬間。
神父の身体から、神威が噴き出した。
空間が軋む。
床に刻まれた巨大な魔法陣が一斉に脈動し、霊脈が唸りを上げて収束する。
光輝の肉体を中心に、圧倒的な魔力が渦を巻いた。
それはもはや人の域ではない。
この世界を長きに渡り支配し、
人々の祈りと信仰を糧に蓄え続けてきた力。
神と呼ばれた存在の権能。
その一端を奪い取り、己がものとした男。
目の前に立つのは、ただの神父ではない。
人の姿をした、神の化身。
蓮弥は神滅剣を構え、静かに踏み込んだ。
逃げ場はない。
問答も終わった。
あとは──決着をつけるだけだ。
蓮弥とダニエル・アルベルト。
両者の間に満ちた魔力が、臨界を迎える。
そして──
最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
次回、神父との戦い決着です。
実は合間に思いついた短編を書いたので投稿します。今やっている連載二つには関係ない話ですが読んでくれると嬉しいです。
タイトルは、はたらく細胞:逆十字
はたらく細胞と戦神館のクロスオーバーです。ここまで読んでくれてる読者なら何がやりたいかわかってくれるはず。
https://syosetu.org/novel/402513/